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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
26/46

草原での戦い

お久しぶりです。

3ヶ月ぶり?遅れてすいませんでした。

ポケモンとかポケモンとかポケモンに忙しかったんです。

次話はそこそこ早くお届けできるのではないかなぁと思います(前もこんなこと言ったな)。


では、どうぞ。

 



「さてと、んじゃあ受けたクエストのモンスターを1種類ずつ片し────いや」


 アラトは遠くを見据え、言葉を途中で切った。


「アラト? どうした、あたしら全員で1つずつ叩くんじゃないのか?」


「そのつもりだった。でも、あれ見ろ」


 アラトが指し示す方向。その先には、虹色の光が()()()()()()()()()()()あった。

 そしてその少し右には、大群をなすガタイのいいモンスターの姿が。それは様々な武装をし、物々しい威圧感を放っている。

 アラト達がいる門前からは距離があるものの、あれらが来てしまったら王都の被害は甚大だろう。


「げっ、ありゃあ……」


 キララが呻く。彼女もあれの正体を正しく察したのだ。


虹翼狼(にじよくろう)と、森猪人(フォレストオーク)……」


「間違いないと思う。そして、あの数を瞬殺するには高火力広範囲魔法の使用が必要不可欠だ。多少目立つのは仕方ないけど、それは目立ちすぎる……今は『強い冒険者』程度の評判に留めておきたい」


 クシュルの呟きを拾い上げ、アラトが自分の考えを述べる。キララ達もそこに異論はないのか、否定の声は上がらない。

 クリリがアラトの言葉を引き継いで、アラトの考えを代弁する。


「でも、わたし達なら個々で対応することはできるです」


「そう。多少時間がかかるのは仕方がない、でも取り零しは許されない。周りの奴らじゃたぶん相手にすらならない」


 ざっと『観察眼』で周囲を見渡したアラトはそう結論付ける。あの中の1体を相手取ることなら彼らにも可能だろうが、群れとなると恐らく屠殺されるだけだ。

 自分達でさっさとやるしかない。


 アラトは振り向いて3人に告げる。


「ここからは別行動だ。なるべく目立ちすぎないように、でも危険を感じたら全力を出すことを躊躇うな。大立ち回りは演じざるを得ないだろうし、そこは仕方ないと割り切る方針で。あと、俺がクエストを適当に取った時、Aランク以上のクエがあと3つあった。A1個、S2個。誰かが受けてくれてればいいけど……」


「誰も受けてる奴がいなかった場合、あたしらがやるのが最善、って感じか?」


「ああ。内容は見れてないから、どんなモンスターが対象なのかわからないけど……たぶん見たらわかるだろ。もし手が空いたら探してみてくれ」


「了解しましたー」


「じゃあ行こう。キララとクリリは敵を探すところからだけど、頼んだ。俺は行く」


「はいなのです」


「あ、私も行きますー」


 アラト達の声に緊張感はないが、何かが切り替わる。

 ────戦闘だ。


 アラト達は別々の方向に飛び出した。






 アラトとクシュルは並走していた。

 目的地が同じ方向だ、わざわざ別れる必要もない。

 2人は必死に戦っている冒険者達の間を縫って進む。時折、今にも冒険者を殺そうとしているモンスターの攻撃を弾いたり、モンスター自体を殺したりしながらも走るスピードを緩めることはない。


 そろそろ、二手に別れる頃だ。



「クシュル、そっちは任せたぞ」


「はいー。先制で何体かぶっ殺して私に意識を向けさせますー」


「もしそれでもお前の方に来なかった場合……」


「群れの頭である森猪王フォレストオークキングを狙う、ですよねー? わかっていますよー」


「問題はなさそうだな。くれぐれも警戒は怠るなよ」


「はいー。ししょーに心配をかけたくはありませんからー」


 あの統率されている群れならば、もしかしたらクシュルを無視して無理やり進むかもしれない。森猪人数体でクシュルを抑え込めるならば、それが一番だからだ。そうなった場合、クシュルを無視できなくしてやれ、とそういうことである。


