驕りと気づき
皆さんこんにちは、ごぶりんです。
すいません、8月上旬に完成してたのに投稿するの忘れてました()
場面は、アラトが狂鎧幽鬼の罠に囚われた所からですね。
では、どうぞ。
『憎イ……憎イ……コノ世ノ全テガ憎イ……!!』
それなりに強い怨みの声。
それが聞こえてきても、アラトは特に反応しなかった。
「警告のシステムメッセージが届くかなって思ったけど……アレは呪いの武器に設定された機能じゃなくて、運営から飛ばしてたのか。まあ考えてみれば当たり前かな」
『憎ム……憎ムゾォ……我ハコノ世界ノ全テヲ怨ム……!!』
『じゃあ、お前は何がしたいんだ?』
アラトは、頭の中に響く声に心の中で反応する。
すると、呪いの声はさらに喧しく喚き出した。
『我……ワ、我……? 我……チガウ……オレ……! オレノ、ヤリタイコトヲ、否定シテ阻止シタコノ世ノ奴等ガ憎イイイイイイイイイイイィィィィイィィィイイイイイイ!!!!』
「チッ、喚き散らすのだけは一級品だな。意思の疎通が面倒だ……」
『だから、お前のやりたいことって、何なんだ?』
悪態を吐きながら、アラトは再三問いかける。
『俺ハッ、女ヲ、犯シタイイイイイイ!! アイツラ、オレ、オ、俺ヲ、殺シヤガッテェェエエエェェェエエエエグェァァァアアアガアアアケシアョガヌコマムケ』
「げ、こいつもう壊れてるのか。まあ、この感じだとチンケな盗賊かなんかの逆恨みが呪いに偶然なっただけみたいだし。惜しくはないな、『下位上級天罰魔法・上等浄化』」
アラトが魔法を唱えると、呪いが曲刀から引き剥がされた。だが、それは消えることなくそこに留まった。
通常、呪いを祓う時は教会の儀式場で実行される。儀式場は聖なる力に満ちており、呪いの力が弱まるのだ。引き剥がされた呪いは更に弱り、光属性最弱の攻撃魔法『光球』程度で消滅してしまう。
しかし、ここは闇の力に満ちたドームの中の、さらに呪いが作り出したドームの中。呪いがそれほどまでに弱るはずもなく、すぐにアラトに襲いかかってきた。
『憎イ……ニグ、イ……ニグググゲゲガァアアアオ』
「煩いな、燃え尽きろ。『上位中級獄炎魔法・攻撃反応型獄炎弾』」
呪文と同時、アラトの足下に半径1mの正円が出現した。円周は妖しく明滅している。
『グェァァァアアアアアギョブェッ!?』
呪いが円周の真上に差し掛かった瞬間、真下から炎弾が飛んできた。それは呪いにダメージを与え、存在を危うくさせる。
『イィィィィィィダァァァァアアアアアアアアィィィィイイイイイイイイイイ!!』
「そこから侵入ってきてみろ。今と同じように、炎弾がお前を撃つ。お前程度の速さなら、絶対に避けられない。『下位上級火魔法・太陽擬き』」
喚く呪いを冷めた目で見据えながら、続けて魔法を使用する。
アラトの頭上に眩い輝きが出現した。
『ギィィィャァァァアアアアアアアア!? アァァヅゥゥウウイィィィイイイイ!! ィダァアアアイィィイイィィィイィィイイィ!!』
呪いの喚きが一層煩くなった。だが、叫んでしまうのも頷ける。本物には遠く及ばないとはいえ、暴力的なまでの熱量と光量。それが、すぐ近くに存在しているのだ。
呪いは、かなりのダメージを受けていた。
この魔法は使用者に一切の害を及ぼさないため、アラトは平然そのものだった。
『ガァァアアァァァアアァァアアァアァ!?』
「辛そうだな? 痛そうだな? 今、楽にしてやる。俺の慈悲に涙して、消えろ」
『アアアァァァァァアアアアアアアアアア!!!!』
「『下位上級光魔法・太陽の導き』」
