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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
17/46

模擬戦 1

お久しぶりです。

お待たせしました。


書きたいことを好き勝手書いてるので話の進みはとてつもなく遅いですが、読んでくださる方は気楽に読んでいってください。


では、どうぞ。

 





「さて、部屋に戻ってきたわけだが」


 《閑古鳥亭》に帰ってきたアラト達が各々のベッドに腰掛けるや否や、アラトが口を開く。


「残り3時間ちょっと……どうしよう?」


 そうなのだ。アラト達が探索しようと宿屋を飛び出してから、まだ1時間も経っていない。


「それだよなあー」


「そうですねぇ〜」


「うーん、です……」


 4人とも頭を悩ませ、どうやって時間を潰そうか考える。



 5分程経過したところで、キララがポンと手を打った。


「そうだ! 1回手合わせしねーか?」


「「「手合わせ(です(かぁ〜))?」」」


 3人の疑問の声が重なる。

 キララは大きく頷き、自分の意見を説明する。


「あたしら、お互いの実力をよく知らねーだろ? いい機会だから、どーかなーって。確か、そんな魔法あったよな?」


 後半の質問はアラトに向けられたものだったので、アラトが答える。


「ああ、『闘技場(コロシアム)』のことか? 俺は一応使えるし……まあ、確かにありかもな。クシュルが今どれくらい強いのかわからないし」


「だろ? あたしも、最近はクリリと一緒に戦うことなくてさー。どうせなら、やりたいなって」


 そんなことを言われて、慌てるのはクシュルとクリリ。トッププレイヤーとの戦闘など、冗談ではない。


「ま、待ってくださいです! いきなり何を言いだすです!?」


「そ、そうですよぅ〜。ちょっと準備ができてないと言うかぁ〜」


 2人はどうにかして止めさせようと躍起になるが、今のクシュルの一言でアラトの気持ちが固まった。


「へぇ……。クシュル、()()()()()()()()、だって?」


「あっ……」


 しまった、という顔をするクシュルだがもう遅い。


「俺はいつ戦闘になってもいいように準備だけはしておけって言いつけてあったよな。決まりだ。やるか」


「…………フザケンナです」


「……これに関しては、本当に面目無いですぅ〜……」


 クリリのジト目に、項垂れて謝ることしかできないクシュルだった。






「よし、まずは……『上位下級空間魔法・異次元作成』っと。ほい、皆この中に入ってくれ」


 人1人入るだけで満員になりそうな直方体の1面がぐにゃりと曲がり、大きく口を開けた。そこは黒く塗り潰されており、内部の様子を窺い知ることはできない。


 アラトを信頼しているのか、キララ達は躊躇うことなく飛び込んでいく。その間に、アラトが他にも魔法を使っていた。


「えっと……『下位下級風魔法・警報(アラート)』。これで、誰かがこの部屋に入ってきても俺がすぐに気づく……」


 階級の低い魔法の割に、様々な条件で作動させることができるためかなり使い勝手がいい『警報』。アラトが哨戒によく使う魔法である。今回は、この宿屋の部屋への侵入に反応して作動するようにした。


「よし、おっけー。俺も行くか」


 そう呟きを残し、アラトも直方体の中に入っていく。








 内部は、外見から想像できない程広い空間だった。日本の首都にあるドームなら余裕で十数個は収まりそうだ。まあ、異次元である。そんな細かいことを気にしても仕方がない。


「んじゃあ、続けて……『中位中級空間魔法・闘技場作成(クリエイトコロシアム)』。……おお、何度見ても見事なもんだな」


 アラトの声と消費したMPに応え、アラトを中心として出現したのは、客席が数え切れない程にある闘技場だった。冒険者ギルドの裏手に似たような物があったが、これに比べればあんなもの、ミニチュアだ。


