模擬戦 3
こんにちは。ごぶりんです。
月一投稿と化している今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか(ありがちな挨拶)。
盛り上がってきた模擬戦、どんどん激しい戦いになっていきます(多分)。
では、どうぞ。
少し時を遡って、地上では。
キララがやると言ったアレが、今まさに呼び出されようとしていた。
「『上位上級闇魔法・暗黒不死鳥』! 行くですっ!!」
クリリも黙って見ているわけではない。半ば悲鳴のような詠唱で、闇で形作られた不死鳥をキララに向かって飛ばし妨害に使う。
キララはそれを────迎撃しなかった。
「くっ、全然嬉しくないのです……!」
完っ璧に直撃したが、キララが受けたダメージは大したことはないだろう。避けもしなかったのがその証拠だ。そして────。
「『中位特級獄炎魔法・遠速の鳥:スザク』! 来いっ!!」
キララの呼び声に応えキララの背後に炎が燃え盛り、瞬時に消失する。そして身体の端々から炎を溢す真っ赤な鳥が姿を現した。スザクと呼ばれたように、中国の伝承にある朱雀に姿は酷似している。
その鳥が、閉じていた瞳を開く。
『……呼びましたか、マスター?』
「そりゃーな。呼ばなかったらここに顕現できてねーだろ」
『それもそうですね。他は?』
「これから」
『なるほど。ではそれまで私は何を?』
「クリリの魔法を適当に撃ち墜としといてくれ」
『了解しました。模擬戦か何かですかね』
「察しが早くて助かるよ」
呑気に会話している2人に、クリリからの魔法が飛ぶ。
「『上位上級激流魔法・海王の勇槍』ですっ!!」
『……マスター、なるべく早くあの青いのをお願いします。クリリちゃん、全力で私を潰す気ですよ』
スザクと『海王の勇槍』では、属性の相性的にクリリが圧倒的に有利である。
「ま、お前らが揃うまでならクリリでも何とかできる可能性はあるからな。揃ったらクリリじゃ無理だと思うけど」
『さすがに揃った状態で負ける気はしませんね……『獄炎砲』、と』
詠唱もせずにスザクがぶっぱなった『獄炎砲』が、ものすごい勢いで迫ってきた水を纏った鋼鉄の槍を跡形もなく消し飛ばす。その時に水蒸気が発生したのだが、それはスザクの羽ばたき1つで散らされた。
キララが呼んだこのスザク、下位特級までの獄炎魔法であれば名前を言うだけで発動できるのだ。MPの消費なども必要としない。見た目は純粋に朱いが、伊達に獄炎魔法で呼び出されてはいないわけだ。ちなみに、『獄炎砲』は下位特級である。
単品でもかなり強力なスザクだが、真の使い方はそうではない。
「『中位特級激流魔法・翠命の龍:セイリュウ』! 次はお前だ!」
ドオッ! という音とともに膨大な量の水が何処からともなく湧き出し、キララの右側に集まる。水が霧散するとそこには、鋭い牙が生え揃った口の中に水を蓄え、2本の髭と爪、尾の先に水を纏わせた緑色の東洋の龍が蜷局を巻いて器用に座していた。これも中国の伝承にある青龍に姿は似ているが、こちらはその性質が全然違った。これの性質は、呼び出された魔法からわかるように、水だ。
セイリュウが、最初からクリリの方に向けていた頭を振ってからその眼を開いた。
『うっひょおー!? クリリたんじゃねえか!? 呼び出されて最初に見る顔がクリリたんのものとか、超ラッキィィーッ!!』
その恐ろしい口を開いていきなりこんなことを抜かしたセイリュウに、キララは呆れと侮蔑と嫌悪と落胆と殺意がごちゃ混ぜになった瞳を向けて低く呟く。
「オイうるせー黙れふざけたこと抜かしてんじゃねーよ殺すぞ」
『おっ、マスター。相変わらずロリロリしてんねえ。すげえいいと思うぜ』
キラッと効果音がしそうな程爽やかな声のセイリュウに、キララが明確に殺意を向ける。
