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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
43/46

それぞれの戦い クシュル その②

お久しぶりです。ごぶりんです。

3月末に投稿できなくてすみませんでした。


4月末は天皇退位があって、昨日は天皇即位だったので投稿が今日になりました(適当)。


アラト達4人が空間レベルで引き離されての戦い、クシュル編パート2です。


内容を忘れていたら是非とも読み直してください。

では、どうぞ。

 




「ぃぃぃやぁぁぁああああああ!!」


 クシュルは空中で踏み込みながら、回転して剣を振るった。

 飛びかかってきていたスライムが剣撃で振り払われる。

 その手には、《兎人の二双高剣》が握られていた。





 ────遡ること十数分。


 クシュルは、あることを悟っていた。


(…………これはもう、無理ですね。今の私に、この場で短期決戦で勝利するだけの力はありません)


 現在《兎人の紅蒸剣》を装備しているため、かなり前のめりな思考になっているクシュルだったが、その聡明さが失われた訳ではない。




 今、ある事態が発生するまで、クシュルは『ギリギリ、本当にギリギリだがこのままごり押せないことはない』という判断を下していた。

 核持ちを倒すのには相当な消耗が強いられるが、他の核持ちのところまでの移動の最中に回復できることを考慮すると、4体までの核持ちは倒せる。

 合理的な考え方の下、クシュルは把握している核持ちを全て倒しきれると判断していた。



 そのための行動に移ろうとした。


 ────その瞬間。


 クシュルの思考を読んだかのように、新たな核持ちが出現した。

 その気配をクシュルは鋭敏に感知した。


「は? なんで?」


 感知できてしまったが故に、何故そうなったかが本当に理解できない。

 たった今核持ちが出現した位置には、スライムの群れがいただけのはず。


 事の次第を確かめるため、クシュルは対峙する核持ちから距離を取って振り返った。


 そして、衝撃的な光景を目にする。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 スライムを形成する膜が融合することで、合体を実現しているらしい。

 かなりの大きさになったところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「核持ち……増えるとか、マジですか」


 遠くで誕生した核持ちに視線を釘付けにされながら、クシュルは飛びかかってきたスライム3匹と一番近くの核持ちからの『水球』を見ることなく迎撃する。

 今いる空間を正確に把握し聴い()ているクシュルには、それらを知覚すること自体は造作もなかった。


 だが、《兎人の紅蒸剣》を装備したまま、これからも増えていく可能性のある全ての核持ちを倒すことは不可能だ。


 冷静にそのことを理解したクシュルは、《兎人の紅蒸剣》を背負っている鞘にしまったのだった。







 そして、少し時間が経った。


 既に潰した核持ちは2体。

 現在出現している核持ちは()()

