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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
7/46

王都とこの世界の色々

 



「そういえば……金ってどうなってるんだろ?」


「え?」


「だから金だよ。俺達が持ってる金は、ここでも価値があるものなのか?」


 アラトが結構重大なというか深刻なことに気がついた。

 ゲーム時代の金はデータの塊だったわけで、実際に見たことがない。モンスターを倒すと目の前にウィンドウが表示され、入手した経験値と金を把握できた。その後で素材や肉を剥ぎ取ることは出来たが、金そのものを見ることが出来たわけではないのだ。

 今も感覚的にいつも通り金を持っていることはわかっていたので気にも留めなかったのだが、それが裏目に出たかもしれない。


「と言っても、すぐに街の入り口だ。今さら慌ててもどうこうする余裕はない。ま、なるようになるだろ」


 アラトはぐだぐだ悩まずに、その場で対処を考えることにした。

 カッコイイ感じに言ってるが、要するに面倒臭くなって考えるのを放棄しただけである。


「なんつーテキトーな……」


 キララが戦慄の表情でアラトを見つめていた。










 そして街門前に辿り着き。


 アラト一行は、物の見事に足止めを食らっていた。


「んで? あんたらの名前は? あと王都に来た目的は? そしてどこから来た?」


「だーかーらー、さっきから言ってんだろ!? 名前はさっき言ったし、ここには冒険者になりに来た! そんでど田舎から来たって言ってんだろーが!?」


「……そこの亜人はさっきから何を鳴いてるんだ? うるさいんだが」


「てんめぇえ────! 言うに事欠いてうるせーだと!? そこになおれ、ぶちのめしてやる!!」


「ちょ、キララ、一旦落ち着け!! 俺が話をするから!!」


 トントン拍子で進む展開に置いていかれてフリーズしていたアラトが再起動し、キララを抑える。

 アラトは唸っているキララを宥めてから先ほどから自分達に質問していた男──恐らく衛兵──に向き直り、何故こうなったかを思い返していた。




 門の近くまで来たアラト達は、2つの列ができていることに気がついた。

 まあぶっちゃけると、大分前から見えていたが。獣人族のスペックと魔法によるドーピングを舐めてはいけない。

 片方は馬車や荷車などの荷を運べる物が並び、もう片方は人が並んでいた。

 馬車の御者や荷台に乗っていた人々も、門の手前で人の列に並んでいる。

 徹底して通るものを分けているようだった。


 魔物の進行などを遠くから把握するためだろうか。高さのある見張り台が左右にそびえ立ち、その間に門がある。

 馬車が通る方の入り口は大きく、そこそこのサイズのモンスターでも通れそうだ。恐らく縦横10mはある。明らかに無駄な大きさだと思うのだが。

 人が通る方はそれに比べれば遥かに小さい。縦は5m強。横幅も4m程度だろう。が、それでも充分すぎる気もする。


 アラト達は当然人の方に並んだ。

 人が次々に流れるように進んでいき、5分もしないうちにアラト達の番が来る。


 意気揚々と通り抜けようとして、門番から声をかけられた。恐らく衛兵だろう。


「おいお前ら、待て。証明証、もしくは通行証を見せろ」


「はい?」


「証明証だ?」


「通行証ですかぁ〜?」


「それ、なんです?」


 アラト、キララ、クシュル、クリリの順に疑問の声をあげる。

 その様子からアラト達がそれらを持ってないことを悟ったのか、門番の顔が一気に険しくなる。


「怪しい奴らだな。おい、来てくれ!」


 それらのチェックをしていた門番が声を張り上げると、門から25m程の位置に建っていた小屋から門番と同じような鎧を着た男が走り寄ってきた。彼も衛兵なのだろう。


「どうした!?」


「こいつら、証明証や通行証を持っていないらしい! 詰所で話を聞いてくれ!」


「この4人組か!? わかった!」




 そんなわけで、アラト達は詰所に連行されて今に至る。


 先ほど一通りキララが捲し立てたのだが、衛兵はキララの言っていること──さらに言うなら、使っている言語が理解できないようだった。

 なので、アラトが話を聞くことにしたわけだ。


 詰所の中は、15畳ほどの空間だった。

 中心に木製の机が置いてあり、アラト達の対面に衛兵の1人が座っている。

 アラト達も座らせてもらえた。いきなりしょっ引かれるとかいう事態にはならないで済みそうだ。


 衛兵の彼は手にペンと紙を持って、苦い顔をしている。調書が碌に取れていないからだろう。

 衛兵はもう1人いて、そちらは帯剣して壁際に立っている。何かあった時に対処する役割のようだ。