『アアァ……エッ、ナン、ギャアアアアアアアアアアア!?』
「俺は優しいだろう? 最後に、意識を正常にしてやったんだから」
『太陽の導き』には、『発動した時に自分を含む周囲の存在を癒し、状態を正す』という副次効果がある。さすがに大きな欠損は治せないが、小さな切り傷や魔法攻撃による意識混濁などなど、かなりの『状態異常』と呼ばれるものを癒すのだ。
────それは、呪いの壊れた意識を正常に戻すことなど、造作もない。
そして、『太陽の導き』はただの光線だ。それ自体に熱量はあっても、重量は存在しない。
────つまり、攻撃を受けた衝撃が存在せず、吹き飛ばされることがないということ。
しかし、『太陽の導き』は邪悪な物を削り取っていき、最後には消滅させるだろう。
意識を、恐らく盗賊だった頃に正しく戻されたこの呪いも、例外ではない。
『テメェェェエエエエ!! ナ、ナッ、ナッニガ優シイダァァァアアア!? コンノッ、悪魔ガアアアアアア!!?』
自身を端から削り取られていくという恐怖に、盗賊の呪いが吼える。だが、アラトは意に介さない。
「そのまま消えてなくなれ、ゴミが。お前みたいなのはな、呪いになるべきじゃないし、なってはいけない」
『アアァァアアアアアア!!』
呪いは断末魔を上げ、跡形もなく、消え去った。
呪いのドームが溶けて消えていく。
「あいつらが……本物の呪いが受けた苦しみや哀しみは、そんなもんじゃねえんだよ」
そう吐き捨てたアラトの言葉には、身勝手な呪いに対する侮蔑の感情しかこもっていなかった。
「今だっ、やれっ、ギール!」
「シャアアアアアアアアア!!」
ラーチェから鋭い指示が飛ぶ。
言われる前から動いていたギールの装備した二爪が敵を引き裂いた。
一時的に戦闘が終了し、面々は構えを解く。
時は遡り、クリリが《千色蜥蜴》を倒した頃。
《四色獣》の面々も、戦場にいた。
討伐依頼をこなしているようだ。
「よーし、危なげなく勝てたな」
ラーチェが言う。その言葉には、仲間の戦いを労う響きがあった。
「そうですね。まあ、受けた依頼も安全を第一に考えたものですし、危険な敵には近づかないようにしていますしね」
ラッピーがラーチェの言葉に同意する。運がいいのもあるのだろうが、ラーチェ達は絶対に勝てないようなヤバい敵とは出くわさずに済んでいた。
「ゴ、ゴブリンソルジャーやゴブリンキャスター……ゴブリンシーフくらいなら、お、俺達でも安全に倒せる……」
ギールが少々どもりながらも今回受けた依頼内容に言及する。ゴブリンの上位種の中でも弱い部類に入る魔物達……それがラーチェ達の討伐対象だった。
「とても素晴らしい判断だよね。さすがはラーチェだ!」
ホマモンが素材を剥ぎ取りながらラーチェを褒めちぎる。普段からこんな感じだが、ラーチェは毎回嬉しそうだった。
「そうだろ、そうだろ! じゃあ、ホマモンの仕事が終わったら次に行くぞ!」
手先の器用なホマモンが素材を剥ぎ取るのを待つ時間で休憩を取る。もちろん、警戒を怠っているわけではない。
「……ふぅ。お待たせ、状態のいい素材が取れたよ」
「おう、ありがとな! これからも頼りにしてるぜ、ホマモン!」
下級の魔物であるゴブリンからは碌な素材は取れないが、その上位種ともなれば役に立つ素材の1つや2つは取れた。
ちなみに、ラーチェは死ぬほど不器用なので、素材採取は残りの3人が持ち回りでやっていた。
「えーっと、今倒したのがソルジャー2、ガードナー1、シーフ1か」
「これで総合戦果がソルジャー5、ファイター3、キャスター1、ガードナー3、シーフ4、メイジ2、ノーマル16ですね」
