不穏な空気
こんにちは、ごぶりんです。
お久しぶりですね、3ヶ月振りです。
俺のこれは決して筆が進んでいなかったわけではなく、受験生に配慮した優しい更新停止だったのです……などという冗談は置いといて、色々あって書く時間取れませんでした、ごめんなさい。
次は1月更新目指します。
話覚えてねーよ!!って人は読み返してもいいんだよ???
クリリは《千色蜥蜴》を貫いている針を抜くと、死骸を無造作に掴み上げた。
皮膚の色は白で、瞳も白。アルビノのような神秘性が感じられるわけではなく、作り物めいた印象を受ける。
「……『下位中級無魔法・分析』です」
クリリはポツリと呟いた。『分析』は対象の情報を見る魔法なので死骸に使っても意味がないかといえば、そうではない。『分析』では生体魔力情報も────この場合は生体ではないので、生体であった時の魔力情報になるが────確認できる。そして、クリリの目的はそれだ。
(……きっと、千色蜥蜴は色を変えるだけで耐性も変えられるはず……であれば、生物レベルで環境に適応する必要はないはずです。恐らく、個体間で生体魔力情報に差異はほとんどないのです……)
生体魔力情報とは、本来個々でかなり差がある。同じ人間でもそれぞれ個性があるように。遺伝子のようなものだ。
だが、分裂して増える生物であれば遺伝子情報は同じになる。
クリリは、千色蜥蜴はそれに近い物であると推測した。
(読み取った生体魔力情報を発動前の魔法に入力……完了。これを持つ存在を選別するように設定……完了。────行くです)
これは、クリリの、とっておき。
「『上位上級無魔法・取捨選択球場』です」
クリリを中心として、透明な魔力のドームが広がっていく。物凄いスピードで広がっていくそれは、魔力を持つ者を透過する度に選別する。そして、所々で何か小さなものが跳ね上げられた。
『取捨選択球場』。これは、術者が設定した物に対して、何らかの移動を与える魔法だ。基本的に、短剣などを標的にして落下や上昇の効果を与え、相手の武器や防具を一時的に奪うのに用いられる。ただし、対象の細かい設定はできない上、消費MPも馬鹿にならないので使用者はほとんどいない。もし刃物などという設定にしたら味方にも被害が及ぶからだ。
だが、クリリはこの魔法を完璧に使いこなす。細かい設定ができないというのは正確ではなく、正しくはこの魔法にあらかじめ設定されている条件が大雑把なだけなのだ。それをクリリは、生体魔力情報を条件に用いるという荒業で対象を自分が思うままに設定していた。
これは簡単なことではない。生体魔力情報とは本来、『精査視界』という魔法でのみ使える情報である。『精査視界』で生体魔力情報を視覚的に把握し、それと類似しているものを視界内で見つけることができるようになるというだけなのだ。これを応用して敵を殲滅する際のマーカーとして使う者もいるにはいるが、そもそも生体魔力情報なんて物を知らないプレイヤーの方が多いだろう。
だが、クリリの魔法に対するセンスは並ではない。いや、すごいなどという言葉でさえ足りないほどだ。
今でこそ魔法戦をしたらキララに負けてしまうクリリだが、そのポテンシャルはキララとは比べ物にならない。そもそも、扱える魔法の階級が違うのに撃ちあえる方がおかしいのだ。
それに、クリリはデータにも強い。生体魔力情報の仕組みを解明し、羅列からその者がどんな存在なのか判別できるようになっているのだ。そしてそれを応用し、クリリは魔法の『式』を割り出した。
生体魔力情報に『どの種族』で『どの性別』で『どの属性が得意』で『どの属性が苦手』で……と情報の項目があるように、魔法にもそれがある。『どの属性の魔法』で『どの階級』で『どれくらいの威力』で『どのくらいの基礎消費MP』で……と。それをクリリは解析し、弄ることに成功したのだ。
ちなみに、普通は意識せずとも『この魔法を使う!』と考えて詠唱すれば魔法は使える。無意識に『式』は構築されるからだ。クリリは、その『式』の構築に意識を向けて途中で割り込みをかけているだけである。
最初に跳ね上げられた存在が落下を始める前に、クリリは次の魔法を使っていた。
「『下位上級深淵魔法・水平引力』なのです」
クリリの頭上に、渦を巻く黒い球体が出現する。その球と同じ高さにいる存在が、一気に吸い寄せられてきた。
