模擬戦 2
お久しぶりです、毎回この言葉を言ってますごぶりんです。
いやぁリアルがクソみたいに忙しいです。
いやまあ忙しくなくても投稿ペースは遅いんですが。
アラト達がはしゃいで戦ってます。
誰が勝つか軽いノリで予想しながら読むのも面白いかも知れませんね。
と言っても、大体予想できる展開になってしまうと思いますが。
では、どうぞ。
──一方その頃。
「『下位特級深淵魔法・重力爆撃砲』ッッ!!」
「『中位上級土魔法・地爆振動』なのですッ!!」
キララの指先がクリリを照準する寸前、クリリの魔法によって不規則に地面が揺れる。その振動のせいでたたらを踏んだキララから放たれた漆黒の弾はあらぬ方向へ飛んでいき、着弾。その地点を爆破して吹き飛ばした直後、その周囲10mが陥没した。その結果を見ることなく跳び退ったキララが立っていた地点が爆発する。石礫を全て回避したキララはクリリに指を向け、クリリもまた視線を返す。
──地上では。
「『中位特級岩石魔法────」
「『上位上級獄炎魔法────」
──2人が、全力で魔法を撃ち合っていた。
「────岩石破鎚絨毯爆撃』────ッ!!」
「────獄炎殺壁』ですっ!!」
……時は、少しだけ遡る。
「ぐっ……!?」
前触れもなく起きた爆発に吹き飛ばされたキララは、自分の身体を這いずり回ろうとする黒い炎を振り払う。
「ちっ……『下位上級獄炎魔法・翻る獄炎蛇』!」
キララに纏わり付いていた黒い炎が蛇を形作り、クリリに向かって飛んでいく。だがしかし、その黒炎蛇はクリリにぶつかる前に弾けて消えた。
「面倒くせーな。『中位上級岩石魔法・岩石針罰』」
クリリの防護魔法を貫通するため、『岩石針罰』を使って攻撃するキララ。この魔法は『灼獄新星』と同様に、魔法の護りを喰い破る。クリリの周囲の地面が盛り上がった瞬間、何かに気づいたクリリが全力で斜め上に跳び上がった。その直後、クリリが元いた場所が剣山のようになる。冷や汗を流すクリリだったが、安心するのはまだ早かった。
「『下位特級獄炎魔法・黒炎痛苦鞭』」
こちらがキララの本命。キララの魔法に従い出現した5本の鞭は、1本がキララの手に、残り4本が独立して宙に浮く。これを使えば、上空にいる2人を狙うこともできるのだが──キララは全くそんなことを考えていなかった。
「行け。……『上位特級火魔法・加速炎迅』!」
痛苦鞭に小さく端的に命令を下すと、自身に速度強化の代わりになる魔法を掛ける。キララの脚に機械的なグリーブが、腕にガントレットが装着される。グリーブは踵部分と踝の部分、足の先の部分と脹脛の部分から火を溢していた。またガントレットは、掌と手の甲側の手首部分、そして手首と肘の中間地点から火を溢している。
ゴウッ! と。グリーブの全部分と、後ろに向けた左掌から炎を噴出させて一気に加速しながら、キララはクリリに肉薄する。
(ううん、めんどくさいのです……。でも、対処しなきゃですし。これは、あまり得意ではないのですが……)
迫り来る4本の黒炎鞭とキララを視界に収めながら、クリリも負けじと魔法を使う。魔法使いは、魔法を使ってこそだ。
「『上位中級熱魔法・熱冷気防御膜』。……からの『下位上級激流魔法・水龍の隔壁』なのですっ!!」
薄い膜のような物がクリリを包む。
と思った一瞬でクリリの足元に大量の水が出現し、それが流れを持ってクリリを包む球体となる。
タイミングを見計らって展開したクリリの魔法は、キララに黒炎鞭の攻撃を止めさせる時間を与えなかった。
「しまっ────」
キララが炎の噴出方向を真逆にし、その場からの撤退を図る。
大量の水に、超高温の熱源をぶつけたらどうなるだろうか?