「ま、まだ……見てない上位種、いる」
ラーチェが今の戦闘で倒した種類を確認し、それを受けてラッピーが今までの戦果に修正を入れる。
ラッピーの読み上げた内容を聞き、まだ出くわしていない上位種についてギールが言及した。
ちなみにラーチェ達《四色獣》、この数の戦果を上げても平然としていることからわかるかもしれないが、別に弱くはない。
むしろ定学を卒業したばかりであることを加味すると、かなりの実力を備えていると言えるだろう。警戒なども、充分とは言い難いが油断なく行えている方だ。
「そうだな。1つの群れに全部の上位種が揃ってるとは限らないけど、アーチャーにライダー、プリーストとかが1体もいないってのは考えづらい。出てきてもいいように警戒はしとこう」
リーダーであるラーチェの言葉を受けて3人が頷く。
その後、《四色獣》は次なる獲物を探し始めた。
「お、『はぐれ』だぞ」
ラーチェがあるものを発見した。
「本当ですね。ソルジャーですか」
少し遠くにいるそのゴブリンは、1体で行動していた。
ただのゴブリンに比べたらかなり綺麗な腰布に、木に皮を貼り付けた胸当て。右手に持つのは、細身の両刃の剣。ゴブリンからすれば、長剣のサイズだろう。ゴブリンソルジャーである。
ゴブリンは通常、集団で行動する。
それは上位種になっても変わらず、基本的に同ランクの種類と行動を共にするのだ。
強力な上位種であるゴブリンナイトやゴブリンルークなどにラーチェ達が遭遇していないのは、この特性も関係しているだろう。
そして、この例から漏れて単体で行動しているゴブリンのことを、冒険者達は『はぐれ』と呼んでいた。
「よし、俺を先頭にして突っ込んで行って倒すぞ。……3、2、1、ゴー!」
目配せをして意思を統一、倒すことで一致する。
タイミングを計り、ラーチェを先頭にラッピー、ギール、ホマモンと続く位置関係ではぐれのゴブリンソルジャーに突撃を仕掛けた。
雄叫びなどを上げていたわけではなかったが、ここは身を隠すものがほとんどない平原だ。当然ゴブリンソルジャーはラーチェ達に気づき、こちらに視線をやった。
ゾワリ、と。ラッピーの肌が粟立つ。
瞬間、ラッピーは叫んでいた。
「ギール、ホマモン、止まりなさい!!」
後ろの2人が止まったかどうかを確認する余裕はない。
ラッピーはラーチェの左腕を掴み、思いっきり後ろに引っ張る。
同時に、左手に鉄扇を出した。
「うぉあ!?」
いきなり引っ張られたラーチェは仰け反った。
ラッピーはその勢いも推進力に変え、ラーチェの前に踊り出る。
右手にも鉄扇を持ち、一瞬で展開した。
この一連の行動が間に合ったのは、奇跡だと言ってもいいだろう。
左右の手に鉄扇を展開できたラッピーの目の前には、剣を横に振りかぶったゴブリンソルジャーのような者がいた。
「〜〜〜〜ッ!」
何かを考える暇はなかった。本能の叫びに従い、左下から右上に鉄扇を振り上げる。
偶然か、それとも本能が引き起こした必然か。振り抜いた鉄扇は相手の両刃剣の側面を叩き、その軌道を逸らす。だが、それでもその威力を散らしきることはできなかった。
(ぐっ、持って、行かれ────)
衝撃が鉄扇に伝わり、吹き飛ばされそうになる。
だが、ラッピーは意地でも鉄扇を手放さなかった。素手になれば、死ぬ。それを理解していた。
結果、ラッピーは堪えきれずに吹っ飛んだ。
1m程横に飛んでいき、即座に受け身を取って立ち上がる。
素晴らしい反応。
しかし、その反応すらも遅い。
