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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
38/46

それぞれの戦い アラト その①

どうも、ごぶりんです。


なんと、今月は4話同時投稿!(1/4)

アラト、クシュル、キララ、クリリのそれぞれの戦いの模様をお送りします。


タイトルの通り、これはアラトの話です。


では、どうぞ。

 




 接敵まで、だいぶ余裕がある。

 今一番警戒しなければならないのは、角ウサギの速さ。アレに、アラトは素の状態で対応できなかった前例がある。


「『上位特級無魔法・瞬発力強化』、『上位特級無魔法・動体視力強化』、『上位特級無魔法・反応速度上昇』、『上位特級無魔法・身体強化』」


 取り敢えずは、これでいい。まだ魔法を唱える余裕はありそうな距離に見えるが、きっと────ほら。


 最初の彼我の距離から見て半分程の距離を詰められた瞬間、先頭を駆けていた1本角の角ウサギが急激に速度を上げた。

 余計な補助魔法を唱えていては間に合わなかったであろうタイミング。やはり、モンスターだと侮れば痛い目を見るのはこちらだ。


 ただ、敵の動きが見えている今なら。

 追加の魔法を、1つは唱えられる。


「『上位下級無魔法・服飾追加(アド・クロス)』」


 角ウサギの突進を回避するために動き始めたアラトの魔法に、世界が応える。

 滲み出るように灰色のローブが現れ、アラトを包む。

 対多数戦にアラトがよく用いる、《欠意のローブ》だ。


 装着者のステータスと引き換えに、装着者を対象にする装着者以外の行動を3割の確率で失敗させる奇跡のローブ。

 敵が集団の数を増やせば増やす程、行動に失敗する個体数も増える。

 当然、行動できる個体数も増えてはいるのだが、考えてみてほしい。

 皆で同じ方向へ歩いている時に、急に目の前の人が立ち止まったらどうなる? 歩くのではなく走っていたら? そして、武器を持っていたら?


 アラトが仕掛けているのは、そういう戦いだ。

 潰させる。敵同士で。無意識のうちに。


「来るとわかっていれば、そこまで怖くもないかな?」


 角ウサギの本気の突進。

 アラトは完全に見切っていた。

 右手の《宵闇の双短剣》を盾にするように構え、角ウサギの角を透過させる能力を誘う。

 角ウサギはアラトの策略通りに能力を発動させたようだった。角の輪郭が淡くなり、揺らぐ。

 獣としてなら知能は高めだが、モンスター基準で言えばそこまででもないらしい。駆け引きが拙い。


 角ウサギが地を蹴った。これでもう方向は変えられない。

 アラトは短剣の位置はズラさずに身体を左にスライドさせる。角ウサギが慌てて透過能力を解除した。


(なるほど。角を透過させる理由は、敵が行う武器を用いた防御を素通りすることで後ろの肉を貫くため。それが叶わないとなれば透過を切って少しでも衝撃を与える方が得策、か)


 確かにその方が、カウンターを喰らう可能性も少しは下げられるのだろう。

 だが、哀れなウサギが戦っているのは《ニートマスター》アラト。『無職』にして2度も頂点を獲った化け物だ。


 アラトは、右手の短剣を寝かせる。刃を倒し、柄が角ウサギの方を向くように。


 正直に言うと、アラトは角ウサギが透過を瞬時に終わらせることができると思っていなかった。発動時と同様に、じわじわと変化するものだと予想していたのだ。

 つまりこれは、アラトに取って予想外の事態。だが、それに対応するから、アラトはアラトたり得るのだ。


 角が短剣の刃の側面を滑り、上側に逸らされる。

 角ウサギはアラトの手になんら衝撃を与えることなく、柄尻に頭から突っ込んだ。

 角ウサギの角は額から生えている。柄はその真下に叩き込まれたことになるわけで、そこは所謂眉間だった。


 眉間を硬い物体で殴られたら目を閉じてしまう。怯むからだ。

 それは角ウサギも同様で、ギュッと目を瞑る。

 敵の前で、致命的な隙。


 アラトはこの隙に首を掻っ切ることもできた。

 しかしそうはせず、至近距離から強烈な殺気をぶつけ、角ウサギの警戒を引き出して無理矢理目を開かせた。左手の短剣をわざと外して見せて、どちらが上なのか角ウサギに理解させる。


