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 診察室には、すでにルカがいた。中央の椅子に腰掛けて、透明なテーブルと対面し、私が入るのにも何の反応も示すことなくテーブルを見つめている。

 最初、私は無視されているのだと思った。しかしルカはもっと別のことに集中していたため、私の方に気づかなかったようだった。テーブルの上には、二十センチ四方の正方形が散らばっており、そのどれもが、赤や紫、橙の色を帯びている。

 よくよく近づいてみれば、それは正方形をした紙だった。ルカはその紙を、丁寧に折り畳んでいた。

「ナノボットがこれほど溢れていると」

 私はテーブルを挟んで、ルカの目の前に座った。そこえようやく、ルカは私に気づいたらしく顔を上げた。

「紙というものは、目にすることはない。培養パルプで今でも作られている場所はあるけど、実用品として使う機会はないからね」

「別に変なことは書いていないよ」

 私が何かを発したところで全く今の作業をやめるつもりはない。そういう口調で、ルカは言った。

「自殺に導くようなテキストもないし、死ぬ方法が書いてあるわけじゃないし。あと紙で死ぬとかまずあり得ないし。こんな紙で死ねるというなら、やってみてもいいけど」

「できれば試して欲しくはないね」

 ルカの細い指が、正方形の端を摘んで、三角形に折り畳んだ。全く寸分の違いもないのでは、と見間違うほど正確な折り目だった。

「紙ってここじゃひどく高いんだってね。外じゃ、こんなものいくらもしなかったけど。メモとるだけじゃなくて、こういう遊びもわりとまだあった」

「これは何なんだい」

「紙を折って、形を作るんだよ。私はあんまりうまくないけど、動物とか花とか、この紙一枚で作る。私の村じゃ、子供のころからこれをやるんだ」

 器用に折りながら、確かに紙は一つの形に収束しつつあった。紙の端が鋭角になるように、幾重にも折り込み、正方形を三角に、三角を広げて折り目を作り、私には理解も及ばないような指の動きをする。

 やがて小さな赤い紙は、尾と翼を持った鳥の形になった。立体構造を持ち、翼を広げるとそれが紙であることを忘れさせる。

「うまいものだ」

 碌々、芸術など知らないのだが、つい私はそう口走っていた。

「何、バイオロイドも世辞は言うの」

 ルカはなぜか居心地が悪そうに、体を揺すった。少し顔が紅潮しているようにも見えた。

「世辞ではない。私は良いものは良いと言うし、悪いものは無理に褒めることはしない。本心で良いと思っている」

「そう、それはどうも」

 恥じるようにルカはうつむき、紫の紙の方に手を伸ばす。手元が少しだけおぼつかなかった。

「私はこれしか折れないけど、すごい人は何でも作れる。でも最近じゃこんなことする人間も少なくなっているんだ、私の村でも」

「伝統工芸みたいなものじゃないのか」

「伝統ってだけじゃ、弱いよ」

 ルカの発言の意図を計りかねていると、ルカは手を止めて、私の方をみた。

「ゲリラに会ったんだってね、あんた」

 なぜそれを知っているのかと口にしかけたが、ルカだって四六時中診察室にいるわけではない。最低限の生活ができる居住空間に身をおいていれば、少なからず外の情報は入ってくる。

「会ったよ」

 私は答えた。嘘をつく必要はなかった。

「刀、持ってたってね」

 ルカが言う。私は頷く。

 ルカは、再びうつむいた。

「じゃあ生きてたんだ、あいつ。死んだものと思ってたけど」

「あいつとは」

「兄貴だよ、私の。あんた会ったんでしょ? わざわざ銃相手に刀で突っ込む奴なんて、一人しか知らないし、私」

 捨て鉢な言い方。実の兄であろうと赤の他人であろうと、誰であろうと同じだという風情が感じられる、自棄になったかのような口調だった。脳波を計ることでもできれば、あるいは本当の意図を探ることはできたかもしれないが、ナノボットの含有率が少ない今となればそれは叶わない。

「君に、兄がいたとは知らなかった」

「私はオベール夫妻の一人娘。ちょっと異国情緒漂う不思議な雰囲気な、ミステリアスな少女。スポーツ、特にフェンシングが得意で、でも両親はもうちょっと女の子らしくして欲しいって思ってピアノを習わせている。勉強は中の上、だけど数学だけは得意。そういうことになっているから。薄汚い外縁に、ゲリラの兄がいたなんて過去、都市に引き取られた瞬間に抹消されたよ」

 ゲリラと血縁関係にあったとしても、それを理由に差別することはどこの都市でも許されていない。許されていないのだが、多くの夫婦には養子に迎えた我が子の将来を鑑みて、子供の過去のデータを消すことが許されている。過去をリセットして、都市での新たな生活を始める。引き取られた子供自身がそれを望む傾向も、無くはない。

「私が十歳になるかならないかってときに、人権委員会だかが私のところに来てね。こう言ったんだよ。新たな生活が待っている、って。その日兄貴は、大人達と剣の稽古をしていて、夕方まで戻ってこない予定だった。どう、都市での生活を送ってみないかって、私は何かよくわからなくてOKしちゃった。あとで兄貴来るものだって思っていたけど、結局来なくてさ」

