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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
15/46

宿屋にて 3

 



 ガチャ。


 アラトが扉を開けて廊下に出た時に階段の方から歩いてきた人達に接触しそうになり、危うく踏み止まる。


「あ、すみません」


 廊下はそこそこ広いが、扉の部分だけ壁から凹んでゆとりを持たせているというわけではないため、扉を開くとぶつかりそうになってしまうこともある。


 アラトは軽く頭を下げてからそのまま3人を連れて、階下に向かおうとした。



 ──────だが。



「──おい、貴様。待て」


 集団の1人に声を掛けられた。それも剣呑な声で。


 嫌な予感がしながらも無視するわけにはいかず、アラトは歩みを止める。それに応じて、ケモミミ3人娘も立ち止まった。


「……なんでしょう?」


 振り返りながら、できるだけ穏和な声・態度になるように気を遣って返答する。アラトに声を掛けてきたのは、相手の中で一番後ろを歩く帯剣している男だ。動きやすさを重視した鎧を着ている。

 今は相手の集団も全員が立ち止まり、こちらを向いていた。


 その男は、表情を厳しいものにしながら再びアラトに問いかけた。


「貴様、どこの家の者だ? 家名は? 貴様の顔に覚えが無い。故にどの程度の位かはわからんが……何にせよ無礼が過ぎる。いくらこの宿屋とはいえ、だ。この御方をどなたと心得る」


 アラトの嫌な予感が的中する。しかし、だからと言って嫌な顔を見せたりするのは言語道断だし、対応を間違えるのもよろしくない。それはアラトも重々承知だが、こういう時にどうするのが最善かなどアラトにはわからない。いくら無駄にハイスペックなニートであるアラトとはいえ、相対したこともない身分の相手への対処法など、知るはずもない。だから、精一杯丁寧に対応するしかなかった。


「私は一介の冒険者でして、家名はありません。私は世情に疎く、それ故に無礼を働いてしまったようで、申し訳ございませんでした。以後気をつけますので、この場はこれで許していただけないでしょうか」


 誠意を込めて、頭を下げる。キララ達も、アラトに合わせて頭を下げてくれた。


「貴様、冒険者のくせに世情に疎いとは何を抜け抜けと……! 下劣な獣人族を引き連れている時点で思う所はあったが、貴様……」


「止めろ。そこまでにしておけ」


 声を荒げて何かを言い募ろうとしていた男を、背後からの声が遮った。その声の主は、最初男の前を歩いていた少年だ。派手な服を着ているわけではないが、高貴さが全身から滲み出ている。今の声も、大きくはないが自然と耳を傾けてしまう何かがあった。


「し、しかし……!」


「止めろと言っているのが聞こえないのか?」


「も、申し訳ございません……」


 なおも声を張り上げようとする男を、少年が静かな、しかし迫力のある声音で押し留める。

 少年はアラトを見据えると、視線で軽く謝ってきた。


「すまんな。この者が失礼をした」


「いえ、先に無礼な行いをしてしまったのはこちらです。本当にすみませんでした」


 実のところ、アラトに失礼をしたという自覚はなかったのだが、この世界に住んでいる者が言うのだからそうなのだろう。アラトは対王族(予想)における対応という意味でも、この世界でのやり取りという意味でも初心者なのだから。

 この世界限定なのかどの世界でも基本的に同じなのかはわからないが、あのレベルの身分の人への対応としては間違っているということを理解してこれから注意していくしかない。


「よい、気にするな。ではな」


 少年はそう言い残し、男達を引き連れて歩いていった。





「アラト、アレって……」


「多分、王族とかそんな感じの人だろうなぁ……」


「だよな」


 キララも何となく察していたようで、アラトと2人複雑な表情を浮かべる。


「まあ、ここで立ち止まっててもしょうがない。早く飯を食べに行こうか」


「そうだな」


「はい、ししょー」


「了解なのです」


 4人は階下に向かった。






 1階に着くと、ラスカがアラト達を出迎えた。


「おーう、アラト。来たな」


「ああ、ラスカ。これ、24000ミースに足りてると思うから確認よろしく。待たせたか?」


 密かに作り出していた複数種類の金属塊を詰めた袋を手渡すアラト。

 等価値表を確認した上での製成なので、計算に間違いがなければ足りているはずだ。


「ああ、後で確認するわ。釣りも後でな。まあちょっと待ったけど、今日はお前らとあと1組しかいないから問題はない。そいつらもさっき来たばかりだから、そんなすぐには下りてこないだろうし」


