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恋はしょうがない。〜Side Storys〜  作者: 皆実 景葉
真琴の安らぐ場所
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スクリューパス Ⅱ

 


 しばらく無言で自分の動作に集中した後、正志が不意に口を開く。



「…お姉ちゃんのこと。真面目で頭が良くて、優しくて美人だって、僕も思ってるんだからね」



「…うん、わかってるよ」



 話がスクリューパスから逸れてしまっても、正志の手元はもう狂わなかった。



「お姉ちゃんのファン第1号は、僕なんだからね」



「…じゃあ、俺は第2号になってもいいかい?」



 正志はパスを投げながら、少し沈黙した。

 それから、おもむろに口を開く。



「……いいよ。そのかわり、お姉ちゃんを泣かせたりしたら許さないからね…」


「もちろん、泣かせたりなんかするもんか」



 正志の取り越し苦労に、古庄は胸を張って答える。



「…もし、浮気なんかしたら、…こ、殺してやるんだからね…!」



 声を微かに震わせながら、そう言う正志の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


 古庄は、正志が抱える真琴への深い想いと、自分に対する複雑な思いを感じ取った。


 正志自身が真琴にとって一番近くにいる異性ではなくなったことと、真琴が新たな家庭を作ることへの寂しさ。

 古庄の容貌から周りの女性が放っておかないことを感じ取って、真琴が苦労するのでは…という危惧と不安。


 でも、きっとそれは、正志よりも父親の方がもっと強く感じていることなのだろう。



「俺は真琴さえ一緒にいてくれれば何もいらないんだ。浮気なんて、頼まれても不可能だと思うよ」



 古庄の自信のある答えに、正志はまだ首をかしげる。



「…その…、すっごい美人から、色仕掛けで誘惑されても…?」


「そんなことにいちいち反応して浮気してたら、俺は女癖の悪いどうしようもない男になってるよ」



 古庄はそう明るく言ったが、反面その言葉は、古庄が日常的にどれほどモテているのかを裏付けていた。

 正志の不安は、消えるどころかますます色濃くなってくる。



「大丈夫。浮気をするような人間と、真琴は最初から結婚したりしない」



 古庄はラグビーボールを投げながら、不敵に笑った。


 その断言に揺らぎがなく、信念が込められているのは、投げられたパスの力強さと正確さで分かる。


 パスを受け取った正志からも、それに呼応するように笑みがこぼれた。




「そっか、お姉ちゃんのことだから、その辺もちゃんと見て、ちゃんと考えてるよね」



 と、最後は自分の姉を信頼することで、姉の幸せを願うからこその不安を払しょくした。



「お―――い!!」



 その時、家の方から真琴の声が響いた。



「二人とも、こんなところにいたの?朝御飯よ――!」



 朝日を受けて、緑の公園に立つ真琴の姿。その顔は、太陽と同じくらい嬉しそうに輝いていた。



「お姉ちゃん!僕ね、スクリューパスできるようになったよ!!」


「えっ?ホント!?」


「ホントだよ!ほらっ!!」



 と、正志も同じくらい表情を輝かせて、真琴にパスを投げて見せた。

 パシッ!とそれを胸の前で受けて、真琴は目を丸くする。



「ホントだ!きれいに回転してる!それに、ずいぶん長い距離もパスできるのね!」


「当たり前だよ。長いパスでも正確に飛ばすために、回転をかけるんだから」


「へぇ~」



 “もうやめる”と断言していたにもかかわらず、楽しそうにラグビーのことを語る正志に、もっと嬉しくなって、真琴から優しい笑みがあふれてくる。


 古庄は額に出た汗をぬぐいながら、そんな微笑ましい姉弟のやり取りを見守った。



「お姉ちゃん、それ仕舞っといて!僕、先に朝御飯食べてるから!」


「えっ…!?どこに仕舞うの?」



 真琴の問いかけが聞こえていないのか、正志は何も答えず、先に走って行ってしまった。



「正志くんは筋がいいね。少し教えたら、すぐにできるようになったよ」



 正志を目で追って困り顔の真琴に、古庄が声をかける。真琴は古庄を見上げて、肩をすくめた。



「筋がよかったら、部活で教えてもらって、できるようになってると思うんですけど」



 真琴の指摘に、古庄は可笑しそうに鼻から息をもらした。



「でも、すぐに俺なんかよりも上手になるよ。何てったって、都留山のラグビー部だから」


「上手になる前に、また『やめる』って言わなきゃいいんですけどね」


「大丈夫。君の弟だよ?そう簡単に諦めたりしないよ。ちゃんと努力が出来る強い子だ」



 そう古庄から元気づけられて、真琴は古庄にきちんと向き直ってその目を捉えた。



「正志ちゃんのこと、ありがとうございます。昨日はあんなに拗ねてたのに、ビックリしました」



 頑なだった正志の心を、古庄はどうやって(ほだ)したのだろう。先ほどの正志は、まるで魔法にでもかかったみたいだった。



「礼には及ばない。あんなに可愛い弟ができて、嬉しいよ。俺の方こそ、正志くんにラグビーを勧めてくれて感謝してる」



 正志がラグビーをやっていなかったら、こんなに打ち解けられるのは、ずいぶん時間がかかったに違いない。



「…それは、昨日正志ちゃんが指摘した通り、あなたがラグビーをやってたから勧めただけなんです」



 真琴は恥ずかしそうに顔を赤らめて、手にあったラグビーボールを抱きしめた。


 正志が高校に入学した当時、真琴と古庄は、まだ夫婦でも恋人同士でもない、ただの同僚だった。

 そんな時でも、真琴がずっと古庄を心に留めて想い続けていた証でもある。



 その事実と真琴の愛らしい仕草に、古庄の胸はキュンと鳴いて震え、思わず真琴を抱き寄せてしまう。

 けれども、人目もある朝の公園だということに気が付いて、それ以上は思い止まった。


 古庄はそのまま真琴の肩を抱いて、休日の朝の澄んだ空気を吸いながら、二人でゆっくりと家へと戻った。






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