8話 魔王、ギルドでからまれる2
「今、あいつらを燃やすのを我慢したら、帰ってからキスしてやる」
小声で囁いた。
こんなこと大きな声で言ったら恥ずかしすぎる……。
「わ、わかりました……。や、約束ですからね……」
ザフィーラの表情がもじもじしたものに変わった。
とにかくゴロツキへの怒りをそらすことができたのでよかった……。
「あ、そうだ。まだ名前をお伝えしてませんでしたね、ギルド受付のシエナです、よろしくお願いします」
なるほど、シエナさんか。
今後、何かとお世話になるかもしれないし、覚えておこう。
「親がこの近くのヒエナという村の出身だったので、似た名前をつけられたんです。その村は先日焼けてしまいましたけど……」
「それ、俺じゃないですからね!」
やったのは火の不始末をやらかしたオッサンだ!
「えっ?」
「ああ、いや、なんでもないです……」
「まず、一般的にギルドのランクはAランクからFランクまでの6段階があります。最初は何か特別な功績でもない限り、Fランクからのスタートでそこから上がっていくシステムです」
シエナさんが説明を加えていく。
「なお、Aランクの上にもランクはありまして、Sランクというのが存在します。ごく一部のAランクの方が認定されます」
なんか殿堂入りみたいなものかな。
「この次元になりますと冒険者ギルドが依頼を出すのではなく、国家から直接話が来ます。つまり、勇者はある意味でSランク冒険者と言えるでしょう」
「つまり、強すぎると国家が放っておかないってことですね」
「強いだけでなく、品格も求められますが。ゴロツキじみた雰囲気だと国や政治に関する仕事は依頼しづらいですから。なのでAランクにずっと残っている方の中には品格に問題がある方も稀にいらっしゃいます」
「ああ、知ってます。心当たりあるんで」
たしかに俺を村の前で殺そうとしたパーティーは盗賊と紙一重の連中だった。
まあ、こっちをビビらせるためにAランクを自称した可能性もおおいにあるけどな。
あるいは若い頃に一度Aランクまでいって、そのままだらだら生きていたって線もあるか。
「どの依頼を受けるかは原則冒険者の方の自由です。対象ランクはこちらで設定していますが、たとえば自分のランクより上の仕事も受けることはできます。ただ、当然ケガのリスクも高くなりますからあまりお勧めはしませんが」
「失敗した時の罰金とかはないんですか?」
この時も「おいおい、すでに失敗した時の心配かよ!」みたいな声が飛んできたが、話の腰を折るので無視。
まずは情報を聞かないと何もはじめられん。
俺は石橋を叩くタイプなのだ。
あと、ザフィーラがそのうち炎を撃ちこみかねないので、ひやかすのはやめてほしい……。
「罰金は場合によっては未達成により発生することもあります。依頼主がはっきり決まっている場合はそういうものが多いですね。逆にダンジョン探索などは損益を被る人がいませんので、とくに定められていません」
「ちなみにダンジョンで入手したアイテムとかの買い取りは?」
「ギルドでもやっていますが、町の道具屋などでも行っています。入手したアイテムの売買などは自由なのでご自由にどうぞ」
だいたい聞くことは聞いたな。
「Fランク冒険者さんですと、登録に1銀貨、年会費に1銀貨、合計2銀貨をお支払いいただくことになりますが、よろしいですか?」
多分、この世界で2万円ぐらいの額だろうな――と思っていたら、
後ろからザフィーラが銀貨を4枚机に置いた。
「私も含めて4銀貨ですね」
「え、あなたもですか? 付き添いではなく……?」
シエナさんは信じられないといった顔になる。
「はい。私はこれでも魔法を勉強しているんです。ちょっとした炎ぐらいなら起こせますから」
中ボスレベルの魔女が出す炎はちょっとしたものじゃないと思うが、まあ、実演するわけにもいかんしな。
「具体的に言うと、このギルドを丸焦げにするぐらいの炎です」
おい、まだ焼くこと諦めてないのか!?
「ちなみに、私たち夫婦ですからね」
なぜか警戒するような目をザフィーラはシエナさんに向けた。
そういう設定にしてるけど、別にシエナさんにあらためて言わなくても……。
「すいません……。まだ結婚していると知らない人が多いもので……。念のためです……」
「わ、わかりました……。では、こちらがFランク冒険者のバッジです……」
まあ、会員証みたいなもんだな。
俺とザフィーラはそれを受け取る。
さて、登録はすんだ。
――と、早速、絡まれた。
俺たちのところにテーブルで酒を飲んでる奴らがやってきた。
「おい、兄ちゃん、気に入らねえな、ツラ貸せや」
おかしいな。
気に入られないことなんて何一つしてないはずなんだけど。
まあ、存在自体が気に入らんということだろうな。
だって魔王だもんね。
魔王じゃ、しょうがないか……。
「何よ、あなたたち! 失礼ね!」
ザフィーラが俺の前に来て、とおせんぼするような格好になる。
「ルシ……夫を愚弄するのは妻の私が許さないから!」
ああ……これ、火に油を注いだな。
「見せつけてくれるじゃねえか!」
そうなるよなあ……。
こういう奴はイチャモンつけること自体が目的だからな。
ううむ、どうしようかな。
このまま舐められたままだと俺もイライラするし――
「なんだったら、このギルドごと燃やしてもいいのよ!」
ザフィーラが放火魔になりそうなんだよな……。
穏便な方法をとるか。
「あの、ここでケンカしたらギルドの人に怒られると思うんですけど」
「ギルド内で暴れるとランク降格や最悪、ギルドの永久追放になりますよ! だから、やめてください……」
シエナさんも泣きそうな声で言う。
「じゃあ、俺たちと決闘しようぜ。こっちも二人でいいからよ。決闘なら場所と見届人が決まれば、問題ねえんだ、初心者さん」
おっ、それ、名案!
この体がどれぐらいのポテンシャルか確認もしたいしな。
かといって、罪のない冒険者を襲ったら本物の魔王みたいだ。
いや、本物の魔王なんだけどね。
即採用だ。
「じゃ、それでやりましょう」
「お前、やけに軽いな……」
ゴロツキも反応が鈍いと思ったのか、変な顔をした。
「軽量級なんです」
ヴォーカルが太ってると人気出ないからな。ジムにも通っていた。
「そういう意味じゃねえよ! ふざけやがって!」
確かに今のはちょっとふざけた。
よし、合法的に力試しをしてやるぞ。
次回は本日夜23時頃を予定しています。