模擬戦 5
模擬戦、決着!!
長かった……
こんな長くなる予定じゃなかったんだけどなぁ……こいつら頑張りすぎだろ(作者ェ)
さて、勝者は?
どうぞ。
時は少し遡り、アラトがドーズ達の所へ行こうと振り返った瞬間。
ゾワッ!! っと寒気が走るほどの膨大な魔力をアラトは感じ取った。
(これは……結構本気で潰しに来てるんじゃないか……!?)
今の魔力量、恐らく四神に魔力譲渡を行ったのだろう。
つまりキララは、四神にも上位特級の魔法を使わせてケリを付けるつもりなのだ!
(くっ……これはあいつらと四神を倒すのは無理そうだ……。────なら!)
アラトのプランでは《智慧ある双剣》にキララ達を抑えてもらい、アラトと合流した後に全力を出して倒す予定だった。
だが、こうなってしまってはドーズ達は防御に全力を注ぐだろう。先の見通しが甘かったと認めざるを得ない。
アラトはキララの実力に若干の修正を加えた上で、自分の計画性の甘さを認識しその事実を頭の片隅に置いておく。
上記の作戦が使えなくなった以上、代替案を出すしかない。数値の上での攻撃力という意味なら、今この瞬間のアラトの最強装備は《宵闇の双短剣》だが、総合的な戦闘力という意味では《智慧ある双剣》の方が圧倒的に高い。
つまり、次に使う武器ももちろん《智慧ある武器群》の中から選ぶ。
しかし、アラトの持つ《智慧ある武器群》で多対1の状況でもそこまで不自由なく戦える────しかも四神を相手に────物というのは、そう多くない。というか、《智慧ある双剣》は最適解と言ってもいいレベルだった。そんな2人を消耗させる結果になったのは、プレイヤーがいなくても抑えきれるだろうと甘く見たアラトの落ち度だ。
まあ反省は後でするとして、この状況でアラトが選び取る武器は────!
「……よし! 『上位上級召喚魔法・智慧ある妖刀:月寵殺女』! 行くぞ!」
アラトは魔法を唱えながら左手を真横に伸ばす。その先、アラトの左方に細長い楕円の『異次元への穴』が出現した。
さて、もうお気付きの人もいるかもしれないが説明しておこう。召喚魔法の階級についてだ。
プレイヤーの実力によっては階級を抑え込めるこの魔法、どういう分類になっているのか。
答えは、使い方によって違う、だ。
以前説明した召喚魔法の使い方は3通りあった。
1、運営が決めたものを召喚する。
2、使役しているモンスターや所有している武器を召喚する。
3、契約しているモンスターを時間制限付きで召喚する。
このうち、2番だけが任意階級魔法である。1番と3番は他の多くの魔法と同じく、1つの魔法につき1つの階級が定められている。
3番で喚び出せるのは基本的にボスクラスのモンスターなので、運営が予め階級を定めているのだ。役に立つボスモンスターのほぼ全てが特級クラスの召喚魔法を必要とするので、3番の使い方はアラトには使えない。
2番は任意階級魔法なので、アラトでも中位上級以上の階級で魔法を唱えることができるのだ。
アラトの左手に、『異次元への穴』から出てきた日本刀が収まる。よく『まるで血のような赤』という表現があるが、正にそのような赤い色の鞘だった。だが、決して色鮮やかなわけではない。濁った血、澱んだ血……そんな表現がふさわしい赤色だった。見る者を何となく不安にさせる。
まあ当然アラトにそんな様子はなく、《智慧ある妖刀》に話しかけた。
「殺女、ちょっと面倒な状況なんだけど、頼むな」
『…………』
「……? 殺女?」
『………………』
「殺女? どうしたんだ?」
『……………………zzz』
「寝ってんじゃねぇぇぇぇええええええええ!!!!」
アラトが絶叫しながらズビシィッ!! と月寵殺女の柄に手刀を叩き込む。むしろ自分の手が痛いくらいのアラトだが、そちらを気にすることなくなおも声を張り上げる。
「ねえ起きて? 起きて!? 『異次元地域』が快適なのは知ってるけどそんな爆睡しなくてもいいよね!? いや寝るのは別にいいんだけど喚ばれたら起きよう? ねえ起きよう!? ……………………いい加減起きろやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
『…………んぅ……。…………あら、お久しぶり。どうしたの?』
やけに艶めかしい思念を発しながら月寵殺女が意識を覚醒させる。
「『どうしたの?』じゃねぇからぁ!! 殺女、これだけは約束しよう! 俺に喚び出されたら起きろ!!」
『…………なんで?』
「いや俺がお前を喚び出すってことは間違いなく必要としてる時ってことだからね!? 俺これでも一応お前の所有者よ!?」
『……うーん。面倒くさいわ』
「元も子もねえ!!」