 クシュルは3体目を潰そうと、苛烈に攻め立てているところだった。


「はぁぁぁぁ!!」


 クシュルは、飛びかかってきた4体のスライムのうち2体を右の二双高剣で弾き、1体を左の二双高剣で叩き落とす。残りの1体を蹴り上げて、自身も跳び上がって追撃する。



 核持ちとの戦闘は、かなりの忍耐力を要求する持久戦だ。

 兎人族の固有魔法である『空は大地なりスカイ・イズ・グラウンド』を時折掛け直して維持しつつ、スライムをちまちま倒していくのが基本になる。

 そして、隙を見て核持ちにも攻撃を加えていくのだ。


 『バウンド』を用いて直接飛びかかってくるスライムもいれば、核持ちの身体をよじ登り高い位置から『体当たり』で攻撃してくるスライムもいた。

 それらの大半を弾き飛ばして仕切り直しながら、なるべく1体ずつ倒すようにしていた。

 というのも、今の状態のクシュルがスライムを倒すにはそうするしかないのだ。


 《兎人の紅蒸剣》は火属性を付与された武器であり、その剣撃も火属性となる。

 火属性の攻撃はスライムに対して効果的なので、雑に攻撃してもスライムを倒すことができた。

 しかし、今クシュルが振るっている《兎人の二双高剣》に付与されている属性は風。スライムに対して特に効果がある属性ではない。

 故に、純粋な剣技でスライムを倒さねばならなかった。



「せいやぁぁぁあああ!!」


 蹴り上げたスライムに対して、クシュルは《兎人の二双高剣》で挟み込むように両手を振るう。



 高い斬撃耐性を有するスライムを剣で倒す方法は限られる。


 1つは、スライムの正中線を叩き斬ること。

 スライムの斬撃耐性の高さは、スライムの柔軟性によって斬ろうとしても逃げられてしまうことに起因する。

 柔らかく形を変えるスライム相手では、剣がスライムの表面を滑ってしまうため上手く斬ることができない。

 その対処法として、スライムを真上から見た時の対称線に剣を振り下ろすことで地面に押しつけ、斬撃の力を逃がすことなくスライムを斬ることができる。


 他には、スライムが変形する速度以上の速さで剣撃を叩き込む方法もあった。

 スライムが加えられた力を逃がす暇もない程の刹那の時間で剣を振り抜くことができるなら、これが一番楽な方法だ。

 まあ、それには尋常でない速度が必要になるのだが。


 あるいは、執拗に何度も同じ箇所に斬撃を加え続けるか、だ。

 スライムを形成する膜は、外側からは簡単には切断できない。だが、何度も斬りつければ脆くはなる。

 従って、僅かなズレも許さないレベルで同じ箇所に攻撃し続けられるなら、倒すことは可能だろう。


 スライムを普通の剣で倒す方法は、以上の3つだ。


 クシュルが選択したのは、1つ目。

 左右の剣をスライムの中心を通るように両側から振り抜くことで、スライムを地面に押しつけながら切断するのと似たような状況を実現した。

 クシュルの目の前で、スライムが切断され消滅する。


 その時、クシュルと核持ちの間に阻む物がいなくなった。

 スライム達が核持ちの表面をよじ登ろうとしているが、クシュルの方が間違いなく()()


(チャンス!)


 クシュルは(そら)で強く踏み込み、瞬く間に核持ちに近づいた。

 彼我の距離は、クシュルの剣の間合い。

 クシュルは、《兎人の二双高剣》を両方、身体の左側で構えた。


 ────刹那の、それでいて極限の集中。

 クシュルは、両手を右に振り抜いた。


「────────ッ」


 気迫の声は、上がらなかった。

 全神経を研ぎ澄ませたクシュルが漏らしたのは、短い呼気(いき)のみ。

 気合いを入れるための咆哮など、不要。

 必要なのは、力ではなく正確さ────。



 ────ピシッ……。



 クシュルの耳が、本当に微かな音を捉えた。

 それは、他の種族では聴き取れない音。

 《マスパラ》に存在する全種族の中で格別に聴覚が優れている兎人族のクシュルだからこそ捉えられた、そんな音。


(よし、狙い通り……次で行けそうですね)


 クシュルは核持ちが放ってきた水弾を(そら)を駆け抜けることで回避しながら、ようやく突っ込んできたスライム3体を叩き落として距離を取る。

 スライム達が集団で飛びかかってくる毎に1体ずつスライムを倒しておきたいクシュルだったが、極度の集中を終えた直後の今は無理だった。

 スライムを1体倒すのにもかなりの集中を要するのだ。少し時間を置かなければやっていられない。


 それに────。


(もう、周辺のスライムをちまちま倒す必要もなさそうですからね!)


 核持ちが放ってくる水弾を躱し、迫りくるスライム達を次々と跳ね退けながら、クシュルは3回大きく呼吸する。


「すー、はー。すー、はー。すー、はー。…………よし、行きますか」


 ダンッ! と、クシュルは力強く(そら)を踏みしめた。

 その美脚から生まれるエネルギーを全て推進力に換え、ぶつかる位置にいるスライムをいなし流し跳ね飛ばす。

 妨害の役目を果たすはずのスライム達に一切の仕事をさせず、クシュルは核持ちの上を取った。


 核持ちは何か嫌な予感がしたのか、それとも真上を取られたことに対する反射か。その身体をたわませてクシュルから少しでも距離を取ろうとした。

 しかし、こんなチャンスを逃してやる程クシュルは甘くない。


「────────んっ」


 肩まで振り上げた《兎人の二双高剣》をクロスさせながら振り下ろし、()()()()にほぼ同時攻撃の2連撃を叩き込む。

 そのポイントは、先程クシュルが攻撃した箇所にして、妙な音の発生源でもあった。


 ────ピシッ、ピリィィィ────


 1つ前の攻撃ではクシュルの耳でなければ捉えられなかったその音が、もしその近くにいたならば誰でも聴き取れるくらいに明瞭な音として周囲に響く。

 それと同時に、()()()()()()()()()()()


