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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
28/46

2つの戦いの終わり

お久しぶりです。

ポケモンしてたら3ヶ月経ってました、ごぶりんです。


前回、キララが吹っ飛ばされたところからの続きです。

これで話の内容が思い出せない人は、読み返してもいいんですよ?()


では、どうぞ。

 




 ブォンッッ!! と唸る曲刀を横っ跳びで躱し、反撃する。


「『中位上級風魔法・空裂魔斬』!!」


 キララは杖を鋭く振り抜いた。先端から放たれた空気の刃が、鎧を両断せんと迫る。だが────。


「……チッ、これもダメか」


 あらゆる物を斬り裂く刃は、鎧に当たった瞬間に霧散した。

 キララは横からの突きの一撃を軽く回避。そこから続いた横薙ぎも、曲刀を蹴り上げて難なく対処する。別の方向から飛んで来た唐竹割は、バックステップで回避した。

 そして、すかさず魔法を詠唱する。


「『上位上級土魔法・地面殴起(ランドアッパー)』!!」


 地面の土が局所的に盛り上がり、拳の形を作って目の前にいる鎧4体それぞれを殴りつける。

 だが、この魔法も鎧に当たったそばから消えてしまう。ほんの僅かにダメージを与えられたか、鎧が少し浮いたがそれだけだ。


「こいつら魔法耐性が高すぎるな、マジで」


 面倒臭そうな表情を隠しもせずに、キララは吐き捨てた。

 戦闘が開始してから使える属性の魔法は一通り撃ち込んだが、そのどれもがほとんど効いていない。僅かに有効ダメージを与えられたのは、打撃属性も併せ持つ魔法攻撃。たった今使った『地面殴起』もそうだ。恐らく、《狂鎧幽鬼(クレイジーリビングアーマー)》に打撃耐性はない。


「はぁ〜、こんなことなら光魔法習得しとくんだったなー。日が沈むと強くなるとか言ってたしまず間違いなくアンデッド系だし、光魔法はきっと効果があった……って、あん?」


 ぼやくキララは、気付いた。()()()()()


 おかしい。夕陽は出ている。日没にはまだ時間があるはずだ。キララの位置からも、夕陽が視認できる。

 視認できるということはその光が届いているということだが────それがこの場に届いていない気がする。夜、星明かりが世界を照らしている時のような、冷たい灯りがキララの視界を確保していた。


(なん、だ……!? こいつらの特性──いや、それはない。そんな特性があるんなら、クエストを受けた段階で何かしら言われていたはずだ! つまり、これは未知の現象────!!)


 驚愕とともにキララは跳び退る。これは、マズい。退かなければ、最悪死ぬ。キララは狂鎧幽鬼に背を向けて駆け出した。


 だが、現実はそう甘くはなかった。キララは、この空間の端で壁にぶつかったのだ。それは柔らかくダメージは受けなかったが、これではここから出られない。


「チッ……やるっきゃねーわけだ。あいつらの異様な強さは、この空間に秘密があるんだろーな。夜と同じスペックで戦えるとか、そんなところか?」


 キララは状況を整理しながら、補助魔法を使う。『補助増大』、『魔攻強化』、『攻撃魔法威力強化』、『次弾威力極強化』、『魔法適性乗算補正(ポテンシャルブースト)』の順で。階級が定まっている『補助増大』以外、全て上位特級で唱えた。

 補助魔法は、唱えられた順に次々と効果を発揮していく。まずキララの補助魔法の効果が増大、魔攻が上昇し、キララの使う攻撃魔法の威力が軒並み上昇する。そして、次に使う攻撃魔法1回分に限り、その威力がさらに爆発的に上昇することが確定した。締めとして、撃つ攻撃魔法の属性のキララの魔法適性に応じて、その威力が乗算で上がる。この乗算は、補助魔法で上昇した威力も含めた威力を対象に行われる。つまり、キララの魔法適性が高い魔法を使うなら、その威力はとんでもないことになる。