抑揚のない口調で淡々と自分の意見を述べる殺女に、アラトが頭を抱えてシャウトする。
その時、アラトに掛かっていた『飛行』の魔法が効力を失った。
「あー、そういやそろそろ時間だったな。……なあ殺女、俺がお前を喚ぶってことはよっぽどなんだぞ? そんな時にぐーすか寝てられたら、下手したら俺死んじゃうかもしれないぞ? まあ今回は大丈夫だけどさ。『中位下級風魔法・飛行』っと」
『……あら、それは困るわね。私が起きるまで死なないで』
「殺女は譲歩しないのな!?」
『貴方が私を上位中級で召喚できるようになったら考えてあげるわ』
「うっはー……無茶振り来たー……」
『もし私を再び従えることができなかったとしても、変わらず貴方に使われてあげるわよ?』
「いやいや」
落下しながらも殺女を説得していたアラトが『飛行』を自身に掛け直す。当たり前のように『飛行』が成功し、アラトの身体がふわりと宙に浮く。殺女への説得は失敗した模様だが。
《妖刀:月寵殺女》────正式名称を《生鏖刀:月寵殲姫》。生あるものを鏖なんて、名前があまりにも物騒すぎるのでアラトが入手した際にもう少しマイルドな名前を付けたのだ。
《マスパラ》はこういうこともできて大変自由度が高い。元の名前だと呼びかける時にもちょっと困るし。
他のプレイヤーが所持している同族についてはわからない。正式名称のまま使っているプレイヤーも中にはいるのだろう。
この《月寵殺女》──アラトが所持しているのはこれなのでこの名前で呼ぶことにする──だが、実は呪われた武器としての性質も持っている。
初期状態では鞘に収まっている《月寵殺女》は、自力で鞘から抜け出すことができない。1度誰かに抜いてもらえば他の意思を持った武器と同じように自由に動き回ることができた。
もちろん、鞘から抜け出すことができないだけで動くことはできる。できるのだが、鞘に収まったままの刀など鈍器にしか使えない。それなら刀でやる必要がほとんどないのは理解してもらえるだろう。
また、抜き放たれた状態なら自由に動き回ることはできても、刀の十八番である居合が使えない。持ち手がいないと力を十全に発揮できないのはこれらの理由から明らかだ。
では、どのようにして持ち手を確保するのか? ここで出てくるのが呪われた武器としての側面だ。
《月寵殺女》は自身を手にした者に破壊衝動を植え付け、増幅させることができる。また思考を制限し、触手のような物を用いて肉体を支配した上で無理矢理強化する。
その代償としてその肉体は傷つき、崩壊していくことになる。肉体が崩壊しきって骨になるか全身を一撃で消し飛ばさない限り、《月寵殺女》はその身体を操り続ける。脚が切断されようが腕を引き千切られようが、触手で強引に繋ぎ止めるのだ。
これが《月寵殺女》の呪いの性質の全てだ。さすがにプレイヤーに所有されている状態では勝手に呪いを発動させたりすることはないが。
そして、アラトが言った無茶振りという言葉。これは《月寵殺女》の理想階級を根拠にしている。
これは基本的なことだが、実装が《マスパラ》発売当初からの物、アップデートからの物に関わらず、どちらも運営がテストプレイを行っている。
それが《智慧ある武器群》や《呪われた武器群》の場合、何度か実際に戦ってデータを取っているのである。アイテムや純粋な装備品の場合は使用してみるわけだ。
その際、テストプレイヤーの能力を全て無限大にして一瞬で勝負を決める回を必ず設けている。それまでに何度か行ったテストプレイのデータから、一瞬で倒すにはどれだけの実力が必要か、どれ程凄いことなのか、どれだけ召喚魔法の階級を抑えることができるレベルなのかをPCで算出するのだ。
この階級を、『理想階級』と呼ぶ。
また逆に、意思のある武器の強さに応じて一番上だとこの階級での召喚になる、という階級のことを『最大階級』と呼ぶ。これもPCで割り出している。
この『理想階級』と『最大階級』は、その武器を入手した際出現するウィンドウに記載されている他、武器のステータス欄にも載っている。自分が武器を召喚する時の階級も同時に表示されるため、大まかに自分がどの程度の実力だと判定されたかがわかるのだ。
ちなみに先程、能力を無限大にすると言ったが、このゲームには能力の限界はない。いや、正確に言えばあるのだが、それは公表されていない。何故ならば、それを公表してしまうと限界がわかってしまうからだ。何を言っているかわからないかもしれないので、例を挙げる。
最大レベルである1000レベルでの素のHP(アイテムなどによる補正がない状態)が114400のプレイヤーと136400のプレイヤーがいたとする。
もし運営が『《マスパラ》のHPの最大数値は136400だ』という情報を開示していたらどうなるだろう?
