自称女神の話という名の命令
VR──仮想現実。
この考えが技術として確立され娯楽にも使われるようになったのは大分昔の話だ。
最初は医療の発展を期待され、その期待に応えたVR技術は今や様々な環境での活躍が期待されているが、今は関係ないので割愛する。
今ではゲームと言ったらVRMMOだと言う人間が大半のこのご時世、有名タイトルと言われるゲームはいくつかあるが、多くの人が思い浮かべる超有名タイトルがある。
そのタイトルこそ、《MS Parallel Online》。
VRMMO史上、他に類を見ない大ボリュームのゲームだ。
VRMMO史上最多の『種族』『職業』『魔法』『技巧』が存在し、『種族』『職業』ではそれぞれの細かい補正や上級種族・上級職業を設定、『魔法』は基本の8属性・15段階に分かれるだけでなく派生属性まで多数存在する始末。
さらに、『無職』という『職業』を初めて作ったゲームでもある。
まあ初めて作ったと言っても、職に就いていない状態などは過去のゲームにも登場したことはある。ここで言っているのは、『自ら職業を選ぶ』という時の選択肢に『無職』が初めて加えられたということだ。
また、『種族』や『職業』の専用装備も事細かに決められているにも関わらず、かかるお金は月額料金のみ。しかも安い。
課金アイテムは存在せず、努力すれば誰でも良い装備を手に入れられる可能性がある。
クエストなどの一部の例外を除き直接のPKが禁止されているため、装備を他人に奪われるなどということは基本起きない。
さらにゲームが開始してしばらく経って、プレイヤー同士で競い合う大会が月1で開催されるようになる。
その盛り上がりも話題を呼んだ。
大ボリュームかつ安価で安全というどうやって運営しているのか不安になる様なゲームだが、それ故に大人気である。
ちなみに、このゲームを知る多くの人が《マスパラ》の《MS》を《Magic and Skill》の略称だと思っていて、そのために《マスパラ》と呼ばれているのだが、実は違うことをアラトは知っている。
閑話休題。
《マスパラ》では、突然のイベントなども過去にはあった。だからこそ──
「あ〜、これがゲームのイベントですって展開がいいなぁ……ホントお願いしたいなぁ……リアル異世界とかやだなぁ……」
──アラトは薄い可能性に望みを託していた。
この変な電波も、演出であってほしいと心から祈る。
創作では異世界がテンプレだが、現実でそんなテンプレはいらない。
『ようやく全ての異界人が話を聞く体勢を整えたようですね。私を煩わせるなとだけ言っておきます。では話を聞きなさい。質問は話の後に受け付けます』
これは、ダメだ。と、アラトは思った。
イベントならばこちらの準備を待ったり質問を受け付けたりはしない。アラトは肩を落としつつ、話を聞くことにする。
『先ほども言いましたが、私はこの世界《マーダースクラップ》の女神。名は《モリンシャン》。下々の者よ、覚えておきなさい』
この女神はいちいち偉そうにしなければ気が済まないらしい。
『私がお前達を喚んだ理由は、この世界の危機をお前達に救わせるためです。この世界を支配しようと目論んでいる魔王を倒しなさい』
無理矢理喚びつけただけでは飽き足らず、魔王討伐もさせるつもりのようだ。しかも言い方が命令形。
『魔王は魔物共を蔓延らせ、《マーダースクラップ》を掌握しようとしています。お前達はそれを打ち破り、この世界に安寧を齎すのです』
アラトはすでにこの自称女神に訊きたいことだらけだ。
自称女神は傲慢な態度を崩さずに締めくくる。
『お前達は冒険者となって、魔王の住処を目指すといいでしょう。すぐさま魔王が世界を手中に収めるというわけではありませんが、何年も猶予があるわけではありません。迅速に行動しなさい。話は以上です。
先ほど質問を受け付けると言いましたが、なぜだとかどうやってだとかくだらない質問は受け付けません。それ以外で何かある者はいますか。同様の質問をされても面倒なので、私が受ける質問の内容はお前達に伝わるようにします』
その直後、アラトは自分が魔力的にどこかと言うか、何かに繋がったことを理解した。
アラトは質問事項を纏めると、早速質問することに。
アラトもこれが現実だと完全に認めたわけではない。
が、そうと仮定して動いた方がデメリットが少ないと判断しただけだ。
