それぞれの戦い キララ その②
こんばんは。
お久しぶりです、ごぶりんです。
更新が久しぶりになってすみません、忙しくて書く気力がなかったです。
キララVSみんなのトラウマの続きですね。
忘れたって人は読み直してください。
では、どうぞ。
「へっ……よーやく、捕らえたぜ」
キララ目掛けて伸びてきた触手は、キララ本人の手によって掴まれていた。
《大食漢の触手》は、触れるモノから魔力を吸う。
キララ程の強大なマジックキャスターが相手ともなれば、それはそれは強烈に魔力を吸い上げることだろう。
────キララの身体を、魔力の鎧が覆ってさえいなければ。
今キララは、魔力でできたフルプレートメイルに全身を覆われていた。『高位魔鎧:坩毒式』によるものだ。
その魔力の性質は、猛毒。
いくら『毒霧』などが使われた際には反応しないように躾けられた触手であろうとも、接触している以上は魔法を吸わざるを得ない。
鳴き声は上がらない。苦しそうな態度も取らない。
そういった生物的な機能を備えていない大食漢の触手は、何か反応を示すことなく腐り落ちた。
その腐食が根元まで到達する前に、《骸骨戦士》が触手を斬り落とす。
なるほど、尻尾切りの要領で被害を食い止めたわけだ。
そんなことより、大食漢の触手に対処できた。
戦える。
戦えるのだ!
キララは歓喜する。
(よし! 土壇場でぶっつけだったが、何とかなった! この魔法を維持して、全部倒す!)
『高位魔鎧』を発動する呪文の内、キララが元から覚えていたのは『獄炎式』のみ。
他の属性の物については知識すらなかったし、今も『坩毒式』なんて物があるのか半信半疑だ。
だが、毒の性質を持つ『高位魔鎧』を! と念じて魔力を練っていたら頭に浮かんだ呪文だし、正しいはず。たぶん。
余計なことを考えつつも、キララはしっかり行動していた。自身の周囲に浮かぶ、薄くなった『毒霧』を『高位魔鎧』の能力で吸い取ったのだ。
それを全て、MP回復に回す。
(ここから先は、MP勝負だ。少しでも回復できる時にしとくべき)
というのも、キララは大変なことに気が付いてしまったのだ。
(これを纏っていれば、奴らを腐らせることはできる。でも、腐らせるには奴らに魔法を喰わせる必要がある。喰われたら、その都度魔法の掛け直しが必要だ……ざっと計算してみたけど、これ、かなりびみょーだぞ)
魔法を喰わせるということは、完成した魔法に穴を開けられるということだ。
個々が独立した魔法であれば、そのうちの1つが喰われた所で何の問題にもならない。
例えば、『火の連弾』。
あの魔法は、1度に大量の火球を作り出すことで火球1つ当たりの消費MPを軽減しているだけで、扱いとしては多数の火球を連続して発生させて攻撃に用いている。業務用にまとめ買いをすると安くなるイメージだ。
なので、『火の連弾』で発生させた火球が1つ喰われたとしても、全ての火球が消滅する訳ではない。
だが、『高位魔鎧』は違う。
あれは、1度の魔法で全身を覆う魔力の鎧を出現させている。
このタイプは、一部が喰われるだけで魔法としての形を失ってしまうのだ。
先程は、『高位魔鎧』が消える前に無詠唱で唱え直し、新たな鎧を纏った。
そしてこれからも、無詠唱で『高位魔鎧』を発動しなければならないだろう。
《大食漢の触手》の目の前で、詠唱する余裕はない。無理だ、喰われる。
それに、キララの想定では────。
(……今は、奴らも猛毒の性質に怯えて特攻してこねーみてーだけど、直ぐに気付いてあたしに殺到するはず。奴らは、触手1本犠牲にするだけであたしの鎧を剥がせるんだから。大食漢の触手の再生力を以ってすれば、造作もねーだろーし)
腐った触手を斬り落とせる骸骨戦士がいる以上、大食漢の触手を倒すためには、直接猛毒の性質を持つ深淵魔法をぶち込むしかない。
そのためには────────。
「『中位中級無魔法・並行詠唱』」
『並行詠唱』。2種以上の魔法を同時に唱えられるようになる魔法だ。
多くの場合、無詠唱同士で発動させるのだが、詠唱と無詠唱の組み合わせでも不可能ではない。ただ、難易度が跳ね上がるだけで。
だが、キララはこの無茶を押し通すつもりでいた。というよりも、通さなければ勝てない。
MPを節約するために、攻撃に用いる魔法は詠唱せざるを得ない。それがキララの判断だった。
ちなみに、大食漢の触手の前では回復ポーションを使用できない。ポーションは魔力を含んだ液体であるため、触手の餌食になるのだ。
「────っし、行くぜ!」
準備はできた。
取り敢えず、『並行詠唱』が切れる前に8体は倒したい。
狙いは、触手を1本腐らせた奴。
今ならまだ、キララに対する認識は天敵へのそれに近いはずだ。
キララの狙い通り、その骸骨戦士は触手の意を汲むかのように後退った。
「逃がすかッ!」
ここぞとばかりにキララは踏み込む。
(こいつらの知性を利用する! あたしが優勢なんだと、そう思わせるよーな振る舞いをしろ!)
