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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
46/46

それぞれの戦い アラト その③

…………皆さん、お久しぶりです。

ごぶりんです。


えー、前回の投稿が2019年8月31日。

今が2021年6月1日です。

渾身のギャグかな?


前回までのあらすじとかは趣味じゃないんですが、流石にないとアレかなと思ったのでざっくりしたのを書いておきます。もちろん、読み直していただけるのでも全く問題はないです。


あらすじ

アラト達4人は森の様子を探りにきたところで、怪しげな空間魔法を発見する。

調査に乗り出したその時、4人は分断されてしまった。

アラトくんは、デカいモンスターが引き連れるモンスターの大群との戦闘になる。

なんやかんやあって大群は処理したものの、大型に瞬殺されてしまった。

ちょっと素の戦力差がヤバいので、対ボスモンスター戦では使うつもりのなかった武器を召喚し、戦う準備を整える。


って感じです。

今回は大型との戦闘の続きをお送りします。


では、どうぞ。

 





 狂童(クルト)が、クスクスと笑う。アラトを嗤っているのかもしれないが、アラトにそれを気にする余裕はなかった。

 アラトは喚び出した狂童を掴み、端的に状況を伝える。


「あいつが数百体のモンスターの生気を吸った。エネルギーを溜め込んでて非常に危険な状態。狂童、お前が最適だ」


 狂童はクスクス笑いをやめ、真剣な気配でアラトに問う。


『へぇ。僕が最適、ね。《智慧ある呪われた武器(ぼくたち)》が戦いに喚ばれることはもうないんじゃないかと思ってたんだけど。アラトはなんでそんなにボロボロなのさ?』


「奴の腕らしきアレに殴られたからだ。全身がグッチャグチャになった」


『ふぅん。よくリカバリーしたね。…………だから、そんなに()()()()()()()()


「ああ。本当は戦いたくないくらいだけど、そういうわけにもいかない。だから狂童、お前を喚んだ」


 自分が怯えていることを、武器に隠しても仕方がない。握っている手から震えも伝わってしまっていることだろうし、見栄を張るべき場面ではない。


『なるほどね。…………アラトはただ突っ立ってるのに、なんであのデカブツは動かないの? ホントに生きてる?』


「生きてるかどうかは、お前なら見てわかるはずだろ、狂童。あいつは獲得したエネルギーを攻撃にのみ転化させているみたいだ。今のところ、移動などの他の用途にエネルギーを使っていない」


『ふぅん、温存してるんだね。なら少し話そうか、アラト。事情は理解したけど、僕がアラトに協力する必然性はないんじゃない?』


「そんなことはないぞ」


『へぇ?』


 自信満々なアラトの様子に、狂童が興味深そうな声を上げる。

 実際、アラトがどんな言葉で自分を説得するのか、興味はあるのだろう。


「お前に提供できるメリットは2つ。エサと、暴れる機会だ」


 途端に、狂童から白けたような気配が漂う。


『それ、僕にとってはほぼ同義じゃん。しかも、エサは生気を抜かれた死骸? 最悪の部類なんだけど』


「スケルトンとかゴースト系統のモンスターを喰わされるよりかはマシだろう? それに、あのデカイのもくれてやる」


 その言葉に、狂童が僅かに反応した。


『それはそうなんだけどね……デカブツの味が気になるのも確か。でも、まだ足りない』


「そうか」


『うん。その程度のメリットで動くと勘違いされても困るしね』


「なら仕方がない。言いたくなかったがこれも言おう」


『なにさ』


 実は、足りないという狂童の発言からここまで、内容に細かな差はあれどアラトと狂童のいつものやり取りだ。そして、この後に続く展開も大体いつも交わしていたやり取りだったりする。恒例の儀式ーーある種のルーティーンとも言えるだろう。


「殺女に伝えておくよ。狂童が俺の言うことを聞かなかったから、躾けておいてくれ、と」


『出たよそれ……毎回虎の威を借りて恥ずかしくないの?』


「お前がこれで言うことを聞いてくれるなら、命令するよりも楽でいいからな。……ああそうだ、お前がさらにやる気を出すように、追加で情報を与えようか」


『うん? なに、嫌な予感がするんだけど』


 いつものやり取りではなかった追加情報とやらに、狂童が目に見えて警戒する。

 アラトはもったいぶることなく、端的に情報を伝えた。


「つい先日、お前らを喚び出して話をしただろ? あの時に『異次元への穴(ディメンジョンホール)』の設定を少し弄ったんだ。これからは俺が完全に絶命して1分経ったら、()()()()()()()()()()()()


