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 都市始まって以来のことだった。

 地下出版『ナツィオへの帰還』は回収され、出版は差し押さえられた。出版元の営業資格剥奪と、都市政府が初めて治安維持のために表現を制限し、強権を発動させてからすでに十日ほど経過している。その間にもゲリラたちは都市のどこかに潜伏し、都市警はゲリラの捜索に躍起になり、メインストリートやショッピングモール、美術館のエントランスにすら、制服警官たちが巡回するようになっていた。都市住人にとって威圧の象徴でもある、鰐亀と蛇の徽章を見かけない日はない。乳白のビルと通りに、黒服と濃緑が点在し、上書きされたような、そんな異様な光景。猟犬ハウンドたちが徘徊し、装甲車両で都市内を見回り、それでもゲリラの糸口はつかめないことに対する苛立ちが警官たちの顔に現れている。それと分かる脳波を発することがないとはいえ、焦燥は目に見えるものだ。

 早く捕縛しなければならない、という圧力。

 それでも表だってゲリラの行動はなく、都市警を除けば人々は変わらぬ日常を送っているように見える。ゲリラがいるのだとしても日々の業務をこなさなければならないことには変わりなく、また実際今の都市にはゲリラの気配など感じられない。制服姿とすれ違う装甲車が増えただけでは、まだ都市は二人の自殺者と若干名の自殺志願者を出しただけの、いつもの日常を繰り返しているに過ぎない。それでも、住人たちの緊張感は倫理ネットを覆い、どうあっても今が変わらぬ日常などではない、ということを否応なく自覚させられる。

 私が出勤したころには、ほかの所員たちが認証ゲートをくぐり抜けてゆくところだった。静脈を走査するレーザーが、所員一人一人の血管パターンを読みとっている。パターンは首から下、全ての静脈の配置をAIが記憶し、個人認証としている。血管の配置は複雑を極め、この世に二人として同じパターンの人間はいない。たとえ所員のクローン体を生み出したとしても、クローンとオリジナルで血管の配置までが同じになることなどなく、したがってどれほど精密にコピーしてもここを突破することはない。セルゲイの技術を受け継いだゲリラたちに対抗すべく、つい最近導入されたシステムだ。認証を受けた所員たちの目の前に、認証済みを表す情報スクリーンが自動的に開き、それに触れることでゲートが開き、彼ないし彼女は入場を許される。これほど厳重なセキュリティに疑問を呈する者も少なくないが、それでも中に入ることができれば皆一様にほっとした表情を浮かべる。どれほど平静を保とうとしていいても、外よりも施設内の方が安らげる、という皮肉。

「慣れたものだ」

 RNA鎖のオブジェ越しに、聞き慣れた声を聞いた。マクガインの抑揚のない声をなぜか私は、誰よりも正確に聞き分けられるようになっていた。

「あの大仰な装置の前でも、躊躇せずにパスするとは」

「ただ前を通過するだけのものに、慣れるも慣れないもない」

「そうかい。俺はもう、三回もエラー出しちまったよ」

 よほどのことがなければエラーなど出ないが、都市警は捜査員、突入員の別なく、足早に駆けるような歩き方をする。レーザーの読みとりが間に合わなければ、確かにエラーも出やすくなるかもしれない。

「次からは気をつけることだ。あれを通らなければ施設に入場は出来ない」

「出来ればそのままエラーを出し続けてくれって」

 マクガインは、おそらく冗談を言ったつもりだったのだろう。

「そういう面をしているな」

「脳波を読みとれよ。私が今、そういう下らないことを言いたい気分なのかどうか」

 全くの無表情のままでは、冗談も冗談には聞こえない。もともとアルファグループにユーモアなど備わっていないのだろう。そのようなプログラムを意図的に組み込むことなど、無駄なことだ。