 角ウサギの目が見開かれる。やけに人間味のある仕草だった。

 この角ウサギは理解しただろう。アラトとの間に存在する、隔絶した力の差を。


 アラトは左手の短剣を手放し、角ウサギの首を掴む。

 角ウサギが苦しめに呻いた。


『きゅ、きゅうう……』


「俺に使われろ。『上位下級使役魔法・魔物隷属(モンスターテイム)』」


 モンスターを隷属させる契約の魔法を使う。

 既に敵側に隷属しているはずの角ウサギに何故この魔法を使ったのか。いくつか理由がある。


 1つ目、この角ウサギがどの程度の強さなのか知りたかったから。『魔物隷属』は任意階級魔法であり、敵の強さや数によって階級が変動する。その階級は実際に魔法を唱える時に自然と察することができ、敵の強さの指標になる。

 アラトにかなり数を減らされたとはいえ群れとして隷属(テイム)された虹翼狼が『下位中級』。この角ウサギは単体で『上位下級』。

 総合的な戦闘能力で見れば虹翼狼の方が上だが、個体の強さで比べたら角ウサギの方が上だということだ。

 アラトは自分が使役しているモンスター達を思い浮かべ、階級から強さの目安を付けることができた。元々『下位初級』で使役可能な角ウサギをここまで鍛えるとは、敵も中々やるようだ。


 2つ目、こちらが本命なのだが、敵の調教師(テイマー)がどの程度の実力なのか推察するためだ。

 隷属(テイム)の本質は、脅しだ。モンスターに自分の実力を見せつけ、モンスターから反抗心を奪う。その結果、自然と低くなる階級を『これくらいの報酬でいいよな? な?』と圧力で以ってモンスターに納得させるのだ。これが、自然と必要な階級がわかる理由。モンスターと自分の実力に開きがある程、必要な階級は低くなる。

 このことを応用して、他者が隷属させたモンスターに『魔物隷属』を使うことで、元の使役者と自分の実力比較ができる場合がある。

 モンスターがこちらの方が恐ろしい、強者だと判断すると隷属対象はこちらに移る。逆に、自分に一切靡かないのであれば元の使役者の方が強いと判断された、というわけだ。

 実力が同程度の場合、隷属に時間がかかるしその間は反撃される。なので、そうなってしまったら『魔物隷属』を切る選択肢もあった。


 今回はというと。


『きゅ、きゅー!』


「あれ? マジか」


 なんと、一瞬の抵抗ののち隷属(テイム)に成功した。

 アラトは角ウサギの首から手を離しながら思案する。


(今の感覚だと……向こうさんとの実力差が極端にあるわけじゃないけど俺の方が強いのは間違いない、って感じかな。極端な差があれば抵抗すら感じないはずだし)


 敵の調教師(テイマー)の実力に当たりをつけ、短剣を拾いつつアラトは軽く頷いた。


(うん、やろうと思えば全部隷属させられるってことだし、それは朗報かな。面倒だからやらないけど。殺す方が早いし)


 モンスターに理解させるように実力(ちから)を見せつけるというのは意外と手間だ。先程の攻防を見てもわかるように、殺せる状況からさらに3つ程の手順が必要になる。


 敵の群れは距離をかなり詰めてきている。だが、《欠意のローブ》の影響か、かなり衝突事故が起きているようだ。また、角ウサギが従わされたのもあって動揺しているらしい。

 時間を稼ぐために適当に『中位中級火魔法・炎壁(フレイムウォール)』を使った。

 どうやってあの群れを殺そうかプランを練りながら、アラトは足下の角ウサギに声をかける。


「なぁ、お前」


『きゅ?』


「お前、名前はあるのか?」


『きゅきゅ? きゅーん』


 使役しているモンスターとは言葉が通じずともある程度の意思疎通ができる。今のは、『名前ってなんですか? わからないです』といったニュアンスだった。


「お前という個体を識別するための目印のようなものだよ。例えば、俺からするとお前はお前の同族含めて《角ウサギ》という名前で統一されているんだ。でも、俺に使役されているのは()()だろう? 区別したいなと、そう思ったんだよ。名前、勝手に決めていいか?」