既に目前には、剣を大上段に振り上げて構えるゴブリン。
避けることは、できそうにもない。
受けるしか、ない。
「『上位初級無魔法・硬度上昇』ォァ!!」
吹き飛ばされながら唱えていた魔法の発動が、ギリギリ間に合った。
閉じた鉄扇をクロスして、強烈な振り下ろしを受け止める。
「ガッ……!?」
受け止めた。受け止めたのはいいが、全身が悲鳴を上げる。
明らかにステータスが足りていない。
嫌な予感。
下手に動くことは危険かもしれないが、さっきから自分を助けている直感に従って、後ろに跳ぶ。
剣の圧力が消えた。
「ごっふぅ!?」
腹に衝撃。ライトアーマーがひしゃげ、鍛え上げた筋肉を貫く重い一撃。胃液やら血やらを吐き出しながら、ラッピーは後方へと転がっていく。
「てんめええええええ!!」
ラーチェの雄叫び。それを耳にしながら、ラッピーは思う。逃げろと。
(私の技量でも誤魔化すのが精一杯。こんな相手、勝てるわけがない。全滅してしまう……私が生きていられるのが不思議なくらいなのに)
薄れゆく意識の中、ラッピーは願った。
(誰か……彼らを、助け、て……)
「『#%*$/☆¥<・々〆^=:▽』!!」
最後に耳にしたのは、聞き取れない言語。
ラッピーの意識は、そこで途切れた。
クリリは、その様子を見ていた。
いや、この言い方は語弊がある。
動けなかったのだ、クリリは。
あのゴブリンから感じる気配。
あの距離から感じ取れていた、強者の気配。
近くで認識して、はっきりとわかった。
────相手の方が、強い────
戦闘を仕掛けても、殺される未来しか見えない。
今、奴はラーチェ達に……いや、ラッピーに攻撃を仕掛けている。
手加減しきって。
自らより明らかな弱者が攻撃を凌いだことが面白いのか、甚振るような戦い方をしている。
それをクリリは、驕りだとは思わない。
何故なら、あのゴブリンはこの場における絶対強者だから。
それに、油断しているわけでもない。後ろの3人にも気を配り、その上で一番の技量を持つ者を最初に潰している。
ラッピーが蹴りを食らい、吹き飛んでいく。
クリリは、アレは死んだ、と思った。
「てんめええええええ!!」
ラーチェが吼える。ラッピーが少しだけ動いた。生きている。
クリリには、あの4人を助ける義理はない。
アラトに持ちかけてきた交渉、アレは流石に稚拙だった。
これはダメだなと、切り捨てた。
わたしも、まだ気づかれていないはず。
存在を確かめに来たけど、アレはヤバイ。
今なら、逃げられる。
────────でも。
(おねーちゃんなら……)
────────キララなら。
(絶対に……)
────────見捨てない。
(見捨てない!!)
「『中位上級獄炎魔法・圧縮速爆炎弾』!!」
速度を高めた爆弾が、ゴブリンに向かって飛んでいった。このままでは、周りに爆撃の被害が出てしまう。
だから、覆う。
「『上位上級暴風魔法・大嵐の籠』!!」
籠の範囲内に爆弾が届いた瞬間、ゴブリンもろとも中に閉じ込める。
「『下位下級無魔法・伝心爆弾』!」
初めて使う、この魔法。まさか使い所があるとは。
自分の意思を爆弾に乗せて、爆風を受けた人に考えを伝える魔法。
ダメージは発生しない。
『逃げて!!!!』
あの3人には、間違いなく届いた。倒れているラッピーはどうだろう。範囲内にはいた。自分の意思が届いたことを願い、回復魔法を叩きつける。
「『上位中級回復魔法・回復弾』!」
振りかぶって、投擲。着弾を確認。ラッピーの身体が優しい光に包まれる。
(よし、後はこれで時間を稼げば……!)
