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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
13/46

宿屋にて 1

 



「……205号室。ここだな」


 キララが扉の上に付けられている木の板に刻まれた番号を見てそう呟く。


 ちなみに、キララは番号を読めているわけではない。鍵に付けられた札と同じ文字列を探して見つけただけだ。アラトはちゃんと読める。


 キララが鍵を開け、扉を押し開く。


 短い通路を抜け、部屋に入る。室内は清涼感に包まれていた。それにかなり広い。ベッドは4隅に置かれ、それぞれの横に小さなタンスのような、引き出しが付いた物が置いてある。部屋の中心には円卓が設置され、ベッドがある4方向それぞれに丸椅子がちょこんと存在していた。他にも色々と置いてあるが、狭いとか散らかっているなどという印象は一切受けない。


 アラトは一通り見て部屋の内装を把握すると、右奥の窓に近いベッドにクシュルを寝かせた。クシュルをゆっくりベッドに下ろすと、アラトは前触れもなく魔法を使う。


「『中位下級無魔法・身体分析(フィジカルアナライズ)』」


 アラトの頭の中に、様々な情報が流れ込んでくる。


 ──状態。気絶。

 ──外傷。無し。

 ──体内。異常無し。


 その中でもこの3つを確認したかったアラトはホッと息を吐く。クシュルは気を失っているだけのようだ。メニューを弄り、クシュルのステータスを見る。アラトの右手はクシュルの額に優しく触れていた。


(…………流石にHPは減っているか。なら後は回復魔法を掛けて安静にしていれば大丈夫かな)


 アラトはクシュルの額から手を離し、両手をクシュルに向けた。


「『上位下級回復魔法・準回復(セミヒール)』」


 淡い緑色の光がアラトの手の平からクシュルに向かって飛んでいき、クシュルに当たると溶けるように消えた。

 『準回復』は、回復魔法のヒール系統においてかなり下位に位置する魔法だ。クシュルの負ったダメージに対して、その回復量はあまりにも少ない。では、何故アラトはそんな弱い魔法を使ったのか。


 《マスパラ》では、HPは自然回復する。その自然回復のペースはレベルが上がるごとに上昇していると思われているが、少し違う。

 実はステータスの方にも隠しパラメータとして熟練度があり、それの上昇によって自然回復のペースが上昇するのだ。MPの自然回復の速度も同様だし、防御であれば攻撃を受ける度にそれに対応した耐性が僅かずつだが上がる。

 受動技巧として『HP回復速度上昇』をしているのならばそちらの熟練度も溜まるのだが、これらの熟練度が溜まる法則は、『その能力だけで完全回復するのにかかる時間』だ。重複はさせずに別々に考える。


 例を挙げる。例えばクシュルのHPが10000減っていたとしよう。そして、HPというステータスに元々備わっている自然回復力では単位時間当たりに100回復し、『HP回復速度上昇』という受動技巧では単位時間当たりに50回復するとする。そうすると、自然回復力のみでは100、受動技巧のみでは200の時間がかかることになる。この数値が、HPが自然回復により全回復した時にそれぞれの熟練度となり蓄積していくのだ。熟練度が一定値に到達すると、回復量が上がる。即ち、回復にかかる時間は短くなっていくのだ。完全回復にかかる時間が短くなるということは、それだけ1度に溜められる熟練度が少なくなるということでもある。段階が上がるごとに蓄積しなければならない熟練度は増加していくため、段階を上げるのは困難になってくる。

 この仕組みを理解した時、よくできているとアラトは大層感心したものだ。

 自然回復の速度が遅いからと回復魔法を使い続けていれば、回復魔法の熟練度は高くなるだろうが自然回復量はいつまで経っても上昇しない。そしてそれは、いずれ致命的な何かを生むだろう。本当によくできたシステムだ。


 では今回、何故アラトが魔法を使ったのかというと、ただのアラトの自己満足だ。

 クシュルの熟練度上昇を妨害したいわけではないが、少々心配だったのだ。なにせ、中級とはいえ上位の技巧を全力で叩き込んだのである。クリーンヒットはしていないから然程のダメージにはならなかったようだが、それでも心配なものは心配。そこで気休め程度に、自然回復の妨げとならないような軽い回復魔法を使ったのである。

