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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
36/46

魔王幹部とやらを探して森林探索

こんばんは、ごぶりんです。


前回最後でクシュル達が目覚めたとの報告が入りましたね。

さて、今回はどうなるのか。


では、どうぞ。

 




 仕事の終了後にもたらされた朗報。アラトが念を押して確認する。


「それは間違いないか? ソーズ」


『ああ、間違いねえ。ドーズの見てる光景を俺も今見てる。嬢ちゃん達はしっかり身体を起こしてるぜ』


 報告の詳細を聞き、アラトは安堵する。隣ではキララも嬉しそうにしていた。


「なら、宿屋に戻ろう。俺達はギルドに寄る必要はないし」


「もう時間もいー感じだしな」


 作業中から既に日が暮れ始めていたが、今はもう半分程地平線の下に沈んでいる。

 決行の時が迫っていた。






「おー、おかえりアラト。どうだったよ?」


「ああ、ラスカ。俺達の出る幕もなく、無事に終わったよ」


「そうか。そりゃよかったぜ。夕食、もうそろそろ出来上がるぞ」


「さんきゅー、頂くよ。取り敢えず、部屋に戻るわ」


「おう」



 ラスカと軽くやり取りをし、自分達が借りている部屋へ向かう。

 若干速足になっていたアラトとキララは、階段を緩く駆け上った勢いのまま部屋の扉を開け放った。


「ドーズ! 様子はどうだ?」


 部屋の奥に進むと、ドーズがふわふわ浮いていた。

 ベッドを見れば、クシュルとクリリは上体を起こしているものの、どこか遠くを見ているような表情をしている。


『早く戻ってきたのだな、(あるじ)よ。見ての通り、身体は起こしている。だが、どこか呆けているようだ。呪いのような嫌なモノを感じるわけではないし、大丈夫だとは思うのだが……主、私の『分析』ではクシュル嬢に掛けられた幻惑を見破ることができないのだ。主自ら確認してもらいたい』


「ああ、そうか。すまないドーズ、世話をかけたな」


 キララ達にも言われたことである。というか、幻惑魔法を掛けたアラト自身も『分析』で真実を見ることはできない。自分で使った幻惑魔法に呑み込まれるからだ。

 故に、アラトはクシュルの身体に触れることでステータスを見る。クシュルがアラトのサポートNPCだからこそ使える方法だ。


「……うん、問題はないな。この症状は寝呆けてるだけだ。キララ、そっちは?」


 アラトは同様にクリリのステータスを見ていたキララに訊ねる。

 キララはアラトの方に顔を向け頷いた。


「こっちもだ。変なバッドステータスとかじゃねーから安心していい」


「まあ寝てる間、身体は生命活動さえもほとんど抑制して疲労回復に努めてたみたいだからその影響だろ。……本当はゆっくりさせてやりたいけど、そうも言ってられない。戦力は多いに越したことはないし。ちょっと手荒だけど、我慢してもらおう」