 これこそが、クシュルの狙い。


 音が聴こえ始めた瞬間に策の成功を確信していたクシュルは、迅速に次の行動に移っていた。

 振り抜いた《兎人の二双高剣》を流れのまま腰の鞘に戻し、一切の滞りなく背の鞘に収まる剣の柄を握りしめる。

 核持ちが裂けた膜の修復をし始めるのと、クシュルが《兎人の紅蒸剣》を引き抜くのが同時。


「『内在魔法、起動(ウェイクアップ)』!」


 クシュルは左手でも柄を掴み、未だ塞がらない膜の裂け目目掛けて上段から振り下ろす!!


「『下位上級武器固有切断技巧・勇気の烓断(ブレイブ・フレムベル)』ッッ!! 食らえぇぇぇええええ!!」


 龍の如き(ほのお)の奔流が、裂け目から膜の内部に流れ込む。

 荒れ狂う焔は核持ちの水分を触れる端から蒸発させ、無数の核を刹那の時間で融解、そして発生した核由来の液体も蒸発させた。

 膨大な量の水蒸気が発生するが、それが最も至近にいたクシュルを傷つけることはない。

 『内在魔法、起動(ウェイクアップ)』状態にある《兎人の紅蒸剣》が常時展開している焔は、周辺の空気を()く熱で装備している本人を蝕む程に強力な物だが、それ故に外部からの気体による一切の影響を受けない。


 クシュルは水蒸気の暴威のど真ん中でウサ耳をそばだてる。

 この音の爆弾と表現すべき事象の只中にいても音を聴き分けるクシュルは、核を消失させられたスライム達が溶けるように消えていく()()()()()()()()


(……ふぅ。核持ち、撃破ですね。これで、3体目。今のところ、必要な斬撃数の平均は()()程度ですか)


 周囲から敵が消滅していくのを受けて、クシュルは力を抜いて体力と集中力の回復を図る。

 その間に、今の核持ちとの一連の戦闘で無駄なところはなかったか反省する。





 クシュルが集中で疲弊してまでこんな面倒な手段を取っている理由は簡単で、こうしないと核持ちを倒せなかったからだ。


 核持ちは他のスライムから核を預かっているだけで、自身の核も当然保有している。故に、その核を破壊できれば核持ちは瞬殺できるわけだが、どれが本体の核かわからない上にクシュルはそれを外から狙い撃って破壊する方法を持ち合わせていない。

 従って、核持ちを倒すには《兎人の紅蒸剣》の武器固有技巧をぶっ放すしかなくなったのだが、これが難航した。


 距離がある状態で『勇気の烓断』を使っても、スライム達に阻まれるのは実証済み。

 ならばと、飛びかかってくるスライムを手当たり次第に撃墜しながら超至近距離まで接近し技巧を使っても、核持ちは僅かに距離を取って作り出したスペースで水魔法を発動させて防いできた。

 クシュルも負けじと『勇気の烓断』3連発まで食い下がったのだが、核持ちの護りを突破することは叶わなかった。

 そこで一旦、手詰まり。どうすれば核持ちを倒せるのか、クシュルにはわからなくなった。


 攻略法がわからなくなったら、取り敢えずできることをするのが定石。

 ということで、クシュルは『通常のスライムを剣で倒す3つの手段』のうち、核持ちに対して取れるものを選んで実行した。

 それは、同一箇所に対する反復攻撃。

 核持ちの大きさでは正中線に攻撃しても威力を逃がされてしまうし、クシュルのパラメータではスライムが変形する前に斬り裂くことはできないためだ。



 消去法で選ばれたものではあったが、これが結果的に功を奏した。



 1体目の核持ちの膜を斬り裂くことに成功した時──加えた斬撃の回数で言えば25回目だった──クシュルは咄嗟に中身に攻撃していた。それ程力も込められていない、ただ剣を前に出しただけの突き。

