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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
40/46

それぞれの戦い クシュル その①

4話同時投稿!(3/4)


クシュルですね。

彼女も相性の悪い相手ですが、はてさてどうなるか。


では、どうぞ。

 




 少しだけ打ち合ってわかった。

 このスライム達、強い。


(元々の打撃耐性に加えて、斬撃耐性もハンパではないですねー。かなり鍛えられています。しかも、近くに見える敵は()()()()()()()()()。取り敢えず、遠ざけないとお話になりませんかー)


 自身が余計に消耗する前に見切りをつけ、クシュルは全力で跳躍した。

 高みから周囲を見渡し、()()()()()()()()()()()を探す。


(うーん、これで見つけられる程適当に隠してはいませんかー。面倒ですね……というか、スライムすっごい多いですね。気持ち悪いです。流石に、私の剣がすぐ届く距離には隠していないと思うので、まずは吹き飛ばしましょう)


 クシュルが落下を始めた。落ちながら、ゆっくりと、集中して魔力を溜める。

 落ちてくるクシュルに合わせてタックルをかまそうと身体をたわませて力を溜めているスライムを視界に収める。────充分な魔力が溜まった。クシュルはよく通る声で詠唱する。


「『上位上級暴風魔法・鷲獅子の覇嘴自恣グリフォン・メガフォン』! さあ、ぶっ飛んでください!」


 模擬戦でクリリが使った『鷲獅子の覇嘴自恣』だ。

 クシュルは暴風魔法を覚えてはいない。だが、この世界では「覚えることが可能であれば、現在覚えていない魔技でも時間を掛ければ行使できる」ことをクシュル達は知っている。

 クシュルの『種族』である『兎人族』は、風魔法・土魔法とそれぞれの上位派生魔法への適性を持っていた。

 アラト同様、自身が使えない魔技でもしっかり観察し、効果や特性、長所に短所等を把握して知識を増やしていたクシュルは、この場面で最適な魔法を発動することができたのだ。


 クシュルが剣を振り下ろすと、そこから荒れ狂う暴風が巻き起こった。その威力はクリリの魔法には到底及ばなかったが、質量の小さいスライム達を吹き飛ばすには充分だ。


 スライムは声もなく飛んでいく。その中身を注視していたが、やはり核は見当たらない。


 そもそも、何故核があるかどうかを確認しているのか?


 それは、スライムが獲得できるある特技が原因だ。

 かなりの時間を掛けて根気よく躾ける必要はあるのだが、上手くいけば、他のスライムの核を体内に取り込んで保護するスライムを誕生させることができる。


 通常、スライムは体内に取り込んだ自身以外の物を溶かし、捕食する。それは同族の核だとしても例外ではない。

 しかしこれ、別にスライムが生きていく上で必要なことではない。スライムは余程乾燥している場所でなければ永遠にその姿を維持できる。単位時間当たりに蒸発する水分量と同量の水分を空気中から吸収しているからだ。

 そして、スライムが生きるのに必要な条件はエネルギー摂取ではなく姿と核を維持すること。だから普通のスライムは、火や熱に曝されると簡単に死ぬのだ。


(と、なると……()()()を探してこの群れを切り開いていかなければならないですね。それには《兎人の二双高剣》は余りにも不適。……使いたくありませんが、アレを使うしかないですね)


 そもそもの話、スライムは如何にして取り込んだ物を溶かすのか?

 スライムの体液は酸性でも塩基性でもない。そんな危険な代物なら、物理攻撃を行うこともできないだろう。溶かす時だけ酸性になる、というのも違う。それだと同種の核を溶かす際に自身の核が溶けないのはおかしい。

 結論。スライムは異物を取り込んだ時、明確な意思を持ってその物体を溶かす。その方法は恐らくスライム固有のモノなので、真似したり科学的に解明することは不可能だろう。しかし、その行為についてキチンと躾けることで、スライムは他のスライムの核を預かることができるようになるのだ。