そう考えたクリリの前で、『大嵐の籠』が斬り裂かれる。
犯人はもちろん────ゴブリンソルジャー。
「う、嘘……」
信じられない。キャラを取り繕う余裕などなかった。
あの籠は、生半可な力では突破できないのだ。
クリリ自身、何の補助もなしに籠を破壊しようと思ったら、今撃てる最高火力が必要になる。
だが、敵にはそんな全力を尽くした様子が見られない。
「……」
唇を噛む。
認めよう。敵は、想像以上に強大だ。
それを認められなければ──死ぬ。
《四色獣》のサポートをしていたため、準備は何もできていない。
だが、やるしかない。
ゴブリンソルジャーは、目を細めてクリリを見据える。
この個体は、察していた。相手が自分よりも弱いこと、相手がそれを正しく理解していること、相手が恐怖していること────そしてその上で、戦意を漲らせていること。
この相手は、戦士だ。ならばこちらも、本気で殺るのが道理。
敵を殺すため、ゴブリンソルジャーは目にも留まらぬ速さで突っ込んだ。
(速い! ……でも、見えます!)
クリリは、敵の動きをしっかり捉えていた。
獣人族の恵まれた動体視力は、ゴブリンソルジャーを見失わない。
「ッ!」
パラメータを完全に反映させた、全力の回避行動。
鋭い剣の一撃を、余裕を持って躱す────はずだった。
長い髪の毛が数本、宙を舞う。
(髪の毛が……くっ、速すぎます!)
狐人族は、別に素早に劣る種族ではない。魔法適性が特筆して高いだけで、他も獣人族として一般的な水準にある。
それなのに、速さでクリリを上回ってくるこのゴブリンソルジャーがおかしいのだ。
「『上位上級無魔法・速度上昇』!」
(取り敢えず、今は距離を……! 彼らから引き離さないと!)
「『火球』!」
詠唱を無理矢理省略して、火の最弱攻撃魔法を放つ。
今優先されるべきは、威力ではない。魔法の速度と敵の注意を引くことだ。
『火球』は余裕で回避され、距離を詰められる。剣先が霞む。
さっきの焼き直しになるかと思われたが、クリリは上昇させた速さで何とか回避した。
「ぐぅっ……!」
襲いかかる追撃。
もはや詠唱することも儘ならない。無詠唱で適当に攻撃魔法を撃ちまくり、ギリギリで攻撃を避け続ける。
(ジリ貧です……っ)
キララなら、きっと接近戦に応じるのだろう。
元から全くできないわけではなかったキララだが、アラトに負けてから一層努力し近接戦闘技術をかなりのレベルで身につけていた。
それに引きかえ、クリリは。
近接戦闘が、ほとんどできない。同格以上に懐に入り込まれたら、負ける。
つまり、今は純粋に命の危機を感じていた。
(くっ、『物理障壁』!!)
5分程避け続けた頃。ついに攻撃を避けきれず、無詠唱の『物理障壁』で受ける。
相手がこちらの稚拙な動きに対応し、追い詰めて来たのだ。
「あぐぅ!?」
いくらクリリの魔力制御が優れているとはいえ、追い詰められた状況で咄嗟に使う魔法の質はかなり低かった。簡単に破られる。
何とか『物理障壁』の性質を書き換えて、斬撃としての機能を攻撃から奪い去ることには成功した。
しかしそれでも、打撃にはなる。ダメージを軽減する性質を斬撃機能を削ぐ性質に直接書き換える時間しかなかったために、さっきの『物理障壁』にはダメージ軽減としての役割はほとんどなかった。
まともに打撃を食らい、クリリは吹き飛ばされる。
「う、うぅ……」
ゴブリンソルジャーは、油断なく近づいてくる。
トドメを刺すために。
クリリは、起き上がれない。
(死ね、ないです……。死にたく、ないです……。でも、どうすれば……!)
