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【第二回・文章×絵企画】作品群  作者: 絵師様×陽一
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蝶の見た景色

 インジュン(http://10242.mitemin.net/)様のイラストに文章をつけさせていただきました。

 ジャンルは「(準)文学」

 必須要素は「バイク」「墓」「蝶」

 

 とある町の外れにある、小高い丘。

 そこからは、町のすべてを見下ろせる。

 他にはたいした物もないそこには、古びた墓が、一つあった。

 もうずっと昔、この町が変わる前に作られたそれは、町の辿った道を知る、数少ないものだ。


 周辺の木々に影をおとされ、まだら模様のそれに、参る者はもういない。


  *   *   *


 私は衝動的に、なにも持たずに彼女の墓参りに訪れた。

 昔のようにバイクに跨ってはいない。もうそんなことはできなくなったのだから。

 振り向くとそこには、町が広がっている。

 記憶と違わず、何の特徴もない住宅街と町工場。

 自分が生また町ではないが、私の記憶は、殆どがここで作られた。


 + + +


 自宅から離れた小学校へバス通学をしていた私は、バスがこの町を通ったある時、何気なく窓の外を見上げた。すると雨上がりの空気に、何かが光った気がしたんだ。

 どうせ家に帰っても、両親は仕事で留守だし兄弟は無い。ペットも飼っていないし、核家族だから他の家族もいない。

 だから別段躊躇もせずにそこからすぐのバス停で降り、光りに招かれるように、あるいは引き寄せられるように見えた方向へ歩いていった。

 そこにまつわる噂など、当然知らぬままに。



 着いた先は、小高い丘の上。

 人気はなく、(くるぶし)に届くくらいの、滴を纏った草たちと、人工的に植えられたにしては形がイビツな木々が、中心のそれを護るかのように覆っていた。


「こんにちわ」


 声が聞こえた気がして振り向いてみると、そこには夕暮れに照らされ始める町並みがあった。

 まるで写真か絵画のように、濡れた空気に反射する光と蒼い空、物にへばりつく影の対比は見事で、心を奪われた。


「こっち」


 やはり声が聞こえた気がして向き直ると、そこには古びたお墓の前に座る少女があった。

 シンプルなワンピースを纏った少女は微笑んで、私に手を伸ばした。

 私はどう返してよいかわからず、ぎこちなく笑みを返したつもりだ。



それが、私と彼女の出会い。

初めてここを訪れた日は彼女と夢中になって話してしまって、バスがなくなって歩いて帰ったら親に心配されたけど、バスの定期券を忘れていたのだと言ったら、不注意を怒られただけで済んだ。

その日の朝は親に送ってもらっていたから、嘘だとばれなかったんだ。

それから私は、週末や学校が早く終わる日などには、決まってここを訪れるようになった。親に心配をかけないようにではなく、私の行動を制限されるようなことがないように時間はきちんと見てバスで帰るようにした。

いつでも彼女は気づくとそこにいて、私の数少ない友の一人だったんだと思う。



 週末に彼女の元を訪れると、共に町まで下りて散策した。

 町の人たちが私を見る目が、何か引っかかったんだ。けど、町の住人じゃないから珍しがっているだけだろうと勝手に納得してた。

 そのうち最寄りのバス停への近道や抜け道も見つけ、彼女と過ごす時間は増え、少しずつ、確実に過ぎていった。



 この町の住民たちは丘の上には近づかないから、ここにいるうちはいつも二人きりで。


 * * *


私は成長し、進学先も就職先も近場を選んだ。

言わずもがな、彼女に会いに来るためだ。



 十八になるとバイクの免許を取って、バイト代をつぎ込んで自分のバイクを買った。

 遠くに行くためじゃない。

 たしかに行きたくないわけじゃなかったけど、それよりも、彼女と過ごす時間を少しでも延ばしたかったんだ。

 それまではバスと歩きで片道二時間ほどかかっていたから。

どうして最寄りのバス停までこんなに遠いのかと、疑問に思うこともあったけど、調べようとはしなかった。

 高校を卒業する少し前くらいからは母が海外出張で数年間を留守にし、父は離れた土地へ単身赴任して行き、私は残りたいと主張して一人暮らしだったが、引っ越すことは考えなかった。

 親には一人暮らしをするのなら一戸建てだと手間がかかるだろうからとアパートやマンションを勧められたけど、学校や就職先は実家からの方がこの町からよりも近く、親の薦めに乗るとここへの移動時間が長くなるから拒否した。


 + + +


 墓の前で町を見下ろしながら昔を思い出していると、ぱらぱらと、何かが頬に触れる感覚があった。


──雨だ。


 次第に強さを増していくそれに追い立てられるように、急いでその場を離れた。



 町に下りた。

 懐かしさを感じないことに違和感を覚えつつ、雨に濡れないよう商店街のアーケードの中を進む。

 意識するとその違和感の正体は、雰囲気が全く違っていただけだった。

 私のいるところはいつも、何か変な雰囲気だったから。


 + + +


 このアーケード内は押して通行すれば自転車やバイクも通行が可能だから、今みたいに雨の降っていたある日、バイクを押して彼女と並んで歩いていたら、彼女はいつのまにか、私の視界から消えていたんだ。

