20
直後のことだった。倉庫の壁が凄まじい爆音とともに吹き飛んだ。最初、強い光が差し込み、光の中にちらちらと人影がゆらめいている。確認するまでもなく、都市警であるとわかった。
阿宮は私の腕を掴むと、私の首筋に銃を押しつけた。そのまま引っ張られ、コンテナの陰に飛び込む。都市警の突入員たちが非致死性の鎮圧銃を発砲し、コンテナの外壁に着弾し、火花散らし、甲高い音を奏でる。
「尾行けられてんのに気づかなかったか? コウヨウ」
「トレースは全くされていなかったんですがね」
物陰には先客がいた。顔に深い傷を刻み込んだコウヨウが、猟銃のようなライフルを持っている。銃床と銃把が一体となった、やけにアンティークな形の騎兵銃。先端に銃剣が取り付けられていて、そのまま歴史の教科書に出て来そうな体を成していた。
「この街では、人が消えたら三時間後には自動的に捜索される。私をさらったのが、ちょうどそのぐらいだろう」
私が言うのに、阿宮は心底くだらないという風に舌打ちし、
「都市の人間は、おちおち行方不明にもなれないってか」
コンテナを盾に半身を乗り出、突入員たちに向けて発砲した。光の中で何人か倒れたのを確認した。コウヨウも阿宮に倣い、壁に背をつけたまま連射で撃つ。それでも突入員たちは攻撃の手を緩める気配はなく、徐々に間を詰めてきている。
「投降した方が良い」
私はどうすることも出来ず、コンテナの脇に身を寄せたまま言った。こういう時は大人しくしていた方がよい。
都市警は決して対象を殺すことはしないが、抵抗を続ければそれだけ攻撃も苛烈になってくる。君たち二人では防ぎきらないだろう」
「ちょっと黙れよ」
阿宮はため息混じりに言って、銃を投げ捨てた。どうやら、弾切れのようだった。
「仕方ない。突破するぞ、コウヨウ」
阿宮が言うと、コウヨウは心得たように、紫色の布に包まれた、何か棒状のものを差し出した。
阿宮が布をとった。そこで、全容が明らかになった。
黒塗りの鞘、金色の鍔を備え、柄には茶と赤の糸を編み込んだ紐を巻いている。コウヨウの銃もそれなりだが、阿宮が受け取ったそれは、もはや博物館に置いてあるかどうかすらも怪しいという、古い剣のようだった。
阿宮が鞘を抜き、鋼めいた刃を露わにさせる。サーベルに似た湾曲した刀身、しかしサーベルのような護拳はなく、刃も幅広で重厚な作りになっている。
阿宮は鞘を腰に差すと、刀を両手で保持した。陰から都市警の突入員たちを覗き込みながら、
「あんたも連れていこうと思ったが、どうやら今日は無理そうだ」
コウヨウが銃撃を止めた。突然攻撃を止めたので、都市警の突入員たちは不審がっているようだった。おそらく、突入員の誰もが、それを投降の合図と見たのだろう。発砲するのを止めて、出てくるように呼びかけた。
「だが、ルカについて俺はあきらめたわけじゃないからな。あんたの上司に伝えろ、近いうちに迎えにいく」
阿宮がそう告げたのと同時に。
コウヨウが突入員たちに向かって、手榴弾を投げ込んだ。地面に着くまでのわずか二秒間、都市警たちが待避すべく身構える。
破裂した。瞬間的に強烈な光を炸裂させ、すさまじい破裂音を奏でた。突入員たちが身をすくめ、阿宮とコウヨウが飛び出した。
走りながら阿宮、手前の一人を斬った。防護服ごと首を斬り、数秒おいてからぱっと血の霧が舞った。
背後の隊員が、銃口を向けた。間髪入れずに三連射、発砲する。
なんと阿宮、銃弾を刀で弾いた。明らかに狼狽しているその男の顔面に刀を浴びせ、瞬く間に二人目を斬り伏せる。
煙が晴れた。突入員たちが一斉に銃を向けた。阿宮は自ら飛び込むと、刀を諸手に構え、二、三振るう。発砲する間もなく突入員たちは喉を突かれ、腕と足とを切り落とされ、くずおれた。
