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唯一無二の《ニートマスター》  作者: ごぶりん
第1章 すべてのはじまり
10/46

ギルド

こんにちは。


やっと10話になりました。

じわじわと話が進んでおります。

じわじわとしか進んでませんが。


まあ、のんびりとやっていきます。

読んでくださっている方も、のんびりと読んでくれていたら嬉しいです。

 


 机を挟んで、受付嬢とアラト達が向かい合う。


「では、まずは自己紹介から。私はセリシャと言います。よろしくお願いします」


 ポニーテールに束ねた空色の髪が揺れる。

 アラトは手を軽く上げて答えた。


「俺はアラト。よろしく」


「はい。それで、冒険者カードを作るのはアラト様だけでよろしいですか?」


「え、いや……できればこの3人のもお願いしたいんだけど……何か問題とかあるのか?」


 アラトが獣人族では作れないのかと懸念を露にする。が、セリシャは首を横に振った。


「いえ、証明証には使えますし、冒険者カードとしての役割もしっかり果たします。ですが……」


 セリシャは言いづらそうに口ごもる。


「ですが、この大陸での獣人族の待遇はお世辞にもいいとは言えません。差別もあります。人間族の冒険者カードを持っていても、獣人族だから、言葉が通じないからという理由で仕事を回してくれないなどの事態が起きるかもしれません……」


 セリシャは悲しそうにそう口にした。それだけで、彼女はそんな差別があることを憂いていることが伝わってくる。

 だが────。


「なら大した問題じゃないな。俺から離れなければそんなことは起きないだろうし、証明証として機能するならそれでいい」


 アラトからしてみれば何てことはない。

 ぶっちゃけると冒険者になれて証明証がもらえるならそれでいいのだ。


「作ってもらっていいか?」


「は、はい。では、こちらの用紙に必要事項を記入していただいて……」


 セリシャは2度瞬きすると、4枚の紙を取り出した。アラト達は覗き込んでギョッとする。


(よ、読めない……)


 明らかに日本語ではない文字。読めもしないし書ける気も一切しない。異世界トリップにありがちな補正はかかっていないらしい。この世界は識字率も高いらしいし、字が読めない書けないなど怪しまれないだろうか……。いや言い訳はいくらでもできるが。

 そう懸念したアラトが1枚の紙を手に取ると、紙の直上にメニュー画面のようなものが開いた。慌ててセリシャの様子を確認するが、彼女に気づいた様子はない。


(メニューは、この世界の人には見えないのか……?)


 決めつけるのは早計だし短慮だが、考慮には入れてもいいかもしれない。


 そして現れたメニュー画面だが、どうやらこの紙を日本語に翻訳したもののようだ。テンプレ補正はメニューとして反映されるようになっていたらしい。考えてもみれば、そんな補正を与えられるのはデータの方だけだ。こうなるのも当然なのかもしれない。


(でも、どうやって書き込めば……名前はもちろん《アラト》だけど……うぉっ!?)