 果たして、キララが使う魔法は────。



「『下位特級獄炎魔法────」



 一番適性の高い火魔法、その上位属性の獄炎魔法だった。


 キララは、逃げられないと悟った時点で全力を出すことに決めた。それまでは、まだ敵の力量を図るつもりだった。油断したり呆けたりしなければ、危険な状況に陥ることなく戦えると考えていたからだ。即死攻撃を食らった原因に油断があり、警戒しきれていなかったのは否定できない。

 だが、状況が完全に変わった。ここは敵の『領域(テリトリー)』。敵の掌の上だと言っても誇張ではない。そんな状況で悠長なことをするような、甘い考え方をキララはしていない。というか、《マスパラ》の廃人(トッププレイヤー)であれば皆そうだろう。


(討伐証明なんざどーでもいい。最優先事項は、こいつらの速やかな殲滅とあたしの安全の確保だ)


 だがしかし、キララはアラトの発言も忘れてはいなかった。同意もしている。なるべく目立ちたくない、少なくとも今は。目立つことの弊害はいくつか予想できる。故に、獄炎魔法を使いながらも、派手ではない魔法を選択していた。


「────灼熱湖(プロミネンスプール)』」


 キララの目の前に、半径5m程の赤い湖が出現する。追ってきていた先頭の狂鎧幽鬼が湖に足を踏み入れ────溶けた。

 一瞬、狂鎧幽鬼を起点に魔法の護りが発動するのが見えたが、そんなものは関係ない。数を抑えた補助魔法で効率よく威力を跳ね上げたキララの獄炎魔法を前に、多少の護りなど児戯に等しい。


 前の1体が沈むのを見て、2体目は『灼熱湖』を跳び越えようとした。


「『上位上級暴風魔法・暴風烈砲(エアロブラスト)』」


 ズドンッ!! と砲声が聞こえ、狂鎧幽鬼は湖に叩き落とされた。


「跳び越えるとか許すわけねーだろ」


 湖に接する瞬間、魔法の護りが2体目の狂鎧幽鬼も覆う。さっきの物より強いようで、溶解とコンマ数秒拮抗していた。

 しかし、すぐに溶け始める。その溶けかけている鎧を足場に、3体目が踏み込んで斬りかかってきた。

 勢いよく振り下ろされる曲刀を前に、キララはカウンターの技巧を使う。


「『中位上級返し技巧・斬衝返打』」


 キララの左手が白く光り、曲刀による攻撃を難なく受け止めた。そしてすかさず、右の拳が鎧のど真ん中に叩き込まれる。

 しかし狂鎧幽鬼は凄まじい金属音を立てながらも、曲刀を手放そうとしなかった。キララが曲刀を掴んでいるため、狂鎧幽鬼もその場に留まる。


「……お? これ食らっても吹っ飛ばないのか。すげーな。なら……」


 キララは右腕を引き、構える。

 狂鎧幽鬼は支えを失い、崩れ────


「『中位特級拳撃技巧・紅蓮豪烈拳(クリムゾン・ブロウ)』」


 ────落ちる前に、紅蓮の奔流に殴られた。曲刀を握る鎧の腕が肩から外れ、胴体部分は踏ん張ることもできずにふっ飛んでいく。それは地面を3度バウンドし、その先で動かなくなった。


