模擬戦を終えて
今回で一章エピローグになると言ったな?アレは嘘だ。
はいすいません、一章エピローグにするつもりだったんです。この話もエピローグの一部だったんです。
なんか書いてたら字数膨らみすぎて2万字超えた辺りで\(^o^)/ってなったので分けました(真顔)
大したことは起きません。次話までの繋ぎと思っていただければ。
次話は月末に投稿します〜。
では、どうぞ。
────後頭部が、柔らかい物に支えられている────。
それが、アラトが最初に把握した感覚だった。
「………………ょー。…………しょー。……ししょー」
薄っすらと聞こえてくるこの声は、至近距離から自分に向かって呼びかけているとアラトは判断した。
(この……呼び方は……)
アラトはゆっくりと目を開ける。
「おーい、ししょー」
「…………クシュル、か……」
「はぃ〜。貴方の愛しの恋人、クシュルちゃんですよぅ〜」
「ここぞとばかりに嘘情報を刷り込もうとするなよ」
クシュルの語尾が間延びしてきた。真剣なのはひとまず終わりということだろう。
アラトの視界には大きくも小さくもない形の良い曲線と、その先にいるクシュルの綺麗な顔が映し出された。
予想通り結構近い。
「──膝枕か」
「当たりですぅ〜。こういうのが好きかと思って〜」
「まあ、クシュルみたいな整った顔の女子に膝枕されて嫌な男はいないだろうな」
「もぅ〜、こういう時くらい可愛いって言ってほしいですよぅ〜」
「悪かったよ。ほら、拗ねるなって。可愛い顔がもったいないぞ」
身体を起こしたアラトは、ぽんぽん、とクシュルの頭を叩く。それだけで、ふくれっ面だったクシュルは一転可愛らしい笑顔になった。正直な所、クシュルのふくれている顔も可愛いのだがそれは言わない。言えば間違いなく調子に乗るからだ。台無し、ではなくもったいないという表現がアラトにとっての最大の妥協ラインなのである。
しかし喜んでくれるのは嬉しいが、こんなことでここまで喜ばれるとアラトの方も何だか申し訳なくなってくる。普段の態度を改めてくれればもっと褒めやすいのだが……。
「えへへ〜」
「あー、しかし負けたなぁ。結構悔しいわ。クリリもお疲れ。どうだった?」
「お疲れ様なのです。おねーちゃんはやっぱり強かったのです。レベル差に種族の差、熟練度の差などなど色んな差があるとはわかっていても悔しいです。悔しいですが……」
「が?」
非常に悔しそうな表情を浮かべたクリリは、アラトの隣で頬に手を当て喜んでいるクシュルをキッと睨み付け、
「おにーちゃんに膝枕をする権利を賭けた勝負でそこのぶりっこババアに負けたことが一番悔しいのです!!」
────そう言い放った。
「……あー、なるほど……」
アラトは自惚れなどではなく事実として、3人からの好意を受け止めている。まあクリリは特殊な理由だとしても、返事ができていない心苦しい状況だ。
それは別として、クシュルが膝枕しているのをクリリが黙って見ていることに違和感を覚えていたのだが、納得した。すでに決着がついていたらしい。
「ちなみに、何で勝敗を?」
「あっち向いてホイ1回勝負です」
「中々決着がつかなかったんですが、私が勝ちましたよぅ〜」
「お、おう……」
獣人族の動体視力と反射神経を存分に活かしたあっち向いてホイは、お互い恐ろしいスピードでギリギリのタイミングで手を変えるので決着がつきにくい。本当にかなりの時間戦っていたんだろう。
「ま、クリリもキララ相手によく食い下がってたよな。頑張った」
アラトは労いの意味を込めてクリリの柔らかい髪を撫でる。クリリは気持ちよさそうに目を細めていた。
しばらく3人が談笑していると、『闘技場』からキララが出てくる。そして開口一番、ぼやいた。
