一の黒
~嫌悪~
突然現れた黒い魔方陣に連れ去られて俺がやってきたのは魔法文明の栄える世界。暫し呆けていた俺は神と名乗る黒いじいさんにぼこぼこにされて気を失い、気付くとまた知らない場所に居た。
周りは見渡す限りの廃墟。空が黒一色に染まっている癖に辺りは明るい。そして、俺の正面の通りには所狭しと蠢く黒一色の人形。
『聞こえるかな、ホビー君。君には自動修復機能のついた刀と強化特性を持つ魔力を与えてやった。私を崇め奉った上で有り難く使い、甘美な悲鳴を沢山聞かせたまえ。それと、君は今日から不老不死だ。精神が崩壊するまで私を楽しませる栄誉を与えよう!』
頭上から聞こえたのは憎き黒爺さんの声。異常に嬉しそうに語るその顔が頭に浮かんで気持ち悪い。アイツは本気で、僅かの疑いも無く自分こそが一番尊く偉いと確信している。ボコられた時に本人が言っていたのだ。神の役に立てるとは君も幸せものだね、と。まるで当たり前の事を言う様な口調で。
アイツの言う事を聞くのは癪だが、何もしずに殺されるつもりも無い。とりあえず刀を拾い、抜き身で構える。強化特性の魔力とかはとりあえず後回しだ。使い方が分からない以上考えても仕方ない。決意を固めて黒い人形達を見据える。
「否、逃げるか」
そして直ぐに決意は崩れ去った。常識で考えて、刀を初めて持った俺が大群を相手に勝てる見込みは無い。というか普通の侍でも厳しいと思う。ここは一度敵を分散させて各個撃破が理想。伊達にアクションゲームを買い漁っていた訳では無いのだ。
俺は黒人形に背を向けて、刀を納めて走り出す。途中チラリと背後を伺うが、黒人形達はどうやら運動が苦手らしい。ぐんぐん黒人形達を突き放して走る俺は、そのまま遠くを目指して適当に走り続ける。幸いこの廃墟の団地はそんなに複雑な並びでは無い。簡単に逃げ切る事が出来た。
ある程度距離を開けた俺は、大きめの廃墟に逃げ込んだ。高級住宅だったのか、崩れている箇所は無い。屋根が落ちているのと二回に穴が開いているのを除けば綺麗な家だ。俺は暫くこの家を拠点にしようと思う。
少し休憩した後、刀の扱いに慣れる事にした。感覚が麻痺しているのか、頭が追い付いていないのか、恐怖や絶望といった感情は湧いてこない。正直、異様な程冷静な自分が不気味に感じる。
とりあえず正眼に構えて上から振り下ろす。俺の曖昧な知識によると、確か刀は叩きつけてはいけない筈だ。長くて細い包丁の様な物だと思えば良いだろう。つまり、動かしながら切るのが正しい。
もう一度縦に振る。今度はさっきの黒人形を斬りつけるイメージで。
刀がイメージ上の黒人形に触れるタイミングで一歩後退。しかし刀を振る手は止めない。
「ちょっと違う気がする」
なんとなく、今の振り方では黒人形は切れない気がした。だから今度はゆっくり振ってみる。何度も繰り返しゆっくり振って斬れる振り方を探す。そしてなんとか見付けたのは、手首も使って振る振り方。それを身体に染み込ませる様に何度も反復運動して練習する。
「まさか刀の素振りをやるとは……」
江戸時代の日本人ならまだしも現代日本人が本物の刀を使って素振りをするとは思わなかった。そんな事を思いつつもきちんと納得の行くまで素振りを続ける。完璧主義者の俺は中途半端な妥協は許さない。しっかり完璧に馴染むまで振り続け、手に豆が出来た所で一端休憩する事に。
荒い息を整えながら床に寝転がり、真っ暗な空を見詰める。相変わらず空は黒いのに地上は明るい。そこでふと気付く。
「そういえば腹も減らないし眠くもならないな。というか今は何時だ?」
廃墟に時計がある筈も無く、太陽の無い空からも時間は分からない。食欲も無いから腹時計も使えないし、眠くもならない。なんだか俺だけ世界から取り残されたみたいで、言い知れぬ嫌悪感を感じる。
じっとしていると嫌な事が頭を過るのでもう一度刀を握る。袈裟斬り、切り上げ、唐竹割り。アクションゲームの刀キャラの動きを見よう見まねで再現し、アレンジを加えながら実用レベルまで引き上げていく。そして様々な状況をイメージして架空の敵を切り裂く。これが予想以上に楽しく、体力切れの休憩時間がもどかしい。
食事の時間も睡眠の時間も必要無い上にやる事は無い俺は、ただひたすらに刀を振り続ける。型は増え、刀を振る音が鋭くなっていき、より完璧に近い形へ。何かを忘れようと、何も考え無い様にと俺はただただ刀を振り続けた。
次回、〔一の白~使命~〕