先ほどの技術、身につけているのはクリリだけだ。全マスパラプレイヤー並びに全サポートNPC中、扱えるのはクリリしかいない。割り込みを成功させるには、『式』の存在を感覚的に理解しなくてはならない。それに加えて、『式』の項目の意味を把握することも必要だ。この難度のため、クリリは他者に────それこそキララにも────この技術を教えていなかった。どうせ、無駄だから。
吸い寄せられた存在がそろそろ球体に突っ込むという頃、クリリはもう1つ魔法を使う。
「『上位下級空間魔法・異次元作成』です」
『異次元地域』を作り出したクリリは、その入り口を『水平引力』の周りに展開した。引力に引っ張られて飛んできた千色蜥蜴は次々と『異次元への穴』に吸い込まれていく。その間に手元に別の『異次元地域』を作り出し、手の中にある死骸を無造作に放り込む。全ての千色蜥蜴が吸い込まれたところで、クリリは『異次元への穴』を閉じ『水平引力』も搔き消した。これで、クリリはいつでも千色蜥蜴を殺せる。『異次元地域』の環境は自由に操作できるからだ。
クリリは満足して頷くと、千色蜥蜴に噛み付かれた男を見やる。仲間に介抱されているが、命に別状はなさそうだ。
クリリはホッと息を吐き、先程から感じているヤバそうな気配の方へ駆け出した。
アラト達4人の中で、クリリが最初に依頼を達成した。
──時は少し遡る。
《森猪王》に足止めされ、《森猪人》を取り逃がしたクシュルだが、その口角は上がっていた。
新たに構築された壁を蹴りつけ、森猪王から少し離れた所に着地する。
手を休めずにそれを追撃しようとした森猪王だが、踏み出そうとした足を思わず止めてしまう。クシュルは森猪王の方を向き、剣を腰だめに構えていた。森猪王は追撃を中止する。
クシュルからの攻撃に備え少し様子を見ていた森猪王は、おかしなことに気付く。クシュルが仕掛けてこないのだ。それに、目も瞑っている。
訳がわからなかったが、森猪王の目的は最初から時間稼ぎ。向こうが勝手に時間を使ってくれるなら好都合だった。
森猪王はクシュルから目だけは逸らさず、静観の構えを見せる。
クシュルの耳は、ピンと立って忙しなく動いていた。
クシュルが不思議な行動を取り始めた頃。
アラトは《虹翼狼》と凄絶な殺し合いを繰り広げていた。
「……ッ! シイ!」
左後ろから迫る虹翼狼に気付いたアラトは、その対処を《沿岸国の呪宝剣》に任せる。今からアラトが左腕を振ったところで間に合わないのが明白だからだ。
『んっ……!』
一生懸命さを窺わせる掛け声とともに、呪宝剣が自らの意思で鋭い斬撃を放つ。この瞬間までに何度も見たとはいえ、やはり対応するのは難しい。虹翼狼は横方向に真っ二つにされ地に落ちた。
腕を勝手に持っていかれたアラトの身体が回転するが、そんなことは承知の上。むしろその勢いを利用し、アラトも攻撃に転ずる。
「『上位下級切断技巧・斬足刃:鋭』!!」
左脚を軸にして回転する途中、技巧を用いて1匹の虹翼狼を斬殺する。だが、アラトとて人間。ここからさらに突っ込んできた虹翼狼に対して左脚で迎撃することは難しい。
「がっ……!」
攻撃後にどうしてもできてしまう隙───シイと連携しているために普通より格段に少ないが───を突かれ、アラトの右脚に鋭い牙が喰らいつく。呪詛魔法が纏わり付いていることなどおかまいなしだ。呪詛魔法が虹翼狼を蝕み始めるが、アラトの脚が喰い千切られる方が間違いなく先である。
「チッ、『中位中級水魔法・変形槍』!」
脚から噴き出し、虹翼狼の口腔内に溜まっている血液を対象にアラトは魔法を使う。それらは槍へと形を変じ、虹翼狼の口を内側からぶち破った。
鳴き声すら出せぬまま、虹翼狼は絶命した。
アラトは無理やり脚を引き抜いて、その死骸に右手を当てる。
「『上位中級死霊魔法・死者の舞踏』! 時間を稼げ、虹翼狼!!」
死んだはずの虹翼狼が動き出し、かつて仲間だった存在に襲いかかる。
群れに動揺が見られるかと思いきや、そんなことはなかった。これが仲間でないとわかるのか、問答無用で喰らい付き喰い千切る。
その殺し合い────いや、片方はもう死んでいるから一方的な殺戮と無駄な労力か────を、アラトは意外そうに見つめながら自身の脚に回復魔法を施した。
傷を癒しダメージをなかったことにすると、呪宝剣を握り締めて再び虹翼狼に襲いかかる。
「づあっ」
踏み出した左脚を軸にした回転斬り。
操っている虹翼狼諸共、2匹の生きている虹翼狼を切断する。
(これで、あと8匹!)
