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恋はしょうがない。〜Side Storys〜  作者: 皆実 景葉
真琴の安らぐ場所
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賀川家の習性 Ⅰ

 



 県庁から徒歩圏内。

 官庁街からほど近い住宅街の一角にある庭付き一戸建て。


 それが、真琴の懐かしい家――。



 真琴にとって「田舎に帰る」と言っても、今勤務している桜野丘高校の方より実家の方が都会だ。



 この街中とはいえ閑静な場所で、県庁に勤める父親と専業主婦の母親の元、真琴は育てられた。両親の影響を受けて堅実に、そして極々普通に…。



 真琴はその両親の期待を裏切らず、持ち前の真面目さで道を踏み外すことなく順当に生きてきた。自宅から大学に通っていたときでさえ、一度だって父親の決めた門限を破ったことはない。

 その後、「教員」という堅い(と思われている)職業に就いた真琴は、両親にとっても自慢の娘だった。


 その自慢の娘が帰省するとあれば、両親ともにウキウキ気分で待ちかねている。真琴にとって実家とは、そういう場所だった。




 門の前、ちょうど一台ほど駐車できるスペースに車を横付けして、古庄は車を降り立った。そして、緊張した面持ちで玄関の前に立つ。


 同じく隣に並んで立った真琴は、その緊張をほぐすように古庄に微笑みかけると、インターホンは押さずに玄関のドアを開けた。



「ただいまぁー…」



 吹き抜けの玄関から、真琴の声が通る。すると、奥の居間の方から「あっ!帰ってきた」と聞こえ、真琴の父親と母親がいそいそと出てきた。



「おかえり―…」



 と、言い終わらない内に、真琴の両親は、真琴の隣に立つ長身の男を見て、目を剥いて仰天する。


 これまで真琴が家に男を連れてくることなんてなかったし、前もって予告もされていなかったから。

 さらに、古庄の完璧な容姿は両親に追い打ちをかけた。あまりの衝撃に、稲妻に打ち付けられたように立ちすくむ。


 その眼差しは、古庄の容姿にうっとりしているというより、信じられない危険生物でも見ているようだ。



「あの、お父さん、お母さん。この人は、同じ職場の…」



 と、衝撃で固まる空気を破って、真琴が口を開くと、



「古庄和彦と申します。よろしくお願いいたします」



 古庄は姿勢を整えて自己紹介をし、深々と頭を下げた。

 両親は釣られて頭を上げはしたが、何も言葉にならなかった。



 古庄をリビングへと通しても、空気は張りつめたままで、依然として両親の態度はものすごくよそよそしい。



「古庄先生はね、地理の先生でね。私と同じ地歴科の先生なの」



 場を和ませようと、真琴が会話の端緒を開こうとする。古庄も恥ずかしそうに真琴へと視線を投げかけ、微笑みを交わした。


 けれども、ソファーに座る父親も、お茶を淹れている母親も、まるでロボットのようにぎこちない。心の中の動揺を映して笑うどころではなく、その表情はひきつっている。



 そんな真琴の両親を見て、古庄は出会ったばかりの真琴を思い出した。

 口をきいても素っ気なく、目を合わしても仏頂面、まるで邪険にされているような態度…。



 ――…俺に対するこの反応は、もしかして、賀川家の習性なのか……?!



 古庄の額に、ジワリと冷や汗が出てくる。


 真琴の場合、自分は大勢の中の同僚の一人にすぎなかったが、真琴の両親にとっては年頃の大事な娘が初めて連れてきた、ただ一人の男だ。


 嫌われていたり悪意を持たれてたりするものでないことは、真琴の場合で経験済みだが…。

 衝撃の度合いが違いすぎて、打ち解けてもらうには、真琴の時よりも時間がかかってしまうかもしれない。


 それでも、古庄は勇気を出さねばならなかった。

 何よりも愛しい真琴のためにも。真琴の両親に、自分たちの結婚を認めてもらわねばならない――。


 意を決して、古庄は言葉を出すための息を吸い込んだ。



「おねーちゃん!!帰ってたんだ!おかえりぃ~!!」



 突然、声が響いたと思うと、居間に14,5歳といったところの男の子が飛び込んできた。



「ねえ、ねえ!僕、今部活から帰ってきたんだけど。スクリューパス。僕、なかなか出来なくてさー。難しいんだー」



 そう言いながら、古庄と並んでソファーに座る真琴の隣へとやって来て、わずかな隙間にお尻をねじ込んだ。



「っていうより。部活、めちゃくちゃキツくてさー。もう、ヤになっちゃったんだ~。やめちゃおうかな~。ね、どう思う?お姉ちゃん!」


「ちょ…、ちょっと待って。正志ちゃん。」



 真琴は自分のお尻を古庄の方へとずらして、座るためのスペースを作ってあげる。



「この子は、正志(ただし)って言います。私の弟です」



 その言葉が自分に向けられたものではないと気が付いて、正志は古庄の存在に気が付いた。



「……誰?」



 と訊きながら、その古庄の容姿を確認して目を見開いている。



「この人は、古庄和彦さん。私の旦那様になった人よ。」



 古庄自身、気持ちの準備もなくそんな風に紹介されて、心臓が跳び上がった。



「………!!!?」



 しかし、あとの3人の驚きは、古庄の比ではなかった。



「…だ、旦那様って、どういうこと?!」



 正志は下ろしたばかりの腰を上げて、立ち上がった。その正志を見上げて、真琴が答える。



「どういうことって、古庄先生と結婚したのよ」



「…け、け、け、結婚……!?」



 今度は母親の方が声を上げたかと思うと、お茶の載ったお盆をひっくり返し、


 ガッシャ―――ン!!


 と、けたたましい物音が鳴り響く。



「お母さん!大丈夫?」



 驚いた真琴もソファーから跳ね上がり、雑巾を取りに走り出す。



 そして、衝撃に対するこの周囲の動揺にもかかわらず、何も反応を示さないのが父親の方だ。微動だにせず宙を見つめているのは、“怒り”がそうさせているのかもしれない。




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