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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
42/46

それぞれの戦い アラト その②

お久しぶりです。ごぶりんです。

クソ辛い勉強を乗り越えたので更新再開します。


前回4話同時投稿した話では、アラト達が分断されての戦いが始まりました。

今回はアラトの2話目です。


ちなみにこの話、1月末に更新される予定だったそうですよ?(ひと月遅れ)


では、どうぞ。

 





 異変は、唐突に始まった。



 大型が鳴いた10秒後。

 今まで動いていたモンスター達が、次々に動きを止める。

 そのモンスター達からは白い靄のような物が放たれ、大型の口らしき器官に吸い込まれていった。


『きゅ……?』


 キューラの困惑する鳴き声がアラトの耳に届く。

 キューラとの距離があるにも関わらずその声が聞こえる程、この場は静けさに満ちていた。


 地に伏したモンスター達の身動ぎの音も一切しない。

 これは、恐らく────。


(死んでる……? あの数のモンスターが、全部? てことはつまり、あの大型が奪ったってことで……)


 ゾッと。アラトに強烈な悪寒が走る。


 生物は、生きているだけで莫大なエネルギーを消費する。消費できるということは、エネルギーを保有していることと同義だ。


 では、数百に届く数の個体からその莫大なエネルギーを奪ったあの大型は。

 どれ程のエネルギーを得ることになるのか。


『アアァァァァァアアアアアアアォォォオオオオオオオオオオオオンンンン!!』


 その咆哮は、モンスターの状態をよく表していた。


 ────力が有り余って、仕方がない。


「────キューラッ!! こっちに来い! 走れえッ!!」


 アラトの判断は迅速だった。

 自身も大型から遠ざかるように走りながら、キューラを呼ぶ。

 キューラはその指示に反応し、アラトの方へ走り出した。

 大型もアラトを追うが、そのスピードは遅い。移動速度は最初と然程変わっていないようだった。


(スピードが遅い……! つまり、奴が獲得したであろうエネルギーは移動には使われていないということ! ますます嫌な予感が募る!!)


 アラトとキューラがその距離を半分程に詰めた時、大型が動いた。


『クォォオォオオォオオン』


「クソッ、今度はなんだ!?」


 アラトは悪態を吐きながら周囲の様子を観察する。


 大型は────特に何もなさそうに見える。奴からの直接的な攻撃、というわけではなさそうだ。


(となると────ッ!?)


 その時、キューラの方に視線を移したアラトは気づいた。

 地に倒れ伏しているモンスター達を包む薄い白い靄の様な物。

 アレによく似た物を、アラトは見たことがある。


「────────ッ!!?」


 嫌な予感しかしなかった。

 その危機感に従って、アラトは叫ぶ。


「キューラ、跳べぇっ!!」


 その指示を受けたキューラは、迅速に行動した。

 ほとんどタイムラグなく、跳躍したのだ。


 キューラがもしアラトの指示に疑問を覚えて躊躇ったら、間に合わなかっただろう。

 そのぐらいギリギリのタイミングで、キューラの足下にいたモンスターが起き上がり爪を振るった。

 間違いなく、絶命していたはずのモンスターだ。


(やっぱり、死霊魔法の類か! もうキューラの様子を気にして戦うことができなさそうだから向こうに送るつもりだったけど、尚更この場に留まらせるわけにはいかなくなったな!)


 アラトは跳躍してきたキューラを受け止める。走りは止めていない。

 周囲では、次々とモンスターが起き上がっている。あまり時間はなかった。


「キューラ、ここから先は何かあってもお前を庇うことができない。だから、一足先に俺の仲間のところに行っていろ。援護、助かった。『上位下級空間魔法・異次元作成』」


『きゅ、きゅー!』


 まだ戦う!

 キューラはそう言っているが、アラトに聞き入れるつもりはなかった。

 悠長に話をすることもできない。そろそろ本気で回避し始めないとマズいことになる。


「中はお前が一番心地いいと思う環境に調整される! じゃあ、また後でな!」


『きゅ────ッ!!』


 鳴き喚くキューラを、アラトは問答無用で投げた。

 キューラの身体は、『異次元地域』に吸い込まれて見えなくなる。


(さて、と……取り敢えずこの死に損ないどもをどうにかしないと。久々にやるか)


 アラトには、この大量の死体への対抗策があった。

 だが、それを実行する前に、キューラは送還しなければならなかった。そのままでは()()()()()()に巻き込まれてしまう。


(先に送還先を作っていれば、遠距離でも視界内なら簡単に送還できたんだけどな。ま、1人で愚痴ってても仕方ない! 行くぞ!)


