カレーとの出会い
元・忍の俺は柏木家の長男、洸輔になった……何言ってんだろう、俺…。
3年前、俺は生まれた。あの薄暗い空間は母親の胎の中だったらしい。散々『ここはどこだ〜』だの『主犯は誰だ〜』だの考えていたが、全て無意味だったわけだ。阿呆らしい。
母らしき女に抱かれて気付いたが、俺はどうやら死んでいたらしい。生まれてから気付くなど阿呆を通り越してただの馬鹿である。馬鹿。そう言えば俺が死ぬ原因になったのも馬鹿な部下だった。あの馬鹿、変わり身の術に、近くにいた俺を使いやがったのだ。普通は予め用意しておいた丸太などを使うのだが、よりにもよって俺だ。大方、用意するのを忘れていたか使い切ったかのどちらかだろう。だからあれ程濫用するな補充はこまめにしろと言っていたというのにあの馬鹿は救い様のない大馬鹿である。思い出したら腹が立ってきた。一発殴りたい。
苛立ちを堪えようと手元にあった人形をこれでもかとだき潰す。確か『鯖折り』という名前の技だったか。最近これをすることが多く人形の形が前より平らになっている気がする。脇を抱えて持ち上げてみた。…まあ原形は留めているから構わないな。そうやって一人頷いていると、
「こーくん、どうしたの〜?熊さんと遊んでるのかなぁ〜?」
(うわ出やがった)
最近の俺の苛立ちの元凶が話し掛けてきた。
「こーくんは熊さんが大好きだねー、いっつもいっしょだもんねぇ〜」
にこにこにこにこにこ
胡散臭い笑顔だ。間者どころか商人にすら及ばんな。あと鬱陶しいから顔を近付けるな。手に持っている人形でぶん殴ってやろうか。
「こーくん、お腹空いた?そんなお顔しないで、はい笑顔笑顔」
不穏な考えが顔に出ていたのか、ひょいと抱え上げられにこーっと笑いかけられる。そう言えばそろそろ昼か。しかし腹は減っていない、構うな降ろせ。
げしげしと蹴って抗議する。それでもこの男は俺を降ろさない。寧ろ笑みが深まった。
「うんうん、すぐにご飯作るからねぇ〜。ちょっとだけ待っててねー?」
違う!と言えたら言っているのだが。この男に話しかけられると言葉を発するのが負けという気分になるのだ。絶対に俺から話してなどやらん。
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昼餉は炊いた米に泥がかかったような料理だった。米だけでも結構な馳走だと思うが、俺が生まれたこの場所では主食として食べているようだ。なんと贅沢な。まあ遠慮せずに食うが。だがこの泥のような…汁?が邪魔だ。混ぜて食うのか?
「こーくんももう4歳になるからねー、カレーに挑戦してもいいと思うんだよねー」
かれーというのか、この料理は。聞きなれない名前だ。やはり前世俺が生きていた場所とこの場所は違うのか。
「 はい、アーン」
自分で食えるわっガキにするようにすな!…あ、今は俺がガキか。少しの間呆けていたら、口に匙を突っ込まれた。生意気なガキとはいえやっていいことと悪いことがあるぞ。
つい戒めを破って抗議しそうになったが、口いっぱいに広がる味にひと時、目の前の男のことを忘れた。
「おいしいかい?」
男が何か言っているがどうでもいい。なんだ、このコクが深いながらに飽きのこない濃厚な味わい。入っている野菜にもその味が染み渡り、かといって素材を殺さない絶妙感。そうか、具材から出汁が出ているのか?だからこそこの一体感なのか?美味い、美味すぎる、米に良く合うな、かれーというのは!今まで食ったなかで一番だ!何故前世の記憶を持ったまま生まれてきたかグダグダ悩んだりしたが、かれーの美味さを余すことなく味わうためだったのだそうに違いない。
きっと、これが、運命の出会い