魔法の発動を潰されない限り、敵を確実に攻撃できる位置まで進んだキララは、すかさず魔法を唱えた。
「『中位特級深淵魔法・剛毒拡散弾』!」
魔法が発動すると同時、キララの眼前に斑模様の禍々しい球体が出現した。
それは即座に弾けて、キララの前方向に射出される。
その球1つ1つが、強力な毒だ。
毒球が触手を穿ち、骨を強かに打つ。
触手は毒球が当たった箇所から腐って千切れる。その衝撃で毒球は更に弾け、毒液が周囲の触手にぶち撒けられていた。全ての触手が腐った跡には、大きな石が転がっている。
骸骨は魔力をぶつけられたことが原因でその骨を成り立たせている魔法が解除され、バラバラと崩れ落ちた。
キララは内心でガッツポーズ。
(よし、突破! 次だ!)
だが、キララも《マスパラ》廃人。
楽観はしていなかった。この後どうなるかも、予想が付く。
(奴らは気付いた。受けに回っても倒されるだけだって。なら、奴らの選択は────!)
キララは前方にダッシュすると、触手が落とした石を掴み取りつつ全力で跳躍する。
跳んだ瞬間見えた光景は、キララが立っていた場所を触手の群れが貫き、なおもキララを追って伸びてきているモノだった。
それを予想していたキララは、考えるより先に口を動かす。
「『毒酸纏い』!!」
キララを、真っ黄色の気体が取り囲む。
次々に触手が突き刺さるが、気体に触れた瞬間にボロボロと崩れていく。
気体は、もう少し保ちそうだ。
(あっぶねー、ギリギリかよ。こっちから仕掛けるしかねー。こっからが正念場だな)
キララは空中にいる間に、手に持った石を使うことにした。
この石は、名を《吸魔の紫玉》という。大食漢の触手を倒した時に確定でドロップする固有アイテムで、使うと触手が倒されるまでに吸収したMPの50分の1を回復できる。
これは大食漢の触手から見れば餌であり、放置すると喰われるため、使う隙があるなら使った方がいい物だ。
この大食漢の触手達は、敵の調教師に鍛えられる過程で、かなりの魔法を吸ってきたはず。
というキララの予想を裏付けるかのように、キララのMPは今まで《吸魔の紫玉》を使った中で一番回復した。
ここから全ての大食漢の触手を一撃で倒し、かつ《吸魔の紫玉》を使ったならMPにかなりの余裕を持って戦闘に勝利することができるだろう。
(……ま、そう甘くねーだろーけどな。さっきのシビアなタイミングといい、一瞬の判断に左右される戦闘が続くはずだ)
先程キララには、完全な詠唱をする時間がなかった。
詠唱省略。クリリも平原での戦闘でやっていた、魔法の階級を省いて詠唱する方法だ。複数の階級を選択できる魔法は不発に終わる制限はあるものの、かなり便利なモノだ。
『特定階級無魔法・詠唱関連』の中では、『上位特級無魔法・詠唱破棄』に次ぐ階級の高さの魔法であり、魔法として唱えるならば『上位上級無魔法・詠唱省略』となる。この魔法を唱えると、詠唱省略した場合の消費MPの増加量が減少する。
だが、キララはこの魔法を唱えるかどうか悩んでいた。
(どっちの方がMP効率がいいか……『詠唱省略』の消費MPは意外と馬鹿にならない。でも、魔法の威力まで考慮するなら唱えておくべきか? べきだな。やるか)
キララは着地すると同時、骸骨戦士の方へ駆け出しつつ『詠唱省略』の魔法を発動させる。
骸骨戦士も大食漢の触手も、この場で受けに回ることが下策と理解している。
周囲から殺到する触手に、キララは補助魔法の発動を決意する。
『高位魔鎧』を発動する前なら補助魔法の使用など選択肢にも入らなかったが、今なら『高位魔鎧』を盾にして数瞬の隙が作れる。その隙があれば、補助魔法を1つは唱えられる!