前者のプレイヤーは『ああ、俺はまだ22000HPを上げられる余地があるんだな』と自分で探し当てた面白味などなしにただ事実として受け入れ、後者のプレイヤーは『なんだ、俺にHPの伸び代はないのか』と考えさらに伸ばす試行錯誤なんて行わなくなるだろう。
それではあまりに面白くない。
《マスパラ》の運営はトライアンドエラーを素晴らしいものだと考えている。その故、プレイヤー達には自発的に色々なことにチャレンジしてもらいたいのだ。
その一環として、能力の最大値は公表されていない。
まあ、公表したらしたで『どの種族がどんな職業に就けば最大値に至れるのか』という観点で議論などが始まるのだろうが、そこに『そしてその最大値はいくつなのか』という観点も増やしたいというのが運営側の考えである。
話を戻して、《月寵殺女》の理想階級は下位中級。召喚時の階級判定は、理想に近づけば近づく程シビアになる。理想階級で召喚したいのであれば、少なくとも10秒以内には倒したいところだ。殺女が要求した上位中級なら、5分以内が目安か。一方、アラトが殺女の召喚に用いる上位上級の目安は35分以内。実際にかかった時間は28分程度。さすがに無職のアラトでは無理がある差である。
殺女の要求に苦笑いを浮かべていたアラトだが、ふと何かに気付いたように顔を上げて殺女に早口で問いかける。
「殺女、魔法の防御が展開されていてもそれを食い尽くして自分の火力に変換する攻撃魔法を封じる魔法か技巧使えないか? 爆発されることなく処理したい」
『……それは、『灼獄新星』のことかしら? ええ、あるわよ。居合で。タイミングは?』
「合図したらすぐだ」
『そう』
アラトはその無駄に高いスペックを活かして《マスパラ》に登場する魔法や技巧を覚えようと努力しているが、それでも全てを覚えきれているわけではない。それに、自分が使うわけでもないのだ。何を覚えているか確認するより、対応できる何かを使えるか確認する方が手間がかからない。
「『中位中級時空魔法・界内転移』」
殺女の返答を聞くのよりも早く魔法の詠唱を始めていたアラトは、殺女の返答とほぼタイムラグなしで魔法を発動させる。
前触れもなく視界が変わる。アラトは『界内転移』の性質を使って転移先で居合の体勢を整え終えていた。背後から驚いたような雰囲気が伝わってくるが、今は気にしている暇はない。
「殺女っ!!」
『──『下位特級刀専用切断技巧・封刺抜刀』』
殺女は柄を握るアラトの手からほんの僅かに神経をジャックして、動き出しをアラトに与える。アラトはそれを受けて自分の意思で刀を振り抜いた。殺女は『灼獄新星』を真っ二つに斬り裂き、爆発などさせないままに封殺する。
技巧を使う際は、技巧発動と技巧の初動を合わせる必要がある。そのため、動き出しの一瞬だけは殺女がアラトを操ったのだ。もちろんアラトも今の行動の意味は理解している。なので、別段何も思わない。
「ありがとう、助かった」
『ええ』
2人は短く言葉を交わし合う。
『主……』
『旦那ァ! 待ってたぜぇ!』
ドーズとソーズはようやく戻ってきた所有者の姿に快哉を叫ぶ。
「ハッ……待ちくたびれたぜ、アラト!!」
キララは獰猛に笑う。
────模擬戦が、もうすぐ終わる。
「取り敢えず、よくやったお前ら。正直、まだキララのこと舐めてたわ……いやぁ認識が甘かった。悪かった。お前らと一緒にキララと戦うつもりだったんだがなぁ……」
アラトは油断なくキララに向けて構えながら2振りに話しかける。
ドーズとソーズは否定の意を示した。
『気にしないでくれ、主。私達が弱かったというだけのことだ』
『悔しいが、全くもってその通りだぜ。次元が違う』