 何だかんだと言って、かなりクシュルを大切に思っている証拠だった。


「……よし。じゃあ俺は下行って床直してくる。クシュルが起きるまで見ててやってくれ。あ、起きたら一緒に下りて来てくれるか?」


 2人の頷きを視界に収め、アラトは短い廊下を通り扉を開ける。部屋を出るその瞬間に、アラトが小さく呟いた。


「『下位上級防護魔法・音響結界』」


 パタン。扉の閉じる音は、廊下に出たアラトには聞こえなかった。







「おにーちゃん、『音響結界』を張って行ったのです」


「だな。あたしらが気兼ねなく会話できるようにって配慮なんじゃねーの?」


 『下位上級防護魔法・音響結界』。結界を介して、一方向の音の移動を任意に制限する魔法だ。つまり、音の移動を『内から外』か『外から内』のどちらか一方通行にすることができる。今回アラトは、『内から外』の方向を制限した。キララとクリリも、それは魔法が発動した時の魔力から何となくわかった。


「そうだと思いますです。これなら例え獣人族の言葉がわかる人がいても大丈夫なのです」


「ま、アラトの頼みだ。こいつが起きるまでのんびりしてるか」


「です」


 キララとクリリの2人は、他愛もない会話を始めた。





「よっす、待たせた」


「いや全然待ってねえよマジかよ。手当早すぎんだろ」


「そっちこそ。『多重合体幻覚』掛け直すの早いじゃん」


「まあな。俺にとってはアレが掛かってるかどうかは死活問題の域に発展するし」


「そこまでかよ……」


「そこまでだ。コンプレックスあるって言っただろうが」


 ちょっと驚いたように言ったアラトに、ラスカは即答で返す。その表情はとても真剣で、アラトは考えを改める。


「……悪い、驚くのはラスカに失礼だな。謝る」


「いいって、気にすんな。そのおかげで幻惑魔法が上手くなったと言っても過言じゃねえしな」


「そうか。さて、早速床を直していいんだな?」


「ああ、頼む。…………でもよ、どうやってやんだ?」


 道具も何も持ってねえじゃねえか、と言いたげなラスカ。

 アラトはラスカをチラリと見やり、フッと笑った。


「それは今から見せるよ。あ、このことも他言無用で頼みたい」


 思い出した様に付け加えたアラトだが、ラスカも甘くはない。これがアラトが一番言いたかったことだとすぐに察する。


「誓おう。このことは嫁以外には誰にも言わん。アイツには隠し事が何故かできなくてな……。アイツも口はとてつもなく堅いからそこは大丈夫だ」


 2人は視線を交わし合い、相手が信用に足ると判断する。

 アラトは床の砕けた場所に片手を翳した。


「『上位中級時間魔法・時間遡行(タイムバック)』」


「お、おお……!?」


 アラトの手から藍色の魔力が飛んで行き、砕け散った床の周辺に当たると、周りに飛び散った破片が巻き戻しの様に床に戻っていく。

 ラスカはその光景を初めて見たのか、興奮している様子だった。

 アラトは続けて他の箇所にも『時間遡行』を使い、瞬く間に床を直してしまった。


「はい、おしまい」


「おおう……時間魔法の使い手か。初めて見たぜ……それにお前、防護魔法も使えるんだろ? どんだけ多才なんだよ」


「まあ、偶々だよ」


「これはあんま広めたくねえのも理解できるな……すげえよ」


 『任意階級時間魔法・時間遡行』。階級を魔法発動時に決められるこの魔法は、使用者が物質と認識している物しか対象に取れないが、その対象が欠けることなく魔法効果範囲内に存在しているならば消費MPに応じて対象の時間を戻すことができる。

 今回この魔法を使えたのは、破片を片付けられていなかったからだ。砕け散って破片となった床でも、片付けられてしまわなければそれはそこに欠けることなく残っている。逆に一欠片でも欠けていた場合は、魔法が不発に終わるだけでは済まない。使用者は最大MPの半分のMPを追加で失い、最大HPの4分の1のダメージを受ける。これに、使用階級に応じた様々なステータス異常も加わる。それだけ、時間を操作するというのはリスキーなことなのだ。


「やっぱり、時間魔法の使い手は少ないのか?」


 ラスカの言い方からそう判断したアラトが、カウンターに寄りかかりながら確認するように訊ねる。未だに目を丸くして直った床を見つめていたラスカがアラトに顔を向け、答える。


「ああ。俺が直接会話した時間魔法の使い手はお前が初めてだ。名前と顔だけ知ってるのでも他に5人。この国にはいねえな。その5人は同盟国に2人、敵対はしてねえが同盟国でもない国に1人、あと敵対してる国の内の2国に1人ずつって具合にわかれてる」