そして今はまだ『毒酸纏い』もある状況。作り出せる隙は、倍に留まらない。
「『上位特級無魔法・移動速度上昇』!」
(『上位特級無魔法・反応速度上昇』!)
早速、『並行詠唱』による恩恵を受けながら魔法を発動する。
即座に効果が発揮され、キララの動きが急に速くなった。
周囲に迫っていた触手を、地を這うように避ける。
わざと『毒酸纏い』に触手を当て、敵の攻勢を一旦削ぐことでさらに余裕を作った。
(よし、何とか『並行詠唱』もやれそうだ……! 敵は残り11体!)
「『上位特級無魔法・身体強化』!」
取り敢えず、速度を上昇させた後の無理な体勢での回避で肉体が悲鳴を上げかけたので、自身を保護するために追加で補助魔法を唱える。
万全の準備を整えて、キララは2体で固まっている骸骨戦士目掛けて突っ込んだ。
数分後。
上下への回避を誘導するかのような触手の攻勢に、キララは多少距離を取ることになっても前後左右への回避を続けていた。
(何となく読めるぞ……ここは少し下がって回避、次は左に動いて、伸びてる触手を斬り落としつつ右へ。ここで隙ができるはず。────よし、前へ出て距離を詰める)
キララの膨大な戦闘経験は、大食漢の触手の猛攻を相手に、徐々に読みと回避の精度を上げつつあった。
その身に纏う『高位魔鎧』には、いつの間にか毒々しい鉤爪が生えている。
これは、獣人族が習得可能な種族固有技巧、『魔爪』。プレイヤーが習得している任意の魔法の属性を宿した爪を出現させる技巧だ。実際に爪で相手を攻撃するわけではなく、属性の刃を至近距離から飛ばして攻撃している。
ぶっちゃけた話、これを習得したのはゲーム開始2週間くらいの頃で、しかも2、3回使ったきりだったので存在を忘れていた。
しかし大食漢の触手に接近戦を挑む以上、何かしらの刃物が欲しかった。これの存在を思い出せたキララは、自分を褒めたい気分だった。
時折毒爪で触手を斬り裂きながら、キララは落ち着いて状況に慣れていく。経験を、積んでいく。
(大事なのは立ち回り……奴らに殺到されたら分が悪い。だからこそ、『毒沼』はキープしなきゃならねー。疲れるけどな……。それと、射線をなるべく作らせねーこと。後ろからピュンピュン触手伸ばされちゃだりーからな)
キララは現在、かなりのMPを消費し周囲の地面を『中位中級深淵魔法・毒沼』で毒の沼に変えていた。
そこに脚を踏み入れたが最後、骸骨戦士が肩まで浸かる程の深さによって対象を毒で苦しめ最終的に死に至らしめる、凶悪な魔法だ。
この魔法は発動が遅く、目の前の敵を沼に叩き込むのは難しい。故に、他の骸骨戦士の接近を阻止するための防波堤として発動したのだ。このおかげで、だいぶ戦いやすくなっていた。
「てりゃあ!!」
目の前と背後からの触手同時攻撃を、左右の毒爪で斬り裂き対処するキララ。
沼の周囲から戦闘の様子を窺っている骸骨戦士────もとい大食漢の触手からの射線が一定時間以上保たれないように動き回ることを意識していたキララだが、完璧な位置取りをミスなく続けることなどできはしない。
キララは近接戦の素人ではないが、熟練者と言える程の技量を自身が有していないことを正しく理解していた。
それ故、事が上手く運ばなくても焦らず、冷静な対応を心掛けていた。
最悪、『高位魔鎧』が攻撃を食い止める。それを無詠唱で発動させれば立て直せる。そう考え、冷静であろうと意識し続けて戦闘していた。
その成果か、キララの近接戦の対応能力は目を見張る成長を遂げていた。