「ルールはどうする?」


 アラトはその見事さに感嘆のため息を零すと、目の前に現れたメニュー画面を見て周りに訊ねる。


 問いを投げかけられ、いの一番に反応するのはやはり、キララだ。


「バトルロイヤル!」


「バトルロイヤルね。他には?」


「うーん、痛いのは嫌です」


「なるほど、ダメージをどうにかしろ、ね……。最後、クシュルは?」


「あー、厚かましいお願いかもしれませんが」


「いいよ、遠慮せずに言ってみて」


 なら、とクシュルは一呼吸置いて言葉を続ける。


「全力で戦えるようにしてほしいです。殺してしまうかもと言った恐怖で腕が鈍らないように。どうでしょう?」


 真面目モードのクシュルを見据えて、アラトは頷く。この状態ならクシュルは変なことは言わない。何か考えがあるのだろう。


「了解っと。バトルロイヤル、痛みをどうにか、本気で戦えるように……」


 アラトは少し思案しながら、皆の要望を叶えるためにはどのようなルールにすればいいのかという案を出現したキーボードを用いて打ち込んでいく。

 『闘技場』でのルールは、プレイヤー側がかなり細かいところまで設定できる。今アラトがやっているように打ち込む方式だ。仮に実現不可能なルールだった場合、それに近いルールをシステムが提示してくれる。


「──よし、こんなところでどうよ」


 考えたルールを入力し終わると、メニュー画面が一時的に消える。システムの判断を待つアラト。メニュー画面消失から3秒後、再度出現したメニュー画面には『実行可能』の文字が記されていた。


「うし、通った。これでいいか確認してくれ」


 3人の前にも同じ画面が出現する。そこに書かれているルールは4つ。


 ・バトルロイヤル。


 ・ダメージを受けた際に発生する痛みは疲労として蓄積。疲労は回復魔法で取り除くことが可能。


 ・HPを全て失った場合その時点で負けが確定し、闘技場の外に強制転移させられる。


 ・開始前のストレージの状態を保存し、戦闘終了後に全て復元する。


 ケモ耳娘3人は何も言わずに文面を読んでいる。補足説明をするようにアラトが口を開いた。


「痛みは疲労に変換することで解消しつつ、ダメージを受けたら戦闘には支障が出るようにした。そして全力で戦うなら、何でもありのルールにした上で死亡する可能性を排除したい。そうすると、こんな感じになると思う」


 アラトの説明に無言で頷いた3人は、目の前に表示されている『承認』ボタンをタップした。


 その直後、4人が中心と壁、お互いから等距離になるように転移が発生する。それと同時に、10カウントが始まった。中心に浮いた数字が1つずつ減るのに被せるように、無機質な機械音声が響く。


10(テン)(ナイン)(エイト)……』


 クシュルとクリリは緊張感を滲ませ、それが殺気として漏れ出していく。逆に、アラトとキララから漏れ出る殺気が小さくなっていく。極限まで研ぎ澄まされているのだ。《マスパラ》で長いこと遊んでいるうちに、殺気のコントロールができるようになっていたらしい。色々と空恐ろしいゲームである。


(フォー)(スリー)(トゥー)(ワン)……』


 緊張が一瞬高まり────。


(ゼロ)


 カウントが戦闘開始を刻んだ瞬間、クシュルが爆発的な勢いでアラトに突撃した。

 キララとクリリの2人は莫大な魔力を練りながら詠唱を始めている。その視線は、明らかにアラトを狙っていた。


 3人の思いは、奇しくも同じだった。


(アラトに────)

(ししょーに────)

(おにーちゃんに────)


(((好き勝手やられるのが一番面倒臭い(のです)!!!)))




 一方、狙われているアラトはというと。


「『中位中級時空魔法────」


(やっぱり狙われるか……。まあ、手札の強さはともかくとして、数が一番多いのは俺だろうからなぁ)


 ──全力で後ろに跳びながら詠唱していた。


 同格の存在と戦う時、一番厄介なのはどんな相手だろうか。

 攻撃力がとても高い相手? 一撃の威力が尋常ではない必殺技を持つ相手? 不可避の攻撃をしてくる相手? 堅牢な護りを持つ相手? 素早く動き回って翻弄してくる相手? どれも違う。


 一番厄介なのは、何をしてくるかわからない相手、だ。


 前述で例にした相手は、どれもわかってしまえばその場で対処するなり事前に対策するなりが簡単だ。しかし、何をするかわからない相手はそうはいかない。その都度対処するしか────つまり、後手に回るしかないのである。相手の戦い方の傾向を探るために、その間だけ後手に回るなどの理由であればまだしも、ずっと後手に回り続けるというのは精神的にもかなり辛い。


 それをこの場にいる全員が理解しているから、開始直後にアラトに殺到という状況になったのである。


 目まぐるしく視線を散らすアラトの行動に、クシュルが慌てたように速度を上げる。


(やべっ、間に合うか────?)