「よーしわかった死にてーんだなそれならそーと早く言ってくれりゃーいーのになーこれで心置きなく殺れるぜー」
『マスタァァァー!? 待ってください! 落ち着いて!? ほら、青いのも謝りなさい!』
半眼になってセイリュウの殺害を宣言したキララを慌てて宥めるスザク。
そんなドタバタしている連中に向けて、クリリから魔法の連撃が飛ぶ。
「『上位上級岩石魔法・岩石乱舞重連撃祭』、『上位上級激流魔法・海王の勇槍』、『上位上級激流魔法・海龍の咆哮』────ッッッ! ですっ!」
キララの立つ地点とそのちょうど真上の空間に魔法陣が出現し、キララ達を挟み込むような形になる。さらにクリリの右手側に巨大な槍が、左手側には龍の頭のような物が出現し今まさに何かを解き放とうとしていた。
「……ほらお前ら、対処」
『はいマスター。青いの、貴方は激流魔法の2つをお願いします。事態をややこしくしたのだからそれくらいはしなさい』
『へいへい。朱いのはいちいち煩えんだよなあ。言われんでもマスターは護るっての』
ボソッと呟かれたセイリュウの言葉に、スザクが敏感に反応する。
『グチグチ言わない! さて、『此処は全てを燃やし、溶かし尽くさんとする境界なり』発動』
『はあ……俺は俺であって、海龍じゃねえんだけどな。まあいいや。『真海龍の怒号』。……これで押し返せるかね?』
知らないよそんなの、という意の返答がキララとスザクから放たれる。そんなことをしているうちに、クリリの魔法が襲いかかってきた。
上下の魔法陣から次々に飛び出してくる鋭利な岩は、スザクが発動した『下位特級獄炎魔法・此処は全てを燃やし、溶かし尽くさんとする境界なり』によって阻まれ、その原形がわからなくなる程に溶かされる。
残り2つの激流魔法は、セイリュウの使った『下位特級激流魔法・真海龍の怒号』1つで吹き散らされ、バラバラにされてしまう。
既に、キララとクリリの戦力に多大な開きが生まれてきていた。
これにはキララも疑問を覚え、言葉にして訊ねる。
「あれ? お前ら、こんな強かったか? 2体くらいならクリリでもやれると思ってたんだけど……」
『それは恐らく、マスターご自身が強くなられたからでしょう。熟練度自体は上がっていませんし、他に私達が強化されるような要因が思い浮かびません』
『まあ、そんなことどうでもよくね? これ模擬戦だろ? ならちゃっちゃと残りの連中呼び出して終わらせちまおうぜ』
くぁぁ、と盛大に欠伸をかますセイリュウ。その様子に青筋を(どうやってか)立てたスザクが翼でセイリュウの頭を引っ叩く。
『模擬戦だからと言って手を抜いていいわけではありません! しゃんとしなさい青いの!』
『あーあー、朱いのは本当に煩えよなあ。お前は保護者かっての』
『こんの……!?』
2体の喧嘩が盛大な魔法合戦に発展する前にキララが止める。
「あー待て待て、止めろお前ら。ほら次呼ぶから。『中位特級暴風魔法・封戟の虎:ビャッコ』。来てくれー」
最早気の抜けた感じで魔法を発動させているキララだが、それに消費されるMPや呼び出される者の魔力量などは本物だ。物凄い威圧感がある。
キララの左側に荒々しい風が収束し、それが一直線に天に昇る。元の場所に視線を戻せば、風と雷を全身に纏った白い虎が可愛らしくお座りしていた。これまた姿形は中国の伝承にある白虎と似ているが、その性質は全然違う。このビャッコの性質は風。
『…………マスター、儂を呼んだかの?』
「スザクにも同じこと言ったけど、呼ばなかったら顕現できねーからな」
『それもそうだの。ふぉっふぉっふぉっ』
穏やかな老人のような声を発するビャッコ。荒々しい登場からは考えられない穏やかさだ。
『……ふむ。残りは玄いのだけのようだの』
「ああ。最後もすぐ呼ぶから、それまでそいつらが喧嘩したら仲裁しといてくれ。あとクリリからの攻撃の対処も」
