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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第2章 魔の力、その予兆
24/46

魔物と依頼

遅れました、すみません。

ごぶりんです。


今更ながらに気づいたんですが、初めて投稿してから1年経ってたんですね。

進まなすぎだろ()


それはそうと第2章、開幕です。

では、どうぞ。

 




 魔物の大量発生。


 気になる話ではあったが、アラトは調べたいことがあってここに来たのだ。先にそちらの要件を片付けるべく辺りを見渡す。

 すると、ちょうどいいことにヴィンセンスが階段へと続く通路から出てきた。

 アラトはこれ幸いとヴィンセンスに近寄り、声を掛ける。


「ヴィンセンスさん」


「おお、お主か。どうした?」


「ちょっと訊ねたいことがあってね。今時間いいかな?」


「ああ、問題ない。立ち話もなんだ、そこの部屋を使おう」


 ヴィンセンスに促され、すぐ近くにあった部屋に入る。

 部屋には簡素な机と椅子が置いてあった。


 5人全員が椅子に座れたのは僥倖だ。

 アラトが話し始める。


「ちょっと俺達の境遇に関わる話なんだけど聞いてほしい。実は────」


 アラトは何回も繰り返してきたために慣れてしまった説明をヴィンセンスにもした。ヴィンセンスはその作り話を信じ込み、頷いて先を促す。


「ふむ。それで、お主の要件とは?」


「他の人がいるところに出てきたのはここが初めてで、よくわかってないんだが……魔物の特徴とか、注意事項とかまとめた物ってあるのか? あって俺達にも閲覧可能な物なら知っておきたいんだけど」


「ふむ、そういうことだったか。まず質問に答えると、魔物の特徴をまとめた魔本はあるし、ギルドに訪れた者で証明証を持つ者なら誰でも閲覧可能だ。時間が合えば俺が案内しよう。合わなければ受付に言えば教えてくれる」


「わかった。魔本って?」


「魔本とは、その名の通り魔法がかけられた本のことだ。魔法がかけられた紙、魔紙も存在する。今回の場合、専用の魔紙に魔物の新規情報や更新情報が記載されると、対応する魔本である魔物一覧にその情報が反映される」


「なるほど」


 非常に便利な魔法だ。

 他にもそういった魔紙と魔本の組み合わせが存在するのだろう。


「それで、だ。いずれお主達にも手伝ってもらうことになるだろうし、魔物の実態調査について説明しておこう」


 実態調査。魔物の生態に関することを調べるものとアラト達は推測する。


「魔物は不思議な生物だ。ずっと昔からいるとされているが、その発祥は誰にもわかっていない。姿形が似ていても、片方は魔物ではなく片方は魔物、ということもある。魔物は力がとても強く、俺達がもし魔法や技巧を使えなかったら発展は望めなかっただろう。現状でもこれ以上は難しいだろうしな。俺としてはもう発展させる必要はないと思っているんだが……」


 ヴィンセンスは苦笑を浮かべる。

 イルライ国の王都で冒険者ギルドのギルドマスターを務めるヴィンセンス。彼は冷静で広い視野を持っているようだった。先を見据えているのだろう。


「まあそれは今は置いておこう。俺達は魔物の脅威に常に晒されている。戦闘技術を持たない村人ではひとたまりもないし、冒険者でも油断できる相手ではない。安全に、そして自分の実力に見合った魔物と正しく戦うためには情報が必要だ。それを得るためのものが魔物の実態調査。ランクの高い冒険者なら1度は経験があるはずだ」