「あー、俺が答える」


「初めからそうしてくれ。街中でさっきみたいなことになったら、下手したら殺されるぞ」


 殺される、という言葉を聞きアラトの右に座るキララの顔が強張る。

 キララの手が微かに震えているのを見て、アラトは机の下でキララの手を優しく握った。

 キララが弾かれるようにアラトを見たので、微笑みを返しておく。


 いきなり殺される可能性があるだなんて物騒極まりない。

 そのことにアラトも恐怖を感じなかったわけではない。だがそれでも、自分を好きだと言ってくれている女の前で無様な姿を見せることを許容できる性格はしていない。

 クリリは特殊例として、自分の顔で好きになったわけではない稀有な人達なのだ。そんな人の前でくらい、いいところを見せたいと思う。さっきフリーズしていたのは気にしてはいけない。


「あー、じゃあ名前と……」


「ちょっといいだろうか」


「あん?」


 衛兵が質問しようとしたのを、アラトが遮った。衛兵が多少不愉快な表情になる。


「なんだ?」


「いや、悪いんだが、俺はここの情勢やルール、その他の基本的なことを知らない。後でそれらを教えてほしい」


「なんだと? あんたら、どこから来た?」


「名前は知らないんだ。山の中にある洞窟でこの4人で暮らしてた。それで色々思うところがあって、大きな街に行こうと思ったんだ。ここに来たのは、偶々道の先にあったからってだけさ」


 8割がた嘘である。

 しかし、衛兵の様子から言って、獣人族が話す内容は理解できないらしい。

 それならいくらでもやりようはある。

 この状況、衛兵はアラトに話しかけなければならないため、アラトがボロを出さなければそれでいいのだから。


 だが、衛兵はさすがに疑ってかかる。

 怪しいところが満載の4人組だ、当然の対応だろう。


「本当か? 怪しいな。ならその装備はどこで手に入れた?」


 疑問に思ったことを訊いてくる。

 だがしかし、アラトはそんな質問は予想済みだ。滞ることなく返答する。


「なんて呼ぶのかは知らないんだが……俺達を見つけたらいきなり襲ってきた奴らがいてな。撃退した時に、これらを落として行った」


「なに、盗賊が出たのか……? それはいつの話だ?」


 なるほど、この世界にも盗賊はいるらしい。盗賊が存在するかわからなかったので言葉を濁したのだが、杞憂に終わったようだ。

 アラトは引き続き、全力で誤魔化しを敢行する。


「昔だよ。俺がまだ小さい頃の話だ」


「うむぅ……。まあいい。それは信じよう。しかし、それでどうやって旅をしてきた? マントどころか大きな鞄もないじゃないか」


 アラトはこの質問も想定していた。そして、この質問だけはどう答えるか迷っていた。理由は、この世界の『魔法使い』がどのくらい稀少かわからないからだ。

 だが、ここで悩んでいても始まらない。もしかしたら厄介なことになるかもしれないが、下手に誤魔化す方が危険だ。


「なんだそんなことか? 俺は水と火の魔法を使えるんだよ」


「ほう? その話が本当なら、水を生み出すことも暖を取ることも可能か。食料はどうしていた?」


 それだけで済むほど旅は甘くないが、そこは気にしなかったようだ。

 もしかすると、この衛兵は外で野宿した経験があまりないのかもしれない。


「ここではなんて呼んでるかは知らないけど、魔物の中には食べられるものもいるのは知ってるか?」


「ああ、知っている。まさか、それらを狩りながら旅してきたと言うのか!?」


 衛兵が驚きの表情を浮かべてアラトに問いかける。

 アラトは真面目な表情を崩さずに答えた。


「ああ。俺達は、山の中で暮らしてたからな。それくらいはできる」


 ちなみに、ゲーム時代からモンスターの中には食料になるものもあった。モリンシャンの言い方から、ゲーム時代のモンスターもいるとの判断だ。


「ふむ……。事情は何となくわかったが、言葉はどうやって覚えた?」


 ここでアラトは表情を沈鬱なものに変える。もちろん演技で。


「あ、ああ……。俺達の育ての親が教えてくれたよ。もうかなり前に亡くなったけどな」


「くすっ、ぐすっ……おにーちゃぁん……」


 と、ここでアラトの膝の上に座っているクリリが泣いて援護射撃をした。

 これは恐らく嘘泣きだろう。中々の演技派だ。

 ちなみに言う必要はないかもしれないが、クシュルはアラトの左側に座っている。


 アラトはもっともらしい表情でクリリの頭を撫でる。


「ああごめんな、クリリ……。辛いことを思い出させちゃって……」


「うぅ……おに、おにーちゃん……」


 クリリはアラトの膝の上で向きを変えて、アラトの胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。凄い本格的な演技だ。


