それぞれの戦い クリリ その②
こんばんは、ごぶりんです。
先月は投稿間に合いませんでした、すみません。
今月は何とか月末に間に合いましたね!!(時刻表示から目を逸らしつつ)
間に合いましたね!!(念押し)
さて、飛龍をまた1体追い詰めたクリリ。
このまま楽に勝てるのでしょうか?
では、どうぞ。
「『上位中級深淵魔法・加圧円柱』」
『キュォォォオン』
『ギャルォォォオオオオオオ!!』
『グォォォァァァアアアン!!』
クリリの詠唱が響き、小さい幼龍の啼き声がか細く聞こえる。
そして、『審判の籠』に囚われたままの親龍の怒りの咆哮が轟く。
ここ10分程、似たような光景が繰り返されていた。
クリリが魔法で小さい幼龍を攻撃し、番の親龍が怒りに猛る。
大きい幼龍は『審判の籠』の中で震えているだけだ。
もう小さい幼龍はボロボロで、クリリが本気を出せば今にも殺せそうだ。
実際、クリリは『殺せる』と思ってから3度、幼龍を殺さない程度に威力を調整した魔法を使っていた。
「くふ、くふふ」
クリリが妙に妖艶な笑い声を漏らす。
その様子は明らかに、幼龍を攻めることを楽しんでいた。
ただ、クリリは無意味にこんな甚振るような真似をしている訳ではない。
理由は主に2つ。
1つは、怒りに支配された親龍が『審判の籠』に突撃して自傷するのを誘発するため。
クリリは飛龍と呼んで蔑んでいるが、飛龍は腐っても龍種。そのHPは他のモンスターに比べて高く、片手間に削り切れるような量ではない。
そのため、時間をかけることで自傷のダメージを少しでも多く稼ごうとしているのだ。
もう1つは、これだ。
『『『キュルル・ルゥォォン』!!』』
番の飛龍が、高らかに啼く。
「チィッ、またですか!! 煩いです、飛龍ども!! 『上位上級深淵魔法・姿形無き損傷』!!」
クリリが振り返って手を翳すと、ジッとしていた2体の親龍の全身から血が噴き出した。
使用条件は厳しいが、それを満たせば問答無用で負傷とダメージを与えられる魔法をクリリが使うも、それを受けた番は身動ぎするだけの反応で留めた。
その間も、番の啼き声は止まらない。
「くっ、ならこれでどうです!? 『下位上級暴風魔法・猛々しき業風』!!」
クリリが発生させた風は、その激しさで以って飛竜の番を吹き飛ばす。
と、それでようやく啼き声────詠唱が、止まる。
だが、クリリは攻撃の手を緩めない。容赦なく追撃する。
「『上位中級岩石魔法・隆起石柱』!!」
クリリは1度、地面を強く踏みつける。
それが合図となり、吹き飛ばされている番の真下から石柱がかなりの勢いで突き上がる。
石柱は番の腹を強烈に打ち据え、無視できないダメージを叩き込んだ。番から苦悶の呻き声が漏れる。
しかしクリリはその様子をじっくり見つめたりはせず、魔法の感触から直撃したのを把握するだけに留めた。
そんなことよりも、優先してやるべきことがある。
「────ッ、本当にッ、今のをされるとすぐに回復しますねぇ飛龍ェ!! 『下位中級激流魔法・細刻球牢』!!」
それは、異常な自動回復を見せる幼龍を再び削ること。
クリリの両脇に出現した水が幼龍に襲いかかり、渦を巻いた。そしてその渦は球を形作る。
水流は衰える様子がないままどんどん速度を上げていき、次第に水流が幼龍の体表を傷つけるようになった。
(やはりアレは、自身の自動回復力を幼龍に分け与える固有技巧なのでしょう。初めて見ました……そんな技巧まであるとは)
クリリはゲーム時代から、ソロでデカい獲物を狩ったことがなかった。
そういうのは頭のおかしい廃人の領分だし、クリリはキララと一緒に戦えるだけでよかった。
その場合、龍種の群れと戦う時は必ず親龍から殺していたし、火力でゴリ押ししていたので、こんな小技があるとは知らなかったのだ。