 ヴィンセンスはかなり頭がいい。薄々察してはいたが、アラトはその認識を少し上に改めた。


「実態調査は依頼掲示板に貼り出すことはなく、俺達ギルド側から直接打診する。パーティーメンバーの半数以上がAランク以上の腕前であり、残りのメンバーもBランクであることが打診の最低条件となる。1つの調査依頼に大体3〜5パーティーで当たってもらっているな。実態調査は危険な任務だ。魔物をただ倒すのではなく、その力を引き出してどのような攻撃、どのような特殊能力、どの程度の強さなのかを正確に把握しなければならない。それは魔物を侮って手を抜くのとなんら変わらない。事情は違うとしても、事実は揺るがないのだ。これを死者なく成功させるためには、戦力は多くて困ることはない」


 確かにその通りだ。普通に戦闘をする分ならば余裕を持って勝てる魔物相手でも、厄介な特殊能力まで存分に使われたら余裕と言えるかは誰にもわからない。何故なら、使われた状態で戦ったことなどないだろうから。


「基本的に3パーティー以上なのは、1パーティーが魔物の相手を、1パーティーが魔物と戦っているパーティーのサポート、1パーティーが魔物の露払いで分担するからだ。パーティー数が増える場合、基本的にサポートと露払いを増やすことになる。何故だかわかるか?」


 喋り疲れたのか、ヴィンセンスがアラトに話を振ってきた。アラトは素直に自分の考えを述べる。


「まあ単純に考えたら連携の問題だろうな。パーティー内での連携に問題がなくても、パーティー間で意図の合わない行動を取れば危険に結びつく可能性が跳ね上がる。そんなリスクは冒険者側も許容できないだろう。まあ、対象の魔物の強さにもよるだろうけど」


「その通りだ。流石だな」


「でも」


「ん?」


 アラトはヴィンセンスの称讃を遮るように言葉を続けた。


「これにはある大きなデメリットがある。1パーティーでしか攻撃していないことだ」


「……?」


 ヴィンセンスはアラトの言わんとすることを理解しかねるようで、首を傾げている。

 アラトは向こう(ゲーム)での出来事を思い出して説明した。


「例えば、強さ的にはそこまででもない大きな魔物を相手にした時。調査に向かうのは実力者ばかりだから真正面から攻撃を受け止めたり躱したりってことができると思うけど、実力が上手い具合に拮抗している冒険者達の場合は正面から馬鹿正直に攻めるんじゃなくて周囲を囲って攻めることもありえる。他にも、強い魔物の調査の場合、回復役の視界から消えるのはとても危険だ。それなら全員が近くにいた方が連携が取りやすい。そのため、メンバー全員が魔物と向かい合って戦うだろう。でも、調査した情報を元に実際に討伐に行く冒険者達は、もしかしたら数パーティーで挑むかもしれない。そして戦いに参加する人数が多ければ多いほど、相手を均等に取り囲む方が戦いやすい。わかるか? 状況によっては正面から戦いを挑むばかりじゃない。そして、囲まれた時の魔物の対応は調査されていないんだ」


 アラトの話の途中から緊迫した表情を浮かべていたヴィンセンスが、その表情のまま頷く。

 何が問題か、正しく認識できたらしい。


 向こう(ゲーム)での話になるが、モンスター達にはアルゴリズムが設定されていた。ある程度以上のレベルのボスにもなるとAIが意思を持ったりしていたのでオリジナルの対応力もかなりあったが、基本的にモンスターは各々に設定された行動を、その割合に従って取っているだけだった。

 高い割合が設定されている行動は積極的に取り、低い割合が設定されている行動を取ることには控えめだ。と言っても、あくまでも確率なので「10%の確率が設定された行動」を「10回の行動のうち1回は必ず取る」というわけではなかったが。

 そしてこのアルゴリズムが、時として戦闘に多大な影響を与えるのだ。



 例としてわかりやすいのが、グランドクエストの裏ボスだろうか。ギルド《星屑の世界スターダスト・ワールド》のフルレイドを全滅させ、リベンジマッチでのトッププレイヤー2パーティー分を半壊以上に追いやった強ボスをアラトはソロで倒すことに成功したわけだが、あれは人数の差が《星屑の世界》を苦戦させた最大の理由だとアラトは確信している。

