宿屋にて 2
お久しぶりです。
なろうを開いて、ふと「あれ、なんか前回の投稿がえらい昔だな?」と思ったので確認したところ、投稿したと思ってたこの話を投稿してませんでした。やってもーた。
あ、今回の話の中でなんか異世界について色々とごちゃごちゃ言ってますが、全部適当です。
なんか「ここはおかしくね?」みたいなところがあれば指摘ください。
「ま、まあ落ち着けよ……。おっと、外が暗くなってきたな。そろそろ夕食の用意をしねえと……あいつら、今日は来ねえのか? 今日来るって言ってたけど……ま、一応作っとくか」
ラスカの呟きを聞いてアラトも気がつく。いつの間にか外が夕陽の光に包まれていた。さらに夜の闇が徐々に這い寄ってきている。
これはおかしい。アラトの感覚では、ギルドから出た時の陽の位置は午後3時頃のものだったはずだ。そこから体感で1時間も経っていない。
「なあ、外暗くなるの早くないか?」
「そうか? 山でもこっちとそんな変わらねえと思うけどな。だってもう8の刻を過ぎてるんだぜ? 暗くなりかけてるのも当然だ」
(……刻、か。やっぱり単位は違うんだな)
この世界に来てから、自分達に馴染みのある単位を聞いたためしがない。流石に、そんなところまで同じにはならないということだろう。
(でもそうすると……刻ってのはどれくらいの時間なんだろう?)
アラトが疑問に思った次の瞬間。アラトの頭に明るい声が響く。
『はいは〜い! 皆の疑問にはこのあたし、モリンシャンが答えるよ! 名付けて、『教えて? モリンシャ〜ン!』はっじまっるよーっ!!』
ヒクッ、と。アラトの頬が引き攣る。
驚きの声を出さなかっただけ凄いと言えよう。
パーティーチャットの要領で言葉を返す。
『……大分キャラ変してきたな?』
『いやまあ、今更貴方を相手に取り繕う意味がないでしょ。さて、アラトの疑問に答えるわね。この世界の1日は12刻。1刻が地球での1時間よりちょっと長いくらい。まあ大雑把に言えば、地球での半日がこっちの1日ね。ついでに言っておくと、この世界の1年は700日で20ヶ月。閏年に当たる年はないわ。地球での1年間とこっちでの1年間の時間がほぼ一致する。四季は……場所によるけど、あるわ。今アラトがいるところは春ね。他に何か質問は?』
いきなりまくしたてられた言葉を全て頭に叩き込み、気になったことをまとめながらラスカに話しかける。
「なあラスカ、夕食までどれくらいだ?」
『なら、色々訊かせてもらうぞ。まず、どうやって俺にアクセスした? 繋がれた感覚はなかったぞ』
と同時に、モリンシャンにも質問を始めた。これにはモリンシャンも唖然とする。
『アラト、あなた……はぁ。とんだ化け物ね。同時に会話するなんていうマルチタスク、私は女神になってからしばらくしないとできるようにならなかったわよ』
「そうだなぁ……あと半刻もすれば作り終わってると思うぜ」
モリンシャンの呆れ声とラスカからの返答が重なるが、アラトは問題なく認識する。
「わかった、なら一旦上に戻ってるよ」
『いや、これくらい簡単だろ? 誰でもできるだろうし、もっと難しいこともできる……って、そんなことは置いといて。質問に答えてくれよ』
アラトは一切混乱することなく、2人との会話を続ける。
「あいよ。飯ができたら、部屋にあるベルが鳴る仕組みになってる。それまではくつろいでいてくれ」
『作業+会話ならともかく、会話+会話なんてできる人間は見たこともないわよ……。繋いだ方法は簡単、神力を使ったの。魔力とかとは違うから、アラトでも気付けなかったんじゃない?』
「そうなのか、ありがとう。のんびりさせてもらうよ」
『ふーん、神力なんてものがあるのか。でも、あの説明の時は魔力で繋いでたよな? なんでだ?』
アラトはラスカに礼を言い、階段を登り始める。
偉そうなモリンシャンを演じていた時は、アラトは魔力による繋がりを感じた。何故あの時も神力とやらを使わなかったのか。
『ああ、それはあたし達の性質の問題。神力ってのはあたし達神の力の源みたいなもので、使いすぎると死んじゃうんだけど、あたし達は残りMPに応じた量の神力の消費をカットできるの。魔力でも神力でも同じ消費で同じことを引き起こせるんだけどね、100%カットできるなら神力でやる方がいいのよ。なんたってタダで買い物してるようなもんなんだから。MPから滲み出た神力を使って繋いでるから、あたしの神力の消費はなしってことね』