 日本語翻訳されたメニュー画面を眺めて項目に当てはまる答えを思い浮かべると、メニュー画面のその項目が埋まり頭の中に文字列が流れ込んできた。これが名前なのだろうか。

 ひとまずそれを書き写し、セリシャに訊いてみることにする。


「なあセリシャ、これで間違いなくアラトって書けてるか? ちょっと事情があって、字を教えてもらってから書く機会がなくてうろ覚えなんだ」


「え? えーっと……はい、アラトと書かれています。……もしよければ、私が代わりに記入しましょうか?」


「……そうだな、間違っても困るし……お願いできるか?」


 願ってもない。アラトは素直に紙を渡し、セリシャの質問を待った。


「では……出身地を教えていただけますか?」


 早速嘘を吐かねばならない質問が飛んできた。そういえばさっきのメニュー画面にもそんな翻訳が書いてあった気がする。


「あーっと……実は俺達捨て子でな。ある山の中で親代わりの人達に育てられてたんだけど、その山の名前がわからないんだよ」


「あ、そうでしたか。では……特に記入することはありませんね。あ、魔法は使えますか? それだけお願いします」


 セリシャが事情を察してくれた。まあ嘘なのだが。


「使える。どの魔法を使えるかも言った方がいいのか?」


「いえ、使用の可否を書くだけです。これでアラト様の分の冒険者カードは作成できます。では、残りの御三方についても教えていただけますか?」


「ああ。まずこいつがキララ。ちなみに、魔法は俺達全員が使える」


「キララ様、ですね。それにしても全員魔法を使えるのですか。すごいですね」


「そんな大したもんじゃない。んで、こっちがクシュル」


「クシュル様、と」


「最後に、この子がクリリ」


「最後がクリリ様と。……はい、これで冒険者カードは作れます。後は冒険者ランクですが、アラト様はB、残りの御三方はCですね」


 ここで知らない単語が。


「質問。冒険者ランクってなんだ?」


 それでセリシャの動きが固まった。


「…………その前に、1つよろしいでしょうか。皆様は、冒険者についてどの程度ご存知ですか?」


「悪い。何も知らない」


 カードやランクなどのものがあることは予想していたが、知っていたわけではない。

 ケモ耳娘3人も、身振り手振りでアラトと同じだと主張する。

 セリシャは2、3度瞬きして、少し困惑した様子で頷いた。


「……そうでしたか。まあ、学所に行けていなかったのであれば仕方がないでしょう。では、初めから説明させてもらいたいのですが、よろしいですか?」


 アラト達を順に見回し、全員が頷き返したのを確認してセリシャは話し始めた。


「まず冒険者とは、その名の通り世界を冒険する人達のことです。そして、そのついでに依頼を解決し報酬を得ることによって生計を立てている人がほとんどですね。最近は、依頼を解決するのが一番になっている人ばかりですが」


 セリシャは一拍置いて、説明を続ける。


「依頼には、危険度に応じてランクが設定されています。目標のダンジョン、魔物、採集する物の難しさなどによりますね。ギルドは、依頼の仲介役ということです。ギルドを間に挟まない依頼もありますが、その説明は後回しにさせていただきます」


 アラトが了承を示すように頷いた。クリリはアラトの膝の上で寝息を立てている。しかし、誰も気に留めていない。素晴らしいスルーっぷりである。


「分不相応な依頼を受けさせて、冒険者を無駄死にさせるわけにもいきません。そこで目安にされるのが冒険者ランクです」


「俺がB、3人がCって言ってたやつか」


「はい。冒険者ランクはSSS(トリプルエス)SS(ダブルエス)、S、A、B、C、D、E、F、Gの10段階に分かれています。SSSが一番上、Gが一番下で、これは依頼のランクも同様です。冒険者ランクは依頼を達成していけば上げることができます。冒険者は、自分のランクの上下1ランクまでの依頼を受けることができます。アラト様であればA〜Cランク、キララ様、クシュル様、クリリ様であればB〜Dランクまでの依頼ということですね。ただし、上のランクの依頼を受けて何らかの損傷を負ったとしても、ギルドでは一切の責任を負いません」


「ん? 自分のランク以下の依頼ならある程度の責任を負うのか?」


 疑問を挟んだアラトに嫌な顔1つすることなく、セリシャは美しい声で答えた。


「そうですね。例えば、ランクを大きく上回る魔物が現れたなどの事情であれば、その被害に応じた補填をします。もちろん、ギルド管轄の冒険者が確認して、事実とわかればですけど」


「なるほどな……遮ってすまない、続けてくれ」


「はい。ランクに関する話は終わりなので、ギルドの役割について説明させていただきます。ギルドの役割は、先ほども言いましたように仲介役です。依頼の裏を洗い、依頼主の要請は適切か、報酬は適切か、妙なところはないかなどの点を調べてから、ランクを決定し依頼として貼り出します。ギルドが介した依頼を受けて、依頼を達成したのに報酬がもらえなかった、などということは起こりませんのでご安心ください」