 《星屑の世界》が公開した映像(もし敗北した際、次に繋げるためにボス戦を映像で記録する者は多い。デスペナルティでアイテムストレージの中身がランダムで半分消失するので、大規模ギルドは全員が記録アイテムを使用してボスのレイド戦に臨むことがよくある。《星屑の世界》はたまたま残った映像を公開したのだ。プレイヤーの試行錯誤や考察に繋がる行動なので、運営も特に禁止していない)をアラトも見たが、あの映像で何度か出ていた超広範囲絶大威力の攻撃をアラトは使われていない。普通の範囲攻撃は使われたが回避可能なレベルだったし、そもそも技巧を使えば耐えられた。


 向こう(ゲーム)では人前で使うことはなかったが、アラトはボスにソロで挑む時は基本的に《智慧ある武器群インテリジェンスシリーズ》や《呪われた武器群(カースドシリーズ)》を召喚して戦っていた。AIとして意思を持つこの武器群だが、実はこれ、戦闘時の人数にカウントされない。設定ミスなのか仕様なのか、アラトの腕が増えて装備しているという扱いになるのだ。

 アラトはこれを活かし、自分が状況を把握できて即座に指示を出せる限界数である26の武器を召喚して裏ボスと戦った。それでも1vs27と判定されるのではなく、1vs1のタイマン勝負だと認識される。これのおかげでソロで勝てたと言っても過言ではない。

 まあ、アラトが自分で自分を回復し自分に補助魔法を掛け、さらに攻撃魔法や技巧を使えるオールラウンダーであることも重要なことだとは思うが。魔法を主に戦うプレイヤーは攻撃技巧が貧弱なことが多く、物理攻撃を主に戦うプレイヤーは補助魔法と回復手段が心許ないことが多い。戦っている最中に耐性が変わるボスなんかもいるので、どちらか片方だけではソロ討伐は難しいだろう。


 話が大きく逸れたが、要するに囲むとやばい攻撃をしてくるモンスターもいる、ということである。



「ううむ……確かに、囲まれた時のみ取る特殊な行動などがあった場合、大変危険だ……。このことは各国のギルド間で共有し、これ以降の調査ではそのことにも留意して戦ってもらうよう頼むとしてだ。これまでの調査に関してはどうすれば……もう一度依頼するのも……むぅ」


 アラトは少し考える。少し考えて……危険ではあるが、踏み込むことにした。


「たぶん今頃、俺達みたいな中々の実力を持つ冒険者志願者が各国に現れているはずだ。そいつらにその仕事を回すといいと思うぞ。全てのギルドマスターが、ヴィンセンスさんが俺達にしたような配慮をできるほど思慮深いわけでもないだろうし」


 ヴィンセンスが目を瞠る。驚きがありありと感じられた。


「アラト、お主……俺の真意を見抜いたことはこの際どうでもいい。少し考えたらわかることだからな。だが、今の発言……何を知っているんだ……?」


 ヴィンセンスがアラトにB、キララ達にCと不当に低いランクを与えたのは、ひとえにアラト達のことを案じてのことだ。今いるハイランカー達の中で一番高かった者でさえ、Aランクからのスタートだった。また、Sランク以上の冒険者ともなれば多少なりとも名が知れていなければおかしい。これらのことを踏まえて、アラト達が目立ちすぎないようにヴィンセンスが配慮してくれたのだ。ワケありの空気を察して、他所から来たばかりだという言い訳も通りそうなBランクを選んだのである。

 そのことをアラトはきちんと理解していたし、ヴィンセンスも気づかれているだろうなと推測はしていた。だが、今のアラトの発言の意味がヴィンセンスにはわからない。アラトは何を知っているのか────?


