嫌な流れと、調べ物
おはようございます、ごぶりんです。
昨日「今日中にあげなきゃなー」とか思ってたんですけど、昼寝したら忘れてました。
一応書き終わってはいたんですけどね。
前回はアラトが魔法に余分なMPを入れるという技能を修得して、使役しているモンスター達と遊びました。
今回は騒動がひと段落した後。しかし、やることは山ほどありますね。
楽しんでいただければと思います。
では、どうぞ。
『異次元地域』から《閑古鳥亭》の部屋に戻ったアラトは、クシュルとクリリがいることを確認して話があると切り出した。
2人も了承したので、アラトは新しい魔技の使い方を実演しながら説明する。
そのやり方をいち早く習得したのはクリリだった。手間取る様子もなく魔法を作ると、それを発動する。
掌に出現した小さな『火球』を見つめると、大きな溜め息と共にそれを握りつぶした。
「……はぁ。こんな簡単な方法があったとはです……」
「クリリ、すごいな? 1発でできるとは……」
「おにーちゃん、実はわたし、色々と解析してたんです」
クリリはそう言うと、説明を始めた。
クリリ達サポートNPCは、自分がサポートNPCであることを自覚している。ゲーム時代、様々なプレイヤーの生体魔力情報を読み取ってそのデータを数字の羅列に落とし込み、共通項からどのデータが何を示しているかを解析したのだという。
この羅列は『獄炎魔法が得意』な羅列で、あの羅列は『エルフ族』の羅列だ、というように。
それらを総合し、生体魔力情報を見るだけで何が得意で何が苦手か判別できるようになっただけでなく、魔技のデータを見ることでどんな魔技なのかを瞬時に判断することも可能になったそうだ。
それは自身の魔技にも応用できて、クリリはどこの羅列を弄ればどんな結果に変わるかがわかるようになったと言って、話を締めた。
「……そんなこと、できるのか? 解析して共通項で纏めるのにも膨大な記憶と照合が必要になるのに?」
「わたしには、できてしまうんです。おにーちゃん」
淡々と告げるその様子を見る限り、嘘を言っているとは思えなかった。
「そうか……それはすごい苦労だと思うが……」
「はいです。そして、こっちに来てそんなことができると聞いてしまったわけです」
想像してみてほしい。誰もが気付いていないことを長い時間をかけて自力で解き明かし、それを扱えるようになったのに、全く別の、しかも環境が変わったことによるズルのような方法で周囲ができるようになってしまったら。
それは、自尊心による独占欲などがなかったとしても、堪えるだろう。
少なくともアラトは、自分なら堪えると、そう思った。
「……クリリ。クリリが解析したこと、俺にも教えてくれないか」
アラトは唐突に、そんなことを言い出した。
「はい? どうしてです? 意味のないことだと思いますです」
「確かに、魔技に手を加えるにもそのやり方だと結果に見合わない労力だろうし、相手の魔技を解析するのにもやらなければならないことが多すぎるせいで実戦向きではないと思うよ」
アラトは、クリリの発言を一部認めた。クリリの修得している技術は、実戦に使うためならばほぼ意味がない。
でも、とアラトは続けた。
「設置されている罠を解析する、みたいなことであればかなり役に立つはずだ。俺達は、過去の経験から感覚を用いて推測するしかない。でもクリリは違う。見て、情報を読み取ることができれば、照合できる。そのノウハウは聞いておいて損はない」
「情報を読み取ることができるかどうか、わからないんです。それでもいいんです?」
疑惑のこもった声での問い掛け。
「ああ。まあ、クリリが嫌だと言えば強制はできないけど」
アラト、即答。一瞬も迷う素振りはなかった。
「……わかりましたです。どうやって伝えればいいです?」
「擬似パーティーチャットで。それなら汗流してる間も聞ける」