「これで、残りは1体か。よっと」


 キララは片手間にメニューを操作し、曲刀をストレージに無造作に突っ込んでおく。持っていてもしょうがない、邪魔だ。


 最後の1体は、キララを警戒してか突っ込んでは来なかった。『灼熱湖』から充分な距離を取り、油断なく構えている。


「あー、そーくるのね。ならあたしも準備させてもらう。『下位上級獄炎魔法・高位魔鎧(ハイマジックアーマー)獄炎式(タイプ・ヘルフレイム)』」


 キララの身体を黒い炎が包み込み、元から装備していたプロテクター以外の箇所を覆う。今のキララの見た目は、鎧が炎であることに目を瞑るなら文句なしで『騎士』だ。

 剣でも持てば完璧だったが、キララにその様子はない。


「さて、と。もう『灼熱湖(これ)』は仕事を果たしたよな。半分回復するまで吸って、残りは強化に……」


 キララが『灼熱湖』に手をかざし念じると、『灼熱湖』が吸い取られていく。

 これは『高位魔鎧』の基礎効果で、魔鎧と同じ属性の魔法を使うのに使用したMPを、その魔法から回収できるのだ。もちろん、回収するためには魔法が残っている必要があるし、MP回収率も100%ではない。だが、『高位魔鎧』の熟練度に応じて40〜90%のMPを回収できる。これはかなり大きな差になる上、回収時の隙も少ない。魔法使いならば是非とも覚えておきたい魔法だ。


 そして現在、キララの最大MP回収率は75%である。キララは大雑把に『灼熱湖』の消費MPの60%ほど回復すると、残りを『高位魔鎧』のもう1つの基礎効果、『強化』に回した。

 『強化』はその名の通り、同属性の魔法を吸収し、魔鎧の耐久力の底上げに使えるのだ。この耐久力の上昇は、強化に用いられた魔法の実際の威力がそのまま反映される。


 つまりどういうことか。キララが強化に使用したのは、『灼熱湖』の2割程。即ち、狂鎧幽鬼2体を一瞬で葬り去る威力の2割が、そのままキララの護りに使われるのだ。

 2割と聞くと低く感じる者もいるだろう。だが、並みの攻撃力────例えばキララが適当に使う攻撃魔法だとか、狂鎧幽鬼の全力攻撃だとか────を5倍にしたところで、この狂鎧幽鬼を一撃で破壊することなどできない。それを成し得る攻撃の、2割。



 この瞬間、狂鎧幽鬼が魔鎧ごとキララを倒すのは不可能になった。



 キララは狂鎧幽鬼に向かって駆け出した。


「『下位上級無魔法・速度上昇』」


 軽く補助魔法を掛け、一瞬で距離を詰める。だが、最後の1体の動きが妙にいい。素晴らしい反応を見せ、鋭い一撃を放って来た。狙いは首元。魔鎧の隙間だ。


「よっ、と」


 しかし、キララには届かない。キララにはギリギリで攻撃を躱す近接戦闘技術などはない。なので、上げた速度を活かして大きく回避していた。その上で、再び一瞬で懐に潜り込む。回避が大きくなろうがなんだろうが、すぐに戻れるのだから関係ない。


「『中位中級拳撃技巧・膨炎貫手(ぼうえんかんしゅ)』」


 キララの手を炎が包み、次の瞬間には『高位魔鎧』の獄炎に取って代わられる。纏う炎が切り替わる瞬間がわかっていたかのようなタイミングで、キララの鋭い貫手が放たれた。

 ボッ、と空気を裂く音がするそれを、狂鎧幽鬼は何とか躱す。黒い炎が膨らむが、このくらいの魔法ダメージなら狂鎧幽鬼は無効化する。反撃としてキララに曲刀を振り下ろすものの、キララは考えられないような速度で離脱してしまった。

 そして、再び急速接近。今度は足元を狙った鋭い蹴りを放つ。



 狂鎧幽鬼に付け入る隙を与えない、徹底的なヒット&アウェイ。それが繰り返されるうちに、状況に変化が訪れた。


「フッ!」


 キララは狂鎧幽鬼の攻撃を回避してから、強烈なボディーブローを叩き込んだ。鎧が少し凹み、黒い火の粉が舞い散る。そして、鎧の他の部分が赤く輝き始めた。


 『灼熱湖』を吸収した高位魔鎧が孕む膨大な熱量で、狂鎧幽鬼の鎧が熱されているのだ。防御のための行動が、完全に攻撃の一部になっていた。


(……お? これは……)