 紫の紙が、同じような鳥の形に仕上がった。刃めいたくちばしと翼、いかにも華奢な首と尾を持った鳥。それが透明なガラス板の上に並べられてゆく。

「兄貴が別の施設に預けられたって知ったのは、大分後のことだった。その後は何にも聞かなかったから、たぶんもうダメだったんだろうって思ったんだけど」

「君の兄さんを、今都市警が追っている」

 まさか、ルカを取り戻しに来たとも言えず、私はそのように告げた。

「あんた達からみたら、倫理社会に対する冒涜だかんね。外の世界は、個人を埋没させて、イデオロギーを優先させるカルト連中を放っておくわけない」

 本心からそう思っているわけではない、だけどそう答えておくことが正解であると。そんな投やりな含みがある物言いだった。ルカは自分の言葉にすら責任も持たない、というように、ルカは赤い色の鳥を指先で弾いた。

「でもよかったね。そのうちフリーサイドの規制緩和だかができるんでしょ。そうすれば私、無条件でフリーサイドだから」

「それは」

 私は胸のうちがざわめく感覚を押し殺しながら言った。

「君の意志を尊重するから、無条件ということはない」

「心にもないこと言っちゃって。バイオロイドは嘘つけないんじゃなかったの」

 嘘ではない。嘘など言いようがない。確かに委員会はルカの意志を尊重して、フリーサイドへ行くか否かの判断をさせるようにことを運んでいる。彼女の意志は、尊重されてしかるべき。ただ真に彼女が望むことを、認めないというだけであって。

 最終的に自ら死を選ぶということが、どうしても許してはいけない一線であるというだけで。

「私はさ、別に兄貴の言いなりになっている、わけじゃないよ」

 ルカは鳥のくちばしを摘んで、くるくると回転させた。

「あんたたち、きっと私がゲリラ村出身だから、イデオロギーに縛られているって思っているだろう」

 私はその問いかけに黙っていたが、ルカは小馬鹿にしたように鼻を鳴らし、

「みんなそうなんだよね。私が外縁から来たってわかると、決まって同じ態度を取る。イデオロギーに囚われているから、そうなんだろうって。ちっちゃい頃だから、そんな小難しいことわからないまま引き取られたし。そんなんでイデオロギーも何もないのにね」

 ルカは自分の作った鳥を投げ捨てた。ガラスのテーブルとぶつかって、乾いた音をたてた。

「それならば、どうあってもそれを受け入れることができない理由などないのでは」

「そうだね、実はないかもね」

 ルカは、やはり投げやりな口調だった。

「でも、嫌なもんは嫌なんだよ。こんなこと言っても、あんたみたいなのには分かるわけないだろうけど」

 ソフィーヤの言葉が、脳裏をよぎった。人が社会的な生き物である以上、その社会に連帯することで進化を遂げてきた以上、人は社会に帰属意識を持つ。ルカの感じていることは、その社会との関わりなのだろうか。

「ならば」

 意図せず、私は口にしていた。

「ならばどうすれば、君のことを分かることができる」

 ルカは顔を上げた。一瞬、意外そうな表情をつくり、しかしすぐに皮肉を表すように唇をゆがめた。

「分かろうっての、私を」

「すぐには無理かもしれないが。君は、自分のことを分かる人間などいないとしているけど、分かるための道筋が分かれば、私も君に共感できるかもしれない」

「分かるわけないだろう。あんたみたいな肉と機械の塊が、何を分かろうってのさ」

「その決めつけは、君が嫌う人たちと同じ理屈じゃないか」

 私の言葉に、ルカは何か重要なことを気づかされたような、驚いたような顔をした。

「君はゲリラ村の出身、だからイデオロギーに縛られているに違いない。個性を埋没させた、かわいそうな人間。そういう決めつけを、君は忌避しているのではないのか。ならばそういう彼らと同じように、最初から決めつけることは避けるべきじゃないのか」

 このようなとき、あまり詰問するような物言いは相手に敵意を抱かせるだけだ。私は言葉の調子がきつくならないよう、努めた。努めて柔らかい口調を選んだが、それでもルカほどの年齢の少女には、どうしても堅苦しく聞こえてしまうのだろう。あからさまに、ルカは不満さを抱いた表情をしていた。

「すごい屁理屈だねそれ」

「それでも、そんなに筋が通らないとは思わないが」

 やはりソフィーヤのようにはいかない。ルカは整った顔をますますしかめて、ため息をついた。

「私は確かに君のことを分からないかもしれない。ならば、分かる方法があれば、私はそれを試してみるつもりだ」

 残された時間は少ないけれども。そう告げそうになるのを必死に自制した。急進派の動きや、都市警の思惑など、この少女の前で論じることが、どれほどの意味を持つのか。

 おそらく、何もない。

「あんたって」

 ルカは心底呆れたという風情だった。

「なかなかないよね。私のことを分かる、だとか言ってくる人は結構な数いたけど。分かるための方法って、それ考えるのがあんたの仕事なんじゃないの」

「それはもっともだが、私自身カウンセリングというものは初めてのことだからね。色々と手探りなんだ」

「馬鹿じゃん」

 ルカは笑みを見せた。目元を緩めただけだったが、それでも私には笑ったように見えた。

「でも、あんたは私とは違うだろう。どうやって分かるつもりだよ」

 しかしまた冷淡な表情でもって、私に問いつめる。

「口だけじゃ何とでも言えるよ」

「それは――」

 私は答えに窮した。次の言葉を、口にしかけた。

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