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第二話 戸惑い

 

 時間はまた1時間ほど前に遡る……。


「――――葉月?」

「……ん!? な、何……? お姉ちゃん?」

 高校生活初日。鈴桜高等学校で入学式が予定されているその日、戸叶(とがのう) 葉月(はずき)はボーッとした様子で朝食を食べていた。

 テーブルの上に用意されているのはホカホカのご飯と味噌汁、それといくつかの漬物。あまり豪勢とは言えないような朝食だが、贅沢はできない。

 二人の生活は貧乏……と言うほどではなかったが、それでも両親の居ない彼女達(・・・)の生活は厳しいものだった。

「いえ……、葉月がぼーっとしていましたから……。どうかしたのかしら?」

「あ……う、ううん……、なんでも……」

「本当に?」

「本当」

 葉月は先程までご飯を口に含んだままの状態でぼーっとしていたのだ。

 さすがに姉である(さつき)もその状態の葉月には心配をしているようだ。常時浮かべていたお淑やかな仮面は心配そうに少し歪んでいた。

 姉から少しだけ視線をそらしながら、葉月は今朝“視た”夢の内容を思い出していた。

(……なんで、あんな夢なんて……)

 それは懐かしい夢だった。

 10年程前にあったとても楽しくて、穏やかだった頃の夢。

 あの頃の彼女達には今は無い物が沢山あった。

 ――母。父。そして、兄――

 いまはもう朧気にしか思い出せないそんな生活を葉月は夢に“視て”しまったのだ。これは10年間の間で初めての出来事だった。

「………………」

 そんな葉月の態度が気になる様子の皐。

 頭の中でいくつか言葉を選びながら聞いた言葉は、

「何か、()えたのかしら?」

 彼女の能力にまつわる質問。

「…………夢を視た……」

「夢?」

「……うん」

 葉月の言葉を聞いて、皐は益々表情を固くしていた。

 それは「夢で見た」事をバカにした表情ではない。むしろ逆。

「どんな夢なのですか?」

「……ごめん、それは……言えない……」

「……、そうですか。葉月がそう言うのなら、おそらく言えない理由があるんでしょうね」

 皐の落ち込んだような、悲しそうなそんな声を聞いて、葉月は心の中で「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。

「10年前の事を夢に見た。」それを姉に伝えるのは戸惑われた。

 あの日々が幸せだったのは葉月だけではなく、皐もそう感じていたはずである。それこそ、葉月以上に大切に思っていたかもしれない。

 そんな皐に不容易に夢の内容を話すことを葉月はしなかった。ここで話してもきっと良い結果にはならないだろうという考えからだった。

「………………」

「………………」

 二人の間に沈黙が落ちる。

 この日の朝食はその空気が戻ることなく、終了することとなる。

(あんなこと……、話すべきじゃなかった……)

 後悔の念を胸に抱きながら、葉月は少し冷めてしまったご飯を食べるのだった。


 ******


 戸叶 葉月は能力者である。それは姉である皐も同様だ。

 今現在、日本に住む人々で“能力者”であることは別段珍しいことではない。

 数十年前から行われている能力者開発により、能力者というのは社会的に見ても一般的な存在へと変貌を遂げていた。まぁ、実際のところは能力者の差別化や、能力者に対する畏怖や恐怖、能力を使用した凶悪な犯罪など、能力者という存在が一般化した今も問題点は増える一方ではあったが。

 国は能力者の存在を重宝し、育成することに力を注いでいる。その結果が鈴桜高等学校等の一般とはちょっと違う特殊な学校の存在だ。

 基本的には普通の学校とは変わらないものの(とはいえ、あそこまで塀で囲まれ、門で出入りを封じた学校が“普通”と言えるのかは疑問だが)、いくつかのカリキュラムが変更されている。能力者の社会的な責任を説明される「特殊社会」や、能力開発を大幅に促進させる「能力開発(別名 人体実験)」等である。さらに、テストの形態も変化しており、筆記と能力による実技のテストとなる(入試も同様)。

 そして3年間単位を取り続け、卒業できた者はその能力を買われて大抵は国の要職につく事になる。

 大半は警察関係だ。能力者による犯罪が急増している今、能力者を止めることが出来るのは同じ能力者だというのも当然の話だろう。

 さらに言えば、警察というのは結局国が直接管理している機関だ。日本は不戦を貫いているが、もしも他国が日本に戦争を仕掛けたらどうするのか。それはやはり、防衛という形で能力者が使われる(・・・・)事になる。つまり、能力者を戦力として戦争に参加させる腹積もりなのだ。

 それと同じような理由で最近では自衛隊も能力者の補充を行なっていると言われている。

 海外でも能力者の数が増えている以上、防衛機能として能力者が買われるのも致し方無いことか。

 こうして国が能力者を“消耗品”のように扱っている限り、能力者と一般人による差別化がなくなることはおそらくないだろう。

 では、その能力者の“能力”とは一体何なのだろうか?

