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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
8/46

初戦闘

のんびりとやっております。

読んでくださる皆様も、のんびりと読んでやってください。

 




「あぁん? ここは兄ちゃんみてぇな優男の来るようなところじゃねぇぞ? 目的地間違ってんじゃねぇのか? ガハハハハ!」


「そんな歳になって迷子でちゅかー?」


「それは言っちゃあ可哀想でしょうよ!」


「いやいや、怖いのを我慢して来た勇気を貶しちゃいけませんぜぇ?」


「「「ギャハハハハハ!!」」」


 扉を開けて中に入ったアラトを出迎えたのは、野太い男の罵声だった。まるで打ち合わせしたかのようなタイミングだ。


 正面に受付があり、綺麗なお姉さんが2人立っている。そこはテンプレで嬉しいが、騒いでいる男達を止める様子はない。

 男達は、依頼書と思われる紙が貼ってある板の近くのテーブルの席に着いていた。数は20人ほどだろうか。


 あのテーブルは、ゲームでは建物に付属されているオブジェクトだった。ここではどういう扱いなのか。


 アラトは興味無さげにそちらに目をやり、ある人物を目に留めて目を細めた。


(あれは……俺達を監視してた奴の1人か。気配が監視中に漏れてた物と酷似するな。となれば、残り2人もいるのか……? 最初に離脱した奴は時間が短すぎたしわからないかな)


 アラトがさりげなくその周囲を探っていると、クリリとクシュルがくっついて来た。大袈裟に震えて、この状況を怖がっている演技をしている。

 まったく、少々わざとらしいとアラトは思った。


「ししょー。あの人達、殺っちゃっていいですかぁ〜? ししょーを馬鹿にするなんて、許せませんからぁ〜」


「おにーちゃん、クリリを行かせて? 大丈夫です、一撃で仕留めますです。苦しませたりはしませんです」


 違った。怒りで震えていたらしい。アラトは心の中で2人に謝った。というか、後衛職のクリリが前に出てどうするのだろう。

 すると、キララも同じようにアラトとの距離を詰めた。


「アラトぉー、止めんなよ? あたしはキレた」


「いや落ち着けよお前ら……」


 アラトは肩を落として3人を宥めようとする。効果があるかは不明だが。


 さてここで、この場を遠目に見てみよう。

 アラトを小馬鹿にするように騒ぐ男達。

 その嘲りの対象のアラトは肩を落として俯いていて、怯えているように見えなくもない。

 アラトが侍らせている3人の女は震えて男に寄り添っており、これも怯えているように見えるかもしれない。


 まあ要するに、男達はアラトがビビったと思い込んだ。

 嫌らしい笑みを浮かべて、キララ達を舐め回すように見てくる。


「それにしても、連れてる姉ちゃん達も全員上玉じゃねぇか? オイ兄ちゃん、その姉ちゃん達を置いてけば、痛い目見ずに済むぜ?」


 アラトが建物に入って最初に発言した大男が、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 アラトは本心から驚いた。この男、挙動が鈍る様子が一切ない。偶々ということもあるだろうが、恐らくこの男がこの中で一番強いのだろう。その証拠に、他の男達の幾人かはアラトに悪意を向けた直後からどこか勢いがない。

 アラトは、俯いたまま薄く笑った。


(……これは面白くなってきたな)


