義父と義母 Ⅰ
林道を抜けて、再び田畑の広がる場所に出て、見えてきたのは大きな茅葺の屋敷。
晶の運転する軽トラは、細い小路を上って、同じく茅葺の大きな門をくぐり、その前庭に駐車した。
ともかく何とか、真琴は古庄の実家まで辿り着くことができたようだ。
軽トラを降り立って、真琴はその屋敷のあまりの大きさに目を見張る。
「うちの家は、戦国時代は地侍でね。江戸時代はここら一帯の名主をしていたんだ。この家も築300年以上。今どき茅葺なんて不便なんだけど、県の文化財になっているから、勝手にいじれないんだ」
晶が説明してくれるのを聞いて、真琴はますます驚き入って声も出なかった。
古庄の生育環境は、真琴が何となく思い描いていたものとは、遠くかけ離れているらしい…。
玄関を入ると大きな土間があり、空気はひんやりとしていた。見上げると天井は高く、何本もの梁がむき出しになっており、茅葺屋根の裏側が見えた。
晶が奥へ向かって大声を張り上げる。
「おーい!父さん、母さん。和彦の嫁さんが来てるよー」
しばらくして、奥の方から物音がし、「えぇ?!」と言うような不審がる声も聞こえてくる。
「…和彦の嫁さんって…?」
「あの結婚は、破談になったんじゃ…?」
そんな会話が聞こえてきて、真琴はとっさに“静香との婚約”という古庄の過去を思い出してしまう。それに伴って、真琴の鳩尾がキュッと切なく反応した。
「あ……」
そして、奥から出てきた古庄の両親は、土間にたたずむ真琴の姿を見て、言葉をなくす。
きっと両親の頭の中に思い描かれていたのは、容姿端麗な静香だったに違いない…。
そんな風に想像すると、真琴は居場所がないような気持ちにもなったが、このことは初めから想定済みだった。
想定はしていたけれども、静香のことが心に過るだけで、今でも真琴は罪悪感と切なさに苛まれる。
真琴は静香のことを振り払い、勇気を奮い起こして、両親が言葉を発するよりも先に行動を起こす。
「ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません。賀川真琴と申します。9月に和彦さんと入籍しまして、古庄真琴になりました」
そう言いながら、深々と頭を下げる。
そして、頭を上げるタイミングを計っていると、母親の方の声が響いた。
「ホントに、和彦のお嫁さん!?もう結婚してるのね?んまあ!嬉しいわ!!こんなに可愛い『女の子』で!ねえ?お父さん?」
母親の顔は歓喜に沸き、父親を振り返った。
…すると、父親は眉根を寄せて、先ほどの晶と同じように小さく「チェッ」と舌打ちした。
この舌打ちに、真琴の心は再びズキンとし衝撃を受ける。静香に比べて劣ってしまう自分が、嫁として歓迎されていないように感じて、いたたまれなくなった。
しかし、そんな父親も一瞬後には笑顔になる。
「真琴ちゃん。遠い所をよく来たね!さあ、上がって上がって!」
その豹変した態度に、真琴は訳が分からず唖然とし、目をパチパチさせた。
さっきの舌打ちは、いったい何だったのだろう…。
「さあ、遠慮しないで。ここは、もうあなたの家みたいなものなんだから」
母親からも促されて、真琴は靴を脱ぎ、高い段差を上がって畳に足を付けた。
「それじゃ、私は田んぼに戻るから。…ゆっくりして行って」
晶はそう言って真琴に極上の笑みをくれると、土間を出て行く。
真琴は晶にお礼を言おうと思ったが、古庄の両親はその猶予も与えず、真琴の腕を引っぱって屋敷の奥へと連れて行った。