 核持ちが少しでも動けば膜の無事な部分に当たって跳ね返されたであろうその攻撃は、何物にも阻まれることなく核持ちの中身に突き刺さった。


 仮にも攻撃が成功したのに呆けるような間抜けでもなければ戦いに不慣れでもないクシュルは、その状態から速さ重視の技巧を使った。


 『中位中級切断技巧・気力刃(エネルギーエッジ)』。刀身に気力(ゲームでは5段階に分けられたいずれかの量のMPを消費することで発生させることができた。この世界では任意の量を消費することができる)を纏い、それを解き放つことで中距離攻撃も行えるという、中級にしては汎用性の高い技巧だ。

 気力の持続時間は3秒で、気力を纏ったままであれば使用者の攻撃力増加に刀身の斬れ味強化が発動し、刀身を振りながら放てば斬撃が、突き出しながら放てば刺突が飛んでいく。纏う/放つの選択は使用者がどのタイミングでも切り替えることが可能だった。


 今回クシュルは、技巧を発動した直後に刺突として気力を解き放った。

 それはすぐに振り払われてしまうと思ったからで、内部に少しでもダメージを通そうとした結果だった。


 しかし、誤算が2つあった。

 1つは、核持ちの内部に刺突が全く通らなかったこと。

 解き放たれた気力は純粋なエネルギーとして核持ちの中身の表面で爆発し、その衝撃でクシュルを吹き飛ばした。幸いにもほとんどダメージはなかったが、クシュルは核持ちと距離を取らされる結果になる。

 もう1つは、核持ちが一切動かなかったこと。

 結果論だが、もっとちゃんとした攻撃をする時間の余裕があった、ということだ。


 そして、クシュルは疑問を抱いた。

 何故、核持ちは動かなかったのか?

 攻撃されても問題ないと察していたから?

 違う────と、クシュルは真っ先にそう思った。

 理屈ではなく、勘で導き出された予想だったが……クシュルはそれが間違っていないと確信していた。


 予想は正しい、という前提でクシュルはさらに考えを進めた。

 まずは、勘で導いた予想の補強だ。予想が正解だと判明させる過程を経ることで、より良い戦略を立てやすくなる。


(《兎人の二双高剣》が刺さったあの瞬間に、『この攻撃は無害だ』と即断するのは不可能なはずですよね。だって、どんな魔技が使われるかわからないんですから。私が『兎人族』であることを理解していたから放置した? いいえ、あり得ない。確かに『兎人族』には火魔法の適性がありません。ですが、技巧なら話は別です。属性を帯びた技巧は、いくらでもある。であれば、あの瞬間の核持ちが動かなかった理由として考えられるのは2つだけ。諦めたか、動けなかったか。恐らく後者)


 ここまで考えたなら、後は戦略を立てるだけ。

 と、そこで再び動き始めた核持ちがクシュルに対して激しい攻撃を仕掛けてきた。

 クシュルが作り出した膜の裂け目は見当たらない。


(なるほど。膜を修復している間は動けない……そう考えるのが妥当ですかね。なら、裂け目を作ってから『勇気の烓断』を撃ち込む。これで倒せるか試してみましょう)


 しかし、隙が少ない。

 核持ちもクシュルに接近されたらマズいことを理解したのか、接近は許さないと言わんばかりの高密度の弾幕だ。

 これではクシュルは近づけない────


(では、行きますか)


