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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
23/46

ミィサの取り巻き

はい、こんにちは。


前回の後書きで書いた通り、月末にアップしました。


いやぁしかし、キャラが勝手に動きますねぇ。もうこいつらがどこに向かってるのか作者である俺にもわかりません。読んでて楽しいので別にいいんですが。

特に掘り下げる予定のなかったキャラがどんどんと細かい設定を発現させていく状況、これからもっとあるんだろうなぁ(遠い目)


では、どうぞ。

 



「よう、おはようさん。飯はできてるぜ」


「ああ、おはよう。すぐに用意してもらえるか?」


「おう」


 自分達を待ち構えていたラスカと言葉を交わし、アラトは3人と共に席に着く。


 ミィサはいないのだろうか。声を掛けられなかったことから考えてもまだ来ていないようだが。アラトは軽く視線を散らす。案の定、まだミィサ第8王女はいなかった。

 なお、アラトは勘違いをしているが、基本的に王族が冒険者相手に自発的に挨拶をすることはない。立場というものがある。

 ちょうど料理が運ばれてきた時、ミィサ王女が昨日一緒にいた3人を連れて食堂に入ってきた。

 アラトは立ち上がって頭を下げようとしたが、ミィサがそれを手で制す。アラトは一瞬考え、ミィサの制止を無視してそのまま立ち上がり朝の挨拶を送った。


「おはようございます、ミィサ様」


 キララ達もアラトに倣って立ち上がり、頭を深く下げる。ミィサはとても面白くなさそうな顔をしていたが、一言「うむ」と返事をすると、連れの執事に椅子を引かせてその席に着いた。

 そしてそのまま執事達も同じ席に着くのを見て、アラトが怪訝な表情を浮かべる。


 と、そこでラスカから声が飛んできた。


「ああ、アラト。言い忘れていたが、ここでは身分は()()関係ないことになってる。だから、相手がいいって言ってんのに必要以上に畏るな。ミィサちゃん、今飯持ってくっから」


「ああ、頼む。そうだ、アラトよ」


「はい? 何でしょう?」


 ラスカがわざわざ『一応』と付けたということは、いくら身分が関係ないという環境であっても友人のようには接するなという意味だとアラトは解釈した。故に敬語は崩さず訊ねる。


「…………あー、堅苦しいわね。そっちはそのままでいいけど、こっちはこうさせて」


「はい」


 ミィサが言葉を崩した瞬間、ミィサの連れの雰囲気が変わった。アラトを値踏みするような、アラトからしてみれば嫌な雰囲気だ。


「それで本題なんだけど、昨日の謝罪よ。こちらからいきなり突っ掛かったからね」


「ああいえ、廊下を確認せずに扉を開いたこちらにも非はありますし、謝罪は結構ですよ」


 敬語は維持していたが、あまり畏まりすぎないように意識してアラトが答える。


「そういうわけにもいかないの。ここは特殊な場だし、貴方が言いふらしたりしそうにもないのは重々承知の上だけど、ケジメをつけないままだとお付きの教育もなってない王女ってことになっちゃうから。納得しかねるかもしれないけど、謝罪は受け取ってくれないかしら?」


「…………そういうことでしたら、わかりました」


「ディル」


「はっ」


 アラトが頷くと、ミィサが短く軽装の剣士の名を呼んだ。それに鋭く呼応した剣士が椅子から立ち上がり、アラト達に向き直る。


「私はディルムット・ハルドと申します。昨日(さくじつ)の突然の無礼な発言、誠に申しわけございませんでした。最初から険悪な態度で声を掛けただけでなく、お連れの方々を侮辱する発言も放ちました。すでに発した言葉をなかったことにする術は持ちませんが、この場で撤回し、謝罪とさせて頂きたく存じます。大変失礼いたしました」


 ディルムットはそう言い切ると、深く、深く頭を下げる。アラトには上辺で言っているようには見えなかった。だが念のため、切っていた『感情を読み取る(ハロー・メンタリティ)』をオンにする。


