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人嫌いなので山奥に桃源郷を作ったら、なぜか定期的に迷い人が現れる件

作者: 日御碕 出雲
掲載日:2026/10/15

【第27作目】今回のお話は 「遠野物語」の迷い家を脳内変換した話 だよ。(ブルーイ風←最近お気に入り) 

<3日連続投稿>

------------

山あいの貧しい村にミリアという娘がいた。

父は数年前に病で亡くなり、母は長く床に伏せっている。


畑は痩せ、実りも少ない。

冬を迎えるたびに食べ物の心配をしなければならない暮らしだった。


その年の秋も、ミリアは山へ薬草や木の実を探しに入っていた。

ところが昼過ぎから濃い霧が立ち込めた。


慣れた山道を歩いていたはずなのに、気づけば見知らぬ場所へ出ている。

戻ろうとしても同じ場所へ迷い込み、どちらを向いても白い霧ばかり。

日が傾き始めると、不安は恐怖へ変わった。

このまま山で夜を迎えれば、獣に襲われるかもしれない。

凍えて朝を迎えられないかもしれない。


そんな時だった。


霧の向こうに谷が現れた。

そして谷の奥に、それは建っていた。


白い石壁の館。

赤い屋根。

淡い陽光を受けて反射する大きな窓。

周囲には整った果樹園や麦畑が広がり、澄んだ水路が走っている。


隣町にある領主の館ですら比べものにならない。

王都の名門貴族の離宮だと言われても信じるほどの大きさだった。


ミリアは思わず足を止めた。


自分の姿を見る。

何度も繕った麻の服。

すり切れた木靴。

木の実を入れる古い籠。

あまりにも場違いだった。


こんな立派な館の主に助けを求めるなど、身の程知らずにもほどがある。

追い払われるかもしれない。

無礼者として叱られるかもしれない。

だが周囲を見回しても他に助けを求める場所はなかった。


山のどこからか獣の遠吠えが聞こえる。

谷向こうの霧はますます濃くなる。

帰り道も分からない。


ミリアは籠を抱きしめた。

「……怒られても仕方ない」

そう呟く。


生きて帰るためには行くしかなかった。

覚悟を決め、館へ向かう。


巨大な扉の前に立つと、自分がますます小さく思えた。

何度かためらった末、震える手で扉を叩く。

コン、コン、コン。


静かな谷に音が響いた。


しばらくして扉がわずかに開く。

現れたのは黒髪の若い男だった。

男はミリアを見るなり、露骨に眉をひそめた。


「……誰?」

「あ、あの……」

ミリアは慌てて頭を下げた。

「山で道に迷ってしまって……」


男は心底面倒そうな顔になった。

「またか……」

深いため息をつく。


歓迎されていないことだけは、すぐに分かった。


それでも男は扉を閉めなかった。

しばらく考え込んだ末、

「入って」

と言った。


「ありがとうございます!」

「別に泊めたいわけじゃない」

ぶっきらぼうな声だった。


男の名はアキラといった。

客間へ案内されたミリアは息を呑んだ。


柔らかな寝台。

磨き上げられた家具。

厚い絨毯。

町で最も裕福な家より豪華だった。


「帰れるようになるまでここを使って」

「帰れるんですか?」

「帰れる」

アキラは簡潔に答える。

「でも今は無理」

理由を尋ねると、

「霧が晴れないと元の場所へ返せない」

と言った。


その言葉は妙に引っ掛かった。

まるで谷そのものが別の世界にあるかのようだった。


「いつ帰れますか?」

「霧次第」

「何日くらいなのでしょうか?」

「分からない」


アキラも少し困ったような顔をした。

どうやら本当に今は帰せないらしい。


その夜の食卓には豪華な料理が並んでいた。


焼きたてのパン。

香草焼きの肉。

野菜の煮込み。

果物の籠盛り。

温かなスープ。


ミリアは祭りでも見たことがないご馳走に目を丸くした。

アキラは黙々と食べている。

食事の後、思い出したように言った。


「そうだ」

「はい?」


「館の中も外も自由にしていい」

「本当ですか?」

「どうせ暇だろうし」

興味なさそうな返事だった。


それから少しだけ真面目な顔になる。

「ただし一つだけ」

「なんでしょう」

「三階の一番奥の部屋には入らないこと」

「どうしてですか?」

「あそこが俺の部屋だから」

きっぱりと言った。

「絶対に入らないで」

その時だけは有無を言わせない声だった。

ミリアは慌ててうなずく。

「約束します」

「なら好きにしていい」



翌日からミリアは谷を見て回った。

そこは本当に楽園だった。


林檎園には真っ赤な実がぶら下がり、

葡萄棚には重そうな房が揺れている。

黄金色の麦畑はどこまでも続き、

湖は鏡のように澄んでいた。

花畑には季節を無視した花々が咲き乱れ、

風車がゆっくり回っている。

まるで異国ようだった。


しかし奇妙なこともあった。

住人がいない。

こんな広大な土地なのに、見かける人間はアキラ一人だけなのだ。

それなのに畑は整然と管理されている。


ある日、ミリアはその理由を目にした。

畑を歩く案山子たちである。

麦わら帽子をかぶった案山子がぎこちなく鍬を振るい、

別の案山子が収穫した野菜を籠へ入れている。


さらに別の案山子は荷車を引いていた。

藁と木でできた案山子が、生きた人間のように働いていた。

そのうちの一体はミリアに気づくと、帽子を持ち上げるように会釈までして見せた。

驚いたミリアは館へ飛び帰った。


「案山子が歩いていました!」

するとアキラは本から顔も上げずに言う。

「ああ」

「ああ、じゃありません!」

「畑番だから」

「畑番?」

「勝手に農作業してくれる」

