冒険 Ⅰ
市街地を抜けた列車が、海岸線に沿って走り始めた。
穏やかな海は、まぶしい秋の日射しを受けて、キラキラと輝いている――。
真琴は思わず窓を開けて、青い海のまぶしい光と海を渡った爽やかな風を、列車の中へと迎え入れた。
規則的な列車の音が響く中、しばらく目の前の絶景に見入ってしまう。
何度か見たことのある景色なのに、こんなにも心に響くのは、真琴が今から、自分でも思ってもみないような行動を起こそうとしているからだろう。
絶景に心が洗われるのと同時に、綺麗なものから力をもらい、真琴はその心を奮い立たせた。
真琴は今、冒険に出かけている。
その冒険の向かう先は、古庄の実家だ――。
真琴の実家を訪ねた後、今度は古庄に実家へ連れて行ってもらえるよう、真琴は何度も古庄に頼んだ。
けれども、古庄はのらりくらりと真琴の要求をかわし、とうとうラグビー部の花園予選が始まって、週末の身動きが取れなくなってしまった。
そんな古庄に、真琴は業を煮やした。
こんな調子では、いつになっても古庄の実家には挨拶には行けない。
かと言って、「結婚」という重要な報告を、いつまもなおざりにしておくわけにもいかない。やはり古庄の実家に対しては、きちんと筋を通して礼儀を尽くしておきたかった。こういうことは、最初が肝心だ。
それで、古庄が花園予選で出かけていった土曜日、真琴は意を決し、列車に飛び乗った。
古庄に言ったら止められるのは分かっているので、古庄には内緒で、一人ででも挨拶に出かけるつもりだった。
古庄の実家のある場所は、その昔担任だったという校長から訊き出している。スマホに表示された詳細な地図の上を指し示してくれたので、そこにピンを立てておいた。
準備は万端だけれども、少しずつ古庄の実家に近づくにつれて、真琴の胸の鼓動は徐々に大きくなってくる。緊張で、気が付けば体がこわばっているのも分かる。
…といっても、古庄の実家は想像していたところよりもずいぶん遠かった。
今海岸線を走っている列車は、真琴の実家にほど近い県庁所在地の駅で一旦降りなければならない。
それから列車を乗り換えて1時間ほど……、再び山あいに向かうのだ。
真琴の知らない古庄をたどる旅――。
それは、ワクワクするような大きな好奇心と、ドキドキする小さな不安とが入り混じって、真琴の気持ちは落ち着かなくなってくる。
小さく揺れながら繰り返される列車の走る音は、止まることのない古庄への想いと同化して、真琴の胸に切なく響いた。
それでも、川沿いを走る鉄道から遠く望める山の稜線、紅葉した谷あいの景色のなんと美しいことだろう。
少年時代の古庄もそれらを見て育ったのかと思うと、真琴にとって今目に映る全てが愛おしく思えた。
古庄の実家のある最寄りの駅へと到着した。
早朝に古庄を送り出して、自分もすぐにアパートを出てきたのに、もうお昼になっている。
乗り降りしたのは、真琴を含めて3人ほど。
他の2人と同じように駅舎を出て……、
「……ウソ……」
真琴は絶句し、いきなり途方に暮れた。
駅の周りに、本当に何もない。山と畑の真ん中に、ポツンと駅があるだけだ。
ここからタクシーにでも乗って、古庄の実家にまで行こうと思っていたのに、真琴は車の影さえ見つけられなかった。