「…………」


 果たしてアラトは、穏やかに微笑んだだけだった。

 その目が語っている。言えることは何もないと。


「……そう、か……」


 ヴィンセンスもそれを察し、座っている姿勢を僅かに崩す。

 と、その時。部屋の扉がノックされた。


「失礼します。ギルドマスター、こちらにいらっしゃいましたか」


「なんだ、どうした?」


 どこか慌てた様子で部屋に入ってきたのは受付嬢の1人だった。仮にも商売客の前で慌てている受付嬢にヴィンセンスは無駄なやり取りをしている場合ではないと判断し、単刀直入に要件を訊く。


「魔物の大量発生を聞きつけた市民が不安からか冒険者ギルドに押しかけてきています。このままではパニックが加速するだけです。でも、私達では抑えが効かなくて……ギルドマスターに頼むしか……」


「そうか、わかった。すぐに行く」


 ヴィンセンスはすぐさま立ち上がり、アラト達に背を向ける。

 部屋を出て行く直前、振り返らずにアラトに言葉を投げかけた。


「アラト」


「なんだい、ヴィンセンスさん」


「お主が何を知っているのか俺にはわからないし、今は聞き出すことはできないんだろう。だが、もし……もし話せる時が来たら、その時はどうか教えてほしい」


「ああ」


 話せる時が来るかはわからないが、それならアラトに否やはない。


「それと、代わりと言ってはなんだがこの事態の収束には協力してくれ。頼む」


「それは言われなくても。仕事だし、微力を尽くすよ」


 その返事を聞いた直後、ヴィンセンスは部屋を飛び出して行った。


「……さて、結構ヤバそうな状況だし、俺らも行きますか」


「それはいーけどさ。あんなこと言っちゃってよかったのか?」


 キララの疑問の声。アレは完全に情報を与えすぎだろう。ヴィンセンスにも余計な疑いを抱かれる。


「ん……まあ、あんまりよくないと俺も思うけど。ただ、プレイヤー達の強さに脅威を覚える奴は必ず出てくる。その時に、俺とプレイヤーの間に繋がりがあるかもしれないという情報があれば、俺の働きによってはそこまで酷いことにならないよう抑えることができるんじゃないかと思ってさ」


 まあ、これはその逆も然りなのだが。プレイヤーが変なことをやらかせば、それに繋がっていると思われたアラトの評判も落ちるわけだ。

 これは、諸刃の剣。アラトの評価をベットして行う、プレイヤーの保身を賭けたある種の戦いだ。

 同時に、アラトは思う。これは、偽善だ。偽善だが、アラトが考える良い人とはこういうことをするものだ。なら、アラトはそれをする。


「……ふーん。そういう考えならあたしは何も言わねーよ。んじゃ行こーぜ」


 キララが促し、クシュルとクリリも部屋を出て行く。

 アラトは部屋を使用した痕跡を消し、自分も廊下に出た。




「うわぁ……これさっきよりも数増えてるよな……」


 アラトが嫌そうな表情を取り繕うことなくぼやく。それも仕方のないことだろう。ギルドの1階が人で溢れ返っている。セリシャ達受付嬢が何とか列を作らせ、それを制御しているため無秩序な人混みにはなっていないことだけがせめてもの救いか。

 アラトは周りの3人をチラリと見やり、軽くため息を吐いた。


「仕方ないか……こんな人混みにお前らを行かせるわけにもいかないし。俺がクエスト取ってくるよ。何でもいいよな?」


「あたしは問題ない」


「私も大丈夫ですよぅ〜」


「わたしもそれでいいのです」


「了解。それじゃ行ってくるよ」


 アラトは3人をその場に残し、地獄(人混み)に足を踏み入れた。





(いてて……流れにほとんど逆らってないのにこれとか、やばいな)