 衛兵の彼も、言葉がわからなくてもクリリが悲しんでいること(実際は演技だ)がわかったのか、申し訳なさそうな顔になった。


「そうだったのか……それは悪いことを訊いた」


「いや、気にしないでくれ……貴方も仕事なんだからさ」


 アラトは内心ガッツポーズをしていた。

 これで、恐らく落ちる。


「すまないな……よし、あんたらの出自はわかった。そういうことなら、色々教えてやろう。何が聞きたい?」


 ほら落ちた。クリリの援護射撃に感謝だ。衛兵の優しさに漬け込むようで気が引けるが、仕方がない。情報収集のためだと割り切る。


「そうだな……まず、貴方の名前を教えてもらってもいいか? ここで会ったのも何かの縁だし、俺達の事情を知ってくれている人に連絡が取れるようにしておきたいからな」


「そういうことなら……わかった。俺の名前はハイギス。そっちで立っているのはヨダンだ」


 勝手に紹介されたヨダンだが、本人は黙って一礼するにとどめた。寡黙な人のようだ。


「わかった、ハイギスにヨダンだな。俺はアラト。こっちから順に、キララ、クリリ、クシュルだ」


「アラトに……キララ、クリリ、クシュル……と。よし、名前は確認し終わったな。ああ、あんたらの質問の前に、王都に来た目的を教えてくれるか? それを聞き終わったら質問を受け付けるからよ」


「わかった。冒険者っていうのがいるんだって? 俺達は、それになりに来たんだ」


「なるほど、冒険者志願者か……」


「それじゃあ、質問してもいいか?」


「ああ、いいぞ」


「なら、まずは────」






 質問の結果、様々な情報を得られた。



 ──ゲームと同じ点。

 ・この世界の大部分を5つの大陸が占めていること。

 ・魔法、技巧を使えること。

 ・モンスター(この世界では魔物と呼ぶらしい)が存在すること。

 ・存在が確認されている種族は大別して3種類であること。

 ・獣人族は身体能力が高い傾向にあり、妖精族は魔法が得意な傾向にあること。

 ・存在する金属に変わりはないこと。


 ──ゲームと異なる点。

 ・色々な名称。

 ・種族が違うと言葉が通じないこと。

 ・『職業』がないこと。

 ・大きな街を首都に据えていくつもの国が形成されていること。

 ・基本的に国同士が戦争していること。

 ・金の単位とその制度。


 ──そもそもゲームになかった点。

 ・食料自給率はかなり高いこと。

 ・冒険者ギルドが存在すること。

 ・識字率もかなり高いこと。

 ・どこの国にも学校があること。

 ・人間至上主義や亜人至上主義の国もあること。

 ・大陸によって種族毎の住み分けが大まかに為されていること。

 ・魔法を使える人間は多いこと。

 ・計算(ここでは計術(はかりじゅつ)と言うらしい)が可能な人間も多いこと。

 ・街に入るには証明証か通行証が必要で、持っていない場合は話を聞かれた後に仮証明証を発行する羽目になること(なお、最近ではそれらを持っていない方が珍しいため、非常に怪しまれる)。




 ────とまあ、こんな感じだ。


 アラトが知りたかったことは概ね知ることができた。

 ちなみに、王都と呼ばれるこの街は《イルライの街》という名前らしい。ゲーム時代との共通点が皆無だった。


「最後に、1つ」


「おう、何だ?」


「冒険者ギルドってのはどこにあるんだ?」


「それなら、ここを抜けて真っ直ぐ行くと、噴水という水を吐き出すデカい石のある円形の広場に出る。噴水の左側にある大きな通りに入って進み、向かって右側の3番目の建物が冒険者ギルドだ。まあ、行けばわかると思うぞ。剣と杖の看板も立ってるからな。ちなみに、その広場がこの王都の中心だ。主要施設が集まってるから、時間がある時に散策してみるといい」