 そう言うとアラトは、クシュルとクリリを視界に収めた。

 そして、キララと双剣に伝える。


「あ、今から殺気を放つから。そのつもりで」


 ぎょっとするキララ達を尻目に、アラトは僅かに殺気を放つ。

 その微かな殺気を捉えたクシュル達の意識は叩き起こされた。



「ぴぃっ!? 何ッ!?」


「ッ!? 『上位上級切断技巧・芯割分端(スプリット)』ォッ!!」


 突如叩き込まれた殺気に迅速に反応したのは、クシュル。側に浮いていたドーズを掴み、殺気の源へ技巧を使う。

 クリリは涙目で悲鳴を上げていた。


「受けろ、ソーズ」


『あいよ、任されたぁ! 『上位特級防御技巧・我、不断ノ煌膜ヲ纏ウ(汝、之断つこと能わず)』ッ!!』


 こうなることがわかっていたかのように冷静なアラトがソーズに命令を下し、その命令を予期していたかのごとくソーズは迅速に命令を実行した。


 アラトとクシュルの間に割り込んだソーズの表面を、眩しく煌めく薄膜が覆う。


 その薄膜はクシュルの放った技巧を受け止め、無効化した。

 薄膜が消えると同時、クシュルの技巧も光と勢いを失った。


「チッ、『中位上級──って、ししょー?」


「おう。目は覚めたか? クシュル」


 技巧を止められたクシュルは舌打ちと共に次の攻撃に移ろうとして、視線の先にいるアラトに気づいた。

 そんなクシュルに、アラトは片手を上げて呑気に訊ねる。


「目は覚めたか、って……ということは今の殺気、ししょーですか?」


「ああ。寝呆けててもあのレベルの殺気に反応できるなら上出来だ。感覚は鈍ってないんだな」


 クシュルは頰を膨らませる。


「むぅ〜。ししょー、意地悪ですよぅ〜。もっと優しく起こしてください〜」


 文句を言いながらもクシュルは少し嬉しそうだ。アラトに褒められたことが嬉しかったらしい。


「そうは言うけどな、お前らちょっとやそっとじゃ起きそうになかったからな? まあ、荒療治だったのは認める。悪かった」


 アラトが頭を下げると、クシュルは満足そうに頷いた。


「しょうがないですねぇ〜、ししょーの謝罪ですから聞いてあげますよぅ〜」


「はいはいありがとうございます。キララ、クリリはどうだ? さっき反応できてなかったみたいだけど、起きてはいるか?」


 アラトがそちらに視線をやると、そこにはクリリの頭を撫でるキララが。クリリを落ち着かせていたらしい。


「ん。驚いちゃったみたいだけど、大丈夫だ。つーかアラト達、いっつもんなことしてんのかよ」


「んなことって……ああ、今みたいなの? そうだな、俺が700レベを超えた辺りからクシュルを呼んだ時は不意打ちでやるようにしてたな」


「700オーバー、中堅卒業か? ってくらいのレベルだな。そん時からって、結構長いじゃねーか……クシュル、お前も結構苦労してそうだな」


 キララがアラトのスパルタ思考に若干引いてクシュルに同情の視線を送ると、当の本人はキョトンとした顔をしていた。


「え? でもそうすることがししょーを追いかけるために必要なことですし。別に何とも思ってませんでしたけど?」


「ええ……」


 キララ、ドン引き。

 なんだこのステップアップに余念がない連中は、とでも言いたげである。


「……なんで引かれたんですかぁ〜? 納得いかないんですけど」


「外から見たらだいぶ変らしいぞ? 俺達って。まあそんなことは置いといて、だ。2人とも、飯食えそうか? しっかり食べてほしいのが本音なんだけど」


 アラトに訊ねられた途端、お腹を抑えるクシュルとクリリ。

 そこから、くぅ〜、きゅるるという可愛らしい音が聞こえてきた。

 どうやら2人の身体は素直にエネルギーを欲したらしい。

 しかし、腹の虫の音を聞かれた2人にとってはたまったものではない。顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 相当恥ずかしかっただろうから、無理もないだろう。


