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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
35/46

サポートNPCがいない日


こんばんは、ごぶりんです。


月末に間に合いましたね。

今は6月31日午前0時です。

4ヶ月連続月末更新ですよ。すごいですね俺。


そんな話はさておき。

クシュルとクリリがいない状況、アラト達はどう動くのか?


では、どうぞ。

 




 むくり。


 ある宿屋の一室で、2人の人物が身体を起こした。


「おはようキララ」


「おうアラト、おはよ」


 アラトとキララだ。


 身体の調子は万全。しっかりと寝て僅かばかり溜まっていた疲れも取れたし、起きたばかりで寝惚けているなどということもない。

 ゲーム時代、頻度は少なかったが、叩き起こされた直後に戦闘に入るということもあったのだ。完璧に覚醒するくらい、文字通り朝飯前である。


 しかし、2人は浮かない表情を見せる。理由は簡単、アラト達の視線の先で眠る各々の相棒だ。


「……まだ起きねーか」


「起きててくれたら何の憂いもなかったんだけどな。キララ、今日の夜までに2人が起きなければ、俺達だけで行く。それでいいか?」


「よくはねーけど、仕方ねー。やるっきゃねーだろ」


 キララは既に、アラトと2人だけで敵の真ん中に飛び込む気でいるようだ。戦意が少しばかり漏れている。2人が今日中に目覚める見込みは低いと考えているのか。


「イライラするのはわかるけど、落ち着けキララ。今からピリピリしてても疲れるだけだぞ」


 アラトから指摘されて、初めて自分の状態を把握したのか。キララは僅かに眼を見張る。


「……ふ───。悪い」


「いいって。でも今日は、あまり外に出ずに調整する方がいいかもしれないな」


「そーだな。そうしようぜ」


 昨日、冒険者ギルドから出る前に依頼掲示板を確認したところ、案の定魔物の死体処理の依頼が出ていた。

 しかしアラト達は、その依頼を受けていない。処理の推奨ランクはEもしくはFでアラト達の適正ランクではなかったし、その護衛の依頼もまとめて出ていたのだが今日はなるべく疲れることはしたくなかった。


 アラトとキララは寝間着から着替え、しかしそれでも相当ラフな姿で部屋を出る。

 今はアラト達以外に宿泊客はいない。経営できるのか不安になってくるような客入りだが、王族のお忍び時に御用達の宿ということで、国から支援金が出ているらしい。というか、時間をかけて交渉したそうだ。あんなんでもラスカは優秀であり努力家である。

 まあ、実際はほとんど支援金を使わないので、必要になる場合に申請して使う形になっていると言っていた。

 閑話休題。


 階段を降りる直前、キララが思い出したように呟いた。


「そーいや、あたしらが張った結界、何の反応もなかったな」


「ああ、そうだな。まだ攻めてきてないって確定できるだけでも大きい」


 夜、寝る前。

 アラトとキララは協力して結界を張っていた。『下位中級空間魔法・感通結界』と『下位中級空間魔法・伝報結界』だ。この2つの魔法は片方だけでも使えるが、一緒に使うとその効力が跳ね上がる。この結界は重ねると混ざり合い、『中位上級空間魔法・感精結界』と同様の効力を発揮するのだ。


 通常、これらは上級魔法を使えない1人が同様の効果を得たい時に使う魔法だった。別々の者が魔法を使っても、その時の意識に微妙にでも差があれば、結界同士が綺麗に混ざらないためだ。

 しかし、アラト達はそれをやり遂げた。この世界における魔法構築のシステム、アレを理解できたのが大きかった。なんてことはない。擬似パーティーチャットで2人の意識を繋ぎ、それを調整した状態で空間魔法を同時に使っただけのこと。

 ……まあ、簡単にできるかどうかは置いておくが。


 『感通結界』の方は結界を通過した生命体の延べ数が設定値を越えた時に消失する。そして『伝報結界』は結界が消失した時にそれを報せる。

 2人で同時に使って混ぜたからか、この報せはアラトとキララの2人に届くようになっていた。それは試してみて判明したので、王都の外門よりもさらに外まで結界を広げ、モンスター共が来たらすぐわかるようにして寝たのである。


