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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
12/46

宿屋の主人

 


 扉を開けて中に入ると、そこは予想通りにとても綺麗な空間が広がっていた。

 流石に敷地分を超えることはないようだが広々とした受付があり、そこにはくつろげるようにという配慮だろう、ソファ2つとテーブル1つのセットが2組、壁際に置かれていた。

 向かって左側に食堂らしき別の部屋があり、すぐ右手には2階へ通ずる階段がある。2階が宿泊室になっているらしい。そこはゲーム時代と変わらない。

 敷地の広さから考えると、食堂の奥とカウンターの奥にも何かしらの部屋があるようだ。


 受付のカウンターには、細身の男が頬杖をついて座っていた。

 眉間に皺を刻んだまま暇そうな表情を強面の顔に浮かべ、紫と緑の混ざった髪を短く生やし、両耳に付けているクリスタルのピアスをアクセントにしている。座っているため断言はできないが、恐らくアラトと同じくらいの身長だ。細身ではあるが、痩せすぎているというわけではない。服の下には引き締まった筋肉の身体をしまっているようだ。


「はいいらっしゃ……あ、誰だお前ら?」


 その男はアラト達の姿を認めると、容姿に似合わず高く綺麗で可愛らしい女子の様な声で威圧的なことを言ってきた。


 それにアラトが返答しようと口を開く前に、その男が続けて口を開いた。


「まあ誰でもいいか……『下位上級幻惑魔法・精神操作』」


「なっ、『下位上級防護魔法・魔法反射マジックリフレクション精神版(マインド))』!」


 いきなり魔法を撃たれ、アラトがほぼ反射で対抗できる魔法を使う。

 幻惑魔法がアラトの精神を侵食しようと潜り込んでくるが、予め上げておいた幻惑耐性が功を奏し、幻惑に掛けられる前に跳ね返すことができた。

 『魔法反射』は、相手の魔法を跳ね返すことのできる魔法だが、万能ではない。相手の魔法適性や自身の魔法耐性などの要素が複雑に絡み合い、その結果反射できるかどうかが決まる。


「チッ」


 相手も魔法を跳ね返され、舌打ち1つして魔法を解除する。

 跳ね返された魔法は、跳ね返した者が使用した扱いになるので、魔法を持続させることにメリットがないからだ。MPは当然のごとく本来の使用者の分しか取られないので、むしろデメリットしかない。