 その発言を受けて、4人を沈黙が包む。


「ん? どうした? あ、まさか……」


「ああ、多分ラスカの想像通りだよ…………」


「あー……。そりゃ、お疲れ様だな……」


 ラスカから気の毒そうな目を向けられてしまうアラト達。案内された席に座る様子からも、少し疲れていることが窺えた。


「ラスカ、あの人ってやっぱり……?」


「おう、多分アラトの想像通りだと思うぞ。あの人は、ここイルライ国の第8王女、ミィサ様さ」


「やっぱり王……ん? (じょ)?」


「ああ、王女だ」


 ラスカがニヤニヤしながらアラトを見ている。アラトのこの反応を予想して楽しんでいたようだ。


「…………ラスカ、てめえ……」


「あっははははは!! まあまあ、そう怒んなって。ミィサちゃんはまだ胸もねえし、男っぽい服装を好むからな。わかんなくてもしょうがねえよ。ま、俺的にはこの反応を見るのが楽しいからありがたいけどな」


 アラトがお礼に1発ぶん殴ってやろうかと真剣に考えた時、背後から凛とした声が響いた。


「胸がない上に男っぽい服装を好む変人で悪かったなぁ? なあ、ラスカ?」


 アラトが座る席の隣に立ってアラトと話していたラスカは、身体をびくりと震わせてからゆっくり振り返る。

 アラトもそちらを見ると、話題の中心であるミィサ第8王女その人が、からかうような笑みを浮かべて立っていた。






(からかうような表情なのに声には凛々しさが宿るってすごいなぁ。表情もどことなく凛々しさを感じさせるしね。……っと、挨拶しなきゃ)


 そう思い席を立ち上がろうとしたアラトに、


「ああ、よいよい。私にはそんなこと気にしなくていいぞ」


 王女本人から制止の声がかかった。


 アラトは少々困惑しながらも、王女の言う通りに腰を下ろす。


「では、お言葉に甘えて……」


「うん」


「うん?」


「あ、しまった……」


 アニメ声で幼げな返事が返ってきたのでつい反応してしまうアラト。いや、さっきからずっとアニメ声ではあったが。


 王女は口を手で押さえるようなポーズを取っていた。


「ミィサちゃん、別にいいんじゃねぇか? こいつら、無闇に言いふらすような奴じゃねぇと俺は思うぜ」


「むー、もう少しこの感じでやりたかったんだけどなあ。まあいいや」


 あっけらかんと言い放つミィサ第8王女。


「改めて、自己紹介を。私の名前はミィサ・エドラルド・イルライ。ここイルライ国の第8王女よ。今年で8歳になるわ。以後よろしくね」


 引き込まれそうな笑顔と共に挨拶が飛んでくる。しかしアラトは特に気にした様子もなく微笑み、丁寧に返した。


「私の名前は、アラトと申します。先程は、失礼いたしました」


「うむ、苦しゅうない! ……あははっ♪」


 心底楽しそうに笑うミィサ。

 朗らかな性格なんだろうな、とアラトは思った。自然と笑みが零れる。

 少しの間笑っていたミィサであったが、ふときょとんとすると、アラトをマジマジと見始める。


「…………」


「…………」


「………………」


「…………あ、あの、ミィサ様?」


「…………へえ、珍しい」


 目はスッと細められ、再び声音に凛とした物が戻っている。ころころと雰囲気が変わる少女だ。

 一方アラトは、戸惑いを隠さずに問いを重ねる。


「あの、珍しいとは何が……」


「んーん、こっちの話。それよりもその人達は?」


 気にはなるが、王女の問いかけを無視してまで訊くことではないと判断し、王女の問いに答える。


「はい。私の向かいに座っているのが、キララ」


 アラトの紹介に合わせてキララが座礼をする。


 ちなみに王女は、アラトから見て右のテーブルの、位置的にはキララと同じ所に座っている。


「私の左手に座るのが、クリリ。キララの妹です」


 手でクリリを示しながら説明する。クリリはキララを倣って頭を下げた。


「そして最後に、私の右手にいるのがクシュルです」


 クシュルは席を立って後ろを向き、美しい所作で腰を折る。外向け状態の時によく言われる、深窓の令嬢らしい動作だ。

 注意深く見れば、どちらかと言うと外向けの顔に寄っていることがわかるかもしれない。恐らく、『自分の言葉をこの少女は理解できる』と強くイメージしたのだろう。確かにそうすれば、クシュルの言動は完璧と言っていいほど洗練される。有効な手段だろう。ミィサが獣人族の言葉を理解できないとわかってしまうと、この手は使えなくなるのだが。


