父親と婿 Ⅱ
「お義父さん!!」
古庄はその背中に声をかけた。
驚いて振り返った父親は、無言で目を丸くしている。
「…僕は、お義父さんを見習って、真琴を育ててくれたこの家のような家庭を築いていきたいと思っています。どうかこれからも、見守っていてください」
息を荒げながらの古庄の言葉に、父親の驚いていた顔が変化する。仏頂面の口角が上がり、ニッコリと優しく笑いかけてくれた。
その顔を確認すると、古庄も安心して、嬉しそうに笑顔になった。
その澄み切った極上の笑顔に、側で成り行きを見ていた母親のみならず、父親までも、魅了されて見惚れてしまう。
言葉をなくしている二人に、古庄は改まって一礼すると、踵を返して車へと戻った。
「どうかしたんですか?」
車から降りて側に立っていた真琴は、訳が解らず心配して尋ねる。
「うん、挨拶してきた」
と、運転席のドアを開けながら、古庄は答えた。
何の挨拶だろう…?と、真琴は疑問を顔に書いたが、ハンドルを握っている古庄の晴れ晴れとした表情を見て、疑問や心配は解けてなくなった。
しばらくすると、古庄は運転をしながら、いつものように助手席に座る真琴の手を取った。
それに呼応するように、真琴が新たな話題を持ち出す。
「今日の夕御飯、ジャガイモをたくさんもらったから、シチューでいいですか?」
「…うん」
古庄は生返事をしながら、幸せそうに微笑んでいる。
「まだ、シチューを食べたい季節じゃないですか?メインは他にして、ポテトサラダでも作りましょうか?」
「…うん」
「それとも、ベイクドポテトでガッツリ食べてみます?」
「…うん」
古庄の反応がイマイチ悪いので、真琴は渋い様相で古庄を凝視した。
「聞いてるんですか?真面目に答えて下さい!」
そんな真琴の顔を見つめながら、古庄は、先ほど真琴の両親に見せたものと同じ笑顔を真琴に向けた。
その屈託のない爽やかさは、久々に真琴の背筋に虫唾を走らせる。
「…そんな風にちょっと怒ってる君も、可愛いなぁ…」
しみじみと発せられたその言葉に、真琴は真っ赤になりながら、まごついた。
「…やっぱり!私の話、聞いてなかったんですね?」
照れているのを隠すように、もっと怒ってるいるように振る舞うことしかできない。
「何でもいいよ。君の作ってくれる物だったら、なんでも俺の好物だから」
そう言いながら、古庄は真琴の右手を握り直す。
真琴はもう何も言えなくなった。
幸せに侵されて、ふわふわと雲の中を歩くようなこの感覚に、いつか慣れる時が来るのだろうか…。
真琴は落ち着かない気持ちを紛らわせるように、車窓を眺めた。
窓の外には、澄んだ秋の空気の向こうに、抜けるような青い空が広がっている。
そして、一息ついて、真琴はそっと古庄の左手を握り返してみた。
すると、それに気づいた古庄は、幸せそうに真琴に笑いかけてくれる。
……その笑顔は、この秋の空気のように澄み切って……、眩しいくらいに輝いていた。
<center>「恋はしょうがない。side story①」</center>
<center>―― 完 ――</center>
※ この後は、古庄の実家へ行くお話が続きます!!