「なるほど、依頼主がトンズラこいても報酬はもらえるってことでいいんだな」


 アラトは2、3度頷いて続きを促す。


「そういうことになります。こちらで調べてランクを設定するので基本的に間違いはありませんが、異常(イレギュラー)が起きる可能性はどうしてもあります。その点はご了承ください」


 セリシャがアラトをチラリと見ると、アラトはわかっているさとでも言うように軽く肩を竦めて頷いていた。セリシャも頷きを返し、続きを話す。


「ギルドは仲介料として、報酬の1割をいただきます。これは予め報酬から差し引いて掲示しておりますので、冒険者が受け取れる報酬は、記載されている通りとなります。また、依頼をキャンセルする場合はキャンセル料が発生しますので、お気をつけください。依頼の達成方法は、採集系であれば依頼に記された対象、討伐系であれば討伐部位をギルドにお持ちください。ここまでが、ギルドを介した依頼の説明となります」


 ということは、次はギルドを介さない依頼の説明だ。


「ギルドを介さない依頼は、仲介料が発生しない分依頼人が用意した報酬がそのまま受け取れます。が、誰も裏を取っていませんので、騙される可能性があります。また、報酬を渡さずに逃げられるかもしれません。それらの点をよく考えた上で、依頼を受けるかどうか決めてください。ギルドは責任を負いませんので。ギルドを仲介しない場合でも、達成方法は同じです。依頼人に頼まれた物を渡してください」


 セリシャがアラトに伺うような視線を向けた。

 アラトは大きく頷く。


「わかった」


「では以上で、冒険者とギルドに関しての説明は終わりです。何か質問はございますか?」


「1つ、いや、2つある。俺達は何故そのランクからなんだ? Gランクから始めることはできないのか?」


 その質問に、セリシャは困惑しながらも丁寧に答えた。


「1つ目の質問は、ギルドマスターからの指示です、としか。ギルドマスターはSランクの持ち主です。そんなギルドマスターを手加減していた状態とはいえ倒したアラト様はBランクは確実でしょう。また、キララ様達御三方は、ギルドマスターがCランクだと言っていたとレイルさんが言っていました」


 はて、手加減。アレは全身全霊で全力だったよなぁ、殺気全開だったもんなぁと呑気に考えるアラト。まあ、何か事情があるのだろうと考え、そこに突っ込むつもりはないようだった。


(てか、ヴィンセンスさんでSランクかよ。またしても高すぎる)


 まあ、それ以上に失礼なことを考えているが。


「2つ目の質問に関しては、できなくはないですがやめてほしい、といったところですね。そもそも、自分のランクの上下1ランクまでというルールが下位ランクの依頼を残すためなんです。実力者が楽な依頼をクリアしてしまっては、まだ実力が及ばない人々が受ける依頼がなくなってしまいますから。アラト様達はどう頑張ってもFやGといったランクで苦戦することはないでしょうし……と、言うかですね」