「お互い反省点だらけだな……んじゃあ、また今度話し合うことにして……。……?」
『む? どうした、主?』
『俺の刃になんかおかしなとこあるか?』
きょとん、とした様子のドーズとソーズ。双剣のステータスを改めて見たアラトは疑問を呈する。
「MP0、だと……? ソーズ、お前何したんだ?」
『何って……『隔絶結界』にMPを全部注ぎ込んだだけだぜ?』
「…………? これは後で話し合う必要があるな。ま、今は戻って休んでろ」
アラトがそう言うと、『異次元への穴』が2つ出現する。2振りが出てきた穴だ。帰還にはMPを消費しないのが《マスパラ》の仕様である。
『ふむ。ならお言葉に甘えようか』
『旦那、不甲斐なくてすまねぇな。でもせっかくの模擬戦だ。勝てよ!』
「ああ、任せとけ」
静かに言葉をかけ合い、《智慧ある双剣》は『異次元地域』へと戻って行った。
………しかし、戦場で静かに言葉を発し伝え合えるなど普通ではない。もちろん、この場でも理由はあって。
『…………終わったかしら?』
見ればわかることをわざわざ訊ねてくる辺り、少しばかり面白くなかったらしい。アラトは苦笑を湛えて言葉を返す。
「ああ。ありがとな、攻撃に対応しててくれて」
『ふん……』
殺女がキララ達の攻撃の尽くを叩き斬っていたからだ。抜刀された状態の今なら殺女は自由に動くことができる。アラトはその動きに逆らわなければいいだけだ。
「────じゃあ、今度はこっちの番だ」
『ええ』
アラトがMPを消費し、その消費量に応じて距離が伸びる転移の任意階級魔法を発動させる。
「『下位上級時空魔法・定距離転移』」
『『中位上級切断技巧────』
アラトの姿が消え、同時にキララの背後に出現する。理想とする距離よりは少し遠いが、消費したMPに応じた距離に転移することしかできないので仕方がない。転移したアラトにキララが気付いた時には、殺女の技巧が発動していた。
『────鋭威割胴』』
アラトの意思と関係なくアラトの右腕が動き始め技巧を使う。アラトはタイミングを窺っていた。
殺女はアラトに対し、アラトがすぐに主導権を取り返せるレベルの神経ジャックを続けていた。これは殺女を使う時はゲーム内でもやっていたことで、しかしその時とは少し勝手が違うらしい。
《マスパラ》での殺女の神経ジャックは、アラトがHPを常時消費し続けることでアラトの攻撃力・瞬発力・反応速度を強化する物だった。これはアラトの意思で切ることができ、切る場合はHPの温存という意味合いが強かった。
反面、こちらでの神経ジャックは似て非なる物であり、アラトのことを強化しているようではあるが、アラトのHPを奪う代わりに力を与えるというわけではなくアラトの補助をしているだけの状態のようだ。
アラトの神経に接続している分、他の意思ある武器よりも補助し易いらしい。補助がより的確だ。
また、HPを殺女に吸い上げてもらうことでもっと強力な補助をしてもらうことも可能だとアラトは感じた。
殺女を振り抜いてキララを斬り裂く時、さらにブーストするつもりで魔法の準備をしていたアラト。だが、その目論見は儚く崩れ去る。
『──『暴壁風陣』』
突如巻き上がった風が、強力無比な壁となって殺女の技巧を用いた一撃を食い止める。
『ほっほっほ。やらせはせんよ、儂がいる限りはな』
「『中位下級時空魔法・短距離転移』!」
攻撃を止められ危険だと判断したアラトは魔法による転移で距離を取る。アラト達に歩み寄って来るのは、防御に使われた風からもわかるように────。
「……ビャッコ、か。お前が護りを司ってるわけね」
『その通り。儂の称号は、『封撃』だ』
「なるほど、ね」