 これや『観察眼』といった、視覚的に働く受動技巧はMPを消費しない。故に発動を見破られることは、ほぼ、ない。また、『感情を読み取る』はただ感情をそのまま読み取るだけの技巧だ。防ぐことも、誤魔化すことも、出来やしない。


 ミィサを含む4人に意識を集中させ、その感情の奔流に飲み込まれることなく識別する。



 感情が1種類で定まることは、基本的にないと言っていい。

 ここは嬉しいという感情について、2つの例を挙げよう。

 例えば、お金を拾って嬉しいと感じる時。そこにはラッキーだなという幸福感やネコババしてしまったという罪悪感、見られていないかという緊張感などがあるだろう。後半2つは悪いことをしたと認識していない限り起こりえない感情なので、人と場合によるが。

 例えば、好きな異性と話していて嬉しいと感じる時。その相手と話せている幸福感、その状況が楽しいという想い、トークや話題選びに失敗しないようにという緊張感、相手が楽しんでくれているかどうかという不安。その相手に自分ではない好きな異性がいて、それを知っているなら嫉妬もあるかもしれない。

 このように、感情を読み取るということは多様な感情の奔流に曝されるということ。その対象を意識した相手だけに限定できるとはいえ、『感情を読み取る』を使うと混沌とした感情の渦を直接叩き込まれる。しかも、この相手は嫉妬と憎悪と嫌悪と殺意を覚えている、という風に分類して認識できるとは限らないのだ。ミィサ王女が強烈な二面性を有することになったのは、当然と言えるかもしれない。


 アラトは、4人の感情をその心にぶち込まれつつも、それを完璧に個人に分けて把握した。

 ミィサは誠意と申し訳なさ、期待と不安、信頼感、そして一抹の安堵と満足感。

 ディルムットは誠意と僅かな疑念に不安、そしてそれを遥かに上回る覚悟と決意、忠誠心。

 執事は全てを覆い尽くすような忠誠心と相当な余裕、そして…………楽しさ? さらに、深層意識での警戒がかなり根強くあるようだ。

 最後の1人、ガタイが良く今が軽装であるからか目に見える武装はガントレットとプロテクターのみという男。この男は信頼と忠誠心がほとんどで、他に警戒と疑念、僅かな不安がある。


 執事以外が抱いている不安は、アラトに謝罪が受け入れられるかどうかだろう。ミィサの期待はアラトが許してくれるといいな、という物だろうか。ディルムットはそれに類する物は感じていない。むしろ許してもらえるまで謝ろうという決意だろうか。

 ガントレットの男が抱くは恐らく同僚であるディルムットへの信頼だ。

 ミィサ以外の全員が抱く疑念と警戒は、ミィサがすぐに心を開いたアラト達を疑う心理だろう。怪しさ全開であるし、アラトも疑われて当然だと思うので特に思うこともない。

 忠誠心もわかる。こんな個人的な息抜きに連れてくる者達だ。忠誠心を持っていない者を連れてくることは怖くてできないだろう。まあ、慕っている演技で懐に潜り込んでいる奴がいないのはすごいところだが。こう見えてミィサ王女の見る目はかなり確かな物のようだ。

 わからないのは、執事が感じている余裕と楽しさだ。何がそんなに面白いのだろうか?