 アラトは全身から魔力を迸らせ、威嚇しながら訊ねる。

 アラトの背後では、キララとクリリも怒りのあまり魔力を漏れさせていた。クシュルも中級クラスの短剣に手を掛け、完全な臨戦態勢に入っている。


「おいアンタ、どういうつもりだ……? いきなり魔法で攻撃してくるなんて、反撃される覚悟はあるんだろうな?」


 アラトは訊ねながら、相手の様子をつぶさに観察していた。怪しい動きを見せたら、すぐに攻撃するつもりで。

 既に反撃した身だが、相手の意思の確認は必要だ。

 それに対して男は、納得したように頷いた。そして、両手を上げる。


「ああ、さっきの膨大な魔力はお前のだったのか。悪いな、今日来るって言ってた奴らとは違う奴がいきなり現れたからよ。咄嗟に攻撃しちまった。お前らとやり合う気はねえ」


 アラトは男の目をじっと見つめる。男は視線を逸らすでもなく、かと言って強く見つめ返すわけでもなく、あくまでも自然体だった。

 こいつの言っていることは本当だろう。そうアラトは判断した。

 魔力の放出を止める。

 アラトが魔力を引っ込めたのを受けて、キララ達も臨戦態勢を解いた。


「……まあ、それならいいんだけどさ。こっちも実害があったわけじゃないし。ここに泊まりたいんだけど。大丈夫?」


 アラトが自分達の目的を伝えると、男が訊き返してきた。


「お前ら、誰かから話を聞いてやってきたのか? どこのお偉いさんだよ? でも、そんな話誰からも聞いてねえけどな……」


 アラトは、一瞬で思考を巡らせる。

 ここで事実を話すメリット・デメリット、逆に嘘を吐くメリット・デメリットを挙げ連ね、どちらが良いかを判断する。


「……いや、誰かの紹介ってわけじゃない。俺達は、自分達でここを見つけて入ってきた」


 結果、誤魔化さない方がよいと判断した。

 正直に告げるアラトに、男は頬杖をついたまま訝しそうに訊ねる。


「じゃあ、何でここに入ろうと思ったんだよ? ここは見るからにボロ宿って風体にしてある。よっぽどの貧乏人でなけりゃ近づきもしねえだろ。お前らは見たところ貧乏人ってわけじゃなさそうだし、あのレベルの魔法を使える奴が稼げねえわけがねえ。そもそも、ある程度の実力がなけりゃここは認識すらできないんだぜ?」


 そんなことを訊かれても、ゲーム時代はここが素晴らしい宿だったからなのだが……そんなことを馬鹿正直に言うほど、アラトは間抜けではない。故に、二番目の理由を告げた。


「何故って、幻惑魔法で外見をボロく見せるってことは、中は違うってことだろ? なら、実は素晴らしい宿なんじゃないかなと期待したんだよ」


 アラトの答えを予想していたのか、男は驚いた風もない。


「へっ、だろうと思ったぜ。しかもお前、自分の予想が外れてここが何かのアジトだった場合や中にいる奴がいきなり仕掛けてきた場合に備えて、予め耐性を上げたな? さっきの魔力はその時のなんだろ?」


 逆にアラトが驚かされた。中にいる人間に攻撃される、というのはキララ達にも説明したことだが、理由はそれだけではなかった。


 例えばもし、ここが盗賊か何かのアジトになっていた場合、目撃者を生かしてはおかないだろう。基本的に自分達が害されることなどないとアラトは自分達を客観的に見て考えているが、条件によってはわからない。

 例えば、こちらは魔法を使えず、相手だけが魔法を使える場合。何も準備していなければ、アラトは幻惑魔法で無効化される可能性がある。そしてキララとクリリは後衛職。魔法を使えなければ、彼女達の実力は普段の半分どころでは済まないだろう。残りはクシュルだが、兎人族だとわかってしまえば対処は容易い。兎人族には、かなり有名で明確な弱点があるからだ。

 そして盗賊のアジトなら、それくらいの状況下になっていてもおかしくはない。少なくともゲーム時代には、似たような状況下で盗賊のアジトを壊滅させろという悪辣なクエストがあった。クエストの時はもっとキツい条件だったが。

 この世界にもその時使われていた魔導具と同じ効果の物があれば、同様の状況を作り出すことは容易だ。


 故にアラトは、幻惑魔法への耐性を高めたのだ。魔法が使えない条件下なら、アラトが動けるかどうかでだいぶ違う。

 もう1つの理由をキララ達に伝えなかったのは、余計な不安を抱かせたくなかったからに他ならない。

 それを一目見ただけで見抜いてきたこの男の評価を、アラトはグッと引き上げる。元から高かった評価が、さらに高くなった。


「──ああ、その通りだ。現にこうして、アンタからの幻惑魔法を反射する時間を稼ぐという形で役に立ったしな。それにしても、すごい性能の幻惑魔法だった。流石、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 アラトは幻惑魔法を受けた時、その威力の高さに驚いていた。何とか跳ね返すことには成功したものの、何の準備もしていなければ一瞬で魔法にかかっていただろうことは容易に想像できる。

 アラトもトッププレイヤーの端くれとして、幾度となく幻惑魔法を受けてきている。その分、受動技巧の熟練度も上がっているので、幻惑魔法を簡単に掛けられてしまう程弱いわけではない。それでも、対抗することすらできないとアラトに思わせるだけの威力を持った魔法だった。

 漏れた魔力からこの男が建物の見た目を変化させている張本人だということはわかったし、それも納得できる実力を備えているようだ。


「あー、やっぱわかっちまうよなあ。お前、かなりの実力者みてえだし。ま、自己紹介させてもらうぜ。俺はラスカ。ここ、宿屋《秘境の都》の主人だ。あと嫁がいてな、今ちょっと出てるが、そいつと俺の2人で宿屋をやってる」