MPはある。魔力は練れる。魔法は使える。
だが、打開策が見出せない。
ゴブリンソルジャーが、目の前に来た。
剣を振り上げ、クリリを断ち切らんとする。
事ここに至っても、ゴブリンソルジャーに油断はない。
不意打ちしても簡単に躱されるだろう。
万事、休す。
(おねーちゃん……!!)
クリリは目を瞑ってしまう。
ゴブリンソルジャーは剣を振り下ろし────横から殴られ、吹っ飛ばされた。
「え……?」
何が起きたのかわからない。クリリは、目を開ける。
目の前に、誰かの後ろ姿があった。
この、服装は────────。
「ったく、何してるんですかぁ〜? まだ貴女、負けてないじゃないですかぁ〜。何全部を諦めて、寝てるんですぅ〜? …………本当に、ふざけんじゃねーですよ」
クリリの一番嫌いな奴が。
「────起きなさい、クリリ。甘えてんじゃないです」
クリリを、助けに来た。
「な、んで……」
「何でもクソもないです。貴女は私の今のパーティーメンバー。ししょーとキララさんは違うところで戦っています。なら、私が来るしかないじゃないですか」
クリリは押し黙る。クシュルの言葉が正論だからだ。
「早く立ち上がってください。脳を揺らしてやったのでたぶんもう少し猶予はありますが、こちらから早く仕掛けるに越したことはないです」
「……貴女に助けられたくなんか、なかったです」
「…………はぁ〜〜〜。ほんっとーにクソガキですね、貴女。この状況で、そんなこと言ってる場合ですか? あいつ、たぶん私達より強いんですよ? 貴女の火力で仕留めてもらうか、その隙に私が狩るか。勝つ方法は2つに1つなわけです」
そこでクシュルは言葉を切り、顔だけで振り向いてクリリを見下ろした。
温度のこもっていない、冷たい目で。
「それを、何舐めたこと言ってるんですか? 私に助けられたくなかった? 私だって必要に駆られなければ貴女を助けに来たりなんかしませんよ。でも、ししょーなら絶対に助ける。そう確信しているから、私もそうするんです」
クリリは、何も言えない。ここまで言い切れるクシュルが、少しだけ羨ましかった。
「というかですね、貴女。ししょーが言って────今は、このガキの、説教中、です!!」
突然斬りかかってきたゴブリンソルジャーの攻撃を受け止め、フェイントをかけてから素早いカウンターで蹴り飛ばす。
クシュルのしなやかな脚から放たれる鋭い蹴りは、ゴブリンソルジャーを先ほどと同じように吹き飛ばした。
「……ふぅ。話の続きですけど、貴女はししょーが言っていたことを覚えていますか?」
(おにーちゃんが、言っていたこと……?)
「あ、その様子だと覚えてないんですね。わかりました。いいですか? ししょーは、全力を出さずに戦えるならその方が好ましい、と言っていました」
(そうだ、言っていた。だから、《千色蜥蜴》を倒すのにわざわざ面倒な手順を────)
「そして、自分の身に危険が迫ったらそんなことは気にするな、全力を出せ、とも言っていました」
(……あ)
「貴女が全力なら、あのゴブリンソルジャーくらい叩きのめせるはずです。確かに、ステータスは向こうのが高いですけど」
その通りだ。ステータスの高低がそのまま勝敗に繋がるならば、ゲームのボスに勝つことなど誰にもできない。
「貴女の基本職は『魔法使い』。その本領は、アウトレンジからの一方的な蹂躙でしょう? 冷静さを失って接近戦に持ち込まれるなど、馬鹿の極みです」
クシュルは冷静に、決定的な言葉を叩きつけた。
「貴女は、驕っていたんですよ」
クリリの身体が、ビクリと震える。
「貴女は、油断していた。この世界を舐めていた。未知の世界で、自分の実力が通用するのか慎重に確認していたししょーやキララさんとは違って。たぶん、貴女だけですよ。ゲーム感覚が抜けていないのは」