阿宮が何事か叫んだ。私には分からない言語だった。阿宮の声を受け、銃剣で一人一人貫いていたコウヨウがうなずいた。再び閃光弾を投げ込み、今度は間近で炸裂させた。先ほどよりも強い光が倉庫内に満ち、突入員たちの姿もすべて埋め尽くし、私は眩しさに目を閉じた。
目を開いた時には、すでに二人の姿はなく、倉庫の中には突入員たちが倒れていた。私は隊員の一人に助け起こされ、肩を借り、とりあえず外に出た。突入員たちはめいめい、自力で立ち上がれるものは立てないものに手を貸しながらなんとか外に出る。あの一瞬ではそう遠くには行けないはずなのだが、倉庫の外に停めた車にも人影はなく、隊員たちも彼らを追うほどの余力は残っていないようだった。
二十分ほど経った後、都市警の装甲車が二、三、駆けつけた。
「また貴様か」
聞き覚えのある声がした。都市警の装甲車から降りてきた、ダークスーツに身を包んだマクガインが、呆れたような視線をくれる。手には暴徒鎮圧用のショットガンを携えているあたり、自ら突入する気でいたのだろうか。
「いきなりそれか。もう少し何かないのか」
「労いの言葉でもかけてもらいたいというのか。お前の不注意が招いたことで、そんな言葉の一つも必要があるか」
「私の不注意というよりも、マンションのセキュリティの問題だと思うが。しかし、迷惑をかけたようだな」
「まあ、それは良い」
とマクガインは、倉庫の中を見つめた。負傷した突入員たちは緊急治療用のポッドに入れられ、搬送されてゆく最中だった。例によって治療ナノボットの溶液に満たされた、透明な紡錘形のケースからは十四本の鉄骨脚が生え、なるべく揺らさないようにと慎重に運ぶ姿は、繊毛で泳ぐ微生物めいてすらいる。
「全員、助かるのか」
「今夜中に処置すりゃ何とかなるだろう。もっとも二人ほど、駄目だったらしいが。処置もへったくれも、即死だった」
マクガインは忌々しそうに唇を噛んだ。
「しかし、突入班が剣一本でやられるなんざ、にわかには想像もつかんが」
「記録媒体で一度、見たことがある。中世から近世の、極東アジアの戦士階層が使った刀だ」
「民族派ゲリラは自らの象徴として、古い刀剣類を持ち歩くことがある。だがそれはあくまで象徴で、実際に使うなんて聞いたことなかったが」
近代の装備が原始的な刀剣で打ち破られたことが、よほど納得いかないらしく、マクガインは舌打ちして吐き捨てた。これほど露骨に感情を表すマクガインも、珍しい。
倉庫の中に、猟犬が二機入っていくのが見えた。庫内と入り口付近を、人工操作手を駆使してスキャニングして、嗅ぎ回っている。
「いくら血や膚の欠片を集めても、同じ結果だと思うが、マクガイン」
私が言うと、ただでさえ険しい顔をさらに強ばらせてマクガインは言う。
「またぞろネイサン・ジョーンズの生体しか回収できない、ということか。何もそれが目的ではない。あの一瞬ではまだそう遠くには行ってないはずだから、追跡するんだよ」
「次に会うときが、再びネイサン・ジョーンズの身体であるかどうかは分からないがな」
マクガインは不可解そうに目をすがめる。説明を求めるように睨むのに、私はため息をついて
「あの男、肉体を入れ替えている。元々の人格を、クローンの身体にインプットしているから、だから都市の住人になりすますことができたようだ」
「昔のサイバネティック義肢みたいなものか。しかし、脳神経に意識を移すなどと」
「確かに、あまり聞かない。だからといってあの男の言うことを確かめる術は、今のところないが。ただ肉体を入れ替えることができるなら、猟犬の追跡をかわすこともできるだろう」
「そんなことを、本人から聞いたのか」
マクガインは、まるで私が敵と通じているのではないかというような迫り方をする。