『………………は?』


「もちろん、お前を喚んでない時に俺が死んだら、お前の分の穴も開く。そして、穴を通して皆には俺の遺志も伝わるようにしている。ま、あまり長くは伝えられないから二言だけだけど。『お前達は自由だ。好きにしろ』ってね」


『──ちょ、ちょっと待ってよ!? 本気!?』


 狂童が狼狽する。

 アラトの言葉の意味を、正しく理解できてしまったから。


「本気だ。設定ももう変える気はない」


『考え直さない? 絶対に死なない自信があるなら別だけど……』


「考え直さない。死ぬこともあるかもと本気で考えたからそうしたんだし」


『……そうだろうね、アラトなら本気だろうさ。だからこそやめてほしいよ』


「狂童、何をそんなに嫌がってるんだ?」


 アラトは狂童の嫌がっている内容に予想がついてはいたが、確信もなかったためそう訊ねる。

 すると、狂童は怒りを露わにした。


『────何を? 何をだって!? アラトがそれを言うのか!? 君、その設定で死んだらどうなるか推測した上でそうしてるだろう!? 君に使役されている武器類やモンスター達は、君への忠誠が尋常じゃない! 君が死んだ後に『好きにしろ』なんて言われたら、何を仕出かすか!!』


「暴れる奴が出るだろうな。それも、盛大に」


『やっぱり理解してるじゃないか!?』


 狂童が悲鳴を上げる。

 そんな狂童を見て、アラトはこんな状況なのに軽く笑ってしまった。

 普段は生意気な子供を演じている癖に、狂童の本質はとても理性的で、だからこそ歪だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 なおも、狂童は叫ぶ。


『笑いごとじゃない!! 特に問題なのは、僕以外の5人だ!! 僕や他のモンスター達だってそうだけど、こっちに来て明確な自我を得た。あいつらも例外じゃない! そんな()()()()が自由に暴れる? 状況によっては国の1つや2つ滅ぶ!! アラトだってわかってるでしょ!?』


「当然、わかってる」



 アラトは狂童にそう答えながら、とある疑問が湧いてきた。

 今アラトの目の前にいる狂童のみならず、ドーズやソーズも()()()()がゲームとは違い、自分達に本当の意味での自我が芽生えたことを理解している。それは一体、どういう理屈なのだろうか?

 今は考えても答えが出そうにないので保留しておくが、いつか考察してみたいテーマだ。


 なお、狂童の言う自分以外の5人、とは他の『智慧ある呪われた武器』のことだ。殺女をはじめとして、色々と壊れた奴らが勢ぞろいしている。



 と、アラトは改めて狂童に意識を向ける。余計なことを考えすぎた。


「狂童、少し落ち着いてくれ。何か勘違いしてないか? 俺は別に、死にたいわけじゃないぞ」


『〜〜〜ッ、そんなことわかってるよ!! 僕はただ、保険のかけ方が悪質だって言ってるんだ!』


「そんな理由で設定したわけじゃないさ。俺が死んだ時、皆を道連れにするのは忍びないからな。自由に生きてくれっていう、親心みたいなものだよ」


『白々しいっ……! ホンットに性格が悪いな、アラトは!』


「そんなに褒めないでくれ」


 《マスパラ》廃人プレイヤーに対しての『性格が悪い』は、一種の褒め言葉になってしまう。

 特にアラトは同格以上との対人戦において正攻法では勝ち目がなかった分、如何に相手よりも()()()()()相手の嫌がることをするかが鍵だった。『性格が悪い』は褒め言葉以外の何物でもない。


 今回の設定変更は、アラトを殺す存在が現れた時、相手を簡単に帰してやるつもりはない。そんな意思表示だ。

 ……まあ、アラトを殺せる程の相手となれば、太刀打ちできるモンスターや武器は限られてくるのだが。一応、アラトは使役している存在に『格上と真正面から戦うな』と散々教え込んでいるので、無駄死にをしてしまうことはないだろうと考えている。




