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銃声がした。破裂音とともに、複数の靴音が踏み込んできた。阿宮が音の方を向き、コウヨウが銃を向けた。
また銃撃。私を連れてきたサングラスの男が倒れ込む。腕を押さえ、意識を失いくずおれるが、出血はない。帯電針が、二の腕に刺さっていた。
「散れ!」
阿宮の号令の元に男たちが散開した。コウヨウが私の首を掴み、充填装置の陰に隠れた。コウヨウは半身を出し、発砲する。都市警の突入員の一人が倒れた。
突入員たちがライフルタイプの短針銃を一斉に撃つ。金属針がガス容器と鉄骨に当たり、不協和音を奏でた。ゲリラたちは応戦しながら後退するが、多勢に無勢。電気針が打ち出され、ゲリラたちが次々倒れていった。
コウヨウは私の首を掴み、立ち上がり、私を盾にしながら突撃をかけた。いきなりのことで狼狽したが、もっと狼狽したのは突入員たちだろう。狙いをつける間もなく、突入員たちは一瞬躊躇した。その躊躇が仇となった。
コウヨウが私を突き飛ばした。私の体が投げ出され、先頭の隊員にぶつかった、直後にコウヨウが銃剣を突き出した。
剣先が貫いた。長い切っ先が、フルフェイスヘルメットを砕き、後頭部に抜ける。刺した状態で発砲し、その反動で銃剣を引き抜いた。黒い血に混じって脳漿が飛び散る。
迷うことなく、二撃目。右隣の隊員の喉を銃床で突く。銃身を返し、左の隊員に斬りつけた。喉を掻き切られ、倒れこんだ隊員の背後に発砲。撃たれた突入員は等しく心臓を撃ち抜かれ、成す術なく崩れた。
背後からまた突入員たちが近づいた。コウヨウが銃を向け、私は地に伏したままその対峙を見つめた。
唐突に、阿宮が突入員たちの目の前に飛び出した。隊員たちが狼狽するのに、阿宮、刀を振るった。二、三、銀色が空間に孤を描いたかと思うと、血の飛沫が上り、突入員たちが崩れ落ちる。わずかに二秒足らずのことだった。
怒声が聞こえた。遙か彼方に、マクガインの声を訊いた。入り口、非常階段の方からマクガインが駆けてくるのが見える。
「先に行け」
阿宮がコウヨウに短く命じた。コウヨウは私の腕を掴んだが、次の瞬間身体が痙攣したように仰け反り、倒れこんだ。背中に小さな電気針が刺さっている。見ればマクガインが、銃口をこちらに向けていた。
マクガイン、阿宮に銃を向ける。阿宮は恐れる様子もなく、飛び込んだ。
発砲。電気針が阿宮の肩をかすめる。三度撃ち、三度とも刀で弾き、弾きながら阿宮は間をつめ、袈裟に斬った。
金属音。鉄が噛み合う音がした。マクガインは銃身で阿宮の斬撃を受けている。刀は、銃の半ばまで食い込んでいた。
両者が離れた。マクガインは、使いものにならなくなった銃を捨てた。右腰に吊った特殊警棒を伸ばし、その棒の本体に、青い電光が走った。
雷撃棒。暴徒鎮圧用に開発されたそれは、電圧を上げれば触れただけで対象を失神せしめる。実際に使うことはこれが初めてであろうそれを、マクガインはぴたりと阿宮の方につけた。右半身のフェンシングスタイルを取るマクガインに対し、阿宮は刀を肩に担ぐようにして構える。
そのまま睨み合っていた。二人して、出方を伺っているようだった。相対し、相手の隙を探り、腹のうちまでさぐり合っているかのような膠着――そうしている時間はわずかだったかもしれないが、私には恐ろしく長く感じた。
二人同時に動いた。阿宮が斬り下ろすのを、マクガインは棒の先端で弾いた。剣先が流れ、阿宮の体勢がわずかに崩れたところへ、マクガインが突く。
先端が阿宮の肩に触れる瞬間、阿宮が身体を開いた。棒を避け、体を転回し、マクガインの背後に回る。マクガインが振り向くのへ、横薙ぎに斬りつけた。
斬り結ぶ。雷光が走った。阿宮、間を取り、再度両断に斬る。マクガインが受け、下がり、阿宮がそれを追う。
二度三度と打ち合った。阿宮が斬りつけ、刺突するたびに、マクガインは雷撃棒で受け、あるいは流し、剣をかわしながら突きを放つ。金属が接触するたび、白光が弾け、鋭さを帯びた閃光を放った。互いに互いの攻撃を見切り、捌き、仰け反り、躱す。受け、弾き、二つの鉄が衝突するに、光を爆ぜさせる。
紙一重、膚一枚を隔てて刀を避け、しかしマクガインは徐々に押されていた。壁際に追いやられるに、阿宮、留めとばかりに刺突した。