 まあ、話を戻して。

 円形にポッカリと空いたスペースの中心で、クシュルは《兎人の二双高剣》を鞘に収めた。

 そして、メニューを操作。ストレージの中のあるアイテムを探し出し、装備する。


 クシュルの手の中に現れたのは、片手持ちの直剣。

 その剣は薄く軽やかな印象だった双剣の《兎人の二双高剣》と異なり、片手で振り回せるサイズと重さながらも重厚さを感じさせる、ほんのりと赤みがかった刀身の剣だった。

 見た目は大きく違うが、《兎人の二双高剣》もこの剣も、どことなく上品さを感じさせる。


「行きますよ、《兎人の紅蒸剣(こうじょうけん)》。『内在魔法、起動(ウェイクアップ)』」


 クシュルがそう唱えると、《兎人の紅蒸剣》の刀身が燃え上がる。

 その(ほのお)の勢いは、クシュルの肌をも軽く焦がす程だった。


(熱い、熱いです……でも、この焔が! 私の闘志に、火を付ける!)


 ガチリ、と。

 クシュルの思考回路が明確に切り替わる。

 普段の、臆病と言い換えてもいい程慎重な思考から、ハイリスクハイリターンのごり押し思考へ。


 これは、専用装備の影響だ。

 『種族』専用の武器は、1種族につき少なくとも2つ存在する。『兎人族』であれば、《兎人の二双高剣》と《兎人の紅蒸剣》。基本的に、種族の長所を伸ばすための武器と短所を補うための武器がある。


 《兎人の二双高剣》は、長所を伸ばす武器。『兎人族』の長所と言えば、圧倒的な素早を駆使した敵の反撃を許さぬ攻撃。

 そのために、この武器は双剣でそれぞれが軽く手数の補強に役立っている。軽さのために斬れ味を犠牲にしたわけでもなく、逆に隙間に刺し込んで斬り裂くための武器として完成されていた。


 一方《兎人の紅蒸剣》は短所を補う武器だ。『兎人族』の短所、それは他の獣人族に比べて攻撃力が控えめなこと。素早に特化しているため、『狼人族(ろうじんぞく)』や『熊人族(ゆうじんぞく)』だけでなく『猫人族(びょうじんぞく)』や『犬人族(けんじんぞく)』にさえ攻撃力で劣る。

 そこを補うため、《兎人の紅蒸剣》は素早に一切補正を掛けず攻撃力のみを伸ばす。また、安全第一の受け思考を見返り重視の攻め思考にシフトさせる副次効果も備えていた。

 その思考の切り替えを体現しているのが《兎人の紅蒸剣》の持つ火属性。この揺らめく焔を見ると、『兎人族』は攻撃的な思考に誘導されやすくなるのだ。


 また、《兎人の紅蒸剣》には他にも欠点があった。

 苦手分野を無理やり補う影響で、クシュルは常にダメージを受け続ける。5分で最大HPの1割を削るペースでだ。

 このダメージは、正直言ってキツイ。クシュルとしては30分間以内にケリを付けたいところだ。



 クシュルは剣を構える。明らかに、思いっきり斬り上げるような構え。


(まずは────跳ね上げられたスライム達を処理します!!)