地に倒れた虹翼狼を横目に、『死者の舞踏』で操られている虹翼狼の死体は動きを止めない。既に死んでいるこいつは、身体が動かなくなるまで動き続ける。アラトは、これが行動不能にならないよう上手く斬りつけていた。
『ガウッ!!』
死してなお踊る虹翼狼を避けて、1匹の虹翼狼がアラトに襲いかかる。アラトは応戦しながら、冷静に思考を巡らせていた。
(こいつらは、単体性能はそこまで高いわけじゃない……俺が少し強化するだけで、かなり余裕を持って相手ができる。こいつも……よし、これで殺せる)
「シイ」
武器が自分の意思で動くことを失念したのか、アラトから見て明らかな隙を晒した虹翼狼の命が狩り取られる。
あの死骸も、まだ少しやれそうだ。状況を見て、今は積極的に動く必要がないと判断したアラト。思考を続けることにする。
(さっきわざと隙を晒して脚に喰い付かせたが、あれも強化されてる状態ならダメージって意味では大したことなかった。血は出たからそれは利用したけど。基本的には怖い相手じゃない。問題は……)
口では呪詛魔法を詠唱し、シイの呪力回復に努めるアラト。問題の存在に目を向ける。────目が合った。
(この群れのボス……あいつは強そうだ。しっかりと支配しているようだし、指示もかなり的確らしい。もしかしたら……あ、アレはもう動かないな)
トドメの一撃が入り、『死者の舞踏』で動いていた虹翼狼が遂に動かなくなる。仲間の死を冒涜したアラトに、凄まじい殺気が向けられる。
だが、それしきのことで臆するアラトではない。
「さあ、間引きしてやったぞ? そろそろ楽しませてくれよ」
言葉とともに、同じ意思を乗せた魔力をボスに向けて放つ。アラトの予想では言葉だけでも伝わるが、念のためだ。
実は、この戦いが始まってから1度も、アラトは本当には痛がっていない。「あ、なんか噛まれたな」程度だった。その嘲りの気持ちはボスにしっかりと伝わったようだ。
『…………ニンゲン風情が、このワタシと群れを愚弄するか』
《マスパラ》で、モンスターには『長く生きた個体や、知能の高い種族などは人の言葉を解することもある』という設定があった。
理解できない話でもない。人間が外国で何年か暮らせば、自然とその国の言語を理解し話せるようになるのと同じ。生物とは、学習するものである。そして、その学習の精度と効率は知能が高ければ高いほど上がる。
アラトの予想通り、このボスは人の言葉を理解できるようだ。
敵意を存分に乗せて伝わってきた意思に、アラトは不敵な笑みを返す。
「……悔しいなら、俺を殺すんだな」
『……その言葉を後悔しながら、死にゆくがいい!!』
虹翼狼のボスが、吠える。成熟した虹翼狼の咆哮は、威圧効果を伴う攻撃として対象を襲う強力な固有技巧。
だが、それを受けてもアラトは笑う。
アラトvs虹翼狼の、第2ラウンドが始まった。
────暗い────
瞳を閉じているクシュルは、自分が闇の中心にいるような錯覚を覚えていた。完全に遮断された視覚情報は、クシュルに外の様子を伝えない。だから、今周りがどうなっているかクシュルが理解していないかと言うと────全くそんなことはなかった。むしろ逆で、この戦場で何が起きているのか、大体のことを把握している。
激しく動くウサ耳は、情報を拾い続けている。音という、視覚に並ぶ程に状況判断に使える情報を。