 当然、これに気付かないキララではない。曲刀が絶対に届かない位置まで跳び退り攻撃を回避すると、少し考えるような素振りを見せた。


「……ま、やってみっか。失敗してもあたしにデメリットねーし」


 そう呟きを落とすと、キララは狂鎧幽鬼の全身を熱するべく踏み込んだ。


 捉えられることのないヒット&アウェイを続けるが、そのアウェイの距離が先程よりも短い。

 自身の放つ熱量が、狂鎧幽鬼を確実に蝕むように。






 30秒後、大きく距離を取ったキララが仕掛ける。


「『上位特級界凍魔法・絶対零度(アブソリュート・ゼロ)』」


 狂鎧幽鬼を囲む透明なボックスが出現し、内部が一瞬で凍りつく。

 空気中の水蒸気は全てが氷へと変化し、その空気すらそうとは呼べない物へとなっていた。

 急激な温度変化に耐えられなかったのか、狂鎧幽鬼の身体にビシビシと罅が入る。

 魔法が終わるとボックスが消え、そこに空気が流れ込んだ。その風だけで鎧が少し崩れるほど、狂鎧幽鬼は限界なようだ。


「トドメだ────」


 狂鎧幽鬼を破壊する最後の衝撃を与えようと拳を握りしめ、


「ッ!?」


 駆け出そうとした矢先、足元に飛んできた()()に反応して跳び退る。

 キララが攻撃の方向を警戒する前に、声が掛けられた。


「こいつはちょっと危ない。キララはそこで待っててくれ」


「なっ、アラト!?」


 視線を向けると、アラトが狂鎧幽鬼に接近していた。先程の魔法、よく考えてみたらアラトの魔力だ。

 アラトがある程度近づいたところで、地面から何かが噴き出した。そのドス黒いガスのようなものに、キララは強烈な嫌悪感を覚えて脚を止めてしまう。そして、気付く。あの範囲は、2度目のヒット&アウェイでキララがキープしていた位置だ。


「ちっ、あの野郎……何仕掛けやがった!?」


 ボロボロになっていた狂鎧幽鬼に対し、キララは悪態を吐く。何より自分が気付かなかったのが腹立たしい。


「クソッ……アラト!!」


 自分の声が届いたのか。それは、キララにはわからなかった。









 時は少し遡る。


『グルァウ!!』


「シイ、軌道は任せる────『中位中級岩石魔法・三弾岩(トリプルロックバレット)』」


『ッ!』


『キャンッ!』


 アラトの使った魔法が《虹翼狼》を穿つ。前から吠えて飛びかかってきた個体は陽動。本命は後ろから静かに襲いかかってきた。その本命の鼻っ面に岩でできた弾丸を叩き込み、怯ませる。

 無謀にも飛び込んできた陽動役は、呪宝剣の力を借りて一刀の下に斬り伏せた。


「さあ、どうする? そろそろお前の群れの兵隊も品切れだろ? 渋ってないで、お前が来いよ」


 今1匹殺害したことで、通常の虹翼狼は残り3匹。ボスを含めて4匹しかいない。


『ぐぅっ……』


 悔しそうな思念を唸り声に乗せる虹翼狼のボス。無理もない。


 硬化した翼を使用した鋭い打撃・斬撃。

 ズラリと並ぶ牙を突き立てる噛み付き。

 力強い羽ばたきを推進力に加える突進。

 魔法を用いて気配を隠蔽し行った奇襲。

 仲間を陽動に使って仕掛けた二重攻撃。

 まだ数が多かった時にやった波状攻撃。


 虹翼狼の群れができる全ての攻撃を、このニンゲンには対処されたのだ。

 ────このニンゲンには、勝てない。事ここに至り、ボスは理解する。あの発言は、ハッタリではなかったと。


『……今からワタシが戦おう。だからせめて、この者どもは見逃してはくれまいか?』


 覚悟を決めた虹翼狼のボスは、そんな提案をアラトに持ちかける。

 それに対するアラトの返答は、単純明快。


「は? そんなの聞くわけないだろ。何アホなこと言ってんだ?」


 これ以上ない拒絶。虹翼狼の提案を一蹴する。


 それを受けて、虹翼狼のボスは、困ったような笑みをこぼした。


『……まあ、そうであろうな。命を奪おうと攻撃しておきながら、ただ許されようなどと虫が良すぎる話。ならば、交渉だ』


「──へえ?」


『ニンゲン、貴様のためになるであろう情報をやろう。貴様がためになると考えた情報1つにつき、1匹仲間を見逃せ。無論、ワタシは見逃してもらおうなどとは思っていない。全力で戦おう』