『なるほど。あの時は俺達を転移させた直後で残りMPが足りなかったから神力の使用を躊躇ったのか。MPを使えば俺達と繋げられたってことは、神力の消費をカットできる量は残りMPの何%となっていると考えてよさそうだな』
『ええ、そんな感じ。神力は回復しないからね。滲み出た神力を取り込むこともできないの。自分の魔法行使の代用にすることしかできないのよね。そんなわけで少しでも消費したくないってわけ。MPならすぐに回復するし』
『なるほどな……んじゃあ次だ。この世界の1日が12時間ちょっと……いや、計算したら12時間半くらいか。そうなってる理由ってわかるのか? この世界の住人には無理だろうけど、神であるモリ……お前ならどうなんだ? あと、呼び方どうしよう?』
アラトは次の質問をぶつけながら、少しばかり他のことに意識を割く。モリンシャンとの会話を片手間でやり始めた。
『え……あなた、今1日の時間を暗算したの? スペック高すぎじゃない……? まあいいや、理由は一応わかってる。この世界の自転が地球に比べて速いのよ。言ってなかったけど《マーダースクラップ》は球に近い形の惑星で、昼に煌々と輝いてた太陽みたいなのは、《ラテア》って呼ばれてる。太陽よりも莫大な熱量を持ってるから、《マーダースクラップ》と《ラテア》の距離は地球と太陽の距離よりもあるわね。あ、言っておくけど、人だった時のあたしはそこまで頭が良くなくて、それがベースになってる今のあたしも出来がいいわけじゃないから。何が起こっているのかは感覚で理解できるけど、それがなんでその現象を引き起こしているのかは理解していないわ。呼び方は何でも。モリンシャンでもいいし、森嶺でも、上花でもいいわ』
『なるほど。じゃあモリーな』
『なんとも微妙なのが来たわね……いいけど。他には?』
『銅の価値が銀より高かったんだが、これはこの世界での地域差によるものか? 他にも気になる差があった』
ハイギスとのやり取りと先程の等価値表を眺めて気になったことを訊ねた。
アラトが《マスパラ》で培った感覚とは差異がある。その理由がわかるなら判明させておきたい。
『ええ、そうよ。今アラトがいる地域とその周囲では銀の価値が低めなの。そういうのは地域差があるわね』
『やっぱりそうだったのか。できればでいいんだけど、全てのプレイヤーに伝えてくれないか? 伝手のない個人が所有していると違和感のある金属と、各プレイヤーが今いる地域での金属価値が《マスパラ》と違う部分のまとめ』
『うぇぇ……』
面倒くさーいという心情を隠しもしない声音に、思わず笑ってしまう。
『無理にとは言わないぞ? 個人的な要望だし』
『できるからやるわよ。少し時間ちょうだい。後は何かある?』
『そうだなぁ……あ、これは訊いとかなきゃダメか。なんで俺にここまでしてくれる?』
『そういえば……なんでだろ?』
何故か気にしていなかったが、少し考えればすぐに疑問として浮かんだ。何故、モリンシャンはアラトに懇意に協力してくれるのか。さっきの接触してきたタイミング、アレはアラトをずっと気にかけていないと不可能だ。アラトは何となくだが、モリンシャンが自分以外のプレイヤーの疑問にはまだ答えていないのではないかと思っていた。いくら神でも、何百万もの人間の心の声を常に聞き続けるのは厳しいはずだ。雑多な人の声を全て聞き取れるというのは、ただの地獄でしかない。
その理由を知ろうと思ったのに、返ってきた答えがこれである。
『…………いやいや、何かしらの理由はあるだろ。頼むぜホント……』
アラトの呆れが、ダイレクトにモリンシャンに伝わる。今の2人は思い浮かべた意思で会話をしているようなもの。下手に言葉を介していない分、感情がそのまま伝わるのだ。
『うう、そんなこと言われたってぇ……。……頑張って何とか考えてみる。……………………。……多分、アラトがあたしの願いを叶えてくれるんじゃないかっていう気がしたから、かな』
一瞬の熟考の末、モリンシャンがそう結論付ける。自分でもしっくり来たのか、『そうよ、そうだわ。うんうん』などと頷いている。