────ししょーが、虹翼狼を殺していますね。……あれが、ししょーの呪われた武器を使った戦闘……動きがすごいことになってますね。智恵ある武器での戦闘は見たことありますが、前よりも慣れてるみたい。ってそりゃ当たり前でした。ししょーですし。──あう、煩いです。あんまり吠えないでください。…………あ。……見つけた。森猪人。今度こそ、逃がしませんから。……これは、キララさんですね。走ってます。脇目も振らず……あ、走りながら魔物を殺した。というか、あの人近接戦闘もできたんですか。厄介ですね……。そういえば、どこに向かっているんでしょう? 方向からすると、こっちかな……ッ!? …………な、何ですか、アレ……。さすがにアレはヤバすぎませんか……? キララさん、健闘を祈ります。心から。さてさて、あのクソガキは……いました。何かを手に持って見つめている……んでしょうか? これではさすがにそこまではわかりませんね。でもまあ、サボってるということはないでしょうし、気にしないことにしましょう。…………うん、戦場の把握、できました────
クシュルは、その類稀なる聴覚をフルに活かして、まるで俯瞰的に見るかのように戦況を把握した。聴こえてきた音から、様々なことを察することができるクシュルならではだ。
キララの討伐対象だろう鎧は、凄まじい気配が音に乗っていた。いや、気配が音に完全に混ざっていた。かなりの強敵であることは想像に難くない。クシュルは、キララの無事を祈る。
────ふむ、全体的に問題はなさそうです。では────
クシュルのウサ耳が、激しい動きを止めた。
今度は細かくピクピクと動いて、ある存在の動向の把握を続ける。
……目標を捕捉、意識を集中させる────クシュルは目を瞑ったまま、《兎人の二双高剣》を振り抜いた。
確かな手応えを、クシュルは感じた。
森猪王は、困惑していた。
目の前の敵が、武器を振るっている。しかし、自分に害は一切ない。気付かぬうちに斬られている、というようなこともない。薄っすらと纏っている土属性の鎧が、傷つく反応はないからだ。
では、この敵は何を斬っているのか。森猪王にはわからない。
まだしばらく様子見を────そう考えた森猪王を、強烈な嫌な予感が襲った。
この嫌な予感、これを伝えてきたものの正体。──本能。
『ブッ……ブルァァァァァアアアアアアアアア!!!!』
本能が何かを伝えた。それを理解した瞬間、森猪王はクシュルに踊りかかっていた。理屈ではない。この敵のこの行動は、是が非でも止めなければならない。そう、森猪王を王足らしめている一番の才能が叫んでいた。
身体の内から轟くその悲鳴を咆哮に替え、敵を両断せんと斧を振りかぶる。最悪反撃で殺されても構わない。この行動を阻止するのが最優先だと、森猪王は悟っていた。
ドゴォォンッッ!!
凄まじい轟音と同時、クシュルのいた地点が崩壊する。森猪王の斧の一撃が炸裂したのだ。
……そう、いた地点、である。
クシュルは目を閉じたままこれを回避、剣を振り続けている。
『グッ、グルォァァァアアアアア!!?』
地面に斧を叩きつけた反動で手がビリビリと痺れるが、そんなことを気にしてはいられない。森猪王は地面から無理矢理斧を引き抜き、大振りの一閃。砂礫を巻き上げながら、敵を攻撃する。
だが、クシュルはこれも躱してのける。先ほどのように軽やかなサイドステップではなく、森猪王の後ろを取りに行く鮮やかな大ジャンプ。
『グルァ!!』
ここが好機。空中にいるならば、敵が回避行動を取れる道理はない。森猪王は身体を勢いのままに回転させ、水平斬りを回転斬りに繋げる。タイミングはドンピシャ、これなら殺れる────!!
