義父と義母 Ⅱ
見た目も大きな屋敷だけあって、内部もとても広い。
縁伝いの廊下を歩きながら、家の中でも迷子になれそうだと真琴は思った。
屋敷の北側にも土間があり、そこには土づくりの竈やポンプの付いた井戸があった。その土間から上がった所には、10人以上で囲めるくらいの囲炉裏がある。…さすがは〝文化財〟になっている住宅だけのことはある。
しかし、台所は土間ではなく、現代的なシステムキッチンが設えてあった。
居間はその南隣、年季の入った立派な彫刻のある座卓が置かれ、大きな窓からのどかな風景が見渡せる場所だった。
「ご連絡もせず、突然押しかけてしまって、ご迷惑をおかけします」
座卓に着く前に、真琴はきちんと正座をし、再び深々と頭を下げた。失礼があってはいけないと、真琴の神経はピリピリと研ぎ澄まされている。
「なあに、迷惑なんかじゃないよ!」
「そうよ。そんなに緊張しないで、楽にして」
「いや、そんな風にちょっと緊張してる真琴ちゃんも可愛いなぁ…」
古庄の父親のその声といい、言い回しといい、まるで古庄から言われているように感じて、真琴は思わずドキッっとする。
何と返していいのか分からずに赤くなると、それを見て今度は母親が微笑む。
「あら、赤くなって、照れてるのも可愛いわねぇ♡」
「和彦のやつ、こんな可愛い子を一人で来させるなんて、どういうつもりなんだ?」
「そうね。こんなに可愛いのに、何かあったらどうするのよねぇ?」
こんな風に『可愛い』を連発する夫婦の会話に、真琴は口を挟む暇も見つけられない。出会ったばかりなのに、このフレンドリーな感じにも、真琴は戸惑った。
思えば、これまで古庄以外から『可愛い』と言われたことなんて、ほとんど経験がない。何かにつけて、自分のことを『可愛い』と言う古庄のことを、「変な人だ」と思っていたのだが…。
古庄家はそろって、普通ではない特殊な感性の一族なのだろうか…?
「…真琴ちゃん?」
面食らって固まっている真琴を、両親共に覗き込んだ。
両親どちらも、古庄や先ほどの晶のような、奮い立つような美形ではなく、真琴の目にはあまり似ていないように思われた。
でも、この覗き込む仕草が、同じことをする古庄を思い出させる。やはりこの二人は古庄の両親なのだと、真琴は思わずにはいられなかった。
「あっ!あの、和彦さんは、今日は花園の予選があって…」
「ああ、ラグビーの試合ね」
母親の方が相づちを打つ。
「部員たちの引率してるんです。一旦、家に帰ってから、こちらへ来ると思います」
真琴はそう答えたものの、当然古庄にはここへ来ることは告げていない。しかしその代り、アパートには置手紙をしてきた。
『和彦さんの実家へ、ご挨拶に行ってきます。 真琴』
古庄は、誰もいない暗いアパートに残されたそれを読んで、血相変えてここへ飛んでくるに違いなかった。
それから真琴は、自らいろいろと語るまでもなく、フレンドリーで真琴に興味津々の古庄の両親から、あれこれと質問された。
真琴も教員をしていて、世界史を教えていること。古庄とは今の職場で知り合ったこと。そして、真琴の実家のことなど。
古庄の両親は、古庄や晶のように特殊なオーラを醸すこともなく、真琴も身構えることなく、すぐに打ち解けられた。