「なんで勝者が歩いて出てこなきゃいけねーんだ? これ……」
「それは仕様」
人がいなくなった『闘技場』が消滅した。だだっ広い空間に4人が向かい合って立っている。
アラトがキララを労う。
「お疲れ。完敗だった。おめでとう」
「さんきゅー。て言っても、結構ギリギリだったけどな。最後の『灼獄新星』なんて、距離が近すぎてあたしとセイリュウも巻き込まれたし。あたしは耐性が高いから普通に耐えられたけど、セイリュウは相性が良かったのにも関わらず瀕死になったし。使う魔法間違えてたらあたしも死んでたよ」
「あー、もうちょっとだったか……残念」
アラトは悔しさを滲ませて苦笑する。
この悔しさを忘れない、アラトは1ゲーマーとしてそう誓った。
「さて、そろそろ出るか」
そして笑顔に切り替えて3人に提案する。
もう『異次元地域』に留まる必要がない。
「そーだな。結構時間経ってるし」
「ですねぇ〜」
「なのです」
アラトが手を振ると、空間に裂け目が生じる。裂け目の先には《閑古鳥亭》に取ったアラト達の部屋が見えた。
キララ、クシュル、クリリの順で出て行き、最後にアラトが裂け目を跨ぐ。アラトが出て行った直後、空間ごと裂け目が消滅した。
「今の時間は……わかんないな」
アラトは部屋を見渡してそう呟く。今思えば時計といった物がない。ラスカはどうやって時間を知ったのだろうか。
それは後で確認することにして、今日は角ウサギに刺されたりと色々あった。それなりに汚れている。となれば、やることは1つ。場所はあらかじめ確認しておいた。
「まあいいや。風呂で汗流すか……」
「「「ッ!?」」」
「…………」
アラトの何気ない呟きに、3人が異様な反応を見せる。アラトがジト目を向けると、クシュルはそっぽを向いて口笛を吹き始める。キララは顔を赤らめて俯き、クリリはギラギラした瞳でアラトを見つめた。
「……ないとは思うが、変なことはするなよ?」
「ぴゅーぴゅー」
「へ、変なことってなんだよ……」
「わたしがおにーちゃんにそんなことするわけないのです。そうなのです……じゅるり」
キララはまだしも、サポートNPC2人に隠す気がなさすぎてむしろ笑えてくる。
「……お前らは風呂に入るか?」
「ししょーの次に入りますぅ〜」
「あ、あたしも入りたいかな……順番はいつでも」
「おにーちゃんの次に、いえむしろ一緒に入りたいです」
「却下」
「おにーちゃんのいけず……なのです」
しかし、クシュルとクリリが危険すぎる。アラトは結構警戒しながら脱衣所に入った。
ガチャリ。
アラトが扉の向こうに行った直後、クシュルとクリリが動き出した。キララは顔を真っ赤にしながらも止めようとする。
「お、おいお前ら、やめとけって……」
「行く気がないのであれば、キララさんはそこで指を咥えて見ていてくださいー。これは絶好のチャンスなのでー。というかこれから絶好のチャンスが何回もあるってことですよねそうですよね本当に最高ですー」
クシュルは恍惚とした表情を浮かべた後、表情を真剣な物に変えてクリリに話しかけた。
「ちびっ子。ここは一時休戦ですー。風呂場に突入するまででいいですかー?」
「了解なのです。そこまではお互いの邪魔はしない、そこからは勝負。わかりやすいのです。それとおねーちゃん」
クリリはクシュルの提案に頷いたあと振り向いた。
「覚悟がないのなら、わたしを止めないでくださいです。わたしには覚悟があるのです」
それだけ言うと、脱衣所に通ずる扉を見据える。
クシュルとクリリからは、言いようのない気迫が漂っていた。
「……行きますよー」
「……はいです」
ガチャ……クシュルは壁に背を付けながら手を伸ばして扉をゆっくり開け────脱衣所に飛び込むッ!! それにクリリも続いたッ!