何故か本来の目的がついでのようになっている不思議。
『…………青いの、朱いの。何か言いたいことはあるかの?』
ビャッコが静かな声を出す。
穏やかながらも怒りを抑えていることが1発でわかる声音だった。
『……いえ、何もありませんよ白いの』
『……そうだぜ、だからそんなに怒るなよ白いの』
スザクとセイリュウが軽く焦りながら弁明する。その間にもクリリが頑張って発動させた魔法が飛んでくるが、呼び出された3体はその悉くを叩き落とす。既にクリリは涙目だ。息も切れ切れである。
今までキララが使った3つの魔法は珍しい魔法で、冷却時間が共通している。つまり、『遠速の鳥:スザク』『翠命の龍:セイリュウ』『封戟の虎:ビャッコ』は間断なく連続で使うことはできないわけだ。まあ、基本的に一緒に使うことを前提としているため冷却時間は多少短めだが。
そして、最後の冷却時間が終わる。
「ほい、行くぞー。『中位特級岩石魔法・弩濤の亀:ゲンブ』。来いー」
間延びした呼び声に、大地が呼応する。キララの目の前の地面が突如隆起し、一挙に爆発四散する。その現象を引き起こした張本人(?)は大地を踏みしめ雄叫びを上げる。
『うおおおおおお──っっ!! 俺様の登場だぜえええぐげええええ────っっっ!?』
雄叫びの後半はただの呻き声に変わった。
甲羅に突き刺さる炎の槍、渦巻く水の矢、紫電を纏う風の針のせいだ。
『なっ、何すんだよ!?』
蛇が這い回る甲羅を持つ玄い亀────これまた玄武に姿は似ていても性質の違う存在────は頑張って後ろを振り向きながら抗議の声を上げる。
『貴方はいちいち煩いです、玄いの』
と、スザク。
『お前は喧しい登場しなきゃ気が済まねえのか、玄いの』
と、セイリュウ。
『玄いのはいつまで経っても騒がしいの……いい加減静かにできんのか? ええ?』
と、怒気を滲ませるビャッコ。
『ひ、ひええ……すっ、すすすみませんんんん……!』
元気に登場した割には大人しく引っ込むゲンブ。
完全に他3体からの威圧に怯えていた。
ちなみに余談だが、スザク達は魔法の使用者によって個体が違う。性格や話し方など、僅かながら差異があるのだ。ただ契約しているのとも少し違う。こいつらとはそれぞれの魔法を入手した直後に精神世界で出会うことになるのだが、そこで色々あって魔法を使えるようになる。戦って力を認めさせろとか、話をしようとか。そこに一番の個体差が現れると言えるだろう。
「はぁ……ま、色々あったがちゃんと呼び出せたな」
キララはため息を吐き、一呼吸おいてから表情を切り替える。
「南のスザク、東のセイリュウ、西のビャッコ、北のゲンブ……。『総方護司顕現・四神招来』ッ!!」
キララがそう唱えた直後、スザク、セイリュウ、ビャッコ、ゲンブのそれぞれが線のような物で繋がれる。ただ繋がれただけではない。傍目からわかるくらい存在感が増している。
これこそがこの4体の真の使い方。単騎でも十分強いが、こうなると次元が違う。
まず、それぞれが詠唱・MP消費なしで中位特級までの自分の属性の魔法を使えるようになる。お互いの考えが口にしなくてもわかるようになり、それぞれの物理戦闘力も向上する。また、魔法の使用者であるキララとの通路が発生し、魔力の循環が活発になることで自動回復の量も速度も上がる。さらに、魔法の使用者のキララがMPを一定量以上提供した場合、四神が上位特級魔法を使うことも可能になるのだ。
しかしデメリットもあり、四神の誰か1体が撃破されるだけで四神全員が消滅する。まあ、また魔法で呼び出せる存在ではあるのだが。さらに撃破された時、魔法の使用者はその撃破された四神の最大HP分のダメージを受け、その四神の最大MPの半分のMPを毎秒、四神が召喚されてから存在していた時間だけ消費し続けることになってしまう。
