他のトッププレイヤーとの出会い
アラトとクシュルは元気よく声を上げた。気合いは充分だ。
「さて、どうしよっか?」
「えぇ───────っ!?」
気合いを入れ直した後のアラトの第一声に、クシュルが全力でズッコケる。
「いや、さっきまでの会話で予想ついてるかもしれないけど、ここの街の名前《マスパラ》と違うんだよ。転移できなくてなー」
「………ししょー、ないですー。それはないですよー。カッコつけてそれはないですー」
「オイそのジト目止めろ。案としては2つだ。飛んでくか跳んでくか。クシュル、お前の固有受動技巧って空中でも発動可能だっけ?」
アラトは言いながら上下を指差す。それでクシュルには正確に伝わった。
「……まあいいですけどね〜。空中は無理ですよ〜。陸上発動型ですぅ〜」
「そうだったか。まあ兎だしな」
クシュルの、と言うより兎人族の固有受動技巧『跳躍保持』。
移動速度上昇と回避力強化、踏切力強化に跳躍距離上昇を備えた種族固有技巧である。
「なら陸地を行くか。どこ行く? 俺的にはでかい街に行きたいんだけど」
「大きい街ですかぁ〜? そうですねぇ〜、《モディルスキュアの街》とかどうです? ここからそこまで遠くありませんし、比較的大きい方じゃないですかぁ〜?」
アラトは目を閉じて数秒思案し、再び目を開く。
「なるほど、いい案だ。ならそうしよう。クシュル、念のために言っとくけど、本気出すなよ? お前に本気出されたら、俺じゃあ全力出さないとついていけないからな」
「やだなぁ、そんなことするわけないじゃないですかぁ〜! せっかくのししょーとのデートなんですからぁ〜!!」
クシュルは流し目&ウィンクをアラトに送る。
それを受けてアラトは。
「よし、決めた。お前は置いていこう」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜〜っ!! 冗談ですっ!! すみませんっ、調子に乗りましたっ!! だから捨てないでぇ〜〜!!!」
「はぁ……クシュル、いい加減懲りろよ……」
即座に前言を撤回したクシュルに呆れを含んだ目を向け、アラトが魔法を使う。
「クシュル、お前補助いる?」
「いえ〜、大丈夫ですよぅ〜」
「了解。『下位上級無魔法・補助増大』、『下位上級無魔法・視力強化』、『下位上級無魔法・跳躍力強化』、『下位上級無魔法・瞬発力強化』、『下位上級無魔法・速度上昇』、『下位上級無魔法・身体強化』。………っとまあ、こんなもんだろ」
魔法を唱え終わったアラトを、様々な色の光が包み込む。
とても幻想的な光景だった。
「おぉ〜、さすがししょー! 相変わらず、ゴツいドーピングですねぇ〜! 全力よりは少ないですけどぉ〜」
「まあ、移動するだけならこれくらいで。戦闘するわけでもないし」
今アラトが使った魔法は、俗に言う『補助魔法』だ。
無属性魔法には攻撃魔法もあるが、補助魔法の方が圧倒的に多い。
最初に使った『補助増大』は、後に使う補助魔法の効力を上げる魔法だ。
それ以外は、名前の通りである。
また、補助魔法には大きな特徴がある。それは、階級だ。
今アラトは『下位上級』で無魔法を使ったが、本来補助魔法には階級がない。
自分で詠唱の時に階級を設定し、それに見合ったMPを消費して使うのだ。
当然、補助魔法の効果は階級に見合うものになる。
アラトは、戦闘スタイルのために知り得る限りの全ての補助魔法を覚えている。
そのおかげで『マスパラチャンピオンシップ』で優勝できたと言っても過言ではない。
「よっしゃ、行くぞー」
「了解ですぅ〜」
気の抜けた声で会話をし、2人は地面を蹴る。
その瞬間地面が抉れ、2人が砲弾のように飛び出した。しかし、これでも全力ではないのだった。
「そういえば、ししょーは何するんですかぁ〜? 情報がほしいみたいですけどぉ〜」
跳んでいる最中、クシュルが疑問を覚えたのかアラトに尋ねてくる。
アラトはモリンシャンの言っていたことを話す。その間に1度着地し、また地面が爆発した。