「はいです。おねーちゃん、聞きますです?」
「あー、いちおー聞いとくかな。アラトの言う通り、聞いて損はねーと思うし」
クリリを起点に魔力の繋がりを作って、パーティーチャットを成立させるアラト達。
準備完了、といったところでアラトがキララに切り出した。
「あ、そうだキララ。先に入ってこいよ。俺は後でいい」
「お、ならお言葉に甘えっかー。なるべく早く出てくるから」
「ああ、別に急がなくていい。俺はクシュルにさっきのやり方を理解させないといけないから」
「うう、ししょー、ごめんなさい……」
クシュルはアラトの手を煩わせてしまうことに申し訳なさを感じているらしい。アラトは手をひらひら振って答えた。
「謝らなくていいって。クシュルはあんまり魔法を使わないから、感覚も掴みにくいだろうしな。てなわけで、キララはいってら。クリリは俺のことは気にせずノウハウを説明してくれ」
「あいよー」
「う、ううーん。いいんです? 結構難しいことを説明するですけど……」
「アラトが構わねーって言ってんだ。遠慮せず説明しちまえ」
「は、はいです」
キララはそう言い残して、脱衣所に入っていく。
アラトはクシュルに再度説明を始めた。今度は技巧で実演しつつ、クシュルの感覚で掴みやすそうな表現を探しながらだ。
そして、クリリは瞳を閉じて、膨大な量のデータをキララとアラトの脳内に叩きつけた。
10分程時間が経って。
「あっ、できました! スッ、ってなるんじゃなくて、ギュッ、って感覚、ありました!」
クシュルは嬉しそうに身体を跳ねさせる。
アラトはそれを微笑ましそうに見ていた。
「よく頑張ったな、クシュル」
「はい! ありがとうございます、ししょー! これすごい便利なのわかりますぅ〜!」
アラトが教えてくれたことを習得できた嬉しさ故か、クシュルがアラトに抱きつく。
クシュルも風呂上がりのためかラフな格好をしていて、実は少し目のやり場に困ったアラトだったが、そんなことはおくびにも出さず慈しむようにクシュルの髪を撫でた。
なお、クリリは風呂上がりでもラフな格好はしていなかった。
「アラトー、いいぞー」
と、アラトがクシュルを褒めていたら脱衣所からキララが出てきた。髪は乾かし終わっており、衣服は先程着ていた物だ。恐らく、汗を流すついでに魔法で洗ったのだろう。
「おう、ありがとう」
「えへへぇ〜、ししょー」
「ほらクシュル、甘えるのは終わりだ。俺は汗を流してくるから」
「……はぁ〜い」
若干渋々ではあったが、アラトの言うことを素直に聞いてクシュルはその身を離す。
アラトが脱衣所に向かおうとした時、キララがクリリに話しかけた。
「あ、クリリ。あたしにはもう情報を寄越さなくて大丈夫だ。ちょっと情報量が多すぎていっぺんには無理だな、これ。1度整理するから、今度続きを教えて欲しい」
「わかったです、おねーちゃん。おねーちゃんとのチャットを切って、おにーちゃんには続けて情報を送りますです」
「ああ。頼んだ、クリリ」
「はいです」
キララが脱衣所に入ってから出てくるまでの10分少々、クリリはそのノウハウを送り続け、アラトは情報を受け取りながらクシュルを指導し続けていた。
『───おにーちゃん、もうちょっとペースを上げても大丈夫です?』
『ペース配分をしてくれていたのか。ありがとな。問題ない、上げてくれ』
『了解です』
アラトが脱衣所で服をアイテムストレージに仕舞っていると、そんな音声チャットが届く。アラトはクリリの気遣いに感謝しながら、怒涛の如くぶち込まれるデータを処理していった。
さらに10分後。
「ふう、気持ちよかった」
汗を流してから湯船に浸かり、身体をほぐしたりしたアラトが脱衣所から出てきた。キララと同じく、全身を乾かし終わっている。
アラトもクシュルやキララと同様に、大層ラフな格好だった。