 これにはまだ明確な回答が出されていない。不思議な話だ。能力者が急増した現在、何故“能力者”という存在が現れ出したのかを知っている者は誰も居ないのである。

 ただひとつ言えることは、時期的に見ても数十年前に起こった第四次産業革命が深く結びついていると言われている。だが、結局それは言われているだけであり、そこにも明確な回答は存在していない。

 だが、“能力”という存在を持った人間がいることだけは間違い無い。

 例えば葉月。

 彼女の能力は一言で言えば“視る”能力である。

 抽象的ではあるが、能力の性質を説明するときにはそれ以上の言葉は必要としない。

【視る】能力ということはつまり、彼女は様々なモノをその目で視る(・・)事が出来る。

 例えば人体。彼女には人体を見ただけで病気、怪我の箇所や程度、骨格や筋肉まで全ての物を視る事ができるという。

 例えば未来。これはひどく稀にらしいが、時折既視感よりもハッキリとした映像を視る時があるという。それは未来に起こる出来事なのだそうだ。

 例えば夢。誰もが見ている“夢”だろうと、彼女が視ればそれは単なる“夢”では済まされない。何が起こるかは本人すらも理解できない。

 他にも遠視や透視といった様々な“視る”能力を彼女は有している。

 一般人から見れば狂っているとしか思えないような力だ。一般人と能力者による社会的な差別化が進むのもある意味では仕方がないことなのかもしれない。

 しかし。

 彼女達は望んでその力を手に入れたわけではない。

 望まれぬ力によって不幸になっているのはどちらかと言えば力を授かった“能力者”の方なのだから。


 ******


 朝食を終えた二人は同時に家を出た。

 前日に既に準備を終え、制服姿(ブレザー型の普通の制服)に着替えた二人はすぐに登校することとなった。

 二人の住んでいる家から学校までは桜並木を歩いて10分程度。かなり近場と言えた。

 皐は長い黒髪をいつものように後ろに流している。歩くたびに動くその髪は葉月から見れば邪魔ではないのかと聞き返したくなる(葉月は髪は短め)が、姉がその髪型を気に入っているのを知っているので今まで一度も聞いたことはない。

 身長は葉月よりも高く、胸元の制服を柔らかく押している部分も大きい。

 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。妹の目から見ても、姉の容姿はかなりアダルティックで可憐で、それでいて美しいと感じるものだった。

 反対に自分は……。

 葉月は皐から視線をそらすと、自らの胸を見て、そして触ってみた。

 ……ペタペタ……。

 無い。もう、小さいとかいうレベルじゃなくて、無い。

 制服が皐のように下から押されているようには一切見えない。むしろ上から下まで一直線に布地が下りて来てしまっている。これが格差社会の実態か。

 もう一度姉の胸元を見てみる。

 じーっと。それはもう、穴があくほどじーっと見つめる。

「……? 葉月?」

「じぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「あまりジロジロと見られたら恥ずかしいですよ……」

 妹に見られているだけだというのに、頬を軽く染めながらそう呟く皐。

 その姿は男子が見れば悶絶してしまいそうなほどに可愛い。葉月は卑怯だなぁという感想を抱きながら、盛大に溜息を吐いた。

「葉月?」

「……持っている人は、持っていない人の事は判らないよね……」

「ん??? どういうことかしら……?」

 葉月の掻き消えるような小さな言葉に皐は首をひねるだけだった。

「あ、そうでした。葉月」

 唐突に皐はとある件を思い出し、葉月に話しかける。

 葉月は足を止めることなく、皐の言葉に耳を傾けた。失礼な態度ではあるが、これが葉月のいつもの態度である。

 皐は特に気にした風も無く、

「鈴桜高等学校ではアルバイトの許可証を貰わなければならないそうです」

 と、目的の言葉を葉月に伝えた。

「アルバイト許可証……。そんなのもあった……」

「はい。中学の方ではそのような規則はありませんでしたが、高校では許可を取る必要があるそうですよ」

「……うん、分かった」

 彼女達の通う中学では許可証が必要なかった……、というより中学生でアルバイトする場合の規則が何も存在しなかった。

 二人が生活するためにはアルバイトは必要不可欠なものである。親のいない二人では、それ以外の収入が今の所何もないからだ。

 多くの中学ではアルバイトは禁止されてることがほとんどだ――とは言っても、二人ならば特例措置はされるだろう――が、幸運な事に彼女達の通う中学では禁止はされていなかったのである。