『きゅっきゅー!』


 迷いない返事だった。


「なら、お前は今から《キューラ》だ。よろしく頼むぞ」


『きゅっ!』


「キューラ、早速1つ訊きたい。なんでお前は1匹で突っ込んできたんだ?」


 すると、キューラが鳴き始めた。

 意味を汲み取ると『キューラ達はボスを殺すためにここにいるけど、ボスに時間を与えると何されるかわからないから突っ込めって言われた。一番足が速いキューラが最初だった。キューラが殺されたら次の同族が仕掛ける予定だった』とのことだった。

 ちなみに、角ウサギがこんな理路整然と意思を伝えられるわけもなく、アラトがだいぶ察して意訳している。


 しかし、思いの外重要な情報が紛れていた。


(つまり、向こうの調教師(テイマー)は俺のことを知っている……? 普通、この物量なら問題なく殺せると判断するだろうし、時間を与えたら何されるかわからないという警戒の仕方も気になる。まさか、プレイヤーか……?)


 さらに考えを進めようとしたアラトだったが、ここは戦場。そんなのんびりしていられるわけがない。


「ん? へぇ、『炎壁』を魔法で破るか」


 壁の向こうのモンスターの中に、魔法を使える奴がいたらしい。『炎壁』が時間経過による消失を待たずに崩された。


 中心からジワジワと消えていく炎の壁が全てなくなるのを心待ちにしながら、モンスター達が吠えている。


 あと数秒で戦闘再開だ。


「なあ、キューラ。お前の同族全滅させることになるけど、いいんだよな?」


『……きゅっ!?』


 その数秒でアラトが最後に確認すると、キューラは『えっ、マジで!?』みたいな反応を返してきた。


「いや、当たり前だろ。敵を────」


 『炎壁』が、消える。


「────生かしておく理由がない」


 今度はアラトから突っ込んだ。

 モンスター達は突撃しようとして、逆に敵が突っ込んできたことに動揺したか。動きがえらくバラバラだった。アレでは互いの動きを阻害してしまうだろう。


(稚拙だな。躾がなってない)


 アラトは冷静な評価を下す。崩しやすくなったと考えるだけだった。


 と、そこで。


『きゅきゅーっ!! きゅーー!』


 後ろからキューラの咆哮が聞こえてきた。

 その意味も何となく理解できたが、アラトは無視して目標を見据える。

 まずは、先頭にいるゴブリン2体────────。



 その時、モンスター群に広がる動揺は尋常ではなかった。

 ただでさえ特攻役を務めた角ウサギが敵に使役されてしまったのに、その角ウサギからは『逆らうな!! 間違いなく皆殺しにされるぞ!』などという警告が飛んでくる始末。

 実はキューラはこのモンスターの大軍の中ではかなり強い方で、素早い動きを活かしたヒットアンドアウェイを決められても太刀打ちできる存在は少なかった。


 そんな存在から伝えられた警告は切迫した響きを伴っているし、敵の冷えた殺意には身体が震え上がりそうだ。

 鍛えられたとはいえ、モンスターとしての元々の実力が低い者達は完全に尻込みしていた。

 その気持ちは迷いになり、行動に現れる。


 そんな隙を見逃してくれるような甘く優しいアラトではなかった。


(まずは、()()


 技巧を使うまでもない。

 最初に狙いを付けていた2体だけでなく、その斜め後ろにいるよくわからない種族2匹の首も落とせると瞬時に判断。

 ヒュヒュン、と短剣が翻り4つの首を宙に飛ばした。


「『上位特級無魔法・持久力強化』、『上位特級無魔法・筋力強化』、『上位特級無魔法・脚力強化』」


 ここで、追加の補助魔法。乱戦が始まってから唱えると、アラトは最初から決めていた。

 肉体的な強化を優先、魔法的な補助はこの後に。

 続けて補助魔法を唱える前に、アラトは声を張り上げた。


「キューラ! 外から削れ、油断と深追いはするな!!」


 輪の外にいるはずのキューラへの指示。

 既にアラトは大軍の中に踏み込んでいて、キューラの姿を視認することは叶わない。

 だが、動けていないことは予想できた。


「『上位特級無魔法・MP自動回復速度上昇』、『上位特級無魔法・MP自動回復力強化』。キューラ、迷うな! お前の同族を助けたいがためにお前が傷つくなんて、許さないぞ俺は!」