ちなみにこのラフな衣類は、防御力や耐性などはないに等しい。だが、《マスパラ》ではゲーム内で寝ることも可能で、そういう時に着用する衣服も普通に販売していた。扱いはジョークグッズだったが、購入していたプレイヤーはかなり多かったはずだ。この世界に連れてこられた今、買っておいてよかったと思っているプレイヤーは大勢いるに違いない。
「おー、おかえりアラト。この後はもう寝るか?」
「それでいいんじゃないか? クリリ、お疲れ様」
「はいです。おにーちゃんもお疲れ様です」
「あ、終わったんだ?」
キララの問い掛けに2人が同時に頷く。
ほへー、と感心するキララを他所に、アラトはクリリに話しかけた。
「クリリは凄いな」
「……何がです?」
「解析したこと自体もそうだし、解析結果を完璧に把握してることもだよ」
クリリはじっとアラトを見つめている。
その目は、明らかに何かを探っていた。
「クリリに教えてもらったコレ、一応理解はできたよ。できたけど、使える気はしないな。すぐには覚えられない。情報を読み取れたとしてもその羅列を即座に対応させられる自信がない。でも、クリリはできるんだろ? 情報を見て、記憶している羅列と対応させて、判別すること」
「……はいです」
「だから、クリリは凄いよ。これ程の物を記憶し続けていられるのは、並大抵のことじゃない」
アラトの本心だとわかったのか、クリリはフッと微笑んだ。
「ありがとうです」
「これから暇な時に整理して覚えようとしてみるけど、たぶんこの手のことはクリリに任せることになると思う。よろしくな」
「任せてくださいです」
アラトとクリリが何か分かり合っていると、クシュルが面白くなさそうな顔で口を挟んだ。
「ふん、私にはよくわかりませんがししょーがそれを習得するのはすぐのはずです。チビガキの出番はすーぐなくなるに決まってますぅ〜」
「ハッ。わたしはおにーちゃんに頼まれたんです。ぶりっ子クソ女は魔法関係でダメダメだから僻んでるです? 羨ましいんです? ぷっ、ダサいです」
「ぁん?」
「はぁ? です」
クシュルとクリリがガンを飛ばし合う間に、アラトは色々と魔法を使っていた。《マスパラ》時代、巨大なダンジョンでは1日でクリアできない場合もあったため、ダンジョン内の野営という技術が上位のプレイヤーには普及していた。
アラトは、それに必要な各種魔法をこの部屋に対して使用したのだ。
「ほら、2人とも。魔法掛け終わったし、もう寝るぞ。眠いだろ?」
アラトが手を叩きながら声を掛けると、急に2人が眠そうな表情になった。
「あぁ、意識しちゃうとぉ〜…………」
「眠気が、クソヤバいのです…………」
フラ、フラ、とベッドに歩み寄ったクシュルとクリリは、そのまま倒れ込んで寝息を立て始めた。
「お、おいアラト……。こいつら今、ぶっ倒れなかったか?」
「倒れたな。何しろ寝てるってより、ベッドに引っかかってるって表現の方がしっくりくるくらいだ」
「だよなぁ……ちゃんと寝かせてやるか」
「そうだな」
掛け布団ごと下敷きにして眠るクシュルをアラトが、クリリをキララが抱き起こし、何とかベッドに正しく寝かせる。掛け布団も掛けてやって、2人は息を吐いた。
「一仕事終えたし、俺達も寝よう」
「ああ、お休みアラト」
「キララ、お休み」
アラトは発動させていた光魔法による光源を消す。
アラトとキララは瞳を閉じて、眠りに落ちた。
翌日。
アラトはその部屋にいる誰よりも早く目覚めた。
「……うーん、今何時だ?」
ふとした独り言だったが、その声に答える声があった。
『おはよう、アラト。今は3刻を少し過ぎたところよ』
「……あのなぁ、モリー。急に声掛けてくるなよ、驚くだろ。しかもなんでこんな独り言に……」
『え、だって……時間知りたそうだったし……』
しゅんとした雰囲気のモリンシャン。アラトは頭をガジガジと掻く。とてもやりにくい。しかしいつもアラトを見ているのだろうか。それはある種のストーカーでは?