四神は、それぞれが攻撃、防御、回復、機動を司っている。誰がどれを司るかはプレイヤーの四神によって違うので、その見極めも四神を相手にする上では重要である。
『オラオラオラァァァアアアアア────ッ!! 喰らえ、『岩盤起槍』ィ!!』
「っ」
『『中位特級切断技巧・大割砕』』
大声で岩石魔法による攻撃が仕掛けられる。アラトが地を蹴って飛び上がる。殺女が即座に反応し、大地を斬って割り開く技巧を使って難を逃れた。
『早く距離を取りなさい。このままでは押し切られる』
「わかってる。一旦立て直────ッ!?」
アラトは何かに慌てながら自分の左側を基点に魔法を発動させた。
「『下位上級天罰魔法・審判の籠』っ!!」
雷で作られた大きな檻が出現し、その直後、何物かが開けてあった側面から檻の中に飛び込んできた。それはズドムッ!! と鈍い音を響かせて檻に衝突する。
それと同時に檻が閉じられ、その何物かは逃げ道を塞がれた。
「──スザクか!」
『くっ、まさか反応されるとは……! 私も無意識のうちに侮っていたというわけですか……ぐぅ……』
檻によって徐々にダメージを受けている様子のスザクだが、そこまで痛いわけでもないようだ。かなり余裕がある。檻を破壊されるのも時間の問題だろう。
一旦距離を取るアラトに、殺女が話しかける。
『今の速さ……スザクが機動を司っているのでしょうね』
「ああ。そして、恐らくゲンブが攻撃だ。となると残りの回復は……」
『セイリュウ、ね。機動のスザクの行動を制限できたのは大きいわ。彼らは司っているものが特別得意なだけで、他の技能も高水準ではあるけれど。チャンスには変わりないわ。畳み掛けましょう』
「ああ! 『上位中級時空魔法・相対転移』!」
方針を固めたアラトは、魔法を使って一気に攻めにかかる。特定のあるもの──人でも物でも、形あるものなら何でもいい──を基準にして、魔法発動時の魔法使用者と基準との距離が等しい別の位置に転移することができる『相対転移』。それを使い、キララに接近する。
「殺女……なっ!?」
『……上ね』
キララに近い位置に出現したアラトは、殺女に攻撃の指示を出す。
……が、そこにキララの姿はなかった。殺女が冷静にキララの位置を告げる。感知能力ではアラトもかなりのものだが、殺女には一歩及ばないのである。
殺女の声と同時にアラトも感知し、すぐに上を向く。キララはセイリュウに乗り、アラトを見下ろしていた。自分達の影の位置がアラトの後ろに来るように転移先を予測し巧妙に調節しておく徹底ぶりだ。転移系の魔法の詠唱はアラトには聞こえなかったので、どこかのタイミングで『詠唱破棄』を唱えていたらしい。
アラトや殺女の感知能力は高く、気付くまでの時間も短いものだった。────だが。
「セイリュウ、やれ!」
『あいよ、『六芒水壁』!』
キララが攻撃するのには十分すぎる時間だった。
アラトの立つ位置を中心として、地面に六芒星が浮かび上がる。半径2mの円の円周にちょうど接する大きさの六芒星が光ったと思う間も無く、その線から水が勢いよく噴き出し壁を形成した。
「チッ、殺女、ぶち破れっ!!」
後手に回る羽目になったアラトは舌打ち1つして気持ちを切り替え、殺女に鋭く指示を飛ばす。
殺女はその強い口調を受けて歓喜に震えたかのように刀身を震わせると、了承の旨を返した。
『仰せのままに、我が主……』
「型は!?」
『居合よ』
殺女の答えを受けて即座に納刀するアラト。ここでのタイムロスは許されない。
『逃がさねぇぞ!! 『猛毒豪雨』ォォォオオオオオオルッ!!』
セイリュウが吐き出した猛毒の水が、豪雨となってアラト達に降りそそぐ。アラトの右手は殺女の柄を握り、左手は鞘を抑えているので迎撃ができない。ここからの脱出が間に合うかどうかだった。