「────界内転移』ッ!!」


「せぇいっ!」


 クシュルが気合いとともに腕を振り抜いた瞬間に、アラトの姿が消える。

 クシュルは舌打ちを1つ。手応えが浅かった。



 その直後、魔法の猛威がその場を蹂躙した。








 戦いの火蓋が切って落とされた。


(ちっ、読んでたなアラトの奴……)


 詠唱を始める寸前、アラトの動き始めを見てキララは心の中で毒づいた。

 アラトは後ろに全力で跳び退っている。


 キララは少々悔しがっているが、これは読まれて当たり前だ。アラトを潰してしまえば後は楽なのだから、最初にアラトを潰せるに越したことはない。

 《マスパラチャンピオンシップ》には毎回参加していたキララだが、得意としている戦闘は大量のモンスターを相手にそれを一掃することだ。

 対して、アラトの得意分野はPvP(対人戦)。アラトの方が戦い慣れしているのも、当然と言えば当然である。


(まあいい、あたしはただ全力で叩き込むだけだ!!)


「『上位特級獄炎魔法・灼獄新星(インフェルノ・ノヴァ)』ッ!!」


 キララが腕を横に振り払い、白い光の珠らしき物が目にも留まらない速さで飛んでいく。

 キララが使ったのは、正真正銘獄炎魔法の最強技。魔法の防御に反応しそれを食い破ってさらに激しく燃え盛る、超新星爆発が如き灼熱地獄。これを喰らえば、廃人プレイヤーと言えどもただでは済まない。


 そんな攻撃を遠慮無しにぶっ放ったキララは、ほぼ同時に何かの攻撃を受けて吹っ飛んだ。








(皆おにーちゃんを狙っているのです。ならわたしは、()()を狙うのです)


 アラト目掛けて突撃するクシュル、アラトを狙って魔法を使おうとするキララ、そしてそれらに対処するために跳び退るアラトの姿を視界に収めながら、クリリも魔法を使うことにする。


「『上位上級獄炎魔法────」


(狂いは許されないのです。完璧に距離を把握するのです──)


 心の中で緻密な作業をしながら、魔法を完成させる。


「────一点集中の獄炎ピンポイント・ヘルフレイム』なのです!」


 『上位上級獄炎魔法・一点集中の獄炎』。これは珍しい魔法だ。自分の身体の前面に垂直な水平方向に伸びる、自分の中心を通る直線をy軸、y軸に垂直かつ自分の中心で交わり水平方向に伸びる直線をx軸、x軸y軸両方に垂直な直線をz軸として、指定した座標にのみ攻撃するのが『一点集中の獄炎』だ。この魔法の強みは、座標に直接魔法を叩き込むので、防護魔法で防がれにくいことと認知されている。

 また、この魔法はズレがほとんど許されない代わりなのか、認識可能であれば同時に何点でも攻撃することが可能になっている。だが、正確に座標を入力しなければならないため、多くの者は2点同時攻撃が限界である。

 そんな中、クリリは距離を掴んで座標に置き換えるのが物凄く得意だ。クリリが攻撃できる座標は、1度に()()。仮にアラトがこの魔法を使えたとして、同時に攻撃できるのは3点、上手くいっても4点が限界だろう。そう考えると、クリリのこの魔法に対する適性は素晴らしいと言える。


 短い詠唱の間に座標を入力したクリリは、()()()()の座標での攻撃失敗を感じる。

 1つは、跳び退るアラトがこちらの詠唱終了時にいるだろうポイント。失敗。まあ何か魔法を使っていたようだし、躱されても仕方ないかなと思う。もう1つは、アラトに跳びかかったクシュルが立ち止まった場合のポイント。クシュルが当然のように逃げたため、失敗。アラトが魔法で狙われていたのに、その近くに留まり続けるなんて愚の骨頂なのでこれも躱されて当然。最後の1つは、クシュルが回避するだろうポイントに先回りしたもの。()()は失敗した。