アラトはそんなことを考えたが、それを頭の奥底に封印してモリンシャンに言葉を返した。
「はぁ……まあ助かったのは事実か。ありがとう、モリー」
『……! うん!』
音がするなら『パアアアアッ』と聞こえたんじゃないかというくらい雰囲気が明るくなるモリンシャン。
これが女神の職務を全うしようと頑張っていた女の子か。アラトは心の中で、会話に乗せず決意を固め直す。モリンシャンを必ず殺して、役割から解放しようと。
「つーかモリー。前に言った、他の奴の質問も聞いてやれってのやったのか?」
『ええ、やったわよ?』
「お?」
モリンシャンはアラトの提案を受けて、しっかりと他のプレイヤーの質問にも答えたらしい。
『て言っても、あたしが答えなきゃわからないような疑問を浮かべたのは6人しかいなかったけどね。他はこの世界の人に訊けばわかるものばかりだったから』
「まあ、そういうのまで全部答えてたらキリないだろうし、いいんじゃないか? あ、そうだモリー」
『うん? 何かしら?』
「モリー、俺達のデータに干渉できたんだよな? だから連れて来られたわけで。ならさ、俺達のデータにこの世界の日付と時間を書き加えることは可能か? 時間がわからないのは不便でしょうがない。ここの人達はどうやって日付と時間を把握してるのやら」
『うーん、すぐには無理ね。少し時間を頂戴。日付に関してはすごく便利な鉱石があるのよ。『万化水晶』って言うんだけどね。これは世界で唯一、勝手に構成が変わる鉱石なの』
「構成が変わる鉱石?」
ちょっと言っている意味がわからない。いや予想はできるが、信じられない。本当にそんなことがあり得るのか?
『ええ。採取前は、ただの純度100%の水晶よ。まあ、ただのとは言ってもそれも相当珍しい代物でしょうけどね。でも、『万化水晶』が凄いのはここから。採取した時から変わるんだけど、これ、日付に応じて中に金属が出現するのよ。たぶん、そこにある水晶を変化させているのね』
「いや、マジか……」
『マジマジ、大マジよ。金とか銀とか色々20種類。その構成の割合も1日から18日までで5%から90%まで増えて、18日から35日までで5%に戻るのよね。だから、1年20ヶ月の700日、つまり1ヶ月35日の日付がわかるわけ』
「…………」
もうアラトは何も言えない。不思議鉱石に完全に圧倒されていた。
『たぶんこれ、あたしの前任の神様が作ったんだと思うよ。日付わかんないの面倒で。化学じゃ説明できないでしょ?』
「ああ、少なくとも俺の知識にはない。でもそれ、内部に金が出現してる時とか、危なくないのか? 金や銀が盗まれたりするんじゃ……」
アラトがそう言うと、モリンシャンが明らかにニヤけた。気配でわかる。
『あら? あらあら? アラト、貴方相当動揺してるわね? 全然問題ないわよ。だって、構成は割合。『万化水晶』の中身の何%が金属に変わってる、ってだけなんだから。砕かれて一部が持って行かれても大丈夫』
「それもそうか」
砕かれたそばから割合を維持し続けるために金属の質量が減るだけなので、砕く意味もないということだ。
『それに、『万化水晶』なんて皆知ってるから、基本的に売り物にもならないしね』
「なるほどな」
納得はあまりできなかったが、そういうものなのだとアラトは理解した。そんな便利な物があるならありがたく使えばいいのだ。
「そういうことなら、わかった。俺は軽く汗を流す。時計の件、頼むな?」
『はいはい。それじゃあ、またね』
「おう」
モリンシャンとの接続が切れたのをアラトは確かに感じた。神力をかなりの精度で捉えることができるようになっているようだ。
「さーて、魔法でシャワー作って浴びるかー」
アラトはそう呟くと、脱衣所に入っていった。
「はー、さっぱり」
アラトは普段からの習慣だった朝シャンを済ませると、気分良く部屋に戻る。
「おー、朝からシャワーとはいいご身分で」
「あ、キララ。おはよう。そうなんだよ、俺は高貴な生まれだから?」
「おはよ。言ってろ」
キララが起きていた。軽口を交わし合い、朝の挨拶も交わす。
「そろそろ朝飯だ。……クシュルとクリリ、起きないな」
「だな。なーんか嫌な予感するな、これ」
「音を遮断してたから聞こえてないけど、ベルが揺れてたのをさっき感じたんだよな。取り敢えず行こう。2人が途中で起きてきたらラスカに飯を出してもらって、起きてこなかったら2人の分は外でって感じで」