「なるほどぉ〜! ……でもそれだと、ししょーは魔王を倒したら帰っちゃうんですかぁ〜?」
「そりゃそうだ。俺は帰りたいからな。なんでそんなこと言うんだ? これは俺の問題だから口は出してこないと思ってたんだが」
クシュルは何だかんだ言って、アラトの真面目な意見は尊重する。
そういう真面目な場面で空気を読めるのが質が悪いと言えなくもない。アラトが微塵もクシュルを捨てる気にならない理由の1つだ。
「いえ、ししょーの幸せのためならそれでいいんですけどぉ〜……。私、《マスパラ》では自我がありませんからぁ〜。せっかく自我が芽生えたのに勿体無いなぁ、って思いましてぇ〜」
「ああ、なるほど。モリンシャンにもできるかどうかはわかんないけど、一応訊いとくよ。俺達を切り離せるのかどうか。俺の帰りたい気持ちには変わりないけど」
「はい、ししょーはそれでいいですぅ〜。それにしても、魔王を倒したら終わりですかぁ〜。案外短そうですねぇ〜」
アラトの強さを知っているクシュルからすれば、魔王という者がどれだけ強くともアラトにあっさり殺される未来しかイメージできなかった。それに、この世界にいるプレイヤーはアラトだけではない。アラト級が数十人はいるのだ。下手したら数百人いる。
「あ、なんか勘違いしてるみたいだが、少なくとも俺が帰るのは魔王討伐したらじゃないぞ?」
センチメンタルになっていたクシュルは、アラトの発言に目を丸くする。
「え、えぇ!? それって、私と末永くいてくれるってことですかぁ〜!?」
「違うわ。俺の目的は神殺しだ。俺は、神を殺す」
「………ほぇ〜? …………ししょーが何を言ってるのかわからないですぅー。何故ですかー?」
「最初は、こんな理不尽なこと仕出かしてくれた奴をぶっ殺す、つまり憂さ晴らしのつもりだったんだが……今はちょっと違うな」
いつの間にか、二人とも真剣な表情になっていた。
「ふむ、ししょーがそうするなら違和感はないと思ったんですけどー。違うなら何故なんですー?」
「モリンシャン、辛そうだったんだよなー。あいつ、元は日本に住んでた一般人みたいでさ。死んだ後に無理矢理この世界の神にされたって言ってた。あれが演技には思えなかったしな。それなら解放してやりたくてさ。………それと、大元の元凶である他所の神とかいう奴をぶち殺すために協力してもらいたいし。なんだろう、助けてやるから協力しろ的な?」
アラトは後半おどけてそう言ったが、クシュルは真面目に頷く。
「……いいと思いますー。それでこそ、私の愛しのししょーですぅ〜」
クシュルの語尾が柔らかくなったのを悟り、アラトも軽く返す。
「お前のになった記憶はねえよ。……お? あのローブは………クシュル、ちょっと寄り道するぞ!」
「え? あ、はいですぅ〜!」
アラトは着地するや否や進路を変えた。
クシュルはそれに追従する。
4秒ほど駆けた2人の先に、人が1人いた。
「おぉ〜〜い!《機動砲台》ぃ〜!!」
人影まで残り100mほどになった時、アラトが大声で呼びかけた。
その人物から怒鳴り声が返ってくる。
「あたしをそう呼ぶってことは《ニートマスター》か!? ちゃんと名前で呼べよ!!」
「そっちが呼んだらな! クシュル、止まるぞ!」
「はいですぅ〜!」
「え、ちょ待っ、ぎゃあああああ〜!!!」
「「あ」」
アラトとクシュルが猛スピードを、地面を足で掴むことで一瞬で殺した。その前にいた人物はどうなるか。答えは───
「ペッ、ペッ! 馬鹿野郎〜〜!! 考えて減速しろょぉ〜〜!!」
「あちゃー。見る見るうちに遠ざかってくな」
ドンッ! と地面が衝撃でめくれ、そこにいた者は吹き飛ばされて飛んでいく。
「仕方ない。クシュル、流して追うぞ」
「そうですね〜。ししょーとのデートも終わりですかぁ〜。………短かったな」
「諦めろ。行くぞ」
2人にとってのジョギングペースで進む。
しばらく進んだ2人には彼女が仁王立ちで待ち構えているのが見えていた。
「よっす、《機動砲台》。悪かったな、ぶっ飛ばしちまって」
「だーかーらー、あたしのことは名前で呼べって何回も言ってるだろ!」