答えは簡単、水は一気に蒸発し────膨大な量の水蒸気になる。そうして生成された超弩級の体積の水蒸気は、周囲の空気を押し出してしまう。まるで爆風のように。
当然、その矛先はクリリにも向くが……彼女が対策していないはずもなかった。
「『上位上級暴風魔法・鷲獅子の覇嘴自恣』、行くですっ!」
ド ウ ッ ッ ッ!! という轟音と共に、クリリを中心とした一陣の風が吹く。それは意思など関係なく周囲に猛威を振るい、空間を掘削せんとするかのようだ。押し寄せる水蒸気は全て吹き散らす。熱気が来ても大丈夫なように対策は立てている。
キララもこれはヤバイと判断したのか、今までは温存していたらしい炎を景気良く噴き出し、さらに加速して一時離脱を図る。
かなりの距離を取れたと一息吐こうとしたキララだったが、クリリの追撃は既に始まっていた。
「ッ!?」
追い縋って来るのは、雷でできた蛇。見た目は小さく、デフォルメもされているため可愛らしいが、できれば相手にしたくない存在だ。なんせこいつら、雷で身体が構成されているからか最高で雷と同等の速度を出せるし、雷と同じVだから生身の人に当たれば基本一撃(《マスパラ》でのステータスを得ているためその限りではないかもしれないが)だし、行動に影響のない範囲で自身の構成物を遠距離から放ってくるしという相手にしづらい生き物(?)なのだ。
(クリリめ……ここで『駆り立てる雷光蛇』とはやってくれるなぁ!)
キララの予想通り、爆風で巻き上げられた砂煙に紛れてクリリが使った魔法は『中位上級雷魔法・駆り立てる雷光蛇』。使用者の熟練度によって数を変え、紫電を迸らせながら宙を駆ける強力な戦力だ。今回クリリが作り出したのは7体。最大が9体なので結構使い込んでいるらしい。
7体の『雷光蛇』は超スピードでキララに向かって奔るが、キララはそれらを全て見切り、フィギュアスケートのステップのような足捌きで躱してしまう。ただ躱すだけではなく、掌からバーナーのように噴射する炎で『雷光蛇』を蹴散らしていく。瞬間的に雷と同等の速度で奔る『雷光蛇』と渡り合えているのは、ひとえに魔法による加速と獣人族ならではの肉体の頑丈さ故だ。加速がなければ既に直撃を貰っているだろうし、肉体が脆ければ既に肩の1つや2つ外れている。4体目まで軽快に『雷光蛇』を吹き飛ばしていたキララだったが、5体目から動きが怪しくなる。『上位特級』で呼び出した加速装置だったが、さすがに残量が厳しくなるような量を使わされているらしい。5体目は何とか消滅させたものの、残り2体の攻撃を回避するので精一杯になる。さらに、そこに襲いかかるクリリからの追撃。
「『上位中級風魔法・疾風速弾』を喰らうです!」
散弾のようにキララに襲いかかる風の弾。キララはそれを、冷静に見つめていた────。
キララは、クリリの考えを見破っていた。
誰でも、「喰らえ!」と言って攻撃されれば躱したくなる。その心情に従って回避しようと思っても、ガス欠気味の『加速炎迅』では効果範囲の外まで逃れることは不可能。距離が離れていれば魔法で対処することも可能だろうが、今はそれも難しい。……つまり、『疾風速弾』の僅かな隙間を狙うしかない。そう思って見てみると、隙間とも言えないような、ギリギリ抜けられそうな隙間らしき物がある。これこそがクリリの狙い。ここに飛び込んだ瞬間目掛けて『雷光蛇』を突撃させて、キララを一時的に行動不能にする。そのあとは魔法を使いまくって叩きのめすだけ。仮に無理矢理『疾風速弾』を潜り抜けようとしても無駄だろう。あの小さいが貫通力に特化した弾丸を受ければ、僅かとはいえ動きが止まる。そこを狙い撃たれるのがオチだ。
しかし、それらがわかってもなお、キララは冷静だった。
(残念だったな。恐らく、弾幕の幅を広げることで相手の選択肢を狭めつつ、誘ってるのを疑われない程度の薄さをそこだけ作り出したんだろーが……そこに踏み込めば躱せるってことは、下がりながらそこに合わせるのでも躱せる可能性はあるってことだ)
キララは考える通りに下がり、『疾風速弾』を全てやり過ごす。そして、同時に飛びかかってきた『雷光蛇』に向けて炎を噴出する! 最後の意地のような炎の攻撃を受け、『雷光蛇』がその姿を保てなくなる。キララの方もグリーブとガントレットが消失したが、差し当たって問題にはならない。