「貴女達、よろしくね。さ、夕食にしましょう? ラスカ、運んできてもらえる?」


「了解だぜ。あいつらは?」


 あいつら、とはミィサの付き人のことだろう。


「ああ、彼らに失礼な態度を取ったから反省させてる。悪いけど、後であの子達にも運んでもらえる?」


「わかった。ちょっと待っててくれ」


 後半はアラト達に向けて言い、ラスカが奥に引っ込む。少し間が空き、それを埋めるためにもアラトが気になっていることを訊ねる。


「あの、ミィサ様、」


「別に、様なんて付けなくていいわよ? 敬語も要らないわ」


「…………そういうわけにも参りません。ミィサさ──」


「様なんて付けなくていいわよ?」


「いえ、ですから────」


「付・け・な・く・て・い・い・わ・よ?」


 圧。

 王族であることをひしひしと感じさせる圧の強さだ。

 ……こんなところで王族らしさを感じたくはなかったが。


「………………はぁ。わかったよ、周りに状況を知ってる人しかいない時には砕けた話し方をさせてもらう。呼び方もミィサに変える。それでいいか?」


「ええ」


 ニッコリと、晴れやかな笑みを浮かべアラトを見つめるミィサ。

 アラトは苦笑いを返すしかなかった。






(不思議だけど、誠実な人……かしらね?)


 イルライ国第8王女ミィサは、アラトの評価を暫定的にそのようにした。


(私に笑みを向けられて、見惚れるわけでもなく、笑みを下心なしに即座に返せる人なんて初めてだわ……)


 ミィサには、精神的な二面性があると言える。

 1つは、王族という立場のためにあまり知ることができない外の世界をもっと知りたいと思う無邪気なミィサ。これは年齢相応と言えるだろう。

 もう1つは、王族の者としていつの間にか身に付いた、相手のことを徹底的に疑い調べ裏を取る冷静なミィサ。

 無邪気な面と冷静な面、と言えば誰にでもありそうな二面性だが、ミィサの場合はそれが顕著なのだ。


 ミィサは幼い頃から──まあ、今も充分幼いが──聡明だった。第1王子があらゆる分野においてかなり優秀なのでそこまでは目立っていないが、聡明さだけならミィサは第1王子を凌ぐ。だが、王としての資質は兄の方があるとミィサは正確に認識していたし、自分はその手助けをするか他国との関係を強化するために政略結婚の道具になることも了承して──というより、自ら率先してそうすると兄弟達には話していた。イルライ国の王位継承権を持つ者達は、皆仲が良いのである。ちなみに、現国王は諸事情で兄弟姉妹に従兄弟までいないので、王位継承権を持っているのは王の子供だけだ。

 だが、そんなことを知らない大人達──正確には出世欲の強い連中──は、第1王子以外の誰かを王にする手助けをしていい地位を貰おうと必死になっていた。そんなことをしても、実際は全員から疎まれるだけなのだが。

 そんなのと関わるうちに、ミィサは相手の感情が次第にわかるようになっていったのだ。子供ながらの感情の機微への敏感さが理由かと思いきや、実はこれ、ミィサが発現させた受動技巧である。


 受動技巧『感情を読み取る(ハロー・メンタリティ)』。目の前にいる相手が抱いている感情を把握するという、ただそれだけの受動技巧だ。『考えを読み取る(テレパシー)』などと違い、思考を読み取ることはできない。これには発動条件などはなく、頭の中でオンオフを切り替えることができる。当然アラトも習得済みで、現在はオフにしていた。


 ゲーム時代、期間限定クエストとして同時に出現した2つのクエストのうち片方の達成報酬として登場した『感情を読み取る』。これを習得しているともう片方のクエストがクリアしやすいということだった。

 そんな謳い文句を聞いてしまうと、もう片方からクリアしたくなるのがアラトという青年だ。

 そのクエストは、とある屋敷のパーティーに参加したプレイヤーがそのまま屋敷で一泊した夜中に屋敷の主人が殺されてしまい、その犯人の正体をプレイヤーが証拠を集めて暴く、というものだ。パーティーに参加する人間はプレイヤーによってランダムで変わり、犯人もトリックも違うため掲示板などでの攻略情報の意味が薄いということと、期間限定クエストということで注目を集めた。


 まあそれはさておき、ゲーム時代のアラトは犯人をあっさりと暴き、捕まえてしまったのだ。

 全プレイヤー中、一番乗りでクエスト達成を果たし達成報酬のレアアイテムを入手したアラトは、掲示板に情報を載せたりすることなくもう片方のクエストに挑み、絶望することとなる。