 ────なんてことはなかった。


 攻撃の僅かな間隙に身体を潜り込ませるようにしながら、核持ちとの距離を潰していく。

 時には飛んでくる『水球』を《兎人の二双高剣》で斬り裂き、またある時には突っ込んできたスライムを盾にする。

 最終的に、『水球』が2、3度掠っただけで核持ちの目の前まで到達したクシュルは、ウサ耳を頼りに剣を振るった。

 核持ちが動く度に、ほんの僅かに周りとは違う音を立てている膜がある。気がする。


 感覚が告げるままに剣を叩きつけた場所は、正に先程核持ちが修復した場所。

 他と比べて極端に脆くなっていた膜は、その一撃で再び破られた。

 すかさずクシュルは《兎人の二双高剣》をしまい、背負っていた《兎人の紅蒸剣》を引き抜いた。

 そこから放たれるは、武器固有技巧『勇気の烓断』。

 焔が、膜の裂け目に吸い込まれるかの如く迸った。

 抵抗を示すように僅かに身じろいだ直後、核持ちは蒸発して消滅した。



 こうしてクシュルは、核持ちを倒すパターンを確立したのだった。





 時間を現在に戻して。


「『下位上級武器固有切断技巧・勇気の烓断』!」


 クシュルが《兎人の紅蒸剣》を振り抜く。

 放出された焔は、核持ちの膜の裂け目に飛び込んでいった。


「……ふぅ。ちょっと疲れました」


 同様の方法で4体目も倒したクシュルは、深く息を吐く。

 集中力を投げ捨てるような勢いで消費したため、脳がしばしの休息を欲していた。


 肩を回し、首を捻る。

 コキコキ、という音がなった。


「あ゛〜、肩も凝ってますね……えっと、今残ってる核持ちは7体。…………7体。……面倒すぎるんですけど。何が悲しくて、水気の多いジェルをひたすら蒸発させる作業に勤しまなきゃならないんですか」


 核持ちの数はずっと聴い()ていたので把握してはいたのだが、改めて口に出すと虚無感が酷い。

 既に4体も処理したのにまだ7体も残っている。当初から存在した核持ちは4体だったので、増えていなければもう終わっていたのに。これなんて賽の河原?


普通のスライム(核持ち予備群)もまだまだいますしねぇ……あ、よくよく聴い()てみたらあの辺にいるスライムはそれぞれが核を持っているんですね。なら今から潰しに行こうかな────」




 突然だが、《マスパラ》というゲームにおいて最弱のモンスターは何か。


 実際に戦闘する上で一番楽なのは恐らく1本角の角ウサギだろう。素早の関係で逃げられることはあるかもしれないが、どんなに身体を動かすことが苦手な人でも負ける可能性はほとんどない。

 もし《マスパラ》プレイヤーにアンケートを取ったら、まず間違いなく角ウサギが堂々の1位に輝く。

 しかし、ステータス面での最弱という意味なら話は別で、これは運営も明言している。スライムとゴブリンだ。

 最低レベルの通常のスライムと通常のゴブリンは各パラメータの合計値が同値で、それは全モンスター中の最低値でもある。


 そして、こういう『ステータスとしては最弱』とか『戦闘においては雑魚』みたいな存在に一手間加えやがるのが《マスパラ》運営だ。

 実は通常のスライムとゴブリンには、固有の受動技巧が与えられている。スライムやゴブリンという種に与えられているのではなく、通常のスライムと通常のゴブリンに()()与えられている物だ。

 スライムに与えられたのは『弱者の嗅覚』、そしてゴブリンに与えられたのは『弱者の意地』。

 『弱者の嗅覚』の効果は、自身の危機に敏感になるというもの。これのせいで、スライムには不意打ちを決めにくい。逆に不意を打たれると、ステータスに差があってもスライムに殺される可能性があるため侮れない。

 そして『弱者の意地』の効果は、HPが3割を下回った時に1度だけ、()()が起こるというもの。この()()というのは10種類あり、何も起こらない可能性もある。しかし、何かが起こってしまうと普通にゴブリンが強くなる。

 どちらも厄介な受動技巧として認知されていた。






 まあ話を戻して、何が言いたかったのかというと。


 クシュルが意識したために『弱者の嗅覚』が発動したのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかも、他2つのスライムの集団でも同じく核持ちが爆誕した。