なお、思考という加速世界の中で会話をしているため、現実には大して時間は経っていない。具体的に言えば、アラトは未だ階段を上りきっていない。
『願い、ねえ……。お、時間かかったけどわかった。神力ってこれだな? ほっ』
『きゃあっ!? アラト、貴方何をしたの!?』
モリンシャンの可愛らしい悲鳴が聞こえる。まるで静電気のような、バチッという小さな衝撃があったのだ。
『なるほど、ちゃんとした経路みたいだな。いや何、ちょっと魔力を通したんだ。痛かったなら謝る。ごめん』
『いや、大丈夫だけど……え!? もう神力を捉えたの!?』
悪戯が成功した悪ガキのような顔で、アラトが笑う。
『ああ。でも、俺の中にはない力だな。神の力ってのは本当らしい』
『…………………………。もう、アラトが何をしても驚かないわ、あたし……』
『お、おう?』
アラトは不思議に思った。モリンシャンの声音が、友人が遠い目をしている時の声にそっくりだったのだ。はて、何か変なことを言っただろうか。それとも、モリンシャンがいる空間で何か起きたのかな。そんな呑気なことを、モリンシャンに伝わらないように調節して考えるアラト。
基本的に、こういった部分で秀でているという自覚はアラトには全くなかった。
『まあいいや。モリー、質問の続きいいか?』
『……あ、ええ。いいわよ』
『なら遠慮なく。この世界って球に近い惑星だって言ってたな? なら、東の大陸と西の大陸、北の大陸と南の大陸って端で繋がってるのか?』
ここでようやく、アラトが階段を上りきった。アラトは自分が借りた部屋に向かい始める。
『いえ、そうじゃないわ。この惑星は海も結構広いのよ、実は。知ってる人は少ないけどね……。面積比にして、海対大陸で4対5くらいじゃないかしら?』
『それは……かなり広いな。その海が、真大陸の反対側を中心に広がってるって理解でいいのか?』
ふむ、と。一瞬考えるような間があった。
『……そうね、その認識で大丈夫だと思うわ。正確に言えば、中心ではないんだけどね』
『そうか……。何処となく地球に似てるな? もしかして、周りも似てるのか?』
『それは、えっと……太陽系みたいに、水星とかそういう他の惑星があるかってこと?』
『ああ、それを訊いてる』
今度は、ふぅん、といった感じのちょっと面白がっているような声がアラトに届いた。
『アラトは目の付け所が変わってるわねえ……。ねえ、何でそう思ったの?』
楽しそうなモリンシャンの声に、アラトが端的に理由を告げる。
『別に……一番は何となくだけど。強いて言うなら、俺は純粋な別空間の異世界なんて存在しないと思ってるから。それに、モリーが言ってた他の神の存在。モリーのように1つの世界を付きっ切りで管理しているとしたら、この近くにも、ラテアの恩恵にあやかってる惑星があるんじゃないかなと思った』
『…………へぇ。うん、正解。皆にはわかりやすいように異世界って言ったけど、ここは異世界なんかじゃないわ。まあ、何を異世界と定義するかによって変わるけどね。ここは地球から何兆光年と離れた、同一宇宙内にある、神々にラテア系と呼ばれる領域の中の惑星の1つ、《マーダースクラップ》。まあ地球とは距離がありすぎるし、魔法まであるから、異世界って言ってもいいかもしれないんだけどね。地球からは観測すらできないし』
『そうだな……宇宙の誕生は137億年前だから、137億光年より先の空間は存在していても地球から観測することはできないからな。それにしても、よく俺達を連れてこれたな? 要するにモリーがやったことは、超々長距離の集団転移だろ? すごいな』
『えっへん、そうでしょうそうでしょう。でもまあ、皆が《マスパラ》をプレイ中だったからできたことなんだよね。データの塊になってる皆は軽いから。皆の身体を全てデータに書き換えてまとめて持ってきて、この世界に転写・実体化したの。実体化の作業が一番疲れたなぁ……』
『なるほど、生命を作り出したようなものなのか。その生命の基本データはあったとは言え。それでそんなにMPを消費したんだな』
アラトが感心してモリンシャンを褒める。
アラト達の所持金も持ってきたデータの一部ということなのだろう。
『そうなのよー。さすがに、あんなに大量の生命を作るのは初めてだったから……皆をそのまま転移させようにも、距離がありすぎてMPが足りないし』