アラトは切り替えが早い方だった。
「女神さん、いくつか質問があるんだがいいか?」
本当は自称女神と言いたかったがさすがにそれは自重した。
『それなら早くしなさい、この下等生物が。それと、私のことはモリンシャン様と呼ぶように』
アラトは苛立ちを抑え、平静を装って尋ねる。
こういう手合いは逆らうだけ時間の無駄だ。
「はいはい。まず、モリンシャン様はこの世界に実際に存在するのか? それとも概念とか、この世界を俯瞰する存在とかなのか?」
『愚問です。私はこの世界に実在します。私を愚弄すると許しませんよ』
「そんなつもりはない。なら、なんでモリンシャン様が直接魔王を倒さないんだ?」
『私はこの世界を管理する最高神ですが、この世界に直接関与することは他の世界の神から禁止されているのです。よって、私自身が魔王を倒すわけにはいきません』
「なるほど、面倒くさい制限があるのか。そして俺達を使うのは間接だからいいと。なら、この《マーダースクラップ》って世界は何だ? 俺達の遊んでたゲームに酷似した環境なんだが」
『お前達が遊んでいた《マスパラ》ですね。確かに今異界人の1人が言った通り、この世界は《マスパラ》の世界によく似ています。あのVRMMOが作られていてラッキーでした。あのゲームがこの世界に似たものだったので、力技で世界同士を混線させてお前達を集団転移でこちらに連れてきたのです。あの『無職』の設定がなければこれ程までに混線させることはできなかったでしょう』
(………いや、どうやってを自分から説明してるじゃないか)
心の中でツッコミを入れつつ、たった今新たに浮かんだ疑問も解消することにする。
「モリンシャン様、《マスパラ》に詳しいな? VRMMOとかの言葉もアッサリ出てきたし……なんか知ってる?」
『そ、そそそ、そんなこことはああありませんよ? なななにを根拠にそそんなことを言っているのかしらら?』
「いやテンパりすぎだろ。根拠はないけど、なんというか庶民? っぽいぞ?」
アラトが思ったことを言うと──。
『……………(ぷちっ)』
何か不思議な音が聞こえた。ような気がした。
『…………ぉよ』
「はい? 何か言ったか?」
『…………るぃ?』
「聞こえない。もっとはっきり言ってくれ」
──そして、モリンシャンがシャウトする。
『…………そーよ庶民よ悪い!? あたしだってねえ、神になりたくてなったわけじゃないわよ! 日本で死んで気がついたらこの世界の神やれとか言われて他の世界の神に世界を1個押し付けられてしかもその世界は魔王がなんか企んでるし何なの!? 威厳を保てとか意味不なこと言われるし! 森嶺上花ではなくモリンシャンと名乗るが良いとか言われて勝手に改名されるし!! そんで使えもしない力を与えられて途方に暮れてた時にこの世界が《マスパラ》にめっちゃ似てることに気づいてゴリ押しでどうにかできるかもと思って強行しましたけど何か文句ありますぅ!!?』
荒れた。すっごく荒れた。さっきまでの取り繕った態度を投げ捨てた心からのシャウトだった。しかも完全な八つ当たりだ。色々鬱憤が溜まっていたらしい。
色々重要なことを口走ってた気もするが、アラトが言いたいのは1つ。
「なんだよ、一般人のくせに偉ぶってたのか。さっきまでの俺のミジンコ並みの敬意を返せ」
『そんなちっぽけな敬意返す必要ないでしょっ!? んでぇ!? 質問は終わりぃ!?』
最早隠す気もないようで、苛立ち全開である。ゼェハァ言っていた。
少し苛立っているのはアラトも同じだが、ここは大人(?)なアラトが引いてあげることにした。
「いや、まだまだある。あんたの言葉通りだとするなら、ここでは《マスパラ》の『魔法』と『技巧』を使えるってことでいいのか?」
『ふー、ふー。……ええ、そうよ。この世界では《マスパラ》の魔技が使えるわ。『受動技巧』が発動してるのわからない?』
最低限の理性を取り戻したのか、モリンシャンが荒く息を吐き出しながら答える。
そう言われてアラトも気がつく。確かに『受動技巧』が働いてる。
「んじゃ次。さっきかなりのプレイヤーと魔力的に繋がった感じがしたけど、どれぐらいこっちに引っ張ってきた?」
ここまでくれば、先ほどの繋がりはプレイヤー同士の物とわかる。行き先はかなり多かった。感覚では全てを捉えきれないくらいに。