 核持ちになるための訓練を施されたスライムが、まだ他にもいた、ということになる。いや、これだけではなく、まだ()()のかもしれない。


「………………」


 クシュル、無表情&無言。


 常日頃から感情豊かで、怒る時もそれをわかりやすく表現するクシュルの、無表情&無言。

 それは何よりも明確に、クシュルの果てしない怒りを表していた。

 ホラーの領域に片足を突っ込んでいるレベルで、今のクシュルは恐ろしい。


「………………コク、コク、コク」


 表情筋が絶滅したのかと思うくらい表情を変えずに、相も変わらず無言でポーションを飲み干すクシュル。

 そのなんとも言えない不味さに顔を顰めたりもしない。無表情。怖い。


「コク、コク、コクン。……ふぅ」


 即時型、持続型、HP回復、MP回復。各組み合わせの計4本のポーションを飲み終えたクシュルは、小さく息を吐く。


 ────そして。


「────────ッヅァァァァァァアアアアアアアアアアアア!!!!」


 吼えた。

 全身から空気を全て追い出すかのような咆哮。

 それは、技巧としての『咆哮(ハウル)』となんら変わらない迫力を伴っていた。


 スライム達が一斉に動き出す。

 クシュルから遠ざかるようなその動きは、クシュルの咆哮に怯えて距離を取ろうとしているからに他ならない。


 スライムの慌ただしい行動を見ても、クシュルの表情は変わらなかった。

 無表情のまま、ただ聴き()続ける。


 聴か(視ら)れているのを『弱者の嗅覚』で感じるのか、スライム達は一層焦るような、形振り構わないといった様子でクシュルから遠ざかっていく。


(面倒臭いですね本当に……)


 クシュルは猛烈にイライラしながらも、そんなことを考えていた。

 というより、考えることで少し時間を置かないと、《兎人の紅蒸剣》を装備しているわけでもないのに攻撃一辺倒な戦い方になりそうだった。


(あの数がいて分かれているっていうのが面倒なんですよマジで……せめて一箇所に固まってくれたらやりやすいんですけどね)


 《兎人の二双高剣》の柄頭を指先でリズミカルに叩きながら、頭のクールダウンとHPMPの多少の回復を待つ。


(さっき筍みたいにポコポコ増えたせいで、核持ちの数は10体……いやまあ方法も確立しましたし倒せますけど。倒せますけどね? 面倒なものは面倒なわけで)


 クシュルのイメージしている筍とは一体どんなものなのか。少なくともアラト達が食している筍は、あんな風に一瞬で巨大化したりはしない。

 まあ、適切な環境を整えれば、栽培を始めてから2日で食用を収穫できる程に成長は早いが。


 1分後。

 クシュルは、胸中でため息を吐いた。


(…………はぁ。まだイライラしてはいますけど、それなりに落ち着きましたし。両方とも8割くらいまでは回復したので、行きますか)


 クシュルは自身に掛かっている『空は大地なりスカイ・イズ・グラウンド』の効果時間を確認する。

 残り2分弱。

 であれば、ここで効果時間を消費しきった後で魔法を掛け直し、攻勢に出るのが一番賢い選択だろう。


 僅かに生まれた時間で、どうすればスライム達を一網打尽にできるかについて、クシュルは考えを巡らせる。


(『勇気の烓断』の手応えから考えて、あのゼリー共が一箇所に固まればまとめて倒す方法はあります。仮にアレより上位の水魔法を使われても、3位階よりも多く位階が上がらなければ、押し切れるはず)


 問題は、どうやってスライムを一箇所に留めるか。


(うーん、上手くいくかはわかりませんが、頑張って威圧しながら戦ってみましょう。もしかしたら、『弱者の嗅覚』が強烈に働いたりなんだりで合流するかもしれませんし)


 ダメで元々、上手くいったら御の字くらいの軽い気持ちで、クシュルはこの案を実行することにした。


 クシュルの身体が、重力に引かれて堕ちる。

 『空は大地なり』の効果時間が切れたのだ。

 しかし、前もってこれを確認していたクシュルは、慌てることなく魔法を唱える。


「『下位上級固有魔法・空は大地なりスカイ・イズ・グラウンド』」


 クシュルが踏み出した足の裏に、クシュルだけを支える足場と重力が発生する。

 ぐっと(そら)を踏みしめたクシュルは、勢いよく駆け出した。

 狙いは、既に決めている。


 クシュルが意識的に聴い()ただけで核持ちになりやがった、()()スライム!!


 完全な逆恨みによって、クシュルと5体目の核持ちとの戦いが始まった。








(あれ? スライム達がある地点に向かって進み始めた? え、合流するつもりですかね? なんで?)


 5体目の核持ちと戦っている最中、クシュルの感覚がその事実を告げる。

 少し前からスライムが一斉に移動していると感じてはいたが、まさか集まろうとしているとは思ってもみなかった。


(え、なんででしょう? いやホントに。何故? …………いえ、理由は分からずともこの事態、チャンスですよね?)