「ぶっ!?」
「うべしっ」
────そして、濁った色の壁に阻まれた。
「ん……掛かったか。あいつらなぁ……」
湯船に肩まで浸かっていたアラトは、頭を抱える。
念のために魔法を仕掛けていなかったらどうなっていたか。
アラトは脱衣所に入ると、二重に結界を張ることにした。
「……『上位下級防護魔法・拒絶結界』、『下位初級空間魔法・感知結界』」
規模を調整したアラトの魔法は、ちょうど脱衣所の入り口から風呂場の入り口までを覆う結界として展開された。『拒絶結界』は、外界の全てを拒絶する結界だ。濁った壁は、外からの視界、臭い、攻撃、侵入、音を遮断する。とはいえ、階級は低い魔法なので耐久力は然程ないが。その外側に展開された『感知結界』は、触れたものがあればそれを感知できるだけの魔法だ。空間魔法の初歩の初歩ではあるが、その有用性は高い。
「さて、さっさと入って出よう」
アラトは装備品を全てストレージにしまう。《マスパラ》では装備を解除してもTシャツ短パンが表示されていたが、もちろんこの世界ではそんなことはない。服を脱ぎ終えたアラトはそのまま風呂場の戸を開ける。『拒絶結界』は内から外への行動を制限しない。視界はやや制限されてしまうが。
「へぇ……立派なもんだな」
予想以上にしっかりとした浴槽だった。何らかの石で作られているようで、人1人が浸かるには十分すぎる大きさだ。2、3人でも多少狭いくらいで入れるだろう。
アラトは魔法を使い、浴槽に水を張ってそれを温める。備え付けられていた桶を手に取り、掛け湯の要領で汗を流した。軽く汗を流せたアラトは、いよいよ湯船に浸かる。
「ふっ……あああああ〜〜〜〜」
肩まで湯の中に沈めて、気持ちよさそうな声を上げる。
そして数秒もしないうちに、『感知結界』に反応があったのである。
「さすがに宿屋の部屋で技巧や魔法をぶっ放したりしないだろうし、俺が出るまでは大丈夫だと思うんだが……」
アラトがリラックスしつつそう考えている間も、ビシッ! とか、ドガッ! とか、ギャリィッ!! といった、結界に負荷を掛けまくる音が聞こえてくる。
結界の状態を感じ取り、アラトは微妙な表情になった。
「あー……普通の攻撃でも威力が前とは全然違うか。こりゃちょっとまずいかなぁ」
アラトは悩む。
結界が耐えると信じてこのまま心行くまで湯に浸かるか、それとも今のうちに上がってしまうか。
まだ《智慧ある双剣》と話せていないため、余分な魔力を注ぎ込むという発想が浮かばないアラト。例えその発想があったとしても成功するとは限らないが、1度似たような現象を間近で見ているアラトなら数回チャレンジすれば成功させていただろう。
しかし、それも仮定の話。現実にその選択肢は存在しない。
そして、アラトが選んだのは────。
「フッ! ヤァッ!! トォッ!!」
掛け声に合わせて、ガッ! ドッ! ゴッ! と結界が悲鳴を上げる。クシュルが壊そうという意思を持って繰り出している攻撃を結界が耐えられているのは、さすがアラトの魔法だと称賛するべきかもしれない。低級の魔法とはいえ、熟練度が高い。
まあ、クシュルが周囲の迷惑にならないように足音や振動を抑えているため、威力が十全には出せていないというのも大きな要因だろうが。
「まだ壊せないんです!? 貴女それでも近接職ですか!?」
焦れたクリリが叫んでクシュルに発破を掛けた。
クシュルは即座に言い返す。
「煩いですねー、私も音を抑えた現状での全力は出していますよー。ししょーの結界が硬すぎるんですー。それに、私の基本職は『旅人』ですー。純粋な近接職ではありませんよー」
「ぐぬっ……」
正論を返され、クリリも言葉に詰まる。
クシュルは攻撃の勢いを緩めない。