「おっけー」
アラトとキララは部屋を出る。ラスカの美味い朝ご飯を食べて戻ってくる頃には、クシュルとクリリが起きていることを期待して。
────その期待は儚く裏切られ、キララの嫌な予感は当たることになる。
朝食後、アラトとキララは冒険者ギルドに向かって歩いていた。……その周りに、クシュルとクリリの姿はない。
「……あの2人、いつ起きるかな」
「わかんねー。でも、いつまでも待ってるわけにはいかねーだろ」
「そうだな。やらなきゃいけないことが多すぎる。まず、あの角ウサギが特別なのかどうかを調べないと」
そういうわけで、アラトとキララは2人で冒険者ギルドを目指していた。
「さっきアラトが言ってたこと、結構ありえそうなんだよなー」
疲労が溜まっていて云々の話だ。アラトは先程、その仮説をキララに話していた。その状態になっているのだとしたら、いつ目覚めるかわからないのが厄介すぎる。まあ、現状2人がいつ起きるかの予測などできていないのだからどの道厄介だが。
「あの2人がいないと、静かだな」
「…………ああ、すげー静かだ」
「……なんか、寂しいな」
「……ああ」
楽しく会話をするクシュル、無邪気に笑うクリリ、そして2人のガンの飛ばし合いからの毒の吐き合い。騒がしすぎる時もあったが、このパーティーには必要なものだったのだとなくなってから実感する。
「……行くか」
「……ああ」
2人は重くなった気分を吹っ切るように、足を早めた。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「こちらで先日冒険者になったアラトです。魔物の一覧のような物があると伺ったんですが」
冒険者ギルドの受付でそう告げると、受付嬢は掌を合わせた。
「ああ! ヴィンセンスから話は聞いております。今からご覧になりますか?」
「はい、お願いします」
「でしたら、こちらへどうぞ」
受付嬢がアラト達を先導し、ギルドの奥へと向かう。
アラト達が冒険者に関する説明を受けた部屋よりも奥に、その部屋はあった。
「ここは、書物庫になります。生息地ごとに大まかに分けた魔物一覧や、魔法を覚えるための書物などが置いてあります。ギルド内でのみ貸し出していて、持ち出すことはできません。また、借りる際には受付で書物を借りる旨をお伝えください。お名前を書いて頂くことになっております。書物をお読みになる時は、空き部屋をお使いください」
「わかりました。ありがとうございます」
「では、失礼致します。終わりましたら、書物を戻して頂いて、受付で使用完了だとお伝えください」
「はい」
受付嬢は一礼して書物庫を出て行った。
アラトはそれを見届けると、本棚から魔物一覧を引っ張り出す。適当に空き部屋に入ると、何冊にも及ぶそれを、アラトは猛烈な勢いで読み始めた。
キララは魔法を覚える書物、というのを持ってきたようだ。のんびりと、それを読み出した。
「…………ふぅ。終わった」
アラトは読んでいた紙束を机の上に置いた。
肩を鳴らす。少し凝ったらしい。
「あ、終わったか? 収穫はどーよ?」
早々に魔法の書物を読み終え、アラトが机に置いた魔物一覧を読んで時間を潰していたキララが問う。
「何もなかった。だからこそあったとも言えるかな」
「ってーと?」
「角ウサギとか、ゴブリンソルジャーとか……俺達が《マスパラ》で戦ったことのある奴らに関しては、新しい情報は1つもなかった。つまり、アレは今まで一切知られていなかった新種か、俺の使役するモンスター達のように育てられた角ウサギのどちらかだろうな。まあ、向こうにいなかったモンスターについては知らないことばかりだし、目を通しておく価値はあったと思う」
実際向こうにいなかったモンスターの情報は有用だろうと考えて、キララも目を通していた。考えることはトッププレイヤー同士、似たものになるようだ。
「それとキララ、気付いたか?」
「アラトが言ってるのがあたしの気付いたことと同じなのかはわかんねーけど、1個あるぞ」
アラトが目で問うと、キララは肩をすくめながら答えた。
「昨日草原に出てきたモンスター達に、集団で森から出てくるなんて習性、なさそうだったな。書いてなかったし」