 アルバイトの事を聞かれた教師も顔を顰めながら「判らない」と言った事にはさすがの葉月も呆れたものだ。

 アルバイト禁止は生徒手帳にも書かれていない……。だからアルバイトをしても構わないだろうと言うことで、二人はせっせと仕事(バイト)をしていたわけだが……。

 どうやら鈴桜高等学校では承認が必要になるようだ。

「めんどくさそうな顔をしていますね」

「……メンドクサイ」

「そう言っても規則だから仕方ありません。まぁ、私達の家庭事情から(かんが)みれば許可が下りないはずもありませんが……」

「でも、書類を書くのは面倒」

「……まぁ、そうですよね」

 誰だってめんどくさいことはメンドクサイ。

 皐の同意に葉月は頷きを返しながら桜並木を進んでいった。

 話の切れ間、ふっと視線を上げてみると、ハラハラと桜の花びらが散っていた。

(……サクラ……)

 並木道の桜が舞い散る中、葉月は今朝見た夢を少しだけ思い返していた。

(確か……、夢で見た景色も桜だった…………うん、そうだ……)

 10年ほど前に家族がバラバラになってしまったあの日だって桜の花びらが舞っていたような覚えがある。

 詳しくは覚えていない。なぜならその頃の葉月は4才か5才か……、それぐらいの年齢だったのだから。記憶も少し曖昧だ。

 だが、それ以上に覚えているのは、あの日の姉と兄の事。

 私の泣き声と、姉の呆然とした表情。それから、兄の必死そうな顔。

 耳と目を塞ぎたくなるような光景を思い出し、葉月は少しだけ胸が苦しくなった。

「葉月? 大丈夫ですか?」

「んっ……大丈夫。問題なし」

 アレ(・・)は過ぎ去った過去だ。今更どうすることもできない。

 自分の心にそう言い聞かせて、葉月はなんでもないようないつものポーカーフェイスを浮かべるのだった。


 葉月達が家をでてから10分弱。

 既に二人は鈴桜高等学校を目の前にしていた。

「さすがにこの塀はなんとかならないのかしら? さすがに圧迫感を感じるのだけれど……」

「……、多分、無理」

「ですよね……。はぁぁ、これから毎日この塀と牢屋のような門を見なければならないと思うと、少し憂鬱です……」

「んっ……、そうだね」

 学校を囲う塀を目の前にしながら皐はゲンナリとした声音で呟く。

 いつものように微笑を浮かべている皐だったが、本心ではどうやらあまり好意的には感じていないらしい。なるほど、優等生にも好感を持てないことも多いようだ。

 開け広げられた門の傍には二人の警備員が手を後ろに組んだ状態で立ち尽くしている。眼光は鋭く、校舎の方に向かっていく生徒達を見つめ、不審者がいないかどうかを確認していた。

 それに威圧される生徒もいるようで、警備員の存在に気がついた何人かの生徒はそそくさと警備員達の前を通り過ぎていった。そんな態度を取ればむしろ不審者と判断されてしまいそうなものだが、この行動はある意味仕方なかった。

 まだ彼らは中学を卒業したばかりの15才の子供だ。あのような眼光で睨まれれば当然の反応だろう。

 心無しか警備員がちょっと涙目になっているような気がして、葉月は同情の念を送った。まぁ、届きはしないだろうが。

「おはようございます」

「……、お、おはようございます」

 と、そんな同情をしている真横では、皐が警備員に対して挨拶を交わしていた。

 さすが優等生なだけはある。葉月は心の中で姉を誇らしく思いながらも姉と同じ行動を取ろうとはしなかった。

 挨拶を受けた警備員は嬉しかったのか、少しだけどもりながら皐に挨拶を返した。少し微笑ましい。

「何をしているんですか、葉月。行きますよ」

「……うん」

 物々しい門を超えた先はまるで研究施設にも見える四角い校舎だ。

 校舎の周りには申し訳程度に木々が植えられており、そのすぐ先には塀が阻んでいる。校舎に面積をとっているためか、あまり庭は広々とはしていない。そもそも、この学校を建てた人が庭は不必要と考えてのことかもしれない。そう考えると葉月は少しだけ残念な気持ちだった。