「真っ直ぐ行って左側の道の右手だな。わかった。ありがとう、助かったよ」


 アラトはゲーム時代の地図を頭に思い浮かべ、場所の見当をつける。そして、表情を少し真剣なものに変えた。


(まさか、あの建物か……? そうなると、これは色々と面倒なことになるかもしれないな)


「それじゃあ、仮証明証を発行する。等価値は1人100ミースだ」


 等価値というのが現実での代金のことで、ミースが単位だ。

 やらなければならないことは明白だ、400ミースを支払えばいい。だが、そのために何をすればいいかはサッパリだった。


(どうしようか……金の単位も違うしな。ウェンなら引くくらいあるんだが、これ換金できるのか? できなかったら手持ちの何かを売って金を捻出するしかなくなるぞ……?)


 マスパラでの金であるウェンをアラトはたくさん持っている。というより、廃人プレイヤーならたくさん持っている。

 公式回答で上限が存在しないと言われたウェンは、レベル500頃から800くらいまで育つために湯水のように使う必要があるが、それを超えるとかなり節約できるようになる。

 レベル900を超えてくると、定期的な出費は戦闘用装備のメンテナンス、消費アイテムの補充、現HPMPの回復くらいしかない。装備のメンテナンスも、戦い方が巧ければ損耗を抑えられるため頻度が激減する。


 レベル900オーバーで戦い方が下手くそな奴はあんまりいないため、トッププレイヤーは大概が凄まじい額のウェンを溜め込んでいる。

 ウェンをミースに換えられるのであれば、アラトとキララを含むトッププレイヤーは金には困らないかもしれないのだ。


 その辺りのことを調査するため、アラトはハイギスに質問することにした。


「ハイギス、俺達はそのミースってのを持ってない。手持ちの物を売ったりしてミースに換えるしかないのか?」


「そうだな。ミースを持ってないならそうするか、もしくは金属を換金するかだ」


「金属?」


 貴金属を換金できるというのであれば(貴金属という分類がここにもあるかは別として)、元々の価値観から理解できる。

 だが、金属となるとよくわからない。


「金属というと、銅とか鉄もってことか?」


「ああ。かなり昔のことだが、金属と物品の交換によって流通が成り立っていた時代があるんだ。その名残で、金のやり取りができる場所なら例外なく金属を換金できる」


「へー、そうなのか」


 アラトが訊ねるとハイギスから明瞭な回答が返ってくる。


「個人で金属の換金に対応してると謳うところもあるが、割高な場合が多い。正式な許可を得ているところは等価値表を支給されているから、それを確認させてもらうといいぞ」


「なるほどな、ありがとう。うーん、金属か……」


 アラトは悩むフリをしながら、腰に下げた小袋に手を突っ込んだ。

 この袋は装備欄を圧迫しないなんちゃってアクセサリーだ。耐久値がほとんど減少しないこと以外に特殊効果は何もない。

 だが、装備していたおかげで手元を隠せる。

 その状態で、アラトは素早く思考する。


(できるかどうかはやってみてからだな。えーっと……1000ウェン相当の銅塊)


 取っ掛かりもわからないため、適当に想像してみたところアラトの指が何かを掴む。

 できるかどうかも分からないでやってみたが、なんかできてしまった。この身体はどうなっているのか?