「お前だって、さっき俺のこと《ニートマスター》って呼んだじゃんか」
「ああもう、悪かったよ! アラト! これでいいか!」
「……まあいいか。久しぶり、キララ」
燃えるような真紅のローブを身に纏い、虹色に輝く宝玉が散りばめられた杖を持って不満顔をしている少女の名前をアラトは呼んだ。
プレイヤーネーム《キララ》。彼女こそが『大火力の砲撃こそ至高』と宣言し、それを実行している《動ける固定砲台》である。ちょっと口調が汚い。
「おう、久しぶりだな! んで、そっちはアラトのサポートNPCか?」
キララがクシュルを見てアラトに尋ねる。特に隠すこともないので、アラトも素直に答える。
「ああ、こいつは俺のサポートNPC、クシュルだ。見てわかる通り兎人族。基本職は『旅人』だ」
「初めまして、キララ様。私は、アラト様のサポートNPC、クシュルと申します。以後お見知りおきを」
出た。クシュルの外向きの顔。
クシュルは職業柄人と話すのは苦手ではないが、物凄い人見知りだ。
今も笑顔を浮かべているが、心では全く笑っていないだろう。
そして、気を許していない人間が側にいる場合、絶対に普段の態度を見せない。
この状態のクシュルは、柔和な笑みを崩さず口調が丁寧になる。
それ故、クシュルを知る男性プレイヤーには絶大な人気があった。
皆、騙されていることに気づいていない。
アラトは以前止めるように言ったが、当時はただの性格を設定されたAIであり、自我がなかったはずのクシュルは断固として拒否した。
『私の本当の姿を見ていいのはししょーだけですー。それとも、ししょーはあのクシュルは許せませんかー? ししょーがどうしてもダメだと言うなら、止めますけどぉ……』との言葉と共に悲しそうな顔を向けられて、なおダメと言えるほどアラトは心が強くないし、クシュルのことが嫌いなわけでもない。
結局、俺に迷惑はかかってないからいいか、と結論付けた。アラト様と呼ばれて背中が痒くなるが。
「おう、よろしくな! …………?」
ニカッと爽やかな笑顔を浮かべたキララの顔が、アラトを再び見て突然不審なものを見るような顔になる。
アラトも首を傾げて尋ねる。
「どうした?」
「いや、落ち着いて気付いたんだけど……お前誰だ?」
「はい?」
2人のトッププレイヤーが、顔を突き合わせながら首を傾げていた。
「どういう意味だ?」
言葉の意味が理解できなかったアラトが、キララに再び問う。
「いや、声はアラトだし装備も前見たのと変わらないけど……顔がすげえかっこいいぞ? どうした?」
「え? 何言ってんだよ、この顔は平凡なものにしたはず……え、まさか!?」
不思議なことを言われて少し考えた結果、アラトには思い当たることがあった。
確認のため、手間を惜しまずに魔法を使う。
「ちょっと待ってくれ。『上位中級氷魔法・氷鏡』」
この魔法は、本来相手の光属性の魔法を跳ね返すためにあるのだが、今回は普通に鏡として使用する。
「うわ、顔がリアルの顔になってる!」
何故か、アラトの───いや、新の顔がそこには写っていた。
潤いを保った短い黒髪。二重の大きなキリッとした瞳。バランスの整った鼻。形の綺麗な小さな唇。シミ1つない白い肌。
男性アイドルグループのメンバーが霞むほどに整った顔を持つ男。それが戸賀崎新だった。
本人は、他者に勝手な敵意を持たれたり過剰な熱のこもった視線が送られたりしてくるため、自分の顔があまり好きではない。持つ者の贅沢な悩みだ。
「え、アラトのリアルの顔、そんなかっこいいのか? すげー」
キララは純粋に褒めたのだが、アラトは顔を顰めた。しかしその表情も様になっている。
「やめてくれ、顔を褒められるのは好きじゃないんだ。と言うかクシュル、お前は気づいてたんだろ? 言ってくれよ」
別に怒っているわけではないが、言ってくれてもいいのではないか。アラトはそんな思いでクシュルに水を向ける。
「申し訳ございません、アラト様。私にとってはどのようなお顔でもアラト様はアラト様ですので、問題はないと判断致しました。気分を害されたなら謝罪致します」