モリンシャンはアラトに褒められて上機嫌だ……だから、アラトに隙を突かれてしまったのだろう。
『ふぅん……それで、前の奴らを連れてきたのとは違う方法を取ったんだな』
『……………………え?』
モリンシャンからの思念が数瞬の間途絶えた。恐らく、笑顔のまま表情を固めていることだろう。
『目の付け所が変わってるって判断を下せるってことは、『一般的な目の付け所』とでも言うべきものを知ってるってことだ。この世界の文明レベルを見るに、銀河の様子とかを調べられるとは思えない。いくら魔法があってもな。こっちに一緒に飛ばされてきた俺以外の奴で、俺と同じテーマを考える奴もいるかもしれないが、そんなのは少数だろう。それを見て『一般的』とは言えない。なら、以前にも俺達のように連れてきた存在がいるんじゃないか? そいつらが、共通した意見をたくさん出したんだろ、きっと。違うか?』
『……………』
モリンシャンが言葉に詰まるような間があった。
『…………あはは、アラトの前では不用意なこと言えないなぁ……。できれば知られたくはなかったんだけど……知られちゃった以上は、話すわね』
モリンシャンは、一呼吸置いて話し始める。
『あたしが初めて他の惑星の人間を連れてきたのは、この世界の時間軸で5年前。隣の銀河はあたしが所属させられたグループとは違うグループの神達が管理してるとこだったから、そういうことをしてもいいことになってたの。その銀河の中で一番文明レベルの高い惑星から──それこそ地球よりもね──戦えそうな人材を1万人連れてきた。でもね、その人達は機械がないと何もできなかった。設計図がないと何も作り出すことはできなかった。全員無能ではなかった。学力レベルだって、アラトより上の人達はいっぱいいた。それでも、この世界の文明レベルでは、あの人達の頭脳はほとんど意味をなさなかった』
そこでモリンシャンは言葉を切り、一泊間を置いた。
『それでも、彼らはその頭脳を駆使して何とか武器を作り出した。あれには本当に驚かされたわ。でも、それは遅すぎた。力を蓄えた魔王が、自らを危険に追い込む可能性のある物の排除に動き出したの。魔王が最初に狙ったのは、その人達と武器。皆惨殺されたわ。彼らの世界にはステータスはなかったし、アラト達のようなゲーム内のステータスなんかも存在しなかったからね、仕方のないことだったけど。彼らは武器に仕込んだ自爆装置を起動させて、魔王に少なくない損害を与えて散っていったわ』
モリンシャンの声音が悲痛な色を帯びる。アラトは口を挟むことなく静かに耳を傾けていた。
『……そのおかげで、魔王は再び力を蓄える羽目になった。今がその期間に当たるわ。その間にあたしは、彼らの頑張りを無駄にしないためにも全力で地球を探した。《マスパラ》のデータなら、そのままこの世界に持ってこれる確信があったから。そしたら幸運なことに、遠いけど同一宇宙内にあってね。タイミングを含めた色々な準備をした後にあなた達を召喚して、今に至るってわけ』
モリンシャンが長い話を終えて深くため息を吐いた。アラトは1つ頷き、モリンシャンに話しかける。
『なるほど、話はわかった。何となく予想はつくけど、念のために訊いておく。モリンシャンの願いってなんだ?』
『言うだけなら簡単よ? あたしを殺してほしい』
『…………やっぱりか』
『そういうってことは、あたしの見立て通りアラトは気づいてたんだね。あたし達神には寿命がない。誰か・何かに殺されることはあっても、自然に死ぬことはないの。でもあたしは、結果的にあの人達を殺してしまったのにのうのうと生きていたくはない。だから、あたしを殺してくれる人を求めてた』
アラトは1つ深呼吸して、話を続ける。
『理由まではわからなかったけど、そういうことなら了解だ。俺がモリーを殺してやる』
フッ、とモリンシャンが微笑んだような気配があった。
『ありがとう。アラトならそう言ってくれる気が何となくしてた。でも、言うほど簡単じゃないよ? 意思とは関係なしに生き残ろう、殺されてたまるかって本能が働くから、殺しにきた相手を全力で殺しにかかるし。神を殺すには圧倒的な打点でHPを一撃で消し飛ばすか、莫大なMPを無理矢理消費させて神力のカットを失くさせて最終的に神力を尽きさせるかのどちらかしかないからね』