 結果、その結界からの反応は何もなく、たった今結界が自然消滅したので、キララが口に出したというわけだ。


「今日は問題なかった。ってーなると、やっぱ山場は明日か?」


「昨日と変わらずそんな感じがする。断言できないのは気持ち悪いけど」


「まー断言したらお前何者だよって話になるしな」


「それは確かに。言えてるな」


 キララの身も蓋もない発言に「気にしてもしゃーないことを気にすんな」という慰めの色を感じ取ったアラトは、軽く笑って気持ちを切り替えた。






「おはようラスカ」


「はよー」


「おう、起きてきたか。実はお前らにちょっと話があってな……飯を食いながらでいいから、聞いてくれ」


 そう言いながら、ラスカは座ったアラト達の前に料理を置く。今日も栄養バランスは良さそうだし美味しそうだった。


 アラト達は遠慮なく頂きながら訊ねる。

 もちろん、口の中に物を含んだまま話したりはしていないが。


「んで? 話ってのは?」


「ああ。その前にお前ら、今日の予定は?」


 その瞬間。アラトとキララは嫌な予感に襲われた。

 この、本題へ入る前に予定を確認するという流れ。リアルで幾度となく体験した、何かしらの予定をねじ込もうとする者の導入だ。


 2人の脳裏に、様々な光景がフラッシュバックする。


『なーなー(あらた)ー、お前今日予定あるー? え、課題? 嘘吐くなよなー、お前があの課題3つを当日に終わらせたのは知ってるんだぜ? お前有名人なんだから、大学に残って課題なんてやってたら俺には筒抜けだね。俺の交友関係の広さは知ってるだろ? んで、本題なんだけどさー。合コン付き合ってくんね? いやいや、楽しく会話を盛り上げてくれなんて言わないから! 数合わせ、ただの数合わせだから! な、いいだろ? 特別な予定はないんだし、友人を助けると思ってさー』



『ねーお姉ちゃん? 今日何か予定あるの? ……え、ゲーム? そういうの予定って言わない。他には? ……結構ヤバめなレポート? それならよくできた妹である私が後で付き合ってあげる。他には? ……ないのね。ならさ、お買い物行こ! あのね、駅前のモールに新しくお店が入ったんだって! それがなんと、あの有名な戸賀崎グループのブティックでね? 私、あそこの服は特に似合うと思うんだよねー。私にも、お姉ちゃんにも。開店セールもやってるって言うし、お願い! 一緒にお出掛け、しよ?』



 アラト達はそうして幾度となく連れ出されている。

 この手の攻撃(※アラト達の主観です)をしてくる輩は、こちらの予定がないことを予め調べた上で仕掛けてきていることが多い。ラスカはどうか。


「あ……」


「特に依頼は受けてないってヴィンセンスから聞いてるんだが」


 アラトが口を開いた瞬間、それに被せるようにラスカが追撃してきた。

 アラトは胸中で舌打ちする。

 今のタイミング。完全に狙っていた。ラスカはアラトが口を動かしたのを見た瞬間、声を発したのだ。

 これは、いよいよ強敵だ。


「……ああ、そうだな。今日はゆっくりする予定だったから依頼は受けなかったんだ。できれば部屋で休んでいたいんだが、どんな用なんだ?」


 アラトは方針を切り替え、『確かに暇ではあるんだけどそれを休みに当てるつもりだったんですよ』的な態度を醸し出す。

 ささやかな反撃だが、ラスカはどう出る。


「ああよかった。お前らの予定がないんならちょっと頼まれごとをしてくれ。っていうのも、ヴィンセンスに言われたんだがな? 昨日、大量発生した魔物の死体の撤去依頼を出したら、片付け班はそこそこの数集まったらしいんだよ。でも、護衛班が全然いないらしくてな……それ、やってくれないか? これ、依頼の用紙」