 ドフッ。またアラトに肘が入った。

 流れにほとんど逆らっていないとはいえ、人を掻き分けて奥に進もうとしているのだ。まあ必然ではある。


 現在アラトは、キララ達がいるところと掲示板のちょうど中間地点まで歩を進めていた。

 もう少し進めば、ギルドから出て行く流れから脱出し掲示板に向かう流れに乗ることができる。そうなれば後はスムーズだろう。それまでの辛抱だ。アラトはそう自分に言い聞かせる。


 そして、やっとの思いで掲示板まで辿り着く。

 だが、アラトが求めている依頼が貼り付けられているのはアラトから見て逆側だった。


 内心舌打ちしながら逆側へ移動しようとすると、誰かがアラトにぶつかってきた。この人混みだ、ぶつかるのも普通のこと。故にアラトは、お互いが軽く謝罪する場面だと考えて先んじて謝った。


「あ、すみませ────」


「おいおい、ちゃんと前見ろよな! 危ないだろ!」


「…………ぁ?」


 先程心の中で舌打ちをするくらいには荒んでいたせいもあってか、苛立ちの声が若干漏れた。

 ぶつかってきた人影を見れば、かなり小柄だ。アラトより30cm程低いのではないだろうか?


(落ち着け……さっきのは子供の戯言だ……キレるのは大人げない……)


 アラトはそう言い聞かせ、今の一切合切を無視して掲示板の前に立ち、Aランク1枚、Bランク3枚の合計4枚を破り取って受付に向かう。依頼書は上をピンらしき物で留められており、それを引きちぎって持っていく方式だった。

 なお、こんなことを考えている時点で既に大人げない。


 というか、アラトは受付に向かおうとした。したのだが、それを阻む声が後ろから聞こえてきた。


「あーっ! お前! ダメだぞ! 受けられる依頼は1パーティーにつき1つなんだからな!」


 この声は聞き覚えがある。さっきの子供だ。


「ああそうかい。これは連れ3人の分も込みなんだよ。ご忠告どうも」


「あ、それならまあ……いや、ダメだ! 依頼を受ける時は依頼を達成する本人がいないと受けられないんだぞ!」


 子供の声にアラトは足を進めながら呟く。


「……それはそうか。当たり前だが、まあ一応礼は言っておく。教えてくれてどうもありがとう」


 極力皮肉っぽく聞こえるように礼を言う。周りに自分が無知だとは思われたくない。Bランクなのにこんなことも知らないなんて、普通はおかしいからだ。変な勘繰りは受けたくない。最初にしてしまった納得の呟きは完全に失言だが、今更なかったことにはできない。誰も気にしないことを祈るばかりだ。



 それからは特にボロが出る可能性のある事態には陥らず、受付まで来ることができた。


「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ。本日は依頼の受諾ということでよろしいですね?」


「はい、そうです」


 見るからに依頼を受けに来た冒険者の1人なので、余計な問答をする時間が無駄だということなのだろう。流石に普段からこんな断定したりはしないはずだ。


「依頼書を」


「えーっと……これか」


 受付嬢に促され、アラトは自分が受ける依頼の用紙を4枚のうちから引き抜く。それを見て、受付嬢は怪訝な顔をした。


「……失礼ですが、受けられる依頼は冒険者様お1人に付き1つとなっております」


「ええ、理解してます。これは連れの分です」


「お連れ様……? どちらに?」


「近くに。すぐにわかると思うので、まずは俺の分を承認してもらえますか?」


「はぁ……では、冒険者カードをお貸し頂けますか?」


 受付嬢は困惑しながらもアラトの依頼受諾承認手続きを進めてくれる。アラトは指示された通りに冒険者カードを取り出して受付嬢に渡した。


「えー、冒険者アラト様。受諾依頼は『魔物の大量発生に伴い、平原で姿が観測されたAランク魔物《虹翼狼(にじよくろう)》の討伐。平原に現れた当該魔物を1体討伐する毎に2000ミース、殲滅で追加報酬。討伐証明部位は輝く翼の一部』。これでよろしいですか?」