 成功したのは、立ち止まって魔法を使っていたキララへの攻撃と、クシュルの逃げる先を予想した攻撃。後者は掠った程度のようだが、前者はクリーンヒットした。


 クリリは内心ガッツポーズをして、続けて防護魔法を詠唱して攻撃に備え始めた。







(チッ、あのクソガキ……中々に厄介ですね)


 クシュルは少し焦げてしまった《淡風(あわかぜ)の羽衣》に視線をやり、この結果を作り出したクリリを見据えた。


 ──アラトへの攻撃が失敗したと理解した瞬間、クシュルは大きく横に跳んでいた。自分があの2人のどちらかなら、必ず広範囲を捉えられる魔法で攻撃する。そんな風に相手の思考をトレースしたクシュルは、全力での回避行動を取ったのだ。正しい判断である。が、魔法に明るくないクシュルでは『一点集中の獄炎』を読むことはできなかったらしい。まんまと引っ掛かってしまったようだ。

 だがそれでも、動物的直感と運動能力を活かしてダメージを最小限になるように回避しようとしたことは賞賛に値する。しかも回避できなかった場合のことも考えて、戦闘に影響が一番少ない左腕を盾にするように動いていた。羽衣が焦げたのはそのためだ。

 ちなみにこの《淡風の羽衣》だが、土魔法とそれの上位魔法以外への耐性を備えた上等な装備である。今の『一点集中の獄炎』も、そのおかげか受けたダメージは小さかった。


(あのガキ……処理する(ぶっ倒す)べきでしょうか……?)


 何やら魔法の詠唱をしているらしいクリリに鋭い視線を向けるクシュル。

 キララやクリリのような、『遠距離から高火力を次々に叩き込んでくる魔法使い(マジックキャスター)()り方』はアラトから散々教え込まれている。最早忘れたくても忘れられない。


(────いえ、そんなことよりも今はししょーです)


 しかしクシュルは(かぶり)を振ってクリリから視線を逸らすと、聴覚を研ぎ澄ます。


 何故そんなことを、と疑問に思う人がいるかもしれないので、説明しておこう。

 先程アラトが使った『中位中級時空魔法・界内転移』は、発動者の視界内なら大抵の場所に転移できる。今回のルールでは、この闘技場の上空はもちろん、客席も利用していいことになっている。もしクシュルが上空を仰いでアラトがいなかった場合、その隙に1つ、さらにクシュルが突撃する間に1つ、魔法が使われてしまうのは免れないだろう。アラトが上空にいた場合でも、クリリの攻撃の回避に僅かとはいえ時間を使わされたクシュルでは魔法発動を阻止できないかもしれない。それならば、1発魔法を使われることは覚悟して、2発目は何が何でも止めることをクシュルは選んだのだ。

 まあ、アラトと模擬戦をしてきた経験から、アラトの裏を掻くのは無理だと悟っているのもあるが。


「『────・──』」


「!!」


 聞こえた。上だ。どんな魔法を使ったかまでは聞き取れなかったが、()る!


 クシュルは己のウサ耳が教えてくれたアラトがいる空間目掛けて、全力で跳躍した。






(あっぶねー……ちょっと舐めてたな……)


 上空に転移することでクシュルの攻撃を辛くも回避したアラトは、眼下で発生した様々な攻防を眺め、身体を震わせる。


(ここまで強くなってたとはね……)


 アラトの頬を冷や汗が流れる。

 ガチで()り合うということで、本気の装備に戻したのだが……想像以上だった。


 まず、クシュル。速い。恐ろしく速い。アラトの予想としては、キララの魔法が飛んでくるかもなー、くらいの気持ちだったのだ。

 それが蓋を開けてみればどうだ。一瞬で物凄い距離を詰められた。しかも、アラトが使おうとしている魔法を正確に予測し、させるまいとさらに速度を上げたのにも驚かされた。素早90000オーバーとは、ここまでヤバいらしい。

 ラスカに躍りかかった時は混乱し動揺していても、理性は残していたことが嫌でも理解できた。こんな速度、アラトが補助魔法を掛けたくらいで本気を出さずに済むような甘く優しいものではない。まあ、あの時とは装備が違うのだが。