 ラスカはそう言って、アラトが読めるように依頼用紙を置いた。

 というか、やり口がえげつない。依頼を受けてないことはヴィンセンスから聞いてると言いながらその実、頼みごとはヴィンセンスのもの。裏は一応取りましたどころの話ではなかった。根回しが完璧である。


 アラトの僅かな表情の変化からその心の機微を読み取ったか。ラスカが苦笑いで告げる。


「すまねえな、アラト。正直こんな騙し討ちみたいなことはしたくなかったんだが……ヴィンセンスの奴も相当切羽詰まってるみたいでな。この都市のどの宿屋にもお前らがいないことを調べ上げ、だからこそうちだと当たりを付けて頼んできたんだ。あいつの頼みを無碍にはしたくねえし……この通りだ、頼む!」


 ラスカが頭を下げてくる。

 正直そんなことをされても困ってしまうアラトは、溜め息を吐いた。


「……はぁ。仕方ないな、やるよ」


「ありがとな、助かる」


「キララ。勝手に決めちゃったけど、問題ないか?」


 相談せずに決めたのは問題だ。アラトはキララに今更ながらの確認を取る。


「……んー、まあいいよ。でもアラト、確認は先に取れ」


「……そうだよな、ごめん」


「次やったら断るからな。今回はやる」


「ありがとう、キララ。それにしても、ヴィンセンスさんは何を危惧してるんだ?」


 アラトの純粋な疑問。

 それに答えたのは、この世界で暮らすラスカだった。


「ああ、そういやお前ら山育ちだとか言ってたな。てことは、アンデッド化も知らねえんだな?」


「ああ」

「知らねーな、予想はつくけど」


 アラトとキララは揃って首を横に振る。

 まあ、2人とも予想はできていたが。


「アンデッド化ってのは、人や魔物を死んだ状態で放置してると起こる現象だ。良くねえモンが取り憑くのか、死骸のままで動き回るようになる。ああなると滅ぼすしかないんだが、それが面倒くせえってのとそもそも汚ねえってんでアンデッド化はさせないように努力するんだ」


 概ね予想通り。古来より創作で使われてきたアンデッド化のようだ。

 ラスカは指を1本立てる。


「今回は事が事だったから仕方ない面はあるんだが、まず丸1日死骸が放置された。状況にも寄るが、下手したら数匹アンデッド化してもおかしくはねえ」


 続いて中指も立てた。


「次に、あそこで死んだ魔物の数だ。幸いにも死人は出なかったらしいが、あんだけまとめて死んでりゃ良くねえもんが溜まってるのは想像に難くねえ」


 アラトは具体的にイメージできた。

 ラスカの言う『良くないもの』とは瘴気のことだろう。『呪われた武器群』が好み、彼らが振るう力である呪力とほぼ同質のもの。それが瘴気だ。

 アラトの使う呪詛魔法も呪力の塊。瘴気を丸ごと撃ち出しているようなものでもある。


 瘴気は多くの死がある場所、憎悪や怨嗟が重なる場所、または純粋に風通しの悪い場所に溜まりやすい。

 何故風通しの悪い場所に溜まるのかと言うと、これはアラトも知らなかったことだが、瘴気は魔力に弱い。同量の魔力がぶつかるだけで散らされる。

 風通しの良い場所は大気中を漂う魔力が絶えず行き交うので瘴気が溜まりにくく、風通しの悪い場所は魔力が当たりにくいので散らされにくい。


 それを学術的に証明した訳ではないが、この世界の人は知っていた。アンデッド化しそうな時は、魔法で炎を生み出して火葬するべきだと。


 ラスカが話を続ける。


「今言った2つの理由で、魔物のアンデッド化の可能性があること。魔物を1度燃やすために、死骸処理班はMPを温存していられないこと。大量の死骸を目当てに、飢えた魔物が現れる可能性があること。ちゃんとした護衛が欲しい理由はこんなとこだな」