 それは、アラトの本心。色々と確かめたいという打算も確かにあったが、そもそもアラトは角ウサギを使役したかったのだ。

 確認なんて他の種族でもできるし、ちゃんと飼う気がなければ殺している。

 仲間にしたくて仲間にしたのに、その仲間が不必要に傷つくのは、アラトにとって我慢ならなかった。


『きゅ、きゅー!』


 その気持ちが伝わったのか、キューラからは『はい、ボスー!』という意思が伝えられる。

 敵のほぼ中心で台風のように暴れるアラトは、濃密な殺意を威嚇として解き放つ。

 そして威嚇とともに、大声で叫んだ。言葉は伝わらずとも、意思は伝えてみせると意気込んで。


「さあお前ら、キューラの忠告(おもい)は届いたか!? 死にたい奴だけかかってこい、生きたい奴は離れることだ!! 『上位中級暴風魔法・刃脚嵐加(じんきゃくらんか)』ッ!」


 アラトが高らかに謳い上げたその瞬間、アラトの持つ《宵闇の双短剣》と脚の周りに風が渦巻いた。

 『刃脚嵐加』はその名の通り、武器の刃と脚に嵐を纏い攻撃性能を格段に飛躍させる魔法。付与魔法に近い立ち位置の魔法だった。


 アラトの宣言を受けて逃げ出そうとしたモンスターもいたようだったが、ここは大軍の中心部。味方であるはずのモンスター達が壁となり、逃げることは叶わない。


 アラトが勢いはあるが大雑把な右の回し蹴りを繰り出した。

 先程まではこんな攻撃をしたら敵を吹き飛ばすこともできず隙だらけとなり、モンスター達に蹂躙されていただろう。だが、今は違う。

 ボシュッ、グシャッ、ゴキッ、とあらゆる嫌な音を響かせながら、アラトの脚がモンスターの身体を削り取る。

 その様は正に掘削と呼ぶに相応しかった。


 『刃脚嵐加』による付与は、斬ることよりも砕く・散らすことを目的としている。

 柔らかい肉しか持たないモンスター群など、今のアラトの敵ではなかった。


 あまり注視したくないスプラッタな光景を提供してくれたのは、アラトの前方にいたモンスター7体。そのさらに奥にいるモンスター達は、目の前の光景に固まってしまっている。

 後ろからの追撃を感じたアラトは、牽制で左手を後方に振るいつつその反動を利用して体勢を低くしながら前に踏み込んだ。


 狙われていることを悟った前方のモンスター達の悲鳴が轟き、モンスター達が明確に浮き足立ち始めた。





『ゴアアアアアアアアアアッ!!』


 浮き足立つモンスター達を手当たり次第に殺しながら、もしかして余裕か? と考えていたアラトの思考を遮ったのは、一際大きな咆哮だった。


 流石に使役していないモンスターの咆哮の意味を理解する力は持ち合わせていないアラト。

 だが、その咆哮が喝を入れるような響きだったのには気が付いた。


 アラトを囲むモンスター群の背丈が低いおかげで、咆哮したモンスターの姿がよく見える。

 のっしのっしと、他の小柄なモンスターに比べて数倍時間を掛けてこちらまで歩いてきたモンスターは、とてつもない巨体を誇っていた。ゲーム時代には、いなかったモンスター。

 アラトの警戒が一気に高まる。恐らく奴が、向こうの司令塔だ。

 急に動きがテキパキし始めたモンスターを変わらず技術で虐殺しながら、アラトは敵を観察する。


(デカい……まず思いつくのはこれか。アレ、下手したら4mくらいないか? 飛龍(ワイバーン)なんかよりはデカいよなぁ、間違いなく。そしてあの装甲、金属っぽいが……何の金属なのかさっぱりわからない。どうやって攻略すればいいのか、考えるのはそれを判明させてからでも遅くはないか。なら、まずはどうやって奴の下まで行くかだな)