 ────────アラトは。


「……その様子なら、しっかり一人前食べられそうだな。ラスカに頼んでくるよ」


 聞かなかったフリではなく、聞こえた上で気にしていない、というスタンスを取った。

 実際、生理現象なのだから仕方がない。

 まあ、恥ずかしがる理由も察せられるので、口には出さないが。


「『下位上級防護魔法・音響結界』」


 アラトは前にしたのと同じように、『音響結界』を張って部屋を出た。

 アラトが去った部屋の中では、2人の乙女の悲鳴が木霊した……かも、しれなかった。






「ラスカー、ちょっといいかー」


 アラトが階下に降りた時、ラスカは目に見える範囲にはいなかった。

 恐らく、厨房にいるのだろう。

 アラトは少しだけ大きな声を出してラスカを呼び、待つことにした。



「悪い、待たせたな。どうした、アラト?」


「クシュルとクリリの飯も用意してもらいたいなと思って。できるか?」


 それを聞いたラスカは、フッと笑った。


「安心しな、問題ねえよ。というよりも、昨日も一応あの()らの分も作ってたんだよ。俺らが寝る時間ギリギリまで待ってから保存して、俺らの今日の朝飯になった」


「食材を無駄にしないように、か。そういうことなら、助かった。すぐできるか?」


「おう。アラトがゆっくり部屋に戻って全員連れてきたらちょうどいい頃だろうよ」


「わかった。よろしくな」


「おう」



 最後は短く言葉を交わし、アラトは部屋に戻る。

 夕食があることを3人娘に伝え、全員で降りてきた。



 ラスカの作る料理は今日も絶品で、4人は舌鼓を打った。

 クシュルとクリリが恥ずかしそうに追加注文をしていたのは、ご愛嬌だろう。






 そして、深夜。


「さて、行くか」


「おー」


「はい〜」


「了解なのです」


 そこそこ本気で戦える装備を身に纏う4人が、宿屋から出てきた。

 ラスカにはバレたかもしれないが、前回のことで何も言われていないし問題はないだろう。


 むしろ、問題があるとすれば。


「2人とも、ちゃんと動けそうか?」


 約24時間、本当に死んでいるかのように寝ていたクシュルとクリリだ。


 先程、2人がシャワーを浴びる前にアラトが作り出した『異次元地域』でどのくらい身体が動くのか確認させたのだが……。


「大丈夫でしたよぅ〜」

「問題なかったのです」


 2人の返事は心強いものだった。見栄を張っている様子もないし、アラトも問題ないと判断する。


「よし、頼りにしてるぞ。深夜の森林散策だ」


 三者三様の返事があった。







「取り敢えず何も考えずに奥に進んでいけばいいかな?」


「いーんじゃねーの? 敵さんがどこにいるかはわかんねーけど、浅いとこにいたら冒険者に見つかっちまう恐れもあるわけだし。あんま浅くないとこにいそうだよな」


 前回、夜に初めて王都を出た時と同じ方法で抜け出したアラト達は、遠くに見える森林に向かって歩いていた。


 アラトが先頭、クシュルが最後尾を歩き、キララとクリリが横並びで真ん中を陣取る形だ。


 森林に突入する前からたった4人で陣形を組む意味はあまりないかもしれないが、距離感などの調整も兼ねてだ。


 全員で少し戦闘をイメージした動きをして、距離感の調整を施してから、アラト達は森林に侵入した。









 森に入って数分。

 4人は、違和感を感じていた。


「うーん、これは明らかに」


「おかしーな」


「ですねぇ〜」


「静かすぎるのです」


 森の生き物の気配が、存在しない。

 夜の森は、主に小動物の世界だ。天敵に勝ち目がない小さな動物達は、その天敵が行動しない夜に動き回る種類も多い。

 きっとこの森にも、そのタイプの生き物もいることだろう。


 しかし今、この森はあり得ない程の静けさに包まれていた。

 まるで、今この森を制圧している存在から、小動物達が自分の位置を悟られまいとするかのように。



「まあ、何かがいるのは間違いないな」


 と、アラト。他の3人も異論はなさそうだ。


「そーだな、注意して進もーぜ」


 と、キララ。これも他の3人が頷いて同意した。


「不意打ちには警戒しなければいけませんね」


 と、クシュル。どうやら真面目モードになっているらしい。


