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恋はしょうがない。〜Side Storys〜  作者: 皆実 景葉
真琴の安らぐ場所
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賀川家の習性 Ⅱ





古庄は焦燥に駆られ、何か言わねばと立ち上がる。ソファーの横に立ち、一歩下がると、頭が膝に着くくらい体を折り曲げた。



「順番が逆になってしまった上に、報告も遅くなってしまい、申し訳ありません。お聞きのように、真琴さんと入籍を済ませて結婚しました。これから家族の一員として、よろしくお願いいたします」



真琴の父親に向かって、古庄は深々と頭を下げた。父親が何か発してくれるまで、頭を上げられなかった。

しかし、父親からは、なかなか言葉が出てきてくれない。



「あっ!お父さん……!!」



父親ではなく、真琴の張りつめた声が響いた。

反射的に古庄が頭を上げると、父親がそのまま前にのめって倒れていくのが見えた。


ゴンッ…!!


鈍い音と共に、父親の額がローテーブルにぶつかる。



「やだ!お父さん。気絶しちゃったの?正志ちゃん、手を貸して。お父さん、寝かしてあげないと…」



今度は父親のところに、真琴は駆け寄って、側に立っていた正志に声をかけた。

けれども正志は、そんな真琴を見つめて顔をゆがませる。



「…お姉ちゃんが結婚しちゃったなんて…。そんなの、嫌だぁ~~!!」



と、父親の介抱はせずに、そう言い残して居間を出て行ってしまった。


その行く手を真琴が呆気にとられて見ていると、古庄が父親の肩を持ち上げて、ソファーへと仰向けに寝かせてくれた。



「ものすごく驚かせてしまったみたいだね…」



申し訳なさそうな表情の古庄を見て、真琴の胸がキュンと痛む。

逆に、古庄を手放しに喜んで歓迎してくれない自分の家族のことを、申し訳なく思った。



「…ごめんなさい…。私が前もって、家族に話をしていれば良かったんです…」



普通、適齢期の娘が結婚相手を家に連れて来たならば、当然喜ばしいことなのだが、相手が古庄となればそうはいかないらしい。


何でも「普通」や「人並み」や「無難」であることが幸せだと思っている賀川家の人間の感覚からすると、古庄の容貌は常軌を逸していた。


ソファーに横たわる父親の体の上に毛布を掛けて、真琴と古庄がホッと一息ついた時、



「お茶を淹れ直したわ。こっちへいらっしゃい」



と、母親からダイニングの方へ手招きされた。



「ありがとうございます。どうぞ、お構いなく」



古庄から律儀にそう言われて、母親は改めてその顔をまじまじと眺めた。


こういう視線には慣れているとはいうものの、やはり自分の義母になる人からのものは緊張する。

普段はお茶の飲み方なんて気にしたことのない古庄だったが、柄にもなく「作法」のようなものを意識して、当然その美味しさなんて味わえなかった。


真琴の母親は、上品な感じの清楚な人で、嫌味がなく上手に年を重ねている印象を受ける。

きっと真琴は、この母親を模範に成長して大人になっていったのだろうと、古庄は想像をめぐらせた。



「夢を見てるんじゃ、ないわよねぇ…。」



母親はため息を漏らしながら、つぶやいた。



「…え…?」



向かいに座る母親は、真琴と古庄から同時に見つめられた。



「ああ、ごめんなさい。古庄さんがあんまり素敵だから…」



そう言いながらひきつった笑いをした母親の中に、同じような表情をする真琴の面影を見て、古庄は自然と口角を上げた。

その優しげな顔を見て、母親の頬は一気に赤くなる。



「…や、やだ。私ったら、年甲斐もなくボーっとしちゃって…」


「お母さんだけじゃないわ。古庄先生を見ると、歳は関係なく誰でも最初はそんな感じよ」


「そうかもしれないけど…」



と、母親は思わず、テーブルに両手をついて立ち上がる。


落ち着かなげに台所を右往左往して家事をしている風だったが、何もすることが見つからず、窮して真琴と古庄に向き直った。



「…そうだ。今日の夕食、一緒に食べましょう。私、ちょっと買い物に行ってくるわ」



そう言い残すと、まるでその場から逃れるように、母親の方もそそくさと姿を消した。



家族全員が二人の前からいなくなって、これでは何のために古庄がこの家に来たのか分からない。

真琴は古庄に対して、本当に申し訳なくなった。



「ごめんなさい…。古庄先生、せっかく来てくれたのに。私の家族はこんな感じで…」



そんな風に自分を気遣って、やるせない表情を見せてくれる真琴が、古庄はますます愛おしくてたまらなくなる。



「大丈夫。まだ時間はあるし、焦らなくてもいいよ。それに、出会ったばかりの頃の君は、もっと露骨だった」



真琴も自分の過去を思い出して、ほのかに顔を赤くした。



「…それでも、俺は君のことをずっと好きだった。これくらいで、気を悪くしたりしないよ」



古庄のその言葉と微笑みに包み込まれて、真琴の不安は何もなくなる。

心がキュッと甘く痛んで、微かに頷くだけで精いっぱいだった。





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