 適当に取ったので内容は全く確認していなかったが、アラトが知っているモンスターだ。対象がわからないということがないのはありがたい。

 アラトは頷き、それを返答とする。


「承りました。では、《虹翼狼》の討伐をアラト様の実行依頼として承認致します」


 受付嬢はそう宣言し、アラトの冒険者カードを依頼用紙に裏から押し付けた。すると、アラトの名前が判子のように依頼用紙に刻まれるではないか。

 なるほど、滲み出てきた名前で依頼を受けた人間を判断するらしい。よくできている。

 これも魔紙の1つなのだろう。


 受付嬢はアラトに冒険者カードを返すと同時に、困惑した声を発する。


「それで……残りの依頼とお連れ様というのは……?」


「ああ、今呼びます。……クシュル!」


 アラトは左を見やり、クシュルと視線を合わせた。そして、自分の左肩をぽんぽんと叩く。

 その合図をクシュルも覚えていたのか、こくりと頷くとその場で軽く跳ねる。そして。


 ──トンッ──。


「ししょー、肩、失礼しますぅ〜。座っても〜?」


「ああ。いいよ座って」


 跳躍してきたクシュルがアラトの左肩に柔らかく着地し、そんなことを訊ねてくる。もちろんアラトも座ってもらうつもりで言っていたので、さらりと了承する。


 いつだったか、クシュルと2人で旅をしていた時。何かの機会にクシュルにご褒美をあげる事になり、何がいいか訊いたら肩車してほしいと返ってきたことがあった。

 もちろんご褒美なので基本的に聞くつもりだったし、それくらいならと肩車をしてやった。

 その際、アラトがしゃがむ時間も惜しかったのかクシュルが跳躍してアラトの肩に乗ってきたのだ。

 それを受けて、肩を叩いたら乗っていい合図ということで決めたのである。

 基本的に使い道はなかったが、クシュルへのご褒美として時々肩車はしていた。

 閑話休題。



 アラトは依頼用紙を頭の上に広げ、クシュルに見えるように配慮する。


「んで、クシュルはどれ受ける?」


「んぅ〜そうですねぇ〜。後の2人が後衛ですし、私は魔防が高そうな魔物を相手にした方が良さそうですけどぉ〜。……見たことない魔物ばっかりですねぇ〜」


「あー、そうだったか……。適当に取ってきたからな。悪い」


「いえ〜。じゃあこれにしますね〜」


 クシュルが1枚を選び取る。

 お互いに上と下を向いて話していた2人はそこで周りに目を向け、自分達に突き刺さる困惑の視線に気がついた。


「……? どうかしました?」


 アラトが目の前の受付嬢に訊ねると、受付嬢は困惑を隠しきれないまま質問に答え始める。


「いえ、あの……言いたいことは色々あるんですが、その方がお連れ様で……?」


「ええ、連れの1人です」


「あ、はい、そうですか……すごいですね、跳躍力……」


「まあ、見ての通り獣人族なんで」


「それを肩で受け止めてそのまま座らせるアラト様も十分すごいと思いますけどね……」


 うんうん。と、周囲の人間も一斉に頷く。どうやら、クシュルがアラトの肩に跳び乗って肩車の体勢に移り、そのまま話始めたことに一番驚いているようだった。


「あー……まあ、効率的じゃないですか。こいつがちゃんと柔らかく着地するように調整してくれてますしね」


 実は地味にクシュルの着地のタイミングに合わせてアラトは身体を僅かに沈め、勢いを殺す手伝いをしている。足場が少々動いたくらいでは一切バランスを崩さないクシュルのバランス感覚を信頼してやっていることではあるが、今まで1度もタイミングがズレたことのないアラトも中々にいいセンスをしていると言えよう。