 背後をみると、そこにいた。

 私の背中にぴったりと着いて後ろを歩いていたんだ。


 なぜ後ろを歩くのか。私が訊くと彼女は、人混みが苦手だ。と答えた。


 それまでに私と彼女が訪れたのは、アーケード街の隣の道にある寂れた商店街や人通りの少ない時間帯の工場街といったところだった。

 なるほどたしかに今までは人混みに入っていない。

 だからそのときは納得したんだ。


 翌日、雨は上がり、水たまりには通りすがるものの影が映る。

 私は彼女を乗せて町の外れまでバイクで走っていった。そこには川がある。

 コンクリートで固められてしまった、窮屈な川だ。

 それを橋の上から眺めた。


「──窮屈そう……。」


 彼女も私と同じ感想を持ったらしく、そう呟いていた。

 そう呟く彼女は自分を抱きしめていた。

 それが私には、遮るものなく空が拝め、風が舞い踊るこの場所で、手足も伸ばせないような窮屈な場所に閉じこめられているかのように見えた。

 実際の理由は、全く見当違いの物だったんだけど。


 貴方は窮屈なのか。とつい尋ねたら、彼女は首を左右にゆっくりと振りながら、反対。と返してきた。


 その意味を考える間もなく、帰ろう。と彼女に言われた。

 私は反射的に頷き応えてから、バイクに跨り、彼女と共にあの丘の上に帰ろうと、ハンドルをひねった。



 窮屈の反対は……空疎で寂しい、だろうか。

 彼女の寂しさの原因を、私は、少しでも取り去ってやることができるだろうか。

 できるならば、永劫に、彼女の隣に──……。


 普段から車通りも人通りも少ないような道を走りながら、そんなことを考えていた。


 そんな上の空な状態で、何かが起きないはずもなく。

 どうせ車両は通らないだろうとでも思っていたのか赤信号を無視して右折しようとした大型トラックと、青信号を直進しようとした私のバイクは衝突した。

 轢かれたと表現した方が適切かもしれない。



 私は病院に運ばれるまでもなく生きていないのが一般人でも解るような有様になり、大型トラックの方も私のバイクと衝突した衝撃で一部大破し、走行困難となった。

 運転手は赤信号は無視するがそこで逃げるような輩ではなかったらしく、一応警察と救急車を呼んでくれたらしい。


 私は既に意識はなかったから、これは聴いた話なんだけど。

 そうでなければ翌日になるまで誰も気付かなかったかもしれないほどに、人通りの少ない場所だったんだ。民家もない。

 運転手はその後何を否定することもなくやったことは素直に認め、無事に刑期を終えたのではなかったか。

 死刑にならなくてよかった。と、まるで部外者のように今は思う。


 病院に運ばれた私は葬儀のために外見を整えられ、火葬されたらしい。

 彼女があの事故でどうなったのか、私は誰からも聴くことができなかった。

 けれど私の葬儀に訪れた彼女を、私は見たんだ。

 でも、誰も彼女の話などしないし、彼女に接することもしなかった。

 そこで私は、何かを思い出したかのように、頭がすっきりとしたん

だ。


 * * *


 小高い丘の上に、ひっそりと佇む寂れたお墓。

 そこには少女が埋葬されている。

 彼女は遠い昔、流行病を鎮めるために人柱として川に落とされ亡くなった。

 彼女を不憫に思った富豪が遺体を川から引き揚げ、他の住民の目を欺くために大きめの棺桶に入れ、こっそりと埋葬したのだという。

 少女の霊は独り、広い空間に閉じこめられた寂しさを紛らわすため、近寄る人間を自分の元へ誘うのだとか。


 * * *


 この町に広がる噂。

 それはまことしやかに囁かれている。

 だから誰も、町の住人は丘の上に近寄らない。


 この町にある丘は実際に、昔はある資産家の所有地の森の一部だったから。


 + + +


 雨がやみ、丘の上に戻ってくると、墓石には濃淡のマーブル模様ができていた。まだ落ちきっていない水滴は線上に伸びている。

 そこに写る屈折した光に、何かを見いだすことはもうできない。


 触れようとしたら、線が歪んだ。

──それはあるいは、人の形をしていたのかもしれない。


 振り向くと、雨に濡れた町のこちら側に、白い少女がいた。

 草にまとわりついていた水滴を散らしながら、元気に駆けてくる。

──その姿は、出会ったときの彼女に見えた。


 少女は私を見つけると、無邪気に微笑んで手を振った。

 私はそれにどう返してよいかわからなかったが、笑い返したつもりだ。


 また会えたね──。と。


  *   *   *


 とある町の外れにある、小高い丘。

 そこに佇む寂れたお墓と、それを護るような古い木々。

 そこからは、町のすべてを見下ろせる。

 昔そこには、一人の人間が、頻繁に訪れていた。


 今そこには、一羽の蝶が、光を残して羽ばたくだけだ。


挿絵(By みてみん)

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