そして、冒頭の場面に戻るのだ。
『獄炎殺壁』では防ぎ切れなかった岩石の群れが、クリリに襲いかかってくる。
「くっ……! 『上位中級氷魔法・内水爆氷』! ですっ!!」
クリリは続け様に魔法を使い、これに対処する。
岩石に含まれている僅かな水分を凝結、物理法則を無視して体積を増やすことで岩石を内部から破壊し落ちてくる破片は回避する。
ここまでを見ると、キララとクリリは互角、もしくは先に一撃加えているクリリの方が優勢に見えるかもしれない。
……だが実際は違う。一撃加えたとは言っても耐性的にキララへのダメージは大したことはないし、その証拠にまだまだ余裕がある。一転クリリは、余裕というわけではなくなってきていた。
その理由の1つは、使っている魔法の数だ。
キララが使う魔法1つに対して、クリリが対処のために使う魔法の数は1〜2つ。
数の上でも不利なのに、他にもレベルや種族によって生まれたMPの差や、魔法の熟練度の差が引き起こす消費MPの差。それらの1つ1つはあまり大きくない差が、今は積み重なってクリリを追い詰めようとしている。
(これは……ちょっぴりマズいかもです……)
クリリとしては、そろそろ念のために持続型MP回復ポーションを飲んでおきたいところ。しかしキララにはそんな様子が一切ない。クリリはキララとの間に立ち塞がる高い壁を実感していた。
(飲む隙を見逃してくれるでしょうか……? ……ええい、悩んでたってしょうがないのです!)
「『中位下級熱魔法・雲よ来い来い』ですっ!」
自分と相手の周囲の空気の温度をまとめて下げ、人工的に雲を作り出す。すぐに温度が上がって視界が晴れるだろうが……数秒を稼げれば問題ない。
「あー……あ、なるほど。なんかしたかったんだな。それも、魔法を使うようなことじゃねーな。それなら走りながら魔法を唱えるだけでいいもんな。てことは、メニューを操作するようなことか? 確かにアレ弄ってる間は無防備になっちまうもんな。なら……ポーションか。装備変更じゃねーだろーし」
雲の向こうにいるキララの独り言が聞こえてくる。クリリが何故こんなことをしたのかを疑問に思い、すぐに自分で答えに行き着いたようだった。クリリは舌打ちしたくなるのを堪えながら、とにかく不味いポーションを飲み干す。その2秒後、雲が消えた。
視界が晴れる。
髪に付着した水滴を頭を振って飛ばすキララの姿が目に入る。顔を正面に向けたキララはポーションの瓶を持ったままのクリリを見ると、嬉しそうな表情になった。
「やっぱMP回復が目的だったか。そろそろ回復すんじゃねーのかなーとは思ったんだよ。いやー、当たってよかったよかった」
「…………」
何も言わずにじっと見つめるクリリを見て、キララがニヤリと笑う。
「さーて、クリリ? そろそろ本気でやろーぜ。あたしは、アレをやる」
アレ。それを聞いたクリリの口元が、引き攣った。
「数は少ないが結構強いのと、そこそこの強さだけど数がアホみたいに多いの、どっちがいい?」
無邪気に、勝気に、そして苛烈に嗤うキララと対峙するクリリは、冷や汗を垂らしながらも気丈に答える。
「…………数が少ない方でお願いしたいです」
「りょーかい。────んじゃ、行くぜ?」
キララが微笑み口を開く。
その口が魔法を紡ぐ。
クリリは半分諦めながらも、それでも足掻こうとキララをしっかり見据えた。
自分を見据えて宙を駆けてくるクシュルを視界に入れながら、アラトは心中で魔法を唱える。
先程アラトが使った魔法、『上位特級無魔法・詠唱破棄』。これは変則的な魔法であり、『特定階級無魔法・詠唱関連』と呼ばれる魔法に分類される。『詠唱関連』の中では最上級魔法である『詠唱破棄』は、その名の通り詠唱を完全に破棄してしまう。消費するMPが膨大なものになるが、心の中で唱うだけで魔法が使えるので、速度が全然違う。現に今も。
(『中位中級無魔法・並行詠唱』。続けて、『上位特級無魔法・補助増大』。……『補助増大』は機能してるな、よし。次いで『上位特級無魔法・MP自動回復速度上昇』『上位特級無魔法・MP自動回復力強化』)