 感覚としては、ストレージからアイテムを取り出す時と完全に同じだった。

 同時に、アラトは自身の所持金から1000ウェンが減ったことがわかった。こちらの知覚はなんかすごく気持ち悪い。


 余りにも奇妙な感覚にアラトは一瞬眉を顰めてしまう。


「どうした?」


 それを見咎められたか、ハイギスが訊ねてくる。


「いや、何でもない。それより、これならどうだ?」


 アラトは適当に誤魔化しを入れて、銅塊を取り出してハイギスに見せる。

 一応、物を探るような動きを意識していたので不審には思われていないはずだが……。


 ハイギスは銅塊を受け取って魔法を発動させた。


「これか……? 『下位初級無魔法・成分評価』」


 『成分評価』は、金属の成分を調べる魔法だ。これは戦闘時にかなり重宝する。相手が金属製の装備をしていた場合、それが自分の戦い方に関わってくるからだ。

 《マスパラ》は妙なところがリアルで、現実にも存在する金属は、現実での性質を持っている。

 例えば銀の電導率は物凄いし、鉄は酸化しやすい。

 もちろん現実にないミスリルなどの金属も性質は設定されていて、それは公式ホームページに載っていた。


 以上の理由で、ゲーム時代もプレイヤーの大半がこの魔法を覚えていた。『下位初級』の『無魔法』のため、魔法適性が皆無でも使えるからだ。


「えーっと、なになに……銅100%か。…………は? オイ、お前。アラト」


 頭の中に流れ込んできた魔法の結果に目を見開き、次いで険しい表情を浮かべるハイギス。

 ほとんど睨みつけるような視線をアラトに向けてくる。


「ど、どうした?」


「どうしたはこっちのセリフだ。純度100%の金属塊だと? お前、こんな物をどこで手に入れた」


 やらかした。

 アラトの脳裏にその5文字が過ぎる。


 それもそうだ。

 得体の知れない4人組(しかもそのうちの3人は言葉が通じないはずの獣人族)が純度の高い金属塊を所持しているはずがない。

 何処かから盗んだと思われているかもしれない。


 いやそもそも、高純度の金属塊なんて製錬しなければ……。

 そこまで思考が至り、アラトは努めて困ったような表情を浮かべる。

 間違っても悩みや戸惑いを見せてはならない。

 どう言えばいいやら。そんな雰囲気を纏え。


「……はぁ。どっちが土魔法を使えるんだ?」


「え?」


「こういう金属塊は製錬と言って、土塊(つちくれ)から金属成分を取り出す工程を経て初めて作られる。だから拾ったと考えるには無理がある。だがこのサイズの物を馬車で運ぶ物好きな商人なんてこの辺りにいるわけがないから、あんたらが誰かから奪ったとも考えにくい。デカい施設なら魔法なしでも作れるが、あんたらはそうじゃないしな。となると、あんたらの誰かがこれを作り出したと考えるのが自然だ」


「あー、なるほど?」


 アラトが期待した通りに、ハイギスが好意的な解釈をしてくれた。

 疚しいことがあると思われてはいけないため、『言うのがマズイから隠している』のではなく『情報を開示するのは構わないがどう表現したものか困っている』という状況を意識した表情を心がけた。

 だいぶ願望が入っていたが、その試みは何とか上手くいったようだ。


 アラトとしてもありがたい展開だが、1つ気になることもある。


「確かにキララが土魔法を使える。ただ、どう説明していいかわからなくて、すぐに言えなかった。申し訳ない」


「……まあ、世間の事情に疎いのは明らかだしな。でも1つ忠告しておく。冒険者志望なら手の内を明かしたくないのはわかるが、あまり怪しい言動はするなよ。製錬は違法じゃないから心配しなくていい」


 サラサラとメモを取りながらハイギスが告げてくる。

 忠告をありがたく受け取る。


「ああ、肝に命じるよ。ありがとう。1つ聞きたいことができたんだけどいいかな」


「なんだ、言ってみろ」


「実際奪ったわけではないんだが、これを運ぶ商人が()()()()()()()ってどういう意味だ? さっきの話からすると持ち運ぶ可能性はありそうに思えるんだけど、それを切り捨ててたよな?」


 アラトが疑問に思ったのはそこだ。

 確かに金属塊は都市の中で使われるものかもしれないが、だからといって運ばれないと決めつけられる根拠はどこにあるのか? いざという時のために持ち運ぶ者もいるのでは?

 アラトの疑問に、ハイギスがああと頷く。


「少し違う。このサイズの物を馬車で運ぶ物好きはいない、と言ったんだ。あー、お前らにわかるようにだと……街同士で、物資を一瞬で運べる仕組みがあるんだ。このサイズの銅塊なら間違いなくそれを使う。盗賊に襲われるリスクがある外に持ち出す酔狂な奴は商人なんてやれないだろう」


 ハイギスの説明に、アラトは内心で酷く驚く。

 それはつまり、転移による物資の輸送方法が確立されているということ。

 これは凄まじいことだ。転移ならタイムラグなく輸送できる。コストやリスクなど含め、あらゆる面で利益ばかり生まれるはずだ。


(ポータルか……)


 ゲームでは、プレイヤーが街から街へ移動するための転移ポータル。物資のみを転送することはできなかった。

 しかし、複数人で特定の条件を満たせば、ポータルを個別に設置することも可能だった。

 それが用いられているのだろうか?