「説明ありがとう。さて、準備して行くか」


「そーだな。さっさと部屋に戻ろう」


 朝食を食べ終えたアラト達は、席を立つ。

 依頼をやるからには、適当なことはしない。準備は完璧にするつもりだった。

 階段に向かうキララを追うアラトは、途中で振り返ってラスカに笑いかける。


「ラスカ、すごい美味い晩飯期待してるぞ」


「へっ、任せとけ。お前らの疲れなんざ吹っ飛ばしてやるよ」


「はは、頼んだ」


「おう。気をつけて行ってこい」


 アラトは手を振ることで返事をする。ラスカはこれから食器を洗い、宿屋の管理を始めるのだろう。


(さてさて、俺達が必要な場面は来るのやら)


 アラトは考えを言葉には出さず、キララと共に部屋に戻った。







「こんにちは」

「ちはー」


「おお、アラト! よく来てくれた! さあ、こっちに」


 一応きちんと挨拶したアラトと適当極まりない挨拶をしたキララを出迎えたのは、冒険者ギルドのギルマス、ヴィンセンス本人だ。

 こっちに、と呼ばれ奥の一室に入る。


 全員が席に着くと、ヴィンセンスがアラトに訊ねる。


「アラト、後の2人はどうした? 一緒ではないのか?」


「ああ、ちょっとな。今回はあいつらはいない。ところで護衛の依頼、受けるよ。報酬の確認してないけど」


「すまないな。人がいればお主らに頼む必要もなかったのだが……今回に限り報酬は相談して決めることになっているのだ。何かあるか?」


「うーん……? 俺はパッとは思いつかないな。キララは?」


「通るならこれ一択だろ。他の都市で新しく登録した冒険者の情報を寄越せ、だ」


「あー……まあ確かにそれが1番か。通るとは思えないけど」


「言うだけ言ってみよーぜ」


「ヴィンセンスさん、他の冒険者の情報っていうのは可能か?」


 アラトとキララの相談の結果、他のプレイヤーの情報獲得を目指すことに。

 アラトの発言だけでは内容を予想できなかったヴィンセンスは、唸る。


「うぅむ……情報、か。それはどのような情報だ?」


「俺達みたいな、新しく冒険者ギルドに登録した強い奴らの情報。数は多いと思う」


「…………」


 ヴィンセンス、10数秒の黙考。

 その間に何を判断したのか。ヴィンセンスは口を開いた。


「……すまないが、それは無理だ。情報の価値は、重い。お主が何を知っていようとも、いや知っているなら尚更、俺はその情報を簡単にくれてやるわけにはいかない。お主との交渉材料になるやもしれんのだから。それは、わかっているのだろう?」


「ああ、わかった上で訊いた。でもそれなら、どうするかね……」


「アラト」


「うん?」


 キララがダルそうに言った。


「お前本当は報酬も要らないんだろ? なら貸しにしとこーぜ。これ以上時間食うのもアホらしいし、恩を売っといた方が後々楽だろ?」


 なるほど。

 アラトは素直に感心した。

 具体的に決められないのなら、それを逆手に取って恩を売ればいいのだ。


「ヴィンセンスさん」


「うむ」


「今回の報酬、貸しってことでどうかな?」


「む……貸しだと?」


「ああ。今回は報酬を受け取らない。でも、これは報酬が要らないって意味じゃない。いずれ、何らかの形で報酬をもらいたい」


 ヴィンセンス、再びの黙考。今度は30秒程度と、先よりは長かった。


「…………借りは作りたくないが、やむをえん。いいだろう。今回無理を言っているのはこちらだしな」


「なら、そういうことで。依頼の内容を詳しく教えてくれないか?」


「うむ」






 結論から言えば、依頼はとても簡単なものだった。

 やることと言えば、寄ってくる魔物に対する警戒・対処と魔物の死骸がアンデッド化した際の対応。これに尽きる。

 しかし、今回は死んで放置された魔物の数が多かったため、アンデッド化するとなれば一斉にかなりの数が変化すると予想された。その対応をするのがパーティーランクC・Dのパーティー1つずつでは不安だったようだ。

 そこで、パーティーランクはBとはいえ明らかにそれ以上の実力を持つアラト達に頼みたかったらしい。破格の報酬の理由は、起きるかもわからない事象の警戒のために、普通に稼げるパーティーを拘束してしまうためだそうだ。