「とにかく、承認してもらっても? パパッと終わらせてしまいましょう」


「あ、わかりました。えー……では、冒険者カードの提示をお願いします」


「はい〜。どうぞ〜」


「えー、冒険者クシュル様。受諾依頼は『魔物の大量発生に伴い、平原で姿が確認されたCランク魔物《森猪人(フォレストオーク)》の討伐。当該魔物が群れを成しているという情報もあり、その場合は《森猪王(フォレストオークキング)》が群れを統率しているのでその討伐も含む。統率された群れはBランク相当になるので留意すること。《森猪王》1体の討伐で2000ミース、《森猪人》を1体討伐する毎に1400ミース。討伐証明部位は鼻と《森猪王》であれば王冠、《森猪人》であれば耳』。これでよろしいですか?」


「はい〜、問題ありませんよぅ〜」


「大丈夫だそうです」


 受付嬢の説明を受けて了承したクシュルの意思を伝えるアラト。受付嬢は1つ頷き、依頼書にクシュルの冒険者カードを押し付けながら口を開いた。


「では、《森猪人》及び《森猪王》の討伐をクシュル様の実行依頼として承認致します。頑張ってくださいね」


 クシュルは受付嬢から冒険者カードを受け取ると、アラトのことを見つめながら訊ねる。


「ししょー、あの2人は私が連れてくるということでいいんですかぁ〜?」


 アラトもクシュルの方を見て答えた。


「ああ、それで頼む。まああいつらが肩車嫌がったらそれまでなんだが」


「多分大丈夫だと思いますよぅ〜。それじゃあ、行ってきますぅ〜」


 アラトが軽く上げた左掌を足場に、クシュルが跳躍して元の場所に戻っていく。

 その身体能力に見惚れて、あるいは翻るスカートに目を奪われて、多くの視線がクシュルを追った。なお、クシュルはスパッツ装備を着用済みなので、スカートの中を覗かれて困ることはない。クシュルはアラト以外の存在に中身を見せる気はないのである。


 クシュルはキララ達の近くに着地し、何事かを話し込む。

 そしてすぐに話がまとまったのか、クシュルがクリリの腰を掴んで抱え、アラトに目配せをした。

 それを受けたアラトは左手を軽く掲げて見せて、先程クシュルが足場にした時と同様に掌を上に向けて固定する。


「ししょー、お待たせしましたぁ〜」


「おう、お疲れ。あと何回か往復よろしくな」


「はい〜。じゃあクソガキ、ししょーの肩に乗ることを許可しますぅ〜」


「許可を出すのは耄碌ババアではなくおにーちゃんなのです。そしておにーちゃんが許可を出したからわたしは座るんです」


 この2人は言い合いをしないと気が済まないのか、軽く言葉で殴り合ってからクリリがアラトの肩に腰を下ろす。なんだかんだ言いながらもそれをサポートしたクシュルは、アラトに微笑みを向けると再び跳躍してキララの元へ。アラトも少し左手を跳ね上げて補助した。


「よしクリリ、どっちにする?」


「うーんです。どっちでも大して変わらなさそうなのです……じゃあこっちにするです」


 適当極まりない感じでクリリが用紙を選び、自動的にキララが受ける依頼も決まった。


 今までと同様の手続きを行い、クリリは《千色蜥蜴(カラーリザード)》の討伐を請け負うこととなった。なんでも色によって戦い方が違う蜥蜴で、戦闘中にも目まぐるしく色が変わるのだという。


 クリリの様子を眺めていたのだろう。クリリが冒険者カードを受け取ると同時に、左からクシュルが跳んできた。アラトはこれを難なく受け止める。


「ありがとうクシュル。もう少し頼むな」


「はい〜。ほら早く行きますよぅ〜」


「言われなくてもわかってるです。一々指示するなです」


 クリリは掴んで持ち上げてもらいやすいように両腕を軽く上げ、クシュルはそんなクリリの腋に腕を差し込み抱き上げる。

 端から見たら完全に抱っこをねだる幼女とそれに応える少女だった。


 クシュルが再度往復し、今度はキララを連れてくる。依頼用紙は最後の1枚だったので、キララも考えることなくそれを選んだ。受付嬢もアラト達の無茶苦茶さに慣れてきたのか、テキパキと手続きを進める。