「じゃあクシュル」


「はいー?」


「任せたぞ」


「……はいー」


 クシュルの目の色が、やる気が、変わる。

 クシュルの一番の幸せは、想い人であり師匠のアラトの役に立つことだ。

 そのアラトから直接、任せると言われた。これでスイッチが入らないわけがない。


 クシュルは一際強く踏み込み、森猪人の群れに向かっていった。


「やりすぎなきゃいいけどな……さて」


 アラトは進行方向を見据える。輝く翼を持つ獣達が、自分達に近づく不届き者に気づいて臨戦態勢を取っていた。


「あいつらには何かあったら全力出せって言ったけど……俺がそうするわけにはいかないんだよなぁ」


 アラトは『無職』。『無職』はパラメータの補正が何もないため、何もわからないこの世界での唯一の目安になれると言っていい。

 故にアラトは、今回のクエストで目安としての役割を果たすつもりでいた。

 全力は絶対に────出さない。


「んじゃあ行くか……『上位初級召喚魔法・沿岸国の呪宝剣コースト・カースドソード』。おいで、シイ」


 『異次元への穴』が出現し、そこから飛び出すは血塗れの西洋剣。模擬戦でアラトがクシュルにけしかけた『呪われた武器(カースドウェポン)』のうちの1つだ。

 アラトはその柄をしっかりと掴むと、虚空に話しかける。


「シイ、今日は一緒に戦おう。お願いしてもいいかな?」


 アラトの視線の先────アラトにだけ見える薄く透けた少女は、コクリ、と。可愛らしく頷いた。








 キララは走りながら考えていた。


(この状況……あたしに意識向けてる奴はいないし、メニューを操作しても大丈夫だよな?)


 念のため周囲を見回すが、皆目の前のモンスターと戦うので必死だ。キララは走りながら素早くメニューを操作し、装備を変更する。

 纏っていたローブが搔き消え、その下から機動隊のようなチョッキとプロテクターを装着した身体が現れる。動きを制限しないためかそれは必要最低限だったが、キララは何の不安も感じていないようだった。

 そしてキララは、手に持つ杖の先端に手をかざし、唱える。


「『下位下級火魔法・炎刃付与フレイムエッジ・エンチャント』」


 周囲の目を欺くために装備のグレードを落としているキララは、今とても短い杖を装備している。その杖の丸い部分から炎が吹き出し、薄い両刃の短い刀身を形成した。扱いやすい杖が、小回りの効く短剣へと早変わりする。


 走りながら軽く素振りをすると、ピュンピュンと空気を切る音がする。キララは満足気に頷くと、辺りを見渡した。そして何かを見つけると、そちらに走り出した。







 クリリも走っていた。だが、その足取りはどこか勢いがない。


「うーん……どこを探せばいいのかわからないです……」


 クリリの討伐対象は、《千色蜥蜴(カラーリザード)》。だがそれがどんな大きさなのかすらわからないため、何を目標に探せばいいのかわからないのだ。

 取り敢えず、『でかかったらそれ蜥蜴(リザード)じゃなくて(ドラゴン)じゃね?』という勝手な想像からヤモリくらいの大きさを想定しているが……そうなると小さくて探すアテがない。


 クリリは困った顔をしながらも、走り回って標的を探していた。

 と、その時。


「ぎゃああああああああ!? な、なんだっ、なんで急に腕が噛まれたような痛みぎっ、ぎいいいいいいいい!?」


「おい、大丈夫か!?」


「がああああああああああ!?」


 もしかして?