 アラトとしても色々気になることはあるが、今はそこまで重要じゃない。

 一度思考の隅に追いやる。


「なるほど、そんなものがあるんだな。良くわかったよ。遮ってごめん、続きをお願いしても?」


「ああ。次は……『下位初級無魔法・重量測定』」


 『重量測定』はその名の通りの魔法だ。対象を任意で設定できるので、戦闘開始時に相手に使っておくことで相手の重量を戦略に組み込める。使い場所が限定的な魔法だが、上手く使えば便利な魔法だ。これも覚えている者の方が多かった。


 ちなみに、この魔法も結果は頭の中にイメージで流れ込んでくる。


「……なるほど。この重量なら……537ミースだな」


 銅だとウェンの半分程度のミースに変換できるらしい。


(そうか……なら、試してみよう)


 アラトは小袋に手を突っ込み、念じる。


(2000ウェン相当の銀塊)


 先ほどの気持ち悪い感覚と共に、アラトの所持金が2000ウェン減少する。

 同時に、指が何かを掴んだ。

 まあ状況的に銀塊だろう。銅塊よりもだいぶ小さい。


 アラトはそれを取り出し、ハイギスに見せた。


「これはいくらだろう? さっきのと同じ感じで作り出した物なんだが」


 これも製錬した物ですよアピールをしておく。

 まあ本当は謎システムで作り出した物だが、嘘は吐いていないため自然体だ。

 銀塊を受け取ったハイギスが先ほどと同じ2種の魔法を使う。


「これだと……896ミースになるな。しかし、純度100%の銀塊を取り出されるのめちゃくちゃ気持ち悪いな」


「そんなこと言われても。じゃあ、両方とも換金して欲しい。その上で仮証明証を発行してくれないか」


「わかった。換金総価1433ミースから400ミースを引いて、1033ミースを渡す。ミースを持ってないあんたらなら、細かくした方がいいだろう。少し待っていてくれ」


 ハイギスはそう言うと、壁際に佇むヨダンにこの場を任せると扉の裏に消えていった。

 釣り用のミースを入れていると思われる箱は小さい。ハイギスのやりたいようにするにはミースが足りなかったのだろう。


 ヨダンがこちらへ向ける意識の比重を高めたのを感じ取りながら、アラトは思索に耽る。


(うーん、なんかしっくり来ないんだよな。《マスパラ》での感覚からすると、銀より銅の価値が高いってあり得ないんだけど)


 先ほどの換金、銅も2000ウェン分にしたらその価値は1074ミース。

 銀の約1.2倍だ。

 だが、アラトの感覚では銀が銅の1.5倍くらいの価値でもなんらおかしくはない。


(このズレの原因は調べなきゃな……濃厚なのは需要の差か?)


 需要が高まれば、その価値は増す。

 地域ごとに特色があるだろうから、金属の需要が異なる可能性は低くない。

 だが、その特色を知らないアラト達プレイヤーは気付かないうちに悪目立ちすることをしてしまうかもしれない。

 価値の差の原因とそれに付随する情報を知るのは比較的急務だろう。


 アラトが内心でやることリストを更新しているとハイギスが戻ってきた。

 手に何やら持っている。


「待たせたな。500ミース1枚、100ミース3枚、50ミース3枚、10ミース8枚、1ミース3枚だ。それと仮証明証を4枚発行する」


 ハイギスはそう言いながら、持ってきた紙束を見せてくる。ミースは紙幣らしい。

 1033をかなり細かく分けてくれたようだ。

 恐らくだが、日常的に使用する分には1000ミースでは少し大きいということか。

 また、4枚の金属プレートのようなものも持っている。アレが仮証明証なのだろう。


「ありがとう」


「ああ、1つ忠告というかアドバイスだ。純度100%の製錬ができる魔法使いはそう多くない。知るところが知れば、熱烈なスカウトを受けるぞ」


 本当にハイギスは人がいい。その配慮に感謝を伝え、アラト達はハイギスに先導され詰所を出る。


 アラト達は無事に仮証明証を入手することに成功し、街に繰り出したのだった。






「それにしても、クリリは凄いな。あれ、嘘泣きだろ?」


 周囲の喧騒もあって、クシュルでも衛兵の声が聞こえないところまで来たところで、アラトがおもむろに話題を変えた。さっきのクリリの涙についてだ。


「はいです! おにーちゃんが嘘で誤魔化そうとしてるのがわかったので、後押ししてみましたです!」


 アラトの左側で手を繋いでニコニコしているクリリが元気よく答える。


 余談だが、アラトの両隣を巡って熾烈な争い(三つ巴あっち向いてホイ)が繰り広げられ、その結果キララが負けた。3人とも獣人族なので、持ち前の動体視力を存分に発揮した回避で中々決着がつかなかった程だ。周りの目はとある光魔法で誤魔化した。

 今キララは、アラトの後ろでアラトの服の裾を摘んでいる。迷子の少女みたいで可愛い。


 しかし、クリリは本当に純真無垢なのだろうか?