 話を戻して。

 アラトが狂童を喚び出したことに、戦闘目的以外の理由はない。しかし、思わぬ副次効果があった。

 狂童の狼狽する様子を見て、アラトの気持ちが落ち着いたのだ。未だ恐怖はあるが、手が震える程ではなくなった。


(助かった、かな。狂童には少し悪いことをしたけど……使い手のメンタルケアだと思って我慢してもらおう)


 そんなこと知ったこっちゃない狂童からしてみればいい迷惑だが、アラトは内心狂童に感謝していた。

 しかしその内心を一切窺わせない声音で、アラトは狂童に話しかける。


「さて、狂童。協力してくれるか?」


『……協力しないわけにはいかないじゃないか』


「助かるよ」


 アラトが笑いかけると、狂童は嫌そうな雰囲気を前面に押し出してきた。

 脅されていいように使われるのが我慢ならないらしい。


『……僕、やっぱりアラトのことが大っ嫌いだよ』


「そうか。別にそれでもいいから手伝えよ?」


『わかってるよッ!!』


 勢いよく吐き捨てる狂童。

 アラトは浮かべていた笑みを苦みを含んだものに変えつつ、狂童を構えた。


「……さて、狂童。何故か敵がほとんど動かないからとはいえ呑気に話してたってことは、ストックはあるな? どのくらいある?」


『……最大倍率で5秒分』


「なるほど。それだけあればアレには勝てるとは思うけど、先にできるだけ補充はしておこう。いいか?」


『…………一応食事だしね。わかった、食べるよ』


「何か希望は?」


『こんな状況で希望訊かれてもね……特にないよ。あ、相当数食べないと最大倍率での秒数は増えないから』


「生気抜かれた死骸ならそうだろうな……よし、行くか。何かあったら頼む」


『はいはい』


 狂童との相談を終え、アラトは後方に向かって駆け出した。


 一番近くにあったモンスターの死骸の前で立ち止まり、後方を振り返る。

 大型に、動きはなかった。


「……背を向けて逃げ出した相手ですら追うことはしないのか。さっきまでは遅くとも移動はしていたんだが」


『動かないみたいだね。でも、それはそれで好都合でしょ?』


「まあ、そうだな。あの静止がエネルギーを溜め込んでおくためだと考えると、アレの意思で移動にエネルギーを使わないようにする、なんてことができなくなっている可能性がある。その場合、奴が移動を試みたら一瞬で距離を潰されるかもしれない。気を抜くなよ、狂童」


『当然。見くびらないでよね』


「念のための確認だ、許してくれ。じゃあ、どうぞ」


 アラトは狂童をモンスターの死骸に突き刺した。


『いただきます……『刻喰みタイム・アブソープション』』


 狂童がそう呟くと、モンスターの死骸が灰と化した。


 『刻喰み』。狂童──正式武器名称《命奪刃(めいだつじん)刻喰暴子(こくじきぼうし)》の固有能力。魔法や技巧とは異なり、階級は存在せず発動にMP消費などのコストは必要ない。

 刃を突き刺した対象の時間を奪い、狂童のみが扱えるエネルギーとして蓄える。蓄える量に上限はないが、その変換効率は極めて悪い。

 狂童曰く、時間を奪うという表現はかなり簡易的なもので、正確には『時間的エネルギーの略奪』らしい。


 今回、死骸が一瞬で朽ちて灰になったのは、その時間的エネルギーが非常に少なかったから。

 生気を抜かれた死骸というものはその観点で言うと最悪に近い部類らしく、抜け殻という表現がぴったりだとか。死骸が丸ごとある分、骨しかないスケルトンや朽ちる身体がないレイス系よりかはマシではあるが、通常の死骸から見れば誤差レベルだそうだ。


 この辺りを掘り下げると長くなるので省略するが、要するに狂童を敵に刺せば刺すほど有利になり、それが生きていれば尚良いということだ。


『……ッ!? アラト!!』


「わかってる、頼んだぞ狂童!」


 死骸を灰に変えた直後、凄まじい怖気がアラトの身体を駆け巡った。本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