「冒険者キララ様。受諾依頼は『魔物の大量発生に伴い、平原で姿が観測されたAランク魔物《狂鎧幽鬼(クレイジーリビングアーマー)》の討伐。日が出ているうちはBランク相当まで弱まるので、本依頼をBランクの依頼とする。日中に討伐されたし。当該魔物を1体討伐する毎に1800ミース。討伐証明部位は当該魔物が所持している特徴的な曲刀。冒険者側で武器を浄化した場合追加報酬』。これでよろしいですか?」


 キララが頷いたのを見て、受付嬢は冒険者カードの判子を押しながら心配そうに付け加えた。


「あの……今ご説明した通りですが、《狂鎧幽鬼》が本来の実力を発揮すると大変危険です。日が沈むまでに戦闘を終えるように注意してくださいね、本当に」


 アラト達が昨日冒険者カードを発行したのを同僚から聞いて知っているのか、やりすぎな程に念押ししてきた。普通なら失礼に当たる行為だろう。

 しかし、自分達の身を案じてくれているのはよくわかる。キララは花が開くような笑顔を浮かべて感謝を伝える。

 受付嬢も安心したように微笑むと、最後に声をかけてきた。


「では皆さん、頑張ってください」


「はい、ありがとうございます」


 頭を下げる受付嬢に礼を述べ、アラトは手続きが終わった人の流れに乗る。

 そして途中で外れ、クシュル達と合流した。キララがアラトから降りる。


「あー……疲れた。人混みがつらいわ」


「お疲れ。ちょっと休むか?」


 肩に手を当てて腕を回すアラト。キララは一応提案する。


「いや、大丈夫。さっさと行って終わらせよう」


「ししょーが大丈夫なら行きましょうかぁ〜」


「だな」


「おう」


 4人はギルドから出る人の流れに足を踏み入れる。

 アラトにくっつきながらクリリがポツリと漏らした。


「それにしても、中々厄介そうなモンスターなのです……」


「あー、見ないで取ったのが悪かったよな。ごめん」


「いえ、おにーちゃんのせいじゃないです。悪いのはこの人混みなのです」


「まーしゃーないと言えばしゃーないけどな。モンスターの大量発生なんて今までなかったっぽいし」


「この雰囲気から察するにそうでしょうねぇ〜。まあ、最悪4人で協力してモンスターを倒せばいいんじゃないですかねぇ〜?」


「だな。無理して1人でやる必要はねーだろ」


 ルール違反だろうが、命には代えられない。

 本来であれば個人で問題なくクリアできるクエストだ。つまりそれが叶わないのなら、何かしらのイレギュラーが発生していることを意味する。

 そこで律儀にルールを守って危険を冒す必要はない。死んだら終わりなのだから。


「まあ大丈夫だとは思うけどな。落ち着いてやれば問題なさそうだ」


「……そうなのです。おねーちゃんとおにーちゃんもいることですし、大丈夫なのです」


「……おいクソガキぃ〜? 今間違いなく意図的に私のこと省きましたよねぇ〜?」


「わたしはぶりっこババアを頼りにするつもりはないのです」


「……いい度胸ですぅ〜。何があっても助けませんよぅ〜」


「はっ。こっちから願い下げなのです」


「「……はぁ……」」


 仲良く(?)談笑しながらギルドを出て、そのまま王都の外に向かうアラト達。


「ちょ、あんたら、待ってくれ!!」


 ────その背中に、声がかけられた。



どんな魔物の討伐依頼を受けるかっていう一番どうでも良さそうなところに一番時間かかりました(震え声)


ストックがなくなったためにこうして遅れたんですよね……何とか月一はキープしたいです。


では、また次回。

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