 アラトは、自身に流れ込んできた感情を元に、個々人の考えを推測する。『感情を読み取る』は、感情のみをそのまま読み取る受動技巧。考えや想いは想像するしかない。


 アラトは意識を切り替える。具体的に言うと、ディルムットが心から謝罪しているだろうことはわかったので執事のことは一時的に無視することにした。


「謝罪を受け取りました。この件に関してはこれで終わりにしましょう」


 アラトの返答を受けて、ディルムットが顔を上げてからもう1度頭を下げた。

 ミィサは安心したように頷くと、アラトに礼を述べる。


「ありがとうアラト。謝罪を受け入れてくれて」


「お礼を言われるようなことはしていませんよ。それに────すみません」


「え? アラト、今なんて──」


 アラトの声が小さすぎて聞き取れなかったミィサがアラトに訊ねようとした時、ラスカがちょうどミィサ達の分の朝食を運んできた。


「ほい、しっかり食べてくれよ!」


 ラスカが手に持つのはアラト達に配膳されたのと同じ、パンが2つにベーコンエッグのような物、それに温野菜のスープだった。


 全員の注意がラスカに向いた瞬間、アラトは身体の内から殺意を呼び起こす。ゆっくり、じわじわと────。







 いち早く動いたのは、ディルムットだった。


「────貴様、何を考えている」


 座っていた椅子を蹴倒したりすることなく迅速に立ち上がり、剣を抜きアラトの首筋に突きつける。


 それに反応してクシュル達が動こうとするが、アラトが片手で制した。


「…………余計なおせっかいかもしれませんが、あなた方が暗殺に対してどの程度対応できそうか見たかったのです。折角お知り合いになれたのに、死なれてしまってはとても悲しいですから。失礼であることは承知の上です」


「…………なん、だと?」


 ディルムットは怒りで上手く声が出せないようだ。それも当然だとアラトは思う。昨日知り合ったばかりの冒険者風情が何を、といったところだろう。


 一応、アラトの名誉のために補足しておくと、これはアラトの本心だ。この世界での王族に対するコネになるかもしれないという打算もないわけではないが、この行動の元になったのは人間として好ましい人物であるミィサ王女に死んでほしくないと思ったためだ。

 まあ、だからといって暴挙であることに変わりはないが。


 結果として、ディルムットの練度はかなり高いことがわかった。まず間違いなく、ヴィンセンスでは感知できないレベルの殺気に反応した。ミィサ本人に向けようとしていた物で、周りの連中には気づかれないようにしたつもりだったのにも関わらずだ。ミィサが心を開いているアラトの行動ということで、真意を確認する冷静さも失っていない。まあ、そこは甘さでもあると思うが。護衛としての職務を果たすなら問答無用で斬るべきだ。そして身のこなしも素晴らしい。一瞬の予断も許さないこの状況で、自身が動くことを悟られないようにと物音1つ立てずにアラトに迫った技量は称讃に値する。椅子を蹴倒した場合と比べてもタイムラグがなさそうな点も高ポイントだ。

 総論、ディルムットが護衛をしていればミィサは早々暗殺などされそうにない。


「ディル……いえ、ディルムット。何があったの?」


 ミィサは愛称ではなく正式に名前を呼び、厳格な命令の形を取った。

 ミィサは、何かあったの? とは訊かない。ディルムットが理由もなくこんなことをするわけがない。そう確信していたからだ。

 ミィサは、教えなさい、とは言わない。ディルムットが自らに訊ねられ、答えないわけがない。そう確信していたからだ。


「はっ。たった今この者から、ミィサ様に対する僅かな殺気を察知しました。即刻斬り捨てるべきではありましたが、ミィサ様が多少なりとも信頼されているようでしたので、理由を問い詰めるべきだと愚考いたしました」


 ミィサはその言葉を聞き、小さく嘆息した。


「そう。アラト、何か言い分は?」


 そして、アラトに発言を許可する。幼いながらも、既に王族としての風格を備え始めていた。


「いえ、ありません。元より無礼であることを理解しながらこの行動を取りました。如何なる処罰も────あ、ですが死ぬのは嫌なので可能なら死なない処罰だと大変嬉しいです」


 申し訳なさそうな顔をしながら、しかし堂々とアラトはそう言い放った。とても失礼な態度だが……ミィサは、怒ることはなかった。その代わりに、首を傾げている。


「アラト……貴方、何故この状況で高揚感を覚えているの?」


「え……? ああ、そういうことですか。それで心から忠誠心を持つ者のみで護衛が構成されているのですね」


 アラトは納得して何度か頷く。ミィサの見る目は確かな物だったのだ。いや、見る『技巧』か。

 アラトの呟きを聞き取った者は、この場に何人いただろうか。


「えっと……ハルドさんがとても強いことがわかったからだと思います。この王都の冒険者ギルドのマスターであるヴィンセンスさんより強いのは間違いないでしょうし。1度手合わせを願いたいなと」