 簡単な自己紹介がなされた。この、見た目と声のギャップが凄まじい男はラスカというらしい。

 アラトも簡単に自己紹介する。


「俺の名前はアラト。今日冒険者になったばかりの新人(ニュービー)だ」


「…………。……くっ、くはははは!! 何だそれ!? 何の冗談だよ! 面白えなお前!」


 ラスカはポカンとした表情で数秒固まった。そうしていると、声と見た目にそこまでのギャップがないように思えてくるから不思議だ。そして、1度ゆっくり瞬きした後、哄笑した。冗談と受け取ったらしい。だが。


「まあ、諸事情でな。色々あるんだよ」


 アラトは真実を述べている。何故そんなことを言ったかというと、ラスカの人となりに確信を持ちたかったからだ。これくらいの情報なら知られても問題はないし、仮に言いふらされてもアラト達へのダメージが少ない。ラスカの内面を知れるというメリットの方が大きいとアラトは判断した。

 特に感情を浮かべるでもなく淡々と言い放ったアラトに、ラスカは。


「………ふーん。まあ、別に言いふらしたりする気はねえから安心してくれや」


 笑いを引っ込めてそっぽを向き、ポツリと呟いた。

 中々、誠実な人物のようだ──アラトは、ラスカの暫定評価をそのように定める。


 そして、ここを訪れた本来の目的を再度伝えた。


「さて、ここに泊まりたいんだけど……1人と3人とか、できる?」


「泊まることは可能だが、あいにくウチは2人部屋と4人部屋しか用意してない。どうする?」


 要望叶わず、逆にラスカに訊ねられてしまう。アラトはその問いかける視線を受けながら、考え込んでいた。


(……やろうと思えば、俺1人とキララ達3人で分けることはできる。2人部屋1つと4人部屋1つを借りればいいからな。…………だが、ラスカの発言の端々から窺える、ここに泊まる人の身分がなぁ……なんかやんごとなき人々が多そうな感じだったんだよな……。そうなると、面倒事を避けるために人数分ちょうど借りるのがいいだろうことは想像に難くない。さてここで問題になるのは、男が俺1人ってことだよ。どの道、俺は女と同じ部屋で寝ることにはなるわけだ。まあそれは別にいいんだけどさ……変なことする気もないし。2人部屋2と4人部屋1どっちにするかだが、2人部屋にしたら俺と泊まることになる奴が可哀想というのは建前で面倒事を起こしたくないってのが本音だ。面倒事避けるために人数分ちょうどになるように部屋を確保しようとしてんのに、わざわざ面倒事を引き起こすとか本末転倒もいいとこだろ。ってなわけで……)