『…………』
中々に大変そうなことを聞かされ、アラトの頬が引き攣る。
だが、やってやると豪語した手前、引き下がることはできない。
『…………任せろ、やってやるさ』
『……うん、ありがと。…………さて、他に訊きたいことはない? 制約に引っかかること以外ならなるべく答えるわよ?』
モリンシャンが明るい口調でアラトに訊ねる。
アラトは淡く微笑むと、できるだけ優しさを乗せて返答した。
『いや、取り敢えずは大丈夫だ。また何か訊くことがあるかもしれないから、その時はよろしく頼むよ。……他の奴らが疑問を抱えた時も、ちゃんと答えてやれよ?』
最後の言葉はからかうようにそう言うと、モリンシャンは慌てたように返してくる。
『わ、わかってるわよ! 言った以上はできる限り頑張るわ』
『へえ、存外真面目なんだな。さっきのなんて口約束にすらなってないから守る必要ないのに。んじゃ、またな』
『そこはツッコまないでよ!? もう、またね!』
わざとらしい怒りの声とともに、神力による接続が切れた感覚がアラトに伝わる。初めて接続されてから1時間も経っていないが、アラトはその感覚を完璧に捉えていた。
アラトは小さな笑いを噛み殺し、すでに目の前まで来ていた205号室の扉をノックした。
本来なら聞こえるはずの木製の扉を叩くノック音は、アラトには聞こえない。
「おーい、俺だ。アラトだ。開けてく──っと」
アラトが言い終わるより前に、扉が開く。そこには、ドヤ顔を湛えたキララが立っていた。
「いやー、やっとできたぜ、魔力の網で人を感知すること! アラトが部屋の前に来たことがわかってさ! ノックされる前に動き始めたんだよ!」
キララが嬉しそうにしているのは、そういうわけらしかった。確かに、アラトがやっていたことを自分もできるようになったのだ。ドヤ顔の1つもしたくなるというものだろう。
「わたしもできるようになったのです。おねーちゃんのよりは範囲が狭いですが……おにーちゃん、褒めてくださいです」
そう言ってクリリが頭を差し出してきたので、苦笑しつつ優しく撫でるアラト。キララがその光景を見て「あたしもあたしも!」と頭を差し出してくる。アラトの方に頭を撫でてやらない理由は特にないので、黄金色の長髪を梳くように撫でる。
「ふにゃあ〜〜」
さぞかし気持ちよさそうな声を上げるキララ。しかし1つツッコミたい。お前はどこの猫だ。
「ところで、クシュルの様子はどうだ?」
撫でるのがひと段落したところで、気になっていたことを訊ねる。2人には廊下で足止めを食らうような形になっていたので、クシュルの姿を確認できなかったのだ。魔力の網の感知によると、まだ寝ているようだということしかわからない。この様子ではまだ起きてはいないようだが、きちんと目で見て確認したい。
「ああ、落ち着いてるよ。後は目を覚ますだけだと思うぜ」
「わたしもそう思いますです」
「なるほど、わかった。後30分くらいしたら夕食らしいから、それまではくつろいでよう」
2人の目から見たらクシュルのHPは全快しているらしい。確かに2人は直接クシュルのステータスを見ることはできないが、HPとMPを見るだけなら『下位中級無魔法・分析』という魔法がある。具体的な数値を見ることはできないが、対象のHPとMPの残量がバーを用いて表示される。格ゲーの感覚だ。2人は『分析』は使えないのだろうか。
「なあ、2人は『分析』を使えないのか?」
アラトが訊いてみると、2人はきょとんという顔をした。2人して顔を見合わせ、再びアラトの方を向く。
「何言ってんだ? どうせアラトのことだからプロテクト掛けるか偽造してんだろ? だったら例え見れても意味ねーじゃん」
「あ、確かに。思いっきり偽造してるわ」
「おにーちゃんならそうするだろうという推測の元、わたし達は確認することを放棄したのです」
3人が話しているのは、『分析』の対処法のことだ。対人戦の時に、ある一撃でどの程度HPが減るかとか、ある魔法を使ったらどの程度MPを消費して残りMPがどのくらいだとかが相手に筒抜けになってしまってはかなり不利になる。それを防ぐ手段が存在するのだ。