「『下位上級固有魔法・空は大地なり』」
そんな森猪王の考えは、予期せぬ方法で否定される。
敵は、空中を踏んでさらに跳ねたのだ。完璧に捉えたはずの一撃は、多大な隙を晒す無駄な空振りに変えられる。
その間に、敵が得物を3度振る。もう形振り構ってはいられない。敵に自由に行動を許しすぎだ。
『ブッルゥアアアアアアア!!!!』
三度咆哮。土属性魔法、『大地の尖塔』を発動させた。局所的に隆起した地面が、敵を串刺しにせんとその身を伸ばす。
最初にクシュルを襲った『土槍』、それよりも太く強度もある柱複数本が同時にクシュルに差し迫る。
────これすらも、クシュルには聴こえていた。『空は大地なり』の力を惜しみなく使い、横に跳ぶ。
森猪王の攻撃を軽やかに避けながら、クシュルは口を開いた。
「そういえば、貴方は私が何をしているのか、気付いているようですね」
宙を舞いながら囁かれるその声音は、歌うようで。
「ああ、気付いているというのは語弊がありますね。きっと本能的なものでしょうから」
瞳を閉じながら剣を振るその姿は、絵画のようで。
「なら、教えてあげましょう。私が何をしているのか────」
口で笑いながら提案するその心は、悪魔のようで。
「ほら、漂って来ましたよ……貴方の同胞の血の臭いが」
恐怖に震えながら吠える森猪王には、絶望の象徴にしか見えなかった。
眼を閉じて集中するクシュルには、ある確信があった。
(この世界では、それを覚えることが可能であるのなら、現状自分が覚えていない技巧でも使える。その技巧の効果を具体的にイメージできる条件付きで、でしょうけど。森猪人に逃げられた時、私は土壁の上から遠く離れた森猪人に攻撃することができました。アレは、『上位中級切断技巧・界内斬届』。ししょーが時々使う切断技巧で、視界内の状況が完璧に把握できる空間を、距離を超えて直接斬るというもの。ししょーは『界内転移』と似た感覚で簡単に習得したようですが、私は習得クエストが面倒すぎて断念していました)
しかし、それを発動できた。あの瞬間、クシュルはある仮説を立てたのだ。
(覚えていない技巧でもイメージすれば使える……ならきっと、レベル制限によって覚えられない技巧でも使えるはずです……! より強固なイメージが要求されそうですが、きっと……!)
職業や種族的に根本から合わないものを除き、覚えることのできる全ての技巧を使えるはずだと、クシュルはそう考える。
故に、イメージした。以前、アラトが戦っていた者が使っていた技巧を。『中位特級切断技巧・跳躍斬撃』を。
戦闘終了後にアラトに訊ねたところ、『跳躍斬撃』は正確な距離が把握できる位置に斬撃を置く技巧らしい。アラトは自分では上位の魔法や技巧を使えないが、使える知り合いから上手いこと情報を聞き出していた。
話が逸れたが、この状況でなら。森猪人がどこにいるのか聴いているクシュルなら。『跳躍斬撃』を使って森猪人を殺せるはずだと、そう推察したのである。
そして、実際に使おうとしてみた。『跳躍斬撃』を発動させて、森猪人を斬ろうと。
その望みは叶えられる。今までにない量のMPが1度に持っていかれるのをクシュルが感じると同時、手に重い手応え。《兎人の二双高剣》が何かを切断している。ずっと聴いていた森猪人が、血飛沫を上げて倒れるのが聴こえた。
そしてクシュルは、聴覚に全神経を注いだまま、舞ったのだ。
クシュルが17体目の森猪人を斬り裂いた手応えを感じた時、身体を何かが通り抜けたような気がした。身体に害がない物であることは本能的に察したので、クシュルは気にしないことにして戦闘を続行した。
群れのボスの指示で鋭く動く虹翼狼に若干苦戦しながらも、アラトが技巧を用いて3匹目を殺した時。アラトの感覚が、迫り来る巨大な魔力の塊を捉えた。
(なんだっ!?)