 クシュルと言いクリリと言い、《マスパラ》の性格設定に大いに疑問が残る。


「そっか、助かったよ。ありがとうな」


「えへへ〜です」


 アラトがクリリの頭を撫でると、クリリは顔を綻ばせる。ご満悦の様子だ。一旦手を離すことになったが、問題はなかったらしい。


(それにしても……あれは元々は戦争のためだったか……)


 アラトは視線だけ後方に飛ばし、見張り台を見据える。あれはアラトの予想とは違い、敵軍の動向を探るためのものだったのだろう。

 王都であるここまで攻め込まれることは今はないだろうし、アラトの想像通りの役割もあるとは思うが。


(しかし、結構差異があったな……)


 先ほどのハイギスの話を思い返して、アラトはそう思った。

 名前はもういいとして金や種族間の言葉、国などの差異にも驚いたが、アラトが一番驚いたのは……


(まさか……『()()()()()とはなぁ)


 『職業』が存在しないことだった。


 もちろん、神官や行商などは存在する。が、それは仕事であって『職業』ではない。

 アラトの、いや、全プレイヤーの《マスパラ》における『職業』の認識は、『パラメータ補正や何らかの適性を齎すプレイヤーのステータスの1つ』だ。趣味の体現という意味がある場合もあるとは思うがそれもステータスという枠を越えることはない。


 しかし、この世界では神官にパラメータ補正はない。行商にもない。魔法使いにもない。彼らが就いているどの仕事にも、パラメータ補正は存在しない。

 彼らはパラメータ補正(そんなもの)があるからではなく、()()()()()()()()()()()その仕事をしている。


 ところで、アラトは様々な仕事をして給料による金稼ぎをすることが可能だ。

 例えば、アラトは歌謡の能動技巧を習得しているので、『吟遊詩人』として小遣い稼ぎができる。

 その『職業』に本来必要な『能動技巧』または『魔法』を習得していれば、『無職』のアラトには仕事先に困ることはない。


 少し回り道をしたが何が言いたかったのかというと、この世界の人々はシステム的に見ると全員が『無職』だと言うことだ。モリンシャンが言っていた無職云々は、これが関係していたのだろう。


(でもなぁ……それにしては、パラメータに差があるんだよな)


 それがアラトが道行く人を見て気になった点だ。

 アラトの持つ受動技巧『観察眼』の効果で、集中して見た相手の大まかなパラメータがわかる。


 『観察眼』もほぼ全てのプレイヤーが持っている技巧だ。さらに言えばほとんどのサポートNPCも習得している。相手の職業まではわからないが、どのパラメータが高いかの目安にはなるからである。

 熟練プレイヤーなら、相手の装備から職業や種族を判断できることもあるので、それを元に戦術を組み立てるわけだ。

 アラトの知る中で『観察眼』を習得していない者は1人しかいない。そいつは途轍もない変人で、ポリシー故に習得してなかった。


 ゲームでは『職業』や『種族』によるパラメータ補正はシステムに決められていたので、同種族・同職業・同レベルのプレイヤーの基礎パラメータはまったく同じだった。

 それに則るのなら、そこらを歩いているレベルの近そうな人同士は、似通ったパラメータになるはずだが、そうなってはいない。

 そもそも、『無職』に伸びやすいパラメータはない。アラトのステータスを見ればわかるように、まったく同じ値になるのだ。

 なのに、今すれ違った筋肉質の男は『魔攻』『魔防』が著しく低く、『攻撃』『防御』が少し高めだった。


 もしかするとこの世界では、各々の素質や生活環境によってパラメータ上昇率に変化が生じて、そのパラメータに適した仕事をしているのかもしれない。


(そう考えれば辻褄は合うか……今気になることと言えばウェンから金属を作り出せたこともだけど、すぐに調べられるわけじゃないし。それにしても、人間族ばっかだな)


 アラトは考えを纏めると、視線を散らす。目に入ってくるのは、人、人、人。獣人族は稀にいても、質素な服を着て誰かの後ろに追従している者しかいない。


(この国では、獣人族は奴隷扱い、か。ちょっかいかけられないようにしないとな。というか、さっきから何なんだ()()()()?)