対応能力の高さは余裕を生み、余裕は思考を生む。
思考は、戦況のさらなる改良を導く。
(よし、動きに無駄がなくなってきた感じがする。立ち回りに余裕が出始めた。この余裕が油断にならねーよーに注意しつつ、思考を続けっかー)
キララの毒爪を繰り出すタイミングも徐々に最適化されてきていた。
最初は触手にかなり接近されて慌てて斬り裂くこともあったのだが、今は触手が伸びてくる位置に斬撃を置くようにしている節もあるくらいだ。
キララの目の前で攻撃を繰り出している大食漢の触手が攻勢を緩めたのかと勘違いしそうなくらい、キララの戦闘に安定感が出ている。
(奴らを倒すのに必要な魔法の条件は、①ある程度の範囲を一度に攻撃できること、②発動速度が速ぇーこと、③こっちの隙にはならねーことの3つ。可能なら、消費MPが少ねーとなおよし。あたしが覚えてる条件に合致する魔法は、そう多くねー)
背後から攻撃の気配を感じ、キララが立ち位置を変える。
キララを攻撃しようとしていた大食漢の触手からキララへの射線上に骸骨戦士が立ち塞がる形となり、触手は攻撃を断念したようだった。
(よし。────2体を相手にするのにも慣れたし、そろそろケリを着けてーとこだけど……『剛毒拡散弾』の再使用にはまだ少し時間が掛かる。MP温存のために冷却時間終了を待ちてーけど……いや、この考えはよくねーな。油断だわこれ。倒すか)
キララは自身の思考に危ないモノを感じ、目の前の2体をすぐに倒すプランに切り替えた。
触手の攻撃に毒爪で対処し、すかさず距離を詰める。
骸骨戦士が距離を取ろうと動くが、そんなことは許さない。
キララは確実に2体同時に排除できると断言できる位置まで踏み込むと、魔法を唱えた。
「『上位上級深淵魔法・猛毒蝕波』!」
キララが魔法を唱えた瞬間、キララから衝撃波が解き放たれた。
キララを中心として半径2m程の球状に広がった衝撃波は、骸骨戦士と大食漢の触手を諸共貫く。
範囲内で、使用者からの距離が近い程受ける毒も衝撃も強く、遠い程弱くなる『猛毒蝕波』。
キララは、骸骨戦士との距離が1m以内になるまで深く飛び込んでいた。
その毒に耐えかねて、大食漢の触手が腐り落ちる。
魔力を伴った衝撃から骸骨戦士は護りきったようだが────数瞬、その寿命が延びただけに過ぎない。
「オラァッ!」
キララがアクロバティックな挙動を見せる。
2体の大食漢の触手からドロップした《吸魔の紫玉》を覆うように地面に手をつきながら逆立ちし、そのまま蹴りを放ったのだ。
『高位魔鎧』を纏っているキララは、蹴りや拳────何ならタックルでもいい、とにかく物理攻撃を当てることで骸骨戦士を倒すことができる。
大食漢の触手がいるとその物理攻撃を届かせることすらできないが、今なら《吸魔の紫玉》を回収しつつ骸骨戦士にトドメを刺さる、効率のいい行動だった。
ガシャァン!! とガラスが砕けるような音と共に2体の骸骨戦士が崩れ落ちる。
キララはその結果を見届けることなく立ち上がり、身構えた。
触手攻撃への遮蔽物として利用してきた骸骨戦士は倒したのだ。警戒が無駄だということはなかった。
「────ッ!?」
咄嗟に、キララは頭を倒す。
頭の真横の空間を、触手が貫いた。
頭を動かしていなければ、間違いなく顔面にぶち当たっていた。
一息吐く暇もありゃしねー! と、キララは内心毒づきながら顔の横にある触手を斬り捨てた。
そして僅かに遅れて、キララの身体目掛けて触手が伸びる。前から2本、後ろから1本!