「そう、本人から聞いた。ネイサン・ジョーンズの中身の、阿宮圭から」
さすがにその名前には驚いたらしく、マクガインは目をみはった。
「こんなところで、作者と会う羽目になるとは思わなかった。もっとも、前回も会っているのだけど」
「確かに阿宮圭なのか」
「確かめる術はないと言っただろう。そこは本人を信じるしかないが、あの本、「ナツィオへの帰還」について言及していたから、本人なのだろう」
マクガインは腕組みをして、視線を倉庫の方に向けながら何事か一人つぶやいた。何を言ったのか判然とはしなかったが、独り言などという無駄な作業を無意識に行うあたり、アルファグループの遺伝子はやはり私のものとは違うらしい。
「では」
とマクガインは向き直り、
「奴の追跡は不可能ということか」
「そうと決まったわけではないが。ただ、一応報告すべきことかと思ったまでだ」
「他に何か言われたか。まさか奴に何か吹き込まれたわけじゃあるまい」
「吹き込まれてなど――」
いきなり阿宮の声が、脳裏によみがえった。ナショナリズムを想起し、アイデンティティを呼び起こすもの。脳に刻まれたプログラム、人は白紙の状態で生まれるわけではない――。
頭を振った。それこそイデオロギーだ。根拠の乏しい、所詮は個人の思惑に過ぎないものだ。気に留めることなど、何もない。
「どうした、何かあるのか」
マクガインが詰め寄るのに、私は努めて冷静に答える。
「いや、何もない。そもそも、まともに話など出来る状況ではなかった」
「わざわざお前をターゲットにして、何も話をしなかったなんてことはあるまい」
「まともな話などないということだ。イデオロギーの講義を聞いて、それを理解しようなどと考える方がどうかしている」
まだマクガインは不審がっているようだったが、ちょうどマクガインの個人回線に通信が入ったようだった。他の誰もがそうするようにマクガインは通信窓を目の前に現出させ、表示された文字情報を眺め、眺めながら言った。
「まあいい。お前を問いつめても仕方ない。奴の足取りは消えたが、とりあえず奴が阿宮圭ならば、狙いとなるのはあの娘だろう」
「あの娘とは、ルカのことか」
「そうだ。当分はルカ・オベールに張り付いていれば、奴も動きを見せるかもしれない」
「張り付くって、監視を増やすってことか」
マクガインはスクリーンを閉じると、装甲車に乗り込んだ。私は後を追い、後部座席に座ったマクガインの腕をつかんだ。
「監視ではない。ルカ・オベールの周りに網を張るというだけだ」
マクガインはうるさそうに私の手を振り払った。もはや今夜のことは全て終わりということにしたいらしい。
「今、通達が入ったばかりだ。これは決定事項だ、明日から人員を増やす」
「余計悪い。そんな危険なことにあの子を利用するなどと」
「お前たちはあの娘を厚生施設に送りたがっているようだが、これは行政の意向だ。阿宮圭をこの都市で捕縛する、そのためにルカ・オベールには撒き餌になってもらわなければならない」
「撒き餌だと」
そんな物言いが飛び出すこと自体が信じられなかった。まるでルカの人格を否定するかのような言動だ。それを、全くの悪意も差別心もなしに言ってのける、すなわちマクガインは本当にルカを囮としか見ていない。
「ふざけるなよ。第一そんなこと、越権行為じゃないのか。行政が許しても倫理院が許可するはずが」
「そんなものは何とでもなる。我々は都市の治安を維持することが目的だ。あまり部外者が口を挟むなよ」
忠告めいたことを言うと、マクガインは乱暴にドアを閉めた。私は走り去る装甲車を、ただ見送るより他なかった。
後部パネルの蛇と亀の印が一瞬光に照らされて浮かび上がり、しかしすぐに闇の中に消えた。