 クリリはそう考え、叫び声が聞こえてきた方向に駆け出した。








「フッ、ハッ」


 舞っていた。


「んっ、やっ」


 日が傾いてオレンジ色に染まる世界で。


「シッ!!」


 クシュルが、まるで演舞のように。


「ッ!」


 血の軌跡を、描きながら。


「……ふぅ」


 クシュルが、動きを止める。

 周囲には、森猪人の死骸が複数転がっていた。

 クシュルはその中心で、ニッコリと笑って言う。


「……これで、私のことを無視できなくなりましたかぁ〜?」


 視線の先には、森猪王(フォレストオークキング)

 クシュルはこの群れに襲いかかってから、1度も森猪王から視線を外さなかった。森猪王もクシュルを脅威だと認めたのか、吠える。


『グモォォオオオオオオ!!』


『『『ガアアアアアアアアア!!』』』


 森猪王の号令を受け、森猪人も吠える。

 一斉に気勢を上げ、クシュルに四方から襲いかかった!


「────足りませんよ」


 クシュルは小さく呟き、両腕を2度振る。


 その直後、クシュルに襲いかかっていた森猪人が、()()()


 クシュルの本気の一閃。それを、森猪人達は捉えることができなかった。

 森猪王が、怯える。本能的に理解する。いや、理解させられた。自分の群れでは、この敵を倒すことは不可能。

 ならば────。


『ガオオオオアアアアアアア!!!!』


 森猪王が、一際強く吠えた。森猪人が動揺して王に振り向く。

 その隙を見逃すクシュルではない。


「疾ッ!」


 獲った──そう思ったクシュルは、強引に()()()()()

 なんとか着地したクシュルが見たのは、地面から飛び出す土製の槍。あのまま攻撃していたら、下手をすれば命を落としていた。

 クシュルは目を細め、魔法を撃ってきた元凶を見据える。

 森猪王は冷や汗を垂らしながらも、クシュルを睨みつけてくる。そして、再び吠えた。


『グモオッ、グルブワァ!! グラアアアアアア!!』


 吠えるや否や、王自ら突進してくる。

 クシュルに森猪王の言葉はわからなかったが、なにか嫌な予感がした。


『グラァッ!!』


 王が手に持った斧を全力で振り下ろしてくる。

 それをクシュルは難なく躱し────土の壁に取り囲まれた。


「なっ!?」


 直後、クシュルの耳は最悪の状況を把握した。森猪人達が、クシュルを無視して王都に向かって進み始めたのだ。ここでクシュルは察する。


(こいつ……! 時間稼ぎを王自らやるなんて!?)


 森猪人をぶつけても殺されるだけだと悟った王は、自分がクシュルの相手をすることを決めたのだ。そして、他の森猪人を全て逃がした。


(でも、何故そんなことを……? それに、私に恐れをなしたなら引いて森に逃げ込めばいいはず……)


 と、思索を巡らせかけたクシュルはここで我に返る。今は考え事をしている場合ではない。クシュルは足止めをされ、森猪人は駆け抜けようとしている。これが事実であり、クシュルがアラトに頼まれたことは森猪人の群れの足止めだ。現状は真逆。


(ししょーに褒めてもらえなくなります!!)


 クシュルは予備動作なしに踏み込んだ。

 周囲の視線は土壁で遮られている。全力を惜しむ必要は、ない!!


 一瞬で森猪王に肉薄し、グレードの低い短剣で斬りつける────と見せかけて、投げつけた。

 王は素晴らしい反応でこれを回避し、クシュルの横蹴りに吹っ飛ばされた。


『グモォァッ!?』


 王が直撃した部分の土壁が崩れる。勢いに耐えきれなかったようだ。


(今ッ!)


「『中位下級無魔法・武器追加(アド・ウェポン)』!」


 クシュルは《兎人の二双高剣》を顕現させながらそこから飛び出し、それと同時に再び土壁に阻まれた。しかも、ここだと外の音が聞こえづらい。壁が最初よりも厚く再構築されたようだ。


(チッ……錬成速度が早いですね……!)


 クシュルは森猪王の魔法の速度に驚きながらも、どうするか考える。

 今クシュルは、上から見ると凸の字のでっぱりの部分にいる。背後には起き上がった森猪王。こいつの相手をしている暇は、正直ない。


 それならばと、即断したクシュルは両側の土壁を交互に蹴って跳び上がる。


『ブモッ!?』


 森猪王は慌てて腕を振り上げる。壁が高さを増すが──クシュルの方が早かった。


(見えました、森猪人の群れ! でも、遠い……ッ!)