「…………というかこれホントに『拒絶結界』なんですか? 何か別の物に思えてきました……」
普通ならありえないような耐久性を発揮する結界に、弱音が漏れるクシュル。若干不安になってきた。
と、その直後。
(あら? 手応えが変わりましたね。……これなら)
結界の限界が近いのを感じ取ったクシュルは、少し溜めを作る。そして────。
「疾ッ!!」
今だけは音を抑えるのをやめた。この一撃で結界を壊す。
そんな想いを乗せたクシュルの拳は、結界に当たることなく空を切った。結界が勝手に消滅したのだ。
「え、うわっととと」
クシュルは勢い余ってつんのめってしまう。
「よっと」
「へあっ!?」
風呂場から出てきたアラト(服をしっかり着込んでいる)がクシュルの勢いを逃して半回転させ、後ろから支えた。軽く抱きしめるような形で。
クシュルは嬉しさよりも先に驚きを感じ、盛大にテンパる。変な声を上げてしまった。
「大丈夫か?」
「あ、あの、あああのあのあの」
「……あ、すまん」
「い、いえ……」
最早クシュルは呂律が回らない。クシュルの様子を不思議に思ったアラトだったが、自分と密着しているせいだと気付いた。肩を離し、しっかりと立たせる。
クシュルの顔は真っ赤だ。
(しかし、意外だったな……クシュルは不意打ちには弱いのか。覚えておこう)
「な……何してるですー!?」
今の一部始終を見ていたクリリが、叫びながら脱衣所に入ってくる。ここでクシュルはハッとなり、顔の赤みを消して振り返った。その顔にはニンマリとした笑みを湛えている。
「ふふふ……抱きしめてもらっちゃいましたよー」
「────っ、──────ッ、〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
言葉にならないようで、クリリは顔を真っ赤にして腕をブンブン振っている。この赤みは照れではなく怒りだろう、間違いなく。
クリリは息を吐き出し尽くしたのか、1度深く息を吸い込んだ。
そして、すぐに言葉を発する。
「ズルいですっ、ズルいです〜〜〜〜〜〜!」
「ふっふーん。羨ましいですかぁー? 羨ましいですよねぇー? なんせ抱擁ですからぁー」
訊かなくてもわかっているだろうに、わざわざ言葉にすることで挑発するクシュル。明らかに舞い上がっていた。
クリリは悔しそうな顔をしながらも、次の目標に向けて気持ちを切り替える。
「いえ、まだです! おにーちゃんの残り湯があります! おにーちゃんの残り湯を一番に堪能するのはわたしですっ」
「むっ、行かせません!」
クリリはメニューを開いて装備をいじるという行動すらもどかしいようで、巫女服に手を掛けながら風呂場へ走り出した。
クシュルはクリリの行動を阻止しようと牽制する。
と、そこにアラトが声を掛けた。
「あ、湯なら捨てたぞ」
「…………え?」
クリリがゆっくりと振り返り、アラトを見つめる。
アラトは淡々と説明した。
「いや、『拒絶結界』をこの脱衣所を覆うように展開しちゃってさ。風呂に入ってから気付いたんだけど、脱衣所に戻れなかったから風呂場で着替えたんだ。んで、着替えるにあたって濡れるのは嫌だから湯を1度流して湿った空気を入れ替えた。まあ湯は張り直したけど、そういう訳だから俺の残り湯ではないな」
クリリはアラトの言葉を咀嚼し飲み込むと、ゆっくり、ゆっくりと崩れ落ちた。
「…………そ、そんなぁ〜……あんまりです……」
「そ、そんなに落ち込むなよ……そうだ、浴槽は3人くらいなら何とか入れそうだったし、クシュル達全員で入ったらどうだ? 裸の付き合いって言うし、これから行動を共にするんだからその記念にさ」
何の記念かはアラト自身よく理解していない。それっぽいことを言ってみただけである。