タイミング的には、前から来る1本に対処し終えた瞬間には後ろから来る触手の迎撃を始めていなければならないはず。
触手どもが狙ったのかどうか知らないが、実に厭らしく絶妙な挟撃だ。
ほんの少しだけ下がり、前後を同時に処理するのも難しい。
前から来る2本目が、すぐに襲いかかってくる。両の毒爪を振り抜いた直後では対処もままならないだろう。
現状、キララは前方からの1本への対処をし終える寸前に後方からの触手への対処を始めて、その最中に前方からの2本目の触手に対処することを強いられている。
そんなのは無理だ。いくらこの肉体のスペックが高いとはいえ、構造は人間と同じ。手足はそれぞれ2本ずつしかなく、背中から可動式の腕が生えているわけではないのだ。
故に、キララは全身全霊で打開策を思考する。
(クッソ、半身になって前後の対応を連続でやるか!? ……いや、無理だ! そんな体勢じゃ初撃以外に力が乗らねー、中途半端な迎撃じゃまず間違いなく勢いで鎧を抜かれる! 同時ならともかく、連続はダメだ! だが、前後同時に対応するとその直後の触手への迎撃が間に合わねー!? どーす……いやっ、そーか! 同時対応を先じゃなく後に持ってくれば! ────イケるか!? いやちっくしょ、びみょいな!? くぅー、やっぱ状況を把握した瞬間に反射で動けるくれーじゃねーとダメなのか!? 考えてる時間がねーぞ! 経験不足が痛過ぎ────いやだからんなこと考えてる場合じゃねーんだって身体動かせぇ────ッ!!)
キララのこの思考は半秒にも満たない時間で行われた。
たかが半秒、されど半秒。
近接戦闘における半秒は致命的なロスと言っても過言ではない。遠距離の魔法戦においても痛手には違いないが、その重みはかなり違う。
遠距離戦では『後手に回る羽目になった』で済むロスが、近接戦では『敗北する羽目になった』になってしまうのだ。
キララは、知識としてはそのことを知っていたが、実感は伴っていなかった。
最初に襲いかかってくる前からの1本を先に処理し、残った前後2本の触手に同時に対処する。
そうプランを切り替えて実行に移そうとした瞬間、キララを嫌な予感が襲った。
この予感は、《狂鎧幽鬼》との戦闘に向かう時に感じたものと酷似していた。これは無視しない方がいいと悟ったキララは、さらに半秒を費やして脳内でシュミレートすることに決める。
(前に踏み出して触手を斬り裂いて、その直後に前後から突っ込んでくるのを斬り払う? …………無理だな、たぶん。近接戦闘職ならイケるかもしれねーけど、あたしはそーじゃねーし。そもそも、あたしはそんな動きには慣れてねーしな。……てことは、『高位魔鎧』を盾にして先の触手を処理した後、詠唱破棄して掛け直しつつ触手に対処、これが正解だッ!!)
本当にギリギリのタイミングで、キララはプランの変更を終える。
もし今から触手を斬り払うとしても間に合うかどうか。それぐらいシビアな瞬間に、その必要性のない方法をキララは選び取った。
キララが出現させた毒爪は、その維持を『高位魔鎧』に依存していない。
『高位魔鎧』の上に装着されているように見えるが、それは見えるだけで実際には独立した2種の魔技だ。
故に、『高位魔鎧』が消滅したとしても、毒爪は消えはしない。
触手が、キララに到達する。
1本目を鎧で受ける。触手が腐り始める。
(『下位上級深淵魔法・高位魔鎧:坩毒式』!)