 門を出たところで集合とのことだったので、アラトとキララは宿に寄ってから外門へ向かった。


 王都を出るためには、外門に詰めている衛兵から許可を得る必要がある。

 アラト達のチェックをすることになったのは、ここに初めて来た時に詰所にハイギスと共にいた無口な衛兵、ヨダンだった。


「……アラトさん。今日は?」


「ご存知かとは思いますが、大量発生した魔物の処理作業がこれからありまして。その護衛です」


「……そうでしたか。問題ないですね。どうぞ、お通りください」


 アラトの提示したギルドカードを板のような物に翳し、アラトの発言と依頼内容に食い違いがないことを確認したヨダン。

 王都から出るための通路の前に立ち塞がる衛兵に目配せをして、アラト達を通してくれる。


 ヨダン。無口な彼は、丁寧で素早い仕事をする人物だった。


 ちなみにキララは、ヨダンが喋ったことに内心酷く驚いていた。めっちゃ失礼である。






「────こいつらか」


「ふわぁぁぁぁ〜〜〜……ねむ」


 門をくぐり外に出たアラトは、前方に集まる冒険者らしき一団を見て一言呟いた。

 その隣でキララは大きな欠伸。一応手で口元を隠してはいたが、かなりはしたない。やる気のなさが半端なかった。


 アラトとキララが集団の方に歩いて行くと、板とペンを持った男が近づいて来た。

 それまでの光景を見るに、点呼を取っていたらしい。板の上には紙が乗せてあるようだ。


「魔物の死骸処理をしに来た冒険者ですね? パーティー名を────おや、アラトさんにそちらはキララさん、でしたか?」


「あんた──いや、貴方は確か……レイルさん、だったか」


「なんと、覚えていてくださいましたか。これは嬉しいですね」


 冒険者ギルドでアラトと戦った中で、ヴィンセンスの次にレベルの高かった男、それがレイルだ。

 戦闘になればどうかはわからないが、普段はこのように爽やかな好青年なのだろう。


「レイルさん、点呼を取っていたのか?」


 アラトがそう訊ねると、レイルは微笑を浮かべて答えた。


「レイルでいいですよ。その通りです。今日来るはずのパーティーは確認してありますから。アラトさん達は……依頼を受けておられなかったのでは?」


 レイルが手に持つ紙には依頼を受けたパーティーが記載されている。それはアラトからも見えたが、今レイルは手元に視線を送ることなく訊いてきた。確認してあるという言葉の通り、頭の中に一覧があるようだ。


「ああ、そうなんだけど。ヴィンセンスさんはCとD1つずつの護衛じゃ不安だったみたいでさ。Bの俺達にも頼みたかったらしくて、頼まれた」


 すると、レイルは驚いた表情を浮かべた。


「そうでしたか。ヴィンセンスからは何も聞いていなかったもので……アラトさん達が参加してくださるならありがたいです。書き加えておきますね」


「うん、よろしく。それと、ヴィンセンスさんを責めないでやってくれ。俺達が参加するかわからなかったわけだし、誤った情報を与えたくなかったんだろう」


「はい、それは承知しています」


「あーあと、俺達に対してそんな(へりくだ)らないでくれ。むずむずする」


 アラトが耐えかねたように言う。


「こういった公の場では了承しかねます」


 しかし、レイルの返答は素っ気ないものだった。


「え? そんなに厳しいのか?」


 アラトの問いは言葉が欠けている。しかし、このレイルという男、中々優秀だった。


「ええ。ただでさえ冒険者の中には粗野な連中が多いですから。その上で冒険者をまとめているはずの俺達が粗野なそぶりを見せるわけにはいかない! とはヴィンセンスの言です」