 届くはずがないと知りながらも、クシュルは無我夢中で腕を振る。

 土壁に視界を阻まれる直前、クシュルが見たのは、切断されて体液を撒き散らす森猪人数体の姿だった。









 アラトは虹翼狼の集団の先頭にいる1体に狙いを定めた。一撃で殺すつもりでシイを振りかぶる。


「うっ……らぁっ!!」


 アラトは跳躍し、呪宝剣を勢いよく振り下ろす。虹翼狼の首を狙ったその斬撃は、難なく回避された。


「!?」


 ただ回避されただけではない。回避して素早くアラトの側面に移動したその虹翼狼は、虹色に輝くその翼を以って反撃してきた。硬化された翼の先端がアラトを襲う。


「ぐっ……!」


 右手のみで無理やり呪宝剣を引き戻し、盾にする。シイも自らの意思で動きを手伝ってくれた。


 ギャリィンッ!!


(受け流せない!! 受け止めて後ろに跳ぶ……!)


 およそ剣と翼がぶつかったとは思えない音がして、アラトは大きく弾き飛ばされる。ガードしてくれたシイの刀身から、瘴気が削り取られて霧散した。


(くっ……呪力が一気に持っていかれた!)


 呪われた武器に纏わりつく瘴気は呪力とも呼ばれ、呪われた武器にとってのエネルギーとなる。呪われた武器が生きていくのにも必要なものなので、削られるのは手痛いどころの話ではない。


 アラトは滑りながらも勢いを殺し、最後は左手も地面について身体を支えた。そしてすかさず詠唱を始める。


「『中位中級呪詛魔法・(わざわい)祝詞(のりと)』ッ!!」


 アラトの口から禍々しい瘴気が噴き出し、それが呪詛の形をとってアラトを包む。弾き飛ばされたアラトとは距離があるにも関わらず、虹翼狼達は嫌そうな顔をして1歩後退った。

 呪詛魔法は耐性があるものには全く悪影響を及ぼさないが、耐性がないか低いと多大な影響を及ぼす。虹翼狼達には呪詛魔法の耐性がないようだ。


 アラトを包む呪詛が呪宝剣に流れ込み、新たに瘴気を纏う。新鮮な瘴気をもらったからか、呪宝剣は嬉しそうに震えた。


 アラトは普段から呪われた武器が瘴気を消耗すると、すぐに呪詛魔法を唱えて補給させていた。そして、必要量補給したなら一旦呪詛を取り込むのをやめさせていた。残った分はアラトの判断で使うためだ。いつものことなので、呪宝剣は途中で瘴気を吸うのを止める。


「シイ、今回は俺が使う。いいか?」


 シイと呼ばれた少女は真剣な表情で頷く。アラトはそれを微笑ましく眺めると、呪詛を四肢に行き渡らせる。


「よし、行くぞ…………シッ!」


 アラトが地を蹴った。

 先ほどアラトを吹き飛ばした虹翼狼は警戒を強める。そして殺気を目の前から感じ取った瞬間、その首を落とされた。


『グ……る?』


「────まずは、1匹」


 移動はアラトが、攻撃は武器が制御する。これがアラトと意思ある武器の戦い方。相手の予想を上回る速度で接近し、相手の想像を超える軌道で攻撃する。役割を分担するからこそできることだ。


