それぞれの戦い キララ その①
4話同時投稿!(2/4)
キララの話です。
彼女、めちゃくちゃトラウマのある相手ですが、どうなるか。
では、どうぞ。
「だらっしゃああああああああ!!」
キララの雄叫び。
振り下ろされる剣を回避し、全力の拳を《骸骨戦士》の胴体に叩き込む。
ガシャァン!! というけたたましい音を響かせながら後退する骸骨戦士を見てか《大食漢の触手》が素早く触手を突き刺そうとしてくるが、キララは持ち前の身体能力でそれをギリギリ回避した。
バックステップで距離を取り、横から近づいてくる別の骸骨戦士に向かって走り出す。
(ったく、魔法使えねーのがめんどー臭くて仕方ねー! 物理で戦うのは好きじゃねーってのによー!!)
キララが胸中で愚痴を零す。
魔法で戦っていきたくて、魔法を使い熟したくて、それでケモ耳付き魔法主体種族というキララに取って得しかない種族でゲームを始めたのに、なんで異世界まで来て物理で戦わなければならないのか。非常にストレスが溜まる。魔法を撃たせろ。キレるぞ。
『ガギガギギギ』
そんなキララの怒りは知らず、前方の骸骨戦士が盾を身体の前で構えた。それは、触手で攻撃する合図。
ビュッ! と風を切りながら迫り来る触手。刺されるとMPを持っていかれる。
回避するしかない────わけではなかった。キララに取ってもこの場面、後退の選択肢はない。
幸い、『妖狐族』のスペックなら触手の動きは目で追える。迎撃だ。
伸びてくる触手の側面に右の裏拳を叩き込み、軌道を逸らす。このまま放置しておくとこちらを締め付けようと絡みついてくるので、斬り落とすことで対処する。
キララはグリップのボタンを押し込んだ。手甲から刃が飛び出し、それを以って触手を切断する。
そう、手甲。キララはいつもの出で立ちではなかった。
ローブも杖も装備していない。ダボついていないスマートな黒装束に草原での戦いで装備していたプロテクターやチョッキ、それに加えて手甲やグリーブ、鉄板入りスパイクシューズまで装備していた。
目撃したことのある者は少ないが、正真正銘キララの近接戦闘用最強装備だ。
また、手甲と表現したものの刃が出ることからも察せられると思うが、これ《マスパラ》には存在していたハイテク武具である。
基本的な構造は、肘から指の第2関節までを覆う手甲となっている。ただし、指の1本1本に密着するように覆っているのではなく、金属の板で五指をまとめて覆うような形だった。手甲の内側にナックルダスターのようなものが付いていることにより、武具の装着が可能となっている。そのグリップ部分の親指側にボタンが付いていて、それを押すと先程のように刃が飛び出す、という仕組みだ。
手甲の表面は多数の金属を組み合わせた合金となっており、個体差があった。キララは組み合わせが大量にある中から、必死にこの一品を見つけ出したのだ。
この手甲は、装備しているだけでそれぞれ僅かながらもMP消費を軽減し、魔法効果を底上げし、魔法の継続時間を延長する。
近接戦闘を強いられたとしても、魔法は捨てない。キララの覚悟の証とも言える、それがこの武具《タクティカル・ハイド》。
ちなみに、含有金属の割合はオリハルコン31%、アダマンタイト42%、ヒヒイロカネ27%とかいう希少金属のみが使われたトンデモ武具だ。
しかもキララはこの武具の内側、つまり装着する肌側にミスリルを重ねた。鍛冶ができるプレイヤーに頼み込み、自身が持っていたミスリルのインゴットを溶かして塗ってもらったのである。キララの本気度が窺えた。
魔法的な加工を施してあるので、剥がれ落ちたりはしない点は安心できるか。そう高い頻度で使う武具ではないが、強化していなければ今困っていたかもしれないと考えると、キララの英断ではあっただろう。
いい機会なので、《マスパラ》における架空金属の特性について説明しておこう。