 校舎の中に入っていくと、ガラス張りの壁が目の前に立ちはだかる。

 ガラスの向こう側は運動場になっており、土や小さな石が混じった茶色い砂が敷き詰められていた。

 そのガラスに、何枚かの大きな紙が張り出されている。

 見てみると、そこにはA~Gまでのクラスと、細々と人物名が書かれている……。これを見る限りはクラス分け表に見えるが……。

「ふふ、葉月と同じクラスになれたらいいのですけど……」

「…………うん」

 皐と共に紙に視線を向けた。

 クラスは左の方からA組、B組、C組、D組、E組、F組、G組という順番で並んでいる。

 入ってちょうどC組とD組の表が目に入る。が、そこには葉月の名前は書かれていない。

「私の名前は有りました。葉月はありましたか?」

「ううん、まだ」

「ということは、クラスはバラバラに別れてしまったみたいですね……」

「……うん、ごめん」

「何故葉月が謝るのですか? これは誰も悪くないのですから、葉月が謝る必要はありませんよ?」

「…………、そうだね」

 C、D、Eに名前が無い事を確認した葉月は一旦一番左の紙の近くまでやって来た。

 そこで、自らの名前を見つけた。

「お姉ちゃん、あった。私……Aクラス…………えっ?」

「そうですか。Aクラスでしたか。中学は3年間別々のクラスでしたので、同じクラスになれれば良かったのですけど……。葉月? どうかしたのですか?」

「え? あ…………」

 皐に指摘され、そこでようやく自分が呆然としていることに気がついた。

 普段見せない慌てっぷりを皐に惜しげもなく見せ、

「あ、う、ううん。なんでもない……」

 全く誤魔化せていない誤魔化しをしていた。

 さすがに何年間も一緒にいる皐だ。その葉月の行動のおかしさは誰よりも良く理解していた。

(クラス分け表を見ていましたし……もしかしたら中学で一緒だった人がクラスメイトになっているのかもしれませんね)

 が、彼女の予想は少しだけズレていた。

「そうですか。では、教室の方に移動しましょう。先程から生徒が続々と入ってきていますし、ここに長居しては邪魔になります」

「……うん、行こう」

 葉月は自分の見た事を心の奥底に仕舞い、皐の言葉に頷くのだった。


 鈴桜高等学校の西校舎には主に一般教室が設けられている。

 全5階建ての西校舎は3階~5階まではそれぞれ1年生(3階)2年生(4階)3年生(5階)と言う風に分けられている。尚、1階には文化部系の部室と運動部の更衣室が。2階には生徒や教師の利用する食堂が作られている。

 当然1年生である葉月と皐の教室も、3階にそれぞれ設けられていた。

 葉月のクラスはA。皐のクラスはC。

 間にBを挟む形となったが、二人のクラスはそこまで遠い距離ではない。が、学校の教室(クワス)分けに物理的な距離が関係するとは思えないが。

「では、私はC組なので先に失礼します」

「……うん」

 C組はA組よりも階段に近かった。

 いや、どんなクラスよりもC組が一番階段に近い。隣接していると言っても過言ではないほどだ(階段の隣にはトイレが、その次にC組が)。

 ヒラヒラと手を振る皐に葉月は手を振り返してそこで別れる……はずだったのだが、

「あっ、葉月」

 皐に呼びかけられ、葉月はAクラスに向かう足を一時停止させた。

「なに?」

「今晩は私の方にはアルバイトが入っていません。そちらはどうですか?」

「……私も無い」

「そうですか。それでは今日は一緒に昼食と夕食を食べられそうですね。帰りに一緒に商店街に買い物に行きましょう」

「ん……分かった」

「はい。それではまた後で」

 それだけを伝えると、皐はC組の教室へと入っていってしまう。

 葉月の反応はやや淡白だったが、皐のお誘いが嬉しかったのは間違いない。一見した程度では分からないが、少しだけ口が微笑んでいた。

(……お買い物は楽しみ……だけど……、私は確認しなきゃ……)

 足はA組へ。

 葉月はさきほど見たクラス表に書かれていたもう“一人の戸叶の苗字を持つ人物”の事を思い出していた。

 名前は……、

(……戸叶 弥生……)

 聞いたことある、なんて言葉では済まされない名前がそこには書かれていた。

(まさか本当に……?)

 10年。

 あれから10年が経っている。

 思い出はかなり風化してしまっている。もう既に兄の顔も朧気にしか思い出すことができない。

 でも、確認しなければならない。

「…………すぅぅ……、はぁぁ……」

 A組のクラスを前にして緊張をしている……。自分がここまで緊張することも珍しい気がする。

 客観的に自分を省みて、今まで緊張したことは少ないと思う。そもそも、ここまで感情を揺れ動かすのも久しぶりかもしれない。

 葉月は息を軽く飲み込んで、A組の教室の扉を開いた。

 ――ガラガラ――

 教室の中は通夜……とはさすがに言い過ぎかもしれないが、静かなものだった。

 おそらく同じ高校に来た知人と一緒にならなかった人ばかりなのだろう。皆チラチラと他人を伺いながら、話しかけるタイミングを計っているように見える。

 が、今の葉月にそんなことは関係ない。

 グルリと教室を見回して、黒板に貼られている座席表に視線を止めた。

 座席は出席番号の順番に書かれていた。教師にとっても生徒にとっても最もわかりやすい順番だと言える。

 その座席表によれば……彼の席は中央やや左側。葉月の席の真後ろの席だ。

「…………まだ、来てない……」

 その席は空席だった。


「んっ…………」

 10分程度が経過した。

 既にクラス内の席の大半は埋まってしまっている。が、いまだに葉月の後ろの席は無人だった。

 そんな状況にホッとしているような、残念のような……葉月の今の心境はかなり複雑であった。

「……………」

 クラス内は10分前よりは喧騒を取り戻していた。

 とは言っても、話しているのはごく一部の生徒だけで、その他の生徒は借りてきた猫のようにおとなしく席に座っている。葉月も似たようなもので、特に誰かと会話をすることもせず、ただジッと席に座っているだけだった。