今の詠唱をしている間、親龍はHPの自動回復ができていないように見受けられた。それに引き換え幼龍は、目に見えてわかる程回復していた。
そういった面から、クリリはこの推測を立てていた。
それはそうと、アレだけ傷ついた飛龍に『細刻球牢』から脱出する余力は恐らくない。
『細刻球牢』の効果が切れる直前に追撃の魔法を放つつもりだが、今は幼龍は放置でいい。
幼龍を倒した直後に処理できるように、親龍のHPをもっと削らなければ。
「次はこれです。『中位上級岩石魔法・岩石針罰』!」
籠の中で打ち上げられた親龍が落下するであろう地点が光り、地表を割って石の針が何本も突き出した。
『岩石針罰』は模擬戦の時にキララが使用した、魔法の護りを喰い破る魔法。
飛龍────というより龍種にも、多少の効果は見込める。
龍種の高い魔法耐性は、種族固有の魔法に依らない高い魔法抵抗と魔法に依る幾ばくかの魔法防御で成り立っているためだ。
そのうちの魔法に依る部分を無効にできる『岩石針罰』は、対龍種の魔法戦で特に有用であると言える。
『ギュアアアアアア!?』
『グルァァァアアア!?』
物理的に防御が弱い腹に針が突き刺さり、親龍が苦悶の咆哮を上げる。
(いい感じで弱ってきてますね……あと2度程クリーンヒットを叩き込めれば、幼龍を倒してしまっていいかもしれません。取り敢えず、チャンスでは追撃を……)
クリリは感覚で、親龍のHPが割合で言えば1割を切っていることを把握していた。
魔法が直撃した時の反発や感触などからその辺りの予想が付くのである。
……当然、誰もが習得している技能ではなく、キララの周囲の魔法使いが習得している変態技能だ。肉弾戦ならまだしも魔法でとなると、普通はそんなこと無理である。
「えっと……『岩石針罰』のおかげで奴らの腹は抉られてますよね。だったらそこを攻めるべきです……『下位中級水魔法・傷潮血輸』!」
クリリが魔法を唱えると、クリリの頭上に水球が出現する。その水球は白く濁っていた。
「行くです!」
クリリは水球を親龍に向けて放った。
腹を貫かれてもがき苦しんでいる親龍は水球を避けることができない。
水球は2つに分離してから親龍の傷口に入り込む。
────その直後。
『────────!?!?』
『────────!?!?』
親龍の口から放たれる、想像を絶する絶叫。
『傷潮血輸』は、対象に大きな傷があると絶大な効果を発揮する魔法だ。
傷口をさらに抉り、そこからの出血を促進する。
追撃の大きなダメージに加え、出血による疲労も与えるかなりエグい魔法である。
「あっ、危ないです。『上位上級雷魔法・集中轟雷』!」
何かに気付いたクリリが振り返って魔法を唱える。
真っ黒な雲が幼龍の真上に出現し、スパークを迸らせる。
幼龍を見れば、『細刻球牢』から解放されそうになっていた。
クリリは、これに気が付いたのだ。
「危うく効果時間が切れるところでした。これで軽く追撃して……」
クリリが今後の展開を考えながら呟いていると、魔法が発動した。
轟音を響かせながら雷が幼龍を直撃する。
────嫌な、感触がした。
「あっ、それはダメです」
クリリの焦ったような声。
頰をヒクつかせるクリリは、幼龍の様子を確認することなく魔法を唱えた。
「『上位上級時間魔法・二重時限降順』ッ!!」
クリリと『審判の籠』の間の地面の一部が、クリリに向かうように赤、青、黄、緑の順で光る。
その光の中には数字が浮かんでおり、赤が4、青が3、黄が2、緑が1だ。
クリリは魔法が成功して一瞬、安心したような表情を見せたが、すぐに表情を引き締めると親龍の様子を窺った。
ドウッ!!!!