なので、四神が殺られそうになったら自分で最後に召喚した四神を撃破するプレイヤーも多い。なるべくデメリットを減らすためだ。逆に、四神を召喚されてしまい『総方護司顕現・四神招来』を使われてしまったら、最初に呼び出された四神を攻撃するのがいいと言えるかもしれない。故にこの魔法を使うプレイヤーの多くは、四神を召喚する順番にまで気を配ることが多いなんて話もあったりする。
「よし、これで準備完了。これやるのは久々だが、問題ないな?」
『問題ありません、マスター』
『おうよ、いつでも行けるぜ』
『うむ、特に問題はないかの』
『しゃぁんでもありませんっ』
四神が口々に答える。何やらゲンブだけおかしかったが……どうせ以心伝心を使い「煩い黙れ」というようなことを他3体に言われただけだろう。
「────んじゃ、行くぜ。クリリがどこまでやれるか見てやろう」
『『『『はい、マスター』』』』
────圧倒的な戦力による、クリリの力試しが始まる────。
「さてと────────ん?」
何やら特別強大な魔力を感じ、眼下を見つめるアラト。
その視線の先には────。
「うっわ、四神かよ……えげつねえ」
アラト自身は四神を使うことはできないが、四神を使えるプレイヤーと協力してボスモンスターと戦ったことがある。その時の経験から言わせてもらうなら────『四神招来』をバッチリ決められてしまった場合、少なくとも特級は使えなければ話にならない。手数の多さが異常な『無職』ならあるいは……いや、それでもないだろう。『四神招来』をしても各四神が回復するわけではないため、事前にダメージを与えることができていれば何とかなるかもしれないが……。
まあそういう理由から、レベル的に上級までしか使えないのであろうクリリを相手にそれは大人気ないんじゃないかなぁ────とか何とか考えていたアラトだが、これから自身も見る者が見れば「えげつなっ!?」と絶叫するようなことをやろうとしていることには全く気付いていない。
「まあ、向こうを気にしてても仕方ない。こっちはこっちでやらなきゃな……。『下位中級召喚魔法・智慧ある双剣』。────来いっ、ドーズ! ソーズ!!」
バッ! と両腕を広げたアラトの手の先に『異次元への穴』が出現し、そこから2振りの剣が出てくる。どちらも美しい装飾が施されていながら、業物であると感じさせる輝きを放っていた。細身の両刃剣がアラトの右手に、肉厚の片刃剣がアラトの左手に収まる。
ここで、《マスパラ》における召喚魔法について説明しよう。
《マスパラ》の召喚魔法には、大きく分けて3つの役割がある。
1つは、他の魔法と同じように決められたMPを消費して運営が設定した効果を発揮すること。例えばそれは『上位下級召喚魔法・猛る鬼火』であったり、『中位上級召喚魔法・砂漠の覇蛇』だったりするわけだ。恐らく召喚魔法として一般的なのはこれなのだろうが、《マスパラ》でこの召喚魔法の使い方をする者はほとんどいない。そんなことをするより、自分を強化して戦う方が強いことが多いし、楽だからだ。召喚した物との連携なども必要ないわけだし。
2つ目は、使役魔法で従えたモンスターやイベントで入手した意思のある武器などを呼び出すことだ。今回アラトが使った2回の召喚魔法は、どちらもこの役割である。
3つ目は、使役魔法で従えるとか支配するとかそんな次元ではない相手に、契約することで力を貸してもらう時に呼び出すこと。こちらには呼び出しておける時間に限りがある。
そして、2つ目と3つ目の両方に言えることなのだが────喚び出す際の召喚魔法の階級は、低ければ低いほどいい。
例えるなら……500円の物を400円に値切れる人と300円に値切れる人。どちらの方が値切るという能力において優秀か?