 危惧すべきは、アラトの()()が対策されているかもしれないことだが……まあ、アラトの持つ手段の中で一番簡単な対応策がこれなのは間違いない。

 これを破られたら手の打ちようがなくなるということでもないので、アラトは気にせずに策を実行することにした。


「『中位中級無魔法・並行詠唱(パラレルキャスト)』」


 まずは、下準備。


 両側から振り下ろされる凶爪を潜り抜け、正面から突っ込んでくる小型モンスターの横っ面に回し蹴りを叩き込んで戦闘を回避。

 操られている死体などといちいち戦っていられない。


「────ッ」


 と、ここでアラトは後ろからの攻撃の気配を察知。

 恐らく、先程かい潜った2体のうちどちらかのものだろう。

 意図的かどうかは知らないが、とても厭らしいタイミングだった。

 目の前の敵を吹き飛ばした直後であり、アラトの身の回りに攻撃の身代わりにできる物がない。

 周囲のあらゆるものを戦いに組み込むアラトにとって、とても嫌な瞬間だ。


(っ、こうなったら仕方ない。空間の把握が甘いけど、やるしかない!)


 しかし、アラトは悩まなかった。

 悩みは死に直結することを、よく知っていたから。


「はぁっ!」


 アラトは、振り返りながら跳躍する。足の真下を、振り回された腕が通り過ぎる。

 空中で隙を晒すことになるが、その隙を潰すために今から対応策を実行するのだ。


 アラトは戦場に視線を奔らせ、()()()()()を把握する。


(ッ、広い────やれるか? いや、やる!!)


 一瞬にも満たない逡巡。アラトは、魔法を発動させる。


「『中位中級無魔法・個空置換(フィールドシフト)』『下位上級無魔法・令阻改記(オーダーチューニング)』『下位上級無魔法・事録再貼(リアプライ)』!!」


 3つの魔法の同時発動。空が、淡く光った。


 それらの効果が発揮された瞬間────操られていた死骸達が、1体残らず動きを止めて崩れ落ちる。


 着地するまでの僅かな時間ではあるが、取りこぼしはいないように見えた。


(よしっ、成功だ!)


 アラトは胸中でガッツポーズ。

 対策もされていなかった。


(敵にプレイヤーがいるかもしれないというのは、俺の思い違いだったか……?)


 アラトは自身の最悪の予想が間違っていたと判断しかけるが、思い直す。


(いや、結論を急ぐのはよくない。最悪の想定はしておかないとダメだ。それに、今はあのデカブツを倒すことに集中)


 アラトは、足元に転がる死骸が動き出すことはないと()()しているかのような態度で大型モンスターに向かって走り出す。

 その先では、大型が動かない死骸に怒りを表すかのように吠えていた。









「あー……失念してた。《ニートマスター》には、それがあったな」


 アラト達4人を別空間から観察する男が、そう呟く。

 知識としては知っていたが、録画された映像しか見たことがなかったため印象が薄かった。《ニートマスター》を説明する言葉の1つ────。


「『召喚奪取者(サモンダッシャー)』……召喚魔法だけでなく、死霊魔法にも使えることは予想できて然るべきだったか。《ニートマスター》にアレをぶつけたのは失敗だったかな」