 この言葉は嘘ではない。アラトは、ディルムットと()手合わせをしたいと思っている。『感情を読み取る』は嘘を見抜く物ではない。が、嘘を吐くとほとんどの人間は少なからず感情に揺らぎが起こる。それが罪悪感なのか快感なのかは別として。


 ミィサはアラトの心に、感情に、変化を見出せなかった。深層まで残らず走査する『感情を読み取る』を前に、感情を隠すことは不可能だ。


「……ふぅ。アラト、貴方はディルの謝罪を受け入れて許してくれた。なので、今回だけは貴方の謝罪で先程の行動を水に流します。それでいいかしら?」


 ミィサがアラトを見つめる。

 アラトはしっかりとミィサを見つめ返し、立ち上がった。


「願っても無いことです。ミィサ様の寛大な御心に感謝致します。そして、申し訳ございませんでした。2度とこのような事はしませんので、許して頂けませんでしょうか」


 そして、深く頭を下げる。先程のディルムットのように。


「……ええ。アラト、貴方を許しましょう。次はないですよ」


 アラトはしっかりと頷くことで了解の意を示した。


 成り行きを見守っていたラスカが手を叩く。


「ほらほら、終わったんなら早く食え! 折角の料理が冷めちまうだろうが!」


 8人は一斉に食事に手を伸ばした。





「んぐんぐ……そういえばミィサ様」


「もぐもぐ……んくっ。何かしら?」


 食事の最中ではしたないことではあるが、ここは《閑古鳥亭》……じゃなかった、《秘境の都》だ。食事のマナーも煩く言う者はいないだろう。アラトはそう判断した。ミィサも応えてくれたことだし、その判断は間違ってもいない。はず。


「そちらの2人の紹介もして頂けると嬉しいな、と思いまして」


「あっ、それもそうね。ごめんなさい、気づかなかったわ。2人とも、物を飲み込んだらそれぞれ自己紹介しなさい」


 執事とガントレットの男が小さく頷く。

 そしてすぐに口の中を空にし、互いに目配せをして順番を決める。先に口を開いたのはガントレットの男だった。


「俺はジガ・ヤロイ。ディルムットと同じ、ミィサ様の護衛の任に就かせて頂いている。身体を張ってミィサ様をお護りするのが主な役目だな。よろしく頼む。ところで俺はディルムットよりも弱いが、俺とも手合わせをしてもらえないだろうか。ディルムットに剣を突き付けられて平然としていられる貴君の胆力、実力から来るものと見た。どうだろう?」


「ヤロイさんですね。よろしくお願いします。手合わせは喜んでお受けします。王族の護衛を務める方と手合わせできる機会など中々訪れませんからね。私のことはアラトでいいですよ」