 そして愕然とする追い討ちをかけるかの様に、クシュルはアラトを驚かせた。


 ()()()()()()()()()()()()()()のである。


 《マスパラ》における攻撃魔法の対処法は大きく分けて3つ。

 1つ、何らかの手段(主に魔法)を用いて防御する。

 1つ、何らかの手段(主に魔法)を用いて回避する。

 1つ、何でもいいから問答無用でとにかくぶち抜く。

 上級プレイヤーにもなればどれか1つこなすのは簡単だろうが、魔法・技巧を使用しないでできる者は一体どれ程いるだろうか。クシュルは、それをやってのける数少ない1人だった。というより、そんな連中の仲間入りを果たしていたのだ。


 攻撃が躱されたことを即座に理解すると、クシュルはアラトに襲いかかった勢いのまま斜め前に走り抜けた。直感でここに留まるのはマズイと理解し(わかっ)たらしい。

 そして────その先にプレゼントの様に置かれた魔法の攻撃をも身を捻って躱してしまった。


(オイオイ、今の躱せんのか……)


 と、アラトが呻き声を上げたくなるのも無理からぬことだろう。今のは恐らく、『一点集中の獄炎』だ。キララではない『魔法使い』で始めたプレイヤーから聞いた話だと、「あの魔法は狙いを付けるのがとても難しいが、名前の通りピンポイントで決められたら回避するのは途轍もなく困難」らしい。それをクシュルは、勘だけで躱したということになる。自分のサポートNPC兼弟子のことが怖くなってくるアラトであった。


 それはさておき、開幕直後のこのタイミングだとキララも『並行詠唱』を使う余裕はなかったはず。となると、誰がやったかは自ずとわかる。


 クリリだ。


 クリリのことはこちらに来て初めて見たアラトだが、今の一撃だけでその才能は窺える。先程出てきた知り合いが言うには、この魔法は「同時攻撃も可能だが、距離の近い2点をまとめてやれれば上出来」なのだそうだ。しかし、今アラトが感知した魔力は、クシュルを襲った物も含めて5つ。しかもそのうちの2点は、闘技場のほぼ対角の位置。もう、クリリがどれだけすごいのか考えたくもないアラト。


 そして、そのクリリの攻撃で吹っ飛ばされてしまっているキララだが、彼女も半端ではない。あれから、何度あの魔法を使ったのだろう。あの、アラトが優勝した《マスパラチャンピオンシップ》から。

 あの時の大会の特級グループ2回戦、アラトがぶち抜いたキララの魔法というのが、まさに『灼獄新星』なのだ。しかしその時とは比べ物にならない程、魔法の威力・速度・範囲全てが洗練されている。

 あの時は人為的に作られた隅に追いやられそこに撃ち込まれたのだが、速度だけで言えば大したことはなかった。アラトの全力水増し(フルブースト)が間に合って返り討ちにできたのは、遅かった速度のおかげと言っても過言ではない。

 それが今や…………。


(もう迎え撃つとか絶対不可能。そんな次元じゃない)


 ──アラトがそう思ったということだけ、ここに明記しておく。







 自分の足下で数瞬のうちに起きたその攻防の一部始終を眺め、(ふざけんなあんな奴らとどう戦えってんだ)と思いつつアラトは準備に入る。クシュルが何やら耳をそばだてているようだが……まあいいだろう。


「『上位──」


 ピクリ、とクシュルのウサ耳が反応する。


「──下級──」


 ぐっ、とクシュルの膝が曲がる。


「──無魔法──」


 ボゴバギンッ!! と地面を踏み砕いて、クシュルがアラト目掛けて跳躍する。


「──服飾追加(アド・クロス)』!!」


「しぃしょぉ────っ!!!!」


 アラトの全身が毒々しい色をしたまだら模様の鎧に包まれたと同時に、クシュルの短剣がアラトに襲いかかった。









 ギャリィィィィッッッ!!