 詳細は省くが、こちらは恋愛系のクエストで、ゲーム内で3日の時間がかかるクエストだった。1日目でその相手と出会い、残りの2日かけて相手とデートをして、3日目の最後に相手を満足させたらクエスト達成ということになっていた。これもプレイヤーによってランダムに相手が変わるクエストになっていたのだが、そんなことは関係なかった。クエストの難易度だけで言えばこちらの方がもう片方に比べ圧倒的に低いのだが、アラトは期間ギリギリまでかかってしまったのである。期間限定のクエストは3ヶ月間挑戦できるということを考えれば、どれほどかはわかってもらえるだろう。故に、『感情を読み取る』はアラトにとって地味にトラウマになっている技巧である。

 閑話休題。


 そんな受動技巧を自然に発現させたミィサは、自分の護衛を自分を心から慕ってくれる者達で固めた。そして王と第1王子がすべき仕事の一部を割り振ってもらい、いずれ兄である第1王子を手伝えるように経験を積んでいるのだ。

 その割り振られた仕事が終わってから、時々《閑古鳥亭》に遊びに来ているのであった。


 話が色々と逸れたが、ミィサは下心を持たずに自分と接するアラトのことを興味深く思っていた。





「待たせたな、これが今日の夕食だ!」


 アラトの主観で何とも居心地の悪い空間になってしまっていたところで、ラスカが料理を運んできた。

 アラトは心の中で『ラスカ、ナイス!』と賛辞を送る。

 ちなみに、居心地が悪いと感じているのはアラトだけだったりする。


「……わぁ、今日はカペリコ豚なのね!」


「おうよ! 偶々出会したらしくてな、アミーが持ってきたんだよ」


 ラスカが視線を後ろに飛ばす。見れば、ラスカの後ろを1人の女性がついてきている。彼女がアミーなのだろうか。


 ラスカがアラト達の視線に気づき、女性を自分の横に立たせる。


「ああ、そういやお前らには紹介してなかったな。俺の嫁さん、アミーだ。こう見えて中々に腕っ節が強い」


 こう見えて、という言葉の通り、アミーは腕っ節が強そうにはとても見えない。ほっそりとした手足に、ラスカよりも低い身長、そしてラスカに負けていない童顔。何と言うか、小学校入学前です! と言われたら納得してしまえるかもしれない。それ程までに小柄で可愛らしい容姿だった。それなのに『観察眼』を用いて見ると、平均的なパラメータはむしろラスカより少し上だ。『魔攻』が驚くほど低く、『魔防』はそこそこ。反面、『攻撃』と『防御』が著しく高い。アラトと張り合えるレベルだ。『素早』はアラトが余裕で上回るため、戦闘になればアラトの勝ちだろうが。


「そちらの方々は初めましてですね。ただいま紹介にあずかりました、ラスカの妻アミラータです。どうかアミーと呼んでください。ミィサ様はお久しぶりです」


「そうね。前に来た時は遠くまで魔物狩りに行っていたもんね」


「あの時、主人が失礼なことをしませんでしたか?」


「大丈夫よ」


 それを聞いて、ラスカがホッと息を吐く。今のため息は、余計な事を言われなくてよかったという類の物だとアラトは睨んだ。


「毎回失礼なことをされるか言われるかしているから」


「ごふぉっ!?」


「それは……すいません」


 ミィサの発言が終わらないうちに、アミラータが強烈な肘打ちをラスカに打ち込んだ。そのまま何事もなかったかのように謝罪する。2人が運んできた料理はいつの間にかテーブルに置かれていた。ラスカが腹を抱えて蹲る。

 アラトの読みは正しかったらしい。


「…………え、見えなかったです……」


 クリリがボソリと呟いた。クリリは火力重視の魔法使いタイプだから、見えなくても仕方がないとは言える。しかし、気を抜いていたとはいえ獣人族の動体視力を以ってしても見えなかったとは驚きである。


 アラト達も自己紹介を済ませ(先程と同じく、アラトが全員の分をやった)、配膳された料理を食べた。現実で言うA5肉を上回りそうなくらいとろっとろで肉厚な肉をパンとスープとともに食べ、キララ達は幸せな気持ちになる。だが、その横で、アラトの表情には僅かな翳りがあった。


 外には、既に夜の帳が下りていた。













 ──────アラト達4人組から、遠く離れた場所。


 1人の男が、吠える。


「ぬぉぉぉおおおおおお!! 『中位特級拳撃技巧・紅蓮豪烈拳(クリムゾン・ブロ)』ォォォ──────ウッ!!」


『『『ギェェェエエエエエエ!!』』』


 男の拳に烈火が宿り、それに殴られたことにより幾つもの醜い断末魔が上がる。殴られたモンスター達は灰になり、それすらも燃え尽きた。


『グルォァァアアアアアァァァッッッ!!』


 ズドォォォォォォンッッッッッ!!!!