「でも、緊張しすぎたら意味ないです。適度な緊張に保つようにしないとです」


 と、クリリ。自分に言い聞かせる目的もあったようで、肩の力を抜いていた。



 4人は、警戒を怠ることなく、森の奥へ進む。









 ────それは、突然にやってきた。


 広場のような開けた場所に出たアラト達。

 そこで、気づいた時には囲まれていた。

 周りに浮かぶ赤い眼から注がれる、視線、視線、視線。


「っ、この数は……! 全員、本気でかかれ!」


 アラトの指示が飛ぶが、そんなものがなくてもそうするつもりだったと、3人娘の瞳が物語っている。


『『『『きゅー!!』』』』


 アラトの声と同時に、敵も号令をかけた。

 茂みから飛び出してくるのは、『角ウサギ』だ。


「『上位特級無魔法・身体強化』!!」

「『内在魔法、展開(スタンダップ)』!」


 アラトは1回でまとめて強化ができる『身体強化』を選択、発動。

 クシュルは己の武器を強化した。

 キララとクリリは無詠唱の『風球(ウィンドボール)』で近寄る敵を吹き飛ばすことに専念する。


 敵からの手荒い歓迎が、始まった。







 戦うこと、5分。


「クソッ、ジリ貧だ……!」


 アラトが吐き捨てるように呟く。

 アラトとクシュルは迫り来る角ウサギ達を問答無用で斬り殺し、キララとクリリもしっかりと対応しきっているが……数が多すぎる。

 殺しても殺しても、次が来る。


 足元に死体が溜まりすぎたため、広場の中で戦場を少し移していた。


「MPは問題ねーけど、こいつら殺しきって終わりかもわかんねーわけだし。できれば疲弊したくはねーよな」


 ダメージを受けずとも、精神的な疲労は蓄積する。

 誰か1人が抜ければ崩壊するかもしれない均衡なのだから、尚更だ。

 いくらアラト達個々が強いとはいえ、この物量に押し切られればどうなるかはわからない。


「ちょーっと鬱陶しいですー。一掃できる手段はありませんかー?」


 誰とは言わず、クシュルが問う。

 しかし、その意図を履き違える者はここにはいなかった。


「やれねーことはねーよ。でも、こいつらを止めるには殺すしかない。それに必要な火力をあたしが撃つと、お前らも痛いじゃ済まねーぞ?」


 キララだとやり過ぎる。ここを乗り越えた後のことも考えるならば、ダメージは抑えたい。となれば、クリリに頼るのが一番良さそうである。


「クリリ、どうだ?」


 ────────返事は、ない。


「ッ!?」


 アラトは慌てて顔だけで振り返る。

 視線の先、クシュルでも一瞬以上の時間がかかる距離に、クリリはいた。

 大勢の角ウサギに、囲まれながら。


「っ……なんで、気づかなかった!? ぐっ、邪魔だ!!」


 振り返ったアラトは当然、角ウサギの攻撃を受けた。

 太腿と腹、肩を貫かれる。

 それを強引に跳ね飛ばし、斬り殺した。


 この状況は、敵が意図して作り出したものだったのだろう。きっと、アラト達が気づきにくくするための精神操作もされていたはずだ。

 角ウサギ達はアラトに気づかれたことに気づくと、一斉に身を翻した。

 狙うは、クリリ。パーティー内で一番仕留めやすい、防御の薄い後衛だ。


「キララ、まとめて全滅させろ!! クリリは俺が護る!!」


 そう吠えながら、アラトは無詠唱で『界内転移』を発動。

 クリリの真上に転移し、技巧を使う。


「『中位中級刺突技巧・雨突き(あまづき)』!」


 《宵闇の双短剣》を下に向けて突き出すと、一瞬で数十の突きが降り注いだ。

 それはクリリを避けて角ウサギ達を刺殺し、アラトが降り立つ時間を稼ぐ。


「あっ、おにーちゃ、きゃっ!?」


 アラトはクリリを押し倒す。

 問答している時間はない。


 角ウサギが、殺到する。


「動くな、クリリ!!」

(『下位中級防護魔法・防御膜(プロテクションシール)』ッ!)


 口ではクリリに指示を出し、魔法は無詠唱で。

 MPを大量に注ぎ込み、無詠唱によるデメリットを相殺する。

 『防御膜(プロテクションシール)』がクリリを包み込んだ直後、無数の刃がアラトを襲う。


「ぐっ、う……!」


(これは、『風刃(ウィンドカッター)』か。広範囲をカバーしつつ貫通力に特化させようと思ったらこれが最善、流石だな!)