 これらの思考を0.1秒にも満たない時間で展開したアラトは、結論を伝える。


「4人部屋を1つ頼む」


「ま、それが妥当だろうな」


「そうですねぇ〜」


「ぶりっ子ババアと同じ部屋なのは少々納得が行きませんが、我慢するのです」


「黙れクソガキが、ですぅ〜。その舌引っこ抜くぞ、ですぅ〜」


 クシュルとクリリが険悪な雰囲気を醸し出す。アラトはもう無視することにしてラスカに代金──じゃない、等価値──を訊ねようとして、ラスカに機先を制された。


「…………中々、愉快な仲間だな」


 その発言で、場の空気がビシリ、と固まる。

 そんな中、アラトが恐る恐る口を開いた。


「…………あ、あの、ラスカ……? もしかして、ここにいる3人の言葉がわかるなんてことは……」


「ああ、あるぜ」


「…………マジ?」


「おう、大マジだ」


「な、なんで……? ここの人達は他種族言語は理解できないんじゃなかったのか……?」


「まあ、大半の奴はそうだと思うが……ここには、極稀に他種族の人も泊まりに来るからな。できねえとダメなわけよ。ま、妖精族の言葉はまだちょっと苦手なんだけどな」


 アラトとキララがゆっくりと視線を移動させ、さっきから微動だにしない2人に向ける。

 クシュルとクリリはだらだらと汗を垂らし、表情も引き攣っていた。みっともない口喧嘩をしているのが初めて他人にバレたため、アラトの反応が予想できないからだろう。

 と、いきなりクシュルの頭ががくりと垂れた。何か黒っぽいオーラを撒き散らしている。


 その異様な雰囲気に、アラトが恐る恐る声をかけた。


「お、お〜い……クシュル〜……?」


「………………ふ」


「「「ふ?」」」


 アラト、キララ、クリリが拾えた音に過敏に反応する。そして、3人は一気に猛烈に嫌な予感に襲われた。

 キララとクリリは動物的本能で。アラトは経験則から。


「ふふふふふふふふふふふふふふふふ〜〜〜〜〜〜っ!!」


「待って待て待て落ち着けクシュル!! 冷静に! 心落ち着かせて! 大丈夫だから!!」


「ふふふふぅうわぁ〜〜ん!! 初対面の奴に本性見られましたぁ〜〜!! それもししょー以外の男にぃ〜〜!! あんな男にぃ〜〜!!」


「あんな男って酷えなオイ!?」


 アラトの制止虚しく、クシュルが爆発した。ラスカは何も悪くないのにあんな男呼ばわりされて散々だ。


「うわぁぁぁぁ〜〜ん!! こうなったらもうおしまいですぅ〜〜!! もう目撃者を消すしかぁ〜〜〜〜!!」


「ってマジかよ!?」


 涙目で叫びながら短剣に手を掛けたクシュルを見て、今度はラスカが絶叫する。ラスカは幻惑魔法なら誰にも負けないという自負を持っているが、それ以外はそうでもない……特に接近戦は苦手なのだ。


「チッ、『上位特級無魔法・速度上昇』っ!!」


 もうクシュルを言葉では止められないと判断し、アラトが補助魔法を唱える。本当は、『肉体強化』も掛けたいが……。


「うわぁぁぁ〜〜〜〜んん!!」


(やっぱそんな時間はないよな!)


 踏み込みで床を砕くほどの勢いでクシュルが飛び出し、アラトも仕方なしに床を踏み割りながらクシュルに追い縋る。

 油断していたためかキララとクリリでさえ完璧には捉えきれないクシュルの移動に、アラトは最高の補助魔法で何とかついて行く。ラスカの目には、2人が消えたように映ったことだろう。


「うわぁ〜〜〜ん!」


「許せクシュル! 『中位中級拳撃技巧・震波掌(しんはしょう)』っ!」


 勢いのままラスカに斬りかかろうとしたクシュルに、急制動を掛けたアラトが、自身に掛かるGで身体が吹っ飛びそうになりながらも掌底を繰り出す。

 『震波掌』は掌底に振動を与えて叩き込み、相手をダウンさせる技だ。ゲーム時代では相手は意識を保ったまま動けなくなるだけだったが、ここでは気絶させられるだろう。


「なっ!?」


 アラトの謝罪しながらの手加減なしの一撃は、しかしクシュルに躱された。

 クシュルは左から迫ってきたアラトの攻撃を躱すため、右足で踏み切ってアラトの頭上を飛び越えた。空中で側方倒立回転するように1回転してアラトの左側に軽々と着地し、凶刃をラスカに向ける。


(クシュルの奴、レベル上がって無駄に身体能力が伸びてんなクソッ!)