 しかしそんな中、1匹のモンスターがその拳を完璧に受け止める。『紅蓮豪烈拳(クリムゾン・ブロウ)』には、一定以下のHPのモンスターを即死させるという追加効果がある。故に、容易にモンスターを蹴散らすことができていたのだが……そもそも、ゲームの時には『紅蓮豪烈拳』を受け切れるモンスターなどここには存在しなかった。


「ぬっ!?」


『ゲェギャギャギャギャア!!』


 そのモンスターは受け止めた腕を掴むと、男が振り払おうとするのを許さず地面に叩きつける!


「ぐぬぅぅ、『上位上級防御技巧・完成された受け身(ノーデメリット)』!」


 男は叩きつけられる寸前、咄嗟に能動技巧『完成された受け身』を発動。勢いを吸収し、一瞬身体の中に溜め込んだ。ここで何もしなければ、ノーダメージで相手の攻撃を相殺するだけだが……。


「『下位特級返し技巧・100倍返しハンドレッド・フルカウンター』ァァァ!!」


『グルゲァェバァ!?』


 勢いを吸収した左手で地面を突いて身体を回転させると、強烈な一撃をモンスターに見舞う。

 男が受け止めた攻撃の実に100倍の勢いを蹴りとして返されたモンスターは、吹っ飛んでる間に身体がバラバラになって死に絶える。

 モンスターを仕留めた男だが、その表情に喜びは浮かんでいなかった。


「くっ、はぁ……何の冗談だ、これは……! さっきから、見たこともねぇ奴や、俺の攻撃を止められる程に強え奴がちょいちょい出てくる…………それに、数が多すぎんだろうがぁ!? MP尽きるわ!!」


 男はそう吐き捨て、MP回復効果のあるポーションを急いで飲む。先ほど飲んだ物より効果は低いが、仕方ない。何とも言えない味に、顔を顰める暇もなかった。

 ちなみに、MP回復ポーションには2種類ある。飲んだ途端に定数を回復する物と、飲んだ瞬間から一定時間、単位時間当たりに割合で回復する物だ。どちらもとても不味い。

 前者の一番いい性能の物の回復量は10000で、冷却時間もあまり長くはないが、上級者で使っている者は少なかった。後者の方は、回復する割合が一番高い物は最大MPの10%を1分の間、毎秒回復するという物。これは冷却時間が効果時間の倍の長さに設定されているため、上手く使わないと回復が続かなくなってしまうが、上級者の多くはこちらを使っていた。

 今男が使ったのもそれだ。先ほど飲んだ物の効果が切れそうになったので、切れる前に次のポーションを飲んだのである。《マスパラ》の謎の親切心なのか、こういう飲み方をすると、前の物の効果が切れた瞬間に次の物の効果が発揮されるようになっていた。


『『『グギャギャジャシャシャ!!』』』


「おらぁ!!」


 間髪入れずに突っ込んできたモンスターを蹴散らす。男の前では、夥しい数のモンスターが奇声や咆哮を上げていた。







 ──────イルライ国、地下牢。


 1人の中性的な顔立ちをした者が、膝を抱えて座り込んでいた。


「…………あ、月明かりが見える……ってことは、もう夜なのか……。なんか時間経つのが早いような気もするけど……そんなことよりも」


 部屋の上の方に付いている、とても人は通れそうにないはめ殺しの窓から冷たい月明かりが差し込む。

 一旦言葉を切って、その人物は大きな、それはもう大きなため息を吐く。


「はぁぁぁぁぁぁああああ〜〜〜〜。ボクが何をしたって言うのさ……。偶々、クエスト達成しようと城に出向いてた時にこの世界に連れてこられて……そしたら侵入者扱いされて連行されて……牢にぶち込まれて……いいことがなさすぎるよ……」