だが、考えなしに言ったわけでもない。これを機に仲良くなってくれたらいいなとは思っていた。
「キララ、どうだ?」
アラトは途中から顔を出して脱衣所を覗き込んでいたキララに提案する。
キララが承諾してくれれば全員が風呂に入ってくれると思ったからだ。
「ああ、いーけど」
「なら頼む。喧嘩しないように見ててくれると助かるな」
「ま、頑張ってみるよ」
「クシュル、風呂場でくらいは喧嘩するなよ」
「はぃ〜。うふふ、私は今上機嫌ですからねぇ〜。多少のことは笑って受け流しますよぅ〜」
「はいはい。じゃ、ゆっくりしててくれ」
アラトは軽く手を振ると、脱衣所を後にした。
(えらい落ち込みようだったな……可哀想だったか? いやでも、変態的なんだよなぁクリリは。ちょっと引くというか。それに、クリリだけ別だしなぁ……)
アラトは極力表に出さないように努めていたが、実はクリリに対して苦手意識──というか、違和感を覚えていた。何か、嘘とも少し違うが、無理して感情を取り繕っているように見えるのだ。
風呂場からは姦しい乙女の声が聞こえてくる。少々はしゃぎ過ぎだが、実は数時間前にアラトが張った『音響結界』がまだ生きているので外に音が漏れることはない。楽しんでいるならいいだろう。
「食らうです!」
「ぶはっ、やりましたねぇ〜? お返しですぅ〜。…………『下位下級拳撃技巧・速拳』」
「ごばへっ!? や、やるですね……負けませんです! …………『中位下級水魔法・弾水爆弾』」
「ぐぼふっ!? こ、このガキ……」
「ぶりっ子ばばあ、め……です……」
「………………」
アラトが思わず真顔になる。
恐らく水の掛け合いをしているのだろうが、技巧に魔法まで使って何をムキになっているのか。なお、一応発声は小声で行っているようだが、アラトが聞き取れている時点でお察しである。
(ま、そんなことよりも、だ)
アラトは思考を切り替える。
(今日の予定だ。ここで朝飯を食ったら、ギルドへ向かう。んで、モンスターの情報をまとめた物とかがあって自由に閲覧できるようならアレのことを普通に調べる。閲覧に制限があるなら交渉だ。もしそういった物がなかったり、アクシデントがあったらギルドで調べ物するのは難しそうだな。その場合は、王都の外に出て実地調査かな)
アレを思い浮かべた瞬間、何もない空間に視線を飛ばすアラト。もちろん、《角ウサギ》のことである。
行動の推測パターンが多いのは、アラトの持つ情報だけでは所謂モンスター図鑑のような物があるのかどうかの判断が付かないからだ。
この世界、アラトからしてみれば不思議なことが多い。
文明レベルは日本に比べてひどく劣っている、はずだ。科学技術の発達も遅れているようで、機械らしき物をアラトは目撃していない。
だがしかし、それでは説明の付かないことが多いような気がするのだ。ハイギスが調書を作成するのに使っていた紙とペン。これは羊皮紙と羽ペンのことを省略して言ったのではない。日本で紙とペンと言えば誰もが連想するような形状の物だったのだ。さすがに、ペンは現代日本のペンほどスマートではないし、紙の質も悪い。それでも、アレは紛れもなく何らかの技術によって作られた物だった。ギルドカードにしてもそうだ。金属をあの薄さで加工することは、王都の建物や物資から推測される文明レベルでは到底不可能。しかも、ギルドカードを腐食から守るためか、不思議なコーティングが為されていた。《マスパラ》にも腐食を防ぐ魔法はあるが、永続的に掛け続けることなどできるはずもない。何か特別なことをしているはず。