 それと同様のモノを狂童も感じ取ったか、鋭い声で呼びかけてきた。

 アラトがそれに返したのとほぼ同時、大型の姿()()()()()()()()()()()()。今のアラトには、それを視認するだけで精一杯だった。


 狂童が時間を奪ったことがわかったのか、それとも自分の食べ残しに手を出されるのを嫌がったのか。

 真相は不明だが、大型は攻撃の意思を見せた。それが殺気となり、アラトの危機感を刺激したのだ。

 その準備段階の移動。アラト達の推測通りそれにも蓄えたエネルギーを使ってしまうのか、知覚能力を上昇させたアラトがギリギリ認識するのが精一杯の速度で接近してきた大型は、触手のような腕を振りかぶる。それを振り回すだけで、アラトは避ける間も無く倒されてしまう。それが現実だった。さっきまでは。


(『刻吐きタイム・ディスチャージ』!)


 狂童の声が頭に響いた。

 狂童が意志を持って発動させるこの能力(ちから)は、発声が必要ない。


 その直後、アラトの体感時間が引き延ばされる。

 大型の腕の振り抜きを、今度は明確に認識できていた。


 アラトは、腕の下の空間に潜り込み、振り抜きを回避する。

 ゆっくりと動く周りを無視するように、アラトだけが────否、アラトと狂童だけが元と同じ速度で行動していた。


 アラトが腕を潜り抜けた直後、(とき)が元の速さで進み始める。

 ブォン!! と、腕の振り抜きによる風圧で服を煽られながらも、アラトは安全に攻撃をやり過ごすことができた。

 激痛に苛まれる身体を無視し、そのままの勢いで大型に接近して狂童を突き立てる!


「ッ!?」


『ダメだアラト、退いて!!』


 狂童の焦燥感溢れる声。それも無理はない。

 大型の体表の金属が、狂童の刃を弾いたのだ。


 その衝撃で、攻撃を回避されたことの動揺から立ち直ったのか。大型が再度腕を振り払う動きを見せる。


 ────初動ならそこまでの速さはない、狂童に指示を出すことはできる!


「離脱は無理だ、援護!」


(『刻吐き』!!)


 アラトの指示を受けて、狂童が2度目の『刻吐き』を発動させた。

 先ほどと同様に、腕の動きが容易に視認できる。

 間違っても腕の直撃をもらわないようにだけ意識しながら、その場を離脱した。



 僅かな時間ではあるが、一息つける。

 しかし、戦況はよろしくない。


「狂童、後どれくらいある?」


『さっきのは100倍なんだけど、それで40秒ないくらいだね』


「微妙だな」



 狂童の固有能力である『刻喰み』が時間的エネルギーの補充であるのに対し、『刻吐き』は時間的エネルギーの消費だ。

 《命奪刃:刻喰暴子》とその装備者を対象として、体感時間を5、10、50、100、500、1000倍のいずれかの倍率で引き延ばし、その体感時間の中で通常通りに活動できるという強力無比な能力である。

 周囲から見れば、アラトの動きが急激に速くなったように感じるだろう。擬似的な急加速によって身体に凄まじい負担が掛かるが、そんなデメリットが霞むくらいの多大なメリットをもたらす能力である。

 こんな尖った能力を持つためか、狂童の武器としてのステータスは低めに設定されている。


 体感時間の倍率と活動できる秒数は反比例の関係にあるため、もし今最大の1000倍で能力を発動したら、4秒程でエネルギーが枯渇することになる。


 現状、時間感覚を100倍にすることで、大型の攻撃の回避が安定する。50倍で安全に回避できるかは定かではないが、残り使用時間を考えると実行せざるを得ないかもしれない。



 大型に狂童を突き刺すことができない現状、大型が纏っているあの金属塊の成分を調べ、狂童を通すために適切な処置を施す必要がある。

 調べるためと対処のために1回以上大型に接近する必要があるが、ずっと張り付いているとあの爆発力のある突進を食らうだけでアラトが死にかけてしまうだろう。つまり、接近するたびに離脱する必要があるわけだ。