 アラトの薄ら笑いを見ることができたのは、背の低いクリリとキララだけだった。

 その笑みを見て、キララの怒りが収まった。

 この笑顔を浮かべるならば、アラトは必ず()()()()()()。イベントなどで見かける度にアラトのことを目で追っていたキララは知っている。

 キララは、自分が動く必要がないことを悟った。

 そしてクシュルは、アラトの表情を見ないまま気配だけで察したのか、大人しくなった。


「オイオイどうした!? ビビって逃げることもできねぇのか!?」


 微動だにしない(ように見える)アラトに業を煮やしたのか、大男が歩み寄ってくる。


 それに反応してクリリが動こうとしたが、アラトが制する。


「大丈夫。言っただろ? 皆は俺が守るよ」


 アラトがそう言った瞬間、場を静寂が包む。


「「「「ギャハハハハハハ!!!」」」」


 そして、次の瞬間爆発した。


「オイ、聞いたかよ!? 俺が守るよ、だってよ!!」


「ヒィヒィ、腹痛ぇ──!!」


「ちょ、ヤバ、呼吸が……!!」


 腹を抱えて爆笑している男達を無視して、アラトは大男に話しかけた。

 この男、身長が2mはある。アラトが少し見上げる羽目になるという珍しい光景だ。


「なあ、あんた──」


「あん? 土下座する準備でもできたか? そんなのはいいからさっさとその姉ちゃん達を置いてきな。その3人、奴隷なんだろ? 俺らが可愛がってやるからよ」


 頓珍漢な男の発言を無視して、アラトは続けた。


「そんなにこの3人がほしいなら、自分の手で奪ってみれば? あんたと俺で────いや、あんたら全員と俺で決闘しよう。ここは冒険者ギルドなんだろ? なら、訓練用だったりで広いスペースはないか? そこで遊ぼ(たたかお)う。あんたらが勝ったら、俺はこの3人を置いてこの街から出て行く。ま、あんたらが勝てればの話だがな」


 そのアラトの挑発に、場が静まり返った。


 そして、爆発した。今度は怒りで。


「てめぇ、舐めてんのか!?」


「調子乗んなよオラァ!?」


「ぶっ殺すぞ!?」


 次々に口汚い罵りが飛んでくるが、アラトは意に介した様子もない。じっと目の前の大男の目を見つめている。

 大男はアラトの視線を真っ向から受けて、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「はっ、威勢のいいガキだな……。その()()に免じて、俺1人で相手をしてやろう」


「要らないな」


「………なに?」


「配慮は要らないって言ったんだ。そんなこと、してもしなくても結果は変わらない。そっちにいるのは、俺の敵じゃない。雑魚が増えたところで俺の勝ちは変わらないし。でも、あんたらは言葉で言われても納得しないだろう? だから、最初に言ったんだぞ? 全員でかかってこい、って」


 再びこの場に沈黙が降りて────


「ざけんじゃねぇぞオラァ!!」


「ぶっ殺す!!」


「産まれてきたことを後悔させてやらぁ!!」


 先ほどの比ではないほどの大音量で、怒りがアラトにぶつけられた。先ほどは脅すような響きがあったが、今は一切なくなっている。

 アレだけ侮辱されれば怒り心頭になるのは当然だ。


「……てめぇ、後悔するぞ?」


 大男が目を細めて最終通告かのように言ってくる。

 だが、アラトは言いたいことは言った。


「何度も言わせないでくれ。あんた以外は話にならないんだよ。さて、全員やる気になったみたいだし? さっさと行こうか」


 そう言いながらアラトは後ろに振り向き、キララ達に声をかけた。


「てなわけで、行ってくるわ」


「いや、アラトなら余裕で勝てるだろうけどよ……なんでやる気になったんだ?」


 若干呆れた顔でキララが尋ねてくる。


「それは私も気になりますぅ〜」


「そこのオバサンと意見がかぶるのは癪ですが、わたしもです!」


「ガキは黙ってろですぅ〜」


「いや2人ともうるさい」


「「あいたっ!?」」


 またしょうもないことで罵り合いを始めた2人にアラトはチョップをかまし、黙らせてから声を潜めて言った。


「キララ、気づかなかったか? あの大男、俺達の『威圧』で怖気付かなかった」


「あ、そう言えば……」


 キララも気づいて、表情を真剣なものに変えた。


 受動技巧『威圧』は、自身に対する敵対行動の確率をレベル差に応じて下げるというものである。この敵対行動には、悪意を向けるなども含まれる。

 基本的に接近されたらお終いの魔法使い系統の、数少ない近距離防衛手段と言えた。

 自分より上のレベルの相手には全く効かないが、相手が僅かにでも下なら(レベル差)×(0.1%)分、行動確率を低下させる。


 ちなみにこの効果はパーティー内では重複するので、パーティーの最大人数でボスに挑み、ボスの行動確率を0%にして完封するということもできた。

 しかし嫌らしいことに、行動確率が0.1%でもマイナスになると超過分のみ適用されるという設定だったため、完封はかなりハイレベルな技術だった。つまり100.1%行動確率を低下させると、相手の行動確率は99.9%になるわけだ。


 効果重複の話に戻るが、ここではパーティーが組めないために効果が重複することはないかと言えば、そうではないだろう。むしろなまじ現実な分、ゲーム時代のパーティーを上回る人数から同時に『威圧』されてもおかしくはない。


「確かに、周りの奴らは怖気付くことも多かったな。てことは、あの大男は──」


「ああ、恐らく比較的レベルが高い。俺が奴に悪意と敵意を向けられたのは2回。最初と挑発した時だ。そしてキララ達に劣情を向けたのが1回。合計3回連続で全て通したってことは、多分500レベルはあると思う」