「ふむふむ。他に珍しい魔法の使い手ってどんなのがいるんだ?」


「俺の認識だが、空間魔法も少ないな。ま、時間魔法よりは圧倒的に多いけどな。そういう理由で、空間魔法を使える冒険者は重宝されてる。『異次元地域(ディメンジョンエリア)』はかなり便利だからな」


「ああ、確かにな」


 ラスカが言った『異次元地域』とは、『上位下級空間魔法・異次元作成クリエイトディメンジョン』で作られる空間のことだ。ゲーム時代、アイテムストレージに収容できないものはいくつか存在した。生きたモンスターだとか、そこらに生えている木だとかだ。そういう時に役に立ったのが『異次元作成』。これで自分専用の異次元空間を作って、そこに物を収納できたのだ。こっちでは、ストレージの代わりをする魔法という扱いなのだろう。

 この魔法の凄いところは、熟練度に応じて容量が増えていくこと。隠しパラメータとして熟練度が存在することは既に言ったと思うが、それに応じて、1つの異次元空間の大きさ・異次元空間を維持できる個数が増大・増加していくのだ。ちなみに、異次元空間は適切な温度・湿度で過ごしやすい快適空間となっている。操作することも可能だが。


「それと、子供騙し程度の幻惑魔法を使える奴は多いが、俺みたいな高位の使い手ってのはあんま見ねえな」


「なるほどな……」


 ラスカが高位の幻惑魔法の使い手である事など最早疑いようがない。


「防護魔法を使える奴も少ない印象だ。俺的にはそんなとこかな」


「そうか……回復魔法の使い手はある程度いるんだな?」


「ああ。だが、重宝されることに変わりはねえ。回復魔法を使える奴はいくらいても要らないってことはねえからな。アラトみたいにすげえ魔法使いなら尚更だ」


「………………ちょっと待て。その言い方だとまるで俺が回復魔法を使えるみたいに聞こえるんだが」


「そう言ってんだよ。使えるだろ?」


 ニヤリ、と笑って言うラスカにアラトが渋い表情になる。確信を持たれているようだし、アラトに隠す気はなくなった。だが、何故知られたのかだけでも把握しておきたい。


「…………なんでわかった」


 少し低い声で訊ねる。ラスカはおどけたように両手を上げて、平然と答えた。


「ここは俺の城だぜ? この中で起きたことは大体わかるんだよ。……ああまあ、今の205号室の様子はわからねえけどな」


 目を細めながら、アラトは心の中で頷いていた。


(なるほど……言われてみれば確かに、ラスカはこの建物の表面全体に幻惑魔法を掛けている。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()と認識してるってことだ)


 幻惑魔法をある空間に掛ける場合、そこが自分の領域(テリトリー)であるという強い認識が必要になる。

 一般的に、自分の領域にある物は大半の場合把握できているものだ。さらにここで、アラトなどが使いやすいあるギミックを使えば、この広い宿屋全体の状況でも掴むことができるだろう。


「…………自己暗示」


「その通り。やっぱアラトはすげえな」


 幻惑魔法は、言い換えれば『対象の認識を騙す魔法』だ。それを自分自身に掛け、『自分の知覚能力は自分の領域の中で起きた出来事をほぼ全て把握できる程のものだ』と自分を騙すことができれば、それは自分にとっての真実になる。つまり幻惑魔法は、上手く使えば一種のブーストになるのだ。

 この手法は、自分の幻惑耐性が高いと使えない。その上、幻惑魔法で自分を騙すという発想の転換が必要となる。プレイヤーの中でも使える者は少ないだろう。


 まあそんなわけで、アラトのように幻惑耐性の低い者が使いやすいギミックというわけだ。


「…………すごいのはラスカの方だろ。ここまで幻惑魔法を使いこなしてる奴、初めて見たぞ……」


 アラトは今、途轍もなく驚いていた。

 ラスカがやっていることは、『多重合体幻覚』と『様相誤認』、さらに自己暗示のための『感覚騙し』の3つの魔法の同時併用だ。もしかしたら、まだ何かやっているかもしれない。魔法はそれぞれ『下位特級』、『上位中級』、『中位初級』。本来ならレベル的にも職業的にも使えないはずの特級魔法を使っているだけでなく、それらの魔法を使っていることすら気づかせない魔力のコントロール。ここまでのことができるのは幻惑魔法でだけなのかもしれないが、それでも充分すぎるくらいすごい。