 ドチャッ、と、虹翼狼の首が落ちる音がやけに大きく響く。

 アラトは不敵に笑い、次の1歩を踏み出した。

 虹翼狼の威嚇の咆哮が、アラトに叩きつけられた。









「く……くそぉぉぉおおおおおお!!」


 倒れ込んでいる女を背後に庇い、男がヤケクソのように叫んで盾を構える。

 男の目の前で腕を振りかぶっているのはトロル。下から掬い上げるような一撃を以って男を殺そうと、自らの得物を高々と天に掲げていた。


 男に目の前の死から逃れる術はなかった。


 トロルが腕を振る。

 棍棒が振り子のような起動で男に襲いかかる────


「『炎盛(バーンナップ)』」


 ────ことはなかった。


「…………はぇ?」


 呆けた男が知覚できたのは、目の前を通り過ぎて行くトロルの上腕と地に落ちるトロルの腕であった物(肘から先)、そして肉の焼けるような嫌な臭いだけだった。




 『炎盛』により伸びていた刀身が元に戻り、短剣としての姿を取り戻す。

 キララは腕を斬り落とされたことに戸惑うトロルを足場にし、高く跳躍した。

 頭を踏みつけられたトロルが眼下で怒り狂っているが、キララは気にする素振りも見せない。

 空中で全方位をゆっくりと見渡し、自分の討伐対象を探す。


「────あれか」


 いた。明らかにヤバそうな鎧が、4体。ここから王都を背にして左、完全に逆側だ。これは急がないとマズイかもしれない。


 キララの身体は重力に従い落ち始める。トロルが殺してやるといった表情で待ち構えるが……トロルは何もわかっていない。

 キララがトロルを無視していたのは、面倒だからでも、攻撃を受け切れる自信があったからでもない。

 ()()()()()()()()()だ。


 キララは杖を掲げて、軽く振り下ろす。

 振り下ろす直前、キララは小さく呟いた。


「『過剰発熱(オーバーヒート)』」


 シュバッ!! と激しい音を響かせ、刀身が一気に伸びた。その長さはトロルの背丈を越えるほどであり────ジュッ。

 トロルを、()()()()()した。


 熱量をいっぺんに放出しエネルギーを使い果たした炎刃は消えてしまったが、着地する時にはすでにキララが魔法を使って再度炎刃を杖に宿していた。

 着地後、そのまま駆け出そうとしたキララだが、ふと思い留まる。

 男女の冒険者の方を向き、アイテムを入れているポーチからポーションを2本取り出して投げ渡す。男は慌ててキャッチした。

 使っていいのか、と困惑気味な表情を浮かべる男に、キララは顎をしゃくってやる。

 使えという意図が伝わったのか、男は何度も頭を下げる。

 キララは手をひらひらと振ってから駆け出した。


 先ほどキララが渡したポーションは、キララのレベルが100ちょっとだった時に初めて使った即時型HP回復ポーションだ。さっき装備を変更した際にストレージ検索をかけたら出てきたので、使う時が来るかもとポーチにねじ込んでおいたのだ。あのレベルのアイテムが残っていたことに正直キララ自身が驚いた。役に立って何よりである。

 閑話休題。



 駆けながら、キララは考える。キララの役割は、最低でも《狂鎧幽鬼(クレイジーリビングアーマー)》を倒すことだ。その先もできればいいが、無理をして焦る必要はないだろう。あまり時間的余裕があるわけではないが、このまま走っていけば日没までに《狂鎧幽鬼》との戦闘に入れるはずだ。夕陽ではあるが、まだ陽は出ている。問題はない。

 そこまで思考を巡らせてから、キララは目標の姿を脳裏に浮かべた。あの禍々しさが溢れ出ていた鎧達。その瞬間、ゾワワワワワッ!! とキララの全身を悪寒が駆け巡った。キララは思わず走る足を止めてしまう。

 そして、数秒固まった。


「…………念には念を、入れておくか…………」


 固まっていた数秒で自分の悪寒、つまり第六感を全面的に信じることにしたキララ。メニューを操作しながら、小さく詠唱した。


「…………よし」


 保険をかけ終わったキララは、今度こそ自分の目標の下へと立ち止まることなく駆けて行った。









(──あの人です!)