「そうか。いずれ時間を作る。その時に手合わせを願うぞ、アラト。それと、俺のこともジガでいい。こういった場では敬語も要らない。普段の言葉遣いで接してくれ」


「わかったよ、ジガ」


 ジガは軽く頷き、執事に目配せする。

 それを受けて執事が続けて口を開く。


「初めまして。僕はニネラエスタ。見ての通り、ミィサ様の執事をしています。以後お見知り置きを。ネロとお呼びください、アラト様」


「ああ、俺は────」


 アラトが改めて名乗ろうとした時、キララがそれを遮った。


「アラト。そいつ、女だぞ」


「…………は? ……女?」


「!?」


 ネロと名乗った少年──キララによると少女──は、僅かに目を見開いた。その態度を見るに、キララの言っていることは間違っていないらしい。


「あら、初見で見破られたのは初めてじゃないかしら? ニーナ」


「ミィサ様……そうですね。僕の記憶ではこれが初めてです。アラト様に、というよりはそちらの獣人の女性に見抜かれたようですが」


 ミィサが面白そうに笑う。ネロ改めニーナも、表にはあまり出していないがかなり驚いているようだった。

 アラトも途轍もなく驚いている。


「キララ……なんでわかったんだ?」


「匂い。昨日のミィサ王女の件があったから、見た目に騙されないようにしてたんだよ。サンプルがなかったら見抜くのは無理だったと思うけどな」


「な、なるほど……」


 アラトは冷や汗を垂らす。キララの妖狐族のスペックの使い方が非常に間違っている気がする。


「アラト、彼女はなんて?」


「……匂いで判別したそうです。たぶん、根本的な」


「あはっ、それはすごいわね。ニーナ、もう誤魔化さなくていいわ。ちゃんとした自己紹介、はい」


「畏まりました。アラト様、僕はニネラエスタと申します。本当の愛称はニーナです。基本的にそうお呼び頂いて構いませんが、外ではネロで通っておりますので、そちらでお呼び頂けると……。この格好の理由は、ミィサ様を襲おうという不埒なことを考える輩に対する牽制です。男2人が女2人を護るよりも、男3人が女1人を護る方が手強いですから」


 納得の理由だった。確かにそうだ。……()()()()()()()()ば、だが。


「それだけじゃないでしょう?」


 クスクスと笑いながらミィサが言う。


「歳の近い異性を常にお付きとして近くに置いておけば、()()()()()()()と周りが勝手に誤解してくれるから。歳頃の男の子を売り込まれにくくなってとても楽なのよ。まあ、それでも立場が違うから、完全に無くすことはできないけれど。事実、私とニーナはとっても仲がいいからね。同性だけど」


 歳相応の控えめな少女のように笑うミィサは、とても魅力的だった。アラトに少女趣味はないが、思わず見惚れてしまう。素の笑いという印象が強く、心をダイレクトに揺さぶってきた。


 軽く息を呑んだアラトは、その事実に気付いて意識を切り替える。今から、()()()()()()()()()()()()を確かめねばならないのだ。────アラトの気付きが、勘違いではないことを。


「ミィサ様……」


 開けっぴろげにもう1つの理由を述べたミィサに、ニーナが呆れたような声を出す。

 しかし、物凄く納得できる話だった。王の座を兄弟間で争っているわけではないミィサ達に取って国内の貴族から舞い込んでくる縁談など、力関係を揺るがす可能性のある厄介な話でしかないのだろう。


「なるほど、そういうことだったんですね。わかりました、不用意にニーナと呼ばないように気をつけます。様呼びは職業柄なのかな?問題ないようなら付けないでほしいんだけど……」


 会話を続けながら、密かに『観察眼』を発動させる。頭の中と外で2人と同時に会話できるアラトからしてみれば容易なマルチタスクだ。観察対象は、ニーナ。


「不可能ではありませんが…………僕は執事という立場上、行動に相応の品格が求められます。ミィサ様──つまり王族の執事ですから。アラト様からの要請とはいえ、知らない方が見たらそれは僕の無礼であり、ひいてはミィサ様の判断に誤りがあったという評価に繋がります。事実は関係なく、そうなります。なので……」


(ああ……やっぱりそうだ。ニーナの能力値が、()()()()()()()。間違いないな)


「それもそうか。なら、俺が君をニーナと呼んでいい場面でだけ、様呼びをやめてくれないか? これならどうだろう。様呼びされると落ち着かないんだ」


 『観察眼』の結果、あることがわかった。

 ニーナ────ニネラエスタは、()()()()()。ディルムットにも勝てるかもしれない。実力は隠しているようだが……。


 ディルムットの感知能力は凄まじいものがある。さすがにこれは気付かれないと思うが、万が一気付かれたら言い訳が大変そうだ。

 アラトは慎重に魔力を出していく。


「それでしたら……そうですね、大丈夫です。その時は、アラトさんとお呼びすればよろしいでしょうか?」


「そうしてくれるとありがたいかな」


「承りました」


(『中位下級無魔法・通信伝心(テレパス)』)