 クシュルは叫ぶ。武器の持つ固有技巧を。


「『下位上級武器固有切断技巧・勇気の烓断(ブレイブ・フレムベル)』! はああああああああっ!!」


 まだ斬撃が当たるはずもないタイミングで、クシュルは剣を振り抜いた。

 その時、焔が一段と燃え盛る。

 その焔は斬撃軌道の延長上を丸ごと焼き払い、後には何も残らなかった。


 クシュルは大きく息を吐く。


「フゥゥゥウウウウ…………久しぶりの使用でしたが、(にぶ)ってはいませんね。少しホッとしました」


 《兎人の紅蒸剣》という専用装備は、《兎人の二双高剣》と勝手が違いすぎる。

 初めて装備して使った時はあまりのじゃじゃ馬加減に武器を使うのではなく武器に使われてしまっていた。

 これを用いての久々の戦闘だったので、不安は少なからずあったのだが────────。


「大丈夫ですね。憂いは、無くなりました」


 今の一撃で、それなりのMPを吸われた。また、出現した焔によってHPも追加で1%程削られてしまっている。

 だが、クシュルはほとんど気にしていなかった。


「すぐ見つけてあげますよ、核持ち」



 『鷲獅子の覇嘴自恣』で吹き飛ばすには距離がありすぎたスライム達が突撃してくる。

 あの暴風で崩された体勢を立て直したらしい。


 クシュルも、迎え撃つつもりで走り出した。

 走っているスライムの身体が光に包まれたり、スライムの周囲に魔法陣が出現したりする。魔技を駆使して、クシュルを倒そうという考えだろう。


「上等です! 100匹だろうが1000匹だろうが、残さず消し去ります!」


 クシュルの気持ちに応えるかのように、《兎人の紅蒸剣》の刀身がさらに激しく燃え盛る。

 クシュルとスライム達の戦いは、どんどん激しさを増していく。






 ────10分後。



「くっ、『勇気の烓断(ブレイブ・フレムベル)』ッ!!」


 クシュルは、押されていた。

 今も、どうにか作り出した隙に《兎人の紅蒸剣》の固有技巧を詠唱省略した不完全な状態で放ち、スライム達を吹き飛ばすことで距離を取るのが精一杯。


 まあ、それも当然か。

 技巧を使わない場合一撃では倒せない敵が、360度どの方向からでも襲いかかってくるのだ。ジリ貧になるのは目に見えていた。

 武器の固有技巧を使えば倒せはするが、その場合、HPとMPをそれなりに持っていかれる。『勇気の烓断』で消費したHPMPはポーションで回復することができないため、自然回復に任せるしかない。

 連発などしたら、すぐにガス欠になってしまうことは避けられないだろう。


 故にクシュルは、どうしようもない時以外は技巧を封印し、アラトに鍛えられた戦闘勘と技術で以ってスライム達に対抗していた。

 だが、やはりそれにも限界がある。既に、最初の1発を除いて3発も固有技巧を使わされていることからもそれは窺えた。


(やっぱり、圧倒的に手数が足りない……! でも、だからと言って、《兎人の二双高剣(いつもの)》に持ち替えたところで何もできない。武器を替える意味は皆無。このままやるしかない。こうなったら、また吹き飛ばして仕切り直しを────)


 クシュルは、己の脚力に任せて特大の跳躍を敢行する。先程と同じことをするつもりなのだ。

 真下に向けて『鷲獅子の覇嘴自恣』をぶちかまし、スライムを吹き飛ばして距離を稼ぎつつ追撃で焼き払う。

 あの流れが決まれば、恐らく100匹以上のスライムを蒸発させられる。


 クシュルは跳び上がりながらポーチに手を突っ込み、持続型HP回復ポーションと持続型MP回復ポーションを取り出して口に含む。

 スライムとの戦闘はぶっちゃけただのインファイトだ。こちらが相手を削り、相手がこちらを削る。あの数に囲まれてしまっては、クシュルからはごり押しする以外に方法がない。

 クシュルは表現できない不味さに顔を顰めながら、眼下へと振り向いた。


(さて、また少しの集中を要しますが……先程よりは早く撃てるでしょう。まあ、スライムにはここまで来る手段がないと思いますし、多少時間が掛かっても問題は────────ッ!?)


 魔力を練り始めたクシュルは、他にすることもないのでスライム達の動向に目を凝らしていた。

 そして、気付く。

 ()()()()()()()()()()()


