9話 魔王、決闘をする1
ギルド受付のシエナさんにはさんざん止められた。
「あの人たち、ああやって新人をつぶしてるんです! Cランクで成長が止まって不満がたまってるのか、ストレス解消の相手を探してるんですよ……」
「むしろ、ご褒美ぐらいです」
「え? そういう性癖なんですか?」
しまった。言葉を間違った。
単純に敵がクズであればあるほどこちらの罪悪感が減るのでありがたいのだ。
あと、ザフィーラがものすごく殺る気なので、俺がほどよく叩きつぶしておいたほうが、あとあといいと思った。
俺が手を下さない場合、暗殺とかしかねんからな。
とくにあいつら、女に目がない感じだったから、ザフィーラが色仕掛けでもしようものなら100パーセントそれにのこのこついていって、人気のない暗がりで殺される。
それよりは俺がじきじきに痛めつけるほうが慈悲がある。
もちろんそんなことはシエナさんにはわからないので、理由を作る。
「俺、剣の経験はないんですが、武術の心得はあるんですよ」
中学の授業で柔道があったのでウソではない。
「あと、歌が得意なんです」
ためしに一曲、サビのところだけ歌ってみた。
「上手いんですけど、そんなに余裕出してて大丈夫ですか……?」
しばらくギルドの中で待っていると、連中が誓約書を持ってきた。
そこに署名しろと言われたので、自分の名前とザフィーラの名前を書く。
「場所は広場近くの空き地だからな。逃げんなよ」
最初に絡んできたゴロツキが言った。
呼び方がないと面倒なので、ゴロツキだけにゴローとしておく。
「逃げるつもりだったら、こんなの書かずに逃げてるだろ」
「ちなみに決闘は互いに何か賭けなきゃいけねえ決まりだ。こっちはその女がほしいんだけどよ」
ゴローが下卑た視線をザフィーラに送る。
ザフィーラが「べーっ!」と舌を出した。
まあ、ハエにたかられたような気分なのかな。
「ザフィーラ、決闘の質にしていいか?」
念のため、確認する。答えはわかってるけど。
「もちろん。でも、絶対に、絶対に、取り返してくださいね」
深くうなずくザフィーラ。
ぶっちゃけると、ザフィーラ一人で全滅させられるはずなので、俺が取り返すも何もないのだが。
「私のために戦うルシ……あなたを見ていたいです」
顔を赤らめてザフィーラが言う。
その気持ちは少しわかる。
「わかりました、こっちはザフィーラでいいです。その代わり、俺もそれなりの要求をしますよ」
「ああ、いいぜ、勝手にしな。なんだっていいぜ」
「ではギルドおよび町からの追放ってことでどうですか?」
「安いもんだぜ」
負けたらいろんなものを失うのに、本当に自信あるんだな。
これで俺たちが勝ったら町の風紀がよくなるな。
あとでザフィーラに、
「町をよくしてどうするんですか!」
と言われた。
ああ、そうだ、魔王だった……。
◇ ◇ ◇
どこから聞きつけたのか野次馬が空き地近くには集まっていた。
まあ、魔法を使わなければたいして目立たないからいいか。
俺は素手で空き地に出る。ザフィーラも魔女なので杖のようなロッド一つを持っているだけだ。
男二人がにやにやとこちらを見ている。片方はあのゴローだ。
笑って生きるほうが健康にいいって言うけど、にやけた表情もそれに含むのだろうか。
どっちみち、こいつらは酒飲みすぎて健康に悪そうだけど。
昼からできあがってる奴もいたからな。
「おい、剣もなくていいのかよ?」
ゴローが言った。
「俺は武術をやってたんで、素手でいいんです」
「そうかそうか、じゃあ、頑張って10人を相手にしてくれよ」
たしかに連中の奥から残りの8人がやってきた。
「ちょっと! 2人同士で決闘するんじゃなかったの!?」
「おいおい、お嬢ちゃん、まるでこっちがズルをしたみてえじゃねえか。決闘誓約書にはちゃんと10人の名前が書いてあったぜ。読まねえほうが悪いんじゃねえか?」
おお、賢い。
ちょっと他人事めいた感想すぎたか。
最初、2対2と思わせておいて、多人数を用意して叩きつぶす。
ある意味、ケンカとしては正しいやり方だ。
「卑怯者……」
「これも駆け引きだぜ。お嬢ちゃんには、あとで俺たち10人分の相手をしてもらうからな」
「あなたたちなんて触りたくもないわよ!」
わかりやすいゲスだな。
こんなんばっかりだったら人間を滅ぼしてもいいんだけど……。
まあ、平和っていうのは悪人もどうにか生きられる世界を言うんだけどね。
悪人が即座に排除される世界なんて、ただのディストピアだもんな。
一応の作戦は決めておこう。
ザフィーラのほうを向いて、話す。
「ザフィーラ、俺は武術が得意って設定でいく」
「わかりました。私は炎で焼き殺――」
「ダメだ」
あんまり殺すなよ……。
「あんなバカでもお前が人殺しをしたと知ったら、距離を置いちゃう人もいるかもしれんだろ」
ザフィーラが町で避けられるのは本意じゃない。
「ルシアさん、本当にやさしいんですね……」
「ザフィーラ、チョロインすぎるぞ……」
「チョロイン?」
「い、いい奥さんってことだ……」
「奥さんらしく、奴隷らしく、頑張ります!」
その概念、あんまり両立しないと思う。
審判が出てきた。シエナさんだった。
ずいぶん心配そうな顔だし、自分が止められなかったことに責任を感じているのかもしれない。だとしたら、迷惑をかけて申し訳ない。
「では、ルールの確認をします。とくに異議がないようならギルドが定めているルールを使います」
シエナさんが野外ということもあり、よく通る声で言う。
「どちらかの陣営が全員戦闘不能になるまで決闘を続けます。戦闘中の死者は殺人事件には含めませんが、敗北を宣言している者、意識のない者を攻撃することは禁止とします。いいですか?」
もちろん、問題ない。
さて、やらせてもらうか。
元ロックバンドの武術を見せてやる。
明日は出かけるので、変則的ですが朝10時頃と夜23~24時あたりに更新します。