 これは完全に予想だけどね、とアラトは付け加えた。

 アラトのレベル予想が当たっているかどうかはともかく、キララも大男が比較的高レベルな者だろうと予測した。まあ、アラトとキララの強さを感じ取れない時点で高レベルと言ってもたかが知れてるが。

 それとあの男、態度のほとんどが演技だ。アラトが入ってきた時と、決闘しようと持ちかけられた時。そしてクシュルを見て一瞬劣情を催した時のみ本当の感情が出ていた。何故そんなことをしたのかは推測しかできないが。


「そんなわけで、面白そうだから行ってくるよ」


「……わかったよ。一応、気をつけてな」


「あいよー」


 緊張感など欠片もなく、アラトは男達に付いて行った。キララ達ケモ耳3人娘は、それを見送ってため息を吐く。


「はぁ……でも、あたしが自分で制裁を喰らわせたかったな……」


「わたしもです、おねーちゃん」


「私もですぅ〜。潰したかったですよねぇ〜」


「今ならあいつら殺せた気がするもんな」


「ですです」


「せめて、再起不能にはしたかったですねぇ〜」


「ま、アラトがやってくれることを祈ろうぜ……」


「はいです……」


「了解ですぅ〜」


「「「はぁ…………」」」


 この場に男達がいたら確実に恐怖していたであろう暗いオーラを、3人は撒き散らしていた。受付のお姉さんの顔が真っ青になっている。クシュルも態度が取り繕えない程度には頭にキているらしい。

 3人は濁った目をしながら、観客席があることを受付のお姉さんから聞いて、観客席に歩いて行った。







(さて、まずは様子見だな……)


 男達に付いて行って広い場所に出たアラトは、自然体で立ってそんなことを考えていた。


 アラトが立つ場所は中々に広い。直径は100mを超えているだろう。完全な円形で、円周には壁が屹立している。壁の先が観客席になっているようだ。

 壁からは魔力を感じる。恐らくファンタジーのコロシアムにありがちな、魔力を使った防壁を展開させるものなのだろう。


 アラトの前方30mほどのところに、大男を先頭に男達が武器を構えて立っている。大男以外の全員が殺気立っていた。アラトにあそこまで挑発されたのだ、当然と言える。

 大男だけは、アラトを値踏みするかの様に眺めていた。

 大男の相手を見た目では判断しない慎重さに感心しながら、アラトは先ほどの考えを実現するために言葉を放つ。


「ほら、来いよ。不意打ち騙し打ち何でもござれだ。宣言なんていらない。いつでも来な」


 できる限り上から目線に見えるように努力したアラトの発言は、男達に火をつけるには充分だった。


 何やら訳のわからないことを叫びながら殺到してくる男達を前に、アラトは驚くほど冷静だった。



 その理由は、現在のアラトの装備にある。

 その装備とは、今アラトが手にしている二振りの短剣だ。

 これは名前を《無殺の短剣》と言い、《無殺シリーズ》と呼ばれたりする装備の内の短剣だ。他にも刀や斧など多くの種類がある。このシリーズの共通効果は、この武器で与えるダメージを(相手とのレベル差)×(0.1%)分マイナスにするというものだ。さらに、この武器を使って相手を倒した場合、相手のHPが全回復するという効果もある。

 また、これらは相手に怪我をさせることもできない。ただの鈍器である。装備した時に軽く自傷してみたが切り傷はできなかったので、装備の仕様は反映されていると思っていいだろう。

 どう頑張ってもこの武器の攻撃では相手は倒せない。そのままの意味での無殺なのだ。


 それがアラトの安心に繋がっていた。この武器で攻撃し続ける限り、殺してしまうことは恐らく、しかし高確率でない。

 ゲームでは、レベルの離れた者と一緒のパーティーで遊ぶ時などに重宝されていた。


 この武器シリーズ、総じて高レベルの者しか装備できないがパラメータ補正はほとんどないし、見た目は中級者が装備する様な武器と似た雰囲気を醸し出している。そのため、他の3人の装備と比較しても違和感がなかったのもよかった。


 装備を変える提案をした時すでに、アラトはこのシリーズを使うことを決めていた。短剣にしたのは、アラトのイメージとの兼ね合いだ。習得能動技巧的には何でも、例えば斧だろうと行けるが、アラトは身体の細長い青年だ。そんな青年のメインウェポンが「斧です!」とは、とてもじゃないが言えなかった。


(誤って殺してしまう可能性が低いなら、何も気負うことはない。こいつらを適当にいなして、大体のレベルを把握したら─────あの男だな)