 ガックリと肩を落とす。


「ああ、いつここを出られるんだろう……」


 その人物の力ない呟きが、牢の一室に響いた。








 ──────何処かの砂漠。


 2人の人物が、歯をガタガタと打ち鳴らしながら身体を寄せ合っていた。


「ぶ、ぶぶぶぶ姉妹(ブラザー)! よよ、夜の砂漠って、めめっちゃ寒いんだね!!」


「そそそそうみたいだね姉妹(ブラザー)! こここれ、ヤバヤバいよよね!?」


 お互いをブラザーと呼び合う、顔が瓜二つの女子。

 そんな一風変わった2人は、抱き合いながら必死にこれからのプランを練る。寒さのあまり歯が噛み合わず、呂律が回らなくなっていた。


「と、取り敢えず、街をめ目指そう!」


「そそ、そうだね! じっとしてても始まらないもんね!」


 そう声を掛け合うと、一番近くにあるはずの街に向かって足を進める。────と、そこへ。


『ギチギチギチギチ…………』


「「…………」」


 2人は一瞬寒さも忘れて、突如目の前に現れた超巨大な蠍を見つめる。それはギチギチと音を発しながら、口を開け閉めしていた。

 地中から出てきたそれを前に、2人は絶叫する。


「ああああ何こいつ〜〜〜〜っ!? 今出て来ないでよ〜〜っ!! 邪魔すぎるっ、タイミング悪すぎるっ」


「なんか凄い強そうなんだけど、大丈夫!? これ大丈夫!? フルボッコにされて全滅エンドとか嫌だよ!?」


 絶叫して現実を認識した2人は目配せして、覚悟を決める。


「もうやるしかないよ姉妹(ブラザー)! やらなきゃ死ぬしこれ!」


「だよねそうだよね!? あーん、こんな時に先輩がいたらぁ〜!」


「泣き言言わない! 来るよ!」


「ああもう、『中位上級風魔法・風切大砲(ウィンドカノン)』ッ!!」


 2人の闘いの火蓋が、切って落とされた。







 ──────何もない平原。


 今はそこで、2つの人の群れが向かい合っていた。

 両方ともほとんどの人間の装備は揃っていて、絵が描かれた旗を立てている。軍同士が向かい合っているのだ。戦争までは行かない、小競り合いのようなものだったが。

 しかし、両軍とも睨み合ったまま2時間ほど動きを見せない。それは何故か。


 ────それは、いきなり両軍のど真ん中に現れた1人の青年のせいだった。

 そいつはいきなり現れて何かを聞くように空を見上げていたかと思うと、何処からか木材を取り出してそれを組み立て始めた。そして、両軍が唖然としているのに構いもせずにベッドを組み上げ、そこに横になって寝息を立ててしまったのだ。

 無防備に見えるが、迂闊に動くことはできなかった。敵国の差し金かもしれないのだ。寝ているように見えるのは実はフェイクで、もし不用意に動いて壊滅的なダメージを受けたら、撤退するしかなくなる。それは、今まで続いていたこの両国の小競り合いの均衡が崩れることに繋がってしまう。それは避けなければならなかった。


 …………ということを両国の指揮官が考えたために、この日は睨み合いで終わったのだった。

 この不思議な状況を作り出した張本人は、簡易ベッドの上で呑気に寝息を立てていた。









 ──────木々が鬱蒼と茂った密林。


 金髪を逆立てた少年が、暑さに汗を流しながら頭を掻く。


「あ〜、ったく! 出口はどっちだよ!?」


 ガシガシと頭を掻くその様子が、少年の苛立ちを如実に表していた。


「おい! てめえ、なんか案ねぇのか!?」


 少年が後ろに声をかける。


「うん? 何か? …………ああ、当然眠いよ?」


 声をかけられた茶髪の大人しそうな少年が、気怠そうな様子を隠しもせずにそう答えた。

 金髪の少年が吠える。


「ンなこと訊いてねえんだよっ!! ちったぁ仲間として努力しろよ、クソが」


「えぇ? 僕は別に君と仲間のつもりはないんだけど?」


「はぁ〜〜〜!? ンならそれはこっちのセリフだクソが! ったく、ギルマスに言われなきゃ誰がてめえなんかと……」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ?」


 あまり仲は良くないようだ。


「あぁん? ンのかてめえ?」


「君程度で僕に敵うとでも?」


 訂正、とても仲が良いようだ。


 2人は暫し睨み合い、どちらからともなく目を逸らす。


「ちっ、今はンなことしてる場合じゃねえってのによ」


「吹っかけてきたのは君だろう?」


「あ゛ぁ゛ん!? …………いや、だからンなことしてる場合じゃねえんだって。 けっ、ギルマスの言う通りに補助系統の無魔法、もっと覚えとくべきだったか」


「君は言われたことを素直にできない奴だからね?」


「それはてめえも同じだろうが。結局覚えてねえだろそういう無魔法。……しゃーねえ。適当に歩くぞ」


「…………まあ、それも致し方無しかな?」


 軽口と言うには悪意が込められすぎている言葉を叩きつけ合い、2人は密林の中を進む。


 ────ベキベキベキッ!!