『『上位特級刀専用切断技巧・凍伐抜刀』』
「シッ!」
殺女が発動した技巧の威力を最大限に出すため、全力で振り抜く。
殺女と水壁がぶつかり、刹那の勝負が始まる。
殺女は水壁を全て凍らせ割り開こうとし、水壁は凍らされた分を水圧で砕き散らして元の水に戻そうとしていた。
────勝負は一瞬でついた。僅かにでも拮抗してしまうと悟った殺女が、MPを余分に注ぎ込み技巧の威力を高めたからだ。
水壁から氷壁になった物をぶち壊し、何とか『猛毒豪雨』を回避できたアラト。しかし、状況は既に詰んでいた。
「キララ……」
「これで終わり。あたしの勝ちだ、アラト」
飛び出してきたアラトの横に立つキララを見て、アラトは負けを悟る。キララの手には眩い輝きがあった。
(まあ、そうだよな。俺達を閉じ込めた直後に攻撃を仕掛ければ、こっちに身体の向きを変える余裕はない。もし迎撃されたとしても、予め何か合図を決めておけば、俺達が脱出する時の方向は知ることができる。後は待ち伏せて致命傷を与えるだけ。キララの『詠唱破棄』は、このための布石でもあったか)
キララの作戦を理解したアラトの頭に、直接声が届けられる。
(────ごめんなさい。さすがにこの状況で『灼獄新星』に対処する方法はないわ)
(────殺女か。これは、神経ジャックの応用か? こんなこともできるんなら早く教えてくれればよかったのに。それに、気にしてないよ。こうなったのは俺の落ち度だ)
殺女が首を振ったのが理解できた。
(────いえ、私がもっと広範囲を攻撃するような技巧を使っていればまだわからなかったわ。貴方だけの責任ではない)
(────そうかな。殺女に落ち度はなかったと思うけど。あの状況で『六芒水壁』を突破するにはアレが最善だった。ごめんな、せっかく頑張ってくれたのに)
(────貴方は私を従えているんだから、もっと高圧的に来てもいいのだけど。というかそうしてほしいのだけど?)
実は殺女には若干マゾの気が入っているのである。アラトは極力無視しているが。
(────殺女の趣味に俺を巻き込まないでくれ……。っと、そろそろ『灼獄新星』が着弾するな。久々に殺女と一緒に戦えて楽しかったよ)
アラトの主観でとてもゆっくり動いていたキララがついに、『灼獄新星』を解き放つ。この体感でも会話を交わせる時間はあと僅かだろう。
(────……ええ、それは私も。また使ってちょうだい。むしろどんどん酷使してくれて構わないわよ)
(────だから巻き込まないで……。じゃあ、状況説明のためにまた呼び出すことになると思う。それまでは待機してて)
(────承りました、我が主)
恭しく首を垂れる殺女(のイメージをアラトは受け取った)。それに心の中で苦笑すると、アラトは別れの言葉を告げた。
(────それじゃ、また後で)
(────ええ)
瞬間、アラトの視界は白に埋め尽くされ、思考は闇に塗り潰される。
アラトは、キララに負けて、死んだ。
というわけで、勝者はキララでした。
力を付けたキララは強いです、普通に強いです。
以前アラトがキララに勝てたのは、不意打ちだからです。
あの時のキララはアラトのことを何も知らず、どんな行動を取るのかの予測すらできず、そのため火力で押し潰そうとして返り討ちにされた、というのが事の真相です。
アラトの性格を大体把握し、またできることの限界を見極める実力があれば、自ずと勝機が見えます。そしてキララはその実力を持つ廃人プレイヤーです。もちろん、アラトの側からも同じ事が言えます。なので、キララも余裕というわけにはいきませんでした。実は結構接戦だったのです。
次回はこの章のエピローグになる、と思います。
長えわ……(小声)