クリリは言い返せない。全くもってクシュルの言う通りである。
「自分より強者に出会っても、全力を出していない時点でそのことが窺えますね。本当に、ふざけないでほしいです」
クリリの瞳に、涙が滲む。クシュルの言葉が辛いのではない。何も言い返せないような愚かなことをしていた自分が、許せなくて悔しいのだ。
「でも、だからこそ────」
そこで、クシュルの言葉が柔らかい響きを帯びた。
「あいつは、貴女が倒すべきです。立ちなさい、クリリ」
クリリは迷いなく立ち上がる。可愛らしいローブを翻し、シャツの袖で涙を拭く。前を見据えたその眼には、先ほどとは違う覚悟が宿っていた。
「私があいつを寄せ付けません。だから、貴女が一撃で吹き飛ばしなさい」
「………お願いしますです、クシュル。あのゴブリンを、釘付けにしてくださいです」
クリリが、クシュルに頭を下げた。
クシュルは優しい笑みを浮かべて、確かに了承する。
「ええ、任せてください〜。狙撃はぁ〜、任せましたよぉ〜」
そう言い残して、クシュルの姿が搔き消える。
たった今起き上がったゴブリンに肉薄し、足止めを開始していた。
「わざわざぶりっ子しなくてもいいのに……って思うのです。────さて」
クリリが魔力を漲らせる。注視していなければ気づかないほど、静かに。
今は、クシュルだけが気づいているか。
「殺すだけなら、一番楽なのは『一点集中の獄炎』です。気づかれることなく、殺せるはずです」
座標を指定し爆撃を置く『一点集中の獄炎』は、暗殺にかなり適した魔法だ。対処もしにくい。
──だが。
「それは、したくないです。油断じゃない……わたしの魔法使いとしてのちっぽけなプライドが、真っ向から勝つべきだと、そう叫んでいるのです」
驕りではない。生き様の問題だ。
たとえ魔法であのゴブリンを殺せたとしても、それが心から納得のいく方法でなかったのなら。『魔法使い』クリリは、負けるのだ。
あのモンスターに。舐めてかかってしまった、この世界に。
──故に。
ドウッ! と音がしたと錯覚するくらいの勢いで、クリリの魔力が迸る。
魔法を心得ていなくとも、魔法に触れたことがある者なら間違いなく気づいてしまう。それ程に大きな魔力。
ゴブリンソルジャーも気づいたか、一瞬警戒の眼差しがクリリに向けられた。目の前の脅威から意識を逸らさせる程度には存在感を放っている証拠である。
「『下位初級火魔法・火球』」
先ほど、距離を詰められた時にも放った火魔法最弱の攻撃。
今度は、しっかり魔力を練って、撃つ。
ドンッ!!
重い音で空気を裂きながら、『火球』が飛んでいく。
その迫力は、もはや初級魔法の域に収まっていない。
突き刺さるようなプレッシャーを感じながら、それでもゴブリンソルジャーは余裕を持って回避した。
クシュルと近接戦闘を行いながら、回避できるように立ち回れる余裕がゴブリンソルジャーにはあった。
基本的に、意識は目の前の敵に。魔法が飛んでくればわかる。
ゴブリンソルジャーはそう考え、クシュルの流れるような攻撃の隙を窺う。
普通、誰でもそうだろう。
目の前の敵に集中する。周囲の警戒を怠るわけではなく、意識の配分を調整する。
誰もが無意識のうちにしている取捨選択。
当たり前のことをしたがためにゴブリンソルジャーは見逃した。
クリリがニッコリと笑っていたのを。
「────ちょうど、1m────」
そんな呟きを落としながら、クリリは再度魔力を練り始めた。
なんでだろう……何故クリリに一番スポットが当たっている……?
この作品の主人公はクリリだった……?(ないです)
自らの慢心に気づいたクリリ。その変化がどうなるか作者も楽しみです。
ていうかアラト普通に強いね。やっぱりトッププレイヤー同士の戦いじゃないと早々負けません。
では、また次回。