というか、多数の魔力が混ざって感じ取れるためか、正直怖い。夥しい数の攻撃魔法を目の前にしている気分だ。
『えーっと、時間もなかったし強引に飛ばしたから正確な数はわかんないけど……多分数百万? もしかしたら1000万行くかも』
「おいおいマジかよ……全プレイヤーの数十%の可能性もあるのか………レベル帯はわかるか?」
『ログインしてたトッププレイヤーは間違いなく連れてきた。まあ数が一番多いのがボリュームゾーンなのは当然だけど』
「魔王が魔物を蔓延らせてるって言ってたな? それは《マスパラ》に存在しないモンスターだったりする?」
『そうね、そこはゲームと違う。ゲームにいたモンスターもいるけど、いなかった種もいる。半々くらいかな』
すでに友人同士が会話している様な空気である。
アラトの質問は続く。
「新種モンスターの強さもバラけてるだろうからそれはいいとして……この世界の食糧事情は大丈夫なのか? 一気に数百万も人が増えたらヤバくないか?」
『あ、それは大丈夫。この世界無駄に食料自給率が良くて、かなりの世界人口なのに1年の収穫で2年は保つから。しかも比較的豪勢にやってね』
へぇ、とアラトは感心しながら話を聞いていた。興味深い内容ではあったが、今気にすべきはそこではない。
もう少しでアラトの質問も終わる。
「地形は《マスパラ》とほぼ一緒か?」
『そうね、ほとんど違いはないと思ってもらっていいわ。魔王がどこにいるのかは教えられないけど』
「それも制限か……俺達は元の世界に帰れるんだよな?」
『大丈夫、あたしが魔力を溜めればきちんと帰せるよ。あなた達は元々向こうの人間だから戻す方が簡単だしね。もし残りたい人がいたら残すことも可能だけど。戻す時はあなた達を1箇所に集めて、どうするかあなた達の前で直接訊くから』
「取り敢えず訊きたいことはあと2つだ。これは無理なんだろうが、俺達を直接魔王の下に転移させたりはできないのか?」
『まずこっちに引き込むのに全力で魔力を使ったから魔力を溜める必要があるのと、魔王の近くに転移させてからさらに地球に戻すために魔力を溜めるってなったら多分3年くらいかかるよ?』
「一応不可能ではないのか……やる意味が薄いってことね。よし、最後だ。この世界で死んだら、俺達はどうなる?」
その質問をした瞬間、魔力の繋がりを通して強い緊張が伝わってくる。
プレイヤーは今までも緊張していたのだろうが、この質問は聞き逃せないから尚更のようだ。
『死ぬよ、もちろん。ここはゲームの中じゃないんだから。今のあなた達は、データであり生身である存在だからね』
───アッサリと。躊躇いもなく、モリンシャンはそう言った。
動揺が繋がりから伝わってくる中で、アラトは特に変わった風もなく言葉を発する。
「そうか、わかった。俺からはもういい」
『はーい。他のプレイヤーは何かある? ないなら接続切るわよ。こっちはなけなしの魔力使ってんだから』
『すまん、俺からもいいか』
すると、渋みのある声が頭の中に響いた。
アラトは、今の状態がパーティーチャットに近いものであることを理解する。
この声の持ち主はよく知っている。
恐らく、今も顰めっ面で声を出しているのだろう。
『はいはい、何? 簡潔にね』
『うむ。サポートNPCはどうなっている?』
《マスパラ》では、プレイヤーは1人だけサポートNPCを設定できる。
自分の弱点をカバーできるタイプのキャラを作るのが一般的だ。
中には完全なネタビルドにする者もいるが。どこぞの『無職』プレイヤーのように。
『それなら、あなた達をシステム的に引っ張ってきた様なものだから、付いてきてるはず。どうやったら呼び出せるのかとかはわからないけど』
『うむ、そうか……。了解した』
『他には?』
……誰も声を上げる様子はない。
『ないようね。なら最後に確認ね。お願いするのは魔王の討伐。冒険者になるのが一番手っ取り早いわ。あと、メニュー機能の一部は使えなくなってると思うから、そこは確認しておいた方がいいと思う。この世界はゲームじゃないんだから。じゃ、よろしくね』
その言葉と同時に、魔力的な繋がりが切れた。
アラトは今後の方針を考える。
(うーん、取り敢えずメニューとかの確認して……あと仲間を探さなきゃな。そのためにもでかい街に行きたいところだ。『転移』で行けるか? それと、俺の目標だが─────)
(────神殺しだな)