クシュルは外向きの笑顔を本物の笑顔に変えた上で、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
それを受けて、アラトは悪いことをした気分になる。クシュルの顔が可愛い分余計に罪悪感が湧く。しかも口調が丁寧なので、貴族の令嬢を虐めているかの様なバツの悪さがあった。
「いやまあ、そういうわけじゃないけど……これからは、何か気づいた変化があったら教えてくれ。情報は多い方がいいからな」
「かしこまりました」
(うーむ、このクシュルは違和感が拭えない)
素の状態を知っている者なら確実に感じる感覚に頭を悩ませながら、アラトは状況を軽く整理した。
そして、とあることに気づく。
「あれ? キララって、リアルでもその顔なのか?」
キララの顔が、ゲームの時とほとんど変わっていない。ゲームでは再現し切れなかったのか微妙な違いはあるが、概ねそのままだ。
「へっへーん! どうよ? 自分で言うのも何だけど、中々に可愛い顔してるだろ?」
くりっとした丸い青い瞳。柔らかそうな頬。スッとした鼻。ぷっくりとした艶のある小さな唇。そして150cmを下回る低めな身長。黄金色のストレートヘアーの上に鎮座している狐耳。腰の辺りから生えている狐の尻尾。
それらを全て見て───────
「そうだな、可愛い。特に撫でやすい位置に頭があるのがいい」
アラトはおもむろにキララの頭を撫でる。
アラトは身長が187cmあるので、とても撫でやすい。
サラサラの髪に指が通り、気持ちがいい。
ついでに、ケモ耳をモフモフしておく。
「って、何してんだよアラト!」
「ケモ耳を堪能してる。できれば尻尾もモフらしてほしい」
「させるか! 尻尾も感覚あって、モフられると変な気分になんだよ! つーか耳も止めろ! くすぐったい!」
キララが暴れ始めたので、アラトは渋々キララを解放する。
いきなり女性の頭を撫でた変質者がそこにはいた。
「ちっ、いいじゃねえか。あー、なんかモフり足りない。クシュル、モフらせてくれ」
「かしこまりました。アラト様、どうぞ」
「さんきゅー。……ああ、ウサ耳はウサ耳でいいなぁ……」
アラト改め戸賀崎新。ケモ耳をこよなく愛する男である。
「ってかアラトもケモ耳好きだったのか! いーよな、ケモ耳!」
「お、キララもわかるクチか!? こんなところに同志が!」
「当然! 何故ならあたしが狐人族を選んだ理由は、ケモ耳がほしかったからだしな!」
「なるほど、なんで火力云々言ってるくせに『妖精族』じゃないのかと思ってたが、俺と同志だったんだな。納得だ」
『妖精族』は、エルフやドワーフなどのことだ。魔法を得意とする種族が多い。魔法を使いたい者の多くが『妖精族』を選んでいる。
アラトは真面目な顔してこんなことを言っているが、その間もモフモフは続けている。かなりシュールだった。
「さて、俺達の顔がリアルの顔になってることだが……そういえばモリンシャンが言ってたな。俺達は『データであり生身でもある』とかなんとか。恐らく、ステータスなどがデータ、それ以外が生身ってことなんだろう」
「っぽいなー。そういや、アラトは何してたんだ? いきなり走ってきたけど」
アラトはそう言われて、そういえば説明してなかったことに気づいた。
「《モディルスキュアの街》に行く予定だったんだ。情報を集めたいし、でかい街ならプレイヤーもいるだろうしな」
「あ、ならあたしも一緒に行きたい!」
「んー、俺はいいけど……クシュルは?」
「私も構いません。アラト様のご指示に従います」
「あいよー。てなわけで、オッケーだ。一緒に行くか」
「やたっ!」
キララは全身で喜びを露わにした。子供が喜んでいるようで、見ていて微笑ましい。
アラトが穏やかな笑顔でキララを見つめていると、キララがジト目で睨んできた。
「おいアラト。今お前何考えてた?」
「さてキララ、お前の種族の素早なら問題ないだろう。けど飛ばし過ぎるなよ」
「さらっと無視すんなよ!」
「怒るな怒るな」
「ひゃっ!?」