クシュルが一歩踏み出す間に、場を完成させる準備が整う。『並行詠唱』の効果を用いて、『MP自動回復速度上昇』と『MP自動回復力強化』を同時に唱える。『補助増大』も同じタイミングで唱えなかったのは、その効果を後に唱える2つにも反映させるためだ。そして、アラトは情け容赦なく全力で、全てを終えた。
(『上位特級無魔法・速度上昇』『上位特級無魔法・筋力強化』『上位特級無魔法・身体強化』『上位特級無魔法・動体視力強化』『上位特級無魔法・瞬発力強化』、『上位特級無魔法・移動速度上昇』『上位特級無魔法・脚力強化』────────────『上位特級無魔法・物理防御力強化』)
唱えられる限りの補助魔法を同時に唱えることを数回繰り返したアラトの身体から眩い光が一斉に噴き出し、それが空に溶けて消える。それを見たクシュルの顔が強張った。
(今の勢い……ししょーは間違いなく『並行詠唱』と上位特級での『補助増大』を使ってししょーが使えるありとあらゆる補助魔法を掛けた! ポーションの補正があるとはいえそれ程までに膨大な量の補助魔法を発動させることができたのなら、『MP自動回復速度上昇』と『MP自動回復力強化』も『並行詠唱』を用いて唱えていたはず! これは……マズイです!!)
クシュルは駆ける軌道を変え、アラトの頭上を通過するように動く。そしてその際、2つの魔法を唱えていく。
「『上位上級無魔法・身体強化』、『上位上級無魔法・脚力強化』!!」
激しい動きにも身体が耐えられるように魔法を掛け、全力で一歩を踏み出す。そしてアラトの後方で着地と共に切り返して突撃、《兎人の二双高剣》で斬りかかる!
右は上段からの振り下ろし、左は外から内の鋭い斬り込み。これは同数の武器を持たなければ両方対処することが難しい攻撃だ。しかも、内在魔法展開状態の《兎人の二双高剣》なら、夜の恩恵を受けた《宵闇の双短剣》程度なら切断できる。回避もあまり意味がない。回避とは、相手が攻撃の最中でこの位置なら避けられると判断して行うものだ。その前提を、空にいるクシュルはさらに踏み込むことで覆す。
このタイミング、この速度ならあるいは。
(────いけるかもしれません!!)
────そんなクシュルの考えを打ち砕くように。
「──甘いな」
アラトは振り向く。反時計回りに回転するアラトは、左手でクシュルの左手首を掴んで無理矢理引き上げた。
「ぇ」
カキッ、という小さい音が鳴って、クシュルの腕の動きが止まる。
アラトは、相手の剣を使って相手の剣を迎撃したのだ。そのまま刃を合わせて完全に押さえ込む。
呆然とするクシュルを前に、すかさずアラトは予備動作なく動いてクシュルの靴の上に両足を置いた。
クシュルがハッとして息を呑む。
だが、それは遅すぎた。
左手首を掴まれている関係から、クシュルの身体は少し捻れていた。左脇腹をアラトに晒す格好だ。そこに、両足を置かれた。いや、実際は置くなどという生易しいものではない。
クシュルの固有魔法『空は大地なり』は、クシュルが蹴ろうと思った空間に力場のようなものを作って足場にしているわけではない。クシュルの靴底に接している空間を自動で地面として扱うのだ。靴底と同じ大きさ、厚さ数cmの地面として。それは膝を曲げる動作の時は脚について行き、膝を伸ばす動作の時はその場に留まる性質を持つ。立っている時はもちろんその場に固定される。
クシュルが飛び跳ね続けるわけでもなく立っていたことと、空に着地することはあっても空に手をついたことはなかったことからその性質を推測したアラトは、完璧にクシュルを捉えた。
今アラトは『飛行』の魔法を使っているため、人に乗るということができない。人の上にいて接触していても、それは乗っているのではなく触れているに過ぎないのだ。
けれど、クシュルの足の上に触れ、下方向に飛翔し続ければ、それは乗る、抑え込むということになる。
抑え込まれたクシュルがどうにかして脱出できないかと無駄なことをしている間に、アラトは右腕を引き絞る。
「……クシュル、教えたはずだぞ? これはマズイって状況になったら────」
クシュルが慌てて右腕の《兎人の二双高剣》をアラトに突き立てようとするが、色々と遅すぎた。