「ああ。昨日虹翼狼にも訊いてみたんだが、あいつの知る限り、あんなことは今までになかったそうだ。あいつらも魔王幹部だかに追いやられたと言っていたし、他もそうだろうと推測してるみたいだな。最初に訊ねた時は『森の魔物は魔王幹部が追い出した』って断言してたのに、それはハッタリだったらしい。あの状況でよくやるよなぁ、益々気に入った」
「ってーなると、次の目標はその魔王幹部とやらの撃破か?」
「それでいいんじゃないかな。ただ、殺しに行くのは基本的にはクシュル達が目覚めてからだ。何があるかわからないし。リミットは……そうだな、俺達の時間で1日。1日目覚めなかったら2人だけで倒しに行く。そこらが向こうが動き出す前に仕掛けられるギリギリのタイミングじゃないかと思うんだけど、どうだ?」
「リミットが1日と読む、その根拠は?」
キララが横目でアラトを見る。
その雰囲気から察するに、キララもリミットに関しては概ね同意のようだ。しかし、理由を聞けるなら聞きたいのだろう。
「根拠なんてはっきりしたものじゃないけど。こっちの時間で一昨日殺した角ウサギ、あいつはなんで1匹で行動してたんだろうな? それに、戦闘中もしきりに森の方を確認して逃げる隙を窺っていた。何が何でも森に戻る必要があるかのように。もしかしたらだけど……」
「……単独行動ってのは違和感があるけど、偵察、か?」
キララの言葉を受けて、アラトは頷いた。
「そうなんじゃないかなと思ってる。それに、きっと初めてじゃない」
「ってーと?」
「キララが違和感を感じたように、1匹で偵察ってのはちょっと気になる。そいつが死んだり戻ってこれなくなったらおしまいだからな」
でも、とアラトは続ける。
「それが何度目かの偵察だったとしたらどうだ? すでに何回か偵察はしていて、向こうは攻め方のプランも基本的に決まっている。それでも念を入れて確認のために機動力に優れる角ウサギ単騎で様子を軽く見に行かせた……とか」
「…………どーなんだろ。あたしはそういう戦略みたいなことに詳しくねー。でも、あたしなら……その条件なら、やる」
「じゃあ、あれが偵察だという前提で話を進めるぞ。その場合、向こうからしたら偵察に行った角ウサギが帰ってこなかったんだ。普通倒されたと考えるだろう。となると、それができる人材がいることになる。俺達があいつを倒したのは、夜。ここの連中なら寝ているはずの時間だ。気になって調べたくなってもおかしくはないんじゃないか?」
「調べる、つったって……また偵察するのか? そう都合よくは……あ、いやそうか、違う! 昨日の魔物の大量発生! あれに自分の育てた魔物を紛れ込ませて!」
「多分な」
アラトも同じ意見だ。
そもそも、あの角ウサギがいたということは、あの時点で何かしらのイレギュラーが発生していたということになる。普通の角ウサギは、あんなに強くないのだから。
イレギュラーの後に引き起こされた魔物の大量発生。そこに潜んでいた強力なゴブリンソルジャー。そして────。
「あの《狂鎧幽鬼》、明らかに夜の恩恵を受けてたけど、それだけじゃない。多分『眷属憑依操作』が使われていたと思う」
アラトの言う魔法は、『上位上級使役魔法・眷属憑依操作』。この魔法の階級よりも低い階級で使役することに成功した魔物に意識を憑依させ、操ることができる。憑依時の五感は対象の魔物に依存し、使用可能な魔技は魔法の使用者のものとなる。使用者が接続を切るか魔物が死ぬまで憑依は続く。憑依中、使用者は無防備なので使用の際は注意が必要だ。
「アレで強い人間を探していたんじゃないかな。俺達はマークされてるはず」
俺は煽りもしたし、と小さく付け加えるアラト。幸い(?)キララには聞こえなかったらしい。
「見られてただろーってのはわかった。警戒されんのも納得はいく。でも、なんで24時間だって考えたんだ? いや、あたしもそんな感じはしてんだけどさ」
「これは偵察でここの人達の生活がある程度向こうに把握されているっていう前提が要るんだけど」
そう前置きしてアラトは自分の推察を話す。