 『召喚奪取者』。アラトが初優勝した時の《マスパラチャンピオンシップス》特級グループで、《永久召喚》の2つ名を持つプレイヤーを完封したアラトに付いた呼び名だ。

 その時も、今と同じ魔法を使っていたのだろう。


「しかし、なるほど……そんな方法だったのね」


 《マスパラチャンピオンシップス》では、観客は対戦者同士がどんな魔法を使ったのか、音声で把握することができない。

 プレイヤーの使える魔技は重要な個人情報だ。どのようなビルドにしているかにも直結するため、簡単に大勢が知れる状況にすべきではない、というのが運営の方針だ。

 まあ、トッププレイヤー同士は絡むことが多すぎて、お互いの情報を多く持っていたりもするが……。


 とにかくそんなわけで、対戦で使用された魔技は当人達に確認を取るまで、発動の様子を見て推測することしかできないのだ。

 アラトのこれも、そうだった。

 様々な推測が飛び交い、最終的には「同時に就ける職業の関係上、『無職』にしか無理な組み合わせなのでは?」とまで噂された召喚魔法潰し。

 タネがわかれば、なんてことはない。どの魔法職にも扱える、汎用性の高い組み合わせだ。


 余談だが、アラトも《永久召喚》も、この件については黙秘を貫いていた。

 確かにこれは、広まると困るだろう。お互いに。



 『個空置換』は、『並行詠唱』を用いて同時に唱えた対個体用魔法を、空間に作用させる魔法だ。

 仮に『火球』を同時に唱えていたら、指定した空間に『火球』が降り注ぐことになる。この時の消費MPは、指定する空間の広さと同時使用する魔法の発動回数に応じて変化する。

 これはお世辞にも燃費がいいとは言えない方法だ。

 だが、使い方によっては大きな意味を持つ。


 『令阻改記』は、魔法使用者と対象の繋がりに割り込み、命令の内容に改変を仕掛ける魔法だ。

 召喚魔法で呼び出される存在は、その多くが事前に使役魔法を用いて使役されている。『令阻改記』が割り込むのは、その繋がり。

 使役しているモンスターなどに対して行う命令は、その繋がりを経由する。そこを遮断することで、命令を改変することが可能になるのだ。

 使役されているモンスターが主人を攻撃するためには、特別な許可を行う必要がある。流石に、その許可を勝手に出すことはできないが……モンスターに同士討ちさせたり、行動させないようにすることは可能だった。

 そして……この魔法は使役魔法だけでなく、死霊魔法の繋がりにも割り込める。そういうことだろう。


 『事録再貼』は、同時に発動した魔法の効果が適用され終えた後、一定時間内に正しい魔法の対象が出現した際、再度同一魔法を自動で発動させる、という魔法だ。


 今、大型が死霊魔法を切って掛け直したようだが────。


「それじゃあ、ダメだわな」


 死骸は、1つも動かない。

 『行動しない』という『令阻改記』が、『事録再貼』によって即座に適用されたということだろう。


 複数の魔技を組み合わせて戦ってきた《ニートマスター》の噂は、向こう(ゲーム時代)で散々聞いてきたが……。


「これほどまでとは。いやぁ、《ニートマスター》って2つ名は伊達じゃないねえ」


 手数が多い。対応できる範囲が広い。各場面での選択も見事なものだ。


 ────だが。


「その状態のソレには、小手先の技は通じないぜ?」


 どうなるか、見せてもらおう。

 そんなニュアンスを漂わせながら、男は4つの映像を眺め続ける。









(支配系阻害は上手く効いてるみたいだな)


 アラトが個人的に支配系阻害と呼んでいる魔法の組み合わせ。

 その効果が問題なく発揮されていることに満足しつつ、アラトは大型に迫る。


(奴の特徴を改めて確認しようか)


 高さは4m程度。その身体は釣り鐘のような形に近い。そこから1mくらいの太さの腕が2本、生えている。腕の長さはそれぞれ3mないくらいか。体表は金属のようなものに覆われている。動きは鈍そうだが、先程得たはずのエネルギーを使い切った様子はない。要注意だ。


(まずは、撹乱してみよう)


 アラトは、大型の腕の範囲外の位置で急に方向転換をし、大型の背後を取ろうと試みる。

 しかし、大型は先程までの鈍重そうな動きとは打って変わって、中々の動きでアラトを正面に置き続ける。



 1分近く、フェイントも交えて背後を取れないか試したアラトだったが、そこで無理だと諦めた。



(無理だな、これは。…………突っ込むしかないか)


 どんな攻撃をしてくるかもわからない状態で無策に突っ込むのは嫌でしかなかったが、こうしていても始まらない。

 アラトは意を決して、大型の腕の圏内に勢いよく踏み込んだ。


 先程までアラトが立っていた位置と大型のちょうど中間まで来た瞬間、大型が動いた。

 右の腕を振るって、アラト目掛けて攻撃してくる。

 今の位置だと、下がって回避するのは難しそうだった。


(なるほど、ここまで来るのを待っていたのか。知能も高いな)