「────どんなことをしてでも逃げろってな!」
アラトの腕がクシュルの腹に突き込まれ、ズドムッ! という音が広がる。クシュルが衝撃で胃の中の物を吐き出す間も、メリメリと拳をめり込ませ続けるアラト。
数秒後、拳を解いたアラトは、両手で軽くクシュルを突き飛ばす。トトトッ、とよろめいたクシュルは、腹を押さえて前のめりの姿勢を取ろうとする。
今回のルールで、殴られたことによる直接のダメージは疲労に変換されるが、殴られたことによってもたらされた嘔吐感と呼吸の一時停止は疲労に変換されない。クシュルが楽な姿勢を取るのも、仕方のないことだろう。
────だが、アラトは容赦しなかった。
「だから、何が何でも逃げろと言っただろっ!!」
左脚を振り抜き、クシュルの右頬を蹴り飛ばす。攻撃に技巧を使わなかったところを、優しさと取るかは微妙なところだ。
しかし、だからと言って追撃を弱めるわけではないらしく。
「『上位中級土魔法・幾千もの硬針』」
クシュルが吹き飛ぶ先の地点に掌を向けて唱えるアラトに応え、観客席後部の壁が変質・変形して数え切れない程の針を形作る。このままの勢いで突き刺されば、いくら獣人族といえどもただでは済まないどころか、ダメージが限界を超えてリタイアとなるだろう。
クシュルは朦朧とした意識の中、助かるために全力を尽くす。
「『中位上級風魔法・空気弾性包』……!」
多数の針を柔らかく包み込む空気の塊が、クッションのようにクシュルを受け止める。衝撃を完全に殺したクシュルは、荒く息を吐いて体勢を立て直そうとする。
そこに、アラトのさらなる追撃が襲いかかってきた。
「『中位中級召喚魔法・呪われた武器達』。どれでもいい、適当に3体来いっ!」
ポーション(恐らく即時型HP回復ポーション)を取り出して飲もうとするクシュルを見据えながらアラトが唱えた魔法に従い、アラトの目の前に『異次元地域』へと繋がる暗闇、『異次元への穴』が出現する。そこから、3つの装備品が飛び出した。
「…………。お、おう……お前らが来たのか……」
冷や汗を流しながらのアラトの呟きに、それらはガチャガチャと(どうやってか)音を鳴らして答える。
これは知っているプレイヤーもかなり少ないが、《マスパラ》に『呪いの武器』とは2種類存在する。
1つは、ただ呪いが掛かっているだけのもの。装備した者、手に取った者に呪いを撒き散らす、そこそこのパラメータと引き替えに呪いという負のステータスを付与する武器。忌み嫌われるこれを、ほとんどのプレイヤーは『呪われた武器』だと認識している。だが、それは正しくない。こちらは、ただの『呪いの掛かった武器』だ。
もう1つは、今アラトが呼び出した『呪われた武器』だ。正式名称が『呪われた武器』のこれらは、全ての武器に何かしらの設定があって、武器それぞれが意思を持っている。所有者にはその呪いの基となった存在が見えるし、話もできる。触れることはさすがにできないが。所有者以外の者には黒い靄のような物(瘴気)しか見えないし、声も聞こえない(何かしらの怪音として聞こえる)。
だが、この武器の存在はあまり知られていない。と言うのも、これらの武器を扱う────というよりも入手することの前提条件として、呪詛魔法が使えなければならないためである。『呪われた武器』の入手クエストに遭遇するためには、呪詛魔法を覚えている必要があるのだ。そして呪詛魔法を覚えられる職業は数あれど、デメリットなく行使できる職業は2つしかない。
1つはもちろん、『無職』。決まった何かにはなれない代わりに、できることに制限がほぼないこの職業なら当然とばかりにリスクなしで行使できる。もう1つは、『呪術師』。『魔法使い』の上級職であるこの職業に就職している者は、アラトの知る限り2人──いや、1組しかいない。その変人達──1人のプレイヤーとそのサポートNPC──のことは今は置いておくとして、呪術師になるためには、他の上級職に就職しないまま種々の条件を達成し、呪術師を出現させなければならない。強くなれるのに放置する者などほとんどいないので、そもそも呪術師の存在自体あまり知られていない。