恐らく、ほぼ全ての人が300円に値切れる方と答えるだろう。
この場合、500円に相当するのが対象を召喚魔法で喚び出すのに適当な本来の階級。300円に相当するのが喚び出す際に行使する召喚魔法の階級。そして値切る能力がプレイヤーの実力に相当する。
魔力とは、エネルギーだ。だから炎を生み出せるし、風を発生させることができる。ゲーム的観点で言うなら、熟練度が上がればMPの消費が僅かながら抑えられるのは魔力の変換効率が上がるからであり、詠唱もただ魔力の変換効率を上げる手助けをしているだけに過ぎない。そしてそのエネルギーを与えることで対象に働いてもらうのが召喚魔法である。少ないエネルギー提供で働いてもらうには、その条件で対象を納得させるプレイヤーの実力が必要不可欠だ。
以上の理由で、使役しているモンスターや、所有している意思のある武器を喚び出す際に使用する召喚魔法の階級が低いプレイヤーは一目置かれたり警戒されたりする。実力が高い証明になるからだ。
そして今アラトが召喚した《智慧ある双剣》の召喚に必要な本来の階級は────中位上級は下らない。それを下位中級にまで抑えているのだから、見る者が見ればえげつないことこの上ないわけである。
余談だが、《智慧ある双剣》よりも『呪われた武器達』の召喚コストの方がかかっている理由は、純粋に数の差だ。3つでやっと中位中級なので、1つ1つは中位初級か上位初級というところだろう。もちろんこれも本来の階級はここまで低くない。
ちなみに、意思のある武器に実力を見せる時アラトは補助魔法によるブーストを掛けまくっている。素の状態ならアラトはクシュルに勝てるかどうかも怪しいことを忘れてはいけない。
アラトの右手に握られた両刃剣が、思念を発する。
『…………。ふむ、久しいな主よ。最後に喚び出してくれたのは半年程前だったか?』
「あー、もうそんなになるか。いや、お前らが必要になるような場面がなくてな。すまん。久々だが問題ないな? ドーズ」
細身の両刃剣ドーズから、頷くような気配が漂う。
『うむ。一切問題ない』
と、そこでアラトが左手に握る片刃剣が口を挟む。
『ギャハハ!! 久々に暴れるぜぇ!! いいんだよな旦那ぁ!?』
「ソーズ、お前なあ……まあ、程々にな」
粗暴な雰囲気を思念からぷんぷんさせているのは、肉厚の片刃剣であるソーズだ。
これにはドーズから叱責が飛ぶ。
『こら、ソーズ。もう少し口調をていねいにしろと何度言えばわかるのだ?』
『ドーズもわっかんねぇ奴だなぁ。俺のこの喋り方は治んねぇよ。それに旦那にも許しもらってんだから問題ねぇだろ』
『む……』
アラトの名前を出されてしまうとドーズにはもう何も言えない。
(思念の)ため息を1つ吐くと、ドーズは先程から気になっていたことをアラトに訊ねる。
『ところで主よ』
「ん? なんだ?」
『ここは何処だ?』
「ああ、模擬戦するために俺が作った『異次元地域』だよ。そこでさらに『闘技場作成』を使ってる」
アラトは簡潔に説明する。だが、ドーズは頭を振った。
『そうではないのだ、主。この世界は何処だ? という質問だ。元の世界ではなかろう?』
アラトの瞳が驚愕に見開かれる。
「ドーズ、わかるのか!? ……いや、そう言えばクシュルも把握できてたな。理屈じゃなく感覚でわかるのか……? ソーズ、お前も?」
アラトがソーズに水を向ける。
『ん? ああ。喚び出された瞬間にいつもとは何か違ぇなってのはわかったぜ』
「ふぅん。……これは、1度各グループの誰かを召喚して事態を伝えた後、皆に説明させた方が良さそうかな」
そんな会話をしていると、前方から何かが飛んでくる。……クシュルに襲いかかって行った『呪われた武器』達だ。何処となく泣いているように見える。アラトにはハッキリと泣いている、もしくは落ち込んでいる姿が見えた。
完全に負けて逃げ帰って来た3つの武器を眺め、アラトは複雑な表情で頭を掻く。その間、アラトの手を離れたドーズはふわふわと宙に浮いていた。
「うーん……あれだけ手負いのクシュルでも倒せなかったか……クシュルが強くなってたことを喜ぶべきか、俺の武器達が敵わなかったことを嘆くべきか」
そうアラトは呟いて、自分に泣きついてくる武器達に優しく微笑む。
「まあ、お疲れ。今手当てはしてやれないけど、ゆっくり休んでくれ」
アラトが出現させた『異次元への穴』に、西洋剣と木槌は泣きじゃくりながら、鎧兜は落ち込みながら入っていく(アラトにしか見えないが)。
鎧兜の姿が『異次元への穴』に消えた直後、クシュルが全力で斬りかかって来た。
「────フッ!!」
「んっ」
ギャリッ! という音が響く。アラトがドーズとソーズを用いて、外側から挟むように斬り込まれた内在魔法展開状態の《兎人の二双高剣》を受け止めたのだ。
(この威力……! クシュルのやつ、補助魔法を使ったな?)