 地面を削り取りながらこちらに向かってくる腕の直撃をもらうわけにはいかない。

 まず間違いなく誘われているだろうが、アラトは跳躍して腕を回避する。


 ────────その瞬間。


 アラトの視界がなくなった。


「ごっ、ぷ……!?」


 アラトは自分がどうなっているのか、全く理解できなかった。

 改めて、自分の状態を確認する。


「っう、ぐぁぁ!?」


 想像を絶する激痛。

 痛みで意識が飛び、痛みで意識が叩き起こされた。

 アラト自身は叫んだつもりだったが、実際に叫べていたかは定かではない。

 アラトの耳は、潰れていた。


(いってぇ……今、俺は……飛んでいる、のか? 身体が横方向に流れている感覚がある。視界は潰れてるな。身体は…………うわ、なんで俺は今考えることができているんだ? びっくりするくらいボロボロなんだけど。身体中の骨という骨が折れてるし、中には内臓に突き刺さってるのもあるな、多分。そもそも破裂してる内臓もありそうだし。いやこれ、すぐに死ぬな……)


 痛みを必死で堪えながら、冷静に考察する。

 今、痛みに喘いでいても何も変わらない。


 アラトの状態は、アラトの自己分析の通りだった。

 見るも無残な程に、ぐちゃぐちゃだ。

 ここまで考察できれば、自ずと原因もわかる。


(あの大型の左腕に、殴られたのか……見えなかったぞ。あー、てことはやっぱりエネルギーを攻撃に転化させてるんだな……いやいや、厄介すぎる)


 今までの考察は、極限状態がそうさせたのか、一瞬の時間で行われていた。

 だが、考察に意味はない。

 何故ならアラトは、もうすぐにでも絶命するからだ。


 回復魔法を使えるレベルの高いプレイヤーが一緒にいたなら、また話は違っていただろう。

 《マスパラ》の最上級回復魔法には、全身のありとあらゆる負傷を瞬時に癒すものがある。

 それを仲間に唱えてもらえば、アラトは生き延びることができたかもしれない。


 だが、そんな存在はいないし、アラトは声を出せる状況にないため回復魔法を唱えることができない。

 まあ、もし声を出せても階級の問題でその魔法をアラトが唱えることはできないのだが。


 この場にいる存在、そしてこの場を見ている存在全てがアラトの死を確信する。



 ────だが、アラトは諦めていなかった。

 というよりもむしろ、生き延びることを確信してさえいた。


 確かに、口は潰されている。声は出せない。

 でも、考えることはできる。意思はある。

 そして、意思があるなら、アラトにはできることがある。


(脳を潰されなかったのは幸いだ。頼んだぞ────────『影法師』!!)


 草原の戦いの後で作り出した『影法師』。自動で戦うように命令することが多いこの魔法だが、アラトはいざという時の切り札として使えるように、自分の影として維持していた。

 アラトが覚えられない階級の魔法も、アラトが今まで唱えた同階級の魔法の熟練度を合算した熟練度の魔法として唱えることができることは確認済み。タイムラグなく唱えさせることができる。

 そしてその指示は、考えるだけで成立する────!


『『…………』』


 『影法師』が魔法を行使する。発声はない。だが、その効果は正しく発揮された。


 アラトの身体がみるみるうちに元の形を取り戻す。

 その様子はかなり不気味ではあったが、効果に問題はなかった。



 アラトは視界が戻るや否や、周囲の状況を確認して着地する。

 一切淀みのない動きだった。


「いやはや……アレはヤバいわ。攻撃見えないんだもんなー、どうしようかねホント」


 アラトはどう切り崩すか考えながら、改めて大型に向かって走っていく。






「なんだ!? 今のは何が起きたんだ!?」


 別空間にいる男は、それはもう面白いくらいに狼狽していた。

 だが、無理もないか。

 ヒットの瞬間は男にも見えなかったが、アラトは人の形をした肉塊と表現すべきモノになっていた。それが元通りになったのだ。

 それは、普通におぞましい光景だった。


 アラトは、もう既に走り出している。

 何事もなかったかのように。平然と。


(あの状態から復活するだと……!? そんなこと、『中位特級回復魔法・再誕(リバース)』でしかあり得ない!! だが、《ニートマスター》は『無職』のはず! 中位特級の魔法を覚えられるわけがねえ!! 野郎、何をしやがった!?)