「それで、今日は何でここに」

「お前のとこのボスに用事があったんだ。それももう済んだがね」

 ストラウスの所にはここのところ、警官が頻繁に訪れる。捜査チームの背広姿が入れ替わり立ち替わり、おそらくはルカの処遇について話し合っているのだろうと推測できた。具体的にどういう話かを知る手段はなく、マクガインに訊いたとしても教えてくれるということはないだろう。

「今日、また面接をやると聞いたから」

「今日が最後かもしれないけど、一応ね。監視をつけたいのなら、診察室の外にしてくれよ」

「それはそれで良いが、もう一つ確かな情報がある」

 診察室に向かう私の後に、マクガインがついてくる。歩く歩幅が極端に違うので、時折マクガインが追い越しそうになるのを、マクガインは相当苦労して速度をゆるめ、私の速度にあわせていた。

「まだ何かあるのか。私に直接言うようなことでもないだろう」

「その様子じゃまだ聞いてはいないようだな。今日、人権委員会が来るということを」

「委員会からの通信は毎日入っているよ」

「直接、赴くそうだ。急進派のアードニー女史が来訪するから、その護衛を依頼されてな」

 アードニー委員と直接のやり取りは、一度だけだった。あとは彼女をウェブニュースで見かけることはあっても会話を交わす機会などなく、そもそもが一介の所員に過ぎない私と委員である彼女が言葉を交わすこと自体が異例なことだ。

「わざわざここにか。通信を使えば良いものを」

「あの娘、ルカ・オベールについてだろう。俺も詳しくは知らんが、ここの所長と話があるということだ」

 知らぬ間に、事態が動いているという気配。私の知りうる範囲の外で、委員会の思惑が進んでいる。アードニー女史はすでにフリーサイド推進派を率いて規制緩和を推し進め、そしてそのためにルカを「広告塔」として祭り上げている。その「広告塔」の扱いを、今後どうするのか。ストラウスとそんな協議をしている姿を想像する。

「苛ついてんな」

 マクガインが言うのに、私は自分の脳波が高ぶっているのに気づいた。警告を与えられるレベルではないにしても、人が通常、平静な判断を下すことが出来る許容範囲を越えそうになっている。倫理ネットを通じて、他の所員にも伝わったことだろう。得体の知れない高揚。

「珍しいものだ。お前が苛立つとは」

「そういうものではない」

 深く息を吸い込んだ。そうすれば高ぶった気持ちを押さえられる気がした。完璧に脳波を操り、感情を制御するための倫理規定であるはずなのに、どうしてこのような気分にさせられるのか。

「バグかもしれんな。お前、ろくに休んでないんじゃねえのか」

「必要な休養は取っている」

 ようやく脳波が安定してきた。私はマクガインに向き直った。

「ゲリラに誘拐されて尋問受けて、普通じゃまともじゃいられん」

「思考のブロックがうまく効いていないだけだ。神経回路に制御プログラムを打ち込めば、事足りる」

「それならば良いが」

 明らかに懐疑の目を、マクガインは向けていた。詰問するようなその視線から、私は思わず目を逸らした。

「委員会の目の前で、失態演じるわけにゃいかんだろう」

「そうなりそうな時には、早々にギブアップする。お前が心配するようなことは何もないよ、マクガイン」

「別に心配なぞしてない。そんな義理もないだろうし」

 やがて、診察室の前まで来た。入り口を二人の制服が固め、私とマクガインを見ると敬礼でもって迎えた。私はIDをかざして中に入ると、マクガインは入り口に立ち止まって言った。

「何かあれば、外に通信を飛ばせば良い。外には誰かがいる」

 それは、マクガインなりの気遣いなのだろう。都市警は脳波が読みとれないから、もしかしたら気遣いなどではないのだろうが、私はとりあえずそう思うことにした。

「分かった、ありがとう。心遣い、感謝する」

「別にそういうわけじゃないんだが」

 最大限不服そうなマクガインの顔は、自動扉によって遮られた。 


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