吠えるキララを黙らせるため、アラトは視界の端を動き回るフサフサの尻尾を弄くり回す。
「ひやぁっ、ちょ、やめ、んあっ……」
尻尾の何がどうなってそうなるのか、キララの声がどんどん艶っぽくなっていく。
何だか楽しくなってきたアラトは、モフれることもあってそのまま続けた。
「ちょ、ダメだって……あふっ、マジやめ……んぅっ! はぅあっ、コラッ……やめぇぇい!」
キララは身悶えながらも力を振り絞り、アラトのモフモフ攻撃から脱する。
「はあっ、はあっ、はあっ………。……あたし止めろって何度も言ったよな!? 変な声出ちゃったじゃねーか! どーしてくれんのさ!?」
「まあまあ、落ち着けよ。俺達以外に聞かれてないんだから気にすんな。まさか本当に変な気分になるとは。どうなってんだ?」
「知るか!! あたしに訊くな! 運営に訊け! てか気にするわ、マジでお前が言うな! アラト、お前もう許可なく尻尾に触んなよ! あたしは尻尾は好きな人にしか触らせないって決めてんだからな!」
ふしゅー、とキララは威嚇するように息を漏らす。アラトを物凄く警戒している様子だ。
ところで、今の発言に気になる部分があった。
「キララ、そんなこと決めてたのか? 俺、以前『お前になら尻尾触らせてやってもいいぞ!』って言われたけど?」
「え? …………あ、しまった! 忘れてた! それでそういうことにしたんだった!? これじゃー遠回しな告白じゃねーか!?」
勝手に告白して勝手に自爆して赤くなっているキララを横目に、アラトは言われた時の状況を思い出していた。
確かあれは───────
「俺が優勝した時の《マスパラチャンピオンシップ》で言われたんだっけか?」
《マスパラチャンピオンシップ》、通称MSC。《マスパラ》リリース後、しばらくしてから告知・開始された月1開催のPvPイベントだ。
中級、上級、特級グループに分かれ、その時点での頂点を決める戦い。バトルロイヤル戦の予選、トーナメント戦の決勝を勝ち上がった1人が各グループ最強、その栄誉を得る。
開催当初はプレイヤーのレベルが低い時期だったため、下級前半、下級後半、中級の3グループだった。
なお、MCSでは? と思われるかもしれないが、MSCなので間違っていない。
運営の謎の拘りにより、ゲーム内掲示板などでは他の略称を認めない徹底ぶりである。
先の話題に上がったキララの言葉は、アラトがMSC決勝トーナメントゴリ押しでキララの魔法をぶち抜いて勝利した時に言われたものだ。
顔を真っ赤にしたキララが、ボソッと呟く。
「だ、だって……あの時のアラト、すごくかっこよかったんだもん」
「え? 本当に俺のこと好きなの?」
アラトにとっては純粋な疑問だった。
アバターの顔は素朴なものにしていた。つまりキララは、容姿で好きになったわけではない。はず。断言はできないが。
というか、キララもキララで誤魔化せばいいものを。正直者である。
「う、うん、多分……。あたしの魔法を『人間族』の『無職』で破ったアラトは、本当にかっこよかった。なんだろ、トキメキ? みたいなものを感じて。それ以来アラトを見かけたら目で追ってて。見かけなくてもふとした時に探してて。あれ、これ好きになってるって思った。それでアラトに言った尻尾のことを思い出して、ならそういうことにしちゃおう……的な」
アラトは驚いていた。
今まで自分に告白してきた奴らは全員、顔を理由に告白してきた。それが悪いこととは言わない。顔を好きになって、後から内面を好きになる。そういうこともあるだろう。
だが、アラトは自分の顔が嫌いだった。そんなものを好きになったと言われても、心は全く動かなかった。
キララは不慮の事故とはいえ、顔以外の理由で告白してきた。
キララの告白の理由に共感は全くできないが、嬉しくないと言ったら嘘になる。
アラトは、自然に笑みが浮かんでいた。
「ははっ、変な理由だなぁ。ま、嬉しいよ。ありがとうな」