 1回の接近と離脱に100倍換算で約10秒かかっている。

 1度目で金属塊の成分を調べ、2度目で破壊なり溶解なりの対処をした直後に狂童を突き刺すのが最速だ。

 回数に余裕があるように見えるが、金属塊の破壊に時間がかかる方法しか選べなかったら1往復が追加され、攻略法を思いつくのに時間がかかれば余分な回避を強いられる。余分な回避は5〜6回が限度だろう。

 敵の一撃の重さを考えると、全く余裕はない。


 アラトの決断は早かった。悩んでいる時間も惜しい。


「次、50倍で頼む」


『……わかった。仕方ないか』


「ああ、やるしかない。────来るぞ!」


 ギリギリ相談が終わったのが奇跡だった。そのくらいシビアなタイミングで、大型が急接近してくる。

 倍率が先程の半分になることを考えると、腕の振り抜きを見てから安全に回避することは不可能だろう。今までの攻撃の傾向から、予測を交えて回避するしかない。


(『刻吐き』!)


 大型の動きがゆっくりに見える────が、さっきよりは速い。狂童はアラトの要望をしっかりと叶えている。ならば、ここから先はアラトの実力次第だ。


(腕の出始めは────!? さっきと同じ! なら下を潜れるはず!)


 アラトは体勢を低くして、大型の腕の振り抜きを回避する。今回も回避できたし、予測が間違っていないことを確信できたのはよかったが……やはり、予測を外した上で回避するのは難しそうだ。


(こいつは腕を振り始めたら、方向の微調整などはせずに振り抜く。たぶん、調整できない程の速さになっちゃってるってことなんだろうけど……そんなことより、今は!)


 アラトは大型の体表金属に手をつき、魔法を発動させる。


「『下位初級無魔法・成分評価』!」


 魔法が発動し、情報がアラトの脳内に流れ込んできた。


(え……?)


 その結果が予想外のモノであり、不覚にもアラトは思考を捉われてしまう。1秒弱、動きが止まった。


『アラト、何してんの!?』


「ッ!?」


 当然、その隙は命取りになる。


(『刻吐き』ッ!!)


 アラトの思考が停止したのを察した狂童が、アラトに気付けの声を掛けつつ『刻吐き』を発動した。

 既に大型は動き始めている。


(これは……突進攻撃! 動き出しから方向を予測しろ! 最も回避できる可能性の高い動きを────!)


 思考を取り戻したアラトの動きは素晴らしかった。

 腕の振り抜きと同様に、突撃も初速は比較的遅いことと直線的な動きしか取らないことを見極め、ほぼ真右への移動を試みる。


 優先するのは狂童だ。狂童も回復魔法は使えるが、狂童には『刻喰み』を大型に叩き込むという重要な役目がある。

 余計なことに狂童のリソースを割かせないためにも、アラトは狂童を庇うように行動した。


 結果────────。



「ッぐぅ!?」


 大型の纏う金属に触れていたアラトの左腕が突進に巻き込まれ、ひしゃげた。アラトの身体が独楽のように回転するが、その回転をアラトは自身の制御下に置く。

 ここで自身の動きのコントロールを手放すことは、大型の追撃を許すことに繋がる。それは避けなければならない。


『アラト! 今のは100倍を使()ったからね!』


「ッ……! 了解! 英断だ、狂童!」


 狂童は、アラトが自分を庇おうとしたことを理解していたため、アラトの行動に意見することなく事実だけを伝えた。


 100倍の『刻吐き』でこのザマだ。咄嗟に50倍ではなく100倍消費をした狂童の判断は正に英断と呼べるだろう。戦闘継続のためには今の回避に500倍以上を使用するわけにもいかなかったし、これがあの瞬間での最善だ。



 大型が突進攻撃を選択したおかげで、僅かばかりの距離が開いた。魔法の1つくらいなら、何とか唱えられるはずだ。

 アラトは、思考の妨げになり得る骨折の痛みと出血の対処を優先する。しかし、大型の突破にどの程度MPが必要になるかわからないため、あまり効果の高い回復魔法を唱えることはできない。


「『上位中級幻惑魔法・損壊誤認(フェイク・ダメージ)』!」


 故に、アラトが選択したのは回復ではなかった。

 人体や物体の損壊によるあらゆる影響を、一定時間無視する魔法だ。この魔法を使えば、折れた杖を折れていないものとして使用したり、骨折による出血や痛みなどの影響を一切ないものとして振るまうことができる。