説明していなかったが、《マスパラ》で上級職へ就職するのはそう簡単なことではない。フローチャートのように上級職へのなり方が記載されているわけではなく、なんか色々やってステータスを見たら、職業の欄に新しい項目が増えているのだ。条件を達成した瞬間に就職するか訊ねてくれるわけでもない。自分でメニューの新職業をタップし、『就職しますか? YES/NO』というウィンドウを操作することでなるのだ。能力値の変動などもここに並記されている。
こんな事情なので、《マスパラ》の攻略サイトでも上級職へのなり方に関しては情報が少ない。断言できる情報が入手しづらいためだ。
閑話休題。
まあつまり、ステータスを見た際に出現している職業の数々の誘惑を断ち切り、魔法使いを突っ走ることができた者にのみ呪術師になる資格が与えられるわけである。ちなみに、呪術師になった後に他の上級職に就職しても特にデメリットはない。
そんな事情であるから、この情報を知る者は極端に少ないが。『呪われた武器』と一口に言っても、それはさらに2つに分かれる。ソフトなやつとハードなやつだ。ソフトとハード。何の話かというと、呪いのバックグラウンドとなっている原因のことだ。それはギャグマンガに登場するような笑い話のようなものもあれば、警告ウィンドウが再三どころか何十回に渡る勢いで出現し、それを(そういったことに耐性があるため)無視したアラトの精神をガリガリ削るような結構シャレにならないものまで、幅広く取り揃えている。
そして、今アラトの呼びかけに応えて現れた3つの武器────これらは全て、ハード寄りのものだった。
最初に『異次元への穴』から飛び出てきた、精巧な装飾を施された肉厚で幅広な西洋剣(ただし刀身は血塗れ)。肉厚で大きい剣は「斬る」ことよりも「叩き潰す」「引きちぎる」ことを目的としていることが多いが、その剣からは万物を「斬る」「斬ってみせる」という凄味のようなものが感じられた(そして刀身は血塗れ)。持ち主の品格を感じさせる、気品のある逸品だ(しかし何度も言うが刀身は(ry)。
次に飛び出てきたのは、地味な見た目の無骨な木槌だ。質素ながらも、精一杯の豪華さを表現した装飾がなされている。小さな村の大切な祭り事に使う大事な祭具──そんな印象を与える木槌だ。木槌というが、その形状は杵に似ていた。その表面には何かが染み付いて黒ずんでいる。…………どこか、付着してから時間が経過した血の色に似ていた。
最後に飛び出たのは、鎧兜だ。甲冑である。所々煤けている。また、ただの甲冑ではないようで、中に黒い靄のような物が詰まっている。その靄は渦を巻き、甲冑の中で流動している。それは時々鎧の隙間から漏れだし、周囲に嫌な気配を撒き散らしていた。嫌悪、憎悪、憤怒などなど……人間の負の感情を誘発するような気配だ。ちなみに、所有者であるアラトには効果がない。
そもそも、『呪われた武器』及び呪詛魔法には死んでいない存在に対する特攻があり、近づきすぎると悪影響を受けてしまう。それを受けないのが、『無職』と『呪術師』というわけだ。
これらのバックグラウンドに関しては……西洋剣と鎧兜はいずれ話す時が来るかもしれないが、木槌は永遠に来ないだろう。少々グロテスクが過ぎる。
剣、槌、甲冑を順に見渡し、アラトは声をかけ命令を下す。
「まあいいか、誰でもいいって言ったのは俺だからな。んじゃあ、クシュルと戦ってきてくれ。倒せるなら倒していい。あいつ今弱ってるから、やれないことはないはずだ。だが無理はせずにな」
アラトの気遣いつつの命令に、3つの武器は何処となく嬉しそうな雰囲気を醸し出しながら気合いを入れるようにガチャガチャと音を鳴らし、クシュル目掛けて飛んでいく。
それを見送りながら、アラトはクシュルに聞こえるように叫ぶ。
「さあ、行くぞクシュル! お前がどれくらい成長したか、見せてみろ! 『幾千もの硬針、弾けろ』!」
クシュルはその声を聞いてハッとし、『空気弾性包』を踏み台にその場を離脱する。その直後『幾千もの硬針』が全方向に射出され、クシュルはそれを空中で叩き落とす。『空は大地なり』は未だ機能しているようだ。
自分に向かってきた針の全てを処理し終えたクシュルに襲いかかる『呪われた武器』達。
空と地上。
2つの場での戦いは、その苛烈さを増していく。