 そもそも、内気というわけではないのだが、葉月は人付き合いは苦手の部類だ。初日から友人が出来るほど社交的ではない。

 チラリと周りを見回すと、ぼーっとしている者2割、おしゃべり2割、読書3割、ガイダンスを読んでいる真面目学生1割……。残りの2割はまだ席が埋まっていない。

 まだ入学式には時間があるが、おそらくすぐに揃うことになるだろう。

 そうこうしているうちにまた一人、A組に生徒が増える。

(……どうしよう……)

 葉月は心の中で呟いた。

 頭の中を駆け巡るのは同じ"戸叶"性を持つ生徒の事。“弥生”という名に間違いがなければ、それは兄と同じ名だ。

 これは偶然だろうか……? いや、そんなはずはない。

 同姓同名という線がないわけではないが、戸叶というのはやや珍しい苗字。弥生というのも珍しい名前だ。この二つが共に一緒になるような同姓同名がありえるわけが無い。

 と、すれば……。

 やはり戸叶 弥生は自分の兄なのかもしれない……。

(…………落ち着かない……)

 自分の心がいつも以上に乱れている事を葉月は自覚していた。

 いつもはクールな少女(他称)なだけに、こういう特殊な状況にはあまり免疫がない。慣れていないのだ。

(……だめ、……じっとしてられない……)

 ガララと葉月は席を立ち上がった。

 今朝姉が言っていたアルバイト許可証をもらってこよう。きっと職員室に行けばもらえるはずだ。

 そのついでに……、もう一度だけ玄関のクラス表を確認してこよう。

 あくまで“ついで”だ。

「……、行こう」

 急に立ち上がった葉月にクラスの視線が突き刺さるが、本人に気にした様子はない。そのまま扉まで移動し、廊下に出る。

 職員室は東校舎の1階にあるはずだ。

 3階からそのまま踊り場を通って東校舎に移り、階段を降りる。

 階段というのは不思議なもので、実は登ることよりも降りる方が身体には負担がかかるものだ。

 登る場合は身体を足で持ち上げるようにして登っていくのに対し、降りる場合は片一歩の足に全体重が乗っかってしまう。特に、降りる時は足を真っ直ぐ下ろすので、左右に力も逃げにくいのだ。