 機能低下を認識しないようにしているのではなく、機能低下などしていない状態が事実であると現実を書き換えているのだ。

 しかしその代償は大きく、『損壊誤認』の効果終了後に、発動時間の3倍の時間を損傷状態で活動していたものとして追加のダメージを受けてしまう。1度にまとめてHPが削られる性質上、プレイヤーに使う場合はダメージ次第では即死するため、使用には厳格なダメージ把握が求められる。


 今は、デメリットを気にせずこの魔法を使うしかない。これだけで死ぬようなダメージではない。


 途切れた集中を元に戻したアラトに、狂童が声を掛けてきた。


『それで? さっきはどうしたのさ』


「あいつの金属成分が予想と大きく違ったんだ。だが、となると……」


(『刻吐き』)


 大型の突進に合わせて、狂童が『刻吐き』を唱える。

 アラトは先程と同様にシビアな回避を行った。自身にできる最善の回避。

 しかし、突進が左腕に掠る。大型がアラトの動きに慣れてきたのか。

 『損傷誤認』により痛みは感じないが触覚は生きているため、接触を知覚したアラトは効果終了後のダメージのことを考えて顔を顰めた。


 1度の回避に要求される集中力が桁違いで、アラトは溜め息を吐かずにはいられない。


「はぁ。やっぱ、50倍だと結構神経使うな」


『そりゃあ、回避が失敗するリスクは高いだろうしね。で? 成分が予想と違うと何なの?』


「お前が弾かれた理由が変わってくる。あの成分構成ってことは……アレは金属元来の硬さじゃない。魔法的防御だ」


 大型の纏う金属成分は、希少金属であるヒヒイロカネを5%弱含有している合金であることがわかった。他の希少金属は含まれていない。


 希少金属の性質は、希少金属でしか干渉できないと言っても過言ではない程に影響されにくい。

 ヒヒイロカネの柔軟性は、純度100%であれば布のような柔らかさになる程で、その耐久力はとてつもなく低い。果物ナイフ1本あれば容易に切断できてしまう。


 そんなヒヒイロカネを5%も含有し、硬性を持つアダマンタイトを含まない合金。それはとても滑らかに大型の動きに合わせて形を変える反面、狂童単体の攻撃力でも貫ける防御力の低さになっているはず。

 アラトが狂童を装備した状態での攻撃であれば、抵抗を感じる間もなく切断・貫通できるのは間違いない。


 しかし、そうなってはいないわけで。


『なるほど、強化状態(バフ)ね。でも、強化状態(バフ)解除魔法って……』


「使ったら最後、MPは空になるな」


 マスパラでは滅多に使われることのない、強化状態(バフ)解除魔法『纏解放波(まといかいほうは)』。


 その主な理由は3つある。

 1つは、対策として最も簡単なのがこちらも補助魔法を唱えることであるため。相手と自分の唱える補助魔法の数が桁違いであれば対抗しきれないが、そんな状況を作られる時点で彼我の実力と戦略に大きな差があるので、諦めた方がいい。


 もう1つは、『纏解放波』のデメリットが極めて重いため。『纏解放波』は、発動時にMPを全て消費する上に、しばらくの間MP回復速度・量ともに半減しポーションによる回復が行えなくなる。


 その時間が熟練度によって短縮するのだが、こんな魔法を使い込んでいるプレイヤーはあまりいない。アラトもそうだ。性能の確認のために使用したことはあるが、それでも数度。片手で数えられる程度でしかない。


 最後の1つは、『纏解放波』の効果範囲のため。単体の相手を対象として発動するこの魔法は、確実に自分を巻き込む範囲で効果を発現する。

 魔法発動後、対象と自分は補助魔法が掛かっていない状態で勝負することになる。こちらのMPはほぼ0で、だ。普通は勝ち目がない。


 また厄介なのが、『纏解放波』の階級が『下位上級』であること。アラトが数度使用していることからもわかるように、アラトは()()()()()()()()()()()()()