 マズイ、油断した、単体では届き得ない高さだと敵を侮った────。


 思考した、というよりも本能でそのことを悟った、という方が正しいか。


 クシュルの視線の先では、5体のスライムが塔のように重なっていた。その身体は輝きを放っている────。



 最も弱い種族だと言われるスライム族。

 その中のどんな個体でも絶対に扱える、固有技巧があった。

 それは、『体当たり』と『バウンド』。どちらも使う際にスライムの身体が光輝くため、技巧の発生はとてもわかりやすい。

 身体が真下に向かってたわんでいれば『バウンド』、斜めにたわむような状態であれば『体当たり』であると予想が付く。


 プレイヤーは身体能力(ステータス)に任せて跳躍するため、『バウンド』などという技巧はない。

 が、クシュルは鍛えられたスライムの『バウンド』を見たことがあった。アラトが使役しているスライム5体のうち、一番身軽な1体の得意技だ。

 しかし、それでもその高度は、クシュルの全力の跳躍と張り合うには余りにも低かった。1/4程度が精々だったろう。


 ということは、だ。暴論にはなるが、その4倍跳べばクシュルの高さまで届くわけだ。


 クシュルが見つめていたスライムタワーの1段目が、跳ねた。


 少し大きいスライムが1段目を担当しているのが見て取れる。

 上に4体ものスライムを乗せての『バウンド』は、確かに高さだけならクシュルの現在の高度の1/8にも届いていないだろう。だが、上の4体の身体が一切揺らぐことのない、力強い『バウンド』だった。

 上方への推進力が無くなる寸前、1段目と2段目のスライムの身体がたわむ。


 頂点へと達した時、2匹のスライムが同時に『バウンド』を使った。1段目にいたスライムが凄まじい勢いで地面へ、それ以外のスライムは一体となって(そら)へ昇る。

 先程よりも勢いがあった。2段目のスライムからしてみれば、上に積んでいるスライムの数が少ないことに加え、今度は地面からも同じ勢いを叩き込まれたようなものなのだ。その推進力は、1回目の2倍に留まらない。


 2段目のスライムがクシュルの高さまでの1/4を潰すと、3段目にバトンタッチ。同じ要領で『バウンド』しながら、スライムがどんどん近づいてくる。


(マズい……向こうの射程圏内に、入ってしまう!! 早く、早く!! 魔力を、練って! 魔法という殻に押し込めないと!)


 クシュルは敵の射程圏内に入ることを危惧するも、まだ魔力を練るのに集中せねばならず、手を打てなかった。

 ここまで練った魔力を無造作に解き放てば、クシュル自身にダメージが入りかねない。クシュルは練りに練った魔力を、慣れない形に変えて正しく放たなければならないのだ。

 急ぐ。クシュルにできる、全力で。




 ────しかし、クシュルの努力が身を結ぶ前に。


(くっ、やっぱり間に合いませんよね……!)


 ────スライムが、クシュルの近くまで到達した。


 一歩踏み込めば《兎人の紅蒸剣》の射程、そんな距離にいるスライムをクシュルはよく観察する。


(あの体勢……『体当たり』ですか。『バウンド』なら大したダメージになることもなかったので良かったんですけど。やっぱりかなり鍛えられていますね、このスライム達。馬鹿にならない高さの『バウンド』でした。最後の1体が『バウンド』で攻撃する必要性のない高さを確保できています。厳しいですね……)


 内心、素直に敵を褒めてしまった。


 敵は、やはり強い。

 それを、正しく認めよう。


 考察していたクシュルに現実を叩きつけるかのように、スライムが射出される。


 クシュルは腕を交差させて、衝撃に備えた。



「んっぐぅ……ッ!!」



 ぶちり。

 クシュルの美しい唇から血が流れた。

 身体に凄まじい衝撃が走り、クシュルは高く突き上げられる。

 だがクシュルは、唇を噛み切ることで集中を繋ぎ止めた。



 ────まだ、魔法は、撃てる。魔力の制御は、手放していない。



(負けません────絶対に!)