 クリリは前方に目標を捉えた。

 腕の痛みを感じているのか、めちゃくちゃに振り回している。

 クリリは魔力の網を前方に伸ばし、その男を包み込んだ。指向性を持たせて魔力の網を網の形のまま伸ばすなんて芸当、アラトにもできない。魔力感知に操作、空間認識能力が高いクリリだからこそできたことだろう。


 ほとんど一瞬で男を包んだ魔力の網によって、男の腕に取り付いている存在をクリリは感知する。

 大きさ的にも、クリリの予想を大きく外れるものではない。

 恐らく、あれが《千色蜥蜴(カラーリザード)》だ。


 クリリは走りながら腕を振る。両袖から1本ずつ飛び出した針を両手で掴み、左手の針をすかさず投げつけた。


「『下位中級投擲技巧・麻痺束縛(パラライズバインド)(スリー)』、行くです!」


 針は暴れている男の首筋に突き刺さり、男の身体を3秒拘束する。そして一瞬でも時間があれば、クリリが次の狙いをつけるには充分だった。


「続けて『上位上級投擲技巧・麻痺束縛(パラライズバインド)(エイト)』、食らうです!」


 投げられた針は一直線に男の腕に取り付いた千色蜥蜴目掛けて進む。千色蜥蜴は高速で飛んでくる針に回避もままならず攻撃をその身で受けた。男と同様に蜥蜴も硬直し、噛み続けることができなくなったのか地面に落ちた。


 クリリは蜥蜴の硬直から3秒でその場に辿り着くと、蜥蜴の身体を掴んで固定し、走りながら用意していた針を掲げた。

 技巧(スキル)名を唱えて、技巧を使う。


「『上位上級刺突技巧・破椎突(ブレイクピアーズ)』!!」


 勢いよく振り下ろされた針は千色蜥蜴の脊椎を木っ端微塵に破壊し、その生命活動を終了させる。男の手甲と同じ色だった皮の色が極彩色に変わり、その後真っ白になった姿を晒す。

 クリリはそこに死骸を縫い止めたまま、男の元に駆け寄った。

 男は何故か苦しんでいたのだ。


「ぐぅぅぅぅううっ」


(これは……毒のようです。『分析』するべき……? いえ、1度解毒を試みてからでも遅くはないはずなのです。『下位上級回復魔法──』)


「おい、ちょっと待て! お前は何をしているんだ!?」


 クリリが回復魔法を使おうと詠唱を始める寸前、男の仲間から怒鳴り声で静止がかかった。クリリは魔法を止める。


「怪しい奴め……ダックから離れろ!!」


 仲間を案じているのが声からも伝わってくる。


 だが、今は説明している時間はなかった。男に余裕がなさそうなのだ。


(ごめんなさいです!)


 心の中で謝って、クリリは唱える魔法を切り替える。


「『下位中級風魔法・風の籠(ウィンド・ケージ)』!!」


 手を後ろに向け、男の仲間3人を籠の中に捕らえる。

 突然のことに男達は動揺するが、それを無視してクリリは続けざまに魔法を使う。


「『下位上級回復魔法・毒削除(ポイズンデリート)』!」


 魔法が当たった数瞬後、男の表情が穏やかなものになった。

 当然だ。『毒削除』はマスパラに唯一存在する毒完治魔法。効果がないと困る。毒を少しだけ取り除く『毒治癒(ポイズンキュア)』などと違い、対象の体内に存在する毒素を一気に消滅させるのだ。


 男の表情は仲間にも見えていたようで、おおっ、とどよめきが起こる。クリリもホッとし────男が再び苦しみ始めた。


「えっ!? ど、どうしてです!?」


 クリリは動揺を隠せない。『毒削除』が効果がなかった? いや。男の表情が1度和らいだのは、『毒削除』により体内の毒が取り除かれたからに他ならないだろう。

 では、他に考えられる理由は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。信じがたいが、これしかない。