 アラトの意図を汲み取った、的確な返答をする。


 アラトはそれを聞いて、若干落ち込んだような雰囲気を出す。


「そうか……まあそういう教育なら仕方ない、か」


「ですが、アラトさんに対しては固くなりすぎないように気をつけますよ。そうして欲しいようですしね」


 その言葉も丁寧ではあったが、キッチリした敬語を使うのはやめていた。

 レイル、イケメンである。


「レイル、助かるよ。無理言ってごめんな」


「いえいえ。さて、残り来ていないのは護衛を務めるランクDのパーティーだけですね」


「────悪りぃ、遅くなった!」


 ────────聞き覚えのある声。

 向こうからはアラトの背中しか見えていないから、気付かなかったのだろうか。それでも、隣にいるキララは後ろ姿でもわかりやすそうなものだが。


 周囲の冒険者が声の主に振り向く中、アラト達が振り向かないのは不自然だろう。先程の声がレイルに向かって投げられているのだから、尚更だ。普通は気になって振り向く。

 正直、アラトとしては面倒だから関わりたくない相手だったが、同じ護衛ならばそういうわけにもいかない。

 観念してアラトは振り返った。


 視線の先には、4人の男。

 先頭を駆けていたラーチェは、アラトに気付くと指をさして叫んだ。


「あっ、あんたは! アラト!」


他人様(ひとさま)に向けて指を突き出してんじゃねえよその指斬り落とすぞ」


 ふと口を突いて出た言葉に殺気を乗せて、ラーチェとの距離を詰める。

 アラトの手には、剣。突き出されている指に添え、本気で斬り落とせる状況を作る。


 腰に下げていた物を抜いた────周りにはそう見えただろう。

 実はアラトは、ずっと手に剣を持っていた。『影法師』に『多重合体幻覚(マルチユニオンハルシレーション)』を使わせて周りの認識を誤魔化していただけだ。

 ()の言葉も、周りには聞こえないように調整させている。


『……旦那ぁ。いくら俺でも、いきなり指を斬り落としはしねえぜ? どうしたんだよ?』


「…………」


 ソーズが呆れたような声でアラトに訊ねる。

 アラトはそれを黙殺した。

 正直言って、アラトはこのラーチェという奴が嫌いだ。礼儀がなっていないし、周りも見えていない。愚かしすぎる()()を見てると、イライラするのだ。


 アラトの殺気と行動に、その場にいた冒険者が沈黙する。完全に空気が凍りついていた。


 ところで話は変わるが、アラトは今ソーズしか手にしていない。ドーズはどこにいるのかと言うと、クシュル達が眠る宿屋の部屋だ。ドーズとソーズは2人だけのパスがあり、どんなに離れていても連絡が取り合える。それを活かして、クシュル達が目覚めたらソーズ経由で伝えてもらおうと考えたわけだ。