 周囲で角ウサギの絶命の叫びが上がった。

 『風刃』に身体を斬られたのだろう。これは骨を断つ力はないが、柔らかい肉なら容易く斬り裂く。

 アラトはクリリを庇いつつ身を丸め、急所を持っていかれないようにして耐える。


 ダメージを受けるのがわかっていながら、アラトはドーム状の防御系空間魔法を使わなかった。そんなことをすれば、角ウサギの一掃に支障を来たすからだ。

 アラトが『防御膜』を張らない理由も同じだ。『防御膜』は数回攻撃を弾く作用があり、弾かれた攻撃は無効化される。

 点の『風球』と違い線の『風刃』は、『防御膜』に当たる可能性が高い。それくらいならアラトの背中の肉ごと敵を裂いてくれた方がマシだ。


 背中を何度か斬り裂かれ、腕や脚に切り傷を作られながらも、アラトは決してクリリを庇うのをやめなかった。

 アラトがいなければクリリに当たっていたであろう軌道の『風刃』も飛んできていたのだ。細かい狙いなど付けていられないだろうから無理もないが、アラトはすでにズタボロだった。


(地味に痛ってぇ……でも、俺の行動は無意味じゃない!)


 あの数の角ウサギがクリリに殺到していたら、クリリが死んでしまったはずだ。大丈夫、無駄じゃない。

 そう自分に言い聞かせて、耐える。

 痛みには、ゲーム時代から慣れている。


 ふと視線を下に向けると、クリリが意外な表情を浮かべていた。

 その目は大きく見開かれ、潤んでいる。

 眉は下がり、唇は戦慄(わなな)いて今にも泣きそうだ。


 大丈夫。そんな想いを込めて笑いかけるが、それを切欠にクリリは泣き出してしまう。

 クリリの頭を撫でようにも撫でられない状況のため、アラトには困った顔で笑いかけることしかできない。


 クリリが眦に涙を溜めたまま、何事かを呟いた。

 その手に光が宿る。回復魔法の光だ。

 クリリはその光をアラトに押し付けようとするが、それは叶わない。『防御膜』は、その魔法強度未満の魔法的な一切合切を遮断する。魔法攻撃を受けることで『防御膜』の強度が下がり、0になった瞬間か使用者が望んだ時に剥がれるのだ。魔法強度を上回る攻撃が飛んで来たとしても、1発は確定で防ぐことが可能であった。

 今回、クリリに当たる軌道の『風刃』は、アラトの身体で食い止められた。魔法強度が下がる余地がないため、『防御膜』が剥がれることはなく、クリリの回復魔法がアラトに効果を為すこともない。


 アラトの意識が、若干薄れてきた。

 HP的な意味では、限界には程遠い。

 だがアラトは、血を流しすぎていた。

 これは、現実。ゲームではないという事実が、この状態を作り出す。


(血を流さなくても多大なダメージを受けることもあれば、逆もあるってことか……また、認識が甘かった……)


 ぼうっとしてきたアラトの胸ぐらを、誰かが掴んだ。

 ────クリリだ。


「……どう……して……っ!」


 周囲に吹き荒れる風の音にも負けず、クリリがその声をアラトに届かせる。


「どうしてっ! わたしを、助けるんです!? そんなボロボロになってまで!!」


 その声は、涙に濡れていて。


「おにーちゃん……いえ、貴方なら気がついていたはずです!! わたしの、本当の気持ちに!!」


 その叫びは、困惑でいっぱいで。


「わたしの好意は、データに埋め込まれた好意!! わたし自身の想いじゃない!! わたしは、本当は、貴方が好きでもなんでもないんです!!」


 その嘆きは、痛みを含んでいるように思えたから。


「わたしはっ────」

「それでも!!」


 アラトは、自身を罪悪感で傷つけるクリリの慟哭を遮った。


「それでも、助けるよ。クリリは短い間だけど一緒に過ごした仲間で、妹分みたいなものなんだから」




「……ッ! ……ううっ、うぇぇえええん!!」


 その言葉を聞いたクリリは、本格的に泣き出してしまった。

 アラトがどうすればいいのかわからず困惑すると同時、怒鳴り声が轟く。


「クシュル! 効果時間2秒! 突っ込め!!」


「はいっ!」


 簡略化された言葉だが、レイドでボス攻略をしたこともあるアラト達はこの言い方に馴染みがあった。


 ボスとの戦闘中にいちいち、「私の使ったこんな魔技の効果時間は後何秒なので、誰々さん、魔技の効果が切れるタイミングで敵に接近してください」などと言う暇はない。それを手短かに伝えるための手法はいくつか確立されていた。キララが言ったのはそのうちの1つだ。