 セリシャが軽く掌を合わせて小首を傾げ、疑問を述べた。きめ細やかな髪が揺れる。


「上のランクから始めさせろと仰る方はいますが、下のランクから始めさせてくれなんて言う方は初めてです。何かお考えでも?」


 『言う』を敬語にし忘れるくらいにはセリシャも驚いているらしい。

 頭を掻きながらアラトが答える。


「いや、目立つじゃないか……普通に一番下から始めた方が目立たなくていいかなって思ったんだ」


「なるほど、そういうことでしたか……ですがどの道、かなりのスピードでランクアップを果たすでしょうから、目立つことには変わりないと思いますよ?」


 言われてみればそれもそうである。


「……そうか。じゃあいいや、冒険者カードを作ってもらえるか?」


「はい。では、少々お待ちください」


「あ、悪い。地図とかないか? あるんだったら一緒に持ってきてもらえると嬉しいんだが……」


「地図、ですか? わかりました。では」


 セリシャは席を立ってアラト達に一礼すると、部屋を出て行った。


 セリシャが出て行ったところで、クシュルがアラトに話しかけた。


「あのぅ〜、この世界の言語は読めないんじゃないんですか〜? 地図を頼んだ意味がよくわからないんですけどぉ〜」


 クシュルの疑問も尤もだ。アラトが答えようとしたその時、


「耄碌ババアはこれだからダメなんです。顔についてる2つの目は節穴です?」


 いつの間にか起きていたクリリが口を挟んだ。いきなり罵倒されたクシュル。流石に頭に来たのか、額に青筋が浮かんでいる。


「………おいコラガキぃ〜? いきなり何ですかぁ〜? いくら私でもそろそろキレますよぉ〜? 温厚で心の広い私を怒らせない方がいいと思いますけどぉ〜?」


「自分の性格を見つめ直すべきです。温厚? 心の広い? もしかして笑い死にさせる気なのです? それなら大成功なのです。笑いが止まらない自信がありますです。(笑)なのです」


 ビキビキィッ!! っと音を立ててクシュルの青筋が増える。というか聞こえるのかこの音。ゲーム時代ですらなかったギミックである。


 それはそうと、アラトが割って入る。


「やめろって。お前らは本当にもう……。クシュルの疑問に答えると、さっきの書類を手に取った時、メニュー画面が現れてそこに日本語訳が書いてあったんだよ。これが俺達のデータに備わってる機能なら、地図も翻訳してくれる可能性が高いだろ?」


「……なるほど〜、さすがししょーですぅ〜」


「クシュルの位置からは見えなかったみたいだしな。説明してなかった俺が悪い」


 アラト達の側に椅子は1つしかなかったので、クシュルはアラトの少し後ろに立っていたのだ。それでアラトの身体の陰になって見えなかったのだろう。


「それに……ああ、これは後でいいか。セリシャがそろそろ戻ってくるみたいだし。それにしても早いな」


 続けて何かを言おうとしたアラトだったが、言葉を濁した。代わりにずっと展開している魔力感知の網で得た情報を周りの3人に伝える。


「……くそっ、全然わかんねーや」


「……わたしもです。おにーちゃんの感知範囲はどれだけ広いんです……?」


 アラトと同じように展開はしていたらしいキララとクリリが悔しそうに呟く。アラトは優しい目で2人を見つめる。焦る必要はない。そう目が語っていた。

 と、そこで気になることがあったのかアラトが目を凝らし、あることに気がつく。


(あれ、2人とも、もう感知範囲が広がってるのか? 感知を強くして…………やっぱりそうだ。さすが、飲み込みが早いな)


 アラトが自分の広げていた網の感度を上げ(やろうとしたらできた)2人の網の大きさを探ったところ、ここに到着した時に比べて範囲の直径が1.5倍程度になっていた。キララとクリリの飲み込みの早さについ感心してしまうアラト。


 それから1分程して、セリシャが部屋に戻ってきた。手に4枚のカードと、円筒形に丸められた物体を持っている。恐らくこれが地図だろう。


「お待たせいたしました。こちら、皆様の冒険者カードになります。それと地図ですが、この大陸の物しかありませんでした。それでもよろしいでしょうか?」


 セリシャがアラトには銀色の、ケモ耳娘3人には茶色の縦10cm、横20cm、厚さ数ミリのカードを手渡しつつ、後半はアラトに向かって尋ねた。


 カードはアラトの物が銀製、3人の物が銅製のようだ。何やら文字が書かれていて、その文字は極微量の魔力を含んでいる。中々に重い。


 そんなことを一瞬で考えながらも、アラトはセリシャに頷いておく。


「ああ十分だ、ありがとう。見せてもらえるか?」


「はい、どうぞ」


 アラトは地図を受け取り、それを広げる。


 今アラト達がいるこの大陸────《キュピリオス大陸》は、《マスパラ》時代は《ムニュミレヌイーガストロシウマ大陸》──長過ぎるので、通称《東の大陸》と呼ばれ、ゲームで設定されていた地図では5大陸の内、東に位置していた。