「…………なら、情報を一気に3つ出せ。その3つの情報だけが判断材料だ」


 虹翼狼のボスが驚いたような顔をする。

 本来、アラトにはこの提案を聞く必要も義理もなかった。

 それでも話に乗ったのは、アラトが虹翼狼という存在に興味を持ったからだ。このモンスターは、人が欲しがるであろう情報を正しく理解できるのか──?


「だが、3つだけだぞ? それで納得できなければ、全滅させる」


『……感謝する。では、まず1つ。我々────他の魔物どもも含む、森の住人という意味でのだ────が、一斉に森から出て来た理由。それは、住処を(おびや)かされたからだ』


「続けろ」


『2つ。我々を脅かした存在がした名乗りは『魔王配下の八幹部が七番』だった』


「…………」


 アラトは顎をしゃくり、最後の情報を吐き出させる。


『3つ。そやつらの軍勢は、見た目だけなら弱そうだった。いや、弱いはずの者どもだった。1本角の兎や、身なりが薄汚く体臭が不快な小鬼。森にもいる弱き者と同じ容姿をしたそやつらは、恐ろしい程の強者だった……』


 情報を話し終え、虹翼狼のボスは項垂れる。その姿は、怯えているようにも見えた。


 アラトは瞑目し、情報を飲み込んだ。


「…………じゃあ、交渉の結果だ」


 ボスが顔をあげ、アラトを見つめる。


「────合格だ。3匹とも見逃してやる」


 ボスはホッとした表情を浮かべた後、厳かな雰囲気を纏う。


『では、この者どもを下がらせる。その(のち)に、ワタシと貴様の一騎討ちといこう』


「あー、やる気に水を差すようで悪いが、俺の話も聞いてくれないか?」


 ボスは出鼻を挫かれたような不満顔になる。


『……なんだ』


「お前、俺の仲間になるつもりはないか?」


『…………なんだと?』


 仲間の死を弄んだニンゲンからのふざけた提案に、虹翼狼の殺気と敵意が膨れ上がる。


『思い上がるなよ、ニンゲン。確かに、ワタシの群れは貴様に負けた。だが、我々の誇りまで奪い尽くせると思うな。貴様の施しを受けるくらいなら、全てを賭けてでも1噛みしてみせよう』


「…………『上位特級無魔法・魔法効果上昇』。『下位上級回復魔法・聖陣(セイクリッドサークル)』」


 アラトが唐突に、魔法を唱える。純粋に魔法の効果を増大させる補助魔法を唱えてから、その影響を一番受ける回復魔法を使う。


 アラトを中心に魔法陣のようなものが出現し、その上にいる存在を光が覆う。魔法陣は大きく、倒れた虹翼狼も全て回復効果の範囲内にあった。


『────何をする、ヤメロッ、ニンゲンッ!!』


 この光の雰囲気、虹翼狼のボスは知っている。これは、ニンゲンがニンゲンの仲間を癒すのに使っていたものと同種の光。つまり、いやまさか、このニンゲンは────。


『ヤメロ、我等を愚弄するなぁぁぁあああああああああ!!』


 我慢がならず、ボスはアラトに飛び掛かる。その動きは他のどの虹翼狼よりも俊敏で、なるほど群れを率いるのに相応しい。


「シイ、『祝詞』を全て吸って戻っていてくれ。『上位中級無魔法・身体強化』」


 『沿岸国の呪宝剣』に『禍の祝詞』の呪詛を全て取り込ませ、『異次元地域』に帰す。呪詛魔法で身体を強化したままだと、呪詛が虹翼狼を蝕んでしまうからだ。代わりに、他の方法で身体を強化し、ボスの噛み付きを腕で受け止める。