まるで犬や猫の話をするような口調だった。

ミリアは、この谷が自分の常識とは全く違う場所なのだと改めて思い知った。


数日を過ごすうちに、ミリアはアキラの人柄も少し分かってきた。

決して意地悪ではない。

食事も用意してくれる。

困れば助けてもくれる。

だが人付き合いそのものが嫌いなのだ。


ある夕方、ミリアは尋ねた。

「どうして一人で暮らしているんですか?」

アキラは窓の外を見た。

「静かだから」

そして少し考えてから続ける。

「人が苦手なんだ」

「苦手?」

「大勢いると疲れる」

だから誰も来ない場所を作った。

それがこの谷だった。


ミリアには不思議だった。

こんな立派な場所なのに、一人でいる方がいいのだという。



やがて霧が薄くなり始めた。

アキラは窓の外を見るなり言った。

「そろそろ帰れるかも」


別れの日が来たのだ。


その夜。

食事を終えると、アキラは三つの品を食卓に静かに並べた。

銀の指輪。

黒い木箱。

革の水筒。

「餞別だ、一つだけ選んで」


そして説明する。

「この指輪は病気になりにくくなる」

「この木箱は食べ物が腐らない」

「この水筒は毎日きれいな水が湧く」

どれも想像以上の価値を持つ品だった。


ミリアは長く迷った。

そして、黒い木箱を選んだ。


「これにします」

「理由は?」

「食べ物を無駄にしなくて済むからです」

それが貧しい娘の答えだった。

アキラは少しだけ感心したような顔になる。

「そうか」

そして残り二つを片付けた。



翌朝。

谷の出口には道が現れていた。

故郷へ続く道だった。


ミリアが頭を下げる。

「ありがとうございました」

アキラは軽く手を振った。

「約束を一つ」

「はい」

「この谷のことは誰にも話さないで」

声だけは真剣だった。

「約束します」


「それと探しに来ないこと」

「どうしてですか?」

アキラは少し笑う。

「たぶん見つからないから」

それだけ言うと館へ戻っていった。

最後まで愛想のない人だった。



村へ帰ると、母は泣いて喜んだ。

ミリアは木箱を大切に使った。

言われた通り、中に入れた食べ物は腐らなかった。

見た目より多くの物を入れる事もでき驚いた。

冬の備えは十分になった。


ある日。

箱の中を拭いていた時だった。

底に違和感を覚える。

よく調べると薄い仕切りがあり、その下に小さな布袋が隠されていた。


袋を開く。

中には種が入っていた。

麦。

豆。

薬草。

果樹。

そして見たことも無い種もあった。

どれも艶やかで立派な種だった。


さらに小さな紙切れが一枚。

そこには乱暴な字で、

『育つから試してみろ』

とだけ書かれていた。


ミリアは思わず笑った。


きっとアキラだ。

面と向かって渡すのは気恥ずかしかったのだろう。

だから黙って箱の底に隠したのだ。

いかにも彼らしいと思った。



翌春。

その種は驚くほどよく育った。

痩せた土地でも豊かに実り、

村の畑は例年になく収穫に恵まれた。


村人たちは不思議がったがミリアは何も語らなかった。

約束だったからである。


その後、何度か山を探したことはあった。

春にも。

夏にも。

秋にも。

霧の日にも。

だが谷への道は一度も現れなかった。


白い館も。

美しい湖も。

働く案山子たちも。

何一つ見つからない。

まるで最初から存在しなかったかのようだった。


ただ一つ。

あの日にもらった木箱だけが残った。

それだけが、迷い家が夢ではなかった証だった。

ミリアは生涯、その話を誰にも語らなかった。

霧の向こうの桃源郷のことを。

人付き合いを嫌い、一人静かに暮らしていた館の主人のことを。

そして、一生に一度だけ迷い込んだ迷い家のことを。


だから今もその谷は誰にも見つからず、霧の向こうで静かに眠り続けているのだろう。



---------------------------


ミリアが去った翌日。

アキラは自室の机に向かい、谷を覆う術式を眺めていた。

「おかしいだろ……」

操作パネルには複雑な術式がびっしりと記されている。

外界から隔離。

認識阻害。

座標ずらし。

侵入拒否。

どれも正常に稼働していた。


少なくとも理論上、この谷へ人が迷い込むことはない。

それなのに、忘れた頃になると誰かが現れる。

猟師だったり、旅人だったり。

今回は村娘だった。


「また原因不明かよ……」

アキラは椅子にもたれた。

天井を見上げる。

「チート能力をやるとか偉そうに言ってたくせに、バグばっかりじゃねーか」

もちろん返事はない。


しばらく考え込んだ後、肩をすくめる。

「まあ、今回の子は約束も守ったしな」

部屋を覗きもしなかった。

だから褒美として、少しばかり余計なものを木箱へ忍ばせてやった。

それだけだ。

アキラは空中に浮く操作パネルを閉じた。


窓の外では案山子たちが畑仕事を続けている。

谷は今日も静かだった。

次に誰かが迷い込むのがいつになるのか。

それはアキラにも分からない。

ただ、その時はまた迷惑そうな顔をしながら扉を開けるのだろう。


ちゃんちゃん!!

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迷い家の話を異世界風にアレンジしてみましたが、人によっては全然違う話じゃんって思われるかも…

ちなみに、アキラの部屋を覗いた場合の餞別は日本昔話によく出て来る欲張りさんが受ける悪い結末になりますww


5分程度で読める短編ばかり書いています。 もしよければ以前投稿した作品も読んでみてください。

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