「きゃっ」
親龍が紅いオーラに包まれ、本当に音と衝撃が発生した。
クリリは飛んできた衝撃波に少し仰け反ってしまう。
これは、子を殺された親龍が発動させる能力上昇。
理性を失う代わりに、そのステータスを10倍に引き上げる!!
(やっぱりそうなりますよね……『集中轟雷』の手応えが嫌な感じでした!)
《マスパラ》には、クリティカルヒットというシステムがある。
弱点に攻撃を成功させたり、色々なタイミングが噛み合うことで、攻撃の威力が1.5〜3倍になるのだ。
今回、後者が成功してしまった。
クリリはもっと時間をかけて飛龍を攻略するつもりだったが、その目論見が崩れ去ったわけだ。
「『審判の籠』!! 『神罰』!!」
神罰の雷が親龍の動きを少しだが止める。
クリリは攻略のプランを変更するしかない。
今の状態の親龍から一撃喰らえば、死ぬ。
取り敢えず、『審判の籠』を使って親龍に手痛いダメージを与えた。『審判の籠』は、籠に対して内部から行われた攻撃のダメージを蓄積させており、その一部を内部に向けて放出することができるのだ。
これを実行すると『審判の籠』は崩壊するのだが、どうせぶち破られるだろうしこの際関係ない。
親龍の動きが少しでも止まっている間に、補助魔法を掛けなければ。
「『上位上級無魔法・反応速度上昇』、『上位上級無魔法・移動速度上昇』、『上位上級無魔ほ────って、もう動きだしますか!? 早過ぎますよ、もうっ!」
親龍はデタラメに咆えながら、クリリ目掛けて一直線に突っ込んでくる。
その速度は余りにも速すぎて、クリリの目では捉えることができない。
その凶爪に、クリリが引き裂かれる────
「…………なーんて、ね」
────ことはなく、親龍はクリリの目の前で停止していた。
何かに引き止められているわけではない。
一時的に活動が停止しているのだ。
その理由は、クリリが先程唱えた魔法『時限降順』にある。
この魔法は、魔法使用者が発動時に指定した時間内に番号を降順で通過することにより発動する。
条件を満たした対象は、一定時間行動できなくなる。
その代わり、活動が停止している間は如何なる行為を受けてもHP・MPは減少しないし、能力弱体化を受けることもない。
活動停止の時間は、発動時の指定時間が短ければ短い程長くなる。今回で言えば、30分。
30分も時間があれば、クリリならステータスアップした飛龍でも殺すことは可能だ。
「…………ふ〜、焦りました。こんな時にクリティカルとか出なくていいんですよ全く……あ、『下位上級天罰魔法・審判の籠』。その中で大人しくしててください。後で倒すので」
微妙に声が震えているクリリ。自身を冷静にするために、戯けた調子で呟いているようだ。
残った幼龍を『審判の籠』に閉じ込め、隔離する。
親龍を倒せるとは言っても、それは入念な準備をした上でのことであり、幼龍に構っている暇はないし邪魔をされるわけにもいかなかった。
そもそも『時限降順』という魔法は、対人戦では使い物にならない魔法である。
一応発動はできるが、番号順に光を通過しなければ効果を発揮しない魔法など誰も引っかからない。
何なら、普通のモンスター戦でも効果が発動するかは怪しかった。
理性を失った発狂状態の飛龍だったからこそ、時間の檻に閉じ込めることができたのだ。
それに、一直線に突っ込んでくるはずだと頭で理解していても、姿を追えないのはとても怖かった。
「えっと、まずは深呼吸です。心を落ち着かせましょう。すーはー、すーはー。……よし、準備しますか。『上位上級無魔法・魔攻上昇』『上位上級無魔法────」
────30分後。
『『ギャァアアァァアアァァアアアァアアァアルオオオオオォォオオオオォォォォオオオオオオッッッ!!!!』』
「全魔法発動」
ズドドドドドッ!!