 そう。これこそクシュルが待ち望んでいた『スライム達が一箇所に集まる』状況。

 これなら────!


(スライムの移動速度を確認。私が核持ちを早く倒しても、遅く倒してもダメです。早すぎればスライム共が集まりきる前に仕掛けることになりますし、遅すぎれば後ろから先に仕掛けられてしまう。なるべく調整しなくては)


 クシュルは戦闘しながら意識をウサ耳に集中させる。

 集合地点から一番遠いスライムの単位時間当たりの平均移動距離を把握。そこからどれくらいの時間で残りの距離を走破するかを概算。

 そして計算している間に続けていた戦闘のデータと照合。


 …………ダメだ。


(このペースで戦闘を続けた場合、今集まろうとしているスライムの約3分の2が合流するタイミングで、私は核持ちにトドメを刺す。これではダメ)


 ────ならば。


(およそ1.5倍の時間が必要なわけですね。核持ちの膜に攻撃を加えるサイクルで私が取っている行動を、それぞれ1.5倍の時間を掛けてする。それである程度の調整は完了する)


 別に、全部のスライムが合流しきる必要はない。数匹討ち漏らしたところで、すぐに片がつく。

 逆に、全てのスライムに先に合流されるのは些かよろしくない。先制攻撃を許す可能性は、極力減らすべきだ。


 それらのことを念頭に置いて、クシュルは戦闘時間の調整を始めた。




 ところで、何故スライムが突然集まりだしたのか。

 クシュルが目一杯威圧しながら戦闘していたから、ではないが、クシュルの行動の結果ではあった。


 クシュルが『空は大地なり』の効果終了を待ちながら頭を冷やしていた時。

 スライム達も、考えていたのだ。

 『このまま戦っても、それぞれが撃破されて負けるだけ。ならば、全個体の力を集結させ、それを以って敵を倒すしかない』と。

 この考えは全てのスライムに共有され、1体の核持ちがクシュルと戦っている間、残りのスライムの大行進となったのである。






 そして、遂にその時が来た。


「『下位上級武器固有切断技巧・勇気の烓断』!」


 核持ちの膜を裂いたクシュルが、武器を《兎人の紅蒸剣》に持ち替えて技巧を放つ。

 焔が核持ちの内部を蹂躙し、その中の核を全て破壊した。


(さて────)


 クシュルはもはやその結末を見ることなく振り返った。


 視線の先には、巨大な水の塊。

 この場に残っていたほぼ全てのスライムの集合体。

 若干楕円のその大きさは、短径30mは下らない。


(────やりますか)


 クシュルは怯むことなく駆け出した。

 同時に、スライムもクシュル目掛けて移動し始める。クシュルを押し潰すつもりかはたまた飲み込むつもりか。

 ただの移動なのに、それは津波のような迫力があった。


 その迫力を前にしても、クシュルの勢いが衰えることはない。

 むしろ、加速して彼我の距離をどんどん縮めていく。




 そして、互いの距離が残り10mを切ったところで。


 クシュルが、口を開いた。



「『上位上級武器固有切断技巧────」



 それは、この戦闘でクシュルが唱えたことのない詠唱。今までとは違う階級の技巧を放つための詠唱。

 《兎人の紅蒸剣》を装備している今のクシュルの、切り札の1つ。

 それが、巨大なスライムに、文字通り牙を剥く。



「────破壊龍の烓哮(メドロア・フレムベル)』」



 焔龍(えんりゅう)の咆哮が、この場に響き渡った。


クシュル、マジギレ一歩手前。

もうずっとイライラしてます。


自分の強みを活かせないような戦闘を強いられましたからね、仕方ないっちゃあ仕方ないです。


最後に放った『破壊龍の烓哮』。

あの攻撃の結果、どうなるのか。

待て次回(のクシュルパート)。


次回投稿は残っているキララとクリリ、どちらかのパート2になります。


そうだ、これから投稿の度に活動報告を書くことにしました。

最新話投稿報告と、ちょっとした小ネタをやろうと思っていますので、よければどうぞ。


では、また次回。

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