 今はまだアラトが周囲のモンスターを圧倒できているが、それは敵が全部小型のモンスターだからだ。『刃脚嵐加』の暴風付与()()でも、戦闘技術さえあれば蹂躙できる。

 アラトはその技術を持っているのだが……そろそろ余裕、とは行かなくなってきた。


 最初にアラトに殺到してきた小型のモンスター達の数が減り、相対的に中型の数が増えてきたのだ。


 小型のモンスターは二足歩行で大きめの種類でも、精々アラトの胸元に届く程度だ。角ウサギのような四足歩行のモンスターなら、膝に届くかどうかといった大きさ。

 そしてその大きさは、丸々『刃脚嵐加』の範囲内である。そりゃ簡単に殺せる。


 中型は、アラトの身長と同等か少し大きいくらいのモンスターが大半だ。

 というか、アラトの基準で申し訳ないが『特に補助を掛けることなく相手の頭に攻撃できる大きさ』、これがアラトにとっての中型モンスターの基準だ。それ以上は一括りで大型に分類される。


 その基準で見ると、大型のモンスターはあの司令塔らしき個体のみだ。残りは割合で言うと中型7の小型3といったところか。


 中型の敵を一撃で殺せるかどうか若干怪しいと感じたアラトは、戦法を切り替えることにした。

 そのために必要な補助魔法を、唱える。


「『上位特級無魔法・跳躍力強化』、『上位特級無魔法・移動速度上昇』。さてと、これでちょっと強引にやれば包囲を突破できるかな?」


 移動に関する補正を自身に掛けたアラトは、一瞬その意識を遠くに向ける。


(……そこだな)