 ハイギスの話では、この大陸は人間至上主義に近い思想があるという。獣人族もいるが、大半は奴隷らしい。

 5大陸はそれぞれ、地球で言うところのアフリカ大陸程の広さはあっただろうか。大きな街の数は100や200を容易に超え、小さな街や村も含めれば1万は下らない程の数の人のコミュニティが存在している。というのがゲームの設定だった。


 今アラトはそのことを思い出していた。というのも……。


(……なんて詳しい地図なんだ……!? この世界がモリンシャンの言うように《マスパラ》に酷似しているのなら、大陸の広さも大して変わらないはずだ。少なくとも、道を移動してきた感覚から言えば大陸の大きさに差はほとんどない。この世界の文明レベルは地球ほど進んではいないようだし、どうやってこんな……)


 そう。文明レベルと比較した場合、地図の出来が驚くほどよかったのだ。

 大陸の凡その形が描かれている。その中に国境らしき線が多数引かれていて、王都の場所が黒丸で示されていた。各国の王都の名前もしっかり書かれており、この地図はこの国の物だからか、他国とこの国との関係が簡単に書き添えられていた。

 手書きにしては出来が良すぎるように思える。魔法でも使っているのだろうか? まあ、アラトはそこまで地図の歴史に詳しいわけではないが。


(……まあいい、取り敢えずは()()()()()だ)


 アラトが先ほど言おうとしてやめたこと────それは、この世界の文字を覚えることである。

 今アラトの視界には地図と、その上に浮かぶ日本語訳メニュー画面がある。メニュー画面は半透明なので地図の文字も同時に視界に収められるのだ。この世界でしばらく生活するのだし、覚えておいて損はない。


「あの」


「………………」


「………あのー」


「……あ、悪い。何だ?」


 地図を読むのに没頭しすぎていたアラトは、セリシャに呼びかけられているのに気づかなかった。照れで僅かに頬を染め、セリシャに訊き返す。


「今アラト様が御覧になっている物よりも狭い範囲を詳しく表記した物が重ねてありますので」


「ん? ああ、これか。ありがとう」


 セリシャに言われて気がついたが、確かに2枚の地図が重なっている。全く気がつかなかった。


「用が済んだら、受付でセリシャに渡せばいいのか?」


「はい、そうですね。そうしていただけますか?」


「わかった。どこか場所を変えた方がいいかな?」


 これを訊くのを忘れていた。こちらの勝手な判断で場所を占領するわけにもいかない。


「いえ、今は大丈夫ですよ。ただ、もしかしたら場所を移っていただくことになるかもしれません」


「わかった、ありがとう」


「では、失礼します」


 セリシャが部屋を出て行く。

 扉が閉まるのとほぼ同時に、クシュルが口を開いた。


「ししょー、地図を使って何をするつもりなんですかぁー?」


「これだから頭のない耄碌ババアはダメです。もちろんおにーちゃんは街の名前を覚えようとしているに決まって────」


「ししょーのことを何も理解してないガキは少し黙ってろですぅー。ししょーがその程度のことで話しかけられても気づかないほどに集中するなんてあり得ないですよー」


「…………むぅ、です」


 クリリはクシュルの言い分に反論できない。

 確かに、魔力感知などというとても神経を使う作業をしながらギルマスと会話できるほどに器用なのは判明している。街の名前を覚えるくらいのことで、アラトのリソースがいっぱいになるというのは考えにくかった。


「……クシュルはすげえな。流石だよ」


「いえー、それほどでもー」


 先ほどから真面目な雰囲気を醸し出しているクシュルを、アラトが褒める。今の『流石』は、『流石によくわかってるな』という意味に加えて、『俺が作業に没頭する前の僅かなタイミングで話しかけるとは、流石だよ』という意味も込められていた。クシュルもそれを理解した上で、平然と返す。