 この世界で習得した、『覚えていない魔法の熟練度を同階級の魔法の使用回数に依存させるテクニック』が使えないのだ。


 『影法師』に『纏解放波』を使わせることは可能だが、上記のテクニックによりアラトを上回る回復魔法を使いこなせる『影法師』には、なるべくMPを温存してもらいたい。

 MP回復手段の1つとして他者にMPを譲渡する『MPパサー』という魔法もあるが、アレは発動してから効果を発揮するまでに3分掛かる上、その間は他の魔技を使えなくなる。この局面では、いたずらに魔技を使えない者を増やすだけだ。

 最も簡潔である、狂童を強化して大型の防御をぶち抜く選択肢は選べない。狂童が『刻喰み』を使う場合、狂童に魔法的強化が掛かっていてはいけないためだ。

 つまり────。


「────でもやるしかない、俺が使う」


 あまり悩んでいられる時間はない。アラトは、『纏解放波』を使う決断を下す。

 思考できる時間も、戦闘を継続できる時間も長くない。狂童が『刻吐き』のためのエネルギーを使い切るまでがリミットだ。時間を掛ける戦術は不可能。


 『無職』であるアラトはよく言えばオールラウンダーだが、メインの戦闘スタイルは補助魔法を唱えて近接戦闘を行う、魔法戦士の劣化ようなもの。魔法に依存した立ち回りを基本としているので、『纏解放波』は本当に使いたくないが、やむを得ない。


「また突進か……避けたら仕掛ける」


『おっけー』


 アラトが狂童にそう告げる。

 アラトは、大型の直前の雰囲気と僅かな動きで攻撃の種類を予測していた。


『『刻吐き』!』


(……?)


 大型の動き出しに合わせて、狂童が『刻吐き』を使った瞬間。アラトを違和感が襲った。

 原因は直ぐに判明する。大型が突っ込んでくる軌道だ。

 今までは、お互いの正中線が重なるように突進してきていた。それが今回だけ、アラトから見て僅かに右に寄っている。左に動けば、今までよりも回避が容易になる────。


(……!?)


 そこまで考えて、アラトは()()()()()()に気が付いた。大型がそこまで考えているかはわからない。だが、もし左に回避するのが大型の狙い通りなら……。


「狂童! 命令だ、倍率を上げて掛け直せ!!」


『ハァッ!? なんで!? ────いや、『刻吐き』ッ!!』


 動揺を露わにした狂童だったが、即座に気を取り直して『刻吐き』を掛け直した。

 狂童は、アラトが滅多なことでは『命令』という形を取らないことを知っている。であれば、これは余程のことなのだ。説明する時間すら惜しい程の、ナニカ。


 『刻吐き』を掛け直す瞬間に存在する効果の切れ目で大型にかなり距離を詰められたが、その後の回避はギリギリ間に合う。

 100倍で掛け直した直後、それを受けたアラトが大きく動いた。────右に、だ。それで狂童も、大型の突進方向が今回だけ違うことに気が付く。


『────回避を誘った、罠?』


「恐らくな! 狂童が厄介な相手だと認識して、今までやってこなかった腕の振り抜きで弾き飛ばすつもりだったとかじゃないか!?」


『考えすぎ、深読みの可能性は!?』


「別にそれならそれで問題はない! こっちのやりたいことは1つだからな!」


『それもそっか』


「よっし、これで背後を取れ────ッ!?」


 大型の突進を避けてすれ違おうとしたアラトを、大型の腕が襲った。

 警戒していたアラトは、回避が難しい軌道であると瞬時に判断。

 こういった事態に備えて、わざわざ右に移動したのだ。この位置関係なら、左腕を盾にできる。

 『損壊誤認』によって特に違和感なく動かせる状態の左腕を、身体の前に立てるように差し出し、拳を下に向ける。


「『下位上級土魔法・鋼鉄腕(アイロンアーム)』!!」


 魔法により、アラトの左腕が鋼鉄化する。


「くっ、ラァ!!」


 振り抜かれた大型の腕を受け止めるのではなく、鋼鉄化した腕の表面を滑らせることで衝撃の多くを散らし、何とか攻撃をやり過ごす。


 殴りかかる時の攻撃力増強や刺突・斬撃などに対応するために用いられることの多いこの魔法を、腕を千切り取られずに盾にするために使用したアラトの判断が光る攻防となった。

 しかし、アラトの表情は曇っている。


(クソッ、もっと上手く受け流せたはずだ! 『損壊誤認』で誤魔化しているダメージがバカにならなくなる……! 『鋼鉄腕』は衝撃ダメージを受けやすくなるのに!)