方法は2つあって、1つはガチガチにプロテクトを掛けること。魔法職のほとんどは防護魔法を覚えられるので、この手法を取る者が多い。相手に『分析』を使われた場合、『分析』使用者のレベル、『分析』の熟練度、プロテクト使用者のレベル、プロテクトの熟練度、その他相手の補強強化や自分の耐性に応じて成否が決まる。しかし、この手法は完全に防ぐか抜かれるかの1か0かなので、《マスパラ》の仕様上『分析』側に多少追加補正が入るようになっている。《マスパラ》は、こういう『完全に〜する』系統に対して厳しめだ。
もう1つの方法は、偽造して嘘の情報を見せること。本来の情報を隠すという意味ならプロテクトの方も同じだが、こちらは嘘情報をかぶせるようにしている感じだ。この場合、嘘情報とはいえ情報を多少見せるため『分析』側に追加補正はない。よってそれに惑わされずに真の情報を読み取れるかは、プレイヤー同士のステータス勝負になる。
こちらの成否判断は先ほどのよりも単純で、『分析』使用者のレベル、幻惑魔法により情報が偽造されている者のレベル、『分析』使用者の幻惑耐性、使用した幻惑魔法の熟練度と威力、以上4点からなされる。
ちなみにこの場合、幻惑耐性は『分析』発動時ではなく素の状態(装備込み・補助魔法等なし)でのものが採用される。つまり、アラトのように種族・職業の幻惑耐性が低い者は不利になるわけだ。故にアラトは、『分析』で得られる情報は参考程度に留めている。一応、受動技巧で幻惑耐性を高めているとはいえ、それを頼りにするにはあまりにも心許ない。
話を戻して。
クシュルには、方法その2の偽造が仕掛けられている。しかもアラトは定期的に幻惑魔法を掛け直し、できるだけ良い偽造にするように努めていた。1年前の自分より今の自分、今の自分より明日の自分が強いのは努力を続けているなら自明の理だからだ。クシュルには、1ヶ月前に幻惑を掛け直したばかり。今よりも若干ステータスは劣るが、魔法の威力という意味なら今とほとんど変わらない。
今の状況は、『分析』を使うキララorクリリVS幻惑魔法によりステータスを偽造されたクシュルという構図になっている。まあレベルから見ても幻惑耐性から見てもキララがクリリを上回っているので、使うとしたらキララだろう。
よって今必要な情報は、キララのレベル、クシュルのレベル、キララの幻惑耐性、そしてアラトの使った幻惑魔法の熟練度とその威力、となるわけだ。
ところで、明言していなかったと思うが、幻惑魔法には大きくわけて2種類ある。
1つが、相手に直接魔法を使い、幻惑の効果を引き出すもの。ラスカがアラトに使った『精神操作』がこれだ。
そしてもう1つが、空間や物などに予め幻惑魔法を掛けておき、それにアクセスしてきた相手を幻惑に巻き込むもの。ラスカの見た目を変える魔法『多重合体幻覚』や、宿屋の景観を変化させていた魔法『様相誤認』がこれにあたる。
以前述べたように、前者は必ず掛かる。相手に効力が発揮するまでの時間が変動するだけで、何もしなかったら100%幻惑に囚われてしまう。
一方後者は、レジストの一発勝負になる。幻惑魔法が掛けられたものにアクセスした瞬間レジスト判定が為されて、レジストに成功すれば幻惑を打ち破ることができ、失敗すれば幻惑に巻き込まれることになる。そしてこれも、耐性が魔法を防ぎ切るかそれとも抜かれるかの1か0かの勝負になっているため、攻撃側──つまり幻覚側──が多少有利になる。アラトの最高に近い補助を受けたキララがラスカの幻惑魔法をレジストできず見破れなかったのは、ラスカの幻惑魔法の強さ以外にこれも理由の1つだろう。
さてここで問題となるのは、幻惑魔法の熟練度とその威力、だ。
《マスパラ》の運営の嫌らしさの一端が窺えるふざけた仕様、使った魔法の威力をそのまま判定に使用する。これはつまり、使った幻惑魔法の威力を切り取り反映させるということである。
何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、ここで思い出してほしいのは、耐性は素の状態で判定するということだ。これに対して幻惑魔法は補助し放題。同レベル帯のプレイヤーの、補助が最大限に掛かった幻惑魔法を素の状態でレジストするなんて、幻惑耐性に特化した種族・職業でギリギリなんとか可能性があるかどうかというところだ。