キララはその瞬間にすかさず魔法を無詠唱で発動し、隙を作ることなく同時に迫る2本の触手を毒爪で斬り裂いた。同時に、その身に改めて鎧が纏われる。
キララは絶え間なく次々襲いかかってくる触手を斬り払い、前方に一緒にいる2体の骸骨戦士を目掛けて突撃する。
凄まじいセンスで近接戦闘の技量を成長させていくキララは、触手を逸らし斬り裂き掻い潜り、あっという間に骸骨戦士の目の前へと辿り着いた。
「『中位特級深淵魔法・剛毒拡散弾』!!」
冷却時間が終了していた魔法を再度唱えて、2組みの大食漢の触手と骸骨戦士を纏めて貫く。
(よし、さらに2体処理! 《吸魔の紫玉》はすぐに使ってっと……)
骸骨戦士の数が減る毎に、キララの戦いは安定感を増していった。
そして、約15分後。
「────これで、最後だぁ!!」
キララの放った『猛毒蝕波』が、最後に残った骸骨戦士を打ち据える。
大食漢の触手は毒によって腐り落ち、骸骨戦士はその身を衝撃波で崩された。
ここから蘇生してくることもあるかもしれない……そんなことを警戒し続けるキララ。
キララが構えを解いたのは、キララ以外に動くモノがいなくなってから2分後だった。
「ふぅ…………やっと、終わったか。って、あぶねっ!?」
急に疲労が身体を襲い、キララは膝をつく。
戦闘中は無視していたが、慣れないことを無理矢理にやり通したのだ。その影響は、如実に表れていた。
「チッ……こりゃー少し休まねーとダメだな。取り敢えず……ポーション飲むか」
大食漢の触手に喰われてしまうため使用できなかった即時型MP回復ポーションを呷る。
HPは減っていない。この疲労はダメージとは別物だ。HP回復ポーションは飲む必要がなかった。
「はぁ……つっかれたー。…………気にする暇がなかったけど、ここに飛ばされる直前、変な意識誘導入ってたよな。幻惑魔法……あたしの耐性を貫通する程の? 向こうでもそんなにいなかったぞ。思い当たるのは……4人くれーか? あいつらのうちの誰かがこっち来ててこんな上等くれやがったんなら────────痛い目見てもらわねーとな」
ふいに、キララが視線を上空へと向けた。そこには、何もない。
何もないはずのその空間からキララは視線を逸らさず、さらに声まで掛け始めた。
「────なぁ、そこにいるんだろ? 誰なのか特定はできねーけど、覚悟はできてんだろーな? あたしに……いや、違ーな。あたしらにこんなことしてタダで済むなんて思ってねーはずだ。名乗れるんなら、今、名乗れ」
その声音に宿る迫力は、キララが《マスパラ》トッププレイヤーであることが心の底から納得できる程だった。
静かな語りかけなのに、身震いするような、その言葉。
タダじゃ済まさないと、それを理解させる宣告だった。
数分待っても、返事はなかった。
「…………ハンッ。まーいーや。誰だろーが叩き潰す。これは決定事項だし。あんまゆっくりはしてらんねーけど、もう少しだけ休んでから先に進むかー。ご丁寧に、道は示されてるしな」
骸骨戦士を倒した直後から、部屋の中央に空間の揺らぎが出現していた。
アレは、別空間へと繋がる穴だ。
キララが移動している最中に、敵が空間の繋がりを切ってくることへの警戒は必要だが、基本的にあの揺らぎに飛び込めば先へは進めるだろう。
(…………あと5分だけ休んだら、行こう)
キララは心の中でそう呟いて、少しでも頭と身体を休めるために目を閉じる。
無論、警戒は続けたままだが、結局その警戒は杞憂に終わるのだった。
「────あっはっは!! いやー、さっきの《ニートマスター》と言い、本当に面白いなこいつらは!!」
男は、空間を映した画面を見ながら爆笑していた。
先程のキララの行動。
こちらの存在を明確に認識して声までかけてきた。これだから《マスパラ》廃人ってのは面白い。
「《ニートマスター》のサポキャラは確信はなさそうだったけど、《魔法を支配する者》のは絶対に確信してるもんなー! いやすっげえわホントに。俺にゃあ無理だね」
空間魔法の向こう側にいる存在のことなど、普通は知覚できるわけがない。アレが、獣人族の感覚というヤツなのか。
「しかし、くくっ……容赦はしてくれなさそうだなぁ。ま、こっちも望むところだけど。覚悟できてるか、だって? ────んなもん、訊くまでもねぇだろ」
いつの間にやら、男の顔から笑みが消えている。
本当にスイッチの切り替えが急な男だった。
男が立ち上がる。
「さて、と……そろそろ俺も動かねぇとなぁ。引き際を誤っちゃいけねぇ。こんなとこで終わっちゃ、楽しくねぇからな」
男は自分の考えを伝えるために、移動を始めた。
空間の揺らぎに消えた男がここに戻ってくることは、2度となかった。
というわけで、取り敢えずキララの戦いは決着です。
キララの戦闘センスは異常です。たぶん産まれてくる時代を間違えてます。
次回は、残りの誰かの戦いが決着すると思いますので気長にお待ちください。誰のにするかは決めていません。気分で書きます。
では、また次回。