フィクションの多くでは、オリハルコンが最上位金属として扱われる。オリハルコン>ミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネという上下関係だ。
しかし、《マスパラ》では違う。それぞれの架空金属は、ある特定の性質において他の3金属から隔絶した性能を誇るのだ。
アダマンタイトは『硬性』、ミスリルは『魔法適性』、ヒヒイロカネは『柔軟性』、そしてオリハルコンは『耐性』。
ミスリルの『魔法適性』とは『魔力伝導性』『魔力増幅性』『魔力吸収性』の3つの要素を指す。伝導性、増幅性、吸収性が高いから、少ないMPを無駄なく増幅し強力な魔法として使うことも可能になる。
ミスリル装備は、魔法を使って戦う者にとって至高の武器なのだ────と、いうわけでも実はなかったり。
まあその話は取り敢えず脇に置いて、オリハルコンの話をしよう。
オリハルコンの持つ『耐性』とは、ありとあらゆる耐性のことを示している。熱耐性だろうが毒耐性だろうが物理耐性だろうが即死耐性だろうが、耐性と付くものはなんでも。当然、魔法耐性も、だ。
ここで先程の話に戻る。魔法使いにとってミスリルが至高の武器と言い切れない理由。
ミスリルには、魔法耐性がない。それもそうだ。魔力を増幅し伝導するのに、耐性で弾いてしまっては元も子もない。
ただ、その性質が災いして、強い魔法使いがミスリルを用いて全力で魔法を使うと、威力が増幅されすぎて何もかもが吹き飛ぶ。
何もかもとは言葉通りの意味で、魔法を撃った本人はもちろんのこと、下手をすればそのミスリルの武器、周囲一帯の土地、場合によっては空気までもがその場から消滅する。
今のトッププレイヤー達が純度の高いミスリル武器を初めて手に入れた! みたいな時期は酷かった。
そんな物を手に入れたら、ゲーマーならば試してみたくなるのは当然である。当然であるが故に、様々なダンジョンが潰れた。
ある者は、火山を登っていくダンジョンで。またある者は、クレバスの内部を進むダンジョンで。またある者は、草原に入口があって深く深く潜るダンジョンで。ゲーム時代にはモンスターに壊されない設定の船があったので、それを用いて海上でやらかした者もいた。
多くの者がダンジョン内部で最高火力をぶっ放し、何階層にも渡り床や壁が消滅、構造的に支えを失ったダンジョンが崩壊する────という悲しい事件が多発したわけだ。
今では伝説の1つとして語り継がれているこの件では、『ゲーム内でプレイヤーの行為によって起きた事象に対しては、道路に穴が開こうが山道が崩れて塞がれようが基本的に関与しない』というスタンスを表明していた運営をして動かざるを得なかった。
データに修正を加え、多数のダンジョン崩落をなかったことにしたのである。
まあ、それも仕方がない。潰れたダンジョンのいくつかはGQ用のダンジョンだったのだが、『ボスがリポップした瞬間にその場にあった瓦礫とボスの身体が重なった場合、瓦礫の存在が優先される結果身体の一部が破裂して即死し続ける』という悲惨な事態に陥っていたのだから。
経験値は誰にも入らず、ボスを倒した証が誰かに与えられることもなく、ただただボスが何回も虐殺される。
こんな状態ではGQも進まなくなるし、崩壊したダンジョンが多すぎるしで運営が動く以外の方法がなかったわけである。
その事件が広まってから、ミスリル装備の全力ぶっぱをするプレイヤーはいなくなった。
一応、やらかしたトッププレイヤー達の名誉のために補足しておくと、彼らは何も最初から全力を出したわけではない。
弱い魔法や消費MPの多い魔法などを使って、増幅性の高さや伝導性の良さを確かめていたのである。
一通り確かめ終わって。さて、やるかと。全力でやったらどうなるのか、試してみたくならない奴はゲーマーではない。そんな奴がトッププレイヤーとしてゲームの最前線で攻略できるわけがなかった。
逆に言えば、トッププレイヤーはそういうことをしたくなる馬鹿ばかりということでもあるが。