 強化された肉体には牙が通らず、僅かなダメージを与えることしかできない。そのダメージも、与えるそばから『聖陣』の効果で回復されていく。


『ぐうううう、貴様、貴様ァ!! よくもワタシの群れを、あの者どもの死を愚弄したなぁ!! あの者どもは勇猛果敢に貴様に挑み、その上で負けて死んだ!! 負けた悔しさはあれど、その死に不満などなかったはずだ!! 力の弱い者が死ぬ、それが自然の摂理!! それを貴様、回復させるだと!? 癒すだと!? 我等を侮辱するのも大概にしろッ!!』


「そうだな、お前の言う通りだ。死を覆すことはできない。……だからこれは、確認だ」


『…………確認?』


「ああ。……チッ、やっぱりな。殺し損ねてた」


 アラトの視線の先では、3匹の虹翼狼がヨロヨロと立ち上がっていた。その傷は完全に塞がり、失われた血も戻っているようだ。


『これは……』


「他の奴らは一撃で殺したか、もしくは出血多量で死んでいた。でも、その3匹は手応えが浅かったんだ。出血量も少なくて、瀕死だったけど辛うじて息があった。死んでないなら、癒したって問題ないだろ。これは、侮辱じゃない。敬意だ。俺達の攻撃を食らって、生きていた虹翼狼に対してのな。それに俺は、お前らを仲間にしたいんだ」


『…………』


「ていうか、無理矢理にでも使役するぞ。お前の、こっちが欲している情報を判断する能力は捨てがたい。例え、お前らから敵意を向けられていてもな」


 ボスの噛む力が弱まり、アラトの腕が解放される。


「そういや、お前らって普段仲間が死んだらどうしてるんだ?」


『素材、とやらを剥ぎ取られた後のことか?』


「そう」


『喰らう』


「仲間の死骸を?」


『そうだ。あの者どもは勇敢に戦い、その上で敗北し死んだ。その身を、骨を喰らうことで、我等自身にその勇猛さを宿すのだ……他の魔物に喰われるのも、我慢ならんしな』


「……なるほどな。ただ、殺した俺に虹翼狼達の死骸を手に入れる権利がある、そうだな?」


『……その通りだ』


「なら、翼はもらう。他は好きにしろ」


『……肉を、奪わないのか?』


「確か、そこそこの金────戦果になったはずだが、お前らだって仲間の肉を削ぎ落とされて愉快な気分になるわけじゃないだろ。それなら、別にいい。仲間の糧になる方が、殺された奴らにとってもいいだろうしな。『中位中級風魔法・風鞭(ウィンドウィップ)』」


 これは、アラトの勝手な思い込みだ。だが、思い込みでもいい。アラトは、こんな形でしか虹翼狼に対する敬意を表することができなかった。

 アラトは魔法で創り出した風の鞭を振るい、死んでいる虹翼狼の翼を根元から切断した。切り取った翼は、鞭で優しく回収し適当に作った異次元地域に収納する。


『……感謝、する。……喰らうぞ』


 ボスは仲間の虹翼狼に声をかけ、死した仲間の骸を喰らう。その行為はとてもゆっくりで、丁寧だった。各々の身体に染み込ませるように、何度も、何度も咀嚼する。

 10分ほどかけて死骸を喰い尽くした虹翼狼達は、ボスを先頭にアラトの前に並んだ。


『……我等では、貴様に勝てぬ。殺すも、従えるも、好きにするがいい……』


「ああ、従えさせてもらう。『下位中級使役魔法・魔物隷属(モンスターテイム)』」


 赤い光が虹翼狼の身体を包み、染み込んでいく。光が消えると、虹翼狼の尻尾の付け根に紋様が浮かぶ。デフォルメされた家が正円に囲まれているマークだった。


「よし、これでお前らは俺に使役される存在になった。まあ、無茶な命令はする気ないから安心してくれ。『上位下級空間魔法・異次元作成(クリエイトディメンジョン)』。はい、この中に入って」