 アラトは少しピリピリし始めていた。と言うのも、さっきから見られているのだ。

 いや、道行く人には見られている。身なりの良い獣人族の3人娘が珍しいのか、それを侍らせているアラトが珍しいのかはわからないが、奇異の視線が向けられていた。

 だが、それとは別に4人を監視するような視線が付き纏っている。

 その視線は今は2つ。アラトがクシュルとの会話で『冒険者になる』という言葉を口にした直後からだ。

 最初は4つあったがすぐに1つ減り、その少し後でまた1つ離れた。

 何故アラト達を監視しているのか、理由が想像できない。


(ま、気にしてても仕方がないか。攻撃してきたら返り討ちにすればいいんだし)


 アラトはそう割り切って、いきなり考え事を始めたアラトに気を遣って話しかけないでくれていた3人娘との会話に興じることにした。







「ここかー」


「おいアラト、この建物って……」


「確かぁ〜、《パラディン・ガーズ》のギルドホームでしたっけぇ〜?」


「わたしもそうだったと記憶してますです!」


 アラト一行はハイギスに言われた通りに進み、冒険者ギルドの建物を発見していた。既に監視の目は無くなっている。

 先ほどハイギスが言っていた《フュレト通り》に入り右側の3番目の建物を見上げると、確かに剣と杖の看板が掲げられていた。

 そしてその建物は、とても見覚えのある建物だった。

 今クシュルが言ったように、この建物はゲーム時代、《パラディン・ガーズ》というギルドのホームになっていたのだ。


 ギルドとは、ゲーム内でのコミュニティのようなものだ。

 ギルドは3人(サポートNPCは除く)から設立可能で、それ以外の制約はほとんどない。

 ギルドの名前とギルドマスター、サブギルドマスターを決めればよかった。

 大手と呼ばれる有名な大規模ギルドや、話の肴にされるようなネタギルドなど様々なギルドがあった。


 《パラディン・ガーズ》は数ある中規模ギルドの1つで、そこそこ名は通っていた。ギルメン構成はネタ。名前からわかるように、『パラディン』に就職している者しか入れないギルドだ。

 ギルマスは《護りの守護神》の二つ名を持つ《ガラック》。意味が重複している二つ名だが、間違ってはいない。


 彼とアラトは知り合いだ。

 と言うか、ギルマスのほとんどがトッププレイヤーなので、アラトとは既知の間柄の人物が多い。

 かくいうアラトも、ギルマスの1人だ。いずれギルドについて語ることもあるだろう。

 キララも《マジックストライカーズ》というギルドのギルマスを務めている。


 まあ、ギルドについてはどうでもいい。問題は────。


「キララ、これってさ……俺達のギルドホームも……」


「ま、何かしらに使われてるだろーな」


「だよなぁ……」


 ──そう。問題はギルドホームがないことである。

 ゲーム時代、イベントがあった時やレイドボス討伐に向かう時などではギルドホームに集まっていたのだ。ギルメンの憩いの場にもなっていた。

 しかしこの世界の道行く人の数を鑑みると、ギルドホーム前に居座るのはただの迷惑行為だ。

 つまり、集合すべき場所がわからなくなってしまったのである。


「う〜ん、困ったな」


「ですぅ〜! 私とししょーの愛の巣がぁ〜!」


「クシュルの戯言は無視するとして。考えてても仕方ない。ひとまず入るぞ」


「おーう」


「はいです! ついでにざまぁです!」


「うぅ〜、ししょーのいけずぅ〜! そしてガキは黙ってろですぅ〜」


 アラトが声をかけると、キララは普通に返した。一方クリリは元気な返事から一転、底冷えする声で毒を吐き、クシュルがすかさず反撃する。

 アラトは周辺温度が2度ほど下がったように感じた。


 気にしたら負けだと自分に言い聞かせ、アラトは冒険者ギルドの扉を押し開いた。


更新が遅くてすみません。

でものんびりやっていきます。

お話を楽しんでもらえていれば幸いです。


2024/8/2 編集終わり

等価値の単位とシステムを変更。

細々とした文章の修正。

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