 アラトの中で何か方針が決まったのか。

 意識を近くに戻したアラトは、目の前にいた小型のリザードマンが振り上げた腕を先んじて斬り飛ばす。

 続けて、若干無理矢理ではあるものの跳躍し、横からゴブリンが突き出してきた槍の上に乗った。

 アラトの重さを槍が支えきれないため、槍に乗れるのは一瞬だろう。

 だが、その一瞬があれば充分だった。


 両腕を左右に振り下ろし、飛び掛かってきた角ウサギをミンチに変える。

 3本角と2本角の角ウサギだ。


 ここで、槍がへし折れた。

 アラトの身体は重力に引かれてそのまま落下。

 着地の瞬間、技巧を使う。


「『下位上級蹴撃技巧・踏震(タップクエイク)』」


 アラトの足下を起点に振動が伝播し、周囲のモンスター達が一斉に体勢を崩す。

 振動の影響を受けないということはそのモンスターは空中にいたわけで、アラトは問答無用で『刃脚嵐加』の風を使って切り刻んだ。


 本来なら地上から攻撃するモンスターと同時攻撃できたのだろうが、アラトの妨害によって無駄な行動となったわけだ。


 未だ体勢を立て直せていないモンスター達を尻目に、アラトは後方に向かって走り出した。

 狙いは、包囲の薄いところを突破すること。




 実のところ、今の今までアラトは囲まれていた。

 開戦後、キューラは単身で誰よりも早く突っ込んできたが、そもそも敵は大軍だ。時間がかかれば包囲されるのはわかりきっていた。

 そして案の定、少ししてアラトは包囲された。


 左右からの挟撃には何とか対応できるが、流石に後ろからは厳しい。

 そこで、アラトは前方の敵をタイムロスなく倒すことで、後ろからの攻撃を受けない状況を頑張って作り出していた。

 これは先程も理由を述べたが、今まで相手にしていたモンスターが全て小型だったために成り立っていた立ち回りだ。



 ここからは、そうはいかない。

 中型モンスターに囲まれた瞬間、攻撃をもらうことを覚悟しなくてはいけないだろう。


 1度や2度、数回攻撃をもらう機会ができてしまうだけならアラトもそこまで気にはしない。

 しかし、小型モンスターを殺しまくったことでだいぶ数が減ったとはいえ、相手はまだまだ大勢いる。

 囲まれる回数は下手をすれば3桁に上るかもしれない。

 そんな中、馬鹿正直に囲まれてやるつもりはアラトにはない。




 アラトが選んだ戦法は単純明快、ヒットアンドアウェイだ。

 機動力を活かしてどんなに酷くても1vs3の状況に抑え、各個撃破していく。

 これが一番ダメージが少ない方法だと、アラトは判断した。



 堅実にモンスターの数を減らしてから、あの司令塔らしき大型モンスターと戦う。

 これが今のアラトのプランだった。


 その第1段階、包囲網の突破だ。


 いきなり進行方向を変えて向かってきた相手に驚いて、アラトの目の前で立ち尽くしているのは小型のモンスターのみ。

 接近されている事実を正しく認識したのか、慌てて構えてはいるが────遅すぎる。


 渦巻く嵐を刃に宿したアラトは、走るのに邪魔な存在を次々に斬り捨てていった。










「ッ、『中位中級激流魔法・酸の泡沫(アシッドバブル)』!」


 突き込まれた鋭い一撃を避けながら、アラトは魔法を行使する。『刃脚嵐加』の効果は既に切れていた。


 黄色っぽい色をしたシャボン玉が、アラトと敵の間に30個程出現する。

 それを警戒してか、敵の追撃の手が緩んだ。


 今アラトの目の前にいるのは、槍を持った《猪人(オーク)》と双頭の蛇。それにゴブリン種の上位種の1つ、《ゴブリンプリースト》だ。



 アラトの作戦は順調に進んでいた。

 基本的には一撃与えてすぐに離脱、囲まれないように立ち回っていた。


 ────5分前までは。


 今では多くのモンスターが何かに囚われたり囲まれたりしていて、身動きが取れない状態になっている。

 ヒットアンドアウェイを繰り返していた時にアラトが蒔いた罠の種を一斉に芽吹かせた結果だ。

 そのおかげで、今動けるモンスターはアラトが相手をしている3匹とあの大型モンスター、アラトの方に向かってきている26体とキューラが足止めしてくれている2匹のみとなっていた。


 もちろん、堅実に立ち回っていた最中も隙あらばモンスターの命を散らしていたので、最初から見たらだいぶ数は減ったが……まだ半分程が生き残っていた。


 それはそうと、アラトは考える。


(あのデカいの……なんで動かないんだ? 不気味すぎるんだけど……ここまで歩いてきたんだから、移動できないってことはないと思うんだが。……うーん、考えてもわからない。安心できる状況じゃなかったからまだ金属の成分も確認できてないしな。困った)


 考え事をしながらも、アラトの口と身体は動いている。

 効率よく、敵を倒そう。


「『下位中級風魔法・そよ風の甲冑(ブリーズアーマー)』、『下位下級風魔法・風刃(ウィンドカッター)』」


 アラトの放った『風刃』が、シャボン玉を割りながら敵に迫る。シャボン玉の中に溜まっていた液体が落ちていく。

 双頭の蛇は身体をうねらせながら『風刃』の下を掻い潜った。よく見れば、どちらも口が大きく膨らんでいる。何かを吐き出そうとしているらしい。

 猪人(オーク)は自身に当たる軌道の『風刃』を全て槍の先で弾いた。中々芸達者である。

 ゴブリンプリーストは簡単な障壁を張っていた。それは風の刃をしっかりと弾く。全て弾き終えても障壁は薄っすらと残っていた。


『『キシャアアアアアアア!!』』


 2つの蛇の頭がデュエットしながら、口を開けて中身を吐き出した。

 2つの液体の塊が飛んでくる。

 両方とも良い色はしていない。片方からは強烈な刺激臭も漂ってくる。恐らくは酸だろう。であればもう片方は毒だろうか。臭いは特に感じない。



 アラトがここまで冷静に観察できているのには理由があった。

 それは────。



()()()()()