 と硬質な音を立てて、アラトの目の前で火花が散る。


「……《混沌蟹の甲殻(カオスクラブアーマー)》」


「……御名答!」


 現在アラトを包んでいる物をよく見ると、金属鎧でないことがわかる。その正体は、《混沌蟹》というモンスターの甲殻を合わせて作った並以上の鎧だ。高い耐斬撃、耐刺突、耐貫通、耐火、耐水、耐風、耐熱、耐冷、耐毒を備えた高性能防具である。まあこれは共通装備なので、これだけの効果を生むために大きなデメリットが付いてくるのだが。素早が90%マイナスになってしまうのを許容できる者は少ないだろう。本来アラトは、デメリットがある装備は好まない。普段もそれで戦ってきた。しかし、ここは空中。素早低下のデメリットなど、あってないようなものである。


 そして、一見余裕があるように見えるアラトだが、内心はかなり焦っていた。『服飾追加』によってメニューを操作することなく装備した《混沌蟹の甲殻》を見て、冷や汗を垂らす。


(くっ、この威力……かなりの耐斬撃を備えた《混沌蟹の甲殻》でこれだと!? もし地上で、上から振り降ろされてたら腕ごと切断されていたんじゃないのか!?)


 腕を交差させて攻撃を受けたアラトの身体が、その衝撃で浮き上がる。攻撃されたポイントには、薄っすらと切り傷が付いていた。


(だが、クシュルの攻撃は防ぎきった! 後は自由落下するだけで攻撃はできないはずだし、俺は準備を整えられる!)


 そう思って、早速詠唱に入るアラト。


「『上位下級無魔法──」


「『下位上級固有魔法──」


 ん? とアラトが思う間もなく、お互いに魔法を完成させる。


「──服飾追加(アド・クロス)』」


「──空は大地なりスカイ・イズ・グラウンド』」


 アラトが《欠意のローブ》を身に纏うのと同時に、クシュルが足下を蹴りつけるような動作をして────()()()()()()()()


「ッ!?」


 驚くアラトに構わず軽く跳んだクシュルは、左腰で両の短剣を構え、さらに言葉を紡ぐ。


「『内在魔法、展開(スタンダップ)』」


 短剣の刀身の先に魔力による刀身が形作られ、斬れ味耐久等々様々な要素において強化される《兎人の二双高剣》。それを緩く握るクシュルが膝を曲げようとした瞬間、アラトは猛烈な怖気に襲われた。


 こ れ は マ ズ イ。


 アラトが恐怖した理由は簡単。先程に比べて、()()()()()()()。相当な高度で自由落下していたアラトに、地上からの跳躍でアレだけの衝撃を与えたのだ。僅かとはいえ、《混沌蟹の甲殻》も斬り付けられた。それを、こんな至近距離でやられたらどうなるか──────考えるまでもない。

 アラトは慌てて腹を両腕で庇いつつ、魔法を使おうと詠唱を開始する。


「『上位特級無魔hガハァッ!?」


 全く見えなかった。

 何が起きたのかもわからぬまま、肺の空気を強制的に叩き出される。ガードしていた腕が弾かれて、尋常でない勢いで胸にぶつかったのだと数瞬後に理解する。腕がビリビリと痺れている。と、そこまで知覚したところで下から衝撃波の様なものが舞い上がり、アラトの身体をさらなる高みへと連れて行く。その衝撃波でもダメージを受けた。


(こ、これは……?)


 聡明なアラトでも即座に状況を理解できない程の驚愕がアラトを襲っていた。


(なる、ほど……。今の衝撃はクシュルの移動で発生した衝撃波(ソニックブーム)。てことはあいつの初速、音速超えてんのか……よく身体がバラバラにならないな。さて、すぐに()が来るぞ────!)


 アラトは肩越しに後ろを見やる。そこには、()()()()()()()()()()クシュルの姿があった。既に膝は曲げられ力を蓄えており、射出準備は万全だ。


(チッ、今は耐えるしかない────っ!)