魔法を上手く使ってやっているんだろうと言われてしまえばそれまでだが、どうもアラトは違うような気がしてならない。目に見える範囲にないだけで、裏では機械が使われているのかもしれなかった。
チグハグな印象を受けるこの世界。アラトはもっと詳しく知るべきだと感じた。
(まあ、ひとまずは朝食ができるまで待ちだな)
アラトが思考をそう締めくくると同時、風呂場も決着がついたようだった。
「うるっせー!! 『下位初級水魔法・水球』ォォォ────ルッ!!」
「「ぎゃあああああああ!!」」
キレたキララが残り2人を沈めるという結果で。最低ランクの魔法とはいえ、使用者はキララだ。その威力は高い魔攻に相応しいものだっただろう。
205号室に、甲高い絶叫が響き渡った。
「うぅ〜、ひどい目に遭いましたぁ〜」
「いや、宿屋の風呂場で騒ぎまくってたんだし自業自得だと思うんだけど……」
「えぇ〜? ししょーがいるから心配することなくないですか〜?」
「いや、そうかもしれないけどさ……」
確かに、『音響結界』の効果は残っている。残ってはいるのだが……もしや、それを知らないで、しかしアラトなら何とかするだろうという信頼(?)の下騒いでいたとでも言うのか。キララ達は魔力感知で正確に把握していたようだったのに。
アラトは恐る恐る確認する。
「……なあクシュル、お前、『音響結界』が残ってることには気付いてたのか?」
「あぁ〜、残ってたんですねぇ〜。いぇ〜、ししょーなら切れてても張り直してくれるんじゃないかなぁ〜って」
「…………」
沈 黙。アラトには返す言葉もない。盲信はやめてほしいと伝えたはずなのだが……。
「ま、まあいい。いやよくないけど今はいい。それより、早く下りよう。さっきのは朝食ができたって合図だろうし」
先程鳴らされたベルについて言及し、他の3人を促すアラト。模擬戦をやって精神的にかなりの(実際は多少の)空腹を覚えている3人は、アラトの提案に同意しすぐに立ち上がった。
昨日と同じ轍を踏まないように、アラトは慎重に扉を開ける。
人の気配がないことを確認すると、扉をさらに大きく開けて廊下に出た。キララ達が出るのを待つ。
階下に降りる途中、キララがぼやいた。
「てかさー、あのベル煩すぎねーか? ちょっとした近所迷惑だろ」
「実は部屋の壁が防音仕様になってたり?」
「ねーだろ」
「だよな」
適当に言ったアラトの意見は即座に否定される。アラトも違うだろうと思っていたので、特に何も思わない。
「しかし、本当にどうしてるんだろうな? あれは音が大きすぎると思うんだけど」
「なんか特別なことでもしてんのかねー」
「何か魔導具でも使ってるんじゃないでしょうかぁ〜?」
「そんな魔導具、あるのです?」
「さぁ〜? 知りませんけど〜」
「使えないのです」
「何か言いましたぁ〜?」
「使えないと言ったのです。頭が役に立たないならせめて耳くらいは機能させるです」
「ちょっと表に出てくれませんかぁ〜? ボッコボコにして差し上げますのでぇ〜」
「ハッ、貴女のようなぶりっ子ババアに殺られるほどわたしは耄碌してないのです」
「お前ら、毎回このパターンになるのどうにかならないの?」
毎度恒例の言い合いが始まり、ヒートアップしてきたところでアラトが水を差す。キララはアラトの隣でため息を吐いていた。
「うぅ〜、だってししょー、このガキがぁ〜」
「おにーちゃん、このぶりっ子ババアがですね……」
「だから……ほら、階段終わるぞ」
「「!?」」
窘めようと思ったが、確実にこっちの方が効果がある。アラトが1階に着くことを告げると、2人はすぐさま口を噤んだ。
次こそ!次こそ一章エピローグ!
しっかしクリリが変な方に走ってる気がするなぁ……理由はクリリ自身が教えてくれたんでいずれ描写しますけども。
では、また。