 少ない段数を昇り降りしている限りでは差はわかりにくいが、それが100段ともなれば差は明確になってくるだろう。

 やはり人間の足で体重を支えるのは難しいことなのだ。

 ――――閑話休題。

 東校舎1階に降りた葉月は早速職員室を探す……が、それは探す必要も無かった。

 なぜなら、東校舎の1階は全て職員室になっていたからである。堂々と扉の上には「職員室」と書かれたプレートが掲げられていた。

「失礼します」

 ガラガラと扉を開けながら軽く一礼。

 職員室内部はやや個室のように小さな区切りが付けられており、教師達はその与えられた区画の中で何やらせっせと作業をしていた。

 手書きで何かを書いている者。コンピュータで何やら難しそうな計算をしている者。ただコーヒーを飲んでくつろいでいる者。その姿は様々だ。

 葉月の声に振り返った一番手前側の教師は若い男性教師であった。

 その顔は驚きが浮かんでいるのが葉月には見て取れた。

「君は……新入生の子かな?」

「はい」

「それで、誰に用なんだい?」

 どうやらその男性教師は職員室の受付役になっているらしい。

 職員室の扉に一番近いのだから当然といえば当然の流れなのかもしれないが、それでも大変な仕事だろう。

「……アルバイトの許可証が、欲しいんですが……」

「アルバイトの許可証? 入学式初日で貰いに来るなんて、せっかちな子だねぇ~。まぁ、いいよ。すぐもらってきてあげる」

「んっ……ありがとうございます」

 男性教師は立ち上がると、他の教師の下へと歩きだした。

 教師と何回か言葉を交わした後になにやら一枚の白い紙を手にして戻ってきた。おそらくその紙が許可証になるのだろう。

 男性教師はニコリと笑顔を浮かべると、

「はい。これが許可証になるからね。こちらに君の名前と、保護者の名前。それと働く場所の名前と住所、電話番号なんかもよろしくね」

 紙を葉月に渡しながら説明をしてくる。

 その説明の内容に「メンドクサイなぁ」と心の中でだけ呟いて、一つだけ確認しなければならない事を聞いてみる。

「あの……、保護者が居ない場合は、どうします?」

「えっ!? あ、あぁ~そ、そうだね……。う、うーん……ちょ、ちょっと待ってね!」

 焦ったように男性教師は先程の教師の所まで向かい……そしてやはりすぐに戻ってきた。

 先程よりも笑顔がどこかぎこちない。

「えっと……、誰か家族の名前を書いておけばいいそうだよ」

「……、そうですか」

 姉の名前で大丈夫だろうか。

 後で怒られるような気がしないでもないが、今は別段気にするべきことでもないか。

 怒られた時は怒られた時で、その時に対策を考えればいい。

「ありがとうございます」

「そう……、うん。あ、それは担任の教師に提出してくれればいいからね」

「分かりました」

 そのセリフを言った時の男性教師のホッとしたような表情が少しだけ葉月は気に食わなかった。

 態度から見るに、新人の教師かもしれない。彼とはあまり近寄らないようにしたいものだ。

 葉月は他人が聞けば「何様だ!」と言われそうな感想を抱きながら、職員室を後にするのだった。


 職員室を出て、曲がり角をひとつ抜けた先。そこが玄関になっている。

 すでに時間はかなり切羽詰ってきていた。どうやら職員室で少し時間をかけすぎてしまったらしい。

(確証はないが)"新任"男性教師に多少の恨み言を心の中で呟きつつ、葉月はクラス表を確認するために玄関へと向かう。

 そして、そこで。

 女子トイレから飛び出すひとりの男子生徒を目撃することとなる。

「…………」

 変態か。

 葉月が最初に感じた感想はそれだった。

 いや、例えそれが葉月でなかったとしても、同様の感想を漏らしていたに違いない。

 女子トイレから挙動不審に飛び出してくる男……。これを変態を思わずに誰を変態だと思えば良いのだろうか。

 さて、あの変態をどうするべきか……。それを考え始めた葉月は、思考を停止させることになる。

「…………えっ?」

 少しだけ見えた横顔。

 男子としては長めに切られた髪の隙間から見えた少年の横顔。それは、自分のよく知る誰か(さつき)の顔に少しだけ似ていて……。

 そして、10年も前に一緒に暮らしていた兄の面影が少しだけ残っている気がして……。

 見られていた事に気がついたのかその男子生徒は葉月に向かって弁解を始めた。男子にしては少し高い、綺麗なテノール声で、

「あぁ、いや、これは……その、消しゴムが……」

 そんな下手な言い訳をしてくる。

 だが、葉月には彼の言い訳が耳に入ってこない。それよりも大切な事に頭が完全に支配されてしまっていた。

(やっぱり……)

「……お兄ちゃん……?」

 その小さな呟きを聞いた瞬間、男子生徒は驚きに目を見開かせた。

「な…………」

 パクパクと。

 声にならない声を呟きながら、その男子生徒は鯉のように口をパクパクと動かしていた。

「……お兄ちゃん……、弥生お兄ちゃん……だよね……?」

「お兄ちゃん……? えっ? そんな、僕――――」

「私だよ……葉月。お兄ちゃんの妹の……葉月」

 必死だった。

 兄の表情からなにかとんでもない事が起きているような、そんな嫌な予感が心の中を支配していて……。

 余りにも不安で、葉月は必死になっていた。

「僕……僕には……」

「お兄ちゃん……!!」

「僕には、妹なんて……妹なんて居ない!!」

「えっ……?」

 その男子生徒の一言は、葉月に想像以上の衝撃を与えた。

 まるで地面がなくなってしまったかのような感覚。少しでも気を抜けばそのまま倒れ込んでしまいそうな……、そんな感覚が身体を支配していた。

 何故? なんで?

 兄は自分の事を覚えていない?

 忘れてしまった?

 私の事を? お姉ちゃんの事も? お母さんの事も? 全部?

(……そんな……)

「あ…………いや、ちがっ僕は……」

 葉月の泣き出しそうな表情を見たせいか、男子生徒は狼狽え始める。

 顔つきはあの頃とは変わっていない。髪型も背の高さも変わってしまっていたが、それでも雰囲気で分かった。

 あそこに立っているのは紛れも無く自らの兄だと……。紛れもない戸叶 弥生なのだということを……。

「お兄ちゃ――――」

 しかし、時間は彼らを待ってはくれなかった。


 ――キーンコーンカーンコーン――!


「「!?」」

「あ……ま、待って!!! ……お兄ちゃん……!!」

 チャイムが鳴り出したと同時に、男子生徒は西校舎の階段を走って登り始めた。

 それを追いかけるように葉月も階段を走って登り始める。が、その男子生徒の足に追いつけるはずも無く――

「――葉月?」

 3階に到達したところで、C組からひょっこり出てきた姉と出会ってしまう。

「どうしたのですか、葉月? もう入学式が始まってしまいますよ?」

「あ――――入学式……?」

 そういえばそうだ。

 今日は入学式がある。先程あれだけの事があっただけに、その事はすっかりと葉月の頭の中からは消し飛んでしまっていた。

 A組はまだ体育館まで移動していないようだ。今合流すれば入学式には問題なく出席できる。が、しかし、入学式に出席すれば兄に問いただすこともできなくなってしまうではないだろうか。

 兄に――問いただす――

(……何を……?)

 自分は兄に一体何を聞くつもりだったのだろうか?