クリリが30分かけて設置していた多種多様な攻撃魔法が、活動を再開させた親龍に襲いかかる。
そのほとんどが補助魔法で強化されたものであり、いくらステータスが上昇した飛龍と言えどこの集中攻撃には耐えきれない────。
「ッ、嘘でしょ!? まだ飛ぶ余力が残って……!」
しかし、クリリの予想に反して飛龍は地に堕ちることなく、その場で浮遊していた。
全力で準備したこともあり、流石に倒せると踏んでいたクリリは慌てて魔法を唱えようとする。
だが────。
「……あっ。もう、動く余力はないんですね」
飛龍は宙に留まるのがやっとで、クリリに反撃する力は残されていないようだった。
それにその命も、あと僅かのようだ。クリリを睨みつける眼光から、徐々に光が失われつつある。
「…………飛龍にしては中々根性がありますね。でも、もういいでしょう? 落ちるです。『上位上級深淵魔法・超大加重円』」
クリリの周囲5mの範囲が突如として重力を増す。
番の飛龍はものすごい勢いで地面に叩きつけられ、ギリギリで保たせていた命の灯火も消え去った。
「…………」
数瞬の間、その場が静けさに包まれる。
「……さて、これで後は────」
残った幼龍を殺すだけです。
そう続けようとしたクリリの言葉を遮るように、最後の飛龍から眩い輝きが迸る。
────その輝きを、クリリは知っていた。
「……えっ、はっ? え、嘘、あり得な、だって、そんな! 間違いなく、小さい幼龍は、先に倒したのに!! どうして!?」
クリリの混乱は留まるところを知らない。
だって、こうならないように頑張って、面倒な手順を踏んでまで小さい幼龍から親の保護を引き剥がして、それで、最初に小さい幼龍を殺したのに────。
「なんでッ、なんで《生き残りの矜持》が発動するの!?」
別の空間で様子を見ていた男は、その笑みを深めた。
「……念のためにと掛けておいた保険だったが、上手く機能したな。何事も、用心ってのはしとくもんだねぇ……」
男が掛けておいた保険。それは、2体の幼龍の見た目を幻惑魔法で入れ替える、というものである。
「あの飛龍すら倒せないような雑魚が相手なら問題ねえ。あっさり番に殺られるか、運良く番の片割れを殺せたとしてもステータスが上昇した飛龍相手に手も足も出ないだろうからな。だが、アレを倒せる奴なら話は別だ」
男にも思い当たる知り合いは大勢いる。
飛龍が倒されるのは、全然おかしなことではない。
「アレを倒せる奴なら、方法に差はあれど手順は間違いなくあのサポキャラと同じようにやるだろうよ」
《マスパラ》では、ソロで龍種の群れを狩る場合の手順のテンプレートが形成されていた。
それはクリリが実行したように、小さい幼龍を倒してから親龍を倒し、最後に残った幼龍を倒すという流れだ。
幼龍が1体しかいない場合は手順が異なり、親龍の片方を倒してから幼龍を倒し、最後に残る親龍を倒す。
いずれにせよ共通するのは、一番若い幼龍を最後に残さない、という点だ。
群れの一番若い幼龍だけを残して他の龍を倒し切った場合、《生き残りの矜持》が発動する。
《生き残りの矜持》。それは、群れを作る種族であれば発動の可能性がある、モンスター特有の技巧。
群れの中で最も種の存続から遠い存在のみが生存した場合に発動し、残された個体のステータスはそれぞれが15倍に上昇する……!