 きっかり2秒後。

 キララが撃ち出していた風の刃が止み、クシュルがアラト達に群がる角ウサギに向かって突っ込む。







 狙いは付けていた。風の刃が吹き荒れる中、自分は攻撃できない悔しさを噛み締めながら、ずっと。

 今、視界にいる角ウサギ────1匹たりとも、逃しはしない。


「このクソウサギ共ォ!! 私のししょーにッ、近寄るなァッ!! 『上位下級切断技巧・近距離斬撃ショートレンジ・スラッシュ』!!」



 『上位下級切断技巧・近距離斬撃ショートレンジ・スラッシュ』。半径10m程度の範囲にいる対象に手元で起こした斬撃を叩きつける技巧だ。もっと上の階級で射程の長い同種の技巧も存在する。

 また、斬撃ではなく打撃を叩き込む『上位下級殴打技巧・近距離打撃ショートレンジ・インパクト』などの技巧もある。



 クシュルは刀身の伸びた双剣を振り抜く。明らかに角ウサギには当たらない軌道──しかし、先程クシュルが視界に収めていた角ウサギの全てが、血飛沫を撒き散らしながら絶命した。








 決着がついた。


 喧騒から静寂への転調。

 生きている者はアラト達4人だけで、それ以外に動く者はこの場にはいなかった。


 クリリの泣きじゃくる声がやけに大きく響く中、アラトは『防御膜』を解除する。


 そのまま自分に増血を施そうとして────ふらついて、膝をついた。


「ししょー!?」


「アラトッ!」


「おにーちゃん!?」


 一番早く反応したクシュルは、真っ先にアラトに駆け寄った。


 アラトにくっついていたクリリはアラトを支えきれず、アラトが地面に倒れ込まないようにするしかなかった。そのままアラトに寄り添う。


 キララは駆け寄りたい気持ちをぐっと堪え、周囲の警戒を始めた。ここで攻撃されたらたまったものではない。仮に敵が来ようものなら、全身全霊で焼き殺すと覇気を放つ。



「わ、悪い……ちょっとふらついた。少し休んでから増血かけるから、ちょっと待っててくれ……」


「ししょー……わかりました。その間、私が必ずししょーを護り──」


「『下位中級回復魔法・増血(ゾーチ)』ッ!!」


 クシュルの言葉を遮り、クリリが『増血』の魔法を唱えた。

 見てられない、そんな様子で。


 クシュルは自分のすることがなくなったことで文句を言うか、それともアラトを早急に救ってくれたことに感謝を示すべきか逡巡し────ある事実に気づき愕然とした。


「……クリリ、やっぱり貴女……回復魔法が使えたんですね?」


「…………」


 クリリは、黙して答えない。


「王都に向かった時、ししょーは全員に訊ねていましたよね? 光魔法を使えないのかと。回復魔法を習得するには光魔法を使えることが必須。何故隠していたんですか?」


「…………」


 クリリは、口を開かない。


「結果的には、光魔法で誤魔化さない方が良かったと言えるかもしれません。ですが、こんな状況です。共に行動することになった仲間なら、自分のできることを隠すべきではないのではありませんか?」