「『分析(アナライズ)』!!」


 動揺しながらもこの結論に辿り着いたクリリは、正規の詠唱を行う手間も惜しいのか、簡易的な詠唱を行う。

 アラトが模擬戦で使った『詠唱破棄』のような詠唱省略の手続きを経ずにする簡易詠唱は、消費MPの増加量が多いだけでなく魔法の質も落ちる。だが、クリリは持ち前の魔法の才でこれをごり押し、質の劣化をほとんど起こさなかった。


 クリリの頭に情報が怒涛の勢いで流れ込んでくる。

 一瞬で情報の取捨選択を繰り返し、クリリは遂に目的の情報を見つけた。


(ありました!! ……やっぱり、この人の細胞のうち幾つかが毒の生成器官に変えられています! こんな魔法、見たこともないです……!)


 愕然とするクリリだが、即座に関係ありそうな情報を思い出した。千色蜥蜴の異常なまでの極彩色。そして、色によって戦い方を変えるという千色蜥蜴の特性。

 これは推測の域を出ないが、あの色の千色蜥蜴はこれほどまでに対処のしにくい毒を作り出すのだ。手甲の色と同じだったのは、ただの擬態に過ぎないのだろう。


 クリリのこの推測は、完璧に的を射ていた。だが、それをクリリが知る由もないし、知る意味も必要もなかった。今重要なのは、クリリがこれに対処できるかどうか、その一点のみ。


(────こうなったら荒療治しかないです! 毒の耐性を与えてから毒器官に変性している細胞を一気に破壊する! 細胞破壊のダメージをこの人が耐えてくれることを祈るしかないです!!)


「『上位上級闇魔法・毒耐性(ポイズンレジスト)付与(エンチャント)』、『中位上級無魔法・細胞大破(セルクラッシュ)』!! ですっ!!」


 以前、火魔法で登場した耐性魔法各種は、他者に付与することができる。その場合、唱えた階級の2つ下の階級の耐性を新たに得ることになる。つまり、今回の場合なら毒に苦しむ男は下位上級の毒耐性を得るのだが────。


(これだと絶対に足りないです……! この毒は間違いなく深淵魔法の部類! 下位互換の闇魔法じゃ軽減するのがやっとですが……ないよりはマシなのです!! 持ち堪えてください!!)


 クリリは、深淵魔法による猛毒耐性を覚えていない。使いたかったが、使えなかった。

 またクリリは、通常の毒耐性ではこの毒を軽減することができればいい方だと確信していた。だがそれでも、やらないわけにはいかない。

 悲痛な表情で祈りながら、クリリは細胞を壊す魔法を行使する。


「…………ッ!? ガァァァァアアアアアアアアアッッ!!!?」


 下手をすれば、この男は死ぬ。破壊のダメージに耐えられなければ、例え身体が生きていても頭が死ぬからだ。

 だが、回復魔法をかけてやることもできない。今は同時に毒器官の周りの細胞を1万個ほど破壊したところだ。今ここで回復してしまうと、空いた穴の部分を埋めるために毒器官細胞が増殖してしまう。通常の細胞よりも増殖速度が速いためだ。これを完全に消すためには、変性させることのできる周りの細胞を消し去った上で、同時に攻撃するしかない。

 だから今は、『分析』のデータを見て、回復魔法をかけてもいい状態になるまで待つしかなかった。


(ううううう〜〜〜〜、自動更新の2秒がとても長く感じるです〜〜)


 焦ったところで何かが変わるわけでもないとわかっていながらも、クリリは焦らずにはいられない。


 ────そして、その直後。


(……ッ、来たのです!!)


「『上位上級回復魔法────』」


 来たと思った時にはもう、口が詠唱を始めていた。


「『────全位回復(オールヒール)』!!」


 神聖な光が男を包み込み、『分析』のデータも容態が安定したことを伝えてくる。



 クリリはホッと胸をなでおろし、無表情で先ほど自分が貫き殺した千色蜥蜴の元へと向かった。

いかがでしたか?

アラト達の魔物との戦いはもう少し続きます。

ハードな戦闘が続くと思うのでお楽しみに。


では、また次回。

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