 アラトにそう言われると、明らかに警戒する虹翼狼達。

 当然だ。何だかよくわからない黒い穴が空いたと思ったら中に入れなどと言われて警戒しないわけがない。使役されていても、それとこれとは別だ。


「心配するな、この中の環境は自由に変えられる。今は、最初に入った存在が一番快適だと思う環境になるように設定してある。普通の動物とかもいる環境になるから、暮らすのに苦労はしないはずだ。というか、今は時間がない。命令だ、『入れ』」


 アラトは使役魔法を通じて虹翼狼に命令する。この命令に逆らえるはずもなく、ボスの虹翼狼を先頭に異次元地域に入っていった。



「さてと。『上位下級無魔法・紋章追跡マーカー・ストーキング』。…………ふむ、キララの方に行くか」


 そう呟くと、アラトはキララがいる方向へ走り出す。


 『上位下級無魔法・紋章追跡』は『中位下級無魔法・追跡される紋章(チェイスト・マーカー)』とセットの魔法だ。所謂GPS機能である。別れる前に密かに付けておいた物だ。

 『紋章追跡』の効果でクリリがどこかへ向かっていて、クシュルも同様の方向へ進んでいることを把握したアラトは、明らかに戦闘しているキララに合流することにしたのだ。



 そして、アラトは見た。明らかに呪力を纏う武器を手にした鎧と、そいつを中心に構成されている呪力の罠を。キララが、突っ込もうとしているのが雰囲気でわかった。


「『下位中級火魔法・速炎弾』!」


 考える前に身体が動いていた。速度を重視した炎弾(ファイヤーボール)をキララの足元に撃つ。


(恐らくこれは、1度きりの反応型! 俺がキララより先に範囲内に踏み込めば、キララが巻き込まれることはないはずだ!)


 アラトは『速炎弾』の結果を見届けることなく駆ける。目指すは罠の範囲内。だがその前に『速炎弾』の着弾を感じ、キララに声をかけた。


「こいつはちょっと危ない。キララはそこで待っててくれ」


「なっ、アラト!?」


 キララの驚愕の声を聞くのとほぼ同時、アラトが一線を踏み越えた。途端、足元から瘴気が吹き上がりアラト達を包むドームと化す。

 向かい合うは、《ニートマスター》アラトと、満身創痍の狂鎧幽鬼。その戦いの火蓋は、静かに切って落とされた。







(先手必勝!!)


 アラトが仕掛ける。狂鎧幽鬼はすでにボロボロだが、アラトはその佇まいから剣士としての高い力量を感じ取った。攻撃に技巧を使うのは、恐らく愚策。


「『上位上級無魔法・身体強化』!」


 速度だけを上げるつもりだったアラトは咄嗟の判断で、使う補助魔法を肉体のポテンシャルを総合的に引き上げるものに切り替えた。総合的な分その上昇率は控えめで、個別に中位上級の補助魔法を掛けるのと同等の補正しかない。

 消費MP的にも中位上級で掛け続ける方が安上がりだが、アラトはその選択をしなかった。


「ッ!」


 前に倒れ込むように踏み込んだアラトの髪の毛を、狂鎧幽鬼の斬撃が刈り取って行った。アラトはそのまま、強化した拳を叩き込もうとする。躱される。アラトは歯噛みすることもなく、狂鎧幽鬼から距離を取った。


 1つの魔法に切り替えた理由。それは、圧倒的に時間が足りないことに気付いていたから。こいつは、アラトから仕掛けなければ間違いなく先制しに来ていただろう。そうなると唱えられる補助魔法は精々2つ。個別に補助しようとすれば絶対に間に合わなかった。何かを2つ高めたところで立ち回りで上回られ、スペックの差で殺される。


 狂鎧幽鬼から、黒い斬撃が()()()()()。これは『中位上級切断技巧・光喰らう斬撃(ライトイーター)』。上位互換の『輝き喰らう斬撃(シャインイーター)』でなかっただけまだマシだが、これらの技巧は昼に威力が減衰しない夜の技巧だ。