「…………」


 クリリは、言葉を発することなく俯いた。


「どうなんですか、クリリ!!」


「待てクシュル、それはあたしが──」


「キララさんは黙っていてください!! 私は、クリリに訊いているんです!!」


 キララがクリリを庇うためか言葉を発しようとしたのを、クシュルの一喝が黙らせる。

 その眼には、憎しみにも似た激情が宿っていた。


 その時。


「クシュル、やめろ」


「っ!? ししょー!」


 アラトだ。

 失われた血量が補充され、ゆっくりとだが立ち上がることはできた。

 身体を支えてくれていたクリリの頭をポンポンと叩き、クシュルと向き合う。


「俺がこうなったのは、俺が不甲斐なかったからだ。クリリは悪くない」


「でも、クリリが光魔法と回復魔法を使えるのを隠していたのは事実で……!」


「そうだな、それは事実だ。でも、今回俺がボロボロになったこととは関係ないだろ? だから、そのことでクリリを責めちゃダメだ。わかるな?」


「でも、でも……!」


 駄々っ子のようにイヤイヤと首を振るクシュルに、アラトは近づき頭を撫でる。


「ありがとう、俺のために憤ってくれて。クシュルが俺のことを真剣に心配してくれるだけで、俺は充分だよ。だから、そんなに泣きながら怒らないでくれ。ありがとう、それとごめんな。心配かけた」


 クシュルは、途中からボロボロ泣いていた。

 アラトが傷ついたのが悲しくて。アラトが傷ついていくのを見ていることしかできなかった自分が不甲斐なくて。アラトの方がキツイはずなのに、八つ当たりをすることしかできない自分が悔しくて。

 様々な感情がごちゃ混ぜになって、クシュル自身も何が何だかわからない。


 ゆっくり、ゆっくり。そんなクシュルに自分の気持ちが伝わるように、アラトは穏やかに頭を撫で続ける。




 クシュルもクリリも泣いていて、2人のサポートNPCが深夜の森林で泣きじゃくるという奇妙な空間が生まれていた。

 だが、そんな妙な状況の割には険悪な雰囲気にはなっていなかった。


 クシュル達が落ち着くまで、アラトとキララは周囲の警戒もしながら待っていた。








「さーて、落ち着いたか? おめーら」


「お恥ずかしいところをお見せしました……」


「ごめんなさいです……」


 アラトは血が戻ったとは言っても体力を消耗していたため、少し休ませていた。

 キララが腕を組んでクシュル達2人を見下ろしている。

 2人は正座して猛省していた。

 クシュルは取り乱しすぎて八つ当たりしまくっていたし、クリリはクリリでなんか色々アラトにぶちまけてしまっている。

 やっちまった感がすごかった。




「しかし、なんでクリリを分断されたことに気づかなかったんだろーな」


 キララの呟いた疑問。


 それに、横になって休んでいたアラトが答えた。


「たぶん、向こうにかなり優秀な幻惑魔法使いがいる。俺達に気づかれないレベルの誤認識系統の魔法を狙って使ったんだろう。してやられた」


「油断があったな。あたし達に」


「ああ、そういうことだ。まだ甘かった。全てを想定しても足りない、そう考えていないとな」


 アラトはそう言うと、全員に補助魔法をかけ始めた。

 もう油断はしない。そう言っているかのようだ。


 アラトからの補助魔法を受けながら、クシュルが呟く。


「それにしても、なんで回復魔法のことを隠してたんですか? クリリ。あれ、貴女自身の判断ですよね?」


 それに対するクリリの返答は簡潔だった。


「……はぁ、クシュル。その通りですけど。いいですか? わたしは貴女達とは初対面だったんです。手の内を全て見せるわけがないです。……まあ、今は反省してるです。ごめんなさい」


「……いえ、自分の手の内を隠すのは当然ですね。こちらこそすいませんでした」



 気まずい雰囲気の中、サポートNPCの2人が和解する。



「……よし、掛け終わった。皆ありがとう、少し休めた。準備はいいか? 行こう」



 アラトが補助魔法を全員に掛け終わり、身体を起こした。

 ケモ耳3人娘もアラトの言葉に頷き、広場を後にする準備をする。



 暗闇に潜む敵を探す森林探索は、まだまだ続く。




いかがでしたか?


アラト達、まだ舐めていた様子。

手痛い歓迎を受けました。


次回こそ、全力の探索になることでしょう。

魔王幹部と出会うのはいつになるのか、俺にもわからない。


では、また次回。

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