(……私の事? それとも家族のこと……?)

 聞くことなんて何もないのではないか……。

 だって、彼は、自身の事も、なにも覚えてないのだから……。

「……んっ、先生からアルバイト許可証を貰ってきた」

 葉月はとっさに皐に対して嘘をついた。

 アルバイト許可証をもらってきたのは間違いなく本当のことだ。だが、それ以上に大切なことをこの時葉月は姉に伝えなかった。

「そう。さすがに葉月は行動が早いのね。私も後で貰ってくることにしますね」

「……、二枚貰ってくればよかった」

「ふふ、ありがとう。その気持ちだけで十分よ。さぁ、すでに列が動き始めています。あなたも自分のクラスの方に戻りなさい」

「……うん」

 小さく頷きを返し、葉月はA組の列に混じるのだった……。


「……葉月……」

 その後ろ姿を寂しそうに、そして心配そうに見つめながら、皐は小さく……本当に小さく葉月の名前を呟くのだった。



 入学式は葉月の予想通り「無難につまらない」代物であった。

 校長の挨拶。端宮(はじのみや) 香緒里(かおり)生徒会長の祝辞。さらには校歌を聞かされて、葉月としてはうんざりしていた。

 お偉い方のありがたい言葉も葉月にとっては右から左に聞き流される念仏でしかない。

 しかしまぁ、それ以前に。

 葉月の頭の中は一人の男子生徒の事で一杯になっていたわけだが。

 A組の列の中にその思い描いた生徒の姿は無い。どうやら入学式には出席していないようだ。

 教室に居たとき以上にホッとしている自分がいて、それを自覚したと同時に自己嫌悪。「兄に会いたくないのか!?」なんて自分自身に聞いてみる。答えは勿論ノーだ。

 兄を見るのは10年ぶりだった。

 元々お兄ちゃんっ子だった葉月には10年ぶりに視た兄の姿は、10年前とあまり変わっていないように見えた。

 不思議な話だ。身長も体格も、何もかもが変わってしまったように見えたが、兄の姿をキチンと“視た”瞬間にその人が自分の兄であることを直感的に理解してしまったのだ。

 自分の能力なのか、それとも妹特有の特殊能力なのか。

 前者の可能性が高いが、もしも後者だったらそれはそれでいいかもしれない。そんな妄想を抱いているうちに、終始ありがたい(おもしろくない)話だった入学式はいつの間にか終了していた。