アラトはクシュルの一撃の重さの理由を瞬時に看破する。
「クシュルが元気そうで何よりだよ」
「ししょーのおかげでまだまだ全回復には程遠いですけどねっ!」
アラトとクシュルが互いに皮肉を言い合っていたところに、ドーズが割り込む。
『やあクシュル嬢。久しぶりだね、8ヶ月ぶりかな?』
「そうですね! そのくらいだと思いますよ、ドーズさん!」
『しばらく見ねぇうちに嬢ちゃんも強くなってんじゃねぇか!!』
「その嬢ちゃんって呼び方止めてもらっていいですかね、ソーズさん!!」
アラト達とクシュルは、拮抗していた。
────いや、ドーズとソーズが拮抗させていた。
『さて、挨拶も済んだことだ……そろそろいいだろう? ソーズ』
『おうよ』
そのやり取りにアラトとクシュルが怪訝な表情を浮かべる────その間もなく、ドーズとソーズがクシュルの双剣をあっさり弾き返す。
「んなっ……!?」
クシュルの素っ頓狂な声でアラトは我に返り、取り敢えず距離を取るために全力でヤクザキック。クシュルを吹き飛ばすことに成功する。吹き飛ばされたクシュルは観客席に突っ込み、その辺りを粉々にする。
「お、おまっ……お前らっ!? 何今の!? お前らそんなに力強かったか!? てっきり、ギリギリ押し返せるくらいだと……」
『ふっふっふっ…………』『ククククク…………』
『智慧ある双剣』が自律して動けることはアラトはもちろん知っている。《智慧ある武器群》や《呪われた武器群》の強みはそこにあるからだ。武器が自律して動いてくれるため同時に複数方向から攻撃することもできるし、今のようにプレイヤーの腕力だけでは押し返すのが困難な攻撃を協力して押し戻すことだってできる。
だから、アラトが驚いているのはそこではない。
ドーズとソーズ……この2振り、最後に使った時から間違いなくパワーアップしている。
────何故だ、まさかこの世界へ転移したことが影響を?