 話を戻すと、アラトの目の前で場が動いた。

 ラーチェの横から腕が伸びてくる。

 全力で殺気を叩きつけられてカタカタ震えているラーチェの腕を下ろさせて、アラトの剣先から外す。

 ラーチェのパーティー『四色獣』のメンバー、ラッピーだ。


 アラトの殺気にも怯えることなく、声をかけてくる。


「アラトさん、うちのラーチェがすみません。ですが、殺気を放つのはやめてくれませんか? ラーチェだけでなく、周りの皆さんも困惑しています」


 緊張はしているようだったが、それでもしっかり言い切った。

 アラトは数瞬黙り、剣を引く。


「………悪かった。今のは俺が悪い」


「いえ。ラーチェも褒められた行動ではなかったですから」


 ラッピーがラーチェの首根っこを掴んで引き下げる。

 そして、後ろの仲間にラーチェを渡すと、レイルへと報告した。


「パーティー『四色獣』、到着しました。遅れて申し訳ありません」


「はい、確認しました。今日はよろしくお願いします」


 レイルは紙に書き込み、冒険者一同を見渡した。


「これで全パーティーが揃いました! これから、魔物の死骸処理を始めます! 向こうへ移動してください!」


 冒険者達から、了承の旨の声がパラパラ上がる。

 それを聞いて頷いたレイルは、最後にアラトへと視線を向けた。


「最後に、アラトさん。問題は起こさないようにお願いしますね」


「……はい。すみませんでした」


 レイルがわざわざこの場で全員に聞こえるように言ったのは、冒険者を管理する側の冒険者ギルドが冒険者に臆することはないということを示すためだろう。

 さっきレイルは、アラトの殺気で動けなくなっていたから。他の冒険者も固まっていたので、気付かれてはいないと思うが。


 目的を推測したアラトはそれが合っているかわからなかったが、大人しく返事をする。実際、本当に申し訳ない気持ちもあった。


 冒険者達はどことなくホッとしたような雰囲気を醸し出しながら、魔物の死骸の方へ向かう。


「アラト、行こーぜ」


「ああ、行こうかキララ」


 アラト達も、その後に続いた。










 護衛中。

 アラトは、とても暇を持て余していた。


「大変そうだな、埋める方は」


「だなー」


 隣にいるキララと言葉を交わす。キララも暇そうだった。

 作業組は明らかに忙しい。

 まず穴を掘った。魔物の死骸を埋めるための穴だ。

 そして弱い火魔法を使える冒険者の前に魔物の死骸を運び、他の冒険者が燃やした死骸に水魔法で水を掛けて冷やす。その後冷えた死骸を最初死骸を運んできた冒険者とは別の冒険者が穴まで運ぶ。

 それを繰り返す。尋常でない数の死骸で、だ。


 そんなわけで向こうはとてつもなく疲れる肉体労働だが、アラト達は暇を持て余しまくっている。

 死骸を狙った魔物が現れることもない。これだけの数の冒険者を見ても恐れないような強い魔物は、そもそも魔物の死骸などに興味を示しはしないからだ。



 アラトが出そうになった欠伸を噛み殺していると、ラーチェが近くに寄ってきた。


「…………なんだ?」


 無視するか悩んだが、声をかけて欲しいオーラが半端なかったのでアラトは声を発する。

 ラーチェは顔を輝かせ、アラトに話しかけてきた。


「なあアラト、あのもう1人の狐人族はどうしたんだ?」


「……はぁ」


 もうこいつには何を言っても無駄だ。この態度は治らない。アラトは確信した。確信できてしまって頭が痛くなる。


「クリリとクシュルは今はいない。ちょっとな」


「そうか……あの子にお礼を言いたかったんだけどな」


 それを聞いたラーチェは明らかに残念そうな表情になる。

 その発言に、気になる用語が混じっていた。


「お礼?」


「ああ。アラトは聞いてないか? 俺達、ヤバいゴブリンソルジャーに襲われていたところをアラトの連れに助けてもらったんだよ」


「ああ」


 そういえばクシュルが言っていた。

 ラーチェ達に興味がなさすぎるのか、今の今まで本気で忘れていたアラトだったが。


「そういうことなら、俺からあいつらに伝えておくよ。要件はそれだけか?」


「おう、そうだけど」


「なら戻れ……お前のパーティーメンバーも向こうで待ってるだろ」


 呆れと共に言葉を吐き出す。

 ラーチェ、本当に周りが見えていない。


「あっ、ホントだ! んじゃあ、よろしくな! 今度改めて礼は言わせてくれ!」


「はいはい、善処するよ」


 お礼を言う感性は普通なのに、何故他はああなのか……謎が尽きない。






 結局。そのまま何事も起きることなく、護衛の依頼は終わった。


 レイルが声を張り上げる。


「皆さん、お疲れ様でした! 報酬は冒険者ギルドでお受け取りください! 解散です!」


 レイルの号令を受けた冒険者達は、パーティー毎に王都に戻っていく。



「さてアラト、戻ろーぜ」


「ああ。行くか」


 アラトもキララと共に歩き出したその時、ソーズが思念を発した。



『旦那ぁ! 嬢ちゃん達が目を覚ましたらしいぜぇ!』



 それは、待ちに待った吉報だった。





如何でしたか?


話が何も進んでねえなこれ。ちょっと我ながらびっくりしてます。


最後、クシュルとクリリが目覚めたとの報告がありましたね。

寝起きの2人は森への侵攻に参加できるのか?

アラトとキララはどうするのか?

乞うご期待。


では、また次回。

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