雷撃棒が躍った。刀を横から払い、剣先の軌道を逸らした。マクガイン、そのまま刀身を抑え込み、がら空きの阿宮の胴に蹴りを見舞う。身体を折った阿宮の肩に向け、雷撃棒を突き出した。
阿宮の身体が沈んだ。棒が空を切った。阿宮、狼狽するマクガインの襟首を掴み、刀の柄を首に押し当て、マクガインの腰を跳ね上げた。マクガインの巨体が空を舞い、地面に叩きつけられる。
斬撃。両断に斬り下ろす。雷撃棒と十字に噛み合い、雷光が走った。マクガイン、仰向けのまま刀を跳ね除け、飛び起きた。棒を構え、すかさず突き出す。
刀が走った。マクガインの目の前で、三日月状の軌跡を描いた。やや遅れて血が飛び散り、私の目の前に雷撃棒を握ったままの、マクガインの腕が降ってきた。
阿宮、横薙ぎに斬る。マクガイン飛び退き、距離をとった。斬り落とされた腕をかばうように、左半身に構えた。
「ほう」
と阿宮は笑い、
「素手で、やろうってか」
血で汚れた剣先を向けた。ぎらつく刃は、マクガインの喉元を向いている。マクガインは左拳をつくり、相対した。
「無茶だ、やめろ」
私は、そう叫んでいた。そう言うのがやっとだった。しかしマクガインにはまるで聞こえておらず、阿宮もまたやめる気など毛頭ないようだった。
マクガインが飛び込む。阿宮が剣先を下げ、応じようとした。
まさにその瞬間だった。二人の間に、黒い球が投げ込まれた。地面に落ちた瞬間、すさまじい光を放ち、爆音を飛び散らせた。一瞬にしてマクガインと阿宮の顔を煙が覆い、私の目の前を白く染め上げた。
煙が晴れかけてきたころ、小銃を構えた影がなだれ込んでくるのが見えた。レーザーサイトの赤い光線が交錯し、規則正しい靴音が響く。私は地に伏したまま見ていると、やがてはっきりと煙が晴れ、迷彩の軍服と赤茶けたベレー帽、大鷲か何かのエンブレムを張り付けた外縁部隊の姿を見る。
続き、うずくまるマクガインを。しかし阿宮の姿はない。
「逃げたか」
マクガインは斬られた腕を押さえて呻いた。いくら痛みを感じないからといっても、出血が酷ければ意識が遠のく。マクガインは脂汗を浮かべていた。
「また取り逃がすとはな、しくじった」
私がマクガインの元に駆け寄ると、口惜しそうに言う。外縁部隊は、もはや私たちのことなど目もくれず、倒れているゲリラを捕縛し、阿宮を探してそこらを探索し始めた。
「無理をするな。殺されるかと思ったぞ」
私はマクガインを助け起こそうとするが、縛られたままであることに気づく。都市警の突入員たちが駆けつけ、倒れているゲリラたちを確保し、次々に連行してゆく。私とマクガインは突入員の一人に助け起こされ、私は工場を出た。
都市警と外縁部隊の装甲車が、包囲していた。上空を三角の機体が旋回し、工場群を空から捜索している。LEDの光芒が切り裂き、錆びた構造体を照らし、昆虫の羽が唸りをあげていた。
都市警の救護車に収容されたマクガインは、とりあえず止血し、斬られた腕は簡易型の医療槽の中に入れられた。細胞の壊死を防ぎ、細菌の侵入を防いで鮮度を保てば、直に神経接続を行うことが出来る。
「大丈夫か」
私はというと、マクガインと向い合せに座り打撲傷の治療を受けていた。治療といっても体内分子で治る傷であるので、額の傷を診る程度だった。脳に異常がないか、脳波テストを受ける。スクリーンに私の脳波が映し出された。
「一応、このスーツは防刃布なんだが、意味がなかったようだな」
斬られた腕を見ながら、マクガインはぼやいた。心底、情けないという様子だ。
「それにしても」
と言って、マクガインは鋭い視線をくれる。
「馬鹿な真似を」
吐き捨てるように言うのに、私は声を詰まらせた。
「悪かったよ。毎度足手まといで」
「そういうことじゃない、あの男」
マクガインは、窓の外を見ながらいう。外縁部隊の兵士たちが過ぎ去るのを横目に見ながら、
「ここで俺たちに捕まっておけばよかったものを。外縁の連中がこんなに早く出張ってくるとは計算違いだ。ことこういう事態になれば、奴ら」
それ以上のことは言わずとも、如実に語っていた。殺害を許された外縁部隊の前で、そこから先語らなければならないことなど、何もなかった。
外を見た。工場の周りを装甲車両が囲っている。空には機械の羽虫、構内には兵士――喧噪を耳に、私は目を閉じた。