「……え? この流れ、あたしフられる感じ? ………あはは、そうだよね。アラト、こんなにかっこいいんだもんね。彼女くらいいるよね。……でもどうせフられるなら、こんな事故みたいな告白じゃなくて、もっとちゃんと告白してフられたかったなぁ……」
キララの目から、ポロポロと涙が溢れる。
アラトは慌てた。それはもう慌てた。未だかつてない程に慌てた。
「ちょ、ちょちょちょっと待て! 待て待て待て! 誰もフるとか言ってないから! ごめんなさいとか言ってないから!」
慌てるアラトの弁解に、キララの表情が一気に明るくなる。
「え!? じゃあ!?」
「落ち着け! 俺は彼女はいないし、そういう対象の奴もいない! ……でも、キララをそういう風に見たことなかったんだ。だから、今は答えられない。ごめんな」
アラトの言葉を聞き、キララの目から再び涙が流れる。
アラトはまたもや狼狽する。
「え、どうした!? ごめん、言い方悪かったか!? えっと、付き合えないとか嫌いだとか言ってるわけじゃなくて……」
焦って言葉を選ぶアラトの口を抑えるものがあった。
キララの人差し指だ。
「大丈夫、伝わった。これはビックリしただけだ。いきなり言われてもあたしを恋愛対象として見れねーってことだよな?」
「あ、ああ……。言葉を選ばなければ、そうだ」
「なら充分だ。まだあたしにはチャンスがあるんだろ?」
「……多分」
「多分かよ! ま、それならいいさ。これからどんどんアタックしてくからな! でも……はあー、よかった。初恋がこんな形で失恋とかにならなくて」
………今、キララの口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。
「………………初恋?」
「ん? ああ。あたし、こんな容姿だからさ。告られることは多かったんだよね。でも、人を好きになった経験は初めてでさ……」
「ああ、俺と似たような境遇なのか。ちなみに、キララは中学生?」
それだと犯罪になっちゃうなぁ、とか呑気に思いながらアラトが訊くと。
「………あ?」
突如、キララの表情が不快気に引き攣る。アラトは、地雷を踏み抜いたことを悟った。
「アラトぉー、もー1回言ってくれねーかぁ? あたし今、質問を聞き間違えたみてーなんだよ」
キララがアラトに詰め寄る。
口は笑みの形を作っている。だが、目が全く笑っていない。
「そ、そうか。じゃあもう1回言うぞ。お前、高校生?」
キララの額に青筋が浮かんだ。
「訂正して間違えてんじゃねー!! あたしは大学生だっ!! 酒も飲めるっ!!」
「嘘ぉ!?」
「本当だよっ!! 悪かったなチビでっ!! フンッ!!」
「キララ、悪いな……俺にロリの趣味はないんだ……」
「だからロリじゃねーって言ってんだろ!!」
「冗談だよ。マジになるなって」
最初はマジで間違えたが、アラトは途中からイジる方向にシフトしていた。性格が悪い。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ。……失礼な奴だな。そーゆーアラトは大学生か?」
「ん? 俺は大学出てるぞ?」
「え!? じゃあもう働いてんのか!?」
「いや、働いてない」
そのやり取りで、キララの動きが止まる。
「…………え? …………………ニート?」
「ニートって言えばニートなんじゃね? 株メインで稼いでるから金には困ってないし、日本で学力一番の大学を首席で出たけどやりたい事も見つからなかったし。趣味ばっかで生きてるな」
「顔がいいだけじゃなくて頭もいいのかよ……ハイスペックなニートだな……さすが《ニートマスター》」
キララは呆れ半分感心半分と言った表情をしていた。
そして、会話に入れず面白くない者がいた。クシュルだ。
クシュルは元がサポートNPCなので、リアルの話をされるとわからない。
だから自然に話が変わるのを待っていたのだが───もう待てない。
「キララ様、アラト様から離れていただけますか? アラト様は、私のアラト様ですので」
クシュルは、アラトの腕を引いてキララから遠ざける。
「あぁ? サポートNPCの分際で、プレイヤーの邪魔すんのか?」
キララはクシュルを睨みつける。