 ニーナの返事に被せるように、小さく小さく詠唱する。

 ニーナとアラトの間に、魔法による脳内電話が繋がった。1vs1の通話しかできない魔法だが、こんなところで役に立つとは。魔力で行うパーティーチャットについては知られたくない。隠しておくべきだ。


「食事を中断させてしまって申し訳ありません。頂きましょうか」


「ええ、そうね」


 口ではミィサに話しかけ、


(────やあ、ニーナ。随分と強い力を隠しているようじゃないか?)


(────ああ、やはり気付かれていましたか。うーん、すごいですね。ミィサ様も知らないんですけど)


 頭ではニーナに話しかける。


 さあ、高揚感の元凶との対話タイムだ。



 アラトが何故ニーナが実力を隠していると勘付いたのか?

 それは、アラトが殺気を呼び起こそうとした時のことだ。

 あの時、いち早く()()()のはディルムットだ。だが、最初に()()()()のは何を隠そうこのニーナなのである。

 あの瞬間、皆の意識はラスカに向いていた。アラトも含めてだ。そして、アラトが自身の殺意を身体の底から呼び出し始めた正にその瞬間、ニーナが反応するのがアラトの視界の端に映った。ほぼ同時と言っていいレベルの遅れでキララも気付いてはいたが、アラトのことを信用しているのか一瞬気を取られただけだった。クシュルとクリリはそもそも気付くことができていなかった。

 つまり、ニーナは()()()()()()()()()()()()()アラトの殺気に気付いたのだ。2人が特別殺意に疎いとかそういうわけでもない。『感情を読み取る』で知ったニーナの心の状況も合わせて、アラトは1つの仮説を立てた。

 そう、ニーナが実は飛び抜けて強いという仮説だ。獣人族であるクシュルとクリリにそういった感知能力で勝るには、極めて高い適性を持っているか高レベルであるかのどちらかが必要になる。

 それを確かめるために、『観察眼』でニーナを見た。『観察眼』という技巧はかなり不便だ。相手のパラメータがある程度把握できるだけで、具体的な数値はわからない。すごい多いとか結構少ないとかそんな分類しかできないのだ。なのに、ニーナのパラメータはハッキリと見えた。これが意味することはただ1つ。ニーナの威嚇だ。

 数値まで見えてしまうことの意味を知っている相手には、自分はその程度の実力はあるぞと知らしめ、意味を知らない程度の相手ならば、ディルムットが遅れを取ることはないだろう。


 ニーナの真意を知るために話しかけたアラトの判断は、間違いではなかったようだ。


(────なんで実力を隠しているんだ?)


(────裏からどうにかしようと手を回してくる輩は、一番弱い所を狙ってきます。僕が実力(ちから)を隠すことで、そういうことを目論む連中の対象を僕に誘導できるんですよ)


 全員が食事を続ける中、アラトとニーナは密談を続ける。


 ニーナは続ける。


(────ジガ様は僕らの中で唯一明確な盾の役割を担っていらっしゃいます。あ、盾と言っても肉壁という意味ではありませんよ? 襲撃者の攻撃を受け止める役割という意味です)


 さすがにそんな邪推はしていないので、心の中で頷く。『通信伝心』中ならばこういうアクションのイメージもある程度伝わる。便利。


(────仮に僕の実力が公になっていた場合、それでも狙おうとしてくる者はまず間違いなくジガ様から潰そうとしてくるでしょう。この3人の中では一番弱いのですから当然ですね。しかしそうすると、いざという時に隙を作る役割の人間がいなくなってしまうのです。僕はそこそこの実力を有していると自負していますが、いくらなんでも格上相手に真正面から戦って勝てるとは思っていません。逃げるにしろ戦うにしろ、隙を作る囮は必要なのです)