「昨日診療所でバイトした時、冒険者達が何も払わずに回復魔法を受けていたのが気になって訊いたんだ。冒険者の顔になんか塗ってただろ? アレ、特殊な薬液で、冒険者ギルドにある別の薬液を塗らないと消えないらしい。報酬を受け取りに来た時に診療所での治療代が差っ引かれるんだそうだ。報酬から差し引いても払いきれなかった場合も薬液を塗って、色を変えることで区別できるんだってさ。利子とかが付くわけではないみたいだからいつか払えよ、払ってないのはわかるんだからな……ってことらしい」
「へー、あれそういうシステムだったのか。まあそれはわかった。んで?」
「この王都はまだ浮き足立ってる。あんなことがあったばかりなんだ。ピリピリするのも仕方がない。それは冒険者達だけじゃなくて、衛兵達もだ」
何なら、直接戦闘には関わっていない人々の方が不安なのだろう。王都全体の雰囲気も落ち着きがない。
しかし。しかしだ。
「それが落ち着いた時、王都全体で気が緩むとは思えないか? 冒険者達の治療の支払いが終わって、草原に転がっている魔物の死骸の処理もきっと冒険者ギルドがクエストとして行うだろう。その後。全てが片付いて、後は冒険者が調査をするだけという段階になれば、普通の人は。冒険者ではない衛兵達は。終わった、日常に戻ったと気を抜くんじゃないだろうか?」
「そこが狙い目……? でも、んなこと魔物にわかんねーんじゃね?」
キララは疑問が残ったようだ。
だが、アラトは違った。
今までは推測で話を進めていたが、ここだけは絶対の自信があった。
「論理的には説明できないけど、断言する。あれは、それくらい理解している。間違いなく利用してくる」
勘だが絶対の自信があると言われ、キララが多少困惑する。
「いや勘かよ……ま、あたしも漠然としてるけどそんな感じがあるから人のこと言えねーんだけどさ」
アラトは狂鎧幽鬼の奥にいた存在のことを闘う者として感じ取って。
キララは空気の中にある嫌な感じを獣人族の本能として受け取って。
別々の感覚で、同じ結論を叩き出した。
────リミットは、1日────
朝、冒険者ギルドに来る時は、王都の空気は張り詰めていた。不安が払拭されていないということだ。
そして先程から、受付の方が少々騒がしい。恐らく、昨日来なかった冒険者達の報酬を受け渡しているところなのだろう。
出る時に確認しなければならないが、魔物の死体処理の依頼は既に出ていると予想される。アラト達が来た時に依頼掲示板の前に人が集まっていたし、充分な人数を集めるために早いうちから募集を始めているだろうからだ。
しかし、実際に今日動くのは難しいはず。まとめて明日の朝集合させて詳しい説明は一括でする方が効率がいい。
つまり、こっちの時間で今日はきっと大丈夫。
問題は明日だ。魔物の死体処理が済めば、冒険者ギルドとしては公表したいはず。調査はまだ終わっていないが、討伐した魔物は適切な手順を以って埋葬した、みたいな感じで。この世界にはアンデッドという明確な脅威もある。その芽を摘んだというアピールは重要極まりない。
そしてそれをするということは、王都の人々の安心と引き換えに、魔王の幹部とやらに人々の気が緩むことを知られる機会を作り出すということでもある。
これらの内容を話し合って確認・共有したアラトとキララは再度結論を出した。
今日できることはほぼない。この夜は寝て、こっちの日付で明日の夜に森の中に突撃できるように備える方が絶対にいい。
アラトとキララは頷き合うと、借りた部屋を出る。
受付嬢に礼を述べてから、冒険者ギルドを後にした。
適当に王都を散策し、夕方ラスカ達の料理を食べて英気を養った。
風呂で汗を流し、心身を休めるために早めの時間に就寝する。
アラトとキララは、ゲーム時代、深いダンジョンを踏破するのに必須技能だった『どんな状況・環境でも眠る』という技術を遺憾なく発揮した。
……アラト達が就寝するまでの間に、クシュルとクリリは、目覚めなかった。
いかがでしたか?
《マーダースクラップ》に来て初めて戦った魔物であるあの《角ウサギ》。やはり普通の存在ではなかったようですね。
少しずつ、やらなければならないことや目的がハッキリしてきました。
今までは漠然と「この世界を知る」とかでしたからね。
そして、クシュルとクリリ。寝てます。爆睡です。アラトの推測通り、疲労で意識がシャットダウンしてます。2人は目覚めるのか?目覚めなくてもアラトとキララの2人なら然程問題はなさそうですが、果たして。
その辺りも楽しみにしてもらえれば幸いです。
では、また次回。