「ちっくしょオラァ!!」


 アラトはそろそろダメージが発生するのではと思いながらも無理矢理身体を動かし、時計回りに回転する。身体がミシミシ悲鳴を上げているが無視。クシュルがこんなしょうもない理由で人殺しをするのを見過ごすわけにはいかない。


「『上位中級拳撃技巧・空斬刀(くうざんとう)』!!」


 最早なりふり構っていられない。アラトはステップを踏んでクシュルと同じ方向に進みながら回転し、その勢いのままクシュルの後ろ首に手刀を叩き込まんとする。必死に身体を回転させ、必死に腕を伸ばし、クシュルを気絶させることを目論む。『空斬刀』を発動した手刀が、文字通り空気を斬り裂きながらクシュルに迫る。

 クシュルももう後には引けないのかそれとも本能か、アラトの攻撃を躱そうとバランスを崩さない範囲で身体と首を限界まで左に倒そうとする。


 ラスカの座っているカウンターはもう目の前。これが最後のチャンスだ。


「ああああああぁぁぁぁあああ────っ!!」


「うわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜ん!!」


 2人とも喉から叫びを迸らせ、自分の目的を果たそうとする。











 その結果は──────。

















「よっしゃ届いたっ!!」


 競り勝ったのはアラトだった。


 指先がクシュルの首に触れたことを把握するや否や、床に向けて腕を全力で振り抜いた。

 物凄い勢いでクシュルが顔面から床に突っ込む。そして慣性で頭からカウンターに激突した。

 ビタァァーン!! ゴンッ!!!! という凄まじい音と共にクシュルは床でノビて、ピクリとも動かなくなった。

 しっかりと首筋に手刀を叩き込めたのなら別だったが、指先しか触れられなかった状況では流石のアラトも手加減などはできなかったらしい。力任せに腕を振り抜き、それにクシュルを巻き込んで床に叩き落とした感じだ。

 一方クシュルも、勢いが乗りに乗った状態で床に叩きつけられては気絶を免れることはできなかったようだ。

 アラトは肩を上下させて荒い息を吐いている。身体が限界に近い。


 ひとまずラスカに謝ろうと、アラトがカウンターに視線を送る。

 するとそこにラスカの姿はなく、誰かの手だけが飛び出て動いていた。


「コラァ、驚いて椅子から転げ落ちたじゃねえか!! どーしてくれんだてめえら! 床を2ヶ所も踏み抜きやがって……ってよく考えたら3ヶ所じゃねえか!? アラトが止まった時踏み抜いただろ!?」


 怒りを表現するかのように、忙しなく動いている。手だけがカウンターの上に出て。両手はグーになって、上下していた。


 アラトがカウンターに身体を乗り出して中を覗き込む。するとそこには。


「オラァ、無視してんじゃねえぞアラト! 何か言ったらどうなんだ!?」


 ちっっっっさい子供が、恐怖からか目を瞑ったままで腕を振り回し喚き立てていた。


「お、おう……お前、ラスカか?」


「あぁん? んな当たり前のことをなん、で……訊い、てん、だ…………」


 ラスカが煩わしそうに目を開け、目を見開いて固まった。自分の目の前にカウンターの内側が来ていることを確認すると、ゆっくりと上を向いた。覗き込んでいたアラトと視線が絡み合う。


 そして、ラスカがそーっと視線を外した。


「あ、あの…………見なかったことにしてくれません?」


「うんごめん。無理」


「ですよね!!」


「それが、ラスカの本当の姿なのか?」


 アラトの視線の先には、小学校低学年ですと自己紹介されても納得できるくらいの低身長とあどけない超童顔を兼ね備えた存在が肩を落としていた。キララとクリリも童顔だが、それに勝るとも劣らない顔立ちである。女子と言われたら信じてしまうかもしれない。しかし、その超童顔に備わっているくりくりとした黒い2つの双眸は、今は光を失っていた。


「あ゛あ゛〜〜……。嫁以外の奴に知られるつもりはなかったのによぉ……」


 低い声を出そうとしているのだろうが、全く上手くいっていない。この容姿なら声とのギャップは全然なかった。


「ラスカはずっと、『多重合体幻覚マルチユニオンハルシネーション』を使ってたんだな……」


「…………ああ、そうだよ。この身体にはコンプレックスもあるからな」


 ラスカが使っていた『下位特級幻惑魔法・多重合体幻覚』は今も建物の見た目を誤魔化している幻惑魔法とは違い、見た目・大きさ・数などの様々な要素に関して幻惑を発揮することができる高度な魔法だ。