 アラトは視線をクシュルに固定したまま、身体を丸めて防御体勢を取る。

 クシュルが動いた。


「がっ! ぎぐっ!? ゴハッ! ぶふうっ!」


 1発斬り付けられる度に、アラトの肺から空気が漏れる。身体がどんどん脱力感に包まれていく。最初に設定したルール、『ダメージを疲労に置き換える』ためだ。回復魔法なら取り除けるが、今のアラトにそんな余裕はない。


 しかし、アラトは諦めていなかった。耐えて耐えて、その時を待っていた。ちょっと来なさすぎるような気もしたが、それでも待っていた。そろそろ心が折れそうになったけど、それでも待っていた。



 ────そして、アラトが纏う《欠意のローブ》が襤褸きれのようになった頃────その時はやって来た。



 アラトを横から斬り付けて空中に着地したクシュルは、そのまま若干斬り上げる様な軌道でアラトを攻撃しようとして────ビクリ、と。身体を震わせた。

 攻撃しようとして、それを無理矢理やめさせられたような動き……『威圧』が発動したのだ。


(遅すぎんだろふざけんなクシュルって運いいなオイ! だが──────この時を待っていたっ!!)


 アラトは胸中で喝采を叫び、本当に嬉しそうに叫んだ。

 口を開くアラトを見てクシュルが焦ったように膝を曲げ直すが、もう遅い。


「『上位特級無魔法・詠唱破棄』っ!!」


「アアアアアアアァァァ──────ッッッッッ!!」


 クシュルが威嚇するような、怯えを誤魔化すような絶叫を、アラトの詠唱を掻き消そうとするかのように上げる。だがアラトは怯まない。


 衝撃波を辺りに撒き散らしながら突進するクシュルは、しかしアラトにダメージを与えることは叶わなかった。








(くっ……まさかこんなタイミングで『威圧』に囚われるなんて!)


 クシュルは内心で毒突くが、本当はわかっていた。

 これこそが、アラトの作戦。クシュルの攻撃を、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐える。どれの効果でもいい、クシュル()の動きが止まるまで。



 実際クシュルは、考えられないような豪運を発揮して攻撃を続けていた。

 アラトとクシュルのレベル差を200とすると、受動技巧『威圧』の効果により、クシュルは20%の確率で敵対行動を取ろうとした際にそれができなくなる。そして、アラトが纏っている《欠意のローブ》。これの効果により、アラトを対象にした行動が30%の確率で潰される。さらに受動技巧、『敵対行動確率低下』。これは相手とのレベル差に関わらず、(自分のレベル)掛ける(0.01%)の確率で相手の敵対行動を封じるもの。アラトのレベルから計算すると、端数切り捨てで9%。これらを合わせてクシュルが敵対行動を取れる確率を計算すると──50.96%。つまり、確率から言えば2回に1回は動きが止まるのだ。そして、クシュルが行動した回数は実に────11回。これを計算すると、0.06%となる。実際にはアラトとクシュルのレベル差はもっとあるし、端数を切り捨てずに計算するのでもっと低い確率になる。これを乗り越えて11回も連続で攻撃を成功させた時点で、既にクシュルは尋常ではない豪運に恵まれているのである。

 この超低確率を引き寄せられた理由は、『哀れみの目』にあった。アラトはこの受動技巧のことを、『金の入りが良くなる物』だと考えていたようだが、実際は『幸運を招く物』だ。この受動技巧を持つ者は、度々幸運に恵まれるようになる。今回もその1つであった。



 クシュルは大空(地面)に(重力を無視した)着地をすると、辺りを見回した。そして、頭上───重力方向での上ではなく、クシュルから見た上───にポーションの瓶を4つ──即時型HP回復ポーション、即時型MP回復ポーション、持続型HP回復ポーション、持続型MP回復ポーションの4つを──咥えたアラトの姿を見つける。

 アラトは既に《混沌蟹の甲殻》を装備しておらず、ボロボロだったはずの《欠意のローブ》もすっかり元に戻っていた。腕を組んで宙に留まるその様子から、恐らく『中位下級風魔法・飛行(フライ)』でも使っているのだろう。《欠意のローブ》を治したのは、『中位中級回復魔法・物体修復(マテリアルリペア)』だろうか。


(……うぅ、これは負けでしょうか。……いえ、諦めるにはまだ早いです。ししょーの魔力を尽きさせることさえできれば、きっと勝機はあります!)


 クシュルは状況を鑑みて諦めそうになる心に喝を入れ、キッとアラトを睨み付ける。

 その強い意思の宿った瞳を向けられたアラトは──────格好良く、不敵に笑った。

楽しく模擬戦をするアラト達でした。


ちなみに、書きたいように書いてたら模擬戦だけで4〜5話行きそうです(目を逸らしながら)。

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