 それにリソースを割かれ切ることなく、こうしてアラトと会話している。魔法を使う余裕もまだまだありそうだ。


 アラトはラスカの評価をグググッと引き上げ、さっき訊ねておいたことに再び言及する。


「まあそれは置いといて。さっきの紙を俺にも見せてくれよ」


「さっきの紙……? ああ、等価値表か?」


「ん、それそれ。見せてくれない?」


「ま、いいけどよ…………。ついでだ、さっきの釣りは今渡すか? 294ミース」


 ラスカが紙を差し出しながら訊ねてくる。

 その発言にアラトは疑問を抱いた。


「294ミース?」


 1000ウェンで537ミースなら、合計8000ウェンで4296ミースになるはずである。

 小数点以下が切り捨てられているようだ。それがわかったことも収穫だった。


「そうなるんだな、なるほど。取り敢えず7泊はしたいから、それも込みにしてくれ…………おっけー覚えた。はいこれ、さんきゅーな」


「なら残り24000ミースな……って、ちょっと待て。今覚えたなんて言葉が聞こえたんだが俺の聞き間違いだよな? な?」


「いや、そう言ったけど」


「う、嘘だろおい……2桁種類の金属が載ってるんだぞ……!?」


 軽くはぐらかした上にラスカを驚かせた。

 ラスカがアラトに渡した紙は、それぞれの金属の名称と単位重量当たりの価値しか書かれていないシンプルなものだったが、それでもあんな短時間で覚えられるようなものでは断じてない。

 それを何でもないことのように言うアラトに、ラスカは大層驚いていた。


「なら残りのミースは後で持ってくる。さて……ついでだ、何か手伝えることがあったら手伝うけど?」


「別にそんなことしなくてもお前のことは嫁以外の誰にも言ったりしねえって」


「あらら、バレてたか」


「……お前、そういう駆け引きとかは得意じゃねえな? 大分甘いぞ」


「……まあ、こっちも事情が事情だからな。ところで、ラスカはこの国で何番目に強いとかわかるのか?」


 少々強引に話を逸らすアラトに、ジト目を向けながらもそれに乗るラスカ。


「ああ、それか……俺は確か21番目だ。ヴィンセンスの次だな」


「…………はっ?」


 珍しくアラトが間抜けな顔を晒し素っ頓狂な声を上げる。

 驚きの余り、言うつもりのなかったことをポロリと零してしまう。


「レベル的にはラスカが圧倒的に上なのに……そんなことあるわけ……!?」


「……あ?」


(やべっ、ついっ!? レベルっていう概念がこっちにもあっても、この世界の住人が知ってるとは限らないのに!)


 しまった、失敗した。そういう思いがアラトを包む。


「オイ、なんで俺とあいつのレベルを知ってやがる?」


(あ、そっちか)


 ホッと胸を撫で下ろす。アラトはそのまま答えそうになって、ハッとした。


(いやちが、危なっ!? 言われてみればそうだ! 俺、レベルは教えてもらってないじゃん! 技巧でこっちが勝手に読み取って推測しただけだろ! ……あっちゃあ……やらかしたなぁ……)


 後悔するが、時既に遅し。吐いた言葉を飲み込むことはできない。気が抜けていたことは認めざるを得ないだろう。


「あー……っとだな……」


 視線を彷徨わせ、言葉を濁しながらアラトが思考を回転させる。様々な言い訳を考え、自身でその穴を攻めて論破することを繰り返した結果────。


「………………はぁ。……俺の持ってる技巧の効果だ」


 誤魔化せないという結論に達する。


「あんま詮索しねえ主義なんだが、今回はそうもいかねえ。どんな効果なんだ?」


「俺が意識して見た相手の大まかなパラメータがわかるって技巧だ」


「知らねえ技巧だな……お前、本当に何者だ?」


「……ふぅ」


 アラトは観念して、素性を晒す。──()()、だが。


「俺達は捨て子だ。4人で一緒に、親代わりの男女に山の中で育てられた。俺が使える魔法も技巧も、その人達に教えてもらったものがほとんどだ」


 アラトはここで言葉を区切り、ラスカの様子を伺う。ラスカの反応から、この世界の常識を少しでも探るつもりだ。


「アラトが使える魔法のほとんどを教えただぁ……!? 2人がかりとは言え、かなりぶっ飛んだ人達だなぁオイ……! それに獣人族の言葉までわかるだと……!? 凄すぎじゃねえか……」


(ふぅん……この世界では人から人に魔法や技巧を教えることは可能と。んで、多数の魔法を使いこなせる奴は珍しいのか。了解っと)