「そいつのビルドやレベルにもよるが、ソロで群れを最後の1体まで倒した上で《生き残りの矜持》を発動させちまったら……廃人共でも相当キツい奴が多いと思うが────さて、《魔法を支配する者》のサポキャラは、どうかな?」
男が見つめる先では、非常に狼狽えているクリリの姿が映し出されていた。
『審判の籠』の中で強烈な輝きを放つ幼龍を目を眇めて見つめながら、クリリは必死に思考を回転させる。
(なんで《生き残りの矜持》が……いえ、今はそんなことを気にしている場合ではないです! どうすれば!? この局面、どうすれば……!? わたしもそれなりに消耗しています! 向こうも削れてはいますが……『審判の籠』の中でジッとしていたせいで、倒すにはまだまだダメージを与えないといけません……!)
クリリがこの幼龍に与えたダメージは、先に倒した幼龍を引き離すために序盤に集中攻撃した分と、発狂状態になった親龍を攻撃するために『審判の籠』に蓄えられたエネルギーを解き放った時の余波の分のみ。
それらも、今までの戦闘中の自動回復で半分近く回復されてしまっていることだろう。
(というか、幼龍を1匹引き離そうとした時の親龍の庇った対象! あの時の違和感をもっと気にしていれば……!!)
『審判の籠』で飛龍3体を隔離した時、番の雌が先に殺した幼龍を庇おうとし、番の雄が残った幼龍を庇った。
これは以前も述べたが、普通、親が子を庇う時は雄がより幼い方を庇い、雌はより成長している方を庇う。しかし、今回は逆だった。
それを見てクリリは自分の執拗な攻撃が飛龍の警戒を誘ったと考えたが、真実は別。ただ見た目が違っただけで、飛龍はキチンと『普通』の行動を取っていたのだ。
(どこの誰だか知りませんが、やってくれますね……! ────ッ、マズいです!!)
「『上位上級獄炎魔法・暴君の紅嵐』!!」
クリリは、今にも『火球』を吐き出そうとしている幼龍に対し、この戦いではあまり使用してこなかった獄炎魔法を解き放つ。
幼龍を中心として、クリリを巻き込む程広範囲に紅蓮の風が吹き荒れた。
クリリは自身の耐性のおかげで『暴君の紅嵐』が大したダメージにならないため、HP的な観点ではその場で立っていても問題なかったが、視界を潰されることを嫌って効果範囲外に移動した。
そもそも、何故クリリは獄炎魔法を使ったのか。
これも以前述べたことだが、龍種には魔法が効きにくい。中でも特に、火属性に対する耐性が極めて高い。その上位属性である獄炎魔法も例外でなく、大幅なダメージカットをされてしまうだろう。
それでもクリリには、この魔法を唱える必要があった。
次にある魔法を唱えるために。
『暴君の紅嵐』を唱えたクリリの身体は、淡い紅色の光に包まれていた。
カシャァン……! と硬質な音が響く。
『審判の籠』が、破られたのだ。
(『暴君の紅嵐』では、幼龍の移動を多少妨害するのが限界でしょうね。ダメージとしては期待しない方がいいです。……間に合うかな。いつもの感覚ならそろそろのはず……取り敢えず遠ざかって)
クリリが『暴君の紅嵐』の効果範囲から全力で離れようとした時、幼龍の鳴き声が聞こえた。
『キュゥゥゥウ────』
(げっ、なんかヤな予感が……あっ、来たです!)
クリリを包む紅色の光が、その濃さを増す。
これは、魔法の準備が整った証。
『────クワァァァァアアア!!』
「『上位上級獄炎魔法・暴君の施し』!!」
クリリが魔法を発動させるのと同時、幼龍によって『暴君の紅嵐』が散らされた。恐らく、羽ばたきで。
(なーに訳わかんないことしてるんですかねあの幼龍! 脱出されることは想定してましたけど、散らされるって! アレでも補助魔法の補正が掛かってるんですけどね!!)