好きな人との談笑を妨害されたのだ、当然だ。
「ふっ、今の発言、キララ様の程度が知れますね。私の愛しのアラト様はそんな狭量な方ではございません。むしろ、そのような言い方を嫌います。自ら嫌われに行くとは、お見それ致しました」
口調は丁寧だが、あからさまに喧嘩を売っている。
クシュルの挑発を受けて、キララは片眉を吊り上げた。
「ほー……? サポートNPCごときが言うじゃん……何なら、あたしの魔法を叩き込んでやってもいいんだけど……?」
「口で勝てないと悟るや否や暴力に訴えるとは、恐ろしい! なんて野蛮なんでしょう!? アラト様、ここに原始人がいますわ!」
「いや遡りすぎだろ」
「あふっ」
アラトはクシュルにツッコミチョップをお見舞いし、ため息を吐いてから説得に入ることにした。
「クシュル、そこまでだ。必要な喧嘩もあると思うけど、これは確実に必要ないだろ? それに、お前は笑ってる方が可愛いよ」
「アラト様ぁ〜! そんな、私がとても可愛く愛おしいだなんてぇ〜……!」
クシュルは頬に手を添えて、クネクネし始める。
だが1つ訂正、アラトはそこまで言ってない。
「お前が俺のこと好いてくれてるのはわかってるけど、お前はサポートNPCって感覚が強すぎてそういう風に見れないんだ……なんだろう、相棒って感じか? だから、今はお前の気持ちにも答えられない」
「そうですか……わかりました。私はずっと待っております」
「ん、ごめんな、煮え切らない態度で。あと、その態度そろそろいいんじゃないか? わざとやる必要もないだろ」
「はい。……そうですねぇ〜。意識してやると、結構疲れるんですねこれ〜」
その言葉をきっかけに、クシュルの雰囲気がガラリと変わる。
先程からクシュルが意図的にやっていることにアラトは気付いていた。
クシュルは気を許していない者がいると、無意識で言葉遣いが変わる。そこに綻びは一切ない。
それが出ていたということは、クシュルはキララに少なからず気を許しているということだ。
「おいアラト。……なんだあれ?」
豹変したクシュルに、キララは唖然としていた。
「クシュル。これが素。少々ウザい」
「キララさん、ししょーは渡しませんからねぇ〜! あいらゔししょー!!」
クシュルはアラトの腕を取りつつ、空に向かって叫ぶ。
「な、ウザいだろ? 俺はクシュルが基本的に好きだが、この時だけは絶対に好きにはなれない」
「ししょーそんな、相思相愛だなんて嬉しいですぅ〜! キララさん、諦めてください〜。私とししょーは相思相愛なんですぅ〜!」
ポジティブで勢いのあるクシュルに押されていたキララだが、今の言葉は聞き逃せない。
「何言ってんだよお前! あたしだって可愛いって言われてるしチャンスはあるだろ!」
「でも、ロリって言われてましたよね〜? それって、幼児体型ってことですよねぇ〜? それって不利ですよねぇ〜」
「うぅ……それは……」
「…………ふっ」
「その勝ち誇った顔止めろやー!!」
クシュルの言うことは否定できないので、キララの勢いが鈍る。
キララの胸は慎ましく、クシュルはそこそこある。
そしてキララの失速を好機と見たか、クシュルが果敢に攻めた。
「ししょー! こんな断崖絶壁つるぺたボディより、私の美乳を選んでください〜!」
キララもクシュルに負けじと張り合う。
「あ、アラト! あんなだらしねー体型の女よりも、あたしの引き締まった身体を選んでくれ! ……言ってて悲しくなってきたよちくしょー!!」
しかしアラトは呆れを多分に含んだため息を吐いて、2人を宥めにかかる。
「落ち着けよ2人とも……。さっきも言ったけど、まだそういう対象として2人を見れないんだって。というか、体型やら外見で選ぶこともする気ないし。でもまあ、2人が俺を好いてくれてるってのは常々考えるからさ。本当に悪いけど待っててくれ。んで、そろそろ行こうぜ」
アラトがそう言うので、2人とも渋々引き下がった。
アラトが行き先を決めてから、すでに数十分経っていたが───。
3人はやっとこさ、街に向かって歩き出した。