 一部の魔法と技巧には『昼適性・夜適性』があり、適性でない方の時間には威力が減衰するのが普通だ。

 だが、上記2つの技巧は昼に減衰を起こすこともなく、夜の適性はしっかり受ける。

 さっきアラトが戦闘に割り込んだ時、夜になったような違和感を感じた。恐らく、この空間は夜として扱われているはずだ。それに加えて、呪いのドーム。『光喰らう斬撃』の威力が、元からは考えられないほど高まっていることは想像に難くない。


「でも、迎え撃つ!」


 アラトは拳を握りしめ、真っ向から勝負を仕掛ける。


 両腕を引き、胸を張って、技巧名を口にした。


「『下位上級拳撃技巧・影の衝打(シャドー・インパクト)』!」


 こちらも夜の技巧を使う。飛んできた斬撃に黒い靄をまとった両拳を叩きつけ、迎撃する。


 同属性の魔法・技巧がぶつかった時、その趨勢を決めるのは純粋な威力だ。そして、負けた方は技巧の威力上昇の糧にされる。故に、魔法使い同士は基本的に同じ属性で撃ち合わない。


 お互いが使った技巧は、夜の力を斬撃と拳撃のカタチにしたもの。分類的には同じ、闇属性だ。

 アラトが選択した技巧『影の衝打』は、夜の補正をより強く受ける技巧。『光喰らう斬撃』は昼に減衰しない分、夜の補正も控えめだ。結果、アラトの技巧が狂鎧幽鬼の技巧を喰らう。


「『発射(シュート)』ッ!!」


 この勝負に勝てる自信があったアラトは、相手の技巧を喰らった瞬間に拳が纏う影を解き放った。

 勢いよく飛んでいった影を、狂鎧幽鬼は斬り払う。

 その機会をアラトは見逃さなかった。


「『中位中級時空魔法・界内転移』」


 瞬きより短い時間で視界が切り替わり、目の前に狂鎧幽鬼の背中がある。

 アラトは拳を振りかぶり、叫んだ。


「『下位上級拳撃技巧・体震(ボディクエイク)』!!」


 凄まじい反応速度だ。

 勝てる状況を作り出したアラトが最初に思ったことが、これだ。

 狂鎧幽鬼はこちらの気配を感じ取ったか、アラトの発声より早く振り向こうとしていた。

 また、前に出ながら振り返ることで、アラトの拳の範囲内からも逃れようとしている。

 攻防を同時にこなそうとする、素晴らしい動きだった。


 でも、逃がさない。

 アラトの拳が鎧に届き、驚異的な振動を叩き込む。


 ビシビシビシッ! と、ヒビが入っていた鎧に亀裂が走る。

 これはもう、戦闘続行は不可能だろう。

 動くそばからボロボロ崩れて行く鎧を────否、その先にいる存在を見つめ────アラトは声をかけた。


「この鎧を動かしていたあんたが、今回の騒動の原因か? もしそうなら……近日中に潰しに行く。森の中で何してたかは知らないが、楽しみに待ってろよ」


 最後まで言葉が届いたのか。アラトが言い終わるのとほぼ同時に、鎧は崩れ去った。


 残ったのは、狂鎧幽鬼が装備していた曲刀だけ。

 ────とても禍々しい、曲刀だけ。


 アラトは、それを手に取った。

 その瞬間、強大で狂暴で凶悪な怨嗟の声が、アラトの頭に流れ込んできた。

というわけで、アラトの戦いと一応キララの戦いが決着です。


アラト達は、油断しているわけではありません。

油断していなければ負けはないと客観的に判断できているからこそ、最初から全力ぶっぱしていないだけです。

もし最初から本気を出していたら、討伐証明なんてものごと跡形もなく消し飛ばしています。

油断せずに、この世界を見極めようとしているアラト達。

このまま、何事もなく上手くいくといいですね。


次は、2ヶ月以内に更新できたらいいなぁ……。

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