「『下位上級土魔法・滅びの舞踏場』ッ!!」
アラトは考えるよりも先に魔法を詠唱していた。アラトの周囲20mの範囲の地面がたわみ、そこから次々と砂礫や泥が射出される。
ボスの指示でアラトの様子を窺っていた虹翼狼達は回避を余儀なくされる。
強引に作り出した隙を活かし、アラトは魔力の観察をする。
────魔力の壁だ……俺の知らない魔法だな。魔力のサイズに一瞬ビビったけど、込められた魔力は絶大ってわけじゃない。普通にこのサイズの壁を構築するなら必要だろう量だ。……特に、敵意のような圧力もこの魔法からは感じない。俺に被害を及ぼすことはなさそうか……ん?────
この思考を魔力壁が迫る2秒のうちにしたアラトは、魔力壁にぶつかる寸前にとあることに気付く。
(これ、クリリの魔力だ)
魔力壁が身体を透過し、全身を精査されるような感覚に陥ったアラトだが、それと同時に自身の魔力感知が正しかったことも理解する。
(なんなんだろう、今の魔法。まあ、後で訊けばいいか。今は虹翼狼だ)
今の魔法の正体が気になったが、今考えても仕方がない。知らないのにわかるはずもないからだ。
気になるといえば、今の魔力の質もそうだ。今の魔力、クリリの物であるという情報がかなりの精度で隠蔽されていた。
普通、この情報はダダ漏れで、それを感覚として捉えることで魔力感知ができる者は魔法を感知する。その魔力の質さえ知っていれば、『どんな魔法か』だけでなく『誰が使ったか』も把握できるのだ。
しかし繰り返すが、今の魔法はそれが間違いなく意図的に隠されていた。それに加えて、魔法としての存在さえも希薄にしてあった。
前者は、魔力壁がクリリの魔法であるということに魔法と接触する直前にならないと気付けなかったことから推測した。後者は、自分が広げていた網に魔法が引っかかるまでその存在を把握できていなかった時点で、そうなっていると理解した。
純粋な魔力操作なら今は一応アラトに分があるが、通常の魔法においてはクリリが圧倒的に優位なようだ。
「これは、どんなことがあってもクリリは敵に回しちゃダメだなぁ……場合によっては負ける」
アラトはそんなことを小さく呟くと、体勢を立て直した虹翼狼達に向かっていった。
アラトが感慨深げに呟いた数十秒後。
キララは、鎧達と対峙していた。
「こいつらが、《狂鎧幽鬼》か。……近くで見るとホンットにやばいのが嫌でもわかるな」
遠目で見るだけでも十分に本能に警鐘を鳴らさせるその姿は、近くで見るとなおさら禍々しく、今や本能が『少しでも隙を見せたら死ぬぞ』と大合唱している程だ。狂鎧幽鬼は怪しげな黒い靄も身に纏っている。
この状況では、普段強気なキララをして、軽口を叩く余裕はなかった。
最初から、出し惜しみはしない────そう考えて構えたキララは、背後から迫る魔力を感知する。
(ん、これは……クリリの魔力だな。まだ魔力の質を隠蔽する癖が抜けてないのか。無駄だからやめろって言ってるんだけどな……まあいい。この『取捨選択球場』、クリリからあたしへの応援だと勝手に解釈する。そうすりゃ、力も湧くってもんだ)
キララは、一種の自己暗示を自分に掛ける。幻惑魔法への耐性は極端に高いキララだが、こういうのは実際に掛かっているかが問題なのではない。如何にそう思い込めるかが重要なのだ。
力が湧いてくる。そう決めて、キララは吼えた。
「『過剰発熱』!!」
魔法をかけてからそのエネルギーを一切消費していなかったため、噴出する熱量はオークを焼き斬り殺した時とは比べ物にならない。極太のビームサーベルのような刀身を形成した熱量で、キララは鎧の1体に斬りかかる。
獣人族の脚力を活かして一気に踏み込み、熱剣を真横に振り抜く。
ここでやっと、狂鎧幽鬼がキララに反応した。キララはさっきから目の前にいたにも関わらず、今。
(敵意だけじゃ反応しないのか! ラッキーだ! 攻撃も加えられそうになって初めて敵だと認識する!! それだと遅すぎるってことを教えてやるッ!!)