「…………ンだぁ? 今の音ぁ」


「…………こちらに近づいているようだね?」


 茶髪の少年の言う通り、その音はどんどん2人に近づいていた。


『フシュウゥゥウウ〜〜〜〜』


 そしてそれは、2人の目の前に現れた。

 牙の生え揃った口から息を漏らし、激烈に2人を睨みつけてくるモンスター。4本の逞しい腕で木々をへし折って歩いてきた様子だ。

 その恐ろしい形相を前に、しかし2人は何の痛痒も抱いていなかった。


「ハッ、ちょうどいい。これで俺とてめえ、どっちが上かハッキリすんじゃねえか」


「僕の方が上だという事実を認められない君が哀れでならないけどね? それには同意するよ」


「ぶち殺すぞてめえ!! ……まあいい、やるか」


「そうだね?」


 言葉で軽く殴り合い、2人は戦闘態勢を整える。


『グォォオオオオオオオオオ!!』


「行くぜっ! 『上位中級歌謡技巧・戦女神の祝福(ヴァルキリー・ブレス)』ゥ!」


 吟遊詩人には見えない金髪の少年が歌謡技巧を使い、2人の攻撃力を底上げする歌を歌い上げる。


「これを耐えられるかな? 『下位上級舞踏技巧・狂人の足捌き(クレイジーステップ)』」


 そしてこちらも、踊り子には見えない茶髪の少年が舞踏技巧を使い、狂ったように踊り始める。


「っておいちょぉ待てやぁ!?」


「何かな?」


「『何かな?』じゃねえだろがっ!? それは周りにいる奴に敵味方関係なくダメージを与える技巧だろ! 状況を考えろよっ!!」


 技巧発動中は基本的に何もできないが、会話くらいならできる。

 悲鳴を上げる金髪の少年に対して、茶髪の少年は淡々と告げる。


「君こそ状況を考えなよ? こんなモンスター、見たことがないよね? 僕が使える技巧の中で、攻撃力に関わりかつ敵との接触が必要ない最高威力の技巧が『狂人の足捌き』だよ? しかも『狂人の足捌き』はカウンターできない。何をしてくるのかもわからない初見の相手に、命が懸かってるこの状況で、わざわざ近づくのは愚の骨頂だし、なるべく最高威力を叩き込むべきだ。『戦女神の祝福』でブーストされた『狂人の足捌き』も、君なら耐えられるしね? 君だってわかっているんだろう?」


 茶髪の少年の言い分にぐうの音も出ない。実際、金髪の少年もそれを無意識のうちに理解していたから最初の行動に『戦女神の祝福』を選択したのだから。指摘されて、自身の行動に理解が追いついた。

 金髪の少年がこのコンボを自分が耐えると知っているのは、以前試したことがあるからだ。ギルマスとの模擬戦で使い、まあ普通に対処されてボッッッコボコにされたという苦い過去を思い出させるコンボである。


「……『下位上級歌謡技巧・癒し女神の祝福(エイル・ブレス)』」


 金髪の少年は高らかに回復の歌を歌い上げて自分の回復をすると、踊り続けている茶髪の少年に向けて歌を歌う。


「『下位上級歌謡技巧・癒し女神の抱擁(エイル・エンブレス)』。これで耐え切ってくれよ」


「君の実力の問題なんじゃないのかい?」


「るせぇ。……ンじゃ、行くぜ」


 『癒し女神の抱擁』。それは、ダメージや即死効果を肩代わりしてくれる女神の護りだ。一定以上のダメージ、もしくは即死効果を肩代わりすると効果が切れる。効果の程が熟練度によるのは《マスパラ》の性質上、他の技巧や魔法と変わらない。

 茶髪の少年が舞踏を終える。モンスターはダメージを受けながらも、まだまだ余力がありそうだった。

 金髪の少年は大きく息を吸って、密林全体に届けとばかりに声を張り上げた。


「『下位上級歌謡技巧・冥府女神の祝福(ヘル・ブレス)』ッッ!!」


 金髪の少年が技巧を発動させ歌い始めた瞬間、その場を重苦しい気配が包み、夜の翳りが深くなる。『冥府女神の祝福』は、自分以外の存在に死を齎す悪夢のような祝福だ。歌が続く間はその音が周囲の存在にダメージを与え続け、歌の全てを聴いた者には最終的に死を与える。即死耐性がなければ、逃れることはできない。死の祝福を宿した黒い靄の様なものが、茶髪の少年とモンスターを覆う。