「んで? クシュルを褒めたってことは、クシュルの言う通りに何か別の理由があるんだろ? あたしらはそれを教えてもらえんのか?」


「ああ、別に隠すつもりがあったわけじゃないからな。俺がやろうとしていることは──この世界の言語の学習さ」


「「「………ゑ?」」」


 3人の動転した声が綺麗に揃って聞こえ、そのまま消えていく。


「「「………………」」」


「……おーい?」


「「「…………」」」


「……あのー?」


「「「……」」」


「……大じょ──」


「「「はぁぁぁぁあああああ!?」」」


「うおっ!?」


 3人の声がまたもや揃い、大音量に驚くアラト。


「ししょー、何を言っているんですかー!? 言語の学習って、えぇー!? …………えぇー!?」


 さっきからクシュルの口調がずっと真面目な物のままだ。全く落ち着けていないらしい。


「え、ちょ、おまっ、何言っ、えっ、あの、えと、その、んと……」


 キララはテンパりすぎて何を言っているのかわからない。きっと自分でもわかっていないだろう。驚き過ぎて、微量に魔力を漏らしてしまっている。


「……お、おにーちゃん……壊れちゃったです……?」


 クリリはアラトを心配そうな目で見てくる。大層驚いているのは理解できるが、些か失礼ではないだろうか。アラトはそう思う。


「いや、まずは落ち着け?」


「「「これが落ち着いていられるか(ますか)(るですか)!?!?」」」


「お、おう………」


 力強く言い切られて、アラトが口ごもる。しかし、同時にアラトは思う。そんなに驚くようなことだろうか。


「……たかだか言語1つ覚えるだけだろ? 訳もわかるわけだし、日本語に近い言語みたいだからな。そう驚くことじゃないよ」


「……そ、そう言われるとそうなのか……?」


「おねーちゃん、騙されちゃいけませんです。全くもってそんな簡単なことじゃありませんです。おにーちゃんがおかしいです」


「これに関しては完全に同意しますねー。明らかにししょーがおかしいですぅー」


「…………酷い言われようだ」


 アラトは虚ろな目をして呟くが、もし道行く人に訊けば十中八九クシュル達の意見に賛同してくれるだろう。これはアラトがおかしい。


 アラトは気を取り直すように頭を振ると3人を見回し、一言告げる。


「と、言うわけで少し時間がかかる。それまでは悪いけど、どうにかして時間を潰しててくれ」


 1つの言語を覚えることが少しなどという時間で済むとは思えないが、アラトはそれを疑っていないように見える。ケモ耳娘3人はため息を1つ漏らし、それぞれが時間を潰し始めた。







 ──────1時間後。


 キララとクリリは魔力感知の特訓に流石に飽きたのか、魔力の波動を互いにぶつけ合って遊んでいた。クシュルは自分の装備を布で拭いたりして手入れしていた。


 そんな完全に弛緩した空気を破るかのように、静かな声が響く。


「────終わった」


 地図を読み終わったアラトのものだった。

 パサリと音を立てて、地図が机の上に投げ出される。


「うわぁ……マジで終わらせたのかよアラト……」


「おかしいです……おにーちゃんが人ではない何か別の物に見えてきましたです……」


 アラトのスペックに驚愕しつつドン引きするキララとクリリの直接的すぎる悪口がアラトの心に突き刺さる。


「うぐっ……そ、そこまで言うことないだろ……」


「うぅ〜ん、終わったみたいですねぇ〜。ふーん、1時間かかったんですかぁ〜。へぇ〜…………。………ん?」


 アラト達のやり取りで作業を()め、クシュルが伸びをする。そしてメニューに表示される時計に目をやり、経過した時間を正確に把握した。…………そして、伸びをしたまま時間を停止させる。


「どうだ? 手入れは終わったか?」


 アラトが爽やかな笑顔でクシュルに問うが、クシュルはアラトに構っている暇はない。混乱の極みである。


「え、え、え? 1時間? 言語を1つ覚えるのにたったの1時間? え、おかしくないですかぁ〜?」


 思わず口をついて出た疑問に答えてくれる声はなかった。



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