そして今回、補助魔法を多数使えるアラトが全力で幻惑魔法を使った場合、キララではレジストできない。故に、キララ達は諦めたのである。アラトがクシュルのステータスにどんな偽造を施しているかは、いずれ話す時が来るだろう。
「なんか行動が読まれてるな……まあいいや」
廊下を通って部屋へと場所を移し、雑談を続けようとする。と、そこで。アラトがクシュルを凝視し始めた。
じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
「うん? アラト?」
「おにーちゃん?」
クシュルを凝視するアラトに疑問を抱き、2人もクシュルを見つめる。
3人から凝視された当人は、居心地悪そうに身動ぎすると、冷や汗を一筋垂らした。
「「「………………」」」
「……クシュル、お前起きてるだろ」
他の3人が沈黙する中、アラトが呆れを多分に含んだ声で話しかける。
──沈黙が続くこと1分ほど。
「………………。……なんでわかったんですかぁ〜?」
クシュルが身体を起こし、アラトを見つめて問いかける。
「いや、なんでと言われても……何となくとしか……。強いて言うなら、お前の呼吸のリズムが俺が出て行く前と比べて、何かを期待するかのように僅かに速くなってた気がするってことかなぁ」
「……めちゃくちゃ感覚頼りですねー。うぅ……私も優しく頭を撫でてもらいたかったですぅ〜……」
ほぼ直感のみで狸寝入りを見破られたクシュルは、肩を落としてそう呟く。
アラトは小さく、なんだそんなことか、と呟くと、おもむろにクシュルに近づき、頭を撫でた。労わるような、慈しむような優しい手つきで。
「…………はぇ?」
「どうした?」
クシュルが素っ頓狂な声を漏らし、それを聞き取ったアラトが訊ねる。
クシュルは大きな丸い瞳でぱちくり、とゆっくり1度瞬きをしてからアラトを呆然とした顔で見上げ、言った。
「いえ……まさか撫でてくれるとは思わなくて……」
「結構どうしようもなかったとはいえ、クシュルには悪いことしたからな。痛かったよな、ごめんな」
「……いえ、新鮮な痛みでしたけどダメージは大したことありませんでしたし……あの、ししょー……」
「ん?」
優しく微笑みながら自分を撫でてくれるアラトに感極まったのか、瞳を潤ませたクシュルが腕を広げてアラトの方に倒れこみ──────。
ガシッ!!
「…………あのぉ〜、キララさぁ〜〜ん? ちょぉ〜〜っと空気を読んでいただきたかったんですけどぉ〜? 何してくれちゃってるんですかねぇ〜〜?」
素早い動きでクシュルが寝ていたベッドの横に移動し、首根っこを掴んだキララに行動を阻止されたクシュル。
額に青筋を浮かべてマジギレ寸前という様子のクシュルに対し、キララは。
「……あぁ? やらせるわきゃねーだろ? 頭を撫でてもらうまではあたしらもやってもらえたから気にしねーけど、そっちは別だ。止めるに決まってんだろーが」
こちらも額に青筋を浮かべてガンを飛ばす。
「「…………」」
その様子を見守るアラトとクリリ。多少離れているクリリと至近距離のアラトという距離の違いはあるが、2人とも思いは同じだった。
((あー……これ、どうやって収拾付けるの……))
そんな2人に救いの手……手? が差し伸べられる。
ガランガランガランガラン!!
いきなり聞こえた謎の音に、4人は一瞬で身構える。アラトは思い当たることがあり、すぐに構えを解いた。
「なんだ、今の音……?」
キララが警戒も露わに呟く。アラトがすぐさま自身の持つ情報を伝える。
「ああ、多分料理ができたって合図だよ。ラスカがそう言ってた。確かに、さっきから30分くらい経ってるしな」
ほら、あそこ、とアラトが指を差した先に、どこからか繋がっているベルが吊り下がっていた。揺れていたそれが止まり、残りの3人も構えを解く。
「そっか。なら、行こうぜ!」
「ああ、そうだな。ほら、クシュルとクリリも」
「了解ですぅ〜」
「はいなのです!」
状況を理解したキララが率先して動き、アラトがクシュルとクリリを促す。
4人は楽しそうな雰囲気を醸し出しながら部屋の扉へと向かった。
今回は、期間が空きまくってすいませんでした。
次も空くことにはなると思いますが、気長に、たまの息抜きみたいな感じでお楽しみください。