『アラト、悔やむのは後! 今はキメないと!!』


「っ、わかってる!」


 一瞬気持ちが沈みかけたアラトを、狂童の叱咤が引き戻す。

 未だ、100倍での『刻吐き』は有効だ。

 アラトとすれ違い遠ざかろうとする大型に引き離されることなく、大型の背中に左手を添えて、アラトは魔法を唱えた。


「『下位上級無魔法・纏解放波(まといかいほうは)』ァッ!!」


 その瞬間、アラトと大型を巻き込む波動が放たれた。

 お互いに掛かっている補助系統の魔法効果が、強制的に解除される。


「ぐうっ……ツッ……!!」


 結果、顔を顰めたアラトの動きが目に見えて遅くなる。

 『損壊誤認』に加え、効果が切れる度に掛け直していた『移動速度上昇』などの有用な補助魔法と『刻吐き』の効果が同時に解除されたのだ。


 激しい痛みを伴う失速に、アラトがたたらを踏む。

 だが、ここで転ぶわけにはいかない。

 戦闘は、まだ終わっていない!


(『影法師』! 俺に『移動速度上昇』を『下位特級』で掛けろ!!)


「狂童、100倍!」


 頭の中で『影法師』に、口頭で狂童に指示を出し、改めてアラトは走り出す。

 『影法師』の厳密な分類は召喚魔法。『纏解放波』の対象にはなっていない。

 そして、『移動速度上昇』や『瞬発力強化』などの補助魔法は他人にも掛けることができる。発動した階級から2段階落ちた階級が適用されることになるが、ないよりはマシだ。


『了解、『刻吐き』ッ!』


『『…………』』


 再び、アラトが加速する。

 急な速度変化だ。思うように身体を動かせなくてもおかしくはないが、そこはアラト。二つ名に恥じぬボディバランスを見せて淀みなく走り続ける。


(……あれ?)


 と、ここでアラトは違和感を覚える。想定より速度が上がっていないのだ。

 数瞬考えて、理由を察する。


(──ああ、なるほど。掛かってる『移動速度上昇』が『中位上級』なのか)


 『影法師』に補助魔法を掛けさせるのは初めてだったため、指示の仕方を間違えたらしい。

 今後の参考にはなるので、今回はこれでよしとする。

 別に大型に追いつけなくなるわけではないし。


 走る振動で揺れる度に痛みを訴える左腕に顔を顰めながら、大型を追い上げる────追いつく!!


「狂童!!」


『いつでも行けるよ!』


『ゴァァァァアアアア!!』


 何かを感じたか、大型が身体ごと腕を振り回して攻撃してくる。


 しかし、今までの厳しい攻撃を躱し続けていたこと、『刻吐き』の倍率が100倍であること。これらの条件が揃えば、そんな単調な攻撃には当たらない!!


 深く、深く屈み込むことで腕を回避したアラトは、大型が纏う金属の表面に狂童を突き立てる。

 ────僅かばかりの抵抗を乗り越え、狂童の先端が大型の本体に突き刺さった。


「やれ、狂童!!」


 アラトの指示を受け、狂童が自身の最高の能力を解き放つ。


『おっけー! 行くよ、『刻喰み』ッ!!』



いかがでしたか?


約2年ぶりに話が進んだわけですが、次回更新もまあ遅れると思います。

毎週投稿とかやってる人達ヤバいですねマジで。

いや、やってやれないことはないんだろうけど今だと確実に何かを犠牲にするよなぁ……って。


そんな気力も度胸もないので、やりません。

まず毎月投稿安定させろって話だと思いますが、それもやりません。


気の向くままに書きます。書けたら投稿します。

なので、まあ気長に待っていてください。

こんなペースだと完結までにどんだけ掛かるんだ?って感じですけどね。


では、また次回。

次回は話がそれなりに動くと思います。

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