 アラトは男達に次々に斬りかかられていたが、その全てを躱しいなし受け流し、完璧に対処していた。時折斬りつけてダメージを与える。アラトの攻撃を受けた相手は、かなりのダメージを負ったようだった。


(ふーん、大体80%カットくらいか……。1人だけマシなのがいたな。斬りつけた2人目。あいつは60%カットって感じだったけど……多分本当に60くらいだ。60の前半も前半。他は70前半から80後半まで、幅広いな)


 相手に与えたダメージの軽減率は、アバウトな感覚が流れ込んでくる。数字として流れ込んでくるのは10の位だけで、その下の位は感覚で掴むしかない。

 アラトは諸事情でこのシリーズをよく使っていたため、この感覚には明るい。その感覚から言えば、アラトが2人目に斬りつけた男は60%台、高くても61%台だろうと当たりを付けた。アラトのレベルが967なので、あの男のレベルは360辺りだとアラトは推測した。


「ほらほら、どうした? ダメージ受けた奴は相当辛そうだな。引っ込んでた方がいいんじゃないか? それと無事な奴ら。もう終わりか?」


「く、クソがぁぁあああ!!」


「マジでこのガキぶっ殺す!!」


「おいコラ、魔法まだか!!」


(ガキって呼ばれるような年齢でもないんだけどね……)


 アラトのあからさまな挑発に、男達のボルテージがどんどん上がっていく。怒りで我を忘れて、魔法の準備をしていることをバラしてしまったくらいだ。

 アラトは内心、苦笑していたりした。


 それはそうと、当然アラトは魔法の兆候には気づいていた。そしてそれと同時に不思議にも思う。


(なんで魔法の発動に時間がかかるんだ? ただ詠唱して撃つだけじゃないか)


 そう。《マスパラ》の魔法は、正確に呪文詠唱すれば勝手にMPが持って行かれて自動で魔法が発動する。発動に時間などかからないはずなのだ。


(どんな秘密があるのかね……あ、キララ達だ)


 そのことに関して思考を進めようとした所で、キララ達が目に入った。観客席から冷静に戦場を見つめている。アラトが手を振ると、3人とも手をふり返す。その様子を見て、男達がさらにヒートアップした。


「ああもうマジで馬鹿にしてんじゃねぇぞテメェ!!」


「くたばれやぁ!!」


「っしゃ、魔法行けるぞ!!」


「よし、撃ってやれぇ!」


「おう!! 『上位中級火魔法・火の連弾(ファイヤーガトリング)』!!」


「え?」


 アラトの口からそんな声が漏れた。


(上位()()だって? そんな馬鹿な。中級を使えるレベル帯にいるのは、あの大男だけだろ? ……もしかして、時間がかかった秘密はこれか?)


 疑問は絶えなかったが、今は魔法の対処が最優先だ。ぶっちゃけた話、何もしなくても大したダメージは受けないが、普通は何かしらの対処をするだろう。

 そう考えて、アラトは早速魔法を使うことにした。すでに他の男達は魔法の射線から逃れている。


「『下位上級火魔法・火への抵抗(ファイヤーレジスト)』」


 呪文を唱えた瞬間、アラトの身体を紅色のオーラが包む。その直後、『火の連弾』を唱えた男の方から殺到した火球がアラトに襲いかかった。アラトのいる地点を中心に、次々と爆発が起こる。



「よっしゃ、当たった!!」


「やったか!?」


「へへっ、あれの直撃を食らって無事なわけがねぇぜ!!」


 男達がものすごい速度でフラグを立てる。アラトとキララの思いは、この時完全に一致していた。


((おいおい、そんなにフラグ立てんなよ……))


 アラトは心の中でツッコミを入れながら、次の魔法を唱えていた。


「『下位初級無魔法・速度上昇』」


 アラトの身体を、淡い光が包む。今度は翡翠色だった。

 下位初級にしたのは、アラトがそれで充分だと思ったからだ。あの大男と戦うまでは、他の補助はいらない。


(さて、行くか)





「んなっ!?」


「馬鹿な!?」


「無傷だと!?」


 土煙の中から飛び出したアラトを見て、フラグを乱立した男達が口々に叫ぶ。

 アラトが先ほど唱えた『火への抵抗』は補助系統の魔法で、『速度上昇』と同じように階級がない。相手の魔法と同じ属性でより上の階級の抵抗魔法を唱えると、魔法のダメージを0にできる。