『グォォオオオオ、ギャオオオオオ!!』


「ぐっ……」


 モンスターが苦しそうな悲鳴を上げる。茶髪の少年は悲鳴を上げるまでは行かないが、呻き声が漏れてしまう程度には辛そうだ。『癒し女神の抱擁』がなければ、確実に倒れてしまっていただろう。

 彼は歌を聴いて音のダメージを受けているわけではなく、歌が聴こえる範囲内にいるために、別途継続ダメージを受けているのだ。護りを掛ければ遮断できる音のダメージと違い、こちらはどうやっても防ぐことはできない。


『グルェォォオオ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』


 苦しそうに絶叫したモンスターが、荒々しい足音を立てながら金髪の少年を仕留めようと走り出す。殺らねば殺られる、と本能で悟ったようだった。


「させ……な、い……よっ? 『中位中級舞踏技巧・私だけの舞台(ルック・アット・ミー)』……」


 歌っているために声は出せないが、金髪の少年が明らかな動揺を示した。

 その理由を説明するかのように、モンスターがぐるん! と音がしそうな程の勢いで顔の向きを茶髪の少年に変えた。そしてそのまま突っ込んで行く。

 『私だけの舞台』は、相手の攻撃を自分に引きつけるという技だ。これと似たような効果として、戦士やナイトと言った『職業』が使える『俺が相手だ(カモンベイベー)』という技巧がある。

 しかし普通、こういった技巧はナイトのような防御に秀でた者が使うものであり、どう見てもそのようには見えない茶髪の少年が使うような技巧ではない。

 つまり彼は、自分がダメージを受けてでも金髪の少年の邪魔をさせないつもりなのだ。


『ゴァァァアアアアアア!!』


 モンスターが4本の腕を振りかぶり、茶髪の少年に同時に叩きつける!

 その直前に技巧を切り上げた茶髪の少年は、全身全霊で回避しようと試みる。


「『下位中級舞踏技巧・奇怪な踊りトリッキー・ダンシング』……っ!」


 苦しそうにしながらも、さらなる技巧を使う。『奇怪な踊り』は、摩訶不思議な踊りを踊って相手に狙いを付けにくくさせる技巧だが、直接的な回避には向いていない。

 では、何故この技巧を選んだのか。

 1発だけなら、例外を除くあらゆる攻撃を躱す技巧はある。だが、それはこの場では意味がない。4発も打たれたら、間違いなく3発は食らう。

 よって、運に賭けることになるが、トリッキーな動きをする『奇怪な踊り』を使ったのだ。



 奇妙な動きで、3発目までは躱すことができた茶髪の少年だが──────。



「ごふぁっ!?」


 腹に強烈な一撃をもらい、血を吐き散らしながら吹っ飛ぶ。

 その瞬間、金髪の少年が歌い終わった。


「────。……ッ!」


 モンスターの横を気にすることなく走り抜け、茶髪の少年の元に向かう。

 件のモンスターは、拳を振り上げたまま息絶えていた。

 《マスパラ》の魔法・技巧には、使用した結果が感覚的に理解できる物もままある。それによると、モンスターは間違いなく息絶えていた。


「おい、大丈夫かっ!?」


 駆けつけた金髪の少年は、慌ててHP回復ポーションを取り出して茶髪の少年にぶっかける。

 さらに『癒し女神の祝福』を使い、茶髪の少年の回復に努める。

 『冥府女神の祝福』によって磨り減っていた『癒し女神の抱擁』は、先ほどのモンスターの一撃で見事に散らされたようだった。だが、それがなければ即死していたかもしれない。それほどの攻撃だった。

 もし金髪の少年の歌が同時に終わっていなければ、茶髪の少年も助からなかっただろう。


「んぅ…………。……ん?」


「ああ、目が覚めたか。ったくてめえは、無茶しやがって」


 ぱちくり、と瞬きした茶髪の少年は、ゆっくりと起き上がる。そして憎まれ口を叩いた。


「あれが一番合理的に相手を倒す方法だった。君のためではないよ?」


「あぁん!? ……まあいい、起きたんならさっさと行くぞ!」


 茶髪の少年も立ち上がり、2人はギャーギャー言いながら密林の中で歩みを進めていった。



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