クリリが胸中で悪態を吐いていると、幼龍と視線がかち合う。
幼龍の瞳には、明確な理性が宿っていた。
幼龍が、クリリ目掛けて突進する。
その速度は相当なものだったが……今のクリリなら対応できる速さだった。
クリリは冷静に距離を取り、牽制として『火球』を放つ。まあそれは容易く躱されてしまったが……。
(よし、見えてますし反応できます。今の幼龍のステータスは、発狂した親龍の半分程度のようです。……それでも、『暴君の施し』がないと回避が危うくなりそうな速度ですけど。これはデメリットも多いですが、背に腹はかえられません。勝つためです)
クリリが唱えた『暴君の施し』は、『暴君の紅嵐』を先に唱えていなければ発動しない魔法だ。
『暴君の』の名を冠する魔法は他にも存在し、それらは全て『暴君の紅嵐』が起点になっている。
クリリの思考内容から察せられるかもしれないが、『暴君の施し』は使用者のパラメータに補正を与える魔法だ。
防御のパラメータの半分を攻撃に、魔防のパラメータの半分を魔攻に与え、残りの半分を全て素早に与える。このパラメータ譲渡は魔法使用を終了させるまで続く。魔法終了は使用者の任意で行えるが、一度終了した場合『暴君の紅嵐』から唱え直さなければならないという性質がある。
また、他にも厄介なデメリットが存在し、『暴君の』系列の補正を受けている間は同属性である火魔法と獄炎魔法しか唱えられなくなる。
この場では、かなり苦しいデメリットだ。
しかし、使わない訳にもいかなかった。
近接戦闘に弱いクリリは、格上に接近されるわけにはいかないからだ。
ちなみに明言していなかったが、同じ名称ではない補助魔法の効果は重複して適用される。
例えば『上位上級無魔法・移動速度上昇』と『中位上級無魔法・移動速度上昇』の効果は重複しない────というか前の魔法の効果が切れるまで改めて唱えることができないが、『上位上級無魔法・移動速度上昇』と『上位上級無魔法・速度上昇』なら問題なく発動でき、両方の効果が作用する。『速度上昇』は、《マスパラ》の魔法で補正を掛けることが可能な全ての速度を、1度に少しずつ上昇させる魔法だからだ。
今のクリリもこの状態で、発狂した親龍を殺すために本気で補助魔法を唱えて自身を強化していたのに加えて『暴君の施し』を発動させている。
それ故、パラメータ面では幼龍に然程劣っているわけではない。
しかし────。
(状況は多少改善しただけで依然不利です。こちらからの攻撃手段は、幼龍に大幅に軽減される火魔法と獄炎魔法のみ。今のわたしは素のおねーちゃんと比較してもかなり高い魔攻になってますけど、2、3発でケリがつくような状況ではないですし。こっちは1発掠っただけでも死にますし、たぶん)
これらの考察を、幼龍から更に距離を取りつつ『火球』をめちゃくちゃ厭らしい位置に連射して、幼龍を牽制しながら終えたクリリは、改めて結論を出す。
(こっちは複数回攻撃を叩き込む必要があります。そして、向こうの攻撃は食らうわけにはいかない……なら、幼龍を寄せ付けずに、遠距離から一方的に攻撃し続ける! 魔法使いの本領です! わたしを罠に掛けた幻惑魔法使いに目にもの見せてやるです!!)
「『下位上級獄炎魔法・集中点火』!!」
クリリの頭上に砲台が出現し、周囲には15個の炎弾が浮かぶ。
それらを保持したまま、クリリは更に魔法を唱えた。
「『下位中級火魔法・時間差起爆』!」
クリリを中心として半径50m程度の半球の内側に、いくつもの火球が出現した。
幼龍が警戒して距離を取るが、その火球は浮遊しているだけで特に何も起こらない。
(予想通りの反応ッ! ここで1発叩き込む!)
「『上位中級獄炎魔法・死角からの獄炎』ッ!」
クリリが魔法を唱えると、幼龍の死角に3つの黒い炎弾が出現し、幼龍目掛けて襲いかかった。
死角からの攻撃。回避など叶わない。
────はず、だった。
『キュウルオォン!!』
幼龍は死角からの攻撃を回避したばかりか、口から赤く輝く炎弾を放ち反撃してくる。
(んなっ、アレを躱しますか!? 魔力感覚が鋭敏になったのか、生存本能が強くなっているのか……! とにかく面倒すぎですッ、って、『妖祠之快封陣』が!!)