狂鎧幽鬼が得物を振りかぶる。遅い。キララの攻撃が狂鎧幽鬼を直撃し────。
「…………は、え?」
狂鎧幽鬼には一切効いていなかった。鎧は膨大な熱を受けても変化がない。鎧なのに。
このレベルになるまでにたくさんの場数をこなしてきたキララでさえも、一瞬呆ける。頭が真っ白になる。思考能力がダメになる。何が起こったのか理解ができない────。
「──がっ、ぐぅっ!?」
左から、狂鎧幽鬼の曲刀が襲いかかってくる。咄嗟に腕でガードした。高い斬撃耐性を備えているプロテクターを装備しているからか、腕を切断されることはなかった。だが、高いはずの打撃耐性を貫通し、凄まじい衝撃がキララに抜けてくる。ボキボキと、腕から嫌な音が聞こえてきた。
「っどわぁ!?」
と、その時。キララと曲刀の接している部分で爆発が起こり、キララは盛大に吹っ飛ばされる。やっと冷静さを取り戻した頭は、今の爆発と、目の前で輝くネックレスの宝石の破片の意味を正確に理解した。
同時に、スイッチを切り替える。こいつらには、今のままじゃ勝てない。
「ぐっ、ぃでっ、〜〜〜〜〜〜ッ!」
地面をバウンドし、滑り、キララは止まる。
キララの身体は、1回の接触でボロボロだ。
左腕は明らかに折れている。砂埃に塗れ、精神的にもかなりキツイ。実際のダメージはそこまで甚大ではないのだが。
先程起こった爆発は、キララが掛けていた保険だ。『上位特級火魔法・薄紅の法衣』。自分の最大HPの1割を超えるダメージを1つの攻撃で受けそうになった時、1割の余剰分のダメージを同じ威力の火属性の爆発に変換して受けるというものだ。火魔法を扱える者は火耐性が高いことも多いため、素直にダメージを受けるよりは属性を変えて受ける方がいい場合がほとんどである。キララはこの魔法を使い、ダメージを抑えた。
また、砕け散ったネックレス。これは、『真命防護の首飾り』。あらゆる『即死』を1度だけ防いでくれる、かなりのレアアクセサリーである。
「即死効果持ちの武器とは、笑えねえ……」
キララは小さく呟き、右腕を使って身体を起こす。身体はガクガク震えるし、左腕はしばらく使い物にならない。それでも、キララは思考を止めることだけはしなかった。
(今気付いたが、こいつらの禍々しさの元凶はあの武器だ。即死効果なんてもんを備えてる武器ともなりゃあ納得だがな。……もしかしたら、モンスターとしての核も武器の方か?)
キララは、狂鎧幽鬼の武器が即死効果を有すると断定していた。それもそのはず、先の一撃でキララが即死する可能性はそれしかなかったからだ。
そもそもマスパラにおける『即死』とは。HPが一気に0になる。生命活動を行う上で必要不可欠な部位が欠損する。その2つによってのみもたらされる。このうち、『真命防護の首飾り』で防げるのは前者だけだ。
先程の攻撃がキララのHPを全て吹き散らす威力を持っていた、という可能性もない。火属性として受けたダメージから、元の攻撃の威力は推察できる。『薄紅の法衣』に吸収された最大HPの1割分を足しても、全てが素通りしてキララのHPを3割削れるか否か、というところだろう。クリティカルを食らったわけでもないし、この条件下で『真命防護の首飾り』が反応できるのは即死効果に対してだけだ。
キララは何とか立ち上がり、右腰のポーチから2本のポーションを取り出した。1本を左腕にぶち撒け、もう1本はグイッと呷る。
腕の傷がみるみるうちに塞がっていき、骨折も治った。かけた方は即時型HP回復ポーション、飲んだ方は持続型HP回復ポーションだ。キララほどのトッププレイヤーが使うポーションは、効果も段違いである。だが……。
(チッ、あの武器のせいなのか? 明らかに回復効果が弱い。このクラスの即時型HP回復ポーションなら、この程度の骨折、違和感なく完治させるはずだ。でも、指先にまだ違和感が残ってる……)
キララは狂鎧幽鬼を警戒しながら考察を進めていた。しかし、それは実際には無駄なことだった。狂鎧幽鬼達は、立ち止まってキララに敵意を向けているものの、自分から動こうとは一切しなかったからだ。
プッ、と、切れた口の中から滲んできた血を唾と一緒に吐き捨てる。
「舐めやがって……ぜってーぶっ壊す」
キララは静かに、それでいて激しく闘志を燃やす。
それを受けて狂鎧幽鬼が構えた。キララを警戒させた証だ。
だがキララは笑みを浮かべることもなく、魔法の詠唱を始めた。
いかがでしたか?
今のところ比較的余裕ムード。このあとどうなるかは作者も知りません()
ていうか戦闘が終わる気配がねえ!!
いつ終わんだこれ!!
模擬戦と同じ匂いしかしねえぞ!!!
では、また次回。