 そうクシュルが決意を新たにした時、()()()()()()


(────? どこから……)


 クシュルは視線を感じた方────さらなる上空に目をやる。

 だが、そこには何もない。


「…………」


 クシュルは、先程スライムに吹き飛ばされた時の高さに落ちるまで、虚空を睨み続けていた。









「────おいおい、マジかよ」


 別空間にいる男は、本気で感嘆の声を漏らしていた。


 男が驚くのも無理はない。

 何故なら今、兎人族のサポートNPCと()()()()()()()のだ。

 ここと向こうは別次元。こちらが一方的に覗き見をしているだけで、向こうにカメラが出現しているわけでもない。


 ──それなのに、あのサポートNPCは男をことをじっと見つめていた。

 これを偶然で片付けないのは、男の強者を求める嗅覚が成せる業か。

 男は、今のを()()()()()と判断する。


 ある高さまで落ちていったサポートNPCは、身体の向きを変えて魔法を解き放っていた。



「はー、すっげえなホント。あいつ、確か《ニートマスター》のサポキャラだよな? 昔、《マスパラウィークリー》で見たことがある。名前はなんだったっけ……ああ、そうそう。《クシュル》だ」


 男は1人頷いている。

 クシュルの名を思い出せたことに満足しているようだった。

 いや、それだけに満足したわけではないのか。


「いやしかし、改めて考えるとやべえメンツだよな。《マスパラ》随一のびっくり(パンドラの)箱・《ニートマスター》とそのサポキャラ。そして《マスパラ》が生み出した魔の女帝・《魔法を支配する者(スペルドミネーター)》とそのサポキャラだろ? はー、いいねェ。まあ《魔法を支配する者》のサポキャラはいまいちパッとしねえが、こんな豪勢な奴らが()()()()()ってのは最高に気分がいい。昇天し(イっ)ちまいそうだ……」


 心底楽しそうな表情を浮かべて、4つの空間の映像を見る男。

 今の所あった面白いことは、《魔法を支配する者》のサポキャラが開幕で飛龍(ワイバーン)を1匹墜としたことと、今の視線を合わされた件だけだが……まだまだ面白いものが見られそうだと、男は笑う。


「ハハハッ。もっと、もっとだ! 俺を愉しませてくれよ、廃人(トッププレイヤー)ども!」


 未来(いつか)を見据えて、男は現在(いま)から歓喜に震えていた。









「『上位上級暴風魔法・鷲獅子の覇嘴自恣グリフォン・メガフォン』ッ!」


 意地で集中し続けて完成させた魔法を真下にぶっ放し、クシュルは考える。

 スライム達は暴風に晒され耐えようとしていたらしいが、叶わず再び吹き飛ばされていた。


(さっき、見られていましたよね。気のせいではないはずです……一体誰に? …………考えたところでわかるものでもありませんか。ますます手の内を隠した方がいい気がしますが……そんなことを言っていられる戦況ではありませんね)


 クシュルは、愚鈍ではない。

 とても慎重だ。臆病なくらいに。

 そんな性格であるから、自身の置かれた状況は正しく理解していた。


(このままでは、私は負ける────殺されるでしょう。上空に跳んで魔法を撃ち込む、この流れはもう対応されています。でも、そのまま地上にいて戦い続ける選択肢もありませんよね。それができないから、私は上に()()()のですし)


 認める。自分の弱い部分を、全部認めよう。

 最初の跳躍は攻めのためだったが、2度目は逃げるために跳んだ。


(ですが、上から圧力を掛ける考え方自体は間違っていません。であれば、私に取れる方法は1つ────)


 認めた上で、自分の弱い部分を露わにしてくれた状況を打破する手段を考えるのだ。


(少しでしたが、ししょーと勝負ができたあの業で! ────行きますよ、クシュル()!)


「『下位上級固有魔法・空は大地なりスカイ・イズ・グラウンド』ォッ!!」


 ダンッ! と、クシュルは力強く一歩を踏み出し、近くまで飛ばされていたスライム2匹をまとめて斬り払った。

 そのまま(そら)を駆け、吹き飛ばされていくスライムを追撃して倒す。


 その感触で、確信する。

 ────これなら、やれる。


「さあ、仕切り直しですよ。今度は、こちらから行かせてもらいますッ!!」



 クシュルは、(そら)を駆ける。

 ここからは、上はクシュルの領域だ。







(こうなってしまっては、上から核持ちを探すのが良いでしょうね。あまりやりたくはなかったですけど)


 内心、苦笑を漏らしながらクシュルは駆ける。

 手の内を晒したくない一心で固有魔法を使うつもりはなかったが、今回は使わざるを得なかったし、使ったなら有効活用しないのは馬鹿のすることだ。


 『鷲獅子の覇嘴自恣』を使う時と違いリラックスして俯瞰することで気付いたが、ここ、先程クシュルが立っていた場所だけで構築されているわけではなかった。

 クシュルが立っていたのは直径200mの大きな円形のフィールド。そこだけが周囲に比べて盛り上がっており、円周より外は地面に向かい斜面になっていた。

 具体的な高低差はわからないが、精々100m程度だと思われる。

 そして、低い地面がさらに200m程外に向かって広がっている、ドーム状の空間がここだったようだ。


「うげぇ……これ、本気ですか? お相手さん、実はアホなのでは?」


 クシュルが呻くのも無理はない。

 冷静になるまで気付かなかったが、一面、ひたすらびっしりスライムが埋め尽くしている。

 どこを見てもスライム、スライム、スライム。


 この群がりっぷり、まるでいつの間にか増えている黒光りするアイツのようだ。

 しかも見たところ、その大半が核を持っていない。

 つまり────。


「核持ちを探せば全部解決するわけですね。……というか、アレとかそうなのでは?」


 クシュルの視界に、大きなスライムが何体かいる。

 そいつらのことをよーく見てみると、体内にそれはもう多くの核を保有していた。


「いた────っ!!」


 というか、敵も舐めたことをしてくれる。

 こんなもの、クシュルのようにかなりの高さまで跳ぶか飛ばない限り発見することなど不可能だ。

 こんなに多いとか誰が予想できるか。


「くぅぅ、これはッ、八つ当たりです!! 私の無駄になった努力を返してくださいッ!! 『下位上級武器固有切断技巧・勇気の烓断(ブレイブ・フレムベル)』ゥ!!」


 そのスライムの近くまで上空を駆けて行ったクシュルは、半ばヤケクソに技巧を解き放つ。

 自分でも言っているように完全な八つ当たりなので、セリフもなんだか情けないかった。

 まあ、手の内を見せたくないという理由でセーブして戦っていたのはクシュル本人の責任なので、どうしようもない。


 (ほのお)が帯のようになって、核持ちスライム(今後核持ちと呼ぶ)に向かって飛んでいく。

 その焔は、目標に届く前に()()()()()()()()()()()

 ジュッ、と音がして、大量の水蒸気がその場を覆った。


「んなっ!? くぅ、面倒臭いですねえ本当に!!」


 スライム達は迷うことなく身代わりになった。

 つまり、今後もそういう行動を取ってくる可能性が高いということだ。


「あぁもう、結局いっぱい倒さなきゃならないんですね!? わかりましたわかりましたよもうっ!!」


 地上から『バウンド』を駆使して飛び掛かってくるスライム達を斬り払いながら、クシュルは核持ちをつぶさに観察する。


 水蒸気は、既に消えていた。あれ程大量の水蒸気が即座に消失することに違和感を覚えないこともないクシュルだったが、今はそのことは脇に置いておく。


(よくよく見ると、かなり大きいですね……多分、ししょーのスライムキングよりも大きいです。全長2mないくらいですかね? もしかしたら、核を預かることに特化した育成をされているかもしれません)


 通常のスライムは、絶対にあそこまで大きくならない。まあ、この世界の固有種という線も捨て切れないが……一番しっくりくるのは、水を大量に蓄えさせることでカサ増ししている、というものだ。

 その方法であれば、何なら一番弱い種のスライムでもあの大きさにすることは可能だった。


(そうですね。取り敢えず第1候補はカサ増し、第2候補はこの世界の固有種くらいで考えておきましょうか。突破方法ですけど……いや、ホントどうしましょう?)


 例えば熱魔法が使えれば、もしくは氷魔法か火魔法が使えれば。

 鍛えられたことである程度の耐性は備えていそうだが、恐らくそのまま処理できる。

 しかし、クシュルに使える汎用魔法は土魔法と風魔法、そして無魔法のみ。その上位派生魔法の岩石魔法と暴風魔法も覚えることは可能ではあるが、今のクシュルが扱うには時間が掛かってしまう。


(うーん……本当に困りました。私の火力ではいまいち足りない気がしてならないんですよねぇ……あー、補助魔法掛けておきますか)


 時折、(そら)を低く駆けて他のスライム達を攻撃しながら、クシュルは取り敢えず、という感じで魔法を使う。


「『上位上級無魔法・攻撃力強化』、『上位上級無魔法・攻撃速度上昇』、『上位上級無魔法・身体強化』、『上位上級無魔法・瞬発力強化』。私だとこれくらいで抑えておかないとこの後困りますね……ししょーが羨ましいです……」


 基本的に尊敬しているし大好きでもあるが、アラト(ししょー)のできることの多さは本当にズルいと思う。

 まあ、こんなことをアラト(ししょー)に言おうものなら「ん? ならクシュルは無職で設定した方が良かったのか?」とかなんとか言われること間違いなしなので言わないけど。


 もうほとんど無意識で、手に持つ《兎人の紅蒸剣》を振るう。その剣撃は、飛び掛かってきたスライムを捉えていた。


(って、現状キツすぎるからって現実逃避してししょーを僻んでいても仕方ありません。核持ち、この個体だけじゃなくて他にも何体かいるみたいですし)


 先程こいつを発見した時も、別の方向に似たような大きさのスライムを見かけている。これとそれ合わせて2体だけということもなさそうだし、早めに攻略法を見つけたいところだ。


「はい、もうわかりません!! こういう時は、突っ込むのが一番です!! 『下位上級切断技巧・推進斬(スロットル・スラッシュ)』! 当たれぇ!!」


 『推進斬』は、最初に込めたエネルギーが無くなるまでありとあらゆる物を貫通していく斬撃だ。イメージとしては透過に近いか。

 障害物に遮られた時、斬撃そのものが透過して障害物を通過する。透過している時間に比例してエネルギーが消費されていく仕組みだ。

 通過した箇所は全て斬り裂いていくので、こういう雑魚が多い集団戦では役に立つ技巧だった。


 現に今も、盾になろうとしたスライム達を透過して、どんどんと核持ちに迫っていく。

 通過されたスライムは、斬撃が通り抜けたすぐ後に破裂して身体から液体を撒き散らした。斬撃がスライムの身体を形成している膜のような物を内側から斬り裂いたのだ。

 このスライム膜、外からの斬撃には物凄い耐性を誇るのに、内からだとすぐに切断できてしまうのである。ファンタジー。


(よし、このペースなら間違いなく核持ちまで届く! 上手くいけば核を破壊できそうですね!)


 クシュルは状況を見てそう思ったのだが、その考えは他ならぬ核持ちによって打ち砕かれる。


 核持ちは小さな水球を連続で撃ち出してきたのだ。全て、『推進斬』の軌道と重なるように。それはまるで『上位中級水魔法・水の連弾(ウォーターガトリング)』のようだった。

 『推進斬』は、水球と重なる度に透過する。エネルギーを小刻みにではあるものの着実に削られた『推進斬』は、核持ちの表面手前でエネルギーを失い消滅した。



 そして、同時に先程の水蒸気の謎も解けた。



(あんの核持ちぃ〜〜!? 空気中に散らばった水分を回収してたんですか!? ということは、『推進斬』を連打して敵の水分量削るのもダメと! ああああああ、火力が欲しいですッ!!)


 核持ちのほとんど自己完結している性能に、クシュルは頭が痛くなってくる。

 だが、諦めるわけにもいかない。


 ただ、一言言わせて欲しい。




「ッヅアアアア!! 面! 倒! 臭い!! ですッッッ!!! …………よしっ!」



 何も良くはなかったが、ひとまず切り替えられた。


 ここから、頑張ろう。



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