 敵の行動に予想が付いていたのだ。

 というより、口が膨らんでいるのを見逃さなかった。

 アラトはニヤリと笑って高らかに宣言した。



「『下位上級風魔法・大鷲(おおわし)総露羽魅(そろばみ)』!」



 総てを露わにする羽ばたきを魅せると名付けられた魔法によって、突風が巻き起こる。

 突風はアラトに向かって放たれた2つの液体の塊を押し戻しつつ、ついでとばかりに割れたシャボン玉から出てきた液体も敵目掛けて振りかけた。


 アラトは双頭の蛇が何かを吐き出して来ると読んで、それを跳ね返して攻撃するためにわざわざこんな方法を選んだのである。

 万一『大鷲の総露羽魅』が間に合わなかった時のために、液体と気体であれば何でも弾くことが可能な『そよ風の甲冑』を用意しておく周到振りだ。

 この流れは、完璧にアラトの予想通りだった。


『『キシャアアアアアアア!?』』

『グモオオオオオオ!?』


「あ、自分で吐き出した物に対する耐性があるわけではないんだな。ラッキー」


 アラトが『酸の泡沫』で作り出した酸ではあそこまでジュウジュウならないので、あの双頭の蛇は自分の攻撃でダメージを受けているのだろう。

 まあ、吐き出す口の中から胃までの道のりさえ耐性を確保できていれば、一応ノーダメージで攻撃はできそうなので、そういうものなんだろうとアラトは解釈した。


 アラトは呟きながら走りだす。

 標的は、今の応酬でダメージを受けなかったゴブリンプリーストだ。




 ゴブリンプリーストは辛うじて残っていた障壁のおかげで毒と酸を浴びずに済んだ。

 しかし、安堵してはいられない。

 悪魔が迫ってきている。

 ゴブリンプリーストは無我夢中で杖を翳し、魔法を唱えた。




『『ギャヒィ・ゲヒギィ』!!』


 あと一歩踏み込んでしまえば《宵闇の双短剣》で首を落とせる、そんな状況でゴブリンプリーストの最後の抵抗が行われた。

 ゴブリンプリーストの周囲に出現する4つの球。それらは全てが異なる光を放っていた。


(お、モンスター固有魔法の『主属性の協奏エレメンタル・コンチェルト』だ。こいつら、本当によく鍛えられてるな)


 アラトは、相対するモンスターの育成度合いに関して、敵ながら感心してしまった。

 魔技の面では文句のないレベルで育ててあることは最早疑いようがない。


 『主属性の協奏』は、魔法を使えるモンスターしか覚えることができない魔法だ。火属性・水属性・風属性・土属性の光球を好きな順番・タイミングで放てる、そこそこ難易度の高い魔法である。

 それを使うことで倒しやすくなる裏ボスがいたりして、《マスパラ》時代『調教師(テイマー)』の需要がそれなりにあった。


 アラトも、『主属性の協奏』を使えるモンスター持ちの1人として、様々なパーティーにヘルプに入ったものだ。


 アラトの胸中に懐かしさが湧き起こる。


(ああ、懐かしいな)


 ────次の瞬間。



「ま、だからどうしたって感じだけど」



 急に移動速度を上げたアラトが、ゴブリンプリーストに攻撃させる前にその首を斬り落とした。


 普段の移動の速さをセーブすることで、全力を出した時との緩急を付けて相手の予測や目論見を外す。

 《マスパラ》時代、対人戦で用いられていた基本技能の1つだった。


「よし。猪人(オーク)と蛇も生き絶えてるし、あの向かってきてる中型どもを倒したら1度大型に取り掛かるかな────」




 そう、アラトがこの後の流れを想定していた時。



『アアアオオォォォォォォオオオオオオン』



 ────大型が、鳴いた。



「……なんだ、今の鳴き方は」


 モンスター達を鼓舞する物ではない。叱咤する物ではない。モンスター達が倒れていくのを悲しむ物でもない。

 何なのかはわからないが、妙な胸騒ぎがする。

 こういう予感は、大抵外れない。

 アラトが《マスパラ》で培ってきた経験が、それを裏付けている。


 アラトは気付いていなかったが、ゴブリンプリーストを倒したことで、残りのモンスターの数が最初の半分未満になっていた。


 大型が、動き出す。

 アラトの方へ向かって、歩いてくる。


(見た目以外は何もわからないモンスター……こりゃ、戦い方を選んでいる余裕はなくなるかもなぁ……)


 アラトは目を閉じて大きく深呼吸をする。


「すぅ────────はぁ────────」


 そして、目を開けたアラトは。


「…………よし」


 今までより一層、真剣な表情を浮かべていた。




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