 アラトは魔法を撃ってきた男目掛けて一直線に走り、相手に反応する暇を与えずに斬りつけた。カットされたダメージは────。


(やっぱり、80%台だ。つまりレベルは150前後。使える技巧・魔法は初級までだから、さっきの秘密はここにあるな)


 アラトはそう結論付けると、流れるような動きで他の男達も斬り倒す。誰も反応できず、大男とアラトを除いた全員が地に伏した。


「さて、これで残りはあんただけだな。ところで、こいつら邪魔だから退けていいか?」


 こいつらとは、もちろん地に伏している男達のことである。


「……そうだな。そうしてくれると助かる。俺も手伝おう」


 一時休戦し、踏みつけるわけにもいかない男達を壁際まで運ぶ。ステータス的に大男に圧倒的に勝っているアラトが、力をセーブして大男より少ない人数しか運んでいないことが微妙に面白い。




 5分ほどかけて、総勢21名の男を壁際まで運んだ。魔法を使えば色々と楽だったが、アラトに手の内を晒すつもりはない。大して疲れるわけでもないため、手作業にしたのだ。


「さて、やろうか?」


 一切の疲れを感じさせず、平然としたアラトがそんなことを言う。実際疲れていないわけだが。

 そんなアラトに、大男は呻くように告げた。


「お主……あそこまで強かったとはな」


「あんなの強い内に入らないだろうに。それに、あのくらいならあんたにもできるだろ?」


 アラトの発言に、大男が表情を苦いものにする。その様子を見て、アラトは首を傾げた。


「……俺、変なこと言ったか?」


「いや……できなくはないが、お主のように一瞬でとはいかん。お主は、かなりの手練れだったようだ」


 アラトは空を仰ぎ見て、額に手を当てる。


「あちゃー、やり過ぎたか……。ま、過ぎたことは仕方がない。行くぞ?」


「……うむ、来い!」


 大男は戦斧を構えて、殺気を放ち始めた。


(おいおい、殺す気かよ……全力で殺気を放ってんじゃん)


 濃密な殺気を向けられてなお平然としているアラトは、相手の決意に敬意を表し、()()()()()()()()()()()()()


「行くぞ」


 小さく、しかし相手に聞こえるように呟いてから、アラトは地を蹴った。()()()()を思い出しながら両手の短剣を振るう。


「……むっ、グッ!? ……ふぬっ、ハッ! くおっ! ……ぬおおおお!!」


 大男は押され気味ではあったが、アラトの攻撃に反応してみせた。


「おお、やるな。あんた、()()()()より巧いな。なら、これはどうだ?」


 そう言うと、アラトは男から即座に距離を取って言葉を紡いだ。


「『下位中級火魔法・炎の絨毯(フレイムカーペット)』」


 しゃがんだアラトが左手を地面につき右手を横に振り払うと、炎の道が男に向かって突き進んだ。


「くっ、はぁぁあああ!!」


 大男は巨体に似合わぬ俊敏さで動き、炎の魔の手から逃れる。

 その動きを見て、アラトは満足そうに頷いた。


「うん、何となくわかった。後はカットダメージがわかればいいかな……っと」


 アラトが攻撃に移ろうとした瞬間、『速度上昇』の効果が切れた。アラトは魔法をかけ直すか一瞬悩む素振りを見せたが、結局そのまま突撃する。


(さっきよりも少し本気で行けば問題ないだろ)


 蹴り足で地面を軽く穿ち、先ほど男たちに斬りかかった時よりも速い動きで大男に迫る。

 『炎の絨毯』に気を取られていた男は、反応が僅かに遅れた。


「ぬっ!?」


 相手の懐に潜り込んだアラトは短剣を振るう。大男も何とか反応し3合だけ打ち合うも、そこで限界が訪れた。


「ぐぁっ!」


 カットダメージは……


(40%台。やっぱり500レベル前半ってとこだな)


 アラトはそう結論付けた。


 これで戦闘で知りたいことは粗方確認し終わったので、アラトの方にはこれ以上戦闘を行う必要性がない。

 ゆえに、アラトが取った行動は交渉だった。


「さてと、まだやるかい?」


 短剣を弄びながら軽い口調で膝をつき息を整えている大男の意思を確かめる。アラトの見立てではこの男は彼我の力量差がわからないほど弱くはないと思うのだが……。


「…………いや、俺に勝ち目はないだろう。降参する」


「懸命な判断だと思うぞ」


 相手の降参の意を聞き、アラトが短剣を鞘にしまう。戦闘は終わった。



 冒険者ギルドにいた22人の男対アラトの勝負は、アラトの圧勝で幕を閉じた。




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