山の幸 Ⅰ
「和彦も来るんなら、今日は泊まっていくわよね?今晩のご飯は、何にしましょうか?」
お茶も飲み終え、話しも一息ついたところで、母親の方がそう言い出した。
「そうだ。この前の地鶏がまだずいぶん残ってるだろ?あれで、今日は鍋にしよう!…よし!!俺がこれから山まで行って、自然薯も掘って来てやる!!」
父親がそう言いながら、鼻息を荒くして奮起し、即座に立ち上がる。
「そう!それがいいわ。真琴ちゃん、自然薯なんて珍しいでしょ?」
「はい。スーパーではたまに見かけますけど、あまり買ったことは…。自然薯っていうくらいですから、山に自然にできている天然ものなんですよね?」
都会育ちの真琴には、それがどんな風に山に生育しているのか、想像もつかなかった。
「それじゃあ、真琴ちゃんも一緒に行こうか!自然薯掘り!!」
「…えっ!?」
父親の提案に真琴が目を丸くするのと同時に、母親の方の表情が険しくなる。
「あっ!ダメよ!!お父さん、ズルい!!私だって真琴ちゃんと、一緒にお料理したいのに!」
「何言ってるんだ!料理なんて、いつでもできるだろう?自然薯は今日でないと…」
「自然薯こそ、その辺どこにでもあるんだから、いつでも採りに行けるでしょう?」
「いいや、いいや。いつでも行けないだろ!?真琴ちゃんはいつでもいるわけじゃないんだから!」
「お父さん、そんなこと言って、本当は真琴ちゃんを独り占めしたいだけなんでしょう?」
「ああ、そうだよ。和彦がいない、こんな絶好の機会なんてないからな!でも、自分だって同じ魂胆だろうが!!」
自分を巡って険悪になってしまったこの展開に、真琴はハラハラしながら、二人の言葉の応酬を聞いていた。
しかし、この場を収めるのは、自分以外にはいないので、真琴は知恵を絞って口を開いた。
「…あの!先にお義父さんと自然薯を採ってきますので、お義母さんとはその後一緒にお料理を作らせてください」
この真琴の一言で双方ともに納得し、この後の予定はピシャリと決まった。
「真琴ちゃん、その服が汚れたらいけないから。母さん、作業用の服を出してあげて」
そう言うと、父親は早速テキパキと準備を始める。
真琴も出してもらった母親の農作業用の服に着替え、いざ!自然薯取りへ向かうことになった。
乗り込んだ車は、シルバーのセダンの高級車。軽トラは晶が使っているので、乗用車を使うしかないみたいだ。
古庄の父親は、その高級車で狭い山道を爆走した。
車がやっと通れるくらいの舗装もされていない道なのに、このスピード……!!
きっと慣れている道だからだろうが、真琴は怖くてしょうがない。時折、木々の枝が飛び出していて、車をこすったりもしているのに、父親は傷がついてしまうことなんてお構いなしだ。
「もうちょっと遅い時期で狩猟期間になってたら、一緒にシシを獲りに行けたんだけど。残念だったなぁ…」
「……シシ……?」
悪路に大きく体を左右に揺さぶられながら、真琴が首をかしげる。
まさか獅子…ライオンのことではないと…思う。
「シシって…、イノシシのことだよ。イノシシだけじゃなく、鹿とかも獲れるけどね」
古庄の父親は、一瞬ハンドルから手を離し、狩猟のための銃を構える仕草をしてみせた。
「は………!?」
古庄の父親の危険な行動にドキッとして、真琴の額には冷汗が噴き出してくる。
それにイノシシ狩りなんて、いくらなんでも怖すぎて無理に決まっている。今日は自然薯採りで済んで本当に良かった…と、真琴は胸をなで下ろした。
ほどなくして、父親が車を停めた。降り立ってみたけれど、どこを見てもうっそうと木々が生い茂るばかり。
父親は薯掘り用の道具をトランクから出して担ぎ、迷うことなく道から逸れて、木々の間へと分け入っていく。とにかく真琴も、それに付いて行くしかない。
父親は掘る場所を探すでもなく、木々の枝葉の部分に目を走らせている。さすがに真琴でも、自然薯は地中にできるものだとは知っているので、疑問に思い質問してみる。
「あの、どうして地面ではなくて、木の枝ばかりを探してるんですか?」
それを聞いて、父親はしたり顔でニヤリと笑う。
「やみくもに地面を掘っても、自然薯は出て来やしないからね。薯から出てるツルを探すのさ。…ほらこれ、ハート型の葉っぱだよ。ちょうど今は黄色くなってる」
と言いながら、そのツルを指さして、それからゆっくりとそれを辿っていく。すると、そのツルはやがて地面にたどり着き、その根元はしっかりと地中の薯とつながっているというわけだ。
「うん、これは大きいかもしれないぞ!」
歓喜に顔を輝かせながら、父親は早速、地面の枯葉をかき分けて掘り始める。
真琴の目の前で、10分もしないうちに、みるみる自然薯がその姿を現し始めた。
「わっ!出てきた!ホントに自然薯!!」
真琴も嬉しくなり、一緒になって父親の掘った穴の中を覗き込んだ。
「よし、あとは真琴ちゃんがコレを掘って。俺はまた別の薯を探すから」
そう言われて道具を渡されると、真琴は目を丸くする。
「えっ……!私が掘るんですか!?」
「そう、なるべく薯を傷つけないように。薯だってどんな形になってるか分からないから、気をつけて~」
真琴の戸惑いなどお構いなし、父親はそう言い終わらないうちに姿を消してしまった。