混乱しつつも様々な推測を頑張って立てるアラトを尻目に、ドーズとソーズの2振りは不敵に嗤う。
『今の我々にはそれくらい容易いことなのだよ、我が主。何故なら……』
『何故なら俺達は……』
2振りはタイミングを合わせ、同時に思念を発する。
『『この半年間、『異次元地域』でお互いを鍛えていたからだ!!』』
「…………」
顔があれば間違いなくドヤ顔しているであろう2振りを無表情で見つめながら、無言を貫くアラト。
『どうだ主よ? 再び我らと相見えてみるか?』
『今なら旦那相手にも相当いい戦いができる気がするぜ! さすがに勝てはしねぇと思うけどな!』
「……………………」
《智慧ある武器群》や《呪われた武器群》を使用するためには、実力を認めさせるために武器と戦闘して倒す必要がある(中には追加で細かい条件が定められている場合もある)。
基本的には召喚魔法を使える者が挑戦するこれらの試練は(召喚魔法が使えないと不便なことこの上ないためだ)、ベースとして確立された2つのやり方のどちらかがいいとされている。
その1、初戦闘でケリをつけるために全力で戦う。
その2、1度目を相手の戦い方や強さを調べるために捨て、2度目で全力で勝ちに行く。
この2つだ。
どちらにもメリット・デメリットがあるので双方の比較ということになるが、
その1のメリット:戦闘は1度で済むので単純計算で時間が半分、デスペナルティが発生しない、相手にこちらの戦い方がバレていないなど。
その1のデメリット:相手の戦い方がわからないため苦戦する可能性がある、もし勝てなかったら現状ではその武器を使うことは困難であると示されてしまう、相手の行動パターン変更が設定されていてもわからないなど。
その2のメリット:相手の戦い方を把握できる、相手の強さから全力の自分が勝てるかの予想を立てることができる、対策が必要な特殊攻撃があった場合でもその対策を立てられる、相手を削ることができればの話だが相手の行動パターンの変更を知ることができるなど。
その2のデメリット:相手にこちらの戦い方がバレる(《マスパラ》はこういうところでプレイヤーが一方的に有利になるような仕様にしない)、戦闘離脱に失敗し倒されてデスペナルティが発生する可能性がある、2度も戦闘するため時間が余計に掛かってしまうなど。
と言ったところだ。
アラトは前者、その1の方法をいつも取っていた。正直なところ、『無職』であるアラトではそこそこ頑張らないと相手の力を引き出す前に殺されてしまう。それでは試しに戦う意味が薄れるだろう。あと、時間をそんなに掛けていられないという事情もある。全力でどこまで、どんなことをやれるのか。それを色々な戦闘で反復・把握しないとお話にならないのが『無職』という職業なのだ。
そんなわけで、戦闘スタイルやら何やらを知られてしまった今、《智慧ある双剣》を相手取っても以前よりいい結果にはならないだろう。しかも相手は強化されたという。アラトは思う。アホかと。どこの世界にこの条件で再び戦う奴がいるというのか。再戦すると、1回目の結果はリセットされる。つまり負けたらこの《智慧ある双剣》はアラトの物ではなくなるのだ。やるわけがない。
憮然とした表情で無言を貫くアラトに、ドーズとソーズも違和感を覚えたようだ。恐る恐る話しかける。
『あ、主……? どうしたのだ……?』
『……旦那? 気分でも優れねぇのか?』
「……………ふんっ!」
──そんな2振りに、アラトは双剣の腹同士を打ち付け合うことで応えた。
『うぐぉっ!? な、何をするのだ、主!?』
『あぎゃあ!? 痛ぇじゃねぇか旦那ァ!?』
「っるせえ黙ってろ!! んだよそんなことかよ!? ドヤ顔して他人様を不安にさせてんじゃねえぞてめえら!! 「パワーアップしたぜドヤァ」とか言ってる奴ら相手に再戦なんざするわけねえだろ考えろ双剣!!」
と、猛烈な勢いで捲したてる。頭に血が上りすぎて口調も荒々しい。アラトらしくはなかったが、仕方のないことかもしれない。『この世界に転移してきたことで武器達に何かしらの影響があるのかもしれない』と真面目に心配したのに、蓋を開けてみれば特訓しただけでしたとなれば、何もなくてよかったという安堵と、紛らわしい! という思いから怒鳴りたくもなるだろう。
体勢を立て直し、恐らくだが持続型HP回復ポーションの事前服用などの準備を終わらせてクシュルが駆けてくるのがアラトの視界の端に映る。
だがアラトはそれを無視し、2振りへの説教を続ける。
「大体なぁ、お前らは────ッ!?」
そして、すぐに中断せざるを得なくなった。何故なら。
(下方左後方から、殺気────!?)
アラトは殺気の方を確認することなく、両手に持つ双剣をそちらに向けて投げる。
そういえばいつの間にか、地上から絶え間なく響いていた爆音が聞こえなくなっていた。
「ドーズ、ソーズ!! 頼んだ!」
『承知!』『任せとけ!』
2振りの返答を受け、自分はクシュルを迎え討つために飛んでいく。
この模擬戦も、そろそろ終わりに向かっていた。
いかがでしたか?
これからもせめて月一ペースは守っていきたいなぁ……。