(────……それが、ジガ)


(────はい。僕はミィサ様を護るためなら何でも利用します。しかしジガ様も、ミィサ様専属の護衛として本望なのではないでしょうか? 僕なら本望なのですが……いえ、もちろん自分の実力でどうにもできない状況の時だけですけれど)


 それは、ジガ本人にしかわからないことだ。アラトが何も言わないのを受けて、ニーナは説明を続ける。


(────しかし僕が実力をひた隠しにしていることで、見る目がない連中は必ず僕を狙ってきます。女の姿の方が狙われやすいのに男装しているのは、男装のメリットがより大きいからです。そして僕を狙うような輩の実力は知れています。逆に言えば、最初からジガ様を狙ってくる相手はかなりの強者ということです。逃げの一手を取らざるを得ないでしょう)


(────なるほどね、やっぱりそういうことか)


 ニーナの説明は、アラトの推測からそう遠いものではなかった。ジガを囮のように扱い隙を作るつもりだとは予想できなかったが。


(────じゃあ確認するまでもないと思うけど、ニーナはミィサ様に忠誠を誓ってるってことでいいんだね?)


(────僕のミィサ様への忠誠心を疑うなら、死んで頂くことになりますが?)


 ニーナは一切表に出すことなく、殺気を爆発させる。それは『通信伝心』で接続中のアラトにのみ効果があった。アラトの心にニーナの殺意がダイレクトに襲いかかる。


(────気を悪くさせたなら謝る。だからそう怒らないでくれ)


 だがしかし、アラトは特に堪えていなかった。

 そもそも、アラトは《マスパラ》で自分よりも間違いなく強い化け物(廃人プレイヤー)を相手に戦って(遊んで)いたのだ。

 心に直接叩き込まれたために多少強く感じられたが、それでもこの程度ならば辛くも何ともない。むしろもう少し強かった方が闘争心が燃え上がっただろう。


 ニーナは少なからず驚いたようだった。お前の殺意なんて大したことないと言われたようなものだし、当然かもしれないが。


(────でもやっぱりいたのか。大陸内強さランキングに載ってない強い奴。ああ……ニーナとも戦ってみたいなぁ)


(────ふふ、何ですかその呼び方。国家間脅威度評価のことですね。ディルムット様も載っていらっしゃいません。近衛騎士団で掲載されているのは騎士団長様、副騎士団長様、それに各隊の隊長様4名……計6名ですね。それにしても、戦うことに対する意欲がすごいですね、アラトさん……)


 ニーナが心の中で苦笑を浮かべる。それでも表情には一切変化が見られない。自分の感情と表情を完璧にコントロールしている証拠だった。


(────まあ、な……俺にはやりたいことがそれしかないし)


(────え、それはどういう────)


(────そんなことより、手合わせはやっぱり難しいか?)


 ニーナの疑問に被せるように、アラトは先程の件を蒸し返す。

 疑問は頭から離れなかったが、それでもニーナは素直に引いた。


(────そうですね。僕は基本的にミィサ様から離れませんし……正直見せずに隠しておきたいのが本心ですね)


(────そうか。まあそうだよな。うん、気にしないでくれ)


(────はい)


 ちょうどいいタイミングで、全員が食事を終えた。最後まで食べていたのは、上品に食事を口に運んでいたミィサとクシュル、それに小さな口で一生懸命食していたクリリだった。


「ごちそうさま。今回も美味しかったわよ、ラスカ」


「そりゃあよかった。口に合ったなら何よりだ」


 ミィサは軽く頷き、アラトの方を向いた。


「アラト達はこの後どうするの?」


「はい。俺達は冒険者ギルドに。少々用がありまして」


「そう……じゃあ、ここでお別れね。私達は城に戻るわ。出会いから色々あったけど、楽しかった。いずれまた会いましょう。今度は何かお話を聞かせてもらえると嬉しいわ」


「ええ。またいずれ。お気をつけてお戻りください」


「あはは、大丈夫よ。ディルとジガがいるからね」


 ミィサが立ち上がろうとする。それに応じてニーナが椅子を引くのを見て、アラトはニーナに話しかける。心の中で。


(────ニーナ。渡したい物がある。俺の横を通り過ぎる時、少し手を出してくれ)


(────わかりました。どういった物ですか?)