 今ラスカが、アラトが使えると確信・確認している魔法は3種類。時間魔法、防護魔法、回復魔法だ。また、自己暗示という幻惑魔法の使い方があるのを知っているのは同じ幻惑魔法の使い手であると容易に考えられる。この事から、ラスカの持つアラトの認識は、4種類以上の魔法の使い手。他にも使えるだろうと予想はしているかもしれないが、まだ確信には至っていないはずだ。

 ()()()()()()で凄すぎという評価になるのなら、アラトは少し自重する方がいいかもしれない。


 と、ここでアラトがある事を思いつく。アラトの疑問がいくつか解消される良手だ。


 アラトはメニューを開きながら話を続ける。


「まあそんなわけで、俺が何者かなんて訊かれてもわからないとしか言いようがない。生きるために役立つことは粗方叩き込まれたからなぁ」


「ふーん、そうなのか……良い人に拾われたんだな」


「ああ、まったくだ。んで? なんでラスカの方がヴィンセンスさんより下ってことになってるんだ?」


「…………あいつ、幻惑魔法への耐性がアホみたいに高えんだよ…………」


「……お、おう」


 果てしなく遠い目をして呟かれたその言葉に、アラトも曖昧に頷くことしかできない。…………アラトの背中を、冷や汗が伝う。


(……いやいやいやいや! おかしいだろ!? ラスカの幻惑魔法に対抗できるとかどんだけ耐性強いんだよ!? 本当に人間族かあのおっさん!? ドワーフの血とか引いてんじゃねえの!?)


「……ところで、パラメータってどうやって調べるんだ?」


 動揺をひた隠し、平静を装って訊ねる。


「はぁ?」


 瞳が光を取り戻し、何言ってんのこいつ、という視線をアラトに向けるラスカ。その目にメニュー画面が映っている様子はない。


(よし、いい情報ゲット。恐らくではあるが、この世界の住人にはメニューは見えない。これは重要なことだ。そして、パラメータを知るのはこの世界の住人には当たり前の行為みたいだな)


 さっきアラトがパラメータと言った時に、ラスカは単語には反応しなかった。パラメータという存在を知っている証拠だ。


 アラトが知りたかった、この世界の住人にメニューが見えるのかどうか。それを確かめるついでにこの世界の常識も知ることができる状況に持ち込めて、アラトはほくほくである。


「って、そうか。アラト達はさっきの話からするに『定学』に行ってねえのか。だったらしょうがねえのかな」


「『定学』ってなんだ?」


「『定学』ってのは、『定事学所(ていじがくしょ)』の略称だ。親から習ったりする奴も多いんだが……常識的な事とか、算術とか、文字の読み書きとか習う場所だよ。そこで、パラメータの確認の仕方も習うんだ。時折、同じ部屋の奴らで一緒に行ったりもするしな」


 日本において、学校で身体測定をする様なものだろうか。何となくイメージは掴めた。


「んで、肝心のパラメータを調べるところだが。教会だ。事前申請が必要になるが、証明証を持っていて10ミース払えば誰でもパラメータを調べてもらえる。定学行き終わったら冒険者にならずとも証明証はもらえるしな。ちなみに、定学行ってる時はパラメータ調べんのに等価値はかからずに済む」


「ふーん」


 何となくわかった。本当に身体測定の様なもののようだ。


「ああ、補足しとくと、ヴィンセンスと俺は定学の同期だ」


「…………はぃ?」


 今、アラトの耳に不思議な言葉が聞こえた気がした。


「なぁ、今同期って聞こえたんだけど気のせいだよな……?」


「いや、そう言ったぞ。俺とあいつはこの国で一番大きい定学の同期だからな。同期の中には歳が違う奴もいるが、俺とあいつは同い年だ」


 唖然。アラトが口を小さく開けて呆然とする。


「…………もしかしてラスカ、30中盤とか?」


「お前、ちょっと失礼じゃ……ってそうか。見た目じゃ判断できねえわな。俺もあいつも今年で28……」


「嘘だぁっ!?」


「嘘じゃねえよホントだよ!! 嘘吐くメリットがねえだろうが!!」


「そんな…………嘘だろ………!?」


 アラトが今20代中盤。それと5歳も違わないなんてなんの冗談だよ、という思いがアラトの中で渦巻く。ラスカはいい。何らかの理由で身体はあまり成長しなかったようだが、20代と言われても納得できる。だが、ヴィンセンスは! ヴィンセンスはどう頑張っても無理だ! 明らかに40代の顔をしている! アラトが言った30中盤という数字だって、アラトにとってはかなり譲歩したものなのだ……。


 呆然とするアラトを、ラスカが心配そうに見つめる。奇妙な沈黙が空間を支配していた。



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