「『上位上級獄炎魔法・一点集中の獄炎』!!」
『妖祠之快封陣』が消滅する感覚を得ながらも、それに対する動揺を後回しにして、クリリは自身の才覚が最も活きる魔法を唱える。
先程の幼龍の回避を見た上で、どう回避しようがどれかは絶対に当たる位置18箇所に魔法を配置した。
模擬戦で使用した時のように、高速で移動する個体を狙いつつ大きく離れた場所を攻撃するなら、座標制御に集中するため最大5箇所。1個体を逃がさないように本体と周囲を攻撃するなら、最大18箇所。
これが、クリリの最高だ。
ちなみにアラトであれば前者の条件で3箇所、後者で8個が限界だろう。それ程に、クリリの空間認識と座標入力が早いのだ。
ドドンッ!! という音を響かせて置いた火炎が弾ける。
『ギャオオン!』
1つ1つはボンッという音なのに、それらが重なって凄まじい音と威力になっていた。
幼龍も苦しそうに呻く。
だが、クリリは攻撃成功を確認する前に大きく飛び退っていた。自分の魔法制御と演算に自信があるから。
外れない攻撃が当たることを喜ぶ前に、回避だ。
その間に、生成して待機させていた炎弾を全て解き放つ。
その射出スピードは速く、幼龍の炎弾が『時間差起爆』と重なるよりも先に全ての炎弾が幼龍を直撃した。
(よし、直撃! 『妖祠之快封陣』は消えちゃったけど、《生き残りの矜持》を発動させたからといって使える魔技に変化はなかったはず! なら、問題ない! このまま!)
幼龍の放った炎弾は、空中に浮く火球を全て通過して地面に激突した。
その光景に、幼龍はさらに警戒を強めたようだ。
普通、同じ属性の魔法がぶつかれば、威力の高い方が低い方を吸収する。
この世界に生きる者としてそれを理解していた幼龍は、目の前の事象を不可思議な事態と認識した。
わからないモノに不用意に突っ込むべきではない。そう告げる本能が幼龍をその場に留まらせた。
────確かに、《生き残りの矜持》を発動した存在として、それは正しい行動だろう。滅ばぬという覚悟の表れ。
────確かに、群れの存続を一手に引き受けた個体として、それは気高い判断だろう。戦場で様子見をする勇気。
────────しかし、そのどちらも、クリリによって引き出された致命的な隙。
時間を掛けて、魔力を練る。
前も述べたが、クリリはこんなことはしたくない。
自身の魔法使いとしての────否、《魔法を支配する者》のサポートNPCとしての未熟を晒す行為だから。
だが────そんなちっぽけなプライドを抱えていては、今の幼龍は倒せない。上級程度の魔法では、威力が全くもって足りていない。
あんな幼龍如きにクリリが殺されては、《マジックストライカーズ》ギルドマスターの名と顔に汚泥を塗りたくってしまう。
故に、クリリは唱える。
丁寧に、時間を掛けて、魔力を練って。
レベルが足りずに覚えられない、特級魔法を。
あの幼龍を殺す、その威力を備えた魔法を。
『ギャルォォォオオ!!』
幼龍が何かに気付いたように、吠えながら突っ込んでくる。
でも────。
(────もう、遅いです)
「『上位特級獄炎魔法・炎魔龍の暴虐』」
瞬間、空が真っ赤な光に埋め尽くされて────。
その空間そのものを、殺した。
というわけで楽には勝てませんでした。
あの謎の男がやったことは単純なことでありながら、かなり強力なものです。
クリリは狐人族なので、生半可な幻惑魔法には掛かりません。その耐性をぶち抜ける実力の持ち主、ということですね。
いやーどんな人物なんでしょうね(棒)
次回はキララのその②になると思います。
では、また次回。