 男の混乱はしばらく続いた。

 クリリの『妖祠快封陣』といい、本来あり得ない階級の魔技を使いすぎだ。


 だが、いつまでもこのことで混乱してはいられない。

 暫しの間呆然としていた男にさらなる衝撃を叩き込む光景が、今あの場で展開されていた。











(さて……『影法師』のおかげで命拾いしたものの、まだまだ形勢は不利だな。『影法師』に回復魔法を使わせるには少し時間を置きたいし)


 アラトは駆けながら考える。

 状況は、芳しくない。


(俺には、大型の攻撃が見えなかった。見えないものは迎撃できないし、俺が大型とタイマン張ったら確実に負ける。まあ、例え迎撃できたとしても吹き飛ばされるだろうけど……即死か否かって違いくらいかな)


 そこで、アラトは自分の状態に気が付いた。装備がボロッボロなのである。

 それも当然か。自身の反応速度を強化しているアラトが認識できない速度の攻撃をモロに食らったのだ。

 身体が肉塊になる程の威力を受けて、汎用装備が無事なわけがない。


「危ない……『中位中級回復魔法・物体修復(マテリアルリペア)』」


 物体の損壊を一切なかったことにする魔法を使うことで、アラトの装備が元に戻る。

 黒を基調とした自分の装備を見て、アラトは1つの作戦を思いついた。


(煙幕を張って奴の視界を奪うことは可能か……? 俺は煙幕に紛れることができる。奴が視覚に頼った感知を行なっているなら可能かもしれない。やってみるか)


 アラトは取り敢えずのプランを立てる。

 これで上手くいけば話は簡単だ。


(ただ……何があるかわからない。念のためだ)


「『上位特級無魔法・補助増大』。それから『上位特級無魔法・移動速度上昇』、『上位特級無魔法・反応速度上昇』」


 補助魔法の掛け直し。

 補助魔法は、より効果の高いモノを唱えることで以前の効果を打ち消し、上書きすることができる。


 アラトは先程の攻防を受けて、補助の度合いが不足していると確信した。

 防御を上げても意味はない。あれ程の威力を前に、受け切ろうと考えること自体間違っている。

 必要なのは、速度。敵の攻撃圏内から圏外へと瞬時に離脱できる程の、速度だ。


(他の補助魔法は要らない、MPの無駄だ!! …………怯えるな、行けっ!)


 先程までと同じ速度で走ることを意識しながら、アラトは大型へ接近していく。

 あの痛みを身体が思い出し、脚の動きが鈍りそうになるのを意志の力で捩じ伏せる。

 臆したら、死ぬのだから。


「『上位中級闇魔法・片視黒煙(マジカル・スモーク)』!!」


 大型が有効射程に入った瞬間、アラトは魔法を唱えた。

 大型を中心に、厚さ2m程度の黒煙が半径3mの範囲に出現する。

 アラトは迷わずその中に飛び込んだ。


 『片視黒煙』は、術者には輪郭しか見えない。この範囲に黒煙があるという情報が、実線となって見えるのだ。

 一方、術者以外からは何も見通せない暗黒空間としての役割を果たす。外から中は見えず、中にいたなら目の前すら把握できなくなる。

 対抗魔法は色々あるが、主に敵の恐慌を誘う魔法としての側面が強い。

 また、この黒煙は魔法の産物なので、内部の存在の動きによって黒煙が散らされる、といったことは起こらない。


 黒煙の範囲内に踏み込んだアラトは、すぐには大型に接近せず、周囲を回るように走り出した。


(どうだ……!? 奴の様子は……!?)


 大型は……微動だにしていなかった。


(これは、行けるか!?)


 最初の攻防では、大型はその場で旋回することで常にアラトを正面に置き続けていた。

 であれば今は、『片視黒煙』のおかげでアラトの位置を捉えられていないと考えるのが妥当か。


(真後ろからは行っちゃダメだ。読まれる可能性がある。タイミングも悟らせないように……斜め後ろから!!)