 この日は入学式以上にすることはない。

 後はA組の担任になった教師から適当に自己紹介を受け、注意事項や提出書類なんかの確認をされて「はい、さようなら」。

 かなりあっさりとした終わり方だったが、どうやらA組の担任はあまり帰りのHRを長引かせない人のようだ。すぐに伝達事項だけを伝えると、そのまま解散だ。

 これには葉月を含めた大多数の生徒が好感触を示していた。

 生徒に好かれやすい教師とは、「授業が楽しい」か「HRを終えるのが早い」教師のようだ。現金なものだ。

 こうして、新1年生達の登校初日はあっさりと幕を下ろすこととなった。


 ――この日、葉月の後ろの席が埋まることは結局一度も無かった――



「葉月」

「あ……、お姉ちゃん……」

 クラスのHRが終了し、玄関口までやって来た葉月だったが、そこには既に先客がいた。

 やや多めの生徒でごった返す中、その姿は可憐の一言に尽きる。

 物憂げな表情を浮かべ、両手で看板を掴みながら壁を背にして立っている皐。こういった細かい動作にも気品を感じさせてしまうのが皐の魅力の一つだろう。

 最も、双子の妹である葉月はそんな皐の1割も魅力を引き継いではいなかったが。

 玄関にやって来た葉月に気がついたのか、物憂げな表情はどこへやら……。にっこりと笑顔を浮かべながら、葉月に近寄ってきた。

 何人かの生徒が皐の笑顔にポ~っとしていたが、皐は特に彼らに気にした様子はない。彼女達の通っていた中学でもよく見た光景なので、皐も葉月も慣れてしまっていた。

「さぁ、葉月。一緒にお買い物に行きましょう」

「え……あ……」

 そうだった。

 皐とは買い物に一緒に行く約束をしていたのだ。

 葉月が皐との約束を忘れるなど、珍しいことだ。おそらく、今まででも数回しかなかったことだろう。

「うん……」

「…………」

 うつむきながら答える葉月。

 それを悲しそうに見つめる皐。

 二人はただただ無言で、商店街へと歩きだした。


 商店街は彼女達の住む家からはさほど遠いわけではない。

 学校から歩いて20分程度。家からは大体10分程度の距離にその商店街はある。

 今は大型のデパートやスーパーに売上が押されている中、二人はその商店街をよく利用していた。

 古くから発展してきているこの街には、昔ながらのお店も多い。同じように子供の頃からここに住んでいる二人にしてみれば、商店街は庭と行っても過言ではなかった。

 それに。

「おばあさま、こんにちは」

「あら、皐ちゃんじゃない~。こんにちは。今日はお買い物かしら?」

「はい、野菜を買いに来ました」

 八百屋のおばあちゃん。

 魚屋のおじいさん。

 駄菓子屋のじーばば。

 彼女達と面識のある人々がこの商店街には沢山居るからだ。

「あらそうなの? それじゃあおばちゃん、安くしちゃうわよ~?」

「本当ですか? ありがとうございます」

 皐は優雅に一礼。

 その礼儀正しい態度をいつもおばちゃんはタプンタプンと顎の贅肉を揺らしながら、笑う。

「あっはっはっは。そうねぇ……、献立は決まっているのかしら?」

「いえ、まだです。葉月は何か作る予定のモノとかありましたか?」

「…………、ない」

「あら、そう。それじゃあ……今日はキャベツが新鮮だし、ロールキャベツなんてどうかしら?」

「ロールキャベツですか……肉屋さんの方ともご相談しないといけませんね……」

「あっはっはっは。そっちはおばちゃんが説得しておくわよ。それでどうかしら? 今だったらキャベツ、かなり安くしちゃうわよ~?」

「はい。それじゃあそれで」

「はい、まいどあり!」

 その他にもいくつかの野菜を購入し、八百屋を後にする。

 次に行くのは肉屋……の予定だったが、皐はさすがに我慢ができなくなってきた。

 それは、葉月の事。

 玄関口にやってきたとき……、いや、入学式直前に階段の所で会った時点から葉月の様子がかなり酷い状態である事に皐は気が付いていた。

 身体は無事。誰かに暴行を受けた様子もない。

 が、皐には葉月の心がボロボロになっているのが見えたような気がした。

「――葉月――――――」

 だから。

 普段は葉月が話してくれるのを待っているだけだが、今日だけは――。

 今日だけは自分から葉月に聞いてみよう。本人は嫌がるかもしれないけど、それでも、無理やりに聞き出してみよう。

 妹を心配する姉の心がそう働きかけた。

「――、今日、何かあったのかしら――?」

「………………」

「最初は今朝“視た”夢が原因だと思っていたけれど、あなたの態度は入学式直前に急に変化しました……。学校できっと何かあったのでしょう?」

「…………あ……」

 葉月には姉が自分を心から心配しているのが分かった。

 自分は姉を傷つけないように黙っていたというのに、それが逆に姉を心配させる形になってしまっている。

 唇を、噛み締めた。

「…………あ、あの……」

 語るべきか、語らざるべきか。

 答えは二つに一つ。それ以外の答えを皐は期待していない。

 喉もカラカラと乾いたような違和感を葉月は感じていた。皐に話して……大丈夫なのか……。

「………………」

 葉月が出した答えは――――。

「お、お兄ちゃんに……お兄ちゃんに、会った…………」

「………………そんな……」

「……、一目見て分かった……あれは間違いなく、私達のお兄ちゃんだって……」

「………………、お兄様が……お兄様がいたのですか!?」

 葉月が見たことのないような剣幕で皐は葉月に迫った。

 何事かと周りの野次馬も皐と葉月に注目し出したが、皐も葉月もそれどころではない。

 もっと大切な――。

「どこですか!? どこにいましたか!?」

「……、学校で私と同じクラスだった」

「学校……、鈴桜に通うことになったと……?」

「……うん」

「そう……ですか……」

 葉月から少しだけ離れると、皐は考える仕草を始めた。

 おそらく彼女の中で今の状況をすべて整理しているのだ。

 自分の中の感情、記憶、そして兄の状況。それを考えた上で、

「お兄様に会ってみましょう。会って……会って話をしてみましょう」

 会って話すことを選択する。

 が、葉月はそんな皐の言葉に苦々しい顔を浮かべた。

「葉月?」

 皐は自分の言葉に葉月が賛同をしてくれることを願っていた……いや、賛同してくれると思い込んでいた。

 皐は自分自身が兄に会いたいことを自覚している。そして、同じように葉月が兄と会いたいと思っている事も分かってもいる。

 だから、賛同してくれるはずだった。

「でも……」

 でも。

「でも、お兄ちゃんは……」

 葉月は皐の知らない情報を、一つだけ持っている。

 それは。

「……お兄ちゃんは……私のこと……おぼぇてなぃって…………」

 皐が眼にしたのは、葉月の目から溢れる涙と、

「……うぁぁ……ぁぁぁぁぁ…………」

 溢れ出る感情。

「……うぁぁぁぁん、ぉにぃちゃぁん……」

「……、葉月……」

 葉月が涙を見せるのは10年ぶり……。

 あの日(・・・)以来の出来事か。


 ――皐は葉月の顔をそっと胸に抱きしめた――

小説を書くのは難しいですね……。

この物語を書いていてそれを実感します……。


08/06 誤字を修正しました。

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