(────小さな水晶が入ったお守りだ。この水晶は俺が転移する先の目印になってくれる。何かニーナ達だけで対処できないマズいことが起きたらそれに魔力を流してくれ。それで俺に伝わる。なるべく早く助力に駆けつけよう)


(────……お気遣い、ありがとうございます。有事の際は、頼らせて頂きます)


(────ぜひそうしてくれ。信じてもらえるかはわからないけど、それは魔力を流さない限り俺でも存在を把握できない。だから安心してほしい……まあ、怪しさ全開だけどな)


(────いえ、ミィサ様が信頼しておられます。僕はその判断を信じるだけです)


(────はは、さすがだ)


 ミィサ一行がアラト達とすれ違う。ジガを先頭に、ミィサ、ニーナ、ディルムットの順だ。アラトは『通信伝心』を遮断した。


「またね、アラト」


「はい。……健康に気をつけてな」


「!」


 頭を下げて声量をギリギリまで落とし、ミィサにも聞こえるか聞こえないかというレベルで言葉遣いを崩すアラト。ミィサの反応を見るに聞こえたようだ。嬉しそうな顔をしている。


 その直後、目にも留まらぬ速さでニーナにお守りを手渡す。ディルムットには見えたかもしれないが、まあいいだろう。


「いつか、手合わせを」


「ああ」


 ディルムットと短く言葉を交わし、ミィサ達が階段の上に消えるのを見送る。


「さて、それじゃあ行こうか」


「おう」


「はい〜」


「です」


 アラトは振り向いて3人に声を掛ける。もう準備は万端のようだ。


「それじゃラスカ、俺達はギルドに行ってくる」


「おう、気をつけてな。しっかり働いてこい」


「はは、じゃあな」


 アラトはキララ達を連れて外に出た。

 向かうは、冒険者ギルドだ。







「────ん? なんだか妙に騒がしいな……」


 冒険者ギルドの扉を開けたアラトは、まず訝しんだ。

 まあ冒険者が集う場所だ。騒がしくても何らおかしくはない。だが、アラトが気になったのは────。


「やけに……落ち着きがないみたいだ」


 困惑、疑念、動揺……そんな感情が渦巻いているようにアラトには思えたのだ。

 クシュルがウサ耳をピクピクと動かして、状況を掴むヒントはないかと注力する。クシュルの耳はかなり高性能だ。聞き分けに関してもかなりのスペックを誇る。


「えっとですねぇ〜。…………魔物の、大量発生?」


 クシュルがそう呟いたのと同時、クエストの発注用紙が貼られている板の前でギルドの受付嬢──セリシャだ──が声を張り上げた。


「もう一度言います! 草原に魔物が多く現れ、住民の間に不安が広がっています! 極力、討伐系の依頼を受けるようにしてください! また、そこまで高位の討伐依頼は出ていませんが、ないわけではありません! 皆さん注意してください!」


「ふぅん……何か、関係があるのかね」


 アラトは虚空をチラリと見やる。

 異世界に来て2日目。早々に状況が動き出したようだった。



というわけで、1章エピローグでした。


2章から少しずつ話を動かしていこうと思ってます。

魔物の大量発生、それが意味するところとは。

大筋は決めてますけど細かいところは全く決めてません!一体どんな話になるのか?自分も楽しみです。


次も来月末にあげます。

2章プロローグとなるわけですが、この作品且つ1章のプロローグである第1話とは違い、ちゃんと1万字くらいの話になると思いますのでお楽しみに。

相も変わらず話の展開が進む気がしません。1万字って少ないですね(白目)。


では、また次回。

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