 1歩、2歩、3歩。

 そこからさらにアラトが突っ込もうとした、その瞬間。


「────────ッ!!?」


 何かはわからない。

 だが、確実に()()がアラトの進行を止めた。

 《宵闇の双短剣》を地面に突き刺し、無理やり制動を掛ける。

 アラトは何かに導かれるかのように、全力で退避行動を取った。

 《宵闇の双短剣》の柄を突き飛ばすようにして後方への勢いをつけ、バックダッシュを挟んで跳躍。


 何故か、地上にいてはいけない気がしたのだ。


 アラトのその行動は正解だった。

 跳躍したアラトの真下を、猛烈な勢いで()()()()が通り過ぎる。

 アラトの目はまたしても捉えられなかったが、それは、大型の腕。

 振り抜かれた腕によって巻き起こされた強風に服を煽られながら、アラトはなんとか着地する。


 思い出したかのように、冷や汗が噴出した。


「ハッ、ハッ、ハッ」


(最初から気付かれていた? なのに奴は気付いていないフリをしていた!? 俺を誘い出すために!!)


 今の一撃は、適当に繰り出されたものではない。

 現に、大型の右腕は一切動いていなかった。

 アラトを狙い澄ました一撃であることは、最早疑いようがなかった。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 大型が、向きを変える。

 アラトを正面に置いた。


「ハァ、ハァ、ハァ」


(……煩い)


 耳障りな音がする。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」


(煩い────ッ!?)


 その耳障りな音が。癪に触る音が、自らの呼吸音だと気付くのに、少しの時間を要した。

 冷や汗は止まらず、同時に身体が震えていることにも気が付く。


 今アラトが立っている場所は、間違いなく大型の腕の範囲外だ。

 それを頭では理解していても、身体の反応は(おさま)らない。


 事ここに至って、アラトは先程自分を止めたモノが何だったのかを悟った。


 それは、()()()()

 原始的な生物としての本能が、自身の死を感じ取りそちらへ向かうことを止めたのだ。

 アラトの身体は、明らかに怯えていた。


「ハァ、ハァ……ハァ……ハァ…………ハハッ」


 その事実を認識したことで、逆に少し冷静になれた。

 呼吸(いき)を落ち着かせた結果出てきたのは、自嘲の嗤い。

 大型は、動かない。


(ああ、認めよう……こいつは、強い。俺を殺しうる存在だ。……形振り構っては、いられないか)


 アラトは、右手に持っている《宵闇の双短剣》の片割れを鞘に仕舞う。


 大型は、まだ動かない。エネルギーを徹底的に温存するつもりのようだ。


「はぁ……やりたくは、ないんだけどなぁ……」


 アラトは、ゲーム時代から自分にとあるルールを課していた。

 今から、そのルールを自ら破ることになる。

 故に、やりたくはない。やりたくはない……!


 ────だが、自分の死を天秤にかけてまでそんなルールを守るのは、馬鹿を通り越して、愚者だ。



 やらねば、()られる。



 それを骨の髄まで叩き込まれてしまった以上、決断しないわけにはいかない。


「…………やるか。『上位上級召喚魔法────」


 一瞬の間を置いて、その名を呼ぶ。


「────智慧ある魔刃インテリジェンスデモンズナイフ刻喰狂童(ときはみのクルト)』」


 『異次元への穴』が出現し、そこから短剣がゆっくりと出てくる。

 それは、アラトが『異次元地域(ディメンジョンエリア)』で情報共有した時にもいた短剣。


 呪われた武器としての性質も持つ《智慧ある武器群インテリジェンスシリーズ》の1つ。


『やあ、アラト。わざわざ僕を呼ぶなんてどうしたの? 珍しいね』


 《命奪刃(めいだつじん)刻喰暴子(こくじきぼうし)》────狂童は、クスクスと笑いながらアラトの手の中に収まった。



なんやこの化け物つっよ(書き終えた時の感想)。


アラトくんの精神状態がヤバすぎてヤバいですね。なんでこいつ身体ぶっ壊されて考察してんの?

……いやまあアラトの場合、慣れがあるからなんですけど。いずれ書きます。

何が言いたいかというと慣れって怖いですね。

更新期間が空くことに慣れないように頑張りたいと思います(震え声)。


次回は他の誰かの2話目になると思います。

誰にするかは決めてません。自分を書け!!って主張してくる子を書きます。


誤字報告や感想など待ってます!(必死)


では、また次回。

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