 その魔法の効果は、自分すら騙せるもの。それを使って、背の高い見た目という虚構(じじつ)を自分と現実に反映させていたのだろう。


(俺の見たところ、ラスカのレベルは700に届いてない……600中盤ってところだろう。にも関わらず上級、ひいては特級を使えてたってことは……()()()()()()()使()()()()()()()()()()()。その秘密さえわかれば)


 『多重合体幻覚』は驚いて解けてしまったようだが、建物には今も『上位中級幻惑魔法・様相誤認』が掛かっている。驚いたことで魔法が解けたか解けなかったか。この差も重要な要素になりそうだ。

 アラトは取り敢えず考察を止めて、ラスカに話しかける。


「ラスカ、俺ならこの床も直せる。でもまず、クシュルをちゃんと寝かせてやりたい。だから4人部屋を借りたいんだ。いくらだ?」


「…………わかった、アラトを信じるぜ。お前の強さは信用に値する。4人部屋、1泊当たり3000ミースだ。朝晩の食事も付けるなら4000ミースになる」


「うーん…………わかった、これで取り敢えず4000ミースに足りるはずだ」


 ハイギスとのやり取りを思い出し、懐に手を突っ込んで銅塊を取り出した。ドスンッ! という重々しい音を響かせカウンターに複数個の銅の塊が置かれる。ラスカに見られていないためやりたい放題だった。

 アラトの所持金が人知れず8000ウェン減る。3000、1800、1340、1200、660ウェンずつに分けて、5つの銅塊を作り出していた。

 カウンターの裏で椅子を起こし、その上によじ登ったラスカが銅塊を見て目を剥く。いきなりどっから現れたこの塊、という表情だ。

 アラトはクシュルを早く寝かせたいため、ラスカの心情など無視して急かす。


「ほらほら、早く『成分評価』と『重量測定』頼むよ」


「お、おう」


 ラスカはアラトに急かされるままに魔法を使い、この銅塊を調べる。カウンターの中から取り出した紙と見比べ頷いた。


「んだこれ、100%の銅……? 製錬の精度が高すぎてキモいな。……よし、足りてる。えーっと、鍵は……」


「ラスカ、今の紙が等価値表か?」


 アラト達に貸す部屋の鍵を取り出そうとゴソゴソやっているラスカに、アラトが問いかける。


「ああ、そうだよ。この世に存在する全ての金属と、その価値が書かれてんのさ」


「へー。俺が床を直した後にでも見せてくれ」


「いいけどよ……等価値を知ってるからこれ出してきたんじゃねえの? なんで……いや、客の詮索はしねえ。ヤバいことやってそうとかなら別だけどな。ほらよ、鍵だ。部屋は205号室な」


 ラスカがカウンターの上に顔を出して、鍵を手渡してくる。アラトはしっかり受け取り、振り返りながら礼を言う。


「ありがとう。クシュルを寝かせて、ちょっと手当してから来るから、それまで待っててもらえるか?」


「ああ、それぐらいなら構わねえぜ。直してくれんなら文句は言わねえ」


「助かる。んじゃ、キララ、クリリ。行こうか」


「あいよー」


「はいです!」


「あ、キララ悪い。鍵持っててくれ」


「ん? わかった」


「さんきゅー。よいしょ、っと……」


 アラトはキララに鍵を預け、クシュルに近寄り抱え上げた。


「んなぁっ!?」


「おにーちゃん、何してるんです!?」


 ──お姫様抱っこで。キララとクリリもこれは黙っていられない。


「悪い、今は2人の意見を聞く気はない。なるべく早くクシュルを寝かせてやりたいんだ。文句なら後で聞くから、今は移動しよう」


 真剣な表情でそんなことを言われてしまうと、キララとクリリは何も言えなくなる。2人もつい言ってしまっただけで、本気でアラトの行動を責める気ではないのだ。


「じゃあ、行こう。キララが先に行ってくれるか?」


「ああ、わかった」


 クシュルの肩と膝裏に手を添え、頭を自分の身体に寄りかからせるように体勢を整える。

 3人は、縦に連なって2階に上がって行った。



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