ちなみに、使われた魔法の種類によって被害の大きさはかなり違った。
『妖精族』のうち、水魔法に適性のある『水精族』(通称『水精族』。長すぎるため誰も正式名称を呼んでいなかった)の上位種族である『流霊族』が激流魔法をぶっ放した時は大量の水が物凄い勢いで膨張・爆発し散弾のように周囲を穿ちに穿ったものの、近い範囲は面の暴発でも遠い範囲は一応点の貫通で済んだので、ダンジョン全体が崩落とはならなかった。まあやらかした場所がボス部屋で、そこは崩落したからどうしようもなかったが。
対して、我らがキララ。彼女はその時既に『妖狐族』への成長を果たしていた。そんな彼女の得意魔法は、今と変わらず獄炎魔法。火山のダンジョンへ赴き、火魔法や獄炎魔法に対する耐性を持つ道中の敵で肩慣らしをしながら、完全耐性に近い獄炎魔法耐性を持つボスの下まで辿り着いた。そして、開戦直後。キララは、自身の撃てる最高火力を当然のように意気揚々とぶちかました。────結果、地形が変わった。極微小の星が産まれたかと思う程の大爆発が火山の頂上で発生し、山は消し飛び、その真下にあったはずのマグマ溜まりをも吹き散らした。そんな距離まで爆発範囲だったのだから、周囲の地形はひとたまりもない。運悪く巻き込まれたプレイヤーもいたらしい。めっちゃ巨大なマグマの池がしばらくあったのだとか。
というように被害状況もバラバラで、運営はそれなら一括で直してしまえと全体を修復したそうな。
話がだいぶ逸れたが、要するに架空金属も性質上できることとできないことがあるということだ。故に、武器等には基本的に合金として用いられている。
全てに共通しているのは軽さと加工のしやすさだろうか(これらを扱える鍛治師のレベルが高いのももちろん関係している)。まあ、上手く合金にすれば恐るべき性能を発揮することは間違いない。
キララの武具《タクティカル・ハイド》は攻防どちらにも活きる硬性が最も重視されている。それをベースに防御の際に重視される耐性も獲得しており、適切なタイミングで硬度が微妙に変わる柔軟性も抜かりなく得ていた。ミスリルが付与されたことにより、魔法も使えるようになっている。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ高性能だ。
ならばずっと使えばいいじゃないか、と思うかもしれないが、それはできない。
《タクティカル・ハイド》を装備していると、キララは杖を装備できないのだ。
ミスリルの伝導性・増幅性は本当に馬鹿にならない。ミスリルで増幅された魔力を杖に乗せ、杖のブーストも掛かった魔法を解き放てば、杖を中心にキララごと消滅する。
ゲーム時代でも2度とするかと誓ったのに、現実となった今なおさらやるわけにはいかなかった。
ならミスリル塗らなければよかったじゃん、馬鹿だなーとキララに言ってきたプレイヤーが過去にいた。キララは1vs1のバトルを挑んでそいつを焼き殺した。そのプレイヤーは何もわかっていない。
ミスリルを一切含有せずにオリハルコンを30%も含んだ金属塊を身に付けていれば、流石のキララと言えどもオリハルコンの魔法抵抗に打ち勝って魔法を発動させるのはかなり骨が折れる。
どんなに高性能な武具だろうが、キララが魔法を使えない選択肢を取るわけがなかった。
キララもこのジレンマに陥ることはわかっていたが、それでも敢行した。解決する方法はあるからだ。
通常の衣服を間に挟むとはいえ、身体に密着するようにミスリルを装備しているのだ。それならば、放出しない魔法────────即ち、補助魔法は気兼ねなく使える。
軽くなった消費で、増幅される補助魔法を使う……近接戦闘でも本職に引けを取らないために、キララはこの武具を手に入れた。
そして、今。
キララは久しぶりに武具の本領を発揮────
「ああああああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおっ!! 死ねえええええええええええクソ骸骨があああああああああああああああああああ!!」
────────できなくて、マジギレだった。
怒りの力で身体能力が上がっているのか、まるで補助魔法を使っているかのような鋭さと威力の乱打によって骸骨戦士を殴り続けている。
そう、まるで。実際には補助魔法は掛かっていない。
既に説明したと思うが、骸骨戦士の持つ盾、大食漢の触手は範囲内のありとあらゆる魔法を喰らう。
それはミスリルの吸収性によって秘匿性が激増する補助魔法でも例外ではなく、喰われる。
つまり、キララは今、言うなれば『魔法拳士』としても戦えるようにと本気で準備した作戦を潰されているのだ。そりゃキレる。
必死に戦うキララだったが────戦況は、不利だ。押されている。もう少しで、壁際に追い詰められてしまう……そんな状況だ。
「あーもう! ワラワラ寄ってくんじゃねーよ気持ち悪ぃーなぁ!!」
状況を打破するためか、キララが前に踏み込んだ。
骸骨戦士の横薙ぎの1発を地を這うようにして避け、上体を起こす勢いを拳に乗せる。
「ぶっ、飛べぇぇ────ッ!!」
ゴガッシャァァンッ! と、硬いモノを硬いモノでぶん殴った音が再び轟く。
骸骨戦士の身体が浮いた。キララが口の端を吊り上げる。
《マスパラ》の戦闘に慣れた者が見れば、ここで骸骨戦士を追撃すればこの場を切り抜けられる可能性があることに気付くだろう。逆に言えば、ここで追撃しないのならばこの包囲網から抜け出すことは叶わない。
キララも同じように考えたか、さらにもう一歩踏み込む。追撃の拳を握りしめ、現状を乗り越えるために。
前へ。もっと前へ。
一歩でも前へ、奥へと。
その勝ちを欲する姿勢が、焦りに繋がったか。
キララは、横から別の骸骨戦士に攻撃された。
攻撃自体は先程と全く同じ、横薙ぎの一閃。
だが、今回はキララの視野が狭くなっていて気付かなかったのか。
「くっ」
キララは苦しそうな声を上げて前への勢いを完全に殺した。そしてそのまま、後ろに跳び退る。剣はなんとか回避した。
だが、急制動の後に体勢を立て直す暇もなく後方への跳躍。そんな動きは、身体能力の高いキララをしても厳しいものだった。
大した距離を稼ぐこともできずに、大きく崩れる体勢。そして目の前で着地する、骸骨戦士。その腕は既に振り上げられていて────。
「ちぃ──ッ!」
最早形振り構っていられない。
幸いと言っていいのかどうか、キララの身体は後方に流れかけている状態だ。この勢いに逆らわず、下がる!!
キララは床を転がって、次々と振り下ろされる剣をギリギリで回避していく。もう囲まれていたのだ。
振り上げられている剣が視界に入らなくなったところで、キララは転がるのをやめて立ち上がる。
後ろは、壁。右手にも、壁。正面から左側までは、扇状に2列に並んで立ち塞がっている骸骨戦士12体。既に、剣の間合いだ。
本当の意味で追い詰められた。退路は、もう、ない。
この状況に、キララは。
「ハッ」
獰猛に、嗤った。
(狙い通りの動きをしてくれた。こいつらは何故か知性を有してて、その質も悪かねー。この数なら、壁際に追い詰めよーとすると踏んでたぜ。誘導が自然に行えた!)
そして、ここからが。
(あたしの腕の見せ所だ……!)
キララは何の前触れもなく、ほんの一瞬、足下で魔力を放出した。
ビュビュビュンッ!! と、即座に伸びてくる多くの触手の束。
それは手前の大食漢の触手だけから伸びているのではなく、奥の大食漢の触手も手前の骸骨戦士の骨の隙間を縫うようにして触手を撃ち出していた。
こうなることが予測できていたキララは、既に行動していた。
その場で少し跳躍したのだ。
触手の狙いが極めて正確なため、たった30cm跳ぶだけで全て回避できた。真下の地面に触手が同時に突き刺さる。
これも、キララの狙い通り。
(さーて、橋が架かったぜ?)
キララは降り立つ。何本もの触手の束の上に。
スパイクが触手に刺さるが、それで千切れてしまう程、束ねられた触手は脆くなかった。
それも予想していたものの確信を持てていなかったキララは、この瞬間自身の作戦の成功を確信した。
「っしゃあ、行くぜ──っ!」
キララは、触手を足場に走り出した。
骸骨戦士が剣を振るってくるが、隣の個体の盾が邪魔で上手く振るえない者もいた。
手前7体のうち、キララへと攻撃を仕掛けることができたのは4体。左端とその隣、右端の3体は剣を振り上げることができなかった。
だが、敵からしてもそれで充分だろう。
いくら触手が束ねられて太くなっているとはいえ、その広さはたかが知れている。
距離の関係で、自然と時間差攻撃にもなっているし、上空に回避でもしない限りキララに避けることは叶わないだろう。
そして、多少なりとも知性を持つ骸骨戦士達は、それだけはあり得ないだろうと考えていた。
だって、そんなことをしたら空中で身動きが取れなくなってしまう。大食漢の触手には急いで触手をたわませるように指示を出している。
実際、触手がぐんにゃりしてきたし、これで十全な跳躍もできなさそうだ。
それなのに上に逃げたら、落ちてくる所を剣で突き刺せばいいだけになってしまう。
この敵は強いし、そんな選択はしないだろう────骸骨戦士は、そう考えていた。
そして、キララもそれは考えた。恐らく、大半の《マスパラ》プレイヤーもそう考えるだろう。
だからこそ。
キララのこの行動は、読まれない。
キララは4本の剣を上空に跳躍することで躱した。
触手の張りが緩み始めており完璧な跳躍とはいかなかったが、それでも剣は全て回避し、骸骨戦士達の真上に躍り出た。
骸骨戦士達は一瞬呆然としたように動きを止めた後、我に帰ったのか少し位置を変えた。
キララの落下してくる地点を取り囲むように。
落ちてくる所に突き刺すつもりだ。
空中で移動するためには魔力を使った何かしらが必要で、その行動は全て大食漢の触手に喰われる。
であれば、タイミングを合わせるだけで良くなる。
それは正しく、合理的な対応だった。
────────それ故、とても読みやすい。
逆に、キララに行動を読まれ続けている骸骨戦士達には、キララの狙いが未だにわからないはずだ。
キララが先の回避行動を取った理由というのがキララの狙いと直結していて、骸骨戦士はその理由が理解できないのだから。
わからないモノを先読みすることは不可能であり、したがってキララの次の行動も絶対に妨害されない。
骸骨戦士達が剣を突き上げた。
それはさながら、複数人の騎士が剣を掲げ、誓いを立てようとしているかの如き光景だった。
数瞬後には剣先にキララが刺さり、誓いの剣は墓標へとその役割を変えるだろう。
(んなこと大人しく受け入れるわけねーってな!!)
このタイミングで、キララは再び足裏に魔力を集中させた。
途端に殺到する大食漢の触手。
その勢いで剣は弾かれ、キララに届くことはない。
靴裏のスパイクに触手が突き刺さり、キララは足場と上方向への推進力を得る。
「よっし!」
キララは跳ねた。
今度は先程と違い、前へ。
骸骨戦士を飛び越え、振り返り際の剣撃に当たらない位置で着地。
そして、パラメータを最大限発揮して距離を取った。
目指すは、向かいの角。
この空間は、1辺80m程度の立方体だ。
通常、大食漢の触手の反応範囲は半径50m強といったところだが、この広さの空間を敵が用意してきたことを考えると、鍛えられたことで反応範囲が伸びているのだろう。
50mしか届かないのであれば、端で固められた時にカバーできない範囲が多すぎる。
キララは奴らが70〜80mでも反応してくると推測し、90m程走ってから振り向いた。
角まで、もう20m程度しかない。こちらも余裕はなかった。
振り向きざま、彼我の距離を確認。
(うーわ、びっみょー!? えーい、それでもやるっきゃねーんだ! 覚悟を決めろ、あたしー!!)
キララの方が圧倒的に速いとはいえ、流石に90m走る間に10m近く走ることは可能だったらしい。
キララの推測と照らし合わせるとなんとも言えない距離になっている。
だが、迷っていても仕方がない。
キララは大食漢の触手に対抗できる唯一の魔法を唱える。
「『上位中級────」
魔法を唱え始めて魔力が表面化したその瞬間、遠方から触手が物凄い速さで伸びてくる!!
(げっ、やっぱこの距離も圏内なのかよ!? 捕まるわけにゃいかねー、ここは何が何でも通させてもらう!!)
キララは鋭くバックダッシュをしながらも、詠唱を途切れさせない。
「────闇魔法・毒霧』!」
最後は大きく上に跳ねることで触手を回避し、魔法を解き放った。
キララの振った手の先に、大量の毒の霧が出現する。
これが、《大食漢の触手》を倒す方法だ。
奴は放出された魔力だろうがぶっ放たれた魔法だろうが喰らう。これは何度も言った通りで、そこに量が多くて喰いきれないとか威力が高くて喰いきれないということはない。
だが、喰って害になる魔法はあった。
それが、毒の性質を宿した魔法だ。
この魔法のために練る魔力であれば喰われる。魔力には性質がないからだ。
しかし、一度魔法として発動してしまえば、それは大食漢の触手にとって有害となる。
そして、魔法とあらば奴らは喰わずにいられない。
(これで、終いだ!)
キララは勝利を確信した。
あとは骸骨戦士に攻撃魔法を叩き込んでやれば、骨の身体が崩れて決着が付く。
(どの魔法で決めよーかなー。めちゃくちゃストレス溜め込まされたし、補助魔法掛けて全力ぶっ込んでも────────あ、ん?)
妄想をしていて、気付いた。
────何故、『毒霧』が吸われていない?
自身が使用した魔法の感覚はある程度わかるもので、消失した、着弾したくらいの判断は付く。
その感覚によると、『毒霧』は一切減衰することなくキララの前方をふよふよと漂っている。
「なんっ、は……!? え、どーなってる? …………もしかして、そういうことか?」
衝撃、考察、そして理解。
キララの脳裏に過った内容は事実として受け入れたくはない物だったが、そうも言ってられないのはキララが一番理解していた。
「『上位中級闇魔法・毒霧』、『上位中級闇魔法・毒霧』、『上位中級闇魔法・毒霧』ォ!!」
3度魔法を連続発動する。冷却時間を誤魔化す、ちょっとしたテクニックだ。コストの低い魔法でしか使えないが。
しかし、この行動にも反応してこないとなると────やはり。
「仕込まれたってーのか……毒の性質の魔法は喰わねーように!!」
認めたくはないが、それが現実なのだろう。
実際、こちらの魔力を感知しているはずなのに手出ししてこなかった。
キララの周囲に『毒霧』が広がっているからだ。
(どーする!? 考えろ、今ある策はもう通じねー! この『毒霧』が晴れるまでに何か、手段を見つけねーと……!)
特に気合いを入れずに放った『毒霧』の持続時間は、凡そ5分。
それまでに、どうにかしなければならなくなった。
ここまで、余裕を持って戦いを進めていたキララに初めて焦りが見え始めた。
(いや、落ち着け……! 焦ってもいーことなんざ何もねーんだ。まだ時間はある、このくらい対処できねーで何が《マスパラ》トッププレイヤーだ! まずは手札の確認だ……あたしは何ができる!?)
本当は叫びたいはずなのに、キララはそれを気合いでねじ伏せる。
できることがまだあるはずだ。それを探しもせずに投げ出すな!!
(考えろ、考えろ……。方針としては間違ってねーはずなんだ。喰わねーってことは、奴らは毒を攻略できてねーってこと。毒が効かなくなってんなら構わず喰われてたはずだからな。だから、考える方針はこれでいい……毒を奴に喰わせる、これでいいはずだ……)
何度も何度も、自分に言い聞かせるようにしながら考察を進める。
方針は毒をキメる、これで行く。
だったら次は、どうやって喰わせるか。
(毒の射出は無意味だろーな。『毒霧』を喰わねー時点で似たようなことしても意味ねーだろ。だったら、だったら────他の攻撃魔法は当然効かねー。クソッ、閃かねー!!)
先程展開した『毒霧』が薄くなり始めた。
既に考え始めてから2分程が経過している。
様々な方法を考えては破棄し、新たな作戦を練っては白紙に戻すことを繰り返していた。
────打開策が、浮かばない。
「だぁーッ、クソが!! なんでこんな悩まねーといけねーんだよちくしょう!!」
────その自分の言葉に、キララはハッとした。
「そうだ……あたしはなんでここまで悩んでんだ? 当然、あの腐れ触手野郎に魔法を喰われるせいで攻撃できねーからだ。補助魔法も喰われちまう。でも、奴が喰わねー魔法がある。毒の性質の魔法だ。てことは────」
キララが瞑目する。
その頭脳は、自分の思い付きが実行できるのか凄まじい数のシュミレーションを行っていた。
「────────いや、行ける!!」
キララはそう断言すると、自身の魔力を練り始めた。
これは、キララにとっても初の試みだ。
上手くいくかわからないし、不安も────。
「いや……できるかな、じゃねー! やるんだ!! 『下位上級深淵魔法・高位魔鎧:坩毒式』ッ!!」
その時、1本の触手がキララ目掛けて伸びる。
『毒霧』はまだ消えきっていない。
だが、それを喰